「はァッ!」
掛け声と共に天音の砲が火を噴いた。轟音と共に飛来した弾丸が未発達の頭部を吹き飛ばし、その背後の建物を貫通する。重々しい音と共に倒れ込む感染体。綺麗に地面へと着地した天音は自身の戦果に歓声を上げ、喜んだ。
「や、やった! やりましたよ、刑部さん!」
「えぇ」
刑部は彼女の言葉に確りと頷く。どす黒い血を撒き散らして死んだ感染体。白兵戦が苦手、止まって狙撃する事も苦手、となると碌に戦力にもならないのではないかと危惧していたが――どうやら杞憂だったらしい。
「狙撃に自信がないと言われた時は驚きましたが、機動戦の砲撃は本当に上手いですね」
「えへへ……キルハウスでは専ら、動き回りながら砲を当てる訓練をやっていたので、こればっかり上達してしまって」
二体の感染体を華麗に仕留めた天音は緩い笑みを浮かべながらそう口にする。動き回りながらの砲撃、もっと先にやる事はあるだろうと口に出掛けたが、刑部は黙って微笑むだけに留めた。
そして端に視界を寄せ時刻を確認する。
「試験開始から四十分と少しか……ここで五分ほど小休憩をとりましょうか」
「は、はい!」
刑部と天音は油断なく周囲に目を向け乍ら近場の建物に身を寄せた。壁を背にして楽な姿勢を取る。開始から四十分、基本的に単独の感染体のみを狩っていたので少しばかり遅いペースだ。けれど急ぐ必要はない、既にキルスコアは二人で半分を達成している。
「あの、刑部さん」
「はい?」
「刑部さんは、その、どこのブロックの訓練センターでASの操縦を?」
マップを眺めながら、さて次はどの辺りを探そうかと考え込んでいた刑部は、天音の言葉に顔を上げ手元のマップを掻き消した。
「俺はDブロックで訓練を受けました、あそこの教練隊には随分良くして貰いましたよ」
「D、ですか……私、Cまでしかないものかと」
「あのブロックは少々特殊なASが集まる場所でしたからね、具体的に言うと四脚とか、履帯とか、僅かですが空戦ASも」
「飛行型ASですか? ……本当に珍しいですね」
刑部の言葉に天音は少しだけ驚いた様な顔を見せた。
飛行型ASは本当に数が少ない、そもそもASという兵器の概念からして少しばかり畑違いの兵科とも言える。そもそも適性の獲得が難しく、またその特性上既存の航空兵器よりも腰が軽いものの、人が装甲を纏うという性質がある為無視できない制約が数多く存在する。『色々』と勿体ないASである。
「刑部さん、四脚以外に適正は出ていたんですか?」
「……確か二足歩行型と、逆関節型にも適性がありましたね、後僅かですが航空適性も」
「す、凄いですね、四脚を入れて四つも適性があったんですか」
「と言っても精々動かすのに難儀しない程度ってだけですよ、それに適正が沢山あると言っても、いざAS適性値の算出が終わった時、『飛行型の使用は認められないので、陸戦型ASの中から絞ります』って言われたんですから」
そう言って刑部はからからと笑った。戦場に於いて陸も空も危険な事に違いはないが、飛行型の戦場は――はっきり言って酷い。
「し、仕方ないですよ、飛行型の損耗率は酷いですし、こういう言い方は良くないかもしれませんけれど……そんな酷い戦場に、貴重な男性を投入するなんてやっぱり難しいと思います」
天音は僅かに俯き、唇を尖らせてそう口にする。数が少なく腰が軽い、それは即ち少数での転戦に次ぐ転戦。その損耗率は察して余りある。現在、飛行型ASに適正を持つ者は九割以上が機械人形である。天音の言葉に刑部は目を瞑った。
「陸戦ならまだ、一方的に嬲られて殺される事はありませんから」
「……戦場に、どっちがマシだなんてないとは思いますけれどね」
「それは、そう、ですけれど……」
「いえ、すみません、生意気言いました――以前の仕事の時に、結構AS乗りの方とか、
自身の言葉に頸を引っ込めた天音に対し、刑部は笑って首を振った。天音は以前の仕事という言葉に反応し、横目で刑部の顔を見る。
「AS乗りやバックスの方となると、
「えぇ、まぁ」
「えっと、詳しく聞いても……?」
「隠すような事でもないですし、構いませんよ」
頷き、刑部は天気の話をするような気軽さで以って口にした。
「俺、内側で男娼をやっていたんです」
「だんしょ……!」
それはどれ程の衝撃だっただろうか。天音は自身の手が甲鉄になっている事も気にせず、思わず口を抑えそうになった。一拍して、耳まで赤くした彼女はあわあわと忙しなく視線を左右に泳がせる。
「あれ、知りませんか? お金を貰って女性と性交渉を――」
「し、知っています! 知っていますから!」
慌てて叫んだ。その位の知識はある、何も知らぬ無垢な少女という年齢でもないのだ。そして口の中で何度かその単語を繰り返し、それから視線は徐々に下へと流れた。そして横目でちらちらと刑部を見る。この男性が男娼、お金で女性に体を売っていた――そう考えると、こう、少し見方が変わるというか、何というか。
「だ、男娼ですか……男娼……」
「えぇ、少ないですけれど公的に認められた場所で働いていました、給金も良かったんですよ? 最近はこの手の職に就いても良いという人も居なくなって、めっきり供給不足でしたから、まぁ誰もやらないなら俺が、って感じで」
「そ、そんな軽い気持ちで……」
何かもっとこう、悲壮な過去ややむを得ぬ事情があると思いきや、本人は至って普通――寧ろ呑気ともいえる雰囲気で以って語っていた。
「まぁ確かに最初は軽い気持ちでしたけれどね、存外、悪くないものですよ、直ぐ傍で必要とされるのって」
刑部はそう言って笑みを見せた。傍からはごく普通に、何でもないかのように笑っている様に見えるだろう。しかし、その細められた瞳の中に言い表す事が出来ぬ妖しい光が灯っている事に天音は気付いた。刑部は背を丸め、四脚の装甲を撫でながら淡々とした口調で告げる。
「あぁいう店に来る女性って、勿論単純に発散させる為に来店する人もいるんですけれど、AS乗りとか、バックスの方だと、結構『生きる理由を探しに』来る人も多いんです」
「生きる、理由ですか……?」
「えぇ――戦友も仲間も死んで、家族も友人も死んで、戦場の中でぽつりとただひとりになって、今の時代、そんな人、結構多いんですよ?」
「ッ……!」
笑ってそんな事を告げる刑部に、思わず天音は息を呑んだ。
「人間はそこまで強くないんです、人類の為とか、国の為とか、そういう目に見えない遠い何かの為に戦う事が出来る人は、皆が思う程多くないんです、誰だって本当はそうなんですよ、直ぐ傍の大切な人だったり、ものだったり、心だったり、そういうものの為に戦っているんです――でも、それが無くなっても戦える人は、本当に少ない」
言葉には実感が伴っていた。直ぐ傍で見聞きした『誰か』の事を語っていた。きっと、そういう理由で彼の元に訪れた女性を彼は何度となく相手にしてきたのだろう。そこには天音の知らない繋がりがあった。
「だから俺みたいな人間のところに来る、抱いて、抱かれて、仮初でももう一度その幸せを噛み締める為に、あと一度だけでも生き延びようって気持ちになる、俺の仕事は、そういう類のものでした」
あとはまぁ、単純に人口を増やせって言う国の方針もありましたが。
刑部はそう締めくくり、天音を見た。口元は薄っすらと笑っていたけれど瞳は全然笑ってなどいない。天音は恐る恐るといった風に問いかけた。
「……その、不躾ですけれど、ご家族は?」
刑部は成人して間もない様に見える。童顔、という程ではないが未だ成熟し切っていない。年齢は二十から二十五の間というところか。家族の事を問うた瞬間、刑部はどこか悲しそうに目を伏せた。
「ごっ、ごめんなさい!」
「いえ、もう大分昔の話ですから」
直ぐに聞いてはいけない事だと思った。けれど刑部は緩く手を振って、何でもないと口にする。実際、彼としては既に吹っ切れた事であった。
「戦争孤児なんて、今の第八区じゃ珍しくもありませんよ」
刑部の瞼の裏に焼き付いて離れない光景がある。戦争孤児――自分と似た様な格好をした子どもが泣いて、彼方此方に這い蹲っていた。自分一人では生きられない子どもが集められ、『保護』される。自分は男だったので、一等大切に『保護』された。
――唾棄すべき記憶だった。
「別に、人類を救ってやろうだとか、世界の為に戦おうとか、戦争孤児を無くすために感染体を滅ぼすとか――そんな上等な志や思想がある訳じゃないんです、上等な事は、上等な人間がやれば良い」
「刑部さん……」
その言葉には僅かな――『怒り』が込められていた。それが何に対する怒りなのか天音には分からない。けれど伽藍洞の様な瞳で空を仰ぎ、緩い笑みを張り付けたまま告げる彼に、天音は何とも表現できない感情を抱いた。
「この世界は、自分より『上等』な人間が多すぎますね――だから、そんな人たちが生き残れるのなら、俺は喜んで戦います」
言葉は虚空に溶けて消えた。四脚を動かして立ち上がった彼は、天音を見る事無く告げる。
「さて、そろそろ行きましょう、時間も無限ではありませんし、のんびり話していて奇襲されました――なんて笑い話にもならない」
「そ、そうですね……!」
天音は刑部の言葉に頷き立ち上がる。「先行します」と彼は口にして、そのまま移動を開始した。既に何処に向かうのか決めていたらしい。
「………」
先を行く刑部の背中を天音はじっと見つめた。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、ゆっくりと彼に続き、天音は歩き始めた。
■
「流石は重装四脚の適正持ち、というところか」
ランディングポイント。帰還場所として指定された区画に到着した天音と刑部は、海に面するその場所で静かに佇むα07-768と邂逅した。重装二脚型ASに身を包み、鋭い視線で此方を射抜く監督役。彼女はちらりと腕の端末に目を向ける。試験開始から既に一時間半、帰還まではあと三十分程の余裕を残している。
天音と刑部は協力してその後も感染体を相手取り、時折危険な綱渡りを繰り返しながらもなんとか指定数の討伐を成功させていた。
「討伐種、
「貴方は――」
刑部と天音が目を向けると、彼女は小さく頷きながら告げた。
「α07-768、型版から『セブン』と呼ばれている、お前達が合格した際には小隊の長を務める事になっている、今は監督官だが追々は戦友にもなる、宜しく頼む」
「えっ、あ……はい」
「よ、宜しくお願いします!」
独特の雰囲気に当てられ、刑部はおずおずと。天音は緊張しながらも頭を下げる。α07-768――セブンは小さく手で二人を制しながら、再び端末に目を移した。
「……もう一人のASは何処に?」
「未だ戦闘中だ」
刑部が周囲を見渡しながら問えば、セブンが淡々とした口調で答えた。輸送機から降下したのは四名、そして此処に三名揃っているという事は欠けた一名が居るという事。
確か、彼女も
「キルスコアはどうですか?」
「……成体一、未発達一、そして現在は成体と戦闘中だ」
「――先の言を借りるなら、彼女も運が良いという事でしょうか?」
「いや、そうでもない、お前達は遭遇しなかったが彼奴は二度多腕と遭遇している、まぁ、上手い事逃げ切ったが」
あれから逃げ切ったのか。刑部は内心で称賛の念を覚えた。少なくとも重装四脚では不可能、天音の逆関節ASで辛うじて、というレベル。もし四足が相手であれば逆関節型でも逃亡は不可能だろう。どうやら自分達は本当に運が良かったらしい、刑部は小さく頷いた。
「こちらに合流出来そうですか?」
「五分五分だな」
セブンはそう言って、ちらりと刑部に目を向けた。
「気になるか」
「はい」
躊躇わずに、そう答える。セブンは暫くの間じっと刑部を見つめ続けると、徐に腕の端末を指先で叩いた。すると表面のディスプレイが発光し目前に3Dホログラムが投影される。
「良いんですか?」
「別段、禁止されている訳でもない」
監督役がそう言うのであれば遠慮なくと、刑部は投影されたホログラムに近付く。天音もなんだかんだで興味があったのか、三人は囲う様にしてホログラムを覗き込んだ。投影されるソレは恐らく小型の簡易ドローンのものだろう、やや映像が荒く飛び飛びだ。しかし戦闘を行っている人物の姿は分かる。
「二足型ASですか、それも軽装……足裏にローラー?」
「ローラーダッシュ可能な軽装二足歩行型ASだ、機動力があり逆関節型に迫る三次元戦闘も可能な
本来なら、このASこそ隊を組んで運用されるべきだろう。
セブンがそう告げ、どこか苦々し気な表情で目を細めた。画面の向こう側で
時折近付いて成体の表面を白兵戦用装備で斬り裂くも、やや深く筋線維を傷付けるだけであった。ぶ厚い肉に覆われた心臓や頸を刎ねるには至らない。
何故、火器を使用しない? 刑部は眉を顰める。
「弾切れだ、最初の二体を仕留める時、そして多腕から逃げ出す為に銃火器を使い切った」
刑部の内心を見抜いたようにセブンは言った。成程、それならばこの状況にも納得がいく。
刑部は僅かな間目を瞑ると、徐に口を開いた。
「監督官」
「……残り時間は三十分を切った、規定時間内にランディングポイントに辿り着けなかった場合、たとえ撃破数が幾つであっても失格になる、良いのか?」
「はい」
躊躇いはなかった。背中の連射砲を引っ張り出し、その弾倉に未だ弾丸が詰まっている事を確認する。あと一戦分程度なら問題ない。弾倉を嵌め直しながら、刑部は言った。
「今のウォーターフロントは
「成程、立派な志だ」
刑部の言葉にセブンはどこか感心したような顔を見せる。しかし、真剣な表情でそう宣った刑部は次の瞬間には表情を崩し、どこか腑抜けた様な顔で笑った。
「――なんて、格好の良い言葉を並べましたけれど、単純に俺が見ていられないだけです、ただの性分ですよ」
人を見捨てられない、助けられるのならば助けたい。それは俗に『お人好し』と呼ばれる類のものだ。刑部はセブンに小さく頭を下げた後、地面を打ち鳴らしながら移動を開始する。そんな刑部の腕を掴む者がいた。天音だ。逆関節型ASでは重装四脚を止められない。しかし腕を掴まれた刑部は律儀に足を止めた。
「ど、何処に行くんですか?」
「救援に向かいます」
「あ、あと三十分を切りました、帰還用の輸送機にま、間に合わないかも……!」
「けれど見捨てることは出来ません」
刑部を見下ろす天音の表情がくしゃりと歪んだ。刑部の口調は淡々としていて、表情も崩れない。しかしややあって、歪んだ表情のまま天音は言った。
「なら……なら、私も行きます!」
「――良いんですか?」
思わず、といった風に刑部は問うた。その顔は少なくない驚愕に彩られている。まさか着いて来てくれるとは思っていなかったのだ。天音は何度も首を縦に振った。
「刑部さんが行くなら、私も行きます! し、心配ですし! あと、一応、何ていうか、エ、エレメントも組んだ仲ですし!」
「……心強いですよ」
そう言って刑部は微笑む。白兵戦が出来ず、狙撃も苦手だが、それでも『頼れる誰か』が居るのは心強い。天音は顔を真っ赤にして何度も何度も頷くと、掴んでいた刑部の腕を放し、背中の突撃銃を抜いた。
「私は立場上手は貸せない、此処で皆の帰還を待っている」
「はい、きっと三人で戻ってきます」
セブンがそう言ったきり、目を瞑る。天音と刑部は武器を手に頷き合うと、ホログラムで確認した映像地点を頼りに駆け出した。