【第一種危険指定感染体――
迫り来る巨大な羽。ふわり、ふわりと上下する巨大な影。月光に照らされ、淡い光が鱗粉を幻想的に彩る。宛らそれは季節外れの雪が如く、ひらひらと夜空を舞っていた。頭の天辺から指先まで、まるで全身の筋肉が硬直したかのように動かない。脳が、現実を否定する。夜空を覆う様な巨大な二枚羽、それは夜空に溶け込み美しくも残酷な鱗粉を撒き散らす死を告げる蝶のもの。
人類をこのメガフロートに追いやった元凶――名を、【感染蝶】
「冗談だろ……ッ!」
腹から絞り出した声だった。愕然とする、ではまだ足りぬ。それはあってはならぬ事態であった。このウォーターフロントは人類最後の砦である。この場所に、嘗て日本と呼ばれた人類総てが暮らしているのだ。もし、あの感染蝶が刑部の立つこの場所にまで至ったら。
最悪の想像が脳裏を過る。
『機体内蔵ボンベ残量――活動可能時間、凡そ二十分』
網膜ディスプレイに機体内部の酸素残量が表示される。各ASに搭載されたボンベは緊急避難用のものであり、その容量は決して多くない。活動可能時間は二十分――そして刑部たちの恐怖を煽る様に、ゆっくりと感染蝶は前進を開始した。
「
「止めろ、何が何でもッ!」
天音が一歩退き、セブンが絶叫した。
「感染蝶がウォーターフロントに入ったら文字通り終わりだぞッ!」
それに呼応するように、ウォーターフロント各地から火砲の閃光が瞬き、轟音が響いた。刑部たちもまた、手持ちの火器で迎撃を行おうと動き出し、銃火器が破損した者は予備のコンテナより補充・換装し抱え直す。しかし、引き金を引くより早く周囲にサイレンが鳴り響き、ウォーターフロント甲板の出入り口が次々と封鎖されていった。刑部は一瞬、閉鎖されるそれらに気を取られ動きを止める。感染蝶襲来に伴う隔壁閉鎖、酸素残量はニ十分。一度締めだされれば内部に避難する手段は、もうない。
【感染蝶の接近を確認しました、緊急防衛措置に伴いウォーターフロント外郭甲板閉鎖を開始、隔離処理を実行します、機械人形、BOT、無人機を除く、バックス、操縦者の皆様は直ちにウォーターフロント隔壁内部に避難して下さい、繰り返します――】
「っ、セブンさん!」
ナインが閉まり行く隔壁に視線を向け叫んだ。格納庫、ハンガーへと通じる出入り口が封鎖されようとしている。左右のレッドランプが暗闇を照らし、煌々と輝いていた。闇夜に混じる赤色は酷く不安な気分になる。隔壁が降りる速度はそれ程早くない、ASの足ならば容易にハンガーへ戻れる、まだ間に合う。しかし迷っている程の猶予はない、セブンは天音と刑部に顔を向け叫んだ。
「天音ッ、刑部っ、二人は隔壁内部に避難しろッ!」
「でも――!」
「感染したいのかッ、早くしろ! 私達は機械人形だ、感染はしないッ!」
セブンが必死の形相で、銃火器を抱えながら叫んだ。天音が何かを言おうとして、しかし唇を噛み言葉を飲み下す。セブンとナインの表情に、自身が何を口にしようと揺らがぬであろう決死の覚悟を悟ったからだ。
戦場で言い争いをする余裕など存在しない、立場上彼女が上官なのだ、ならばその指示に従うは当然。しかし理解は出来ても納得は出来ない、それは二人を見捨てるという選択に他ならないのだから。
仮に自分達が抜けて、守り切れるのか? 刑部は周囲を見渡し顔を歪める。
四方から迫り来る感染体。前方より緩やかに飛来する感染蝶。どちらか片方だけでも手に余る、だというのに人間のAS乗り、バックスが基地内部へと籠り支援を打ち切る。外郭甲板とウォーターフロントは完全に分断される事になるだろう。補給も、支援も期待出来ない孤立無援の戦場。
無理だ、その結論に至るまで時間は必要なかった。
「どう考えても無理です、残存戦力で感染蝶を撃退し防衛するのは――!」
「だからと言って我々が退く訳にはいかないだろうがッ!」
「刑部さん、早く行ってください、此処は私達が!」
ナインとセブンが前に立ち、彼女の手が刑部を後ろへと追いやった。しかし、それでもと言い募ろうとする刑部の手を天音が握る。強く、彼女にしては強引な行動だった。互いのASが至近距離で衝突し、表面装甲が擦れて金属音が鳴る。甲鉄に覆われた顔面、網膜ディスプレイ越しに見える天音の表情に刑部は思わず怯んだ。
「刑部君!」
「っく……!」
天音は今にも泣きそうな表情を浮かべていた。それはセブンとナインを見捨てる選択を飲み下したからか? それとも、今尚死地に留まろうとする己を想って? 分からない、だが言い争うだけの猶予が無いことは確かだった。
「クソっ! 何なんだ、何故堕ちないッ!?」
セブンは夜空を彩る弾幕を網膜に焼き付けながら吐き捨てる。モスキートや高射砲が虚空を舞う感染蝶に攻撃を集中させている。その集中砲火は正に苛烈にして必殺、周囲の感染体には目もくれず火力を一点に注いでいる。あのエイハブの外皮と云え、この火力ならばと思う程。しかし、それでも尚感染蝶は健在であった。外皮が硬い? 否、そんな理由ではない。感染蝶の外見は虫のそれだ、連射砲ですら貫通を許してしまいそうなソフトスキンである。ならば、何故堕ちない?
弾が、悉くが当たらないのだ。
感染蝶に近付くとまるで意志を持ったように逸れる。実に不可解な現象であった。砲弾が感染蝶に飛来し、その直前で緩く曲がり海水や明後日の方向に着弾する。周囲に舞う鱗粉、あれに何か仕掛けがあるのか。セブンは憎々し気に顔を歪め思った。現状、感染蝶の多くは解明されていない。感染蝶と遭遇し、生き残った者が少ないという事もある。しかし、弾を弾くならば兎も角、当たらないとはどういう事だ。ウォーターフロントにて迎撃を受け持つ面々には焦燥ばかりが募った。
ゆらり、ゆらりと揺蕩う蝶。死を誘うそれがウォーターフロントに到着するのは時間の問題である。刑部は一度迫り来る感染蝶に目を向け、それから天音を見た。
葛藤、胸内で幾度となく繰り返される言葉、問答。しかし、やはり結論は変わらない。刑部は一度唇を強く噛み、それから睨みつけるように空を仰ぎ見て、告げた。
「――駄目だ、俺だけ逃げることは……出来ないッ!」
「あっ!」
天音の手を振り解く。強く握っていた筈の手がするりと零れ落ちた。何が出来るとか出来ないとか、そういう問題ではない。此処で逃げてはならぬ、もし逃げたらきっと自分はその事を一生涯掛けて後悔するだろう。そんな確信があった。
しかし、そんな刑部の覚悟を嘲笑うかのように――或いは自身に突き刺さる攻撃を鬱陶しいと思ったのか、感染蝶は二度、大きく羽根を弾ませ鱗粉を撒き散らした。
「高熱源反応感知、これは……!」
ナインが呟いた。網膜ディスプレイに表示される警告、見れば感染蝶が発光している――否、光を集めているというべきか。周囲に散った星々を見えざる手で搔き集める様に、徐々に強くなっていく閃光。凄まじい熱量、そして光量であった。恐るべきは一秒経つ毎にその光が大きく、巨大になっていくこと。まるで光を粘土細工の様に丸めた様だった。光は丁度感染蝶の頭程の大きさと成り、ウォーターフロントの方へと向けられた。
「ッ――総員、対衝っ」
セブンが叫ぶのと、極光が放たれたのは同時であった。それは、何と表現するべきだろうか。凄まじい光が網膜を焼き夜を貫いた。そう認識した時には既に刑部たちは皆が皆体を硬直させ、光はウォーターフロント外郭に着弾していた。爆音と、何かが弾ける音、悲鳴、ノイズ音。それらが一斉に鼓膜を震わせ、一拍遅れて撃たれたのだと理解する。耳元から管制の叫びが聞こえた。
『警――ッ! ウォ―――ント、外郭――番、融解! 繰り返すッ、ウォーター――外郭甲――番、融解ッ! 外壁装甲板第五層まで突破されました! 次同じ箇所に着弾したら全層抜かれますッ!』
金切り声、揺れる体。頭が働かない、耳鳴りが酷い。四脚である刑部は転倒こそ免れたが、ナインやセブン、天音はASのバランサー機能に揺すられ膝を着き、或いは目を白黒させている。ウォーターフロントが揺れた、このメガフロートが。刑部は揺れる視界を振って気付けをし、立ち上る黒煙に目を向けた、被害は――そして、言葉を失う。
「ウォーター……フロントが……」
着弾したのは刑部たちの小隊から数ブロック離れた外郭甲板。立ち上る黒煙と蒸気、その区画が丸ごと【抉られていた】――そうとしか表現出来ない。
赤熱した甲板、半円にくり抜かれたそれはあの光によって融解したのだろう。外壁には黒々とした円型の穴が穿たれている。凡そAS数機が並んでは入れる程の大穴。
ウォーターフロントの外壁が射貫かれた、それは刑部に凄まじい衝撃を与えた。
この外郭甲板の外壁を射抜かれれば向こうにあるのは防衛基地内部である。仮に、仮にだが、あの極光の着弾を許し続ければ外郭甲板と外側を隔てる第一防壁すら穿たれる可能性があった。もし障壁に穴が開けばどうなるか。感染蝶の鱗粉が入り込む、つまりウォーターフロント内部の感染。このままでは小隊全滅――いや、人類の存亡さえ不確かになる。
覚悟が背中を押した。
刑部は即座に口を開き、宣言した。
「――VDS起……」
「駄目ッ!」
だが、それを遮る者がいた。
天音だ。彼女は刑部に飛びつき、尚もVDSを起こそうとする彼に縋りついて叫んだ。
「駄目だよ刑部君! それを使ったら刑部君がッ……!」
「――けれど今使わなかったらウォーターフロントが沈むッ! 此処には何万人もの人が生きているんだ! あいつを海に叩き落とすには、もうこの兵装しかないッ!」
刑部は悲壮な表情で叫んだ。天音の涙にも、懇願染みた悲鳴にも動じない。やらねばならないと思った、その両目が緩慢に、しかし確実に接近する感染蝶を捉える。感染蝶を迎撃するモスキートや高射砲、或いはASによる砲撃。しかしその悉くが無効化される、意味がないと理解していても攻撃は止められない、あの極光による攻撃。あれをもう一度喰らえば外壁を抜かれる、近付けてはならないと理解しているからだ。既存の兵器の弾丸は彼奴に届かない、しかし――GSならば通じるかもしれない。
一抹の望みを掛け、命を擲つには十分な理由だった。
「ここで、堕とさなきゃ――ッ!」
ウォーターフロントが沈む。
天音の手を払い、悲鳴を呑み込む彼女を無視し刑部は叫んだ。
「VDS起動ッ!」
『
刑部の言葉に呼応し、機体はVDSを立ち上げる。背部の装甲が一斉に弾け飛び、脊椎接続に沿って円柱が飛び出す。赤く点滅し重低音を掻き鳴らし始めた円柱に合わせ、刑部の視界が点滅した。まるで鉛の海に沈むようだった、脳に走る鈍痛、スパークする視界、繋げてはならない【ナニカ】と強引に繋がる様な感覚。刑部は吐き出しそうになる悲鳴を呑み込み、充血した瞳で感染蝶を睨みつけた。
「刑部君!」
「天音っ、俺は――!」
再び伸びた手を振り払おうとする。けれど天音の手は装甲に包まれた刑部の顔を掴み、正面を向かせた。視界一杯に天音の顔が映った。無論、網膜ディスプレイ越しの偽りのものだ。けれど涙に塗れ、それでも必死に取り繕うとする彼女の顔は痛々しくも確かな覚悟を秘めていると分かった。
「もう、撃つななんて言わない、刑部君、言っても止めてくれないって分かっているから、けれど私にも……私にも戦わせて!」
切羽詰まった声だった。天音はコンテナから引っ張り出した連射砲の引き金に指を掛けて、それから刑部の機体を掴みながら早口で捲し立てる。
「出力を絞って、周囲の感染体を狙う必要はない、あの、感染蝶だけを狙って! 後は私達が……何とかするから、してみせるからッ!」
「………」
それは懇願だった。いや、哀願と言うべきか。少しでも刑部の負担が減る様に、少しでも彼が長く生きられるように。天音は刑部の顔を掴み、涙を浮かべながら必死に願った。刑部はそんな彼女の懇願を聞き、逡巡する。本当ならば、最大出力で感染蝶を海面に叩きつけ、そのまま沈めてやろうと考えていた。そして周囲の感染体も同時に殲滅し、この状況を打開する――それが刑部の考える最善。しかし、感染蝶はあの巨体、そして正体不明の鱗粉もある。更に言えば周囲を取り囲む感染体、その数は嘗てのFOB防衛戦の比ではない。あの、四足共を屠った時の様な出力・範囲では効かないだろうという予感があった。文字通り死力を尽くし、全力でGSを叩きこむ必要がある。
その代償は――決して安くはない。
或いは、此処で果てるかもしれない。刑部自身はそれでも構わなかった、たとえ此処で果てる運命だとしても人類に貢献し、自身より上等な万人を救えるのならば後悔は微塵もない。喜んで骸を晒そう、屍を捧げよう。けれど目の前で己の顔を掴み、必死に懇願する天音の言葉を無視し断行するには――余りに情を交わし過ぎた。
「――分かった」
刑部はゆっくりと頷いて見せる。頷いてしまった。此処で跳ね除けられないのが己の弱さだと思った。自分は、この弱さを捨てられない。けれど目の前で泣き笑いし、嬉しそうに自分を抱きしめる彼女を見ると――やはり、どうにも最後まで貫けぬのだ。
『DAD因子感知、GS射出力場算出、
天音は刑部の体を離し、名残惜しそうに指先を絡めながら数秒目を閉じ――駆け出す。もうその表情に先ほどまでの名残はない。どこまでも真剣に、生き足掻こうと、守ろうとする者の表情だ。
刑部は思考に走るノイズをそのままに、両手を強く握りしめながら感染蝶を見上げる。的を絞る、周囲に存在する感染体は狙わない。それだけで処理は大分楽になる、範囲も威力も極めて限定的。感染蝶のみを狙い、周囲に散らばる鱗粉を削ぐ。何故、奴に砲撃が通用しないのか? 刑部はあの、感染蝶の周囲にて煌めく鱗粉に秘密があるのだと思った。限界まで先鋭化された五感、及び第六感が告げている。弾頭が感染蝶に着弾する直前、まるでそれを包むかのように鱗粉が発光するのだ。僅かな間、瞬間だが、刑部はそれを見逃さなかった。
彼奴を海に叩き落とすまでは考えなくて良い、出力を下げ、限界まで下げ、鱗粉のみを叩き落とし火砲を通じるようにする。瞬間的な出力や範囲はそれほどでもない、しかし味方が感染蝶を仕留めるまでの間、己はGSを維持し続けなければならない。
出来るのか? 刑部は己自身に問いかけた。否――出来なければならない。
「先生、俺に、力を……ッ!」
刑部は小さく呟き、息を吸い込んだ。腹に力を籠め衝撃に備える。無論それは物理的なものではなく、己の脳に叩きこまれるであろう処理に対しての。円柱が唸る様に振動し、リングが発光を強めた。そして、刑部は己の中にある引き金を引き絞る。
『――
夜空に、重力の砲弾が炸裂した。
唐突に、感染蝶の高度がガクンと下がる。同時に周囲を漂っていた鱗粉が一斉に掻き消え、感染蝶の羽の動きが鈍くなった。羽の動きが鈍ろうと墜落しないのは、やはり超常の力が働いているからか。兎に角、通常の
「ッ、これは――刑部!?」
極光の攻撃で硬直し、感染蝶に向けて一心不乱に連射砲を放っていたセブンは唐突に動きを鈍らせ、高度を下げた感染蝶に驚愕し――VDSを起動した刑部を見て悲鳴を上げた。
近場で同じように迎撃に当たっていたナインも、彼女と同じ表情をする。まさか、起動したのか!? 二人の表情にはそんな感情がありありと浮かんでいた。
「撃ってッ! 撃つんです、セブンさん! ナインッ!」
しかし、そんな二人に対し檄を飛ばす存在がいた。天音だ。彼女は連射砲を手に感染蝶に射撃を加え乍ら涙声で叫んでいた。
「今、アイツは動けない、周囲を覆っていた鱗粉もないッ! 今なら絶対通る、通さなきゃいけないッ!」
何が何でも通して見せる、撃墜してみせる、しなければならない。それは鬼気迫る勢いであった。ウォーターフロントから放たれる無数の砲撃、銃弾、先程まで不自然に防がれていた弾頭が真っ直ぐ飛来し、感染蝶――その躰を穿った。
「通ったッ――!」
天音の歓声が周囲に響いた。感染蝶の外皮を突き破り、砲弾や弾丸は白い血液を散らす。それを見たセブン、ナインの両名は泣き言を呑み込み、即座に射撃を敢行。同時にウォーターフロント側も攻撃が通る事に気付き、更にその弾幕を密にした。次々と感染蝶の体に被弾する砲弾、凄まじい猛攻であった。先ほどまで鱗粉を煌めかせ、優雅に宙を待っていた感染蝶が見る見るうちに傷ついていく。羽が欠け、外皮が剥がれ、白い血を撒き散らす。
「攻撃が通る、これなら――ッ!」
勝てると思った、GS発動から僅か十秒程度での決着。如何に強大な火力を持ち、極悪な感染能力を持とうと防御する術を奪ってしまえば鈍いだけの巨大な的でしかない。近付かれる前に堕とせる、そう思った。
瞬間、感染蝶が悲鳴を上げる。発声する器官なぞどこにも見当たらないというのに、しかしそれは悲鳴と呼ぶ他なかった。甲高い、金切り声。途端、周囲の感染体に変化が起こる。
「! 周囲の感染体が一斉に行動を――ッ」
海上や上空よりウォーターフロント目掛けて攻め入り、交戦していた感染体の行動が変化した。今の今まで感染蝶に攻撃を仕掛けていたASや高射砲に向かっていたのが、唐突に進路を変更、感染蝶の空けた穴や閉鎖されたゲートを破壊し、内部に侵入しようと攻撃を始めた。流石にウォーターフロント内部に侵入を許す訳にはいかない。感染蝶に放たれていた攻撃が周囲の感染体に割かれる、火力が分散する。それを見てセブンは舌打ちし、忌々し気に吐き捨てた。
「どこまでも悪足搔きを――!」
『警告、高熱源反応感知』
機体がアラートを鳴らし、疑似鼓膜を揺さぶった。警告音に意識を引っ張られる形で海上の感染蝶を見る。GSにより鱗粉を数多の砲撃を受け、内側を晒しながら尚も堕ちぬ。彼奴は正面に球体状のエネルギー――先ほどの光と同じものを収束させ、放とうとしていた。拙い、セブンは連射砲を手に叫び形振り構わず感染蝶に砲火を浴びせる。しかし、堕ちぬ。砲弾は身を抉り、千切り、吹き飛ばしているというのに。
感染蝶はその瞳をぐりぐりと動かし、己を縛り付ける存在に当たりを付けた。体が重い、頭上から何か巨大な質量が圧し掛かっているかのようだ。防御の為に撒いた鱗粉さえ、その質量によって海に叩き落とされた。それを為した小物はどれか――暫し逡巡し、その歪な瞳が刑部を捉える。四脚を駆り、奇妙な円柱を背中に生やした小粒の一つ。彼奴だ、感染蝶は頭上より己を押しつぶさんと迫るソレの発生源を本能によって嗅ぎ分けた。
狙いはひとり、人間一人蒸発させる程度など全力を出さずとも――容易い。
「刑部さんッ!」
ナインは感染蝶の狙いが刑部である事を瞬時に悟り、咄嗟に前に出た。あの、巨大な光から刑部を守ろうとしたのだ。しかし機械人形、AS一体分の壁など数秒と持たず蒸発するに違いない。ウォーターフロントの外郭甲板に大穴を開け、強固極まる外壁を貫通する威力だ。ASの装甲で防げる規模ではない。それでも庇わずにはいられなかった。ナインに続き、セブンや、天音でさえその身を盾にせんと動き出す。だがどれだけ壁を揃えたとしても――結果は変わるまい。
斯くして、極光は放たれる。
誰よりも早く飛び出し、その身を晒したナインは迫る光の波に目を細め、刑部は何かを口にしながらナインに手を伸ばした。例え届かぬと理解していようと、自分の為に命を捨てさせなぞしないと。
そして、巨大な光は二人を覆い隠し――
「こうなると思っていたわ」
しかし、光が二人を呑み込むより早く、巨大な装甲板を抱えた依織が二人の前に飛び出した。手に持ったそれはASの全長を覆い隠す程の大きさで、彼女がそれを構えて飛び出せば背後のナインと刑部は影に隠れる。そして極光が――着弾。
「っ、く――ぅッ!」
光が装甲板にぶちあたり、扇状に拡散する。依織は構えた装甲板より伝わる衝撃に顔を顰めた。先程、ウォーターフロントの外壁に穴を空けた光と比べ光は細く範囲は狭い。出力が下がっている証拠だ、しかし――AS一機で支えるには余りに強力な攻撃。衝撃に備える為に打ち出した脚部の固定ボルトが負荷限界で悲鳴を上げていた。
「く、草壁依織……ッ!」
「依織さん!?」
突如現れた増援、ナインと刑部は驚きの声を上げる。依織はそれを尻目に両手に力を籠め、深く息を吐いた。
草壁依織は感染蝶が出現する事を、『最悪のシナリオ』として想定していた。もし、自身の予測が正しいとして――相手の最終目標が人類の絶滅である場合、その最終手段には必ず感染蝶を用いると。
人類が感染蝶と遭遇した回数は凡そ四回。一度目はユーラシア大陸防衛戦、二度目は北アメリカ大陸陥落時、三度目はアフリカ大陸せん断作戦時、そして四度目が――日本列島、北海道防衛戦時。
たった四度、その四度で得られた情報はとても少ない。
感染蝶が『感染体』を量産できる事、彼の蝶の鱗粉を取り込んだ者は【例え死亡しておらずとも】感染体に変貌する事、そして強力な熱攻撃を放つ事。間違いなく、人類にとっても強大過ぎる壁である。
だからこそ依織は備えた――この装甲板は、その熱攻撃に備える為のモノである。たった四度の交戦記録、その記録から予想出来る熱量、攻撃規模を抽出し、研究廠に裏手で用意して貰った急造品。もし感染蝶が真っ先に狙うならば――彼に決まっている。
――グラフェン装甲、鋼鉄の十倍以上の強度を誇り、軽く、薄く、高い導電性、熱伝導性・耐熱性を誇る魔法の装甲。希少性の高いその材質をふんだんに利用し、これでもかという程に鋼材と噛み合わせ層を織った、実用可能な重量に落とし込んだ特別装甲盾。この盾ならば既存の兵装の火砲だって、真正面から耐えきって見せる。そう豪語した研究廠の友人に、依織は内心で毒を吐く。
これは――長くは防げない。
盾の表面がどろどろと溶け始めているのがセンサー越しに分かった。実弾ではない、エネルギー攻撃だというのに、脚部固定パイルが外郭甲板の床を削り機体が押し込まれる。腕部関節が軋みを上げ網膜ディスプレイに高熱警告のアラートが表示された。盾が抜かれるか、機体が飛ぶのが先か。
「ッ、く、仕留めてッ……早くっ!」
長くはもたない、依織は前傾姿勢のまま盾を押し込み焦燥に駆られながら叫んだ。
「っ、撃て、撃ちまくれェッ!」
セブンが声を上げ、小隊の面々は感染蝶に攻撃を集中させる。しかし、依然として周辺の感染体は狂乱した様にウォーターフロントへと迫る。火砲が感染蝶を削る、未だ極光を吐き出し続ける怪物は揺らがず。
「ぐ、っ……!」
「! 刑部さん」
不意に、刑部の体が揺れた。ディスプレイ越しに見える刑部の顔――鼻血だ。赤く充血した瞳に加え、流血が始まった。幾ら対象を絞り出力を落したとは言えVDSは諸刃の剣。それも、こう継続した使用を行っては。
「大丈、夫、だいじょうぶ、だ……ッ!」
歯茎を剥き出しにし、刑部は絞り出す。盾を支えながらそれを見た依織は内心で吐き捨てる。
――彼が力尽きるか、私が消し飛ぶか、或いは感染蝶が堕ちるのが先か。
事、此処に至ってはどちらが先に事切れるかの持久戦となった。盾が抜かれる、依織の機体が崩れるか、刑部が力尽きるか、それは人類側の敗北を意味する。反対にそれより早く感染蝶を削り切れば人類が勝利し、生き残れる。
『警告、機体ラジエータ稼働限界、機体温度上昇中、接続者危険域まで凡そ二十秒』
機体が発熱を始めた。冷却機構であるラジエータの処理可能な範囲を逸脱したのだ。機体関節のジョイントパーツが赤熱、盾を支える腕の関節、留め具が弾け飛び装甲板を打つ。地面に打ち込んだパイルに罅が刻まれ、依織の口から苦悶の声が漏れた。
「クソッ、堕ちろ堕ちろ堕ちろ! 堕ちろッ! 堕ちろォ!」
火砲が煌めく、砲弾が炸裂する、感染蝶の体が穴だらけになって行く。しかし堕ちない、堕ちてはくれない。寧ろ体に穴が増える度、放たれる閃光が強く瞬く。何故だ、何故堕ちない!? これだけの砲火を受け、何故!? セブンは焦燥に駆られた。見た目は満身創痍、そうれはそうだ、ウォーターフロントの全力砲撃を十秒以上に渡って受けたのだ、無事である方が可笑しい。しかし、それでも尚感染蝶は健在。周囲の感染体の攻勢も激しくなる、これ以上時間を掛ければ――。
『警告、機体出力低下、腕部装甲破損、機体温度上昇中、フレーム融解の恐れあり、接続者は直ちに接続を解除し――』
『兵装G装甲板、第六層融解、第七層破損』
依織の耳に盾が六層まで抜かれたとの報告が届いた、この盾は全十層、あと何秒持つか。
周囲の攻勢により感染蝶への攻撃が薄くなるばかり。無理だ、このままでは依織の盾が射貫かれ、刑部も死ぬ。セブンはそう確信し――覚悟を決めた。肩部の装甲を排除し、兵装を投げ捨てる。そして直ぐ近くで連射砲を撃ち続けるナインに叫んだ。
「ナイン! 近接兵装を寄越せッ!」
「!? 近接なんて……どうするつもりです!?」
「良いから寄越せッ!」
一瞬ナインの表情が歪み、逡巡する。しかし悩んでいる時間すら惜しい。ナインは腰に装着していたプラズマ・パイルをセブンに投げ渡す。セブンそれを受け取るや否や右腕部に装備しウィンドに命令を叩きこんだ。
『一番機、
重装の装甲を全て排除。それは余りにも命知らずな選択。装甲を排除すれば残るのは最低限の装甲とも呼べないような、接続者保護用用の防護板と骨格のみ。セブンはそのまま転落防止柵を蹴り飛ばし、感染蝶に向かってバーニアを吹かせた。そして一も二も無く――跳躍、突貫。重量の嵩む装甲を排除し、味方の砲火を掻い潜っての接近を敢行。
「セブンさんッ!?」
それを見たナインが悲鳴を上げる。今、感染蝶はGSの渦中にある。下手に近付けばGSに巻き込まれ海中に没すのは明らかであった。それが分からない筈がない。ましてや、味方の射線に身を晒すなど――しかしセブンはそれを見越し、感染蝶よりやや上方に機体を飛ばせた。火砲は識別信号によって自然とセブンを避ける。それにこの感染蝶を堕とすには後方からちまちまと削るだけでは足りない、そう確信していた。
コイツを落とすには相応の覚悟が必要なのだ。文字通り、命を擲つ程の――今、矢面に立っている依織や刑部と同じ領域に踏み込まねば感染蝶は堕ちない。
GS圏内に到達した瞬間、セブンの機体が軋みを上げ高度が一気に堕ちた。バーニア、スラスターは可動しているというのに、これが重力の渦。
「ぐッ……!?」
急激に体が重くなる。機体が悲鳴を上げる。セブンの耳に機体が軋む金属音と共にアナウンスの声が響いた。
『機体過負荷、自動姿勢制御、重大な問題が発生しています』
機体はGSの力に押し負け落下を開始した、狙い通り感染蝶の上部へと。
――私は、小隊の長だ。
「お、ぉ、ぉおッ……!」
セブンはプラズマ・パイルを振り上げ、落下の勢いに身を任せた。
機械人形であり、隊長である己が命を張らず――何が長か。
守るぞ、今度こそ、絶対に!
落下と同時にパイルを振り抜き、感染蝶へと着地・着撃。出力最大のプラズマ・パイルを叩き込む。感染蝶の頭部に青白い閃光が瞬き、一瞬で貫いた。感染蝶の外皮は見た目よりも固いが、ドレッドノートには及ばず。射出された金属杭は外皮を打ち貫き、更に内部に深く腕を突っ込む。白が視界一杯に噴き出し、顔や腕を一色に染め上げる。突きこんだ腕を更に深く、押し込む。右腕全てを感染蝶に突き入れるようにして、その肉を穿った。流石に頭部を穿たれたのは効いたのか、その巨躯がぐらりと揺らぐ。しかし、これで終わらせるつもりはない。
「冥土の土産に、くれてやる……ッ!」
『右腕部排除――警告、接続者の右腕部接続の解除が行われていません、接続者は直ちに――緊急排除コマンド確認、衝撃に備えて下さい』
セブンはウィンドを開き強制コマンドを実行、己の右腕ごとASの腕部を排除させる。固定していたボルトが弾け飛び、肩口からASの腕部が切り離される。無論、そんな事をすれば接続者の体も道連れだ。その場に置き去りにする形で千切れるセブンの右腕、ぶちっと繊維の引き裂かれる音、強化骨格が引き抜かれる音が響き、その断面から人工血液が噴き出し感染蝶の白と混ざり合った。埋め込んだ右腕を眺めながらセブンは笑う。
『右腕部兵装、出力限界値突破――自壊処理』
突き入れた兵装はセブンのAS管理下より切り離され内部エネルギーを暴走させる。本来これは自身の兵装が意図しない誘爆を起こさないよう、投棄と同時に自壊させる為のシステムである。それをセブンは即興の爆弾として利用した。感染蝶の中に突き入れたプラズマ・パイルが指令を受け爆散、炸裂。セブンのASを押し出すような爆発が起こり、感染蝶の頭部が大きく抉れ、弾け飛んだ。四方に白血を撒き散らしながら痙攣する巨影、見れば羽搏きは止まり。その姿勢が崩れ、極光が空へと逸れていく。
同時に刑部のGSが停止、重力の渦は消え去り感染蝶の亡骸と共に海へと落下するセブン。このまま海面に叩きつけられるか――セブンがそう覚悟を決めた瞬間、感染蝶の亡骸を蹴飛ばし機体を掴んだ影があった。はっと、セブンは背後を見る。
「……天音」
「ッ、無茶をしますね、セブンさん……!」
背後には、セブンの機体を掴んだまま浮遊するセブンのASがあった。飛行型ではないASに長時間の飛行能力は備わっていない。天音はセブンを回収し急ぎウォーターフロント外郭甲板へと降り立った。セブンは地面に足が着くや否やその場に崩れ落ち、千切れた右腕を庇う様にして顔を歪ませる。痛覚は切っていた、しかし腕が無くなるというこの違和感ばかりはどうにもし難い。
感染蝶が海に落ちて行く――その様を見て、内心で安堵するセブン。
『VDS停止、GS射出力場生成装置停止、ライン減圧開始、緊急冷却――』
「ぐッ」
同時に刑部の機体がアナウンスを流す。GSに続きVDSも停止し、緊急冷却措置が開始される。大量の脂汗を流し、ぐったりと上体を倒す刑部。
「刑部さん!」
倒れそうになった体を咄嗟にナインが支えた。刑部の体は発熱し、異様な熱を持っている。彼の機体は蒸気を吹き出し、脊椎接続に至っては周囲の景色が歪んで見える程の排熱。ナインはそんな状態の彼を見てくしゃりと表情を歪めた。
「すみません、守るなんて言って、結局貴方にこの兵装を――!」
「良いんだ、これしか、なかった……それに」
刑部は息も絶え絶えに呟き、自身の装甲に包まれた顔面を指先で叩く。
「鼻血だけで、済んだ……僥倖だ、俺は皆に守られたよ」
ナインはその言葉に何と返せば良いのか分からなかった。中途半端に表情が固まり、泣き笑いのような顔を浮かべてしまう。
「俺の事より――」
刑部は前に目を向け、指差した。赤く発熱した盾を投げ捨て、へたり込む依織。彼女は荒く肩を上下させながら何度も半ば溶けかけた両手の指を閉じては開いてを繰り返していた。痛覚が鈍い、甲鉄を溶かし皮膚に張り付いているのか、余り考えたくはなかった。
「依織、無事か?」
天音に支えられ、辛うじて立ち上がったセブンが問いかける。依織は煤けた両手を暫く眺め、それから手を握り締め笑って答えた。
「えぇ、お陰様で……貴女もその腕、大丈夫なの?」
「問題ない、痛覚は切ってある、それに右腕一本であの感染蝶を堕としたんだ、表彰ものだろう?」
応えるように笑うセブン、そして不意に周囲から音が遠ざかっている事に気付いた、見れば周囲を埋め尽くしていた感染体が次々と退いて行く。全員がその光景を見つめ、呟く。
「感染体が、退いていく」
「終わったのか」
「取り敢えずは……ね」
セブンの言葉に依織は答え、重い溜息を吐き出した。ウォーターフロント中に鳴り響いていた砲火がゆっくりと形を潜める。終戦――エイハブこそ逃がしたが、ドレットノートに感染蝶の撃破。小隊の戦果としては十二分過ぎる。消えていく感染体に追撃の砲撃が放たれるが数は少ない、追い込むだけの戦力と気力が此処には残っていないのだ。ナインは刑部の腕を掴み、口を開く。
「それより早く刑部さんをメディカルセンターに、それと依織さんも……セブンさんはメンテナンスルームですよ」
「私は大丈夫よ、別段、熱かっただけだし――」
「何を言っているのですか、少なくとも感染蝶が出たのです、甲板に出た人間は一度検査を受けるべきです」
「……御尤も」
依織は肩を竦め、ゆっくりと立ち上がる。感染蝶の鱗粉を内部に持ち込む訳にはいかない、少なくとも甲板に出たASは徹底洗浄しなければならないだろう。見れば既に複数の洗浄BOTがゲート付近に駆り出されている。甲板上には味方の死骸に感染体の死骸、機械の残骸、酷い物だ。依織はそれらから目を逸らし、指先から伝わる鈍い痛みに顔を顰める。
「天音さんも、依織さんと一緒に中へ……それと、刑部さんを頼めますか? 私はセブンさんをメンテナンスルームに」
「え、あぁ、うん」
天音はナインの言葉に従い刑部の傍に駆け寄ると、ナインは入れ替わる形でセブンの肩を支えた。
「刑部君、大丈夫?」
「あぁ……前に比べれば、全然」
天音に支えられた刑部はそう強がりを口にする。前に比べればなどと言うが、その前回は全身から血を吹き出しての昏倒である。比較出来たものではない。ナインはセブンの消失した腕に目を向け、目を細める。
「……随分と、無茶をしましたね」
「必要な無茶さ、それに刑部を――皆を守れるなら、無茶のひとつやふたつするとも、高々腕一本、安いものだ」
そう言って笑みさえ浮かべるセブン。本心なのだろう、彼女からは後悔や悲壮という感情が全く伝わってこない。ナインはそんな彼女を見て、その覚悟に敬意を抱いた。同時に悲しい、とも思う。
自分達は機械人形である、手足の代わりなど部品が在れば幾らでも替えが利く。故に切り捨てる事に躊躇いなどない――そんな筈、ないだろう。
心ある彼女達は人間以上に己の体に固執する。特に、機械人形の真実を知った者ならば尚更。確かに己の体は機械である、腕の一本、足の一本、消失した所で組み換えれば良い話、それは確かだ。しかし、己の腕を、足を、眼球を、臓器を、組み替える毎に不安になる。
その手足を付けた私は、私か?
初期素体で生産された己が『己』であるのならば新しい手足、新しい臓器、新しい目、鼻、口、耳を付けた己は本当に『己』であると言えるのだろうか。そんな漠然とした不安を抱くのだ。人間ならば遺伝子が、DNAが己を証明するだろう。しかし機械人形にそんなものは存在しない、生まれた時と全く異なるパーツを身に着け、内側の機構さえ組み替えられた自分をどうして自分と断じる事が出来ようか。
だからこそ彼女たちは『己』に固執し、アイデンティティを求める。自分を自分たらしめる【何か】を欲している。確か人間は――それを心と呼んだか。
「それに……結局刑部には、VDSを使わせてしまった」
「……使用時間は長かったですが、対象は感染蝶単体に範囲も広くありませんでした、本人も前回ほどの負荷ではなかったと言っていました」
「それでも」
ナインの言葉を切り、セブンは唸るような声で告げる。
「使わせてしまった事を、私は悔いているよ……」
「………そう、ですね」
悲痛な表情であった、それはセブンも、ナインも。ややあって、ナインは視界を切る。慌ただしく周囲を駆けて行く仲間を見つめながら、口を開いた。
「でも」
セブンを掴む手に力を籠め、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「今は、生き延びた事を喜びましょう」
二分割しようと思いましたがどこで切れば良いのか分からないのでそのまま投稿しました。
ストックが切れたので暫く書き溜めします。