アズールレーン─トリカゴ基地の日々─   作:大和亀蔵

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「シリアスさんがやってきた」 その3

  ふわふわとあてもなく揺蕩う意識の中、シリアスはうっすらとナニカを感じ取っていた。

 

  それは生地が焼けただけの、だけれど何故か安心する匂い。

 

(この香りは......クッキー?)

 

  香りとともにシリアスは、初めて自分が作ったお菓子の名前を思い出す。

 

  砂糖に薄力粉、バター、卵、お好みでココアパウダーやアーモンドも。

 

  全部混ぜたら、生地を作ってしばらく寝かせて、型でくり抜いたらあとはオーブンで焼くだけ。

 

  たったそれだけの工程ではあるのだが、何というか失敗した。どうしてか、オーブンから出てきたのは、黒焦げになったハートやスターのクッキー達だった。

 

  それでも、シリアスの中で苦い思い出とはなっていない。捨てようとしていたところを、ダイドーが止め、メイド隊の皆、そして偶然通りがかった敬愛する陛下も食べてくださったから。

 

  メイド隊のみんなが溢した「シリアスの味がする」という感想は、よく分からなかった。ただ、皆、本当の笑顔を浮かべていてくれて、嫌ではなかった。

 

  陛下は「もっと精進しなさい」と言ってくれた。シリアスの焦げ焦げクッキーを紅茶に頼らず、三枚も食べてから。

 

(......嬉しかったな)

 

  そう、嬉しかった。この時、メイド隊に入ってよかったと、改めて思ったのをシリアスは覚えている。

 

  この嬉しい思いをご奉仕として、返さなければならないとも。

 

  そうだ、返さないといけない。そのために、シリアスは生きていなければならない。

 

  生きて。

 

「............っ!!」

 

  呼び起こされた生存本能によって、シリアスの意識は覚醒を果たした。

 

  同時に、勢いよく上半身を起こす。

 

「......ここは?」

 

  数回、まばたきを繰り返す。不意に左から強い光が目に入ってきて、目を細めつつも反射的にそちらの方向を見る。

 

  窓から覗く風景からは、乱反射を繰り返す海がキラキラと輝いていた。

 

「......綺麗」

 

  一時は墓場になるかもしれなかった場所を、ぼうっと眺めていると、

 

「う、うぅーん......」

 

「......!」

 

  反対方向から声が聞こえ、残響の後を追う。

 

  声の主は、シリアスの見知った人物だった。

 

「フォーミダブル、様?」

 

 イラストリアス級航空母艦、三番艦フォーミダブル。

 

  要人警護を担当する機会の多いシリアスは、必然と高貴な立場の人間とは馴染みがあった。シリアスの知る限り、フォーミダブルもイラストリアスと同じく、れっきとしたロイヤルレディのひとり。

 

 ......のはずなのだが、机に体重を預けてよだれを垂らしながら幸せそうに眠っている様は、レディと言うには程遠い。

 

  傍には、美味しそうに細い湯気のたったクッキーが添えられている。

 

「あの、フォーミダブル様。フォーミダブル様」

 

  自分の置かれた状況を把握しようと、シリアスはフォーミダブルの肩を揺らす。

 

  そのまま何度か呼びかけていると、うっすらとその瞼が開かれた。

 

「んん? だれ?」

 

「はっ。シリアスです。ロイヤルメイド隊所属。ダイドー級防空巡洋艦第二グループ五番艦。シリアスでございます」

 

「シリアス? んん......」

 

 口調はハッキリとしているが、どうやらまだ寝ぼけているようだ。目線はともかく、焦点がうまく合っていない。

 

 それでも構わず、シリアスは訊ねた。

 

「フォーミダブル様。不肖このシリアス。どのくらい気を失っていたのでしょうか?」

 

「どのくらいって......たしか、三日くらい? ロイヤルの皆で交代しながら見守って............って!?シリアス!?」

 

「は、はい!?」

 

  そこまで粗暴に口を動かしたところで、フォーミダブルは、シリアスが目覚めた事にようやく気が付いたようだった。

 

  勢いよく立ち上がり、力強くシリアスの両肩を握りしめる。

 

「大丈夫!? ボロボロだったけど!?」

 

「は、はい。今は何も問題ありま

 

「ちょっと待ってて! すぐに指揮官を呼んできますわ!」

 

せん」、と口ずさんだ時には、フォーミダブルは慌ただしく部屋を出ていってしまっていた。

 

「......」

 

  あてもなく視線を動かし、今置かれている状況を改めて整理する。

 

  まず、生きている。そして、捕虜となっているわけではないらしい。フォーミダブルがいるし間違いなさそうだ。

 

  それからシリアスは、ふつふつと記憶のあぶくを沸き立たせた。

 

  覚えている限りでは、サフォークとベルちゃんを逃がそうと一人で人型のセイレーンと交戦。特攻をしかけようとしたところで、ウォースパイトに命を救われた。

 

「ウォースパイト様、フォーミダブル様......」

 

 この二人の共通点。それは、

 

 ─ぐううううううぅ

 

「......うっ」

 

  結論が迫ろうとしたところで、フォーミダブルが言うには三日、何も食べていなかったせいか、シリアスのお腹の虫が大きく主張をあげた。

 

「しかし、食べ物など......あっ」

 

  あるはずもないと思ったが、目の前にあった。

 

  なんなら、自分を起こすきっかけをくれた焼きたてのクッキーが。

 

「いや、ですが......」

 

  これは恐らく、いや間違いなくフォーミダブルのために作られたもの。それをメイド風情であるシリアスが、口にしてしまっていいものなのか。

 

 ─ぐううううううぅ

 

「......」

 

  なんて葛藤をしかけたところで、腹の虫が頭を動かすなともうひと鳴き。

 

  必要の前に法律はない。つまりは、背に腹は変えられない。

 

「い、一枚だけ」

 

  要するに、本能には流石に勝てない。一枚なら大丈夫というわけでもないのだが、シリアスはクッキーに手を伸ばし、口にへと運んだ。

 

「美味しい......」

 

 素朴ながらも、どこか懐かしくて温かい味がした。

 

 自然と腕が動き、一枚、そしてまたもう一枚。

 

 クッキーは、シリアスの幸福感とお腹を満たしていく。

 

 黙々と食べ続けていると、

 

「フォーミダブル様が慌ただしく出ていかれていたので、どうしたのかと思ったのですが。なるほど、目が覚めたのですね」

 

(ロイヤルの、メイド服?)

 

  シリアスのよく知る格好をした、よく知らない人物が扉の傍にいた。

 

  優雅な挙措で彼女は歩みを進めると、先程フォーミダブルが座っていた椅子に腰を下ろす。

 

  たったそれだけの動きではあったが、シリアスは名前も知らない彼女が、ベルファストと同じく尊敬すべき存在なのだと理解した。

 

 その理解は、的中していた。

 

「貴方とは初めましてですね、シリアスさん。元ロイヤルメイド隊統括のニューカッスルと申します」

 

「......ニューカッスルさん、貴方が!?」

 

「はい。私がです。私のことを知っているのですか?」

 

「も、もちろんです!」

 

  興奮気味にシリアスは答える。

 

  シリアスもその名前だけは、知っていた。ベルファストの前代のメイド長ニューカッスル。尊敬するベルファストがお手本にしたという、言わば伝説のメイド。

 

「それは光栄です。私も貴方の事は、ベルファストメイド長から聞いていましたよ。ドジばかり踏んでしまう子がやってきたと」

 

「うっ」

 

  図星だった。というか、一字一句、ベルファストの評価に間違いはないとも言える。

 

「ですが、こうも言っていましたよ。どんな事があってもへこたれない、見習いたいほどに強い子でもあると」

 

「......メイド長」

 

  そんな風に思ってもらえていたとは知らず、目頭を熱くするシリアスに、ニューカッスルはそっと手を重ねた。

 

「一先ずは、無事に目が覚めたようでよかったです。セイレーンとの交戦で、死にかけていたんですよ。覚えていますか?」

 

「は、はい。覚えています。ウォースパイト様に助けて頂いた事も......あの、もしかしてここは、トリカゴ、ですか?」

 

  フォーミダブル、ウォースパイト......あとは確か、ネプチューンにオーロラ、それとメイド隊元統括ニューカッスル。

 

  ロイヤルからはこの五名、他にも各国家から数名が集まって結成された対セイレーン戦闘におけるプロ部隊がいる組織、それがトリカゴ。

 

  この内の三名に出会ったのだから、自然とトリカゴに来ていると結論が出る。

 

  ニューカッスルは、シリアスの言葉に頷いてみせた。

 

「ええ、そうですよ。ここは、対セイレーン特殊遊撃部隊基地。トリカゴです。貴方はセイレーンとの交戦にあたり、沈みかけていたところをウォースパイト様が救出。

 

  快復するまでは、ここトリカゴ基地で預かることとなりました。

 

  体調に不備があったりは......なさそうですね、食欲も旺盛なようですし」

 

「えっ、あっ! す、すいません! フォーミダブル様の......」

 

  ニューカッスルの目線を追いかけると、クッキーの乗った皿は綺麗に底を見せていた。

 

「気にすることはありません。三日も眠り続けていたのですから、お腹も空くでしょう。お口にあいましたか?」

 

「は、はい。非常に。あの、ニューカッスル元統括、どうやったらこんなに美味しく作れるのでしょうか。私にはとても無理な出来栄えです......」

 

「......そうですか」

 

「はい......」

 

  ニューカッスルからすれば、クッキーを美味しく作れない方が難しいのだが。そもそも、そのクッキーは自分が作ったものでもないのだが、どうしてか落ち込むシリアスに先輩として助言を施した。

 

「シリアスさん。料理というものは全て、作り手の気持ちが一番大事なものです」

 

「気持ち、ですか?」

 

「はい。どんなに失敗しても、その人の気持ちは料理に込められています。だから、決して気持ちを、愛情を失わないでください。それさえあるのなら、立派な料理上手です」

 

「愛情......ニューカッスル元統括には、愛する人が?」

 

「そうですね。ここの人達は皆でしょうか。特別な愛を込める方も、一人だけいますけど......おや、来ましたね」

 

「失礼。おっ、ニューカッスル」

 

「あら、いたの」

 

  ニューカッスルが微笑んだと思いきや、一人の男性とフォーミダブルが部屋に入ってきた。

 

  すぐ様ニューカッスルは立ち上がると、二人に向かって深く腰を折った。

 

「お疲れ様です。貴方様、フォーミダブル様」

 

「ああ、ニューカッスルもお疲れ様。挨拶の最中だったのか? 悪いな」

 

「いえ、お気になさらず。どうぞ、腰を落ち着けてお話ください指揮官」

 

「指揮官? 珍しいな、ニューカッスルがそう言ってくるなんて」

 

「偶にはいいではありませんか。やはり、貴方様の方が良いですか?」

 

「まあ、慣れてるしな」

 

「ふふっ、かしこまりました」

 

  謙虚な態度で、ニューカッスルは先程まで座っていた椅子に主を導くと、座らせる。

 

(指揮官......)

 

  あえて指揮官と呼んだニューカッスルの言葉を理解したシリアスは、ピンと背筋を伸ばした。

 

  危ない。貴方は誰ですかと、口走ってしまうところだった。

 

「初めましてシリアスさん。対セイレーン特殊遊撃部隊基地。トリカゴの指揮を執っている者です。シリアスさんは、トリカゴのことは?」

 

「はっ! 存じております! この度は不甲斐ないこの私めを、至らぬシリアスを助けていただき。本当に有難うございました」

 

  そう言って、シリアスは頭を下げる。

 

「顔を上げてくれ、シリアスさん。礼は俺じゃなくて、助け出したウォースパイトに頼むよ。俺は、君を見つけただけだから」

 

「見つけた?」

 

  助かったことも、ここがトリカゴだということもわかった。しかし、シリアスの中ではまだ疑問の渦が巻いていた。

 

  それこそ、どうして通信手段を失ったシリアスを見つけ出せたのか。

 

  偶然とも考えられるが、それにしてはウォースパイトのタイミングが完璧すぎる。

 

  その答え合わせを、指揮官はした。

 

「俺は、地図を見ただけでセイレーンの位置がわかる目を持っているんだ。三つあった反応が二つに、そして一つに。交戦状態なのは一目瞭然。任務で近くにいたウォースパイトを向かわせたら、君がいたというわけだ」

 

「......」

 

  そんな馬鹿なと言い出しそうになったが、嘘をついているようにも見えない。

 

同時に、シリアスはある噂を思い出した。

 

(トリカゴには、陛下が唯一想いを寄せる男性がいる)

 

その男性こそ、この人に間違いない!

 

なんとなくだが、シリアスにはそれがわかった。

 

「そんな話あるのかって、普通思うよな。信じてくれなくても大丈夫だよ。とにかく、助かったと思ってくれたらいい。礼はいいから、今は、体を快復する事を優先してくれ。全力でサポートするから」

 

「はい......シリアスも全力で治します! 誇らしきご主人様!」

 

  敬愛する陛下がお認めになった方となれば、シリアスにとっては誇らしきご主人様。どうしてそうなったと言われそうだが、そうなったのだから、シリアスはテコでも意見を曲げるつもりはなかった。

 

「誇らしきご主人様? ははっ、変わった言い方するなあ。シリアスさん」

 

  困惑しつつも、指揮官は、とびっきりの笑顔と優しい手つきでシリアスの頭を撫でる。

 

(......あたたかい)

 

  今まで感じたことの無い、温かな感情がシリアスの胸を駆け巡った。

 

「......む」 「あら」

 

  フォーミダブルとニューカッスルから、何やら意味ありげな目線を向けられるが、シリアスにはよく分からない。

 

  しばらくして、指揮官はシリアスの頭から手を離すと立ち上がった。

 

「あっ」

 

  何故か、名残惜しく感じる。もっと、シリアスに触れていて欲しかったとも。

 

「じゃあ、ニューカッスル、フォーミダブル。俺は仕事に戻るよ。あとは任せた」

 

「はい。ご足労いただき、有難うございました貴方様」

 

「お仕事頑張って、指揮官」

 

「おう、そうするよ。あぁ、そうだ。シリアスさん」

 

「は、はい?」

 

  一歩動き出そうとしたところで、指揮官はクッキーが乗っていた皿を見つめてから、

 

「また来るよ。クッキー、気に入ってくれたようでよかった」

 

僅かに口角をあげると、退出した。

 

「......」

 

  一拍置いて、シリアスは己の勘違いに気づく。

 

(もしや、あのクッキーはニューカッスル元統括ではなく、誇らしきご主人様が?)

 

  勝手な思い込みが上書きされ、同時にニューカッスルの言葉も思い出す。

 

『料理には愛情が大事』

 

  つまりは、あんなに美味しいクッキーを作った指揮官は少なくともシリアスの事を考えて......

 

「シーリーアース〜! 私のクッキー全部食べましたわね〜!」

 

「フォーミダブルひゃま!? いひゃい! いひゃいです! いえ! ひょうでひた! いやひい、ひりあひゅにばひゅを!」

 

  頬が熱くなりはじめた時に、フォーミダブルのほっぺムニムニの刑がシリアスを襲う。元はと言えばあのクッキーは、フォーミダブルに向けたもの、シリアスではない。

 

  あとは、指揮官の撫で撫でを受けたという個人的な羨みもこめて。

 

「おや、私も手を貸しましょうか。フォーミダブル様?」

 

「もっちろんよ!」

 

「ニューひゃッスルもととうひゃつ!?」

 

  気にしないでと言ってくれたはずのニューカッスルも敵となり、しばらくシリアスの頬は赤くなり続けたのだった。





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