「………」
ナインとセブンは、ミーティングルームの一室を貸し切り、対峙していた。壁に背を預け目を瞑るセブン、その対面に立ち神妙な表情を浮かべるナイン。二人はたった今、互いに知り得た情報を交換したばかりであった。ナインは藤堂刑部の扱うVDS、そしてそこから放たれるGSと呼ばれる兵装の齎す副作用。そしてセブンは草壁依織の口にした委員会への疑惑、そして映像データに関しての全て。
二人の情報は互いにとって非常に重要なものであり、同時にそう易々と呑み込めるほど軽々しい程のものでもなかった。セブンは瞼を瞑ったままゆっくりと頷き、呟いた。
「成程、実に――ふざけた兵器だな」
怒りの滲んだ言葉、吐き捨て、セブンは目を開いた。その瞳には明らかな怒気が滲んでいる。
「使えば使う程精神を壊し、肉体的損傷を負う兵器だと? そんなものは兵器とは呼ばない、ただの特攻ではないか……!」
「えぇ、言い方は兎も角、意見には同意します」
セブンの強い怒りの滲んだ言葉に、ナインは淡々と同意して見せる。ナインとしても、この兵装の齎す危険は見過ごせない。どうにかしなければならないという気持ちもあり、兵装の真実をセブンに伝えるに至った。しかし、同時にセブンから語られた内容に顔を顰める。
「それで……セブンさんの方は、この話、本当なのですか」
やや疑念を残した口調。ナインは正面のセブンを、訝し気な表情で見ていた。疑われるのは当然だろう、セブンは頷きながら肯定する。
「あぁ、少なくとも草壁依織から『嘘』の反応はなかった、呼吸、脈拍に異常なし、綺麗なものだ、あれでもし平然と嘘を垂れ流していたというのなら、実に芸達者な奴だよ」
「しかし、その映像の内容は余りに――」
ナインは言葉を切り、視線を横に流した。彼女としても上官であり戦友であるセブンを疑るような事はしたくない。しかし、彼女の言葉は荒唐無稽が過ぎる。ましてや直接映像を見たセブンならばまだしも、ナインはそれを口頭で伝えられただけだ。妄想か、或いは夢の内容か何かと思ってしまうのも仕方ないだろう。しかし、セブンは依然真剣な表情でナインを見つめ、告げた。
「私もな、最初は漠然とした疑問だけだった、しかし今は強い疑念を委員会に抱いている、顔の見えないトップ、四十人の人間、ひとりふたりならば兎も角、全員の素性が知れないのだぞ? あれ以降、私は何とか委員会のメンバーを知ろうと躍起になったが……成果は零だ、全くない」
「……二週間、機械人形である貴女が調べても、ですか」
「あぁ」
セブンの言葉に、ナインは理解の色を見せた。機械人形、それも前線に携わるAS乗りが二週間調べて回ったのだ。それで名前すら分からないというのは、明らかにおかしい。不自然である。それは意図的に隠されていると言い換えても良い。
「IDを偽って上層部のデータベースにも潜り込んだ、一般層に情報が無いことは当然だが、上の階層にも委員会についてのデータは存在しなかった、つまり上層部の連中ですら委員会のメンバーについては知らないんだ」
「まさか、そんな危険な橋を?」
「
セブンはこの二週間で委員会への疑惑を更に強めていた。身分詐称まで行い、上層のデータベースにも潜った。しかし、そこにも委員会の情報は存在せず、渋々撤退したのが数日前。両腕を組み、顎を擦るセブンは強い瞳をナインに向ける。そこには委員会への不信が現れていた。
「上層の連中すら委員会のメンバーの顔を知らない、データベースには委員会の個人情報どころか、名前一つ存在しなかった、名前一つ、だぞ? ならば、誰なら知っているんだ? ウォーターフロントのあらゆる決定権は四十人委員会が握っている、ましてや防衛の要である我々の上層ですら知らないとなれば、ウォーターフロントの誰も委員会の顔など知らないのではないのか?」
ウォーターフロントの防衛を担うセブンやナイン。その上層が持つ権力はそれなりに大きい。四十人委員会程でなくとも、多少の融通を利かせられる程度には大きい組織だ。何より、ウォーターフロントの防衛を担っているという事実が大きい。人々は、この組織に守られているのだという意識を持っている。もし、四十人委員会が最も巨大な権力を持っているとすれば、その次点、あるいは三番手に挙がるのが此処の上層だろう。そのデータベースにすら、委員会のメンバーの情報は存在しなかったのだ。これは、明らかにおかしい。
ナインは眉を潜め、同意する様に頷いた。
「それは、確かに妙ですね、此処以上にウォーターフロントへ影響を持つ組織など……民間ではまず、あり得ません」
「だろう? 故にナイン、これは提案なのだが――私と共に世界の果てに行ってみないか」
「世界の果て、ですか」
ナインは目を瞬かせ、セブンを見た。
「そうだ、先の話で語って聞かせた様に草壁依織の映像には様々な疑問が残る、だがそれらのどれかが正しいと証明できれば、同時に委員会を疑う確固たる証拠になるだろう――私とて、人間を疑る様な事はしたくない、しかしそれが刑部に関わる事だというのなら捨て置けん」
セブンはそこまで言って目を伏せた、それがただの言い訳である事を自覚したからだ。人間を疑る様な事はしたくない、どの口にそんな事を――実際はもっと醜く、安易な感情の発露であった。
「いや、これは単なる言い訳か……率直に言えば、私は気に入らんのだ――刑部にあの様な兵器を押し付け、平然としている委員会の連中が」
それが、セブンの偽らざる本音である。ナインはそれを聞いても彼女を責めようとは思わなかった。実際はどれあれ、ナインもまたその気持ちを理解できたから。藤堂刑部という個人を犠牲に安寧を得る、例え必要な犠牲だと目の前で口にされても、理解はしても納得はしたくない。それを避ける事が出来るのなら手を尽くそう――其処まで考え、ナインは人間ではなく、刑部という個人に拘っている己に気付いた。あの屋上で、蓮華の言葉に即答できなかった己が。
今更だ――ナインは胸元で手を握り締め、頷いた。
「具体的には、どうなさるつもりですか」
「……あの映像の草壁依織は、『地球は丸くなかった』と言った、つまり地球には【果て】があるのだと仮定する、大昔の哲学者や、科学者が言ったようにな、その境目が四角形か円形か、それは分からないが兎に角移動し続ければ良い、私の計画では内陸――日本列島の北海道方面に向かってみようと考えている」
「つまり、何ですか……【世界地図は間違っている】と、そういう事ですか」
「有体に言えば、そうだ」
「――とても正気とは思えません」
ナインの表情は真剣だった。余りに荒唐無稽で、突飛すぎる話だ。それはセブンも理解している所だった。故にセブンはふっと口元を緩め、自嘲するように言った。
「正気ならば、そもそも何処の誰とも知れん四十人の人間に、百万を超える人間が従う事もなかっただろうさ、【元から間違っていたのだ】、そう思い込まされているというべきか」
「……委員会に疑念を抱く事は同意します、しかし世界の果て、そもそも地球が丸くないなど、余りに話が飛躍し過ぎている気がしてなりません」
「だからこそ確かめに行くのだ、仮にそんな偽りをウォーターフロントの人間に広められるとすれば、委員会以外存在しない、世界に果てがあるとすれば、委員会は十中八九敵となる、トップを疑えというあの女の言葉も、真実だと確証が持てる」
「実際に、どの程度の距離が必要なのかも分からないのですよ?」
「あぁ、下手をしなくとも一日二日では終わらんだろうな……だからこそ私は草壁依織に世界の果ての調査を任せて欲しいと言ったのだ」
目前に立つセブンの強い視線がナインを穿った。その瞳に込められている感情は何だろうか、真剣で、イノセントで、ナインはその瞳に見つめられると酷く喉が渇いた。反対しなければならないのに言葉が上手く紡げなかった。
「人間がひとり死ぬより、機械人形が二人死ぬ方が良いだろう、違うか?」
「それは」
「元より私が口に出さなければあの女はひとりでも向かっていただろうよ、それに私も、ナインが行かぬと言うならばそれでも構わない、私一人で向かうだけだ」
「……その間、部隊はどうするのです」
「既に話はつけてある、私は長期のメンテナンスという形で工廠に引っ込むつもりだ、部隊は一時的に他の者に指揮を預ける」
「まさか、そうそう代わりなど――」
「草壁依織だよ」
彼女の言葉に、ナインは追及の為に開いていた口を閉じた。セブンはナインを見据えたまま、草壁依織が調査に赴くセブンの代わりに代理として隊を纏めると説明した。
「彼女が一時的に部隊の指揮を執る、腕は勿論、指揮官としての教育も受けている、問題あるまい」
「……確かに、問題はないかもしれませんが、彼女はそれを許可したのですか」
「無論だ、寧ろ彼女が言い出した事だよこれは、私が世界の果てに向かうならばその穴埋めとして代役を務めよう、とね」
ここまで用意周到だとは。ナインの口から、自身の意志とは関係なく溜息が零れた。これは、もう何を言っても止まるまい。元より行くこと自体は既に決まっていたのだ。後は己がついて行くかどうか、その一点のみ。そしてここまで情報を出され、手を回された時点で断るという選択肢は存在しなかった。
「はぁ……――分かりました、同行します」
「! そうか」
軽く手を挙げ、首を振るナインにセブンは嬉しそうに微笑みかける。だが、まだ詰めておくべき点はある。ナインはこれからの予定を思考の中に並べながら、目の前の彼女に問いかけた。
「しかし、万が一世界の果てが見つからなかったらどうするのです? そうでなくともウォーターフロントから内地側は千葉の一部を除き殆どが感染体の占領下です、そう簡単に侵入できるとはとても……」
「無論、考えてあるとも……これを見て欲しい」
そう言ってセブンが端末から映像を投影した。3Dモデリングされた映像はナインの目前に表示され、それを見て彼女は眉を寄せる。
「これは……飛行型ASですか?」
「いいや、正確に言うならば陸上型の拡張ユニットだ」
映像の中にあるモデルはASより僅かに小さいく、全体的に操縦者を包み込むような形をしていた。それ単体だけでもASと見紛う大きさ。左右に折り畳まれた主翼があり、背部と後部にも大小のウィング、そして噴射口が設置されている。小型の飛行型ASかと考えたナインの言葉を否定し、セブンは是を陸上型AS用の拡張ユニットと言い切った。
「拡張ユニット? しかし、拡張と呼ぶには聊か大きすぎでは」
「そうだな、元々これは陸上型のASを航空戦力として運用する為に開発されたものだ、無論計画は頓挫した、タイプ・アースやドレッドノートの登場でな、彼奴等のせいで内陸に於ける航空戦力は塵屑同然、その煽りでこのユニットもお蔵入り、初期の航空戦力が主力だった時代に極少数のみ製造され現在も格納庫に眠ったまま……という訳だ」
「成程、過去の遺産ですか、それも未だASの効果的運用の定まっていない時代の……これを使って速度を稼ぐという所ですね、しかし飛行可能な拡張ユニットとは言いますが私の素体は航空適性を獲得していません」
「問題ない、元々陸上型ASを飛ばすための物だ、前頭部に直結可能な
「タイプ・アースやドレッドノートの不可視砲撃に関しては如何」
「私達の目的は敵の撃破ではない、砲撃圏内はドレッドノートで五キロ前後、タイプ・アースで十キロ以上……震度探知ポットを先行させて、空気振動を探知したら即座に離脱する、これを徹底すればいつの間にか撃墜された、なんて状態は防げる筈だ」
その言葉を聞いたナインは顎先に指を添え、少しの間考え込む素振りを見せた。その表情は険しい。
「随分と行き当たりばったりな計画ですね」
「そうでもないさ、輸送機サイズや戦闘機サイズならばいざ知らず、ASサイズならば十キロ先から目視するのも難しい、それに加えて低空飛行を行えばまず捕まらない、確かに内地は感染体の巣だろうが、敵の初動を掴むUAVは健在なのだ、あのサイズで飛行すればたった二機、見過ごしてくれるだろうよ」
ナインは険しい表情のまま瞼を下ろし、溜息を吐いた。それは人間の真似事に過ぎなかったが、自身の中に渦巻いていた如何ともし難い感情を吐き出すには十分な効果があった。
「それは希望的観測でしょう、それに燃料や電力、武装、ルート――まだまだ聞きたい事は沢山ありますが……兎も角、行くと言ったのは私です、お付き合いはしましょう」
「助かるよ、ナイン」
セブンは肩に籠っていた力を抜き、口元を緩めた。何だかんだと理由付けしながらも、やはり単独で内地に赴くには恐怖がある。機械人形が恐怖などと、他者に口にすれば笑われてしまう様な感情だが、ひとりで赴くよりも信頼できる仲間が同行してくれた方が遥かに心情的に余裕があった。セブンはナインの腕を叩き、目を閉じ呟く。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
呟かれた言葉はナインの耳にも届く。恐らく、鬼も出るし蛇も出るだろう。そんな事をナインは思った。それは確かな予感であった。
■
「は、長期メンテナンス……ですか?」
「そうだ」
朝方、小隊で食事を摂っている最中、セブンが唐突にそんな事を告げた。刑部と天音が並んで座り、その対面にセブンとナインが腰を下ろしている。刑部は手に持ったパンを中途半端に齧ったまま目を瞬かせる。セブンはいつも通りのハンバーガーを手に持ちながら事務的な口調で言った。
「唐突ですまないな、向こうで急に空きが出たとか何とかで、今日の昼頃から工廠の方で色々と診て貰う、復帰は少し遅れるだろう、状態次第だが……まぁ、一週間前後という所か」
神妙な顔で告げるセブン。その隣ではナインが淡々とサンドイッチを口に含んでいる。この時期にメンテナンス、少し不思議に思うものの、まぁそういう事もあるだろう。刑部は深く考えず、「はぁ」と気のない返事をしながら曖昧に頷いて見せた。
「前回の戦闘で多少機体にダメージがあっただろう? 素体の方も、折角だから良く診て貰うつもりだ」
「それは、そう……ですね、確かに大切です」
セブンの言葉に、刑部は眉を寄せて考え込む。確かに、前回の戦闘でセブンはASに損傷を受けていた。目に見えないダメージというのは確かに存在する。特に機械人形の様な精密な機械は僅かな損傷でさえ致命的になりかねない。ましてや大切な小隊の仲間ならば尚更。素体の調子を見て貰えるというのなら是非もなし、喜んで留守を預かろう。刑部は素直に頷き、「分かりました」と笑って見せた。
「えっと、それなら私達はその間どうすれば……ナインとセブンさんが抜けるって事は、私達二人だけって事、だよね?」
セブンの言葉を聞いていた天音が、横合いから不安そうに手を挙げ言った。確かにセブンとナインの両名がメンテナンスで抜けるとなると、その間小隊のメンバーは天音と刑部だけとなる。たった二人では警邏任務も回せまい、そんな疑念の共に口を開けば、サンドイッチを黙々と食していたナインが口に入っていた分を呑み込み、言った。
「それに関しては問題ありません、セブンさんが代理の隊長を手配してくれました」
「代理の隊長……?」
刑部と天音が訝し気な表情を浮かべると同時――コツン、と休憩所に足音が響いた。
「セブン」
背後から声、丁度天音と刑部の背中。セブンとナインにとっては正面から。セブンの口元が緩み、軽く手を挙げた。
「依織」
「おはよう、顔を見せに来たわ」
そう言って笑う、依織と呼ばれた女性。刑部と天音が揃って振り向くと、フォーマルな服装を着込んだ長髪の女性が立っていた。眼鏡の似合う知的な女性だと天音は思った、特に艶やかな黒髪が羨ましい。天音にとっては見慣れぬ女性だ、基地で擦れ違えば記憶に残る様な優れた容姿をしているが、残念ながら休憩所や廊下で見た覚えはない。
反対に刑部は見覚えがあるのか、依織の顔を見た彼は露骨に安堵の息を吐き何処か気安さを伴った笑みを浮かべた。
「誰かと思えば……依織さんですか」
「えぇ、久しぶりね、刑部君」
刑部にはこの依織と面識があった。訓練生時代に何度か世話になり、食事も共にした事がある。異なるブロック出身ではあったが、彼女自身ASの操縦技術は一級品であり、その腕前はDブロックの教導担当にも後れを取らない程であった。席から立ち上がった刑部は歩み寄る依織と握手を交わし、互いに笑顔で再会を喜び合う。それを横から見ていた天音は――どこか嫉妬の滲んだ瞳であったと自覚していたが、止められなかった――努めて何でもない様に振舞い、恐る恐る問いかけた。
「えっと、刑部君の知り合い?」
「うん、訓練センター時代に少し、天音はCブロック出身だったっけ? なら、今回が初対面かな」
刑部の言葉に天音は頷き、少なくとも恋人とか、そういう関係ではない事に安堵した。それを表には出さず、依織に向かって小さく頭を下げながら自己紹介を行う。
「えっと、天音って言います、依織さん――で良いでしょうか?」
「えぇ、宜しく天音さん、別に依織と呼び捨てでも良いのよ?」
「いやぁ、流石にそれはちょっと、何かこう、お姉さん! って感じですし」
へらりと笑って頬を掻く天音、実際天音からすると自分より幾つか年上に見える。二十半ば、少し多めに見積もって後半程か。自身には無い大人の余裕というか、どこか包容力のある雰囲気を感じる。
「それにASの操縦経験も先輩ですよね? 私達の隊長になると聞いていますし、そんな人に気安く接すのは、ちょっと」
「ん、そうね、分かったわ」
少し残念そうに依織は頷いた。実際、プライベートならば兎も角警邏隊として出撃する際に慣れ合うのは拙い。線引きは大事だ、特に刑部と面識のある女性となると――少しばかり警戒してしまうのも仕方ないだろう。セブンは三人の邂逅を見守りながら、依織に問いかけた。
「それで依織、引き継ぎの方は終えたのか?」
「えぇ、特に面倒もなく、どうせ数日程度の交代ですし、さっさと済ませて戻れと小言をひとつふたつ言われた程度よ」
「上層にひとつふたつ小言をぶつけられる程度で済むお前が少し怖いよ」
セブンが苦笑と共にそんな言葉を漏らすと、依織は肩を竦めてお道化た様に笑った。
「さて、改めて……草壁依織よ、セブンに代わってこの小隊の代理指揮官となるわ、短い間だけれど、宜しくお願いするわ」
■
依織の紹介が終わった後、出撃の予定はなしという事で各自自由時間へと移った。刑部と天音は宿舎の方へと戻り――セブン、ナイン、依織の三名は工廠へと向かう道すがら、周囲に人影がない事を確かめ声を低くし言葉を交わした。
無論、それはブラフである。そも工廠に用事などない、それを体に出立の準備に取り掛かろうとしていただけだ。真中にセブン、左に依織、挟んで右にナインという形で歩く三人の表情は険しい。
「セブン、この子が貴女の言っていた――」
「あぁ、協力者のナインだ」
依織がセブンを挟んで歩くナインに目を向ける。ナインは横目で依織を確認しながら、小さく頭を下げた。
「ナインです、宜しくお願いします」
声は淡々としていて、感情を感じさせない。依織は暫く歩きながらナインを観察し、それからぼそりと問いかける。
「……信頼、して良いのね?」
疑念の籠った視線だった。ナインは頷き、依織から目線を逸らしながら言った。
「少なくとも、人である貴女を裏切ろうとは思いません」
「そう――良いわ、信じてあげる」
依織はそう言って足を止めた、釣られる形でセブンとナインも立ち止まる。依織はナインに向き合うと、静かに手を差し出した。ナインは一瞬差し出された手と依織を見比べ――ゆっくりとその手を握った。彼女の手は暖かく、人間らしい手だとナインは思った。自分にはない暖かさだ。握手を交わした依織は口の端を吊り上げ、どこか挑発的な表情で告げる。先ほどの天音と刑部の前では見せない、昏い色を孕んだ瞳が覗く。
「これで貴女も共犯者……不思議ね、本当の所を言うと機械人形を仲間にするなんて、セブンだけだと思っていたのだけれど」
「機械だからこそ出来る事もある、今回の様にな」
「そう、そうね、それで首尾は?」
「計画は練った、後は諸々引っ張り出して、昼頃に飛び立つ予定だ」
僅かに声を落とし、そう言い切るセブン。その瞳は頻りに周囲に向けられていた。人影はない、人がやって来る様子もない。依織は腕を組み、首を軽く逸らしながら問う。
「根回しは済んでいるのでしょうね」
「当然だ、工廠の方には伝手があってな、一週間ほど私はナインを連れて内側に休暇を満喫――という事になっている、表向きは長期のメンテナンスという形で」
「……そういうところは、人間に似なくても良いのに」
「ははっ、無茶を言うな」
肩を竦めるセブン。呆れたように息を吐く依織。そういう建前だとか、裏工作だとか、人間の卑しい面――無論、それが無ければ無いで問題なのだが――を上手い具合に再現するセブンに、依織は複雑な心境であった。
しかし、これで始められる。全ては此処からだろう。気を引き締め、表情を改めた依織はナインとセブンの肩を叩き、頷いた。
「でも良いわ、バレずに事を済ませられるのなら言う事なし、頼んだわよ」
「あぁ、任せてくれ――じゃあ、行って来る、ナイン」
「はい……では、くれぐれも二人の事、宜しくお願いします」
「えぇ、任せて」
ナインは刑部と天音の二人を依織に託し、依織は自身の握った秘密の立証を二人に託す。セブンとナインは廊下を真っ直ぐ往く、依織はその背中をじっと見つめ、それから踵を返した。刑部と天音の二人と合流する為だ、任されたからにはこの一週間、恙なく隊長代理を務めなければならない。
「――頼んだわ、二人とも」