アズールレーン─トリカゴ基地の日々─   作:大和亀蔵

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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その6

 

 

地図をしまうなり、それっきり瑞鶴は参道を抜けるまで、口を開くことは無かった。

 

話しすぎたから、というのも半分。

 

実際のところはヨシマルを通して勝手に国の事情をベラベラと話したことがバレて長門なんかに怒られないか、と肝を冷やしていたからだった。

 

チラリとヨシマルを見れば、悠々とした顔付きで歩いている。

 

まだ帰っていないなら大丈夫。後でお魚もあげて話をつけておかなければ......。

 

ニューカッスルとしては、重桜時代の指揮官の事を知れてよかったと思う反面、新たな疑問が壁となって立ち塞がっていた。

 

(私としては、セイレーンを見つけることの出来るあの目こそが、ミズホの神秘によるものと考えていたのですが、どうやら見当違いだったようですね)

 

瑞鶴からの話を反芻するに、指揮官もケモノ憑きの時代はあり、その時には目に加えてテレパシーも使うことが出来ていた。

 

共鳴によって、ミズホの神秘を失ったらしいが、それでも尚あの目はトリカゴにて力を発揮し続けている。

 

(なら、あの目は一体、何の?)

 

「ニューカッスルさん、着いたよ」

 

足下と空ばかりを見ていたせいか、いつの間にか参道を抜け、二人は目的地である刀剣を取り扱う店にまで足を運んでいた。

 

「あら、意外と近いのですね」

 

「え? 結構歩いた気もするけど、ニューカッスルさんには重桜の景色が新鮮だったからかな」

 

「......そういうことにしておいてください」

 

「そういうことにしとくね」

 

立ち話もその辺に、店にへと入る。

 

刀ばかりが並ぶ店に入るのは初めてなので、ニューカッスルも気分が些か高揚した。

 

何であれ専門店と言うのは、知らない世界に飛び込むようでワクワクするものだ。

 

隣にはその道のプロもいる、早速教授願うとしよう。

 

「瑞鶴様。ご指導の程お願い致します」

 

「まっかせてよ。北風に刀の手入れを教えたの私だし、今もやり方を変えてないなら油も一緒のはずだから」

 

トンと拳を作り胸を叩いてみせた瑞鶴に、ニューカッスルは前々から持っていた疑問をぶつけた。

 

「失礼を承知の上なのですが、油で刀がそこまで変わるものなのですか? お料理なら理解はできるのですが」

 

例としてオリーブオイルは、顕著に味に違いが出る油だ。

 

しかし、刀を味わうことは出来ない。だからこそニューカッスルには無機物に油を選ぶ理由が分からなかった。

 

難しい質問では無いのだが、瑞鶴は困った表情で答える。

 

「なんというか、信仰に近いかな......昔から植物油だったからそれの人とか、いやもう機械油でいいじゃんとか、毎日手入れするから油使わない人とか、本当に人によって色々。多分、この議論でまた内紛起こせるよ。指揮官たちも今頃、手入れの事で話を咲かせてるんじゃないかな?」

 

 

──ちなみに一方、重桜大社

 

 

「え、長門。お前刀を毎日手入れしてるの? 偉いな!?」

 

「刀を手入れするのは良いぞ。精神を統一できる」

 

「わたしは時々お手入れしてるよ! 江風さんにお願いしてだけど......」

 

「江風は......絶対毎日やってそうだな」

 

「当たり前だ」

 

「そう言うお主は、刀を持っておらんかったな」

 

「刀よりも、ペンを持つ方が多い人生なんでね」

 

「よいではないか、それで重桜を、世界を一つにした。刀を手入れする事より立派なことだ」

 

「なんか、照れるな......ちなみに長門。俺はあとどのくらい頭を撫でてればいいんだ?」

 

「もうちょっとだ」

 

「さっきからずるーい! もう交代! 次、私だよ長門姉!」

 

「はいはい、こっちの手で撫でるから」

 

「............」

 

(江風のケモ耳がすごいピクンピクンしてるっ!?)

 

──

 

「......ともかく、奥が深いのですね」

 

またの名をきのこたけのこ論争と人は呼ぶが、間違いなく重桜限定ワード。

 

「刀を使う人にとっては、私もだけどカラダの一部でもあるからね。気を配るのは当たり前だよ。とにかく、どちらにせよ良い油を使うのが大事、そこで勿体ぶってたらダメ」

 

「なるほど、思い切って高いやつを」

 

「そうそう。という訳で、私のおすすめはこれかな」

 

瑞鶴が指差してみせたのは小さな小瓶に入ったものだった。彼女的には高くていいやつ、なのだと思う。

 

言われるがままニューカッスルは、オススメされた小瓶を手に取った。

 

「では、これに致しましょう。北風様の師である瑞鶴様のご慧眼で選ばれたのなら、間違いないと僭越ながら述べさせてもらいます」

 

「クリスマスプレゼントに油って言うのも、変な話だけどねえ。えっとお財布お財布」

 

「払いますよ?」

 

進んで財布の紐を緩めた瑞鶴に、制止の声をかける。

 

瑞鶴はそのまま財布から一枚の硬貨を取り出して、ニューカッスルに見せた。

 

「一応聞くけど、重桜のお金もってる?」

 

一拍。

 

後に深々と謝罪。

 

「......お願いします。後で必ず立て替えますので。私の保険を崩してでも」

 

「大丈夫大丈夫。私から指揮官に話つけとくよ。あの人も何も考えずに言ったんだろうし。本当に変わらないなあ。ふふっ」

 

追懐に浸る瑞鶴からお金を受け取ったニューカッスルは、そのまま会計を済ませる。

 

お札に人の顔を載せるのは、どうやら万国共通らしい。

 

小瓶が小袋に変わったところで、瑞鶴が既に外で待っていたのでニューカッスルは手早く店を出た。

 

本音を言えばもう少し見ていたかったが、仕方ない。

 

「おかえり〜。はいはいお釣りね。よし、任務完了っと。早く帰ってこいって言われてるし、買い物や観光もしたいだろうけど戻ろっか......あれ?」

 

「どうかなされましたか?」

 

お釣りが間違っていたのかとニューカッスルは思ったが、どうやらそうではなくキョロキョロと瑞鶴は目線を動かし始めた。

 

「ヨシマルがいないや。プレゼントを買ったから陸奥様の所に戻ったのかな」

 

言われてニューカッスルも辺りを探してみるが、ヨシマルの姿はどこにも見当たらない。

 

「一足先に戻られたのではないでしょうか? 猫は気まぐれと言いますし」

 

「そうかもしれないけど、私に仕事押し付けないで欲しいなあ、もう。ヨシマルに怒ったところでだけど」

 

「ふふっ」

 

監視する者とされる者と言うよりかは、異国の友として二人は顔を合わせ、大社へと踵を返した。

 

その矢先のこと。

 

「おい、そこの娘。巫女服を着ているという事は神祠の新人か? 見ない顔だ」

 

低い声で機嫌悪そうに呼びかけたその声の主は、白狐と表すのが一番手っ取り早い。

 

警戒を向けるその目は、本能的に獣を思わせるものだった。

 

「貴方は......」

 

「ほう、この加賀を知らんとは。相当にうつけ者と見た。長門に文句を言ってやらねばな」

 

「......!」

 

「うわっ、加賀先輩」

 

「瑞鶴、お前が指導役か?」

 

「そ、そうですけど?」

 

加賀。

 

その名前は、ロイヤルでは隠居に近い生活をしていたニューカッスルでも聞いたことがある響きだった。

 

赤城の右腕とも言える存在であり、かなりの強者だと聞き覚えている。

 

「ほう。お前、僅かだが瞳を見開いたな、つまりは緊張と驚きだ。さて、どう意味でなのかは私にもわかりかねるが............ふっ」

 

「......?」

 

自ら言葉を途中で切り、加賀はその場で鼻を何度か鳴らすと、吐き出すように笑ってみせた。

 

「赤城が急に指揮官様の匂いがするだとか言って、尻尾を振り出した時は何事かと思ったが、なるほど。これは確かに。アイツの匂いがする。それと重桜ではめったに飲まないはずの、紅茶の匂いもな」

 

「......」

 

冷たい目を貫き通すニューカッスルではあったが、傍から見ていた瑞鶴は弱々しく焦心を抱いていた。

 

(うわあ、もうこれ絶対バレてる! どうしよう、まだヨシマルがいたら、指揮官達にも危機を知らせられたんだけど。逃げる? でも、どうやって......ん?)

 

視線を下げた先に、ニューカッスルが後ろ手でこっそりと瑞鶴にハンドサインをおくっている事に彼女は気が付いた。

 

加賀に気づかれないように、それを読み取る。

 

(カウント......それから、後ろに走れ?)

 

一方、ニューカッスルは瑞鶴がハンドサインを読み取った前提で事を進めていく。

 

「不快な思いをさせたのなら謝りますが、生憎、長門様より油を売るなと言われておりまして」

 

十、九──

 

「ふっ。だから、油を買ったと」

 

「そうとも言えますね。では、惜しいですがこれで。また挨拶の程は、後日」

 

「果たして、後日はあるのか?」

 

「......」

 

「......」

 

ゼロ!

 

「悪いが逃がさ、なんだっ!? くっ!? 煙幕弾!?」

 

「瑞鶴様!」

 

「わかってるっ!」

 

ハンドサインのカウントがゼロを告げたと同時に、ニューカッスルの日傘の先端から一発の弾丸が発射され地面に着弾すると共に、加賀の視界を作られた濃霧が覆う。

 

「............ちっ、逃がしたか」

 

霧が晴れた頃には二人の姿はそこにはなく、枯れた木の葉が風に舞っていた。

 

「巫山戯た真似を......まあ、いい。外の者と分かっただけでも目的は果たした。吾妻に知らせたら、帰るとしよう」

 

小さく息を吐き、加賀はもう一度その場で鼻を鳴らした。

 

「......煙幕で台無しだな」

 

彼女を昂らせる唯一の人間、国を一つにしてみせた英雄のほのかな香りは、霧とともに消え失せていたのだった。

 

*

 

「ねえニューカッスルさん! その日傘、普通の日傘って言ってなかった!? なんで煙幕弾なんてでるのさ!?」

 

()()()()()()普通の日傘です。瑞鶴様も、ご確認されていたではないですか」

 

「うわあ、言ったらなんだけど、ニューカッスルさんもロイヤルの人なんだなって今思った」

 

「光栄に存じます」

 

横に長い重桜独特の瓦屋根の上を走り─時には飛びこえながら─二人は大社への道を急いでいた。

 

追手の気配はないが、急ぐだけの理由はある。

 

手短が更に短くなった。それだけ。

 

「しかし、バレましたね。不慣れとはいえ変装に自信はあったのですが」

 

「匂いばっかりはどうしようもないよ。というか、軍から神祠まで結構距離あるんだけど、何で赤城先輩は指揮官の事わかったんだろう......うん、考えない方がいいね」

 

「ご賢明な判断かと」

 

匂いだとか何だとか加賀は言っていた。末恐ろしい。

 

俗に言う愛の力である。

 

愛は不可能を可能にするのだ。

 

「けど、指揮官を捕まえるのならまだしも、ニューカッスルさんを何で捕まえようだなんて」

 

「極めて単純な理由かと考えますが」

 

「え、何?」

 

「指揮官様はともかく。私、不法入国者ではないですか」

 

「......確かにそうだっ!」

 

潔く納得をしてみせる瑞鶴だったが、しかしニューカッスルの中で知恵の輪は未だ解けていなかった。

 

(私を捕まえたところで、一体どうするつもりなのでしょう?)

 

ニューカッスルは重桜からすれば、不法入国者だ。その事実に変わりはない。

 

長門もその点は考慮したと思われるが、どうやら指揮官の事を考えて見逃してくれたようだった。

 

神祠としては黙っててやる。そういうスタンスだろう。

 

一方の軍は、恐らくだがニューカッスルを不法入国者として捕まえようとしている。

 

しかし、捕まえた事によるメリットよりデメリットの方がどうしても大きいと、ニューカッスルの結論は辿り着いてしまうのだ。

 

「瑞鶴様、一つご質問があるのですが」

 

「なに?」

 

「重桜の軍の方々は、神祠、もしくはアズールレーンに反旗を翻そう等といったお考えはございますでしょうか?」

 

「え、ええっ!? ど、どうだろう? 無いとは言えないけど......でも、折角指揮官が丸く収めてくれたのに、またごちゃごちゃにするかな」

 

「なるほど」

 

ニューカッスルを捕まえた場合、軍側が取るとされる行動は、不法入国者をみすみす見逃した事を理由にする神祠への圧力。

 

最悪のパターンとしては、ニューカッスルが所属するロイヤルやトリカゴへの宣戦布告と推論できる。

 

だが、先程瑞鶴が言ってみせたようにわざわざ丸く収まったというのに、もう一度角を立てようとする理由がよく分からない。

 

重桜とは、そこまで戦争がしたい国なのか?

 

だからこそ、あの人はユニオンへと渡ったのか?

 

私が守るべきあの人は......

 

「あのさ、ニューカッスルさん」

 

「はい?」

 

何処か暗い顔つきのニューカッスルを見兼ねてなのか、瑞鶴は彼女の名を呼ぶと、言った。

 

「そんなに難しく考えない方がいいよ。軍と言っても、実質、赤城先輩が指揮してるわけだからさ」

 

「と、言いますと?」

 

「だから、指揮官の事が好きな人の考えだからさ。物騒な事にはならないと思うんだ......多分だけど」

 

あの人の事が好きな人。

 

軍のトップであり、ロイヤルからすれば、敬愛するエリザベス女王陛下のような。

 

遠回しな手紙しか出せない、彼女の様な。

 

「............なるほど、ふふっ」

 

「......?」

 

結局のところ、国が変わろうと皆思う事は一緒。

 

好きな人には構ってもらいたい。

 

そこまで考えが辿り着いて、ニューカッスルは思わず笑みを零すと共に思った。

 

案外、捕まってみるのも悪くないかもしれないと。

 




加賀に煙幕......この場面なんか見たことあるな(
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