「さて、この辺りで良いかしら」
「おい、何なんだ、一体」
草壁依織に手を引かれたセブンは交信室から大分離れた、普段人の立ち入らない倉庫区画にまで連行された。階段の踊り場、丁度その影になる部分。念には念を、という徹底ぶりである。只ですら人通りのない区画、それに人目のない場所。周囲は静謐な空間で、物音ひとつ聞こえない。セブンは依織に捕まれていた腕を払い、目を左右に向けた。
階段下の暗闇、無造作に積まれた段ボールとプラスチックケース、それらの上には薄く埃が被っている。半ば物置と化した場所だ、清掃も行き届いてはいない。セブンはやや顔を顰め、正面の依織に目を向けた。
「………」
当の依織はじっとセブンを見つめたまま沈黙を守っている。その目付きは観察している様にも見えるし、或いは何かを告げる為の準備にも見えた。数秒、二人の間に沈黙が降りた。人間に黙って見つめられる経験など、早々ない。セブンは居心地が悪くなり無意識に視線を横に逃がした。ややあって、依織は口を開く。
「貴女、セブンって言ったわね」
「あ、あぁ」
「信頼して良いの?」
依織は、酷く真面目な表情で問いかけた。しかし問いかけられたセブンは困惑する。話の全体像、彼女の意図が分からない。一歩後ろに下がったセブンは依織に掴まれていた部分を撫でつけながら顔を顰めた。
「それは、一体どういう意味だ?」
「貴女という機械人形を信頼しても良いのか、という事よ」
「……良く分からないが、別段私はお前に含むものを持っていない、お前と話す内容を言い触らすつもりもないし、敵対するつもりもない」
「……そう」
素っ気なく頷いた依織は顎先に手を当て、考え込むように目を瞑った。何なんだ、この女。セブンは思わず胸中で呟く。行動が読めない、思考が分からない。何故、こんな場所に連れて来たのか。何故、信頼出来るかなどと問いかけてくるのか。セブンは口を噤んだまま依織を不気味な存在を見るような目で見ていた。
「貴女、違和感があるって言ったかしら、四十人委員会が――空虚、だとか」
「あぁ、そうだ」
セブンは素直に肯定する。委員会が空虚に感じたのは確かなのだ。すると依織は再度何かを考え、それからゆっくりと言った。
「少し、昔話を聞いてくれる?」
「何だ、唐突に」
「これから話す事に、関係ある事よ」
「……別に、構わないが」
やはり、分からない。そんなセブンの困惑を他所に、依織は壁に背を預けると淡々とした口調で語り始めた。
「私と刑部君の馴れ初め、元々彼とはBブロックで出会ったの、私は教導の一環として足を運ぶことがあったから、多分、向こうのブロックにない機材を取りに来ていたのね、偶然ばったり、という感じ……そこでね、私、彼に一目惚れしたの」
昔話というのは刑部との馴れ初めであった。彼との関係性、そして自身の恋慕、その情、それは実に簡素で、簡潔で、分かり易い程に淡泊であった。真剣な表情であった依織の口元が、僅かに笑みで崩れる。
「変な話だけれどね、私、初めて彼と出会ったというのに、そんな気がしなかったのよ、まるで何年も――いいえ、何十年も一緒に居た様な気持ちになって」
そこまで口にし、一度口を噤む。依織は伏せていた視線をセブンに向け、弁明する様に言った。
「勿論彼とは本当に初対面よ? 過去に出会った記憶なんてない、だから疑問に思ったの」
「疑問?」
「えぇ、だって初対面の相手に、家族に勝らずとも劣らずな親愛の情を抱くなんて、可笑しいでしょう?」
それは――そう、だろうか。
セブンは自身の胸に手を当て、考える。製造されて一年と経っていない己には良く分からない問題だ。しかし確かに、初対面で家族に勝る情を抱くのは可笑しい――かもしれない。客観的なデータとして、可笑しい。
「でもね、それだけなら私も特にどうしようとも思わなかった、所詮は感情の話だもの、『そういう事もあるかもしれない』程度の話で済ませられる――けれど、そうはならなかった、ならなかったのよ」
依織は最後の言葉を強い口調で断じた。そして周囲を見て、何かを警戒する素振りを見せる。セブンは目の前の女性が、何をそこまで恐れているのかが分からなかった。そして依織は周囲に人影が無いことを何度も確認し、手元の端末を操作する。
「この映像データを見て」
そう言って差し出された小さな端末。そこから飛び出すホログラム。映像データだ、セブンの目の前に不鮮明な平面のディスプレイが表示された。
『――え―か――聞こ―る―――聞こえるかしら』
「!」
セブンは目を瞬かせる。その、不鮮明な映像データに映る人物、そして聞こえる声。それは間違えようもなく。
「これは……お前か?」
「………」
映像データに映っていたのは、草壁依織であった。
しかし、血塗れで、見る限り負傷している。それに――映像は不鮮明だが、彼女が居る場所はウォーターフロントではない事が分かった。此処はどこだ? 瓦礫に塗れ、所々に死体らしきものも見える。それに炎も――燃えているのか? セブンはやや前のめりになって、映像データを覗き込んだ。
『ハァ……嫌なものね、届くかどうかも分からない遺書代わりのデータを残すなんて――マザーに見つかればお終い、届くかどうか分からないけれど、
草壁依織――と思われる女性は血濡れの額を拭い、髪を掻き上げる。眼鏡は罅割れていて、酷い有様だった。
『ごめんなさい、今回の私は失敗したわ、マザーは私の行動に気付いて機械歩兵群の侵攻を早めた、首都はもう陥落寸前、私の居るブロックは既に占領されたし、私も……随分無茶をしてしまった、この心臓が止まるまで後十数分、というところかしら……ふふっ』
依織は血塗れの恰好――良く見ればそれは、過去日本が保有していた唯一の戦力である自衛隊とやらが着込んでいた衣服に似ている事が分かった。定期的に走るノイズ、その合間合間から依織の状態を読み取る。右腕部に二発、左脇腹に一発、下腹部に一発、それに胸元に一発。弾丸を受けている、致命傷だ、セブンは思わず顔を顰めた。
『本当なら、新しく生まれた私に問答無用で見せるべきなのでしょうね……けれど、知らないで死ぬのなら、それもまた幸せな事だと思うの――次の私、もし、これが届いていて、そしてこの世界の真実を知りたいのなら』
映像の中の依織は一度言葉を呑み込み、それから強い眼差しと共に告げた。
『世界の果てを目指しなさい、きっと、貴女が思っているより世界は狭いわ、ずっとずっと――地球は、丸くなんてなかったの』
それは、セブンからすれば理解出来る言葉ではなかった。或いは、何かの謎かけの様な。
映像の中の依織が咳き込む。喀血だ、咳に混じって赤が飛び散る。依織は口元を拭って付着したそれを眺め、ふっと口元を歪めた。
『あぁ、残った記憶領域では、これ位が限界ね……この映像は、貴女の記憶領域に残る、抽出する手段は――そこまでは面倒を見きれないわ、でも、誰にでも見せて良い訳じゃない事くらい分かるでしょう? 次の私が、賢明である事を願うわ』
眼鏡を外し、無造作に投げ捨てた彼女の命は風前の灯火であった。もう助からない、誰の目から見ても明らかだ。依織は撮影しているのだろう、端末に手を伸ばしながら最後に告げた。
『……貴女の世界のトップを疑いなさい、きっとその存在はマザーの手足となって動いているでしょう、今、私から言えるとしたらそれだけ、貴女の世界がどんな場所で、どんな敵に襲われているのかも分からないから――瓦礫の山の世界から、次の私の武運を祈るわ』
それじゃあね。
その言葉と共に、映像データが終了する。ノイズのみが走る画面を数秒睨みつけるようにして見つめ、それからセブンは依織に目を向けた。
「……今のは、何だ」
神妙な顔でセブンが問いかける。それは、あらゆる意味合いを含んだ問いかけであった。依織は端末の電源を落とし、ぼそぼそと答える。
「私も確実な事は言えない、けれど推測する事は出来る」
「……次の私、世界の果て、地球は丸くない、それに――トップを疑え、だと?」
「この世界の頂点、少なくともウォーターフロントに於いては」
四十人委員会。声の響きは冷たく、無機質だった。セブンは依織を睨みつけるようにして見る。
「私にこれを見せた理由は、それか」
「えぇ、私も……正直に言えば疑っているのよ」
草壁依織もまた、ウォーターフロントの頂点である四十人委員会を疑っている。成程、自分にこの映像を見せた理由は理解した。しかし。
「あれが自作自演でないという証拠は?」
「私がこんなものを作って何のメリットがあるの、悪戯目的だとしても余りに手が込んでいるとは思わない?」
「……そうだな」
セブンの問いかけに、依織は予想していたとばかりに淀みなく答えた。あの映像の背景や怪我具合、とても演技には思えないし、一から用意するには余りに手間だ。そんな労力に見合うだけのメリットが彼女にあるのだろうか? セブンが考えうる限り、依織が得をする事はない。彼女が愉快犯であるならばまた別だが、そんな雰囲気は微塵も感じはしない。それに、撮影の為だけに態々内地に赴くのか? ――余りにも非現実的である。
「私も、正直な話これは自分の胸の中にずっと仕舞っておこうと思っていたの、けれど貴女が現れた――この世界の人はね、何の疑問も抱かないのよ、四十人委員会という顔の見えない人達に対して……不思議な位」
その言葉にセブンは同意せざるを得なかった。自身を含め、このウォーターフロントを実質支配している四十人委員会に対し、人々は無頓着だ。誰もその存在を知らない、名前を知らない、活動を知らない。漠然と頂点に立つ四十人の人間が居ることだけを知っており、それ以上の事を知ろうとしない。
それは、明らかにおかしな事ではないだろうか。
「色々と確かめたい事があるわ、四十人委員会の事も、この世界の事も――私は、世界の果てとやらに行ってみようと思う」
依織は真剣な表情で宣う、真実を探すと。
セブンは一度視線を切り、両手で顔を叩いた。これが何か悪い夢なのかと――機械人形が滑稽な事だ、そう内心で吐き捨てながらしかし、暫くそうして顔を覆い続けた。
自分はただ、刑部に会いたいだけだ、それ以上でも以下でもない。けれど、その刑部の命を握っていると言っても過言ではないのが四十人委員会。それをどうして放っておけよう?
セブンは両手をぐっと握りしめ、それから深く息を吸い込んだ。そして内心の動揺を押し殺し目の前の依織に問いかける。
「世界の果て、とは具体的にどの辺りなんだ?」
「……分からないわ、でも恐らくFOBよりも遠く、内陸なら東京の向こう側、そうね、東北の方まで上がってみれば分かるのではないかしら」
その、実に無計画で無鉄砲な言葉にセブンは顔を顰めた。
「……東北・九州・四国は完全に制圧されている、危険だぞ」
「けれど、そこで世界の果てとやらにぶち当たれば少なくとも映像の言っている事は正しいという確証が持てる、そうすれば四十人委員会を信用出来ないという確固たる証拠になる、そうでしょう?」
「そんな良くも分からない映像の為に、命を危険に晒すのか」
「……そうね、普通に考えればそうなるわ、けれどある日突然、自分と同じ顔をした人間にビデオレターを送られた私からすれば、それだけでもうただ事ではないのよ」
自身の腕を掴み、そっぽを向きながらそう答える依織の姿にを見て、セブンは眉を顰めた。
「映像の中の私は、『前の私』と言っていた、そして今、こうして此処に立っている私を、『次の私』と――これがどういう意味か、貴女には分かる?」
「……さぁ、私に提示できる尤も可能性の高いものは、これがお前の自作自演であるか、或いはお前自身が記憶喪失になっているか、記憶洗浄処理をされたかのどちらかだ」
「本や小説、映画は余り見ないのね、貴女」
「何?」
何故、ここで本や小説、映画の話が出るのか。訝し気な表情を隠さないセブンに、依織はどこか意地の悪い雰囲気を纏って言った。
「SFではありがちよ、まさか自分に適応されるなんて夢にも思っていなかったけれど……例えば、そうね、この世界がループしているという考えはどう?」
「ループ?」
セブンの声が、どこか素っ頓狂な響きを伴って依織の鼓膜を打った。また、随分突飛な発想だ。依織は腕を組みかえ続ける。表情は雰囲気とは裏腹に、僅かも揺らいではいなかった。
「そう、人類が亡ぶのは初めてではない……とか、そう考えれば映像の中に居た私の『前の私』、『次の私』という話に納得がいくわ」
続けられた言葉にセブンは困惑を隠せない。依織の瞳をじっと見つめ、それから視線を左右に散らしながら問いかけた。
「それは、なんだ、哲学か?」
「いいえ、真実の一例として私は語っている」
「馬鹿げた話だ」
本当に、馬鹿げた話だ。言葉には冷たさが伴っていた。吐き捨てるように叩きつけられたそれに、依織は懇々と頷いて見せた。
「えぇ、そうね、馬鹿げた話だわ……けれど同じように、委員会を疑うという事も馬鹿げた話ではないの?」
言葉はセブンの胸を穿った。そうだ、根本的に――何故委員会を疑うのか? その理由を改めて突きつけられた時、「馬鹿げた」と言われない理由はない。空虚に感じたから、何となく違和を感じたから。そんなものは理由ですらない、正しく馬鹿げだ話だ。そして先ほどの映像を加味しても、同じ。依織は黙り込んだセブンの瞳を覗き込んで、告げた。
「セブン、貴女は委員会に対して『空虚』という言葉を使ったわね、それを明確にすれば分かる、人の熱を感じなかったのでしょう? 委員会という組織に対して、機械の様に感じられた、そう貴女は言ったわ」
「それは」
詰め寄る依織に、セブンは言葉を返せなかった。暫く二人の間に沈黙が降り、ややあって依織は一歩退く。そしてじっと対面に立つ彼女を見つめながら言葉を続けた。
「もし、貴女の感性が正しかったら……どうする?」
「……私の感性とは、何だ」
「つまり、委員会のメンバーが人でなかったとしたら」
それは、セブンが驚きに目を見開くには余りに十分な情報だった。視線を交わす双方、依織に冗談や嘘を言っている様な素振りはない。至極真面目で、能面の様な表情でセブンを見ていた。
「勿論、ただの予想……いえ、妄想のひとつに過ぎないわ、けれどもし四十人委員会のメンバーが機械だとすれば、全てに説明がつくわ、映像の中の私が言っていた『マザー』という言葉も」
「あり得ない、機械が人の上に立つなど……!」
「けれど絶対とは言えない、違う?」
依織の言葉に反論は出来なかった。機械が人の上に立つ、成程、空虚と感じるのも当然だろう。けれど委員会が機械であるなどという証拠はない、そんな事はあり得ない――同時にそれは、委員会が人間である証拠もないという事であった。委員会の秘密主義とも言える秘匿性がセブンの不安を煽った。彼女は俯き加減になった顔を上げ、下から睨みつける様に依織を見た。
「お前は、何を知っているんだ? その口調、まるで何かを確信しているかのように聞こえる」
「………」
そうだ、この女性はまるで、『然も真実であるかのように』それを語る。委員会の存在然り、そもそも四十人委員会が人間で構成された意思決定機関である事はウォーターフロントに住む全人類の知るところである。そしてその情報は、悉くが遮断され機密として扱われている。人間であり、エースと呼べる腕間を持つAS乗りだとしても、その存在を確信出来る程の情報に触れられるとは考え難い。
何かある――セブンは内心で確信していた。先ほどのビデオの様な、まだ委員会が何たるかを知る事の出来る情報を、この女は隠し持っている。
遠回しなセブンの問いかけに依織は一瞬視線を逸らした、しかし注がれる熱の籠った視線に負けたのか、暫く沈黙を守った口がゆっくりと開き、言葉を紡いだ。
「詳しい事は何も、けれど確かに私は、まだ貴女に語っていない秘密を幾つか知っているわ――映像だけではないのよ、この世界と委員会を疑う要素は」
「それは、何だ」
「………」
依織は唇に手を当て、幾分か迷う素振りを見せた。それは情報を出し渋っているというより、その情報を『セブン』という存在に明かして良いのかという迷いに見えた。依織の指先がゆっくりとセブンの頬に伸び、先端が触れた。温い体温。セブンは微動だにしなかった。
依織は喉を鳴らすと、ゆっくりと告げた。
「そうね、貴女達に搭載されている、
「――オリジナル? それは、どういう意味だ」
「機械人形に埋め込まれた人工知能、人は人間を模倣した完全人工知能の開発になんて成功していない、感情のデータ化なんて嘘、ただ人間の人格をそのまま模倣した為に付随しただけの産物――そうね、貴女はアンドロイドというより、異なる容姿と素体を得た人間の複製品という所かしら、精神は人間で、体だけが機械の、ね」
驚愕した、では足りぬ。
それは宛ら巨大な金槌で頭部を殴り付けられたかのような衝撃であった。あの、源に頬をぶたれた時さえ及ばぬだろう。一瞬、意識に空白が起こる。外傷によるものではない、完全な
「数多の人間の人格をコピーし、それを『人工知能』と名付け素体にインストールする、パッケージングされた人格は異なる素体で自我を持ち、己を機械人形と自覚する――大嘘よ、貴女の人格は間違いなく人間のものだわ、人間の人格ごと脳髄をコピーした『紛い物』、それが機械人形の正体」
「馬鹿、な――嘘だ、私達機械人形は、
「違うわ、貴女は不思議に思わなかったの? 戦うだけならば、機械人形なんて必要なかった、無人機のASでも作れば良かったのよ、UAVや無人戦車があるんだもの、不可能なんかじゃないわ、心を持った人形と人間は内側に引きこもっていれば良い、けれどそれを委員会は選ばなかった――連中こそ、本当の意味で
依織の口調には先ほどとは異なる、熱があった。言い聞かせるような感情があった。セブンは一歩、後ろに足を落とす。ぐらりと体が揺れ、体幹が崩れる気がした。無論、錯覚だ。手を顔に当て頸を振る。額が熱い、処理が追い付いていないのか、視界がぐるぐると回って気持ちが悪かった。
人格のコピー、パッケージ、そして素体へのインストール。人間は完全な模倣品など作り上げていない――即ち己は、世界の何処かの人間の脳髄をコピーした
セブンは荒い息を繰り返し、両手で顔を覆いながら背を曲げ声なき悲鳴を上げた。
己は完全な機械ではない――そして完全な人間でもない。人間の脳髄をコピーし、機械の体に詰め込んだ存在だ。精神は人間、それも借り物の、そして躰は機械。
ならばこれは――
人に感じていたあの愛護の情も、人故に持ち得た懐古の念だったとでも言いたいのか? どこからが
セブンは下から睨みつけるように、顔を覆った指の隙間から依織を見た。何故か今は、彼女の気遣う様なその顔が無性に気に入らなかった。セブンは勢い良く腕を払い、横合いの壁を強かに叩く。機械人形の腕は硬質的なモルタルの壁を強く打った。びくりと、依織の肩が跳ねる。
セブンは深く、息を吸い込んだ。
今は――良い。己は確かに紛い物だろう、人でもなく、機械にでもなく、人の心を機械に詰め込んだ混ぜ物だろう。人への情は紛い物で、前提条件さえ偽物で、使命も義務も存在しない。
けれど唯一、本物と胸を張って言える存在がある。
それだけは、絶対に偽物などとは言わせない――言わせてはならない。
「草壁、依織……断言したな、四十人委員会を……つまりお前は、確信している訳だ」
「……そうよ、あの映像記録の他に、細々とした文書データが送られていたの、『すべての世界に共通する黒幕』と、その結末が」
「ならば――」
「――けれど私も、まだ疑っている、完全に信じた訳ではない……だからこそ私は、確かめなければならないの」
セブンの言葉を遮る様に、強い口調で依織は言った。彼女の言は理解出来る、どこの誰とも知れぬ存在がら渡されたものを鵜呑みには出来ない。そしてそれは、セブン自身にも言える事。
「……この素体は機械でも、人格は人間――か」
天井を見上げ、セブンは呟いた。体から力を抜き、二度、深呼吸を繰り返す。そうすると少しだけ気持ちが楽になった様な気がした。機械に呼吸など必要ないというのに、それが人間の残滓であるかのような気がして、セブンは顔を顰めた。
「草壁依織」
「――何よ?」
「世界の果てとやら、私に任せてくれないか」