扉をノックする音が部屋に響いた。自室でベッドに座りぼうっとしていた刑部は数瞬してノックに気付く。頭に靄が掛かったみたいで、妙に眠たかった。足元が軽い、それは調子が良いという意味ではなく覚束ないという意味で。人と会うのにこれでは拙いと軽く額を叩く。しかし大して効果は感じなかった。少しして、扉越しに聞きなれた声が響いた。
「刑部、吾だ」
「……開いていますよ」
刑部がそう声を上げると扉は独りでに開き向こう側から蓮華が顔を覗かせた。蓮華は室内に刑部しか居ない事を確かめるとゆっくりとした足取りで刑部の前まで歩く。ベッドに座った刑部は蓮華を見上げ、薄く微笑んだ。
「いらっしゃい、先生」
「あぁ、邪魔をする」
彼の前に立った蓮華は刑部と、その傍にあるデスクに視線を向けた。デスクの上に散らばる薬、半分ほど減ったコップの水。蓮華から見た刑部の顔色は決して良くない、青白い――という表現が正しいだろう。蓮華は自身の口元に手を当て、己が無表情である事を確かめた。
「……具合はどうだ」
「別段悪くはないです、良くもないですけれど……それでも普通に歩けますし、隊に復帰出来る程度には回復したと太鼓判を押されました」
刑部は笑ったまま頷く。嘘ではないだろう、メディカルセンターからの報告は蓮華も受けている。しかし、真実でもない。悪くはない、というのは誰の目から見ても分かる虚事であった。良くもない、というのは本当だろうが。
蓮華は目を細め、デスクの上に散らばった薬を手に取った。メディカルセンターのベッドの上で数えた時より数が減っている。これではいつまでもつか、そこまで考え蓮華は目を閉じた。それは彼女らしからぬ逃避の行為であった。
「薬も、もう残り少ないな」
「えぇ……先生の分は、大丈夫ですか?」
「吾は――」
問いかけに対し、蓮華は返答しようと口を開く。しかし、僅かに舌が縺れた。目を開き、刑部を見る。そこには此方を案じる色のみがあった。それを直視出来ず、蓮華は思わず視線を逸らす。
「問題ない、吾は委員会より特記戦力として期待されている、その分、薬の配給も多い」
「そうですか、なら良かった」
嘘だった。
蓮華はそれを覆い隠す様に言葉を連ねる。それは自身の胸の中にあった、一寸の黒い感情。或いは、そうであってくれという願望。
「吾から薬を分けて貰おうとは、思わぬか」
言葉を聞き届けた刑部は少しだけ驚いたような顔をして、それから緩く首を振った。その視線にはどこか、蓮華を労わる色が宿っていた。
「それは出来ません、これは、自分達にとっての【余命】でしょう、先生の命を削ってまで、俺は生きたいとは思いません」
「……そうか」
そうだ、刑部がこういう事位分かっていただろう。何故、自分は。蓮華は手にした錠剤をデスクの上に戻す。下手をすると、そのまま握り締めて駄目にしてしまいそうだったから。
「それで、今日は何の御用ですか?」
沈黙し、重い雰囲気を纏う蓮華に対し刑部は切り出す。彼女が何の意味もなく自分の元に足を運ぶ筈がないと確信しているからだ。事実、そうであった。蓮華は小さく首を振るとコートの内ポケットから一枚のメモリを取り出し、刑部に差し出した。
「委員会からの特命だ、受け取れ」
差し出されたそれを受け取り、刑部は何の疑問もなく端末に差し込む。読み込みが終わると、中には見慣れた文書データがひとつだけ。それを確認しながら、刑部はやや辟易とした雰囲気で告げた。
「……いつも思うんですけれど、何で態々先生を介して指示を出すのでしょうね、メールなり通話なり、直接言えば良いのにと思ってしまいます」
「委員会の面々は慎重なのだ、それに幾ら特務の人間とはいえ一介のAS乗りとウォーターフロントのトップが直通回線というのはな」
「それは、まぁ、そうかもしれませんが」
端末を操作し文書を開く。一面に広がる文字列、それから目を上げ蓮華を見た。
「先生は内容を?」
「既に委員会より聞かされている、吾はお前の指導役だからな」
既に内容は把握しているらしい。刑部は頷き文章の方へ目を向けた。
「貴様の【使い所】が決まった」
蓮華の声が冷たく部屋の中に響く。文書の内容は簡潔で、単純だった。感染体の大規模増殖の確認、それに伴い予想される侵攻の前兆。いつか来るであろうと覚悟していた瞬間、そしてそれが現実になった、ただそれだけの話。刑部は腹の底がぐっと締め付けられる様な気がした、血が凍るとでも云えば良いか、妙な感覚だった。経験した事のない――刑部が【逃れられない死】を感じた瞬間であった。気付けば刑部は端末を強く握り締めていた、その事に刑部は驚き、ゆっくりと息を吐いた。
「遂に、ですか」
端末を下げ、力なく呟く。蓮華は刑部を見下ろしたまま言った。
「貴様は立派に戦った、後は――立派に死ぬだけだ」
刑部は目を伏せて、何も話さない。二人の間に暫し沈黙が降りる。蓮華はどこか気落ちした様に見える刑部に向け、問うた。
「……悲しいか」
「いえ、覚悟していた事ですから……あの装置を積むと決めた時、三年は生きられないだろうとバックスの人に言われました」
刑部は前任者についても聞き及んでいた。四脚を駆る以上、そのリスクは承知の上だ。四脚型に接続する人間はその命を弾丸の如く、消耗品と理解しなければならない。四脚型の接続者、彼等の平均使用回数は凡そ四回。つまり、四回使えば死ぬ消耗品――それも適合者の少ない、貴重な消耗品だ。だからこそ使い所は慎重に選ばなければならない。
「俺がもう少し早くASに乗っていたら、人類はもっと長生き出来たのでしょうか」
「自惚れるな、吾も、貴様も、所詮は一個の兵器に過ぎない――ただ一つの兵器で勝てる程、【この世界】は甘くない」
「……まぁ、そうですよね」
蓮華の断じる口調に、刑部は薄く笑いながら同意する。ただの夢物語、自分一人でどうにかできる状況ならば疾うの昔に蓮華がどうにかしていただろう。それが為されていないということは、そういう事だ。蓮華は腕を組み、二の腕を指先で軽く叩きながら告げた。
「FOBはそう遠くない内に陥落する、委員会は感染体が本腰を上げたと判断した、日本だけではない、各地で感染体の大規模侵攻が始まっている、ウォーターフロントにて迎撃する日もそう遠くないだろう、FOBに関しては他の『VDS』持ちが対応する」
「惣流さん、ですか」
「そうだな……惣流も既にVDS使用回数は四度を超えている、そろそろ限界だろう」
平均回数である四回を超えた、次は一発撃つ毎に死ぬかもしれないという恐怖が纏わりつく。無論、平均である四度はあくまで目安でしかない。一発目に死ぬかもしれないし、二発目で死ぬ事もあり得る。ただ、四度目からはその確率がぐんと上がるだけだ。現状、人類にVDS搭載機は三機しか存在しない。即ち、刑部と蓮華、そして件の惣流である。
「吾等VDSの適者が全滅すれば感染体の侵攻を抑えていた盾が消える、物量で押し込まれても退ける手段がない、人類の戦況は厳しいものになるだろう」
「……先生にしては優しい言い方ですね」
本音だった、『厳しい』という表現が非常に柔らかい表現である事を刑部は知っていた。蓮華は細めた目で刑部を一瞥し、それから淡々と吐き捨てた。
「身も蓋もない言い方をすれば、人類は近い内に滅ぶ」
滅ぶと、蓮華は断言した。それを刑部は真正面から受け止め、ふっと力を抜いた。二人の間に再び沈黙が降り、刑部は弱弱しい口調で問うた。
「負けますか」
「寧ろこの状況から勝てると思っているのか」
「ははは、諦めなければ何とかなったりしないかなぁ、とか思っていたり、先生なら根性で何とかしろとか言いそうで」
「馬鹿者、個人と世界を同列に語るな」
「御尤も」
その通りだ。笑いながら刑部は手を握り締め、視線を足元に落とした。
「まだ、此処に来て半年も経っていないんですけれどね……」
声が部屋に弱々しく響く。出逢ったと思ったら、今度は別れねばならない。尤も使い時の詳細、具体的な日時の記載はなかった。つまりは敵の大侵攻が発生した場合、刑部は率先して身を捨てなければならないという事だろう。少なくとも刑部はそう受け取った、或いは後日改めて指示が届くのかもしれないが。
「ASを纏い始めた時期が人類の瀬戸際って、中々についていませんよね」
「内側でのんびり昼寝でもしている間に殺されるか、戦場で必死に藻掻いて死ぬか、違いはその程度だ、悲観する程ではあるまい」
蓮華は実際そう思っているかのように鼻を鳴らし、顔を逸らした。確かに、本当に人類が滅ぶと云うのならその程度の違いしかないのかもしれない。足掻いて死ぬか、足掻く事も出来ず、日常の中で唐突に死ぬか。
「……もし運良く生き残ってしまったら、お願いできますか、先生」
刑部は蓮華の方を見ず、下を向いて、言った。
僅かな間があった、伸びる影が刑部に覆い被さって、声は上から降ってきた。
「――二度か三度か知らんが、確率なぞ知れておろう」
「それでも、何も分からぬ物狂いになった時は」
「……無論だ、吾が殺してやる」
声は震えていなかった。蓮華らしい、はっきりとした物言いだった。刑部はその事に安堵していた。それでこそ先生だと思った、或いはそれは妄信に近かったかもしれない。それでも良かった。刑部は深く頭を下げて、穏やかな笑みと共に云った。
「ありがとうございます」
蓮華はそれ以上何も言わず、深く礼をする刑部に背を向け部屋を去る。別れの言葉も仕草なく、蓮華は閉じていく扉に背を向けたまま廊下に出た。
無性に、蓮華は叫びたくなる衝動に駆られた。腹の底から湧き上がる感情があった。蓮華は口元に手の甲を近づけ、顔を隠した。今の自分が能面である確信が無かった。
「ふん……」
馬鹿にした様に鼻を鳴らす。彼女の癖だった、しかし嘲笑の対象は己か、或いは刑部か。それは自分自身にも分からない。
「蓮華さん」
「!」
声を掛けられ、彼女にしては珍しく慌てた様に背後を見る。無論、覆っていた手は下ろして。肩越しに見つけた人間は見知った者で、蓮華は眉を潜めながら名を告げた。
「貴様は――天音、だったか」
蓮華の背後に立っていた天音は頷き、神妙な顔で頭を下げた。
「少し、御力を貸して頂けませんか」
■
廃墟に身を隠したセブンとナインは周囲をスキャンし、敵性反応が無いことを二度確認した。身を隠す場所は脱出経路があり、尚且つ雨風と敵の視線を遮る壁と屋根のある場所が好ましい。ナインは戸口に立って周囲を警戒し、セブンはASを壁に沿って動かすと、その場に座り込んで静かに機体を停止させた。元々はモールか何かだったのか、その場所は広く複数の逃走経路が存在した。天井が高いのも良い、ASが動き回るだけのスペースがある。ただ一部天井が硝子張りで、所々に穴が空いているのが難点だった。
『脊椎接続解除、自律稼働による接続者保護状態に移行します』
「ふぅ……」
セブンは精神接続を解除し、外れたケーブルを放って伸びをする。長時間の飛行、AS連続稼働時間を二時間以上にしない為こまめな休息は必要不可欠であった。機械人形である為に多少無理は利くが、それでも万が一の可能性は出来るだけ排除したい。セブンとナインの意志は一致していた。人間の場合出血や眩暈、発熱、嘔吐感などで表れるそれが、機械人形の場合唐突な機能停止という形で表れる。飛行中に機能を停止すればどうなるかなど火を見るよりも明らか。特に、セブンに関しては中身の部分だけ人間であると知っている為、尚更だった。機械人形の具体的な継続戦闘時間は分からない、しかし依織からの情報が確かならば違いは肉体強度位なものだろう。無理は禁物であった。
同時に休息を行っては万が一の場合対処できない、故に交互に休んで隙を潰す。今回はナインが見張り番で、セブンが休憩だった。ナインは周囲に目を走らせながら周辺マップを表示する。戦術リンクは行われず、無断での出現の為使用できる電子機器は機体のものに限られていた。故に現在位置の確認でさえ、アナログな方法で行わなければならない。セブンは壁に背を預けたまま目を瞑り、機体と自身の素体に対し簡易メンテナンスシステムを走らせた。
「今は、どの辺りでしょうか」
「東京を抜けて少し、宇都宮まで半分という所か、思ったより進めてはいないな」
天井を見上げながら呟くセブン。周囲には疎らに敵反応がある。レーダーだけは切らずにいた、これは自分達の生命線だ。万が一途切れれば、目隠しをしているに等しい。最も近い敵で百メートル程離れている、モールの外だ。動き回らず、一定のエリアで屯しているようだった。
「……この周辺は想像していたより敵の数は多くありませんね、東京・千葉と同じく凄まじい数の感染体が闊歩しているものと考えていましたが」
「そうだな、インボーン・レポートにあった感染体の数より明らかに少ない」
「湾岸地帯に集中しているだけなのでしょうか? 或いは、ウォーターフロント周辺のみに?」
「まさか、そんな筈はない、本土は既に感染体の占領下だ、ウォーターフロントが近いとは言え分布に偏りはなかった」
思わず呟く。本土は既に感染体の手に堕ちて久しい、その間に敵は数を増やすだろうと云うのが上層の判断だった。故に本土侵攻戦の場合であっても、その奥に深く踏み込むのは避けるべきという方針が定められてたのだが――実際こうして足を運んでみると、どうも事実と異なる気がしてならない。人口密集地帯であった千葉・東京エリアに敵が密集しているのは分かるが、それにしても。
「……兎も角、敵の数が多い千葉、東京エリアは抜けたのだ、後は比較的楽に進めるだろう」
「現在地ウォーターフロントから凡そ百五十キロ、という所ですか、まだ先は長いですけれどね」
呟き、空を見る。空は既に暗く染まり始めていた。
「仮にこのペースで進むとして、件の北海道に辿り着くまでどれ程の時間が掛かるか……」
「敵の数によるな、もし東京・千葉と同じ分布だとしたら一週間では戻れない、逆に少なければ一日で土を踏む事も出来る」
「感染体次第、という事ですね」
結局はそれに尽きる。ナインは周囲を見渡しながら横目でセブンを確認し、問いかけた。
「世界の果て、というからには列島に収まらない可能性もあります、その場合は外海にも手を広めますか」
「正直、海上には出たくないな、連続稼働時間の事もあるが問題は燃料の方だ、補給の目途も無しに海に出たくない、海上で墜落したら目も当てられん、FOB方面に飛ばなかったのもそれが理由だ、それに遮蔽物のない海上では目視がし易い、感染体にとっては特に、な」
「ならば列島を通過しそうな場合は帰還ですか」
「そうなるな、その場合、艦艇を用意して第二次遠征も考えなければならない」
「……正直、そこまでして得るものがあるのか疑問です、こうしてASを無断使用している時点で言うのも何ですが」
「無断ではない、バックスには断りを入れたろう?」
「上層にとっては、私達のASはハンガーに収まっている事になっています」
「書類上は、な」
セブンは小さく笑って告げた。現在セブンとナインの二人はバックスに話を通しASを上層の許可なく使用している。バックスチームを一つ丸々買収し、セブンとナインの機体をオーバーホールするという名目でだ。安くはない対価が必要だったが、躊躇う事は無かった。
「――セブンさん」
そんな事を考えていると、やや硬い声でナインが声を上げた。すわ敵襲かとケーブルを掴み、目を向ける。
「どうした」
「偵察に出していた無人機からのマップ更新が途絶えました」
「……堕とされたか?」
セブンは厳しい表情。先行させる無人機が破壊されたとなると先征く目が無くなる。その状態での進行は困難を極める。暗闇を灯り無しで進むようなものだ。しかしセブンの予想に反し、ナインは緩く首を振って答えた。
「いえ、そういう訳ではないのです、無人機自体は健在です、周囲の探知も出来ています、ただ……これを見て下さい、無人機からのデータです」
ナインは機体から近距離通信でデータを送り、セブンの網膜ディスプレイに表示する。セブンは投影されたそれをじっと見つめ、それから困惑の声を上げた。
「……? これは、どういう事だ」
ナインから送られたマップ情報、それはある一定のラインから地形情報が全く存在していなかった。確かに、機能はしているらしい。今もリアルタイムでマップ情報は更新されている。しかし、ある一定のラインからは全く地形情報が読み取れない。どういう事だ、そんな疑問を込めてナインを見た。
「無人機も、その先に進もうとしません、『障害物感知、地図更新不可能』とだけ」
「命令を受け付けないのか」
「物理的に進行不可能とばかり返ってきます」
「……妙だな」
セブンは顔を顰め、考え込む素振りを見せた。故障か? いや、しかしこうも綺麗に一部だけ地形情報を読み取れない故障などあり得るのだろうか。寧ろ、『其処に地形を読み取れない何かがある』事が正解である気がしてならなかった。
「距離は?」
「凡そ十キロ」
「存外近い、このまま無人機の元まで進むか……?」
「しかし、夜間飛行は危険では? それに噴射光で発見される恐れがあります」
「十キロ程度ならばASの脚でも問題あるまい、問題なのは不意の遭遇だ」
「まだ一日目です、夜が明けてからでも遅くはありません、無人機は一度下がらせましょう、故障の可能性もあります」
「……それもそうか、そうだな、そうしてくれ」
セブンの同意を得たナインは素早く無人機に指示を出し、自身の元へ帰還命令を出した。その間セブンは機体に背を預け、深く息を吐き出す。
「いかんな、気持ちばかりが急いてしまう」
「仕方ありません、事が事ですから」
二人だけの少数行動、それも場所は感染体に占領された本土、即ち敵地だ。寧ろ焦燥感を覚えない方が珍しいだろう。セブンは両手で顔を拭い、吐息を零しながら呟いた。
「嗚呼、刑部の肌が恋しい」
ふと、本当に口から零れてしまった言葉だった。本当ならば胸の内に留めておく筈だった。一瞬、ナインの動きが止まり気まずそうに視線を逸らす。それを見たセブンは己の口にした言葉を理解し、忙しなく視線を泳がせた。
「………」
「あ、すまない、思わず……」
「いえ、別段どうも」
顔を背けるナイン。空気が悪くなったという訳ではないのだが、妙に居心地が悪い。それは全てナインと刑部の距離感が分からないが故の事。セブンは背を向けたナインに視線を送りながら、遠慮がちに声を掛けた。
「ナインは刑部の事をどうとも思っていないのか?」
「いいえ、人並みには大切に思っていますよ」
「あぁ、いや、そうではなくて……だな」
あぁ、だとか、うぅむ、だとか、言葉を選ぶ仕草を見せるセブン。ややあって頬を掻きながら問いかけた。
「こう、男女の関係的に、というか」
「……その様な目では、見ていません」
ナインの言葉は簡潔で、それ故に妙な説得力を伴っていた。ナインは顔を見せず、淡々とした口調で告げる。セブンは凡そ予測は出来ていたのか、苦笑を零した。
「機械人形である私達にとって、その様な行為は不要でしょう」
「私も最初は別段どうとも思っていなかったがな、あれは良いものだぞ、繋がりを得たという充足感がある」
「充足感、ですか」
「そうだ」
それは果たして私達に必要なものなのか、という分かり易い疑問の表情をナインは浮かべていた。充足感、言葉にすれば何ともないが、それが実際どういうものなのかナインは知らない。それをセブンは勿体ないと感じていた。セブンも最初は好奇心半分だったが、今ではすっかり虜と言って良い。人肌というのは、良い物だ。
「それに私達は元々――」
人間だったのだぞ?
そう言おうとして、やめた。それを此処で云うのは、余りに場違いな気がしたからだ。大事な作戦を些細な言動で乱したくないという心もあった。中途半端に言葉を切り、俯いたセブンをナインは訝し気に見る。
「? 何です」
「……いいや、何でもない、忘れてくれ」
手を振って、セブンは笑って見せる。それは引き攣った笑みだった。両手を腹の前で抱え、指先を絡める。自分の体温が妙に冷たく感じ、セブンは吐息を指先に吹き掛けた。
「知らない方が幸せな事も、この世にはあるんだ」