鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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第17話

 

「はッ、はァ、ぐ、ぁ……」

 

『警告、機体主骨格に致命的な損害、BTリンク障害発生、脊椎接続確認、起動、BTリンク再接続……DEシステム再起動確認、網膜ディスプレイ投影開始、機体状況、火器管制システムに異常発生、D-2アクチュエータ破損、Y4装甲全損、バランサー反応なし、BT装置を機体制御補助なしに切り替えます――パイロット及びVDS兵装の保護優先、ジェネレータ回路切り替え開始、緊急保護状態移行(セーフモード)、機体出力が三十%低下します』

 

 機体は、酷い物だった。四足の体当たりをもう何度喰らったかも分からない、これが本格的に掴まれていたならば自分は無惨な肉塊と成り果てていただろう。首を引っこ抜かれるか、そうでなくとも脊椎接続を無理矢理解除され、脳がスパークして死ぬか。最悪な未来予想図だ。刑部は全身の装甲が歪み、所々火花を散らす機体を見下ろして思った。

 

 何度も地面を転がされ、壁に叩きつけられた衝撃で意識が朦朧とする。頑丈な重装四脚でなければ疾うの昔に大破していただろう。機体は全体の装甲が凸凹に凹み、特に肩部と脚部は酷かった。表面層も完全に剥がれ内部機構が露出寸前、抉れた装甲がささくれの様に千切れ、頻繁に盾にしていた肩部装甲は内側に捲れていた。手に持っていた連射砲は、既に床を滑って遥か彼方。空いた鋼鉄の手で頬を拭えば、ぬるりとした感触がBTリンク越しに感じられた。掌を見て見れば真っ赤だった。

 

 網膜ディスプレイのアラート表示が煩わしい、長々しい警告アナウンスが五月蠅い。

 

「あぁ、くそ」

 

 目前で、壁にのめり込んだまま動かない刑部を見る四足。それが三体。まるで手負いの獣を仕留める様にじわじわと包囲網を狭める。刑部が戦う意志を喪い、心を折られ、項垂れる瞬間を待っているに違いない。そんな確信があった。

 

 ――自分は此処で死ぬのだろうか。

 

 刑部は思考する。覚悟はしてきた。否、そもそも覚悟などする必要などない。既に刑部という人間は己の生存にすら頓着していない。口と思考の表層では「死んで堪るか」と宣いつつ、その実腹の奥底では死のうが生きようがどうでも良いと思っている。

 

「思ったよりは……早かったな」

 

 ただ、そう。思っていたよりは早かった。ただ、それだけの事なのだ。刑部は呟き、そのまま瞳を閉じようとした。此処で自分はこの四足に食い殺されて骸を晒す、そういう結末なのだ。

 

 四足が唸りながら自分を見据える。食い殺すか、途中で脳を焼かれて死ぬか。どちらにせよ、碌な死に方ではないな。薄っすらと笑い、そんな事を考える。

 そう、自身の生存を諦めかけて。

 

「刑部さんッ!」

 

 強い、生命力の溢れる声が耳に届いた。

 

 閉じかけた瞳を開き、声の方へと視線を向ける。視界に入ったのはナイン、その人であった。彼女は凄まじい勢いで走行し、今まさに刑部に飛び掛かろうとした四足の一匹を勢いそのままに蹴り飛ばした。凄まじい打撃音、肉を打つ音。そのまま着地と同時に地面を滑って火花を散らし刑部の前へと躍り出る。蹴り飛ばされた四足は体をくの時に曲げながら地面に叩きつけられ、そのまま力なく壁に叩きつけられた。

 

「――ナイン?」

 

 刑部はどこか夢心地で彼女の名を呼んだ。まさか救援が来るなど、思ってもいなかったのだ。ナインは肩を弾ませ、息を荒げながら刑部を睨みつけた。余程急いで来たのか、その顔色は蒼白であった。刑部の視界一杯に、彼女の顔が広がる。彼女は刑部に詰め寄り、叫んだ。

 

「貴方、何こんな所で死のうとしているんですかッ!? 私と約束したばかりでしょう!? 私に、私に……貴方を信じさせるとッ! 貴方も、貴方も前の『人間』と同じようにッ、私を裏切るのですかっ!?」

 

 その言葉は強く、深く、刑部の胸を抉った。

 裏切るのか? 『前の人間』と同じように。

 信頼させると、人間ではなく、『藤堂刑部』として信頼させると、そう言った癖に。

 

 想像した、彼女の言う前の人間と同じになったという自分を。まず、機械人形を道具として見、決して人として扱うことなく。また愛を持たず、持たせず、ただ淡々と利潤のみを求める人生をきっと送るだろう。彼女はきっと影で涙する、けれどその涙さえ枯れ果てた後、人類に絶望しながら機械として生きるのだ。一生その心を明かす事無く、自身の生に蓋をしたまま。そして最後は――惨めに感染体に殺される。

 

 それを自分は許せるのか?

 そう思った途端、ほんの僅かな――指先一本分動かせる力が沸いてきた。

 

 

『良いか刑部、吾達にとって最も大切な事は生き残る事だ、戦場では諦めた奴から死んでいく、精神が死ぬと、躰も死ぬ、だから決して心を殺すな――しかし、そうは言っても辛い時はやはり辛い、たとえば戦地での索敵や警邏で数日睡眠がとれず、ASの連続稼働による脳過負荷も酷く、戦闘後のアドレナリンも引いて満身創痍、そんな状態に陥ったとする』

 

『加えて味方が手酷くやられ、友人が何人も戦死し、負傷者がそこら中に這い蹲っている、腹も減って、水一滴すら口に入れていない……もう指先一本、顔を上げる力すらない程に追い詰められた状況、そんな時に心を強く持てる人間は、本当に少ない』

 

『だから吾が、そんな時ほんの僅かでも気力を回復させる方法を教えてやる……兎に角、大切な誰か――友人や家族、恋人でも構わぬ、大切ならば誰でも良い、そいつの顔を思い浮かべ、徹底的に【破壊】してやるのだ』

 

『殺されただとか、そんな温い表現ではない、具体的に想像しろ――頭を踏み潰され下顎から上が地面と同化した恋人だとか、手足が千切れ、内臓を撒き散らしながら顔面を摺りおろされている家族だとか、腸を垂らしながら窓ガラスに頸を突っ込んで死んでいる半分だけになった友人だとか、そういう場面だ』

 

『そして実際に、そんな場面を鮮明に脳裏に想像する、感染体に破壊された大切な者をな――すると搾り滓の様な体の奥から、指一本分動かせるような力が湧いてくるのだ』

 

 

 刑部は過去の訓練を思い出していた。先生の言っていた事は正しかった、今にも挫けそうになる足を動かし、思った。

 

 ガクガクと無様に震える足、それに呼応する形で震え、火花を散らす四脚。装甲が拉げ内部の配線が覗いていた。出力不足の原因はこれか。刑部は額から血を垂らしながら思わず笑った。

 

「ッは……重装四脚が、なんて様だ」

 

 これでは先生に怒られる。

 

 壁に手を着きながら機体を起こし、覚束ない足取りでナインの隣に立った。此方を見据えたまま動かぬ四足。ナインに吹き飛ばされた一体も、既に何事もなかったかのように立ち上がっている。やはり蹴撃だけでは仕留めきれない。心臓か、首を刎ねる必要がある。刑部は両手に何も持たぬまま、ナインに問うた。

 

「ぁー……ナイン、因みにこの状況からどうにか逃げ出す方法、ある?」

「セブンさんより、最悪の場合盾となる様指示を頂きました」

「はは、そっかぁ……」

 

 つまり算段はないと。救援に来てくれたのは素直に嬉しいが、正直自分を見捨てて逃げて欲しかった。まぁ、逃げる場所があるのかは疑問だが。ナインは油断なく目前の四足を見据え、それから刑部の怪我を一瞥した。

 

「四足って、こんなに厄介だったんだね」

「成体の発達型ですから――それで刑部さん、怪我の具合はどうですか」

「うん……まぁ、大丈夫、かな」

 

 刑部は血塗れの顔を隠さず、穏やかに笑って見せた。全く大丈夫そうには見えない、機体の状態的にも、刑部の怪我の具合からしても。しかしナインはそれ以上口にするような事はなかった。ここで刑部を激しく問い詰めたとしても、意味などないと理解していたからだ。きっとこの男はどれ程の怪我を負ったとしても、「大丈夫」としか言わないだろう。

 

「――貴方は、自分に価値を認めていないと聞き及びました」

 

 ナインは静かな口調で言った。銃火器は撃ち尽くした、連射砲も、肩部兵装も、であれば残るは近接兵装のみ。ナインは両手を腰の後ろに回し、搭載されていた装着型の近接格闘兵装を素早く腕に身に着けた。それは折り畳まれたブレード兵装である。彼女が勢い良く腕を振り払えば、丁度刃渡り一メートル近い重厚な刀身が射出される。先端までスライドした兵装はそのまま刀身をロックボルトで固定し、刀身の周囲に紫電が奔った。籠手型ブレード、確かもっと長々とした正式名称があった筈だが刑部は憶えていない。ナインはブレードを構え、一歩前に進み出る。

 

「……であれば覚悟して下さい、『無価値』な貴方が死に掛ければ、【価値ある】私が貴方を庇って死にます、ですから是が非でも生きて下さい、私を生かしたいのであれば――何が何でも」

 

 そう言ってナインは前傾姿勢を取る。自分が死にかければ、ナインが庇って死ぬ。成程、そうなれば何が何でも生き残る必要が出てくるな。刑部は半笑いで頷き、「了解」と言葉を零した。そして四足が揃って動き出し、刑部とナイン目掛けて飛び掛かる。ナインと刑部は素早く四足の突進を躱し、悪態を吐いた。

 

「ッ、空気を読まない奴ですねっ……!」

「今の今まで襲ってこなかっただけ僥倖だと思うよ……ッ!」

 

 四足は三体、内二体はナインが引き付ける形で請け負った。刑部の方へと駆け込んできたのは一体。先ほどまでと比較すれば天と地の差がある。しかし、今の刑部は文字通り満身創痍だった。折れかけの四脚に剥き出しの内部機構、生身の部分も負傷が著しく、打撲、切り傷は序の口で、先ほどから鈍い痛みが止まらない。肩部の装甲を全損させたのが拙かった。胴体廻の増設装甲も、その殆どが剥がれ落ちてしまっている。

 

 真正面からの突進、と思わせて壁を蹴り砕いての側面強襲。一度見た動きだ、刑部は四足のそれを円を描く様に走行する事で躱す。四脚の動作は重々しい、まるで全身が錆び付いてしまったかのよう。明らかに精細を欠く動きだった。しかしそれでも辛うじて四足の攻撃より逃れている。

 

 ――さて、死なないと口にしたは良いが具体的にはどうするか?

 

 刑部は思考し、それから内心で頭を振った。それは直前の言葉に対する否定であった。死なない様に――まず、これが問題だと知っていたからだ。この場を凌ぐだけならば、何とかなるかもしれない。四足三体という脅威は確かに難敵だが、死ぬ気で抗えば或いはどうにかできるだろう。問題はその後、つまりこの感染体に囲まれたFOBからどうやって脱出するかという話だ。

 

 どう考えても不可能であった。自身の生存は――小隊の生還は、不可能である。

 故に刑部は嘘を吐いた。ナインに対し、嘘を吐いたのだ。

 彼女の直後の言葉を聞き、彼は更に思いを強くした。

 

 嗚呼、やはり――彼女はこんなところで死ぬべきではない。

 

 強く、強くそう思う。人間、機械人形、その差異など刑部にとって大した意味を持たない。彼の物事の見方は単純にして明快、『自分より上等か、否か』そして彼は己を無価値と断じている――それはつまり、大抵の存在が彼より上等と断じられる。死ねなくなったと刑部は云う。同時に、自分が死んでも彼女だけはとも思う。

 

 そして両方を秤にかけた時、それは容易く傾いた。

 自分が死んでも、彼女は基地に帰さなければならない。

 そう、『文字通り、己が死んでも』だ。

 

「―――」

 

 刑部は小さく息を吸った。四足の猛攻を凌ぎながら、数秒間の深呼吸。痛みと苦痛。けれどそれらすら愛おしいと思っている様な、柔らかな微笑みを浮かべる。死ねば味わえなくなるものだと思えば痛みですら名残惜しく感じた。

 

 数秒の深呼吸、それは藤堂刑部という人間がこの世に別れを告げる時間であった。

【前任者】は確か四回だったか。ならば己もそろそろ――危険だろう。そう考える。だが止めることは出来ない。己にはこの目前で懸命に生き足掻く機械人形と、その小隊の仲間を守る義務がある。自身より上等で大切な存在を三人も救えるのだ。

 

 結局、ナインを裏切る結果になってしまった。きっと、恨まれる事だろう。その未来を想うと心苦しく、やや表情が強張る。だが何もしなければ死ぬだけだ、四人とも、無慈悲に、まるで塵芥の様に。

 覚悟は決まった、刑部は四脚を力強く踏み鳴らし、告げた。

 

「音声認証、VDS起動」

 

 

 何故――AS(装甲強化外骨格)などという兵器が普及したのか。

 ただ感染体を屠るだけならば、既存の兵器でも対応は可能である筈だった。無論成体(アダルト)の表層は単なる歩兵の銃撃で貫けるほど柔い物ではない、未発達ならば或いは――撃ち抜けるかもしれないが。全ての兵器が使用出来なくなった訳ではないのだ。

 

 現在でも戦闘ヘリや戦車、装甲車と言った兵器は現役である。ASの担ぐ火器は、既存の戦闘車両や攻撃ヘリコプターに搭載されているソレを凌駕していない。倒すだけならばASなんて代物を持ち出すまでもない。

 

 ならば何故、ここまでASは用いられているのか?

 

 まず挙げられるのは、その機動性。俊敏性に劣ると言われる刑部の四脚でさえ、跳んだり跳ねたりと言った挙動は朝飯前、走行すれば戦車にも勝る速度で駆ける。必要とあらば直角の壁さえ単独で走破し得、更に白兵戦能力も備えた上に武装換装によってあらゆる任務に対応可能。これは四脚に限らず全てのASに当て嵌まる事だが、汎用兵器というのは正にASを差す言葉であった。何より複数人で操縦する必要がある戦車にも勝る兵器が単独で運用可能と云うのが良い。輸送機で空輸可能な重量で、更に単体でも転戦が可能。これは兵器として大きなアドバンテージである。

 

 欠点らしい欠点と言えば、『重装』を謳う四脚型や特殊履帯型の装甲でさえ、成体(アダルト)の攻撃に耐え得る堅牢さを持たないという点だが――其処は重戦車の正面装甲さえ素手で引き千切る感染体である、元より【耐え続ける】というコンセプトでASは造られていない。そも『重装』という概念そのものがASにとっては稀なのだ。

 

 飛行型ASも又、特殊である。飛行型と一口に言っても戦闘機やヘリコプターと言った航空兵器とは異なりまさに『飛べる戦車』と云う表現が正しいのだが、刑部は滾々と理を説ける程飛行型に詳しくはない。端的に述べるならば、空は既に感染体の物で、地上から適時飛び上がり限定的な航空戦力として使用可能なASが一時求められたというだけの事。

 だが、『重装』という分類のASを扱えるというだけで、年若い男を徴兵などするのだろうか? 数少ない男性であり、人類でもある藤堂刑部。それを押して尚も戦場に放り出した理由が、まだ存在する。

 

 改造手術とは本来、『ソレ』に適合する為に存在した。ASの操縦というのはその副産物に過ぎない。四脚型の何が特殊か? それは、ある特定の兵装を使用出来るという、その一点に尽きる。

 

 多くの者には知られていないASの秘密、ブラックボックス。天音は言った、訓練センターはCまでしか知らなかったと。当然だ、本来『Dブロック』と呼ばれる訓練センターは存在しない――そういう事になっている。

 

 此処に、上層の『保険』が実を結んだ。

 

 何故このFOBに新人の小隊を送り込んだのか。

 それは――藤堂刑部が【特別】であるから。

 

VDS(ヴァンガード・ディフェンシブ・システム)起動(スタート)

 

 刑部の機体が、アナウンスを垂れ流した。その音声が外部スピーカーに接続され、近場のナインにも良く聞こえた。ナインは四足二体と死闘を繰り広げながら音声の方へと顔を向ける。見れば刑部は四足と睨み合ったまま四脚の脚を止めていた。

 

「刑部さん、何を――!」

 

 ナインは足を止め不動の意を見せる刑部に思わず声を荒げた。よもや傷が思ったより深かったのかと訝しみ、慌てて救援に向かおうとする。

 

 しかしその直前、刑部の肩部ユニットが弾け飛び甲高い音と共に地面に転がった。そして背中の脊椎接続に沿って張られていた装甲が一斉に剥がれ、内部から無数の円柱――ロックボルトではない、赤いラインの浮かんだ――が次々と飛び出した。

 

 上から順に生え出で輝き始めるそれは重低音を鳴らしながら共鳴する。作動する円柱を見て、ナインは思わず驚愕した。それはナインの知らない兵装であった。知らない、とはつまり知識にない、という意味である。機械人形であるナインの頭の中にはASのあらゆる兵装についての情報が詰まっている。刑部がレールブリッジにてバード迎撃に用いた携帯型空中延焼弾頭も、知識としては知っていた。

 

 だが――あれは、何だ?

 

 脊髄接続ユニットの横合いから、まるで針の如く飛び出るソレ。あんな形をした兵装をナインは知らない。そもそもあれは兵装なのか? そんな疑問すら抱く。そして何より、徐々に大きくなる重低音、輝きを増す円柱。それらを見ていると妙な胸騒ぎがする。何か良くない事をしようとしている気がするのだ。ナインはぞわりと背筋が凍る思いをした。「刑部さん!」とナインはもう一度彼の名を叫んだ。

 

 しかし、遠い。二体の四足はナインを完全に獲物と認識していた。宛ら刑部へ辿り着く道を塞ぐ壁の如く立ち塞がる。その間にも刑部の背中――飛び出した無数の円柱がレッドリングを輝かせ、不協和音を鳴らし始める。その間刑部はじっと瞼を下ろし、指先を震わせていた。

 

『DAD因子感知、GS射出力場算出、BT(ブレインタッチ)最大深度、射出位置……探知、認識、確定、完了、動力ライン正常稼働中、座標認識、ポイント、固定――安全装置解除(アンロック)、発射可能』

 

 アナウンスが朗々と謳う様に何事かを告げる。ナインにはそれらの文言の意味が分からない。刑部と対峙する四足は姿勢を低くし、唸っていた。目前の四脚が取り出した無形の兵器を明らかに警戒している。それが恐ろしい物だと本能的に理解しているのだ。

 

 脊椎接続から迫り出した円柱が紫電を帯びる。それに刺激され、四足が唸りを上げ叫び、駆け出した。それは恐怖に負け、思わず飛び出してしまったかのようにも見えた。

 

 そしてその足が刑部の頭蓋を砕くより僅かに早く――彼の目が見開かれる。

 

「発射」

 

 彼が呟き、無機質なASアナウンスが応えた。

 

『――Gravity Strike(グラビティ・ストライク)

 

 それは、何と表現すれば良いだろうか。

 

 飛び出した四足、今にも頭蓋を砕かんと迫っていた筋肉の塊。それが――瞬きの間に。

 

 潰れた。

 

 妙な音がした、まるでトンネルの中に入った時の様な。周囲の音が籠り、反響する。そして透明な空気が一気に炸裂したような、そんな音が鳴り響いたと思った。そう思った時には既に、四足は地面に潰されて死んでいた。

 

 否、【落下した】というのが正しいのだろうか。刑部に伸びていた前脚諸共、体全体が巨大な何かに押しつぶされたかのように落下し、轟音と共に地面に衝突――そして圧死。

 

 四足はものの一秒足らずで地面の染みと化し――しかし不思議な事に、地面が罅割れる事などはなく、彼の恐ろしい感染体は死亡した。そしてそれは刑部の目前に居た四足に留まらず、ナインの目前に迫っていた四足も同じであった。

 

 同じ瞬間、同じタイミング、同じ死に方で四足はミンチとなって死んだ。足元に広がる肌色と赤黒い染みが全てだった。

 

「こ、れは……」

 

 ナインは震えた声色で呟く。刑部に飛び掛かっていた四足は死んだ、自分を阻んでいた四足も死んだ。そして気付く、マップに表示されていた敵反応が次々と消失している事に。少なくとも戦術リンクによって繋がっていた小隊――セブンと天音と対峙していた感染体は一体残らず殲滅された。

 

 この、ものの数秒足らずで――FOB内部の感染体を殲滅した。

 

 いや、違う、FOB内部だけではない。拡大すれば、マップは外側の様子も朧気にだが映してくれる。そして辛うじて生き残っている甲板上のAS部隊と戦術リンクを結べば。

 周囲に敵反応なし――まさか、FOB領域内全ての感染体を掃滅したのか?

 

「あり得ない」

 

 ナインの口には無意識の内にそんな言葉を紡いでいた。

 

『VDS停止、GS射出力場生成装置停止、ライン減圧開始、緊急冷却――』

「ッ!」

 

 アナウンスによって我に返るナイン。はっとした表情で刑部の方を見てやれば、彼はぐったりとした状態で俯いていた。機体背部の装甲が開き、排熱処理が行われているのか隙間から蒸気が噴き出している。ナインは彼に駆け寄り、俯いたまま小刻みに震える刑部の肩を掴んだ。

 

「刑部さん!」

「ぅ、ぁ……が……」

 

 ナインは刑部の上体を起こし、その顔を覗き込む。そして思わず怯んだ。

 刑部は鼻や目から血を流し、額の血管は浮き上がって口から泡を吹いていた。明らかに正常な状態ではなかった。瞼は落ちていたが、その奥で眼球が蠢いているのが分かる。頬は異様な程熱く、ナインは視線を泳がせながら蒼褪めた表情で首を振った。

 

「な、何で、こんな――」

 

 出血は目、鼻、そして僅かに口から。口は――切ったのだろうか、或いは噛み締めすぎたのか。ナインは流れ出る血を鋼鉄の指先で拭いながら、「どうしよう、どうすれば」と呟いた。まるで頭が働かなかった。指先が震えて、ナインは縋る様に刑部の頭を胸に抱きしめた。熱い、まるで焼ける様だ。自身のひんやりとした体温で僅かでも刑部が冷えればと思った。

 

 きっと、今の兵装のせいだ。先ほどまでは、こんな状態ではなかった。怪我はしていたが外傷だけだったのだ。それが今では、こんな。

 

『接続者の脳過負荷を感知、回避処理を開始します』

 

 耳元でアナウンスが鳴り響いた。そして一拍後、刑部の首筋に何かが打ち込まれる音がした。空気の抜ける、軽い音だった。

 

「! 何を――」

 

 ナインは思わず外部からAS機能を停止させようとし――しかし思わず伸ばした手を虚空で留めた。止めた方が良いのか、それともこのまま見守った方が良いのか、ナインには判断がつかなかったのだ。明確な脅威であれば簡単であった、盾にだってなれるし、剣にだってなれる。倒すべき敵がいるというのは単純明快で分かり易い、しかし今は――どうすればこの人を助けられるのかが分からない。ナインは絶望感と無力感、そして強い焦燥の念に駆られた。抱きかかえた刑部の腕がいつの間にか力なく垂れさがり、胸元の彼は微動だにしなくなってしまった。

 

 意識がない……まさか、死――。

 

「ッ……! せ、セブンさん! 天音さん! 誰かッ! 刑部さんがッ、刑部さんが――!」

 

 恥も外聞もなく泣き喚いた。荒れ果てた格納庫の中にナインの悲鳴が鳴り響き、一拍後、崩れ落ちた内壁の穴からセブンと天音の二人が飛び出してくる。唐突に感染体が押し潰され、異変を察知した二人は刑部とナインの加勢に向かうべく駆けていたのだ。二人は未だ健在であった二人を目視し安堵するが、ナインに抱きしめられたまま微動だにしない刑部を見て、顔を蒼褪めさせた。

 

「ナイン、無事かッ!? ――刑部!?」

「刑部君ッ!?」

 

 刑部は纏まらない思考の中、最後に皆の声が聞こえた気がした。

 

『接続者の意識消失を確認、VDSダウン、戦闘情報処理を終了します』

 

 

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