鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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最初の数話はゾンビバトルです。
基地に戻るまでは逆転要素薄めとなります。
主人公が四脚なのは私が四脚大好きだからです。


第1話

『最終試験の概要を説明する』

 

 世界が揺れていた。

 

 いや、揺れているのはこの輸送機と自分達か。

 刑部は輸送機の小窓から外を眺めそう考える。すっかりと廃れてしまった第八区、旧東京。飛行型による襲撃を防ぐ為低空飛行にて海上を駆ける大型輸送機は己と他三名を乗せて空を往く。

 

 会話はなく、また表情も薄暗い赤ランプのみでは良く見えない。耳元のAS通信機からは無機質なオペレーターの声が聞こえる。

 

『作戦区域は第八区旧東京都、目的は江戸川区内に侵入した感染体の排除となる、合格最低水準(アンダーライン)は感染体の三体排除、兵装は各々に支給された武装のみ使用可能、小隊行動を推奨しているがやり方は一任する、単独で感染体を排除し帰還するも良し、他人と歩調を合わせて排除するも良し、ただし同行者であるα07-768は監督役としての同行である為助力は認められない、帰還時のランディングポイントは戦闘区域の江戸川区後方、千葉防衛線付近、船橋港とする、回収時間は作戦開始から二時間、これ以上の待機は許可されていない、規定時間を超過した場合帰還者の有無に関わらず当機は離陸を開始する、無論作戦終了時間に間に合わなかった者は撃破数に関わらず失格となる――まぁ、失格以前に死ぬ事になるだろうがな』

 

 刑部はゆっくりと甲鉄に身を預けながら通信に聞き入る。感染体に殺されても失格、作戦時間に間に合わなくても失格、勝手に戦闘区域を抜け出しても失格。大丈夫、大体の事は頭に入っている。息を吐くと、機内の冷たい空気が歯に染みた。

 機体の揺れがひと際大きくなる。

 

『時間だ――ドロップゲート、開放する』

 

 ピーッ、と。右腕に装着した電子デバイスが音を鳴らした。同時衝撃が機体を駆け抜け、輸送機後方のドロップゲートがゆっくりと開放される。旧東京に侵入したのだ。現在機体は江戸川区上空を飛行している。風が吹き込み、髪が大きく流される。徐々に露となる外界の景色。地上は然程遠くない、飛行型を警戒して低空飛行のまま侵入したのだ。ASの死因で最も多いのは輸送機諸共撃墜されるというものであった。それを考えると、一秒でも早く降下したいというのが本当の所。

 

『では作戦開始、試験小隊降下せよ』

「了解」

 

 降下は――自分が三番手だった。

 自分の前に二人、女性が降下準備を開始する。

 

 一人は二足歩行型AS、もう一人は逆関節型ASを身に纏っている。動く度に駆動音が響き、先に二足歩行型ASがゲートの縁に立った。人型に最も近い、スマートなフォルム。ASの中では最も装甲部位が少なく、汎用機と言っても良い多機能性を誇る。確か適性者が最も多いASであった。

 

「β09-223、降下開始します」

 

 告げ、彼女は虚空に身を躍らせる。姿は直ぐに下へと消え、見えなくなった。

 次に逆関節型ASを身に纏った女性が前に出る。反対に曲った逆関節型、その為二足歩行型よりも全長が高くなり、現に輸送機の天井に頭をぶつけそうであった。肩には大型の狙撃砲を担いでいる。

 

「し、深海天音、行きます!」

 

 まるで自分の体を抱きしめる様に腕を回し、目を瞑って外に飛び出す女性。刑部はそんな二人の降下を見守った後、ゆっくりと前に身を進めた。

 重々しく床を打ち鳴らす金属音、それが四つ。己が身に纏うのは『四脚型AS』。

 

「藤堂刑部、出撃します」

 

 告げ、四つの足で輸送機を踏みぬく。輸送機が大きく揺れ、反対に刑部は虚空に身を躍らせた。

 

 ■

 

「っとッ!」

 

 ズシン! と、コンクリートを踏み砕きながら着地を果たす。接地するよりやや早くスラスターによる減速を開始し、後はジョイントの衝撃吸収機構によって損傷なく着地する。重量四脚型と呼ばれるこのASは只ですら自重が重い。下手な着地をすればそれだけで大破しかねないのだ。一際、高所からの落下には注意を払う必要があった。

 

 さて、他の面々は何処に降下したのか。

 

 江戸川区である事は確かだ。刑部は江戸川区の中でも比較的背の高いビルの屋上に着地した。これが老朽化した建物であったなら床が抜けてそのまま倒壊――なんて可能性もあっただろう。本当ならば国道辺りに着地したかったのだが、やってしまったのは仕方ない。

 それに高所の方が周囲を良く見渡せる。

 

 刑部は背部の高倍率スコープを前に引っ張り出し、それを以って周囲の観察を開始した。幸い、この周辺にこの建物より背の高いビルはない。敵を見つけるのも、味方を見つけるのも、比較的容易であった。無論、代わりに飛行型に注意する必要はある。

 

『こ、こちら天音です、現在ポイントB、えっと……旧葛西付近に着地しました!』

 

 そんな風に周囲を見渡していると耳元から天音と名乗った女性の声が響いた。刑部は無事に着地出来たという仲間に安堵の息を零し、それから考える。

 

 協力するか否か、それは一任されている。無論、単独で動いて感染体を三体、さっさと撃破して帰還するのも手だ。重量四脚ASの適性者は少ない、簡単な敵であれば己のみで撃破する自信もある。下手な奴と組んで足を引っ張られ、挙句の果てに死にました――何て言うのは冗談にもならないのだ。故に刑部はこの通信に返答する必要はない。

 だが。

 

「こちら刑部、現在ポイントC、旧一之江通り沿い、建物の上に着地した――そちらを視認できない、IFFの起動を請う」

『ぅえ!? ぎ、刑部さん、ですか!?』

「………」

 

 刑部は一瞬言葉に詰まった。予想していた返答と随分異なったからだ。しかし次いで、慌てながら『す、すみません、IFF起動しました!』と報告して来る。敵味方識別装置によって戦術マップ上に青点が確認出来た。今回は協力も任意という事で、初期状態ではIFFの一部機能――具体的にはマップ上での機体信号発信――がオフラインになっている。

 

「確認した――此方もIFFマッピングをオンラインにしました、場所は分かりますか?」

『えっと……はい、確認しました! 結構近いです!』

「えぇ、一度合流しましょう――α型とβ型のお二方も、どうですか」

 

 刑部は恐らくこの通信も聞いているだろう、監督役と同じ試験に臨む隊員に向かって声を掛ける。どうせなら四人で固まって動いた方が良い。手柄を譲り合って九体――監督役の分は含めない――そう難しい話ではない筈だ。

 

 しかし、返答はなかった。監督役の無回答は十分考慮に入れていたが、もう一人の隊員が単独で事に臨むとは思っていなかった。少し意外に感じながらも、しかし無理に誘っても良い未来になるとは思えない為、呼びかけは一度だけに留めておく。

 単独戦闘が好みなら止めはしない、所詮は即興の部隊なのだから。

 

「天音さん、そこから移動してポイントC付近、中葛西一丁目に向かって下さい、其処で落ち合いましょう」

『わ、分かりました!』

 

 刑部はそう口にし、一息に屋上の床を蹴った。そのまま四脚ASは宙を舞い、スラスターを使って加速。建物の上から上を飛び跳ねていく。四脚ASは悪路に強く安定性が高い。重装であるが故にやや俊敏性に欠けるのが欠点だが、万能の兵器など存在しない。刑部はこの四脚の特性が気に入っていた。

 

 ――遠目に煌々と点滅する噴射光が見える。恐らく天音のスラスターだろう。

 

 逆関節型は上下の衝撃に強い為、主にトップアタックを好む。そして山岳地帯や積雪、沼地など足場の悪い場所は苦手だが、反面都市部の様な凹凸の激しい地形は大の得意だ。その俊敏性と凄まじい三次元戦闘能力を生かし、火力で以って敵を殲滅する。

 そう考えると、彼女とエレメントを組めるのは僥倖だった。

 

「お、お待たせしました!」

「いえ、先に到着したのは天音さんですし」

 

 指定場所に到着すると、交差点からやや離れた場所に天音は身を隠していた。刑部は天音の前に着地し、アスファルトを踏み砕く。

 

 しかし、重装四脚も中々の大きさを誇るのだが逆関節型ASは更に高い。頭二つ分は違う。上から自分を見下ろす天音は頬を染め、何処か余所余所しいというか、視線が泳いでいる。最終試験だから緊張しているのだろうか? 刑部は内心でそんな事を考えながら天音に問いかけた。

 

「途中、感染体は見えましたか?」

「えっ、アッ、はい! えぇと……此処と、此処に一体、それに遠目ですが飛行型がこっちの方に漂っていました」

 

 天音は戦術マップをホログラムで展開し、ポイントにピンを刺していく。目が良いな、良くそんなに見つけられたものだと感心する。戦術ホログラムを覗き込むと、反対に天音は身を引いた。

 

「……あの、何か?」

「ひぇッ、あ、いえ、その」

 

 流石に何というか、含む物を感じたので刑部は問いかける。すると彼女は目を逸らしながらもじもじと指先を擦り合わせながら問うた。

 

「ぎ、刑部さんは、そのぅ、あのぅ」

「?」

「だ、だだッ……男性の方、ですよね?」

「自分が女性に見えるのなら、一度医局に掛かる事をお勧めします」

「で、ですよねぇ!」

 

 刑部は挙動不審ともいえる天音に胡乱な目を向ける。ASは巨大ロボットでもなければ全身を装甲で覆う対爆装甲衣服でもない。たとえば天音の逆関節型ASであるならば、その股下から全ては機械脚部で覆われている。しかし上半身は全く――とまでは言わないが、聊か不安になる程に無防備である。

 

 背中には基本骨格となるフレームが装着されており、両腕から肩に掛けては武装使用に伴う衝撃吸収、必要筋力から強化外骨格で覆われているものの、顔面、胸元、腹部といった部分は単なる衣服である。

 

 同じように刑部も又、四脚部位は装甲で固められているものの腰から上は腕と肩を覗き殆ど防御性能を持たない。何なら飛来した瓦礫一つで致命傷を負いかねない。刑部はこの作戦を生き残ったら、まず自分のASに増設装甲を取り付けると決めていた。しかし最終試験では【改修なしの素体でのみ出撃】という条件があるのだから仕方ない。尚、兵装もまた御上から支給された物のみである。

 

 まぁ、何だ。

 兎角、何が言いたいかと言えば男女の違いなど一目見れば分かるのだ。胸のふくらみもそうだし、顔立ちもそうだった。こんな平らな胸に特段女性らしくもない顔立ちを見れば男だなんていうのはどんな馬鹿にでも分かる事だ。

 

「いえ、そのぅ、男性のAS乗りが少数存在する事は聞き及んでいたのですけれど、こんな若い男性がまさか、私と同じ新兵として入って来るなんて、思っても、いなくて……」

「あぁ」

 

 どこか遠慮がちに俯き、そんな事を問いかけてくる天音。刑部は周囲を見渡し、敵影が無いことを確認しながら何でもない事の様に答えた。

 

「募集課に重装四脚のAS適性があるって言われて、勧誘されたんですよ、別に何か崇高な目的がある訳でもないですし、特別な理由もありません、誘われたから来ただけです」

「そ、それだけですか?」

「えぇ」

 

 刑部は肩の力を抜いて答えた。ただそれだけだった。理由などない。

 

「それに、金払いも良いですし」

 

 刑部は前まで勤めていた店の事を思い出し、そんな言葉を吐き出す。前の仕事も決して給金は安く無かった、寧ろ高い部類に入るだろう。それなりに楽も出来たし、豪華な食事にもありつけた。

 けれど――自分はその場所を捨てて、此処に居る。それが全てだった。

 

「……さぁ、余りお喋りばかりしていると失格になっちゃいますよ、さっさと感染体とっちめて帰りましょう」

「あっ、と……す、すみません!」

 

 言葉を切って移動を促す。会話するのは吝かではないが、現在は最終試験の最中である。話に現を抜かしてバックアタックで殺されましたなんて死に様、絶対に御免であった。

 

「取り敢えず、先に天音さんのキルスコアを稼ぎましょう、俺が敵の足を止めますから、背中の砲で仕留めて下さい」

「えっ、い、良いんですか……?」

「えぇ、どうせ内地に進む程馬鹿みたいに数は増えるでしょうし、それに天音さん、俺を見捨てて自分のスコアが取れたらさっさと帰還する……とか、しないでしょう?」

「も、勿論ですよ! そんな事絶対にしません!」

「なら信頼します」

 

 天音は首が取れてしまうのではないかと心配する程首を左右に振るうので、刑部は思わず苦笑いを零す。しかし、これ程に馬鹿正直――というか隠し事が出来そうにない性格をしているのならば、相手を利用するだけ利用して遁走、なんて事はしないだろうと刑部は断定した。

 

 まぁ、最悪そのまま見捨てられても自力で試験を乗り越えるだけだ。その時はその時、自分に見る目が無かったと諦める他ない。

 

「さて、それじゃあ行きましょう、まずは近い奴から……出来れば多数は避けて、二人で一体を倒す形で」

「は、はいッ!」

 

 


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