『どんな困難にも、必ずそこに道はあるわ。諦めちゃダメよ。シリアス』
それは、シリアスがロイヤルメイド隊に入隊した初日。彼女の姉であるダイドーが、言ってくれた言葉だった。
言葉を文面そのままに受け取るなら、『諦めちゃダメ』となるが、シリアスをよく知るダイドーのことだから、『メイド隊に入隊した事を後悔しないように』ともとれるし、『日々を大切に』とも『頑張れ』ともとれなくはない。
発言者であるダイドーの真意は不明だが、シリアスにとってこの言葉は確かな心の支えとなっていた。
紅茶の入ったマグカップを運んだまま盛大に何も無いところで転んでしまっても、クレープ生地が最早焦げクズとなってしまっても、他にも色々とやらかしてベルファストメイド長に怒られてしまっても......。
シリアスは、自分が不器用で、自らのメイド道が困難なものになる事は重々承知していた。
それでも騎士隊ではなくメイド隊を志願し、姉の言葉を信じてこれまで頑張ってきた。
─どんな困難にも、必ずそこに道はあると信じて。
そして今も、シリアスはこの言葉を忘れてはいない。
「......はあ、はあ」
海上。大きく肩で息をしながら、それでも片膝をつくことはなく、ボロボロになった艤装を纏い、剣に体重を預けながらも、シリアスは己の敵を真紅の瞳で見据えていた。
煙を立ち登らせながら沈んでいく、真っ黒な空母が一隻。同じく、沈んでいく真っ黒な軽巡洋艦が一隻。
それと、
「............」
シリアスにとっては、初の交戦となったサメにも似た艤装を纏った人型のセイレーンが一体。
(......まさか、人型となるだけでここまで手強いとは)
無感情ながらも確かな殺気を漂わせ、敵は砲口をシリアスにへと向けていた。怯えることはなくとも、満身創痍なシリアスは一歩も動くことが出来なかった。
奉仕としてはともかく、戦闘面においてだけなら、シリアスはメイド隊の中でも一位二位を争う実力者である。
サフォーク、そしてベルちゃんとおつかいがてら海に出ることになり、ひよっこロイヤルメイド艦隊は実戦経験のない人型のセイレーン個体を含む艦隊と遭遇、戦闘は免れえない状況となった。
ここでシリアスは、被害を確実に減らすため、何より戦闘に不慣れな二人を逃がすため、囮となることを自ら申し出た。
敵艦隊の総数は三。人型との交戦はなかったが、問題なくやれると判断したのだ。
しかし、その判断は大きく見誤っていたと言わざるを得ない。
普段から相手にすることのある量産型はともかく、まさか人型のセイレーンの装甲があんなに硬いとは知らなかった。それに、レーザー兵器を用いるとは思っていなかったのだ。
こればかりは、油断だと断言出来る。それを知っていたのなら間違いなく攻め方を変えていたが、後悔するにはもう遅い。
島などがあれば、一時撤退も出来たのだが、生憎、大陸からあえて離れて動いた為か、どこまでも果てのない青の戦場が広がっている。
加えて弾薬も底を着いていた。魚雷さえあれば逆転の一手も取れたかもしれないが、その一手を取る前に、ただのデッドウェイトに成り果てた装備達は、今頃海の底にある。
更にシリアスの詰みを決定的なものにするのが、通信機器の破損だ。レーザーを紙一重で避けた際に艤装の一部を持っていかれ、それと同時に通信の手立てを失ってしまっていた。
前向きに捉えるなら、これ以上敵を呼び寄せることはないとも言えるが。
(サフォーク、ベルちゃん。無事に戻れたのでしょうか)
潮風が刃となり、波が逆立つ絶望的と言う他ない状況でも、シリアスは他人の心配をしていた。こればかりは、彼女の性格によるものだった。決して、諦めたわけじゃない。
なぜなら、シリアスにはダイドーから貰った大切な言葉があるのだから。
(困難でも、そこには必ず道があります)
今、考えられる道は二つ。
救難信号も出さないまま逃げの一手を取り、果てのない青の戦場で奇跡の邂逅を待つか。
もしくは、艤装をかつての船の形態にへと変化させ、特攻をしかけるかだった。
セイレーンでも、艦船という圧倒的な物量で突撃されたらひとたまりもないはずだ、それ相応の覚悟は必要とはなるが。
「......はぁ、はぁ」
「......」
残された猶予は少ない。敵の発射口からは、聞いた覚えの無い甲高い音が鳴り響いている。
(姉さんなら......)
ダイドーなら、間違いなく逃げろと言うだろう。
メイド長でも、その場で煙幕を展張させて撤退の行動を取るだろう。
それでも、シリアスはダイドーでもなくベルファストでもない、シリアスだった。
息を吸って、シリアスは胸に右手を添えた。
「陛下。シリアスは貴方に仕えることが出来て幸せでした。そしてごめんなさい、メイド長。ダイドー姉さん。ロイヤルメイド隊のみんな。未熟なシリアスを、どうかお許しください」
最後の言葉はそれだけに、奥歯を噛みしめてシリアスは水面を蹴った。
「......ッ!」
シリアスの動きに気付いたセイレーンは、即座にレーザー砲を発射、轟音を響かせ、息の根を止めにかかる。
(あのレーザーは三叉直線攻撃!)
しかし、流石は戦闘の天才。すでに弾幕のパターンを読み切っていたシリアスは、扇状に広がるレーザー攻撃に一定の安全地帯がある事を見抜いていた。
「取舵!」
自分に向かって絶叫をあげ、大きく左にへと転回する。当たれば死を理解させる熱を帯びた何かの合間を縫い、敵の攻撃を避け続けながら、猛スピードで距離を詰めていく。
「......ッ!?」
これには、セイレーンも動揺を隠せない。過去に得てきたデータにない動きなのだ。
それもそのはずだった。
(この距離ならっ!)
自爆特攻をしかけようとするKAN-SENのデータなど、あるはずがないのだから。
シリアスは突き進む。彼女に恐れなんてものは無い。あるのはロイヤルの栄光。そして、不甲斐ない自分を支えてくれた沢山の人達への感謝だった。
弾がなくとも、敵を確実に殺せる距離まで近付いたシリアスは、展開していた艤装の形状を変更、船にへと
「
─しようとした、その時であった。
「......っ!?」
「アッ!? アァァァァァォォ!?」
突如としてシリアスの鼓膜を一陣の風が揺らしたかと思いきや、走ったのは閃光。セイレーンの胸元に、大きな穴が空いていた。
敵は人のモノとは思えない悲鳴を炎とともにあげると、その場で爆発。跡形もなく弾けて、消えた。
「はぁ...はぁ......?」
なぜか戦闘が終わった。水柱を一つも立たせず、誰かが敵を射抜いて、だ。それだけはわかるが、頭が上手く回らず、肩で息をすることしかできない。
冷めやらぬ熱を抱えたまま立ち尽くしていると、久方ぶりに聞く王者の声がシリアスの耳に届いた。
「上手く当たったようね。生きてて何よりだわ。シリアス」
「ウォースパイト......さ、ま?」
咄嗟に振り返り、どうにか恩人の姿を捉えたが、その瞬間電源が切れたように目の前が真っ暗になる。シリアスは、深い深い闇の底にへと意識を手放したのだった。
やっぱり、戦闘シーンて難しい(確信)