鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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第15話

「――もう一度確認するが今回の防衛戦、何も難しい事を考える必要はない、いつも通りやっている事をすれば良いだけだ、見つけた奴を撃つ、ただエレメントが小隊規模に変更されただけ、その認識で構わない」

「……随分とざっくりした説明ですね」

 

 轟音の響く輸送機内。ASを纏った小隊四名は縦一列に並びながら降下の時を待っていた。場所はウォーターフロントを離れFOB1哨戒区域へと侵入した辺り。輸送機は時折大きく揺れ動き、外の景色は高速で流れていた。兵装を順次確認し、大まかな作戦の流れを確認した小隊は緊張に身を焦がしている。網膜ディスプレイに投影された小隊メンバーの顔を見ながら、刑部は思わず呟いた。

 

「難しい言い回しならば先ほどしただろう、何だ、もう一度先ほどの説明が聞きたいか?」

「いいえ」

 セブンのどこか揶揄う様な口調に、刑部は苦笑と共に首を横に振った。やる事は分かっている、既にブリーフィングは済ませてあるのだ。最終確認というよりは単なる忠告か、復習に近い言葉なのだろう。

 

 ――状況は良くない。

 

 海上型ASはウォーターフロントより先行し、既にFOB1の海上防衛線に合流したという。それでも一向に戦線好転の報は届いていない。敵の数が多いのか、或いは新種にでも遭遇したか。委員会は前線の情報収集に注力しているというが、詳しい報告は上がっていない。情報が錯綜しているのか、セブンは妨害型(ジャマー)が出現した可能性があると口にしていた。兎も角、刑部の小隊は未だ現状を正確に把握する事無くFOB1へと来援に向かう事となった。

 不意に、強い衝撃が輸送機を襲った。まるで巨大な空気の塊が横合いから突っ込んできたような衝撃だった。大きく揺れ動き、突然不安定になる足場に天音が悲鳴を上げる。セブンが壁に手を着きながら外の様子を伺うと、FOB1に群がる様にして蠢く感染体の群れが目に入った。

 

「ッ、もう襲撃が始まっているのか――!?」

 

 海には宛ら蟻の如く海上感染体の姿が見える。そして同じように、空にも。セブンは歯噛みし、操縦桿を握る機械人形に向かって叫んだ。

 

「海上防衛線が抜かれている、FOB上での戦闘……! PP! メインプラント直上まで行けるか!?」

「これ以上の接近は飛行型に撃墜される可能性があります! 直上なんて無理です!」

 

 パイロットが悲鳴を上げ、金切り声で叫んだ。

 FOBはメインプラントと呼ばれる海上プラットフォームの中枢から五角形を描く形でサブプラントを持っている。メインプラントとサブプラントはレールブリッジで繋がっており、サブプラントはメインプラントを守る壁の様な役割を果たしていた。セブンはまず、このメインプラントの防衛隊と合流しようと目論んでいた、しかしそれは初手から躓いてしまう。見れば敵の航空型はメインプラントに集中しており、あの中を突っ切って行くのはどう足掻いても不可能に思えた。無理に突貫を行えば撃墜は必至だろう。

 

「……やむを得ん、小隊降下するぞ、私に続け!」

「了解ッ!」

 

 セブンの判断は素早かった。パイロットにドロップゲートの開放を指示し、凄まじい風と共に開くゲートの前に立つ。降下順はセブン、ナイン、刑部、天音。輸送機はそのままメインプラントに最も近いサブプラント上空を通過し、そのタイミングでセブンはゲートより飛び出した。僅かに間を開け、ナイン、刑部、天音が順に続く。

 外に飛び出すと冷たい空気が体を打ち付け、下から押し上げるような風が全身を覆った。空を飛ぶ経験は二度目だ、恐ろしくはなかった。

 

『降下トレース、減速開始、衝撃に備えて下さい』

 

 刑部は暫くの間自由落下に身を任せ、それからサブプラントの姿が徐々に大きくなるにつれ腹に力を籠め、歯を食いしばった。数秒後、スラスターに点火。強い衝撃と減速に脳が揺すられ筋肉が軋む。そして――着地。重々しい音と轟音、地面が拉げる程の重量で以ってサブプラントへの着地を成功させた刑部は、臓物が揺れた衝撃に顔を顰めながらも確りとした足取りで四脚を立ち上げた。そしてやや離れた場所に着地したセブンが叫ぶ。

 

「各機報告!」

「二番機、事故無し、損傷なし、問題ありません」

「三番機、事故無し、損傷もありません! いけます!」

「四番機、事故無し、損傷なし」

 

 セブンから飛んできた声に、三人が答える。皆特に問題なく着地を済ませ、故障や事故もないようだった。着地したサブプラントは整備工場の役割を持っていたのか、周囲にはカーゴやコンテナ、それにシートの掛けられたスクラップの類が見える。その近場には破損した高射砲やASの残骸と思わしきものが転がっていた。此処が敵の攻撃圏内なのだと直ぐに分かった。セブンはメインプラントを指差し、叫ぶ。

 

「レールブリッジを直進しろッ、メインプラントは直ぐそこだ!」

「――セブンさん、飛行型接近ッ!」

 

 ナインが頭上を仰ぎ、叫んだ。僅かに遅れて機体から警告音声が発せられる。

 

『警告、敵反応感知、攻撃圏内』

 

 四人が揃って空を仰ぐと丁度黒い影としか表現できない何かが蒼穹を駆けていた。ひとつひとつは小さな、丁度小鳥の様な大きさ。しかしそれが数百、数千と集まり巨大な群れを成している。まるで一個の生命の様に空を泳ぎ、尾を引いていた。

 

蝗鳥(バード)……!」

 

 セブンが忌々し気に呟いた瞬間、刑部達が乗っていた輸送機にバードが食いついた。影に輸送機が呑まれた、そう思った次の瞬間には輸送機が火を噴き、緩やかに高度を落としていた。影は執拗に輸送機を取り囲み、数秒程――まるで咀嚼する様に伸縮を繰り返し、それから一斉に輸送機から離れる。

 

 そして、爆散。

 

 輸送機は無数の残骸に分かれ、炎の塊となって海へと落下する。それを小隊の面々は茫然とした表情で見ていた。

 

『報告、搭乗輸送機一番被撃――大破、リンクを切断します』

 

 その電子声で我に返り、刑部は手元の重火器を構える。

 

「……輸送機がッ!」

「クソッ、刑部っ!」

「了解……!」

『腕部重連射砲攻撃許可(アンロック)銃撃可能(トリガーフリー)

 

 セブンの指示に従い、刑部は重連射砲のセイフティを解除した。輸送機を穿ち、悠々と空を駆けるバードに向かって重連射砲を掃射する。唸る様な重低音、強い反動、そして周囲を照らす閃光。それらが一緒になって刑部の五感を叩き、鋼鉄をも容易く貫通する弾丸がバード目掛けて飛来した。

 しかし、最初の数発が風穴を空けたと思った途端――連中は凄まじい速度で散開し、それから蛇の様に連なって弾丸を避け始める。

 

「速い……それに、数が多すぎるッ!」

 

 撃ちながら思わず叫んだ。バードの名を冠する彼奴は素早く、また数が多い、多すぎる。まるで羽虫の大群だ。弾丸数発では駆逐出来ず、そも当てる事すら困難。バードはうねりながら重連射砲の射撃を躱し、プラント上の刑部達目掛けて降下を開始した。それを見た天音が顔を蒼褪めさせた。

 

「こっちに突っ込んで来ますよ!?」

「走れッ! 連中、甲鉄だろうと食い千切るぞ!」

 

 セブンは降下してくるバードを睨みつけ叫んだ。逃走、全員がメインプラント目掛けてレールブリッジの上を疾走する。天音、ナインが逃走寸前に連射砲による牽制を試みるも、その悉くは空を切るばかり。セブンが「弾の無駄だ」と叫んだ。

 

『警告、敵反応接近、四番機、敵攻撃圏内に突入』

 

 追い付かれる。刑部がそう思考したのは刹那、走行反転、その場で華麗なターンを見せつけた彼は重連射砲を抱えるようにして持ち、バック走を敢行しながら肩部ユニットを突き出した。それを見たセブンがぎょっとした表情を見せる。

 

「刑部、何を!?」

「――【こんな事もあろうかと】、っていう台詞は確か、こういう時に使うんでしたよね!」

『肩部兵装展開、散布範囲処理、皮膜装甲排除』

 

 瞬間、刑部の肩部、内側の弾頭を守る皮膜装甲が弾け飛んだ。軽い音を立てて後方へと流れる装甲、そして肩部にぎっしりと詰まったのは赤の目立つ複数の小型弾頭。刑部は網膜ディスプレイの中で凡その狙いを定め脳内の発射トリガーを引き絞る。

 

「炎粉弾、勝手に突っ込んで燃えちまえッ!」

 

 点火、発射。弾けるような反動と同時に無数の弾頭が虚空に向かって打ち出される。白煙を引いて宙に打ち出されたそれらは、今まさに刑部達に目掛けて食らいつこうとしていたバードの目前で炸裂した。爆炎と熱風、そして後に残るのは炎のカーテン。火の粉がそこら中に撒き散らされ、バードに引火する。幾ら目標が小さく、数がいると言っても面での攻撃には弱い。そして生物である以上、炎もまた有効である。バードは瞬く間に炎の中へと突っ込み、緋色に身を焼かれながら四方に散って――やがて黒く焦がされ海に堕ちた。

 

 刑部の打ち込んだ弾頭は対航空感染体用に開発された『携帯型空中延焼弾頭』と呼ばれるものである。発射される弾頭の中に複数の球型発火弾が詰め込まれており、弾頭が爆破すると同時に発火弾が周囲に散布、炸裂し宛ら粉塵の如く周囲を焼き焦がすカーテンを生み出す。その性質上、風の強い場所では数秒程の効力しか持たないが、それでも焼き殺すには十分な時間であった。

 

『肩部、残段ゼロ――兵装を強制排出します』

 

 アナウンスと同時、肩部兵装を固定していたボルトが一斉に弾け兵装が破棄される。重々しい音と共に転がったそれを一瞥し、刑部は小隊へと合流した。

 

「お前、そんな装備いつの間に」

「バックスの人が仕込んでくれました、仲良くなっていて良かったです」

「……その仲良くって、多分そういう事だよね、刑部君?」

 

 天音の冷たい視線が刺さる。刑部は軽々しい笑顔を張り付け、からからと笑って見せた。

 

「ははは、まぁ良いじゃないか、結果的に助かったのだから」

「………むぅ」

「むくれるのは後にして下さいセブンさん、ほら、次の飛行型が来る前に行きますよ」

 

 ナインが天音の背中を押し、四人はセブンを戦闘に再びレールブリッジを直進する。未だ上空を旋回する感染体は健在。先ほど輸送機を堕とし、自分達を襲った感染体は一握りだった。変わらずサブプラントは海上感染体に包囲され、メインプラントにも飛行型の感染体が集結しつつある。戦況は傍目から見ても最悪だった。セブンはメインプラントの中枢に向け駆け、そこで海上・飛行型の対処に当たっていた警邏隊を見つけた。固まって海上・空中に銃撃を浴びせるAS群。セブンは警邏の方向に向け走行し、二足歩行型ASを纏った警邏隊の――恐らく隊長なのだろう、周囲に何事かを叫んでいた女性がちらりと此方を一瞥し、僅かに安堵した表情を見せた。

 

「FOB1警邏隊か!?」

「そうだ! お前達は――ウォーターフロントからの来援か、助かった!」

 

 言葉を交わしながらも手は止めない。彼女たちの部隊は常にどこかしらに向け発砲しながら叫んでいた。セブンも小隊の面々を見て、指示を下す。

 

「総員見える敵を兎に角撃て、メインプラントに近付けさせるな!」

「了解!」

『小隊戦闘機能起動、FCS(射撃統制システム)リンク、敵情報共有、脅威指数投影します』

 

 セブンの指示により小隊全員がその場で足を止め、防衛姿勢へと移る。刑部は重連射砲を構え、天音とナインも手持ちの連射砲を海上、空中に向けながら引き金を引いた。小隊四人を含め、警邏部隊は十名そこらしかいない。メインプラントはサブプラントの数倍近い大きさがある。他の面々は別の区画を防衛しているのだろうか。セブンは警邏部隊の長の元へと近付き、連射砲のセイフティを弾き乍ら問うた。

 

「状況は?」

「見ての通り、海上防衛線は突破されて空は連中が悠々と飛んでやがる、モスキートも海の連中に粗方潰された、高射機関砲は残っているが手が足りない――端的に言ってクソみたいな状況だな」

「海上の部隊にはウォーターフロントのAS部隊が来援に向かった筈だ、出撃したASは無事なのか?」

「分からん、ジャマーが飛んでいやがるのか通信が極短距離でしか機能しない、海上防衛に向かったASと連絡が取れないんだ、だが突破されたという事は『そういう事』だろう? 既に海上戦力は出し尽くした、予備もな、ハンガーに動かせるASは残っていない、バックスでも適性持ちは全て出した、これ以上は鼻血も出んよ」

 

 女性は鼻を鳴らし赤く発熱したバレルを見て舌打ちを零した。連射砲の弾倉を外し、肩部の予備弾倉を掴みながら海を見る。空には疎らに飛び回るバードにバルーン。海には海上を埋め尽くさんとばかりに迫る感染体の群れ。

 

「ウォーターフロントの海上部隊が抜かれるとは、一体どれほどの……」

「――マーメイド、ドルフィン、シーバード、より取り見取りだよ、見れば分かるだろう」

「まさか、感染蝶(バタフリー)まで来ていないだろうな」

「冗談でもそんな事口にしないでくれ、本当に来てしまいそうで恐ろしい」

 

 セブンの言葉に女性は苦り切った表情で答えた。そんな二人の間に天音の悲鳴に近い叫びが飛来する。天音は連射砲の弾を撃ち切り、腰の予備弾倉を取り外しながら言った。

 

「セ、セブンさん! ちょっと、これ、数が多くないですかねっ!?」

「天音さん、口を開く暇があったら兎に角撃って下さい」

「いやいやいや、だってこれ、全部敵でしょう!? 撃っても撃っても減らないんですけれど!?」

 

 冷静に言葉を返すナインに天音は泣き顔で反駁する。メインプラントの方々から発砲音、マズルフラッシュが響いていた。しかし、一向に海上・空中の感染体が退く気配はない。寧ろ続々と集結している気配さえある。サブプラントの方角では防衛設備が懸命に抵抗しているか、時折爆音が響いていた。しかし、それで吹き飛ばされる感染体は数十と居ても、後続に百が控えていては意味がないのだ。

 

『警告、腕部兵装過熱、冷却処理開始』

『肩部、残弾六十%』

 

 ナインは腕部兵装と肩部の兵装を順に射撃し発熱と弾倉の節約を狙っていたが、その警告音を聞き己の目論見が挫けた事を知る。眉を潜めながら連射砲の射撃を止め、肩部のみによる射撃に切り替える。両肩に搭載した軽量AS向けの肩部短射砲、精度よりも兎に角数を撃ち当てることに特化した兵装である。海上の群れにはこれが面白い様に命中した。しかし、それでも数を削り切れるとは言えない。ナインは徐々に白煙を吐き出し、赤熱する銃身を見ながら吐き捨てる。

 

「最終試験の時がぬるま湯どころか、訓練に見えますね、まさか初の遠征任務でこのような場所に送られるとは……!」

「そうだね、こんな大規模攻勢、今までなかっただろうし……!」

『右方向敵反応増大、脅威指数――三、四、四、接近』

 

 刑部の言葉に合いの手を入れる形でアナウンスが鳴った。咄嗟にメインプラント東側へと顔を向ければ上空から此方目掛けて飛び込んでくるバルーンとバード。刑部が重連射砲を空に向け引き金を引き絞るも、閃光となって四方へと飛び散る弾丸は血潮を得ることが出来なかった。バルーンはぬるりとした挙動で、バードは鋭角的な機動と速度で射撃を躱す。

 どう見ても処理できる数ではない。天音が冷却の終わった連射砲を担ぎながら泣き言を垂れた。

 

「セブンさん! ちょ、これ、無理じゃないですかァ!?」

「無理だろうが何だろうが兎に角殺さねば生き残れん!」

 

 叫び、セブンも自ら防衛線に加わる。連射砲を海上の感染体に向け掃射し、次いで此方に向かっていたバードやバルーン目掛けて肩部兵装を速射する。セブンの肩部兵装は長距離狙撃用の火砲であった。轟音と共に砲身が火を噴き、砲弾が金切り声を上げながら飛んで行く。あんな小さな目標相手に火砲なんて、とナインが言い掛け、しかしセブンの表情は崩れない。

 

『空中炸裂設定、弾頭自壊――自壊、今』

 

 虚空に撃ち出された砲弾は敵に接触する寸前で炸裂し、爆炎が周囲を包み込んだ。決して範囲は広くない、しかし元々避けられるものとして考えれば悪くない手であった。事実、その煽りを受けたバルーンは軌道を逸らし、バードはその幾つかが爆風に呑まれ墜落する。

 このまま何とか凌ぐ――セブンがそう思考すると同時、耳元からノイズ交じりの悲鳴が響いた。

 

『此方FOB1メインプラント第三甲板、敵が取り付いた! 繰り返す、敵が取り付いたッ!』

「!?」

 

 それは現状、最も聞きたくない報告だったに違いない。事実小隊を含め、警邏の者も皆もどこか絶望したような表情を浮かべていた。しかし、だからと言って茫然としている余裕はない。セブンは顰めそうになる表情を必死に押し留め、長である女性機械人形に向けて吼えた。

 

「侵入されたか……ッ! おい!」

「分かっているッ! 此処は我々が受け持つ、そっちは侵入した奴を叩け!」

「分かった――小隊続け! 取り付いた感染体を叩くッ!」

 

 返答はなかった。ただ皆が自身のやる事を理解していた。警邏部隊に迫り来る感染体の処理を任せメインプラント第三甲板――刑部達が防衛していた甲板より、やや中枢側――へと皆が一斉に駆け出した。白煙を引く連射砲を抱え、走行するASが四機。絶え間ない銃声と砲火が五感を刺激する。ナインはセブンに見えない様、表情を歪めた。誰が見てもこのプラントは絶体絶命の状況だった。海上防衛線は突破され、ジャマーにより後方への救援要請どころか此方の情報を伝える事すら困難。感染体がこの様な電撃的侵攻を行うとは夢にも思わなかった、その初動さえ掴めなかったのだ――否、初動を掴んだ時には既に遅かったと言うべきか。

 プラントは陥落寸前。ひと際強い爆炎が上がり、熱波がナインたちの頬を撫でる。西側のサブプラントが大破、炎上していた。防衛設備ごと沈められたのだ。メインプラントが堕ちるのは時間の問題に思える。ナインは厳しい表情で空を仰ぎ、飛行する感染体を睨みつけた。

 

『――警告、敵反応接近』

「――!」

 

 全員のASに警告アナウンスが走った次の瞬間、直ぐ脇のプラント内壁を突き破って何者かが目前に転がった。

 

「ッ、クソが……が、ぁ」

 

 瓦礫と共に地面に転がっていたのは一機のAS。装着していた機械人形の女性は忌々し気に呟き、それから糸の切れた人形の様にうつ伏せのまま動かなくなった。機能を停止したのだ。瞳から光が無くなり、脊椎接続の固定ボルトが一斉に解除される。リンクが切れた証拠だった。

 そしてASが突き破った内壁の穴より、ゆっくりとした足取りで現れる感染体が一体。先頭に立っていたセブンはいち早くその姿を認め、思わず叫ぶ。

 

多腕(ハンドマン)!?」

 

 内壁の穴より這い出たのは――多腕(ハンドマン)

 躰に八本の腕を生やし、人間の顎に該当する場所に巨大な口を持つ感染体である。その外面は非常にグロテスクであり、隆起した腕を器用に使って高速移動も可能な個体。単純な脅威度としては成体(アダルト)の数倍に該当する。AS単体で仕留めるのは難しいとされる『陸上型』であった。

 

『敵反応至近距離、脅威指数――四』

「馬鹿なッ、此処は海上だぞ、何故陸上型が此処に居るッ!?」

 

 ナインはそこまで口にし、何かに気付いたように空を見上げた。そこにはバルーンが所在なさげに浮いては沈んでを繰り返している。

 

「……飛行型が運んできたとでも云うのか――!」

「セブンさんッ!」

「! ――ぐゥッ」

 

 一瞬の思考の間隙を縫って、多腕が攻勢に出た。転がっていたASを踏み砕き、セブンに向かって四本の腕を薙ぎ払う様にしてぶつける。腕力で戦車の装甲を引き剥がす連中である、その怪力は重量型ASとて真正面から受けきれるものではない。セブンは咄嗟に腕を畳み、最も装甲の厚い肩部装甲で多腕の拳を受けた。

 着撃の瞬間、凄まじい衝撃がセブンの体を襲い、装甲が軋みを上げる。そのままセブンは横合いに吹き飛ばされ、メインプラント外壁へと叩きつけられた。

 

「セブンさんっ、このッ――!」

「駄目ッ!」

 

 セブンの機体が吹き飛ばされる瞬間を目撃した刑部は激昂し、勇んで飛び出そうとする。しかしその直前、踏み込んだ刑部を天音が留めた。そしてその間を駆け抜けるようにし、一体のASが宙へと舞い上がる。

 

「ナイン!」

「――はい」

 

 二人の間を風の如く駆け抜け、多腕に肉薄したのはナインであった。軽量型AS故の身軽な機動で以って跳躍し、多腕目掛けて上空より強襲を仕掛ける。足を畳み、蹴撃の構えを見せるナインは着撃の瞬間、走行用のローラーを回転させ叫んだ。

 

「ローラーにはこういう使い方もあります……ッ!」 

 

 凄まじい勢いで空転する車輪はしかし、敵の顔面に着撃した瞬間けたたましい音と共に肉を削った。ナインが刑部の接地用パイルの扱いを見て学んだ戦い方である。ローラーは多腕の顔面を削ぎ落し、火花を散らしながら地面に接地する。多腕は縦一文字に顔面を削り取られ、怯み数歩蹈鞴を踏む。

 

『脚部装甲車輪破損――機動力低下』

「今ですッ!」

「はァッ!」

 

 着地し、バランサーが起動したナインは動けず。しかし、その間隙を埋める様にして天音が飛び出した。蹈鞴を踏んだ多腕に向け突進、肩からぶち当たり距離を取る。そして連射砲を腰だめで構え、引き金を引き絞った。

 

「その気色の悪い体、吹っ飛ばしてやるッ!」

 

 天音の至近距離射撃。無数のマズルフラッシュと銃声、薬莢が甲高い音を立てて地面を転がる。多腕の肉体に無数の穴が空き、腕が数本根元から吹き飛んだ。時間にして凡そ三秒足らず、天音が連射砲の弾倉を全て撃ち切った時、多腕は全身から蒸気を噴き上げ――一歩、進んで見せた。未だ健在、その生命力は驚愕の一言。

 体中に穴を空け、顔面すら半分抉れているというのに。

 

「ッ、まだ……!?」

「おぉォッ!」

 

 天音がその威容に怯んだ瞬間、刑部の四脚が飛び出し横合いから多腕を蹴り飛ばした。四脚の重量はそれだけで脅威と言って良い。多腕は転落防止柵を弾き飛ばし、そのまま海に向かって落下した。水没すれば助かる事はないだろう。刑部は抉れ吹き飛んだ転落防止柵を数秒程睨みつけた後、息を吐き出してセブンに問いかけた。

 

「はァ……セブンさん、損害は?」

「ッ……大丈夫だ、多少肩と腕の装甲が歪んだ程度で済んだよ、すまない皆、助かった」

『腕部表面装甲二層破損、肩部表面装甲三層破損、損害軽微、戦闘行動に支障なし』

 

 セブンはめり込んだ内壁から身を起こし、機体の調子を確かめながら答える。三名がそれぞれ安堵の息を漏らすと同時、セブンは転落した多腕の方を見ながら厳しい表情を浮かべた。

 

「まさか陸上型まで持ち出してくるとは……完全に予想外だった」

「連中、本気でこのFOBを潰すつもりですね」

「あぁ、陸上型を運搬できる飛行型が居るとはな、この情報はウォーターフロントに伝えねば――各員、弾の余裕は?」

 

 セブンが問えば、全員が残弾パラメータを確認しながら答えた。

 

「まだ余裕はありますが、先ほどの様な総攻撃を行うならば少し心許ないですね」

「えっと、砲の方は、まぁまだ……連射砲はちょっとさっき撃ちすぎちゃった、かも」

「俺は大量に持ち込んだので、まだ大丈夫です」

 

 ナインは連射砲、肩部兵装共に半分以上残っている。天音は連射砲の弾倉が残り二、火砲は三割減と言った所。刑部は重連射砲の弾倉が三つ、肩部兵装は撃ち切ったが格納ユニットに予備兵装と弾倉コンテナがある。換装すればあと二戦程度ならば可能だろう。それぞれの報告を聞いたセブンは頷き、自身の凹んだ腕部装甲を払いながら告げた。

 

「良し、ならこのまま第三甲板に向かう、前衛は私とナインが務める、ナイン、やれるな?」

「当然です」

 

 ナインは頷き、天音と刑部の前に進み出た。

 

「行くぞ」

「はい」

 

 




 十日程更新していなかったので、前回・今回・次回辺りまでは文字数増しで更新します。
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