「流石にもう、無理......」
重桜ではおやつの時間と言うらしい、昼下がりの午後三時。
今日は非番であるフォーミダブルは、自室のベッドに横たわりながら、弱々しく唸っていた。
別段体調が悪かったりするわけではないのだが、どこか目の焦点があっていない。
仮にもロイヤル代表のイラストリアス級三番艦、高貴と優雅を基本とするロイヤルレディとしてこの基地にいる彼女がそうなってしまった原因は......
「甘いものが食べたいぃぃぃ......」
......意外としょうもないものであったが、フォーミダブルにとっては死活問題だった。
言ってはなんではあるが、フォーミダブルは超がつくほどの甘党だ。
しかもこれまた厄介な事に、舌が肥えてしまったせいか手作りのお菓子じゃないと満足出来ないタチの悪い甘党である。
「はあ。ネプチューン、早く帰ってこないかしら......」
日頃、主にその鬱憤を晴らしてくれるのは、彼女にとって親友でもあるネプチューンなのだが、生憎、特別性の艤装のメンテナンスでしばらく基地を離れている。
なら、せめてでもウォースパイト主催のお茶会で出されるニューカッスルのお菓子で我慢しようと決意していたのだが、出されるお菓子が問題だった。
ウォースパイトは陛下とは違って、茶会の時のお菓子や軽食等は一品だけにしている。
おもむろ、フォーミダブルもそれには賛成なのだが、ネプチューンがいなくなってからのメニューはサンドイッチに、ニンジンのケーキ、カカオ本来の苦いチョコケーキetc。
今日出されたチーズケーキもチーズの風味が強いもので、甘さなどあったものじゃなかった。
それでも、紅茶にしっかり合う味にするのは流石はニューカッスルと褒めたいのだが、どれもこれもフォーミダブルの大好きな砂糖が綺麗に抜け落ちてしまっている。
一日くらいなら別に構わないが、流石に毎日となると、手作りの甘いものを食べることがストレス発散の一つとなっているフォーミダブルの心の鬱憤は、日に日に溜まっていくのも自然なことだと言えた。
応急処置として、基地の雑用をこなす謎の生物、饅頭達に何かデザートを作ってくれないかと頼んでもみたが、断られてしまい暗礁に乗り上げているわけだ。
「(ニューカッスルは砂糖なしで作るのがトレンドなのかしら? それともウォースパイト様の?)」
求められるフォーミダブル像から、本人に直接甘いものを作ってくれなんてワガママは言えない。
こうなったら愛する指揮官のところに突撃して、存分に甘えるか。
けれど、秘書艦ルールもあるし次の秘書艦業務はまだまだ先のこと。
今の当番であるオーロラが酷く羨ましく思えた。
「......はあ」
ちょうど枕に向かってため息を吐いたのと同時に、部屋の扉がガチャりと音を立てて開かれた。
「こんにちはーフォーミダブルさん。うわっ、死んでる」
「死んでないわよ」
「生きてた」
ノックもなしに部屋に入ってきたのは、トリカゴ唯一の姉妹艦コンビの姉の方、トリオンファンの姉にして自称ヴィシアの邪しき剣ことル・マランだった。
「はあっ、お茶いれるわね」
「わーい」
客人を出迎えないのはロイヤルレディとして無礼に当たるので、起き上がって紅茶をいれる。マランも適当なイスに腰を下ろした。
類は友を呼ぶと言った訳では無いがこの二人、どちらも外向けの自分を持っている共通点からか、直感的に同類と分かり、あっという間に仲良くなった。
どのくらいの仲かと言えば、ベッドに転がる人間をいきなり死体扱いできるくらいには、である。
「はい、どうぞ。この時間に起きてるなんて、珍しいわね」
マランは今日、夜間任務担当だ。普通嫌がる人が多いのだが、本人は夜型人間なのもあって乗り気であったりする。
「ありがとうございます。なんだか、たまたま目が覚めて。いつもなら二度寝コース直行なんだけど、喉が渇いたから」
「それで、今のとこ基地にいる私のところにたかりに来たのね。残念だけど私の紅茶はそこそこよ?」
「ティーバッグじゃないだけでも、私からすれば凄いですよー。実際美味しいし」
「お褒めに預かりどーも」
社交辞令とも言えない会話をした後、マランは紅茶を半分ほど飲んだところで口を開いた。
「それで、フォーミダブルさん。どうかしたの? つわりとか?」
「ぶっふ!? んなわけっ!?」
「ふふっ。とりあえず、指揮官と関係がないことが分かって何よりです」
「......」
普段は「疲れるからやだ」と言う割には優雅に、やや勝ち誇った様でマランは再び紅茶を喉に通した。
お互い同じ人を好きになったあたり、どこまでも似た者同士なのだった。
その分、身体は大きく違うのだが、それは言わないのが乙女の密かな掟。
「それで、本当にどうかしたの? あっ、ネプチューンさんがいないから?」
「半分あたり半分ハズレ」
「......?」
「言った方がいい?」
「......どうしても嫌というなら言わなくてもいいです。でも、友達だから助けになるのなら協力したい、かな。話すだけでも楽になると言うし。大丈夫、何があっても笑ってあげます」
かつては敵である関係だったが、今ではこうして悩みを聞きあえる。
改めて指揮官への感謝を胸に、フォーミダブルは事情を話すことにしたのだった。
「............じゃあ」
*
「ふふっ。くっくっく」
「......ちょっとー」
どこからだろうか、いやかなり最初の方からだった気がする。
真剣な表情はあっという間に微笑みに変わり、やがて笑いをこらえる様になり、そして見事に決壊した。
「ああ、いや。本当に笑わされるとは思わなくて。甘いもの不足......ふふっ」
「言わなければよかったですわ......」
そう言いながら頬を膨らませるフォーミダブルに、涙目になった目元を拭い、マランは笑みをなんとか上書きしてから言葉を転がしはじめた。
「そう拗ねないでくださいよ。かえって、フォーミダブルさんに親近感が湧きました」
「別に、同情して欲しかったわけじゃありませんわ」
「ふふっ。お詫びというわけじゃありませんが、なにか作りましょうか?」
「えっ?」
「私ももっぱら食べる専門ですけど、ホットケーキくらいなら作れますよ?」
まさかの救いの手。ああ、隣人愛とはこのことなのかとフォーミダブルはそこまで信じてもいない神に問いかけた。
「ぜ、ぜひともお願いしますわ!」
「ふふっ。任せてください。ダンケルクさんやニューカッスルさん、ネプチューンさんのように上手くはないですけど。そこそこ美味しいのは作れるはずです」
果たしてダンケルクとは誰なのだろうとフォーミダブルは思ったが、とりあえず手作りのスイーツが食べられるのならなんでもいいやと、思考を放棄してキッチンにへと向かったのだった。
*
「〜♪」
フォーミダブルは上機嫌で食堂のカウンター席に腰を下ろしていた。
やっと糖分がとれる、それ以上の幸せは指揮官に甘えるくらいしかないだけに、好きなロックの鼻歌も自ずと零れてしまう。
「ん?」
と、心弾ませていたところ、エプロン姿のマランが申し訳なさそうな様子でフォーミダブルのもとに帰ってきた。
「......マラン? どうかしましたの?」
「問題発生ですフォーミダブルさん。とりあえず、着いてきてください」
「わかりましたわ?」
何やら分からないが、マランの後を追ってフォーミダブルはキッチン奥の食糧備蓄庫へと足を運ぶ。
そして、マランの言っていた問題を目の当たりにした。
「ご覧の通り......」
「う、嘘でしょ!?」
問題を把握し、フォーミダブルはニューカッスルがどうして甘さのないデザート達を作っていたのか、その疑問と答えの点と点が線で繋がった。
本来なら、キロ単位の砂糖袋がいくつも置かれているそのスペースはもぬけの殻となっていたのだ。
そう、砂糖そのもの自体がないのであった。