「緊! 急! 事! 態! ですわっ!」
「おー、どうしたフォーミダブル?」
「だから緊急事態ですのっ!」
「そ、そうか......」
あまりのフォーミダブルの圧に、指揮官は軽く背もたれを倒して受け止めた。
見ての通り、隕石が星に落ちてくることよりも重大な問題に直面したフォーミダブルは、マランに今度ホットケーキメインの茶会を開く事を約束してから、すぐ様執務室にへと駆け込んだ。
今回に限っては(フォーミダブルにとっては)緊急事態だ。例の秘書艦ルールもオーロラには悪いが、破らせてもらう。致し方ない。
「えっと、フォーミダブルちゃん。何が緊急事態なのですか? それを言ってくれないから、指揮官さんも困っていますよ」
「......おっほん。ごめんなさい取り乱しましたわ」
「わりと普段から取り乱してないか?」
「しーきーかーん?」
「はい、黙ります......」
オーロラの指摘で我を忘れていたフォーミダブルは、冷静さを取り戻すと、再度問題を指揮官にへと報告した。
「一大事ですの。砂糖がありませんわ」
「砂糖?」
「あー、そういう......」
「分かるのかオーロラ?」
これだけのセリフで全てを把握したらしいオーロラは、指揮官に補足の説明を加えた。
「指揮官さんは、フォーミダブルちゃんが甘いもの好きなのは知ってますよね?」
「知ってるよ。俺の作った即席プリンを凄く美味そうに食ってたのを覚えてる」
「それは、貴方が作ってくれたから......」
熱い目線を送るフォーミダブルだったが、すかさずオーロラは咳払いでブロックした。
「おほん! ともかくですっ。フォーミダブルちゃんは、お手製の甘いものを食べることがストレス発散になるんです。それがないという事は、後はわかりますよね?」
「分かるけど、ならネプチューンに......あー、いないのか。じゃあ、ニューカッスル......にも言えないのか。大体わかった。とりあえず、キャラメルいるか?」
「アーンさせてくれるなら、いただきますわ」
彼が机の引き出しからとりだしたのは、手作りではないキャラメルではあったが、指揮官が食べさせてくれるのなら話しは別。
それに、指揮官なら食べさせてくれるとフォーミダブルはわかっていた。そして案の定、
「お安い御用だよ。ほら、アーン」
「あーん......んーっ! 幸せですわぁ」
「俺の指をちょっと食べるな。ドキッとするだろ」
「あら、そのまま私にときめいてくださってよくてよ?」
「はっはっは。フォーミダブルでも冗談言うんだな」
「冗談じゃありませんのに......」
あえなく惨敗するフォーミダブルではあったが、それを見ていたオーロラは羨ましそうに頬を膨らませた。
「むう......フォーミダブルちゃんずるいです」
「オーロラもいるか? ほら、あーん」
「えっ、で、では。あ、あーん......」
「うまいか?」
「ひゃ、はい......」
フォーミダブルと同じように少し彼の指を口に含んだせいか、本当は味なんてよく分からないのだが、ニッコリと笑う彼の笑顔を崩したくなくて、オーロラは美味しいとしか言えなかった。
まだまだ微笑ましい友の様子に、フォーミダブルは小声で話しかける。
「オーロラも、もう少し積極的になればいいのに」
「む、無理無理! でも、フォーミダブルちゃんって、いつもあんな?」
「さあ?」
「むむむ」
「ふふっ」
友へと心の中でポンポンを振りながら、フォーミダブルはキャラメルを口の中で転がしつつ、話を戻した。
「とにかく、砂糖がありませんわ。ご存知でして?」
「いや、知らなかった。食料関連はニューカッスルに任せきりだったからな。報告が上がってないってことは、彼女的には問題はないと考えたんだろう」
「はあ? 正気ですの? 乙女の八割は砂糖で出来てますのよ?」
「水分より多いのか......」
歴史的学説誕生の瞬間だった。
「こほん。指揮官、砂糖を今すぐ支給するように手配してもらえませんこと? このままだと私、あなたを食べてしまいかねませんの」
「それは、まあ困るな。うーん......」
「(......伝わってませんわね)」
「(スルーしました......)」
フォーミダブルのアタックなど露知らず、指揮官は真剣に考え込みはじめた。
「指揮官さん。手配、出来ないのですか?」
「してやりたいけど、ニューカッスルが俺に言わなかった理由を考えるとな」
「どういうことですの?」
「分からないか? 問題がないんだよ。ニューカッスルは多分、フォーミダブルがかなりの甘党なんて知らないだろうし。俺を含めた他の子達も、甘いものは手作りじゃないと嫌なんてことないし、なんなら甘いものがなくても大きなストレスにならない。生命的にも塩と比べると優先度がかなり落ちる」
甘いものだけならさっきのキャラメルといい、代替品は他にもある。
栄養分としての糖分だけなら尚更のこと。
「......理解はできたけど。だからと言って、ニューカッスルが指揮官に報告していない事実は変わらないわ。そこは、きちんと注意するべきじゃなくて?」
「私もそう思います」
「任務から帰ってきたら、その点は注意しておくよ。ウォースパイトにも言っておく。だけど、彼女なりの優しい気遣いを俺は無下にはしたくないかなあ」
「「......?」」
あとは手配してくれてニューカッスルが怒られて終わりと思った二人だったが、指揮官としてはそうはいかない様子に首を傾げる。
「本部が動いてくれる確証がないんだ。さっきも言ったけど、塩とか水なら間違いなく動くだろうけど、今回は砂糖だ。しかも、甘いだけの代替品は他にもある」
「頭を下げるだけで終わってしまう、ということですね」
「そういうことだ。ニューカッスルは不作為になるくらいならと気遣って、俺には言わなかったのかもしれない。上司思いのいい部下を持ったよ」
「「(上司思いというか、上司想い......)」」
考えても決して口には出さない。優雅を誇りにするロイヤルレディだから......。
「あと俺としては、文章でも上司とは最低限関わりたくないしな」
「そうですか? 私は、毎日会いたいくらいですけど......」
「え、そう? オーロラは変わってるなあ」
「うふふ......」
「(泣いてる! 絶対あれ心の中で顔真っ赤にして泣いてますわ!)」
早速頑張ってみたものの、見事に散ってしまった友へ敬礼を送りつつ、フォーミダブルは別案を出してみた。
「我等がロイヤルは頼れませんの? 陛下なら」
「エリザベスを頼るとなると、ウォースパイトに仲介をお願いすることになるわけだが、砂糖を望む理由を間違いなく聞かれるぞ。なんて答える?」
「うっ......」
ウォースパイトも勿論指揮官に惚れ込んでおり、指揮官の味の好みも把握している。なお、この情報は全員共有しているのだが、それは置いておいて。
まず、指揮官は甘いものが特別に好きなわけじゃない。
この前提情報があるからこそ、ウォースパイトが疑問を抱くことは必然だろう。
加えて、ウォースパイトは民の期待と国を背負う王妹であり、言葉の戦争とも言える政の場数を相当に踏んできている。つまり、嘘が一切通用しないのだ。
「ウォースパイトのことだろうし、フォーミダブルの素も見抜いてそうだけどな。まあ、後はエリザベスに頼るとろくな事にならなさそう」
「それ、絶対陛下ご本人とウォースパイト様の前で言っちゃダメですからね」
「ウォースパイト様は陛下命な方なんだから」
「わかってるよ。お詫びにロイヤルに永住しろとか言ってきそうだし」
「「(......してくれてもいいんだけど)」」
注意しなければよかったかもと、邪念を巡らせる二人をよそに、指揮官は本棚の帳簿記録をパラパラと眺めてからフォーミダブルに指針を示した。
「ともかくだ。俺としては砂糖を手配するより、消えた砂糖を探した方がいいと思う。最近仕入れたのは一週間前、それもかなりの量があったみたいだし、早々使いきれるものじゃないと思うのだが」
「ニューカッスルが糖分カットキャンペーンを始めたのは、ネプチューンが出ていったのと同じ四日ほど前。となると、四日前には犯人は砂糖を持ち出したわけね」
「とっても大きなウェディングケーキでも作ろうと思わない限り、この量は使わないですね」
「突発的に砂糖を大量に使おうと思う人なんて、この基地には......」
『..................』
沈黙。
熟考によるものでなく、逆に答えがわかってしまって言い出せないがゆえの。
「なんでだろうなあ。一人思い当たる節しかない」
「奇遇ですわね指揮官。私もですわ」
「やっぱり、あの方ですよね......」
「いや、まだわからないぞ。大穴で北風かシュペーそれにカブールも......ないな」
「指揮官、北風だ。失礼するぞ!」
と、ちょうど名前を出した内の一人北風が声を張り上げて執務室にへと入ってきた。
本日の任務を終えたようで、報告書が片手に握られている。
「うむ? オーロラさんにフォーミダブルさん? 今日は秘書艦が二人か?」
「い、いえ。本日はオーロラ一人ですわ。私は指揮官に緊急の連絡があって」
北風には素の自分をまだ見せていないからか、フォーミダブルは即座に外向きの性格に切り替えて応対した。
「緊急の連絡? 何事ぞ?」
「前回の支給日からそれ程経っていないのに、食糧備蓄庫の砂糖が全て無くなっていたんです」
「何!? それは......一大事か? いや、一大事ではないか! 指揮官、この北風に任せてくれ! そのような不届き者は北風流イッチ文字切りで成敗してくれるぞ!」
一瞬判断に迷ってはいたが、北風は指揮官のためになるならと躊躇いなく鯉口を切った。
「ありがとうな北風。でも、その刀はもっと大事な時に抜いてくれ。ところで、周りをよく見てる北風に訊きたいんだが、最近何か気が付いたこととか違和感とかなかったか?」
「そうさな............大鳳さんなんだが」
『(あ、やっぱり)』
直感の鋭い北風から案の定出てきた名前に、三人の心境は一字一句同じものとなったが、北風は知るわけもなくそのまま続けた。
「ここ数日ほど前から、彼女からうっすらとだけど甘い匂いがしているような気がするぞ。だが、大鳳さんがそのような悪行を働くはずもないし、大方、携帯食として何かお作りになられているのだろう。うむ。金平糖かなにかだろうか?」
「(もう、それ答えじゃない!? なんで怪しまないの!?)」
「(いい子なんですよ、北風さん......)」
「指揮官、なぜロイヤルの御二方は北風を生暖かい目で見ているのだぞ?」
「気にしないでくれ。それにしても金平糖か......」
少し前、金平糖を話題にしたような覚えがある。
確か、そう。トリオンファンにエルドリッジと仲良くなるには餌付けがいいと言って。
彼女が大鳳は苦手だと言っていたから、大鳳と話すきっかけに俺を使えと......。
「(あーっ! トリオンファンに言ったあれかあ!)」
そこまで辿り着いて、指揮官は大方筋道が見えたのか心の中で叫びをあげた。
「指揮官どうした? 急に頭を抱えはじめたぞ?」
「原因がわかったんですの?」
「根っこの原因は俺だな。とりあえず、皆帰ってきてから決着つけよう。ま、フォーミダブルの悪いようにはならないと思うよ。北風もありがとうな。任務お疲れ様」
「こ、こら指揮官。人のいるところでナデナデは......うぅ......」
「「「(......可愛い)」」」
満更でもない様子でナデナデを受け入れる北風に、三人の心境はまたしても異口同音を唱えたのだった。