鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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第26話

 あれだけ破壊されたのに綺麗に修理された機体。刑部はASの表面装甲をそっと撫でつける。もうあの時の傷はひとつとして見受けられない。

 久々の防衛任務、潮風に吹かれて海を眺める作業はそう馴染んだ行為ではないのに妙に懐かしく感じた。セブンとナインはメンテナンスの為欠員、代わりに依織を隊長とした三人一組の小隊として任務に臨む。担当場所は一ヶ所のみ、三人それぞれ別方向を監視しつつ、刑部は口を開いた。

 

「……心なしか、ウォーターフロント外郭に迫る感染体の数が増えている様に感じますね」

 

 遠くの方から時折、砲音や銃声が轟く。そう頻度の高いものではない、精々一時間に二度か、その程度のものだった。しかし過去の防衛任務と比較すると、やはりどうしても多く感じてしまう。少なくとも此処に配属されたばかりの頃は日に一度あるかどうか、というレベルだったのだから。

 

FOB()が一つやられているもの、敵が増えるのも必然ね」

 

 依織が連射砲を抱え、そのトリガーを指先でなぞりながら言う。

 

「それにウォーターフロントの海上ASが先の侵攻で大分削られてしまったから、防衛網に穴が空いていて、それを塞ぐ余力すらないという話よ」

「それ、大分拙いんじゃぁ……」

 

 天音の瞳が不安そうに依織を見た。先のFOB防衛戦で喪われた海上型ASの数が膨大である事は天音と刑部の両名共に理解している、ウォーターフロントから直々に戦力を割いて送り出したのだ。しかしその悉くが海底に沈んだ。今も救出作業という名のサルベージが行われているが――その実態は動かなくなった機械人形やASの再利用に他ならない。現状、人類には大破した機械人形やASの残骸ですら無駄に出来る余裕はない。

 依織は不安に塗れた天音のそれを見返し、肩を竦めた。

 

「ASも無尽蔵にある訳ではないから、機械人形を増産しようにも材料は限られているし、一日に何百体も生産する事は出来ないもの、仕方ないわ」

「ジリ貧ですか」

「十年前からね」

 

 損耗速度に生産速度が追い付いていない。そんなのは、ずっと前から分かっていた事だ。どれだけなけなしの力を振り絞ってASを蓄えても、感染体の気紛れな侵攻一つで振り出しに戻される。依織の言葉はベテランのそれだった。天音はそんな彼女を見て、どこか遠慮がちに口を開いた。

 

「そう言えば依織さんは、どれくらい前からASに乗っているんですか?」

「私? 私は……そうね、かれこれ三年近くになるかしら?」

「三年、ですか」

「えぇ、古参という程ではないけれど、AS乗りの平均寿命は半年程度だから、まぁそこそこ長い方だとは思うわ」

 

 依織は何でもない事の様に答え、頷いて見せる。

 

「AS乗りの平均寿命が半年と聞くと、長いのか短いのか分かりませんね」

「人間なら改造手術で命を落とす人も多いもの、改造手術を乗り越えて、最終試験をパスしてAS乗りになる、それで半年というのなら、まぁ、長い方なのではないかしら」

「改造手術での死者を入れたら、平均寿命なんて一ヶ月あるかどうかも怪しい気がします」

「下手をすれば、一週間とか……?」

 

 その日数を聞き、刑部はやや眉間に皺を寄せ吐き捨てた。

 

「笑えない話だ」

 

 AS乗りの平均寿命、半年という期間が長いのか短いのか――少なくとも刑部は『長い』と感じた、あくまで比較的だが。そしてそれ故に、その『裏』に気付いた。この、AS乗りの平均寿命とやらに【機械人形】は含まれていまい。即ち、生身の人間の統計という事だ。機械人形を含めれば、一体どれほど落ち込む事か。調べる気も起きなかった、きっと酷い数字が見られるに違いない。

 

「ん?」

 

 そんな事を考えていると、ふと網膜ディスプレイに通知が走った。秘匿回線による通信要請、刑部はこの、秘匿通信なるものを一度として使用した事が無い。そも、使う必要もなければ相手もいない。それが唐突に――刑部は顔を顰め、ディスプレイを凝視した。

 

「――」

 

 一瞬、依織に報告するべきかと思考する。しかし、相手が何故個人に、それも秘匿回線などという物を使用してコンタクトを取って来たのかという点を考えると、それは悪手に思えて出来なかった。その僅かな身動ぎを見て取った依織は訝し気な表情を浮かべ、問いかける。

 

「刑部君?」

「あ、いえ、すみません、少しぼうっとして」

 

 刑部は愛想笑いを浮かべ、何でもない様に振舞った。「少し、向こう側を見てきますね」と言って依織よりそれとなく距離を取った刑部は、彼女に背を向け乍ら通信許可のアイコンを視線でなぞった。唇を湿らせ、やや低い声で唸る様に問いかける。

 

「……誰だ?」

『――誰だ、なんて、随分な挨拶じゃないか刑部君』

「!」

 

 耳に届いた声は予想より高く、聞き覚えのあるものだった。古い記憶の中から、その声に該当する人物を引っ張り出す。小柄な、笑顔の似合う女性だった。刑部は遠ざかる依織を視線で警戒しながら足を進めた。

 

『やぁ、僕だよ刑部君、元気だったかい?』

「まさか……一応これ、機密の塊なのだけれど」

『僕の職業を忘れたかい? ハイグレードモデルだか何だか知らないけれど、大した違いはないさ、ちょちょいのちょいってね』

 

 どこか弾んだ声でそう宣う彼女はからからと笑う。確か、前もそうだった。彼女に電子機器関連で驚かされたのは一度や二度ではない。鳥籠の様な場所で退屈せずに済んでいたのは、彼女の協力があったからと言っても過言ではなかった。刑部は小隊よりやや離れた場所に立ち、声が風に乗って聞こえない様に配慮しながら呟く。この女性が悪戯や何の目的もなくこんな事をする筈がないという確信がある。刑部は腹に力を入れ、問いかけた。

 

「それで、こんな危ない橋を渡ってまで……どうしたの?」

『随分ともう逢っていないからね、少し声が聞きたくなったと云うのが一つ、それと――』

 

『いい加減、そろそろ全部知るべきだと思ってね』

 

 

 ■

 

「この辺りか」

 

 日の出と共に徒歩での進行を開始したセブンとナインは周囲を見渡し、呟いた。二人は無人機の指し示していた『空白地帯』へと到達し、周辺を警戒する。やや郊外に位置する街道、東京周辺と比較すると背の低い建築物が目立つ。ナインは罅割れた国道を踏み締め、胡乱な目で周囲を見渡す。頭上には蒼穹、白雲、廃れた街並みに人影は見えない。網膜ディスプレイに表示されるマップ情報を見つめ、ナインは言った。

 

「……妙ですね、この周辺には敵の反応が全くありません、ただの一体も」

 

 マップ上に敵性反応はなく、実に綺麗なものだった。元々東京を離れる毎に感染体の数は減っていた、それが此処まで離れた途端ただの一体も現れなくなるとは。インボーン・レポートによれば占領された本土では感染体の増殖が始まっているとの事だったが、その言が正しければ内陸側は感染体で溢れていなければおかしい。或いは、どこか特定の『貯蔵庫』の様な場所があるのだろうか。ナインは考える。仮にそうだとしても、地上にこれ程感染体が居ないという事実は妙な不安をナインに齎した。

 

「やはり、東京・千葉周辺に集中していたのか?」

「そうなると、インボーン・レポートが誤りであったという事になります、あれは理学研究室が委員会の認可を得て発表したものでしょう」

「益々怪しくなってきたじゃないか、委員会とやらは」

 

 セブンの声が無人の街道に響き、彼女は機体をそっと前進させた。罅割れたアスファルトが軋み、セブンの重装二脚が前へ前へと突き進む。

 

「それで、確か此処から先がマッピング出来なかったという話だが――」

 

 そう言ってセブンがマップを見る。途端、ガコンと音が鳴った。前進していた機体が急停止する、視界ログに『障害物検知』の文字。足を何かにぶつけ留まった様だった。通常、重装二脚に蹴飛ばされれば大抵の物は壊れる。歩行を拒めるものは限られていた。そういうもは大抵自動でセンサが感知し、避けてくれるのだが。ならば道路が破損しアスファルトが迫出ていたか、何か、地面に障害となる物があったのだろう。セブンは視線を落とし、足元を見た。

 

「……?」

 

 しかし、何もない。重装二脚の脚元に障害となりそうなものは存在しない。セブンは気にせずもう一度足を踏み出そうとするが――見えない何かに衝突し、拒まれる。ガコン、とまた音が響いた。明らかに歩行を拒む『何か』が存在していた。

 セブンの奇妙な行動を見ていたナインは顔を顰め、ふざけていると思ったのか、やや不機嫌な口調で告げた。

 

「……セブンさん、何をしていらっしゃるので?」

「いや、別段戯れている訳ではないんだ、ただ此処に、何か……妙な」

 

 セブンは戸惑いを隠せず、そう言って手を伸ばした。すると指先が硬質的な何かに触れ、掌がそれに張り付く――目には見えない何かが、其処には確かに存在した。セブンは自身の存在しない心臓がひとつ、弾んだのを自覚した。背を見せたまま硬直し、動かないセブンをナインは疑念の籠った瞳で見つめる。

 

「……ナイン」

「はい?」

「此処に手を伸ばして見ろ」

 

 最初訝し気だったナインだったが、セブンの口調からただならぬ気配を感じたのか彼女の隣に並ぶと素直に手を伸ばした。そしてナインの鋼鉄の手が触れる、見えない壁に。

 

「ッ!?」

 

 まさか、といった表情を浮かべるナイン。両手を伸ばし、何度も見えない壁に触れる。触れられる、だが見えない。マップに映らない空白地帯の正体。「これは」と呟きを漏らした。

 

「これが何だか、分かるか?」

「いえ……しかし、目視出来ない壁――光学迷彩? でも、この規模は」

 

 ナインの手は上へ下へと伸ばされる。しかし何処に手を置いても同じ。そのまま数歩横に歩いて触れても壁は続いていた。確か、先行させていた無人機の探知情報によれば、この空白地帯はずっと横まで続いていた筈。上はどうだろうと考え、ナインは足元に転がっていた小石を拾い上げ、遥か頭上に目掛けて投げつけた。カコン、と音を鳴らして弾かれる小石。小石は五十メート程上で弾かれた。高さは一体どれ程だろうか、少なくとも百メートルや二百メートルではきかない気がした。ナインは壁に手を添えながら告げる。

 

「セブンさん、このまま見えない壁に沿って歩きましょう、何処かに途切れ目があれば」

「あぁ」

 

 二人は壁に手を添えたまま同じ方向に歩いた。本当ならば別々の方向に歩き確かめるべきなのだろうが、此処は敵地である。単独行動の危険性は十二分に理解していた。セブンとナインの両名は黙々と十数分程歩き、移動し続けた。しかし見えぬ壁が一向に途切れる気配はない。

 

「……ナイン、恐らくこの壁は」

「……はい、ずっと向こう側まで続いている可能性があります」

 

 無人機の地形情報と、実際の壁が存在する空白地帯は一致している。つまり、このマップ情報が正しいとすると壁は遥か向こうまで続いている事になる。足を止めた二人は再び壁と向かい合った。

 

「列島だけか? 或いは、外海にまで続いているのか――まさか彼奴の言っていた『世界の果て』とは、これの事なのか?」

 

 この果てしなく続くと思われる壁が、世界の果て? セブンの表情が露骨に歪み、見えぬ壁を強く叩いた。

 

「セブンさん、少し時間を頂けますか」

 

 ナインはそう告げると壁の前で膝を着き、背中のユニットに手を伸ばした。拡張ユニットである飛行装備は昨日のモールに隠してある。今のナインの背部には機動の邪魔にならない程度の小さなコンテナが背負われていた。固定ボルトが弾け、コンテナが国道に落下する。レバーを引きコンテを開封すると、中から幾つかの兵装が顔を覗かせた。

 

「ナイン、何を?」

「この壁を破壊出来ないか、試してみます」

 

 そう言って壁に何かを取り付けるナイン。それは取っ手の付いた工作用の兵装であった。四角く、携帯可能かつそれなりの規模の威力を発揮する代物。

 

「ケトルボムか」

「はい」

 

 ナインは頷き、コンテナの中からケトルボム用の外皮を取り出した。閃光と爆風を抑える為に、ケトルボムを覆い隠す為の皮膜装甲である。

 

「敵の反応がないとは言え爆音と閃光で注意は集めたくはありません、少量に指向性を持たせ一点集中による破損を目指します、もしこれが見えない壁だとして、僅かでも穴を空けられれば向こう側を覗く程度は出来るでしょう」

 

 この壁が破壊可能か、否か。仮に破壊可能だとして、どの程度の強度であるのか、どれ程の爆薬が必要になるのか。それを見極める為に一先ず、一点集中による爆破を敢行する。少量とはいえ外皮を被せ、爆発の方向を指定すれば甲鉄程度は軽く射抜く。複合装甲であっても貫通を許すだろう。ナインは手早くケトルボムと外皮の設置確認を済ませ、安全装置を弾いた。ケトルボムの設置は簡単で、特にナインが持ち込んだ簡易型は吸着板による張り付けと確認作業だけで済んだ。

 

「設置完了です……少し、離れましょう」

 

 その言葉に頷いたセブンはナインと共に壁から離れ、近場の廃屋に身を潜める。外皮を嵌めたとはいえ爆破の衝撃で破片が飛び散るかも分からない。距離を取り、遮蔽物に身を隠したナインはセブンを一瞥し、目元に指先を添えた。

 

「では、起動します」

「あぁ」

「――起爆」

 

 一拍後、廃墟に炸裂音が鳴り響く。爆発の音としては破格の静かさ、無音は不可能だがこれなばら広範囲の敵を呼び寄せる事もない。外皮によって閃光も抑えられ、爆破自体はナインの目論見通り成功した。爆破のタイミングで見えない壁にノイズが奔り、景色が歪む。爆破地点に駆け寄った二人はその光景を目にし、目を見開いた。

 

「これは――」

 

 爆破した周辺がノイズを発している。ヂリヂリと音を立てて、まるでバグの様に点滅を繰り返すそれは実に奇妙だった。

 

「壁……というよりは、ディスプレイ? 一体、何の為に…」

「! ナイン、見ろ」

 

 ケトルボムが炸裂し、外皮が剥がれ落ちる。硬質的な音を立てて地面に転がった外皮の奥から黒ずんだ壁が現れた。セブンは黒く煤けた其処に指を当て、軽く擦り色を落とす。黒ずんだ歪の向こう側から現れたのは、灰に近い色合いをした硬質的な材質。表面が僅かに抉れ、小さな罅が生じている。しかし、それだけだ――穴どころか僅かに抉るだけに留まっている。

 

「コンクリート、ではないな……ケトルボムの爆破で僅かに表面を抉られただけか」

 

 ケトルボムによる爆砕は失敗に終わった。表面が黒ずみ、やや抉れただけ。セブンの隣に屈んだナインは露出した部分に視界のピントを合わせ、解析を開始する。ケトルボムですら貫通出来ず、僅かに抉るだけが精一杯の壁など一体何で出来ているのか。

 

「見た事のない材質です、それに……」

 

 周囲に景色を投影するディスプレイ、少なくともそうとは思えない程に頑丈だ。本当にただの壁なのか? いや、違う。そんな程度の代物ではない。データベースに存在するあらゆる金属・鉱物・複合装甲の類と一致しない、未知の材質だった。仮に、そんな頑丈な代物で壁を作るとして、その理由は何だ? こんなもので囲わなければならない程重要な何かが向こう側には存在しているのだろうか。壁を見つめながら、ナインは思考する。

 

「何か、途轍もなく重要な施設が壁の向こうに存在する? いえ、しかし、だとしてもこの規模は明らかに可笑しい、だって街どころか、外海に届きそうな程に空白地帯は広がっているのです、寧ろこの規模は、ウォーターフロント――私達を囲う様に」

 

 そこまで言って、ナインは不意に口を閉ざした。そしてどこか驚愕したような表情でセブンを見る。その唇は僅かに震えていた。

 

「まさか――」

「……本当に、まさか、だな」

 

 セブンの口元が苦笑に歪む。壁に手を当てながら立ち上がったセブンは指先を擦り合わせ、付着した破粉を落とした。

 

「世界の果てとは、全く、そういう事か」

 

 もし、自分達の考えが正しいのであれば――この壁は。

 

「ナイン、壁に沿って進むぞ、兎角このまま外海まで壁が存在するのか確かめる」

「……えぇ、了解しました」

 

 

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