鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

27 / 33
第27話

 

 刑部が目を覚ました時、既に時刻は夕刻に差し掛かっていた。どうやらあの後、真っ直ぐ宿舎に戻ってくるや否やそのまま寝入ってしまったらしい。倦怠感を引き摺ったまま刑部はゆっくりと体を起こし、髪を手で払う。頭痛や吐き気、諸々の症状は少し横になれば比較収まった。デスクの上に散らばった薬を一瞥した後、刑部は空腹を自覚した。

 どれだけ体調が悪くとも、体は栄養を求めるらしい。まだ、生きていたという事か。鳴る腹を撫でつけ刑部は苦笑した。怠い体を引き摺って食堂に行くのも億劫で、部屋の冷蔵庫に手を掛ける。しかし、小さな其処には何もない、空っぽだ。元々食糧を買い貯めておく習慣などなかったのだから然もありなん。刑部は溜息を一つ、私室を後にして食堂に向かう事とした。

 

 宿舎を出て夕飯を摂りに食堂へ。道中、天音を誘おうと思い立ち彼女の私室に赴く。しかし留守だったようで、ノックしても彼女が反応を示す事は無かった。タイミングが悪かったか、なら今日はひとり寂しい夕餉になるかな、なんて考えながら廊下を歩いていると見知った顔が向こう側からやって来るのが見えた。この廊下で人を見かけることは稀だ。刑部は手を上げ、声を掛ける。

 

「依織さん」

「刑部君」

 

 向こうも此方には気付いていた様で、ふわりと微笑みながら手を挙げ返した。

 

「夕飯かしら?」

「はい、依織さんもですか?」

「えぇ、奇遇ね、良かった一緒にどう?」

「勿論です、俺も丁度誘おうと思っていたんです」

「そう、なら良かった」

 

 依織と刑部は並んで歩き出す。依織は脇に幾つかの封筒とファイルを抱えていた。事務仕事の帰りだろうか、少なくともセブンやナインのメンテナンス明けまでは彼女が自分達の上官代わりだ、セブンが普段行っていた仕事を彼女が担当しているのだろう。元々、依織はウォーターフロント固定の警邏隊所属ではなく、蓮華の様にFOBなどを転々とする側だと聞いている。セブン達が戻ったら、彼女もまたウォーターフロントを離れるのだろうか。ふと、そんな事を考えた。

 

「そう言えば、体調の方はどう? あれから具合が悪くなったりはしていない?」

「はい、今のところは何とも、健康そのものですよ」

 

 依織の問いに、刑部は一瞬内心で言葉を詰まらせるも、そんな事はおくびにも出さず平然と頷いて見せた。依織は横目で刑部を見つめ、それからやや厳しい表情で告げる。

 

「……私はD出身ではないから詳しくは知らないけれど、あの兵装に関して余り良い噂は聞かないわ――分かっているのでしょう、周囲の目が少しずつ変わっている事に」

「それは、まぁ」

 

 刑部はどこか気まずそうに頬を掻き、目線を伏せた。あのFOBでの戦闘以降、刑部は『男性だから』という意味合い以上の視線で見られるような気がしてならなかった。元々事情を知っていた一部のバックスは兎も角、機械人形を含め自身を見る目が変化しているような感覚は理解しいている。

 

「何故委員会が火消しを行わないのか、私には分からない、けれど十二分に注意しなさい、貴方はもうただの一AS乗りとしては見られないわ」

「……そんな大層な存在ではないんですけれどね、俺なんて」

 

 肩を竦め、呟いた。刑部からすれば本心だった、自身など偶然適性があっただけの鉄砲弾の様なものだろう。結局は使って事切れるだけの存在だ、そんなものに敬意だとか、畏怖だとか、そんなものは似合わない。不要ともいえる。寧ろ敬意を抱かれるべきは彼女達であるだろう。家族の為に、人類の為に、誰かの為に、信条の為に、使命の為に戦う――それは尊いものだ、素晴らしい物だ。自分には到底真似できぬ、比較するのも烏滸がましい。

 藤堂刑部は惰性で戦場に立っている。或いは、怒りとも言い換えられる。胸の中に燻った、火種がそれだ。誰かの為ではない、自分の為ですらない、そもそも戦う理由を持たない。持っていなかったからこそ――自分より上等な、誰かの為に戦うと決めたのだ。

 戦争孤児であった自分、男性だという理由だけで保護された自分――なら、打ち捨てられた他の皆は自分より下等であったのか? 否だ、声を大にして言える、そんな事はあり得ない。ならば自分を救い上げた人間にとって自分は上等だったのだろうか。刑部は答えを持たない。少なくとも、自分はそう思っていないのだから。

 

「そう言えば刑部君、今日の夜は空いているかしら?」

 

 不意に、依織が問いかけた。刑部は沈みかけた思考の海より自意識を引っ張り出し、軽く目を瞑り意識を切り替える。再び目を開いた時、其処に淀んだ光は映っていなかった。

 

「今夜ですか? えぇ、別段何も予定はありませんけれど」

「なら、私の相手をしてくれない?」

 

 相手、という言葉を口の中で繰り返し、刑部は目を瞬かせた。

 

「えぇっと、それはつまり、そういう――」

「そう、夜の御誘い」

 

 依織はそう言って妖艶に微笑んだ。久しく見ていなかった、女性の貌だった。しかしその表情は直ぐに掻き消え、少しだけ寂しそうに肩を落とした彼女は続ける。

 

「……ごめんなさい、少し欲張ったわ、病み上がりというのは分かっているから隣で寝てくれるだけで良いの、夜の御誘いというより、添い寝の誘いというのが正しいかしら? どう、駄目かしら?」

 

 どこか茶目っ気を出し、そんな事を口にする依織。刑部は彼女に感謝の念を抱いた。夜の誘い、などと宣いながらその表情の奥には刑部に対する配慮の色が透けて見える。大方、此方の体調を心配して看病の方便としてそんな言い方をしたのだろう。それが、隊長代理としての責任感からくるものなのか、或いは他の別な感情からくるものなのか、刑部には分からない。しかし、人の厚意を無下に出来る程刑部は冷血になったつもりはなかった。微笑み、ゆっくりと頷いた刑部に対し、依織は笑いながら言った。

 

「刑部君って、いつか後ろから刺されそうよね」

「ははは……良く言われます」

 

 ■

 

 夜半、寝静まった刑部の隣で依織はゆっくりと体を起こした。刑部の私室は本当に、何もない部屋だ。必要最低限の生活用品しか存在していない。機能美という言葉で片付けるには余りにも殺風景。依織は闇になれた瞳で周囲を見渡した後、死んだように眠る刑部の前髪をさらりと流した。彼の寝息は短く、静かで、緩い。

 

「……良く寝ているわね」

 

 手は出していない。本当に、ただ横で眠るだけの時間であった。欲を言えば物足りない――けれど情欲に負けて手を出す程、状況は余裕に満ちている訳ではないのだ。それに存外隣で眠るだけでも悪くない気分であった。人の肌というのは斯くも偉大だ、この温もりばかりは他の何かで代替する事が出来ない。依織は下着姿のままベッドから上半身を晒し、枕下に隠しておいたプラスチックケースを取り出した。ケースは長方形で、中には丸い筒――シリンダーが収められている。

 

「本当ならこのまま寝ていたのだけれど――ごめんなさい、刑部君」

 

 依織は小さくそう囁き、彼の首筋にシリンダーを打ち込む。ポンプを押し込むと、プシュという音と共に内容物が刑部の肌に染みこんだ。眠ったままの彼は微動だにしない、痛みも無かったはずだ。依織は懇々と眠る刑部を慈愛の籠った瞳で見つめ、手首に巻いた端末を開く。ホログラムモニタとして情報を投影する端末は、暗い室内に依織の顔を浮かび上がらせた。

 

『ナノマシン接続――成功、回路構築』

 

 依織が打ち込んだものはナノマシン、それも他人のニューロナノマシンにアクセスする類のものである。依織は刑部のニューロナノマシンに接続しようと試みていた。

 ――あの映像が真実であるのなら、『事の中心』に居るのは恐らく彼である。

 

 依織はずっと考えていた、あの映像を見た時から、藤堂刑部という人間と出会った時から。物事の中心に彼がいる。であればこそ、その彼本人が真実に至る何かしらの情報を持っている可能性が高いと。

 そう、自分と同じように。彼自身が知らぬ内に、それを仕込まれている可能性もあった。

 四苦八苦して生み出したニューロナノマシン接続技術。元々は自分自身に送られた映像データを元に再現したものである。それでも大分手古摺ったが、ナノマシン自体はきちんと働いている様子だった。そして端末を凝視する依織は目を細める。疑った通り、刑部のニューロナノマシンには不自然な分布が見られた。記憶領域の存在だ、接続したニューロナノマシンの中に『自身に似たデータ』を持つ群がある事に気付いた。

 

「あった……!」

 

 依織は唇を湿らせ、端末を素早く叩鍵する。検索、ヒット、それは何らかの映像ファイル。恐らく、依織の知らないもう一人の刑部によるもの……! 掴んだ、依織は自身が真実の一端を手に握ったことを自覚した。

 しかし、それを確認した途端――依織の端末に赤くエラーの文字が走る。

 

「えっ」

 

 同時に逆流、刑部のニューロナノマシンから何らかのプログラムが作動する。この領域にプログラムを仕込む余裕が――依織が驚愕する合間にもニューロナノマシンから端末に掛けて構築した回路が乗っ取られる。そして既存の防衛プログラムをあっさりと乗り越え、そのプログラムは依織の端末に音声データを潜り込ませた。アクセスからほんの数秒の出来事であった。対応する暇さえない、依織は冷や汗が流れるのを自覚し、端末を握り締めた。

 

『――驚いた、まさかこのデータに気付く人間……若しくは機械人形がいるとはね』

 

 音声データは即座に再生され、『sound only』の文字と共に依織の鼓膜を揺する。音は、依織にしか聞こえていない。端末を通じ、接続されている者にのみ再生されるような仕組みが施されていた。

 

『データを【打ち込まれる】可能性は高いと考えていた、けれど逆に、【抽出する】事を考える者が居るとすれば、それは――僕と同じ立場という事だ』

 

 声は――加工されている。依織はいつでも端末を切り離せるように身構えつつ、音声に耳を傾ける。刑部のニューロナノマシンにアクセスした人間に対するカウンター。つまりそれは、『刑部に触れられる存在』という事だ。目的は何だ、刑部に近付く人間を排除する類のプログラムであれば態々こんな音声データを残す必要はない。焦燥しながらも依織は冷静を保つ、この様なデータを残す理由、プログラムを組む理由、それは。

 

『初めまして、僕の名前は如月寧々(キサラギ ネネ)、内側で男娼をしていた彼の客だった女のひとりだよ』

「……!」

『まず、最初に言っておこう、僕はアナタの敵ではない、刑部君のニューロナノマシンから何らかの情報を抜き出そうとした時点で、この映像は相手の端末、或いはそこに接続された相手のニューロナノマシンに伝達、再生される様になっている、害はないから安心して欲しい――彼のデータを抽出しようとしているという事は、少なくともマザー側ではない筈だ、恐らく、僕とアナタは味方になれる』

 

 声は淡々としていて、何処か冷たさを感じさせる。しかしその口調は事務的でありながらも妙な熱を孕んでいた。敵ではない、と声の主は言う。無論それを頭から信じる程、依織は無防備ではない。しかし端から斬り捨てる程考え無しでもなかった。

 

『アナタが男性なのか、女性なのか、人間なのか、機械人形なのか、それは分からない、しかしアナタも理解しているだろう、この世界で信頼できる仲間というのは貴重だ、もしそれを得られるのであれば僕は協力を惜しまない……これを見て欲しい』

 

 唐突に、端末からマップが投影される。それはウォーターフロント内側の一角であった。マップ情報まで仕込んであるとは、端末の機能は凡そクラックされているものと見て良いだろう。依織は自身と相手の間に隔絶した電子技術の差がある事を理解した。少なくとも電子機器を介した遣り取りでは万に一つも勝ち目はないと悟る。依織は腹を括り、マップを覗き込む。場所はウォーターフロントの内側に間違いないが、やや壁に近い。つまり外側寄りだった。その一角に点滅する建築物が見える。

 

『ウォーターフロント内側にある、此処の公衆端末、この端末の貸金庫項目で【B-34番】、暗証番号は【32897】と入力して欲しい、中にメモリチップが入っている、中の情報は僕へ連絡を取る手段だ、可能ならば連絡をして欲しい――僕の目的は、藤堂刑部という男を救う事だ』

「!」

『良い返事を期待しているよ……それじゃあ』

 

 そこまで口にし、音声データは途切れる。そして端末は通常通りの機能を取り戻した。

 

「……今のは」

 

 暫くの間依織はその場に佇み、動く事が出来なかった。考えるべき事が多すぎる、依織は虚空に消えた音声データのウィンドを見つめたまま顔を顰める。しかし、そんな彼女を叱咤すべく端末が震えた。今度は何だと思いながら表示されたウィンドに目を向ければ――セブンの名前が躍る。依織は一瞬、眠る刑部とウィンドに視線を向け、椅子に放っていたシャツを羽織ると端末を握ってそっと部屋の外に出た。元より女所帯、下着姿にシャツを羽織った姿で廊下に出ても大して問題にもならない。廊下は暗く、人気はない。僅かな肌寒さに手を擦り合わせ、非常灯の仄暗い灯りを頼りに壁に背を預ける。

 端末を開くと、セブンの声が鼓膜を打った。

 

『――出るまでに少し時間が掛かったな』

「ごめんなさい、ちょっと所用でね」

 

 言葉を濁した依織に対しセブンは一瞬追及すべきか迷ったが、そのまま流す事に決めた。依織は廊下に人影が無いことを確かめ、声を落として問いかける。

 

「それで、何か分かった?」

『あぁ、世界の果てとやらに辿り着いたぞ』

「……本当?」

 

 依織はセブンの言葉にやや驚きを伴った声を発した。外海を含めれば、一週間をフルに使っても辿り着けない可能性が高いと考えていたのだ、それがたった二日程度で。正直、信じられないと云うのが本当のところだった。しかし、彼女が嘘を口にするような存在ではないことを依織は知っている。

 

『あぁ本当だ、ナインと一緒に世界の果てとやらに沿ってマッピングを行った、凡その範囲も特定出来た』

「マッピングも? 仕事が早いわ、流石ね、それで……世界の果てとは、一体何だったの?」

『巨大な壁だ』

 

 一瞬、間が空いた。それは余りにも唐突で、予想の斜め上の言葉だったからだ。「巨大な……壁?」、と依織が口の中で繰り返す。それに対し、セブンは淡々と肯定の言葉を口にした。

 

『そうだ、凡そ東京を中心に百五十キロの地点で、円型に展開されている巨大壁、それが世界の果ての正体だ』

「……どういう事、壁って、そんなものが何で、本当に?」

『事実だ、ナインと共に一日中調べ回ったからな、破壊出来るかどうかも試したが、破壊工作用のケトルボムでさえ表面を僅かに抉るだけだった、材質の解析も試したかデータに該当する甲鉄、装甲、鉱石が存在しない、まるっきり未知の材料で出来た恐ろしく堅く、高い壁だ』

 

 言葉と共に、依織の端末に向けて幾つかのレポートが送信された。傍受対策として容量は小さく、幾つかの画像と文書のみだったが十分だった。外壁の題と共に撮影された黒ずんだ【何か】――壁、というよりは灰色のコンクリートらしきブロックが、黒ずみ虚空に浮いている様に見える。しかし、セブンが手を付きながら撮影した画像も存在し、そこに明らかな壁が存在しているのだと分かった。加工か、或いは悪戯と断じることが出来ればどれ程楽だろうか。しかし続いて送られたマッピング情報や第二、第三の破砕検証を見て、口を噤む。

 マップには、ウォーターフロントより百五十キロの地点で空白地帯が生じていた。

 

『纏めるとこうだ――私達は生まれてからずっと、東京都を中心とした半径百五十キロメートルの檻の中で生きていた』

 

 言葉にすると、何と突拍子がなく胡散臭い情報だろうか。しかし、それを裏付ける情報が揃っているのだから仕方がない。依織は端末を見たまま、くしゃりと髪を掴んだ。

 

『外海は不明だが、恐らくそう間違ってはいない筈だ、丁度FOBが先端になるのか、或いはFOBだけは例外なのか、最早私達の想像をはるかに超えているのでな、内陸方面は兎も角、外海周辺の確証はない』

「待って、待って頂戴……壁って、そんなものがあったのなら普通、気付くでしょう?」

『いいや、表面には高度な投影技術、いやディスプレイか? 兎も角、遠目では絶対に気付けない細工が施されている、というか私達は近付いても分からなかった、偵察機でマッピング出来なくなって漸く気付いたんだ……少なくとも無人偵察機の類で壁を発見するのは、目視だとまず不可能だろう』

「……どうして今まで発見されなかったの? 絶対におかしいわ」

『ウォーターフロントの長距離警戒網は最大距離で百キロだ、壁はその五十キロ先にある、おかしい話ではない』

「違う、そういう話じゃないのよ」

 

 依織は告げ、髪を掴みながら背を丸めて壁に預けた。心臓の鼓動が高鳴る。だって、どう考えてもおかしい話なのだ、これは。

 

「もし、そんな壁に私達が囲われて生きていたとして……一体、いつから私達は壁の中に居たの?」

 

 だって、そうではないか。仮に、本当に壁が存在するのだとして――その壁は一体、いつから其処に存在したのだ? 十年前か? 二十年前か? それとも百年? 千年? 或いは……人類が生まれた、その時からか。

 比較的最近壁が作られたと云うのならば、誰がその壁を作ったのかという疑問が残る。内陸が感染体に奪われどれ程の時間が経過したか、少なくとも壁を作った連中は感染体を操る様な術を持っているという事になる。壁の規模は、内陸とウォーターフロントを見事に分断している。この規模の建築物を誰にも悟られず、また感染体に邪魔されずに完成させるなどとても不可能に思えた。

 反対に、もっと大昔に壁が建てられたと云うのであれば――いや、それはあり得ない。考え、依織は己自身に反駁する。そんな壁が感染体の現れる前から存在していたのならば、人類が気付かない筈がない。そんなものが存在するなど、今の今まで聞いた事すらなかったのだ。ならば、壁は感染体に本土を乗っ取られた後に建てられたものだと考えるべきだった。

 

「感染体がその壁を用意した、というのは考えられない?」

『連中がか? グロテスクな肉壁を布くなら分からなくもないが、これは明らかに科学技術の結晶だぞ? そんな知能、連中にある筈がない――元から此処にあった、と考える方が自然だ』

「なら、誰かがこの壁を建設したとでも言うの? 人類の目を盗んで、感染体すら欺いて、或いは味方に付けて――」

『我々が今まで世界と呼んでいたのは東京から半径百五十キロの範囲のみ、壁は近年建てられたのか、或いは【世界が存在すると思い込まされていた】か……全く以って、凄まじい秘密だ、これは』

「セブン……」

『四十人委員会は敵だ』

 

 彼女は断固とした口調で告げた。空気が妙に肌寒く感じ、依織の肌を刺した。端末を握る手を二度、三度緩めた。そうすると血の通う感覚が分かる。思考は、正常だ。依織は自身に言い聞かせた。

 

『映像の中のお前が言っていた事は、正しかった、トップを疑えというのは妥当だ、少なくとも世界の果てを見つけた事で信憑性が増した、こんな壁の存在を悟らせず、どうやって今まで人類はやってきたのか、もしウォーターフロントでこれらの情報を隠せる存在がいるとすれば、委員会以外は考えられない――或いは、委員会そのものが壁を作ったか、だ』

 

 セブンは云う。もし、こんな事が可能な存在・組織が在るとすればそれは――自然、この世界のトップという事になる。それ以外の誰にこんな真似が出来よう? 外海とは通信が途絶して久しい。現在ウォーターフロントの人類は、この閉鎖された空間で生きて行かねばならないのだ。考えるべき事は無数にあった、依織は一度深く息を吸い込み深呼吸をする。すると僅かだが、気持ちが楽になったような気がした。

 

「良いわ、分かった……取り敢えず、一旦帰還して頂戴」

『あぁ、分かった』

「それと、私もひとつ手掛かりを手に入れたの」

『手掛かり?』

「えぇ、刑部君を救う手掛かりを持つ人物に関する情報」

 

 依織の脳裏に先ほどまでのやり取りが浮かぶ。彼女――彼、という事はあるまい――は確かに云ったのだ。

 

「マザー」

『!』

「映像の中の私は、そう言っていたわ……多分、その言葉の意味を知っている人と、コンタクトが取れる」

『本当か』

「えぇ」

 

 声の人間は、確かマザーと口にしたのだ。聞き間違いではあるまい、ならばこそ知っている筈だ、自分達の知らない真実――少なくともその一端を。

 

「一先ず、帰還したら合流しましょう、詳しくはその時に」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。