鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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第33話

 

「回収機回して! 四番から十一番まで全部使うから! 後そこの無人機邪魔っ、誰こんな所に止めたの!?」

「タンカ! タンカ持ってきて、早くッ! 出血が酷いからっ、それと洗浄機!」

「人形は後回しにしろ! 先に人間だッ、搬送急げ!」

「落水した連中の引き上げ早く! バックスで手が空いている奴は第四甲板に!」

 

 ASを降りたセブンとナインの二人は肩を寄せ合い歩く。片腕を失ったセブンは覚束ない足取りで、それを補助する様にナインは歩調を合わせた。左右を慌ただしくバックスが駆けて行く、洗浄を受けやや水気の多い肌に触れながらセブンは告げる。

 

「忙しないな」

「仕方ありません、感染体が退いたとはいえ次いつ来るかも分かりませんから」

 

 周囲を見渡すセブンはハンガーに並び立つASに目を止め、寂しそうな色を表情に乗せた。視線を追えば其処には薄汚れ、破損したASが釣り下がっている。しかし同じように伽藍洞のハンガーも目立った。未帰還者――撃墜、或いは破棄されたASの居場所だった。

 

「ASも、減りましたね」

「内部侵攻を防いだだけでも、儲けものだ――だが、次は恐らく」

 

 言葉を途中で切り、セブンは沈痛な面持ちで俯く。並んだASは全体の三分の一程が欠けていた。今回の戦いでウォーターフロントは保有する戦力の三分の一を削られた。感染蝶を堕とせたのは確かに大きな戦果だ。しかしこの損失、次の戦いでは更に苦戦を強いられるのは目に見えている。

 

「次は、次こそは、刑部にアレを使わせず……ぐぅッ」

 

 セブンが不意に呻き、体を丸めた。痛覚を切っているのに痛みが走ったのだ、恐らく損傷によって痛覚遮断機能が上手く働いていない。ナインはそんな彼女の腕を掴み、肩に回して引き起こす。

 

「メンテナンスルームに行きましょう、今は修復に専念を、まずは腕を直してからでしょう」

「あぁ……そうだな」

 

 素直に頷き、顔を顰めながら歩き出すセブン。しかし、その進行方向より見知った顔が駆けてくるのが見え、二人の足が止まった。人影は忙しなく駆けまわるバックスの間を縫い、二人を見つけやや驚いた表情を見せる。

 

「! セブン」

「……源か」

 

 見知った顔は源であった。彼女は二人を見た後、セブンの消失した腕に視線を移し、その眼を細めた。

 

「その腕……やられたのか」

「あぁ、感染蝶にぶっ刺してやった」

 

 痛みを噛み殺し虚勢を張って笑い告げる、この程度何でもないと。強がりである事は明らかであったが、それ以上源が言及する事はなかった。彼女は二人の傍に目当ての人物が居ない事を認めると、やや焦燥した様子で問いかける。

 

「刑部は?」

「……VDSの反動で、今はメディカルセンターに」

「使ったのか……!」

 

 声は驚愕と、同時に怒りを孕んでいた。それは二人に対して放たれたものか、或いは自分自身に向けられたものか。その言葉に二人の表情が歪む。源は片手で顔を覆うと、強い後悔を滲ませながら絞り出すように言った。

 

「いや、同じウォーターフロントに居ながら駆けつけられなかったのはアタシも同じだ、テメェを責めはしねぇよ……だが、クソッ!」

「今回の使用は限定的で、負荷は軽いと本人が言っていた、何の慰めにもならないが、前回よりも余裕はある様に見えた」

「……そうか」

 

 セブンの言葉に源は数秒、深呼吸を繰り返し呼吸を落ち着ける。確かに何の慰めにもならない、事実ちっとも荒れ狂う感情は収まらない。強く唇を噛み締め二人を一瞥すると、踵を返した。

 

「アタシはメディカルセンターに行く」

「あぁ――源」

 

 そのまま二人の元を離れ、メディカルセンターへと足を速める彼女の背中にセブンは声を掛ける。人の行きかう喧騒の中でも、その声は源の元に届いた。足を止めた彼女は振り向かず、言葉の続きを待った。

 

「私個人としては、お前の事を好いていないが……気持ちは同じだと、信じて良いのだな?」

「………」

 

 ナインに肩を貸されたまま、セブンは真剣な面持ちで問いかける。それは彼女なりの『探り』であった。セブンという機械人形は源という機械人形を個人的に好いていない――だが、信頼という意味では逆だ。それは刑部という共通の守るべき存在を抱えているが故。彼女が真に刑部を想っている事は先ほどの表情からも良く分かる。だからこそ、今問わなければならないと思った。喧騒が周囲の音を攫い、源は答えない。ややあって彼女は僅かに肩を上下させると、肩越しに二人へ視線を投げ言った。

 

「アタシの行動理由は、ずっと前から変わっちゃいない、信じるのは勝手だ、アタシはアタシで勝手にやる……それだけだ」

 

 瞳からは何の感情も読み取れない、声色は平淡で抑揚がない。しかしその奥には煮え滾る様な信念が見え隠れしていた。源はそのまま振り返る事無く、今度こそ二人の前から去っていく。その背中を見つめながらナインは口を開いた。

 

「セブンさん」

「……近い内に、彼奴にも話す必要があるかもしれないな」

「それは」

「信頼できる味方ならば、増やした方が良い」

 

 誰が味方で誰が敵かも分からないこのウォーターフロントで、信頼出来る人物など片手の指か、多くとも両手の指で数え切れる程。ナインはセブンの言葉に反論せず、小さく頷くと彼女の腕を抱え直しゆっくりと歩き出した。

 

 

 ■

 

 

「ぐっ、痛ぅ」

 

 医療区画、メディカルセンター室内、白に塗れたその部屋で刑部は己の頭を抱えて唸る。途切れ途切れの意識を何とか保ち、洗浄を受けた後天音に抱えられこの部屋にやって来たのは僅か数分前。担当の医療人形は刑部の腕や頸にケーブルを刺し込み、負傷した部位を再生膜で覆って、後は部屋を出て行った。刑部の他にも今回の戦闘で負傷した人物がいるのだろう、そうでなくともメンテナンスルームに人手が欲しい筈だ。今回の戦闘でAS乗りである機械人形が大打撃を被ったのだから。

 

 刑部の方は幸い、体の方は重症ではない。其方は時間が解決してくれる、刑部は天音に頼み込み持ってきた貰った錠剤を口に含みながら笑った。鼻と目からは赤色が時折流れ落ちて止まらない、最初は一々拭っていたものの今は億劫でそのまま垂れ流していた。その為刑部の手元や衣服の一部は赤い染みが滲んでいる。

 視界もぼやけ、頭は焼けるようだ。

 

「……でも、前よりは良い」

 

 呟き、震える両手を柔く握っては開いてを繰り返す。気絶する程GSを使用した時の後遺症と比べれば可愛いものだ――それに今回は、何も摩擦していない。

 

 大丈夫、刑部は呟いた。頭の中に皆の名前を順次思い浮かべる、大丈夫だ、誰も忘れてなどいない。眠りにつかないのは恐ろしいからだ、今ここで意識を失って、次目覚めた時――何かの記憶を、誰かの顔を失っていると思うと恐ろしくて仕方がない。だから刑部は赤を垂れ流しながら震えた両手を何度も握りしめ、大丈夫と繰り返す。

 

「随分と無茶をしたな」

「! 先生」

 

 不意に声が響いた。大丈夫と呟き、自失していた刑部の耳に届いた声。はっと顔を上げ、扉に目を向ける。そこにはいつの間に入室していたのか、刑部が先生と慕う人物の姿があった。

 

「良い、楽にしろ」

 

 咄嗟に刑部は体を起こそうとするも、蓮華はそれを手と声で遮る。刑部は寝床に背を預けたまま、傍に立つ蓮華を見上げた。彼女の瞳から感情を読み取る事は出来ない。ただ蓮華は血を流し無数のケーブルと再生膜に覆われた刑部を見つめ、問うた。

 

「状態はどうだ」

「悪くはありません、出力を絞ったのが正解でした、常の四分の一以下の出力かつ、極狭い範囲での展開でしたから……鼻血を出す程度で済みましたよ」

 

 刑部はそう言ってへらりと笑い、それから自分が未だ血を流したままである事に気付き、慌てて口元を拭った。しかしそれは寧ろ赤を頬に広げる結果となり、刑部の左頬が血で汚れる。しかし本人はそれに気付かず、力なく笑い続ける。

 

「だから俺は無茶なんてしていませんよ」

「……お前の事ではない、小隊の連中の事だ」

 

 蓮華はそんな刑部を無機質な瞳で見つめ、溜息を吐き出す。

 

「皆の様子は、どうですか?」

「天音、依織共に大した怪我はない、草壁依織の方は両手に多少の火傷を負ったそうだが、まぁ命に関わる程ではない、感染蝶による変異の様子もなし、汚染値は基準以下だ」

「そうですか……良かった」

 

 刑部はそう言って胸を撫で下ろす。何度繰り返しても変わらない――蓮華は安堵する目前の男を見てそう内心で零す。自分より他人の心配か、それが妙に腹立たしく、蓮華は目線を逸らしながら言葉を続けた。

 

「セブンとナインと云ったか、機械人形の方も二日あれば素体修復も終わる、何なら今回の戦闘で機能停止した機械人形が掃いて捨てる程生まれたからな、補填用の素材には困らないだろうよ」

「吐いて捨てる程の余裕は、今の人類にありませんよ」

 

 蓮華の言葉に刑部は困ったような表情で言った。機械人形の欠損を補う為の素材、という意味であれば確かに困らないだろうが、そもそもの絶対数が不足しているのだ。補うべき機械人形が存在せず、その補間部品ばかりが溢れても仕方ない。完全破壊された機械人形の骸は再利用が出来る。しかし、だからと言って直ぐに機械人形が補填出来る訳ではないのだから。

 

「先生はFOBの方に?」

「あぁ、同じ時間帯に吾の居たFOB2にも襲撃があった」

「撃退は――」

「吾が居るのだぞ? 負ける筈があるまい」

「流石先生」

 

 胸を張る事無く、至極当然の事である様に蓮華は言う。その態度に刑部は微笑み、やはりこの人は強いなと思った。肉体的にも、精神的にも。

 

「でも、FOB2に襲撃があったという事は」

「無論、FOB3にも襲撃があった」

「……あそこの担当は惣流さん、でしたよね」

「そうだ」

 

 刑部の言葉に蓮華は頷く。基本的にVDSを搭載した四脚型ASは分散して配置される。そしてFOB2の防衛を担うのが蓮華であるとすれば、FOB3の防衛を担っていたのは惣流と呼ばれる人物であった。刑部は惣流と面識がある、少ないVDS搭載機だ、知らない筈がなかった。蓮華はじっと刑部の顔を見つめながら、何でもない事の様に告げた。

 

「彼奴は死んだよ」

 

 声は乾いていた――刑部は一瞬、息を詰まらせる。

 また一人、知人が死んだ。初めての事ではない、別段深い仲だった訳でもないが。顔を見知った相手が死ぬというのはどうにも、慣れる気がしない。

 

「そう……ですか」

「あぁ、出現した感染蝶とGSで相討つ形で」

 

 二人の間に沈黙が降りる。刑部の右目から血涙が流れた。それを指先で拭い、刑部は二度、三度、指先を握り締める。大丈夫だ、刑部はもう一度呟いた。

 

「……感染蝶が、FOB3にも?」

「そうだ、吾の防衛していたFOB2にも出現した、ウォーターフロントとFOB2、FOB3、同じ時間帯に、図ったかの様にな」

「あれが三体ですか、これでまだ本腰を挙げていないというのだから、堪らない」

 

 吐き捨てるように、或いは絞り出すように言う。肩を落とし、唇を噛んで俯く刑部の首筋を蓮華は見つめた。少し強く握りしめれば折れてしまいそうだと思った。肌の白に、血の赤が混じっている今は特に。人間は――弱い。それは精神的にも、肉体的にも。

 

「委員会からの連絡にあった感染体の大侵攻――【これの後】が本命、なんですよね」

「恐らくは、今回の戦闘は本格的な侵攻の前の前座……そして次の戦闘こそが貴様の使い処となる」

 

 冷酷な宣言だ、しかし淡々と刑部は頷いて見せる。先任が逝った、そして蓮華という最大戦力を温存する為にも人類の切るカードは限られている。今回のGSはやや変則的であったが、どうにかこうにか耐え凌いだ。ならば後一発程度、己の命を全て使い潰す覚悟であればどうにでもなる。

 

「今回の戦闘でVDSによるGS攻撃が感染蝶にも有効である事が分かった、彼奴には今の今まで碌に攻撃が通らなかったからな――吾々は感染蝶に対する切り札に近い、尤も、使い捨ての切り札……否、これでは切り札とは呼べんか、棄て札と言うべきだな」

 

 どこか自嘲気味に蓮華は言う。確かに、切り札というよりはいつ使えなくなるかも分からない棄て札に近いかもしれない。それは刑部もそうだし、より適正に優れた蓮華にも当て嵌る。一度撃つ毎に壊れる確率はより高まる、全力で放つならば尚更。ならばより効率よく、使い所を見極めなければならない。そして自分はその尖兵として挑むのだ。

 

「――多少予定に変更はあるが、敵の大侵攻に合わせウォーターフロントを中心に最大出力でGSを放つ、範囲、威力、索敵数、共に尋常な計算量ではない、恐らくニューロナノマシンは焼き切れるだろう、脳過負荷は免れまい――発射中に絶命する危険すらある、やれるか?」

 

 蓮華は血に塗れ、青白い顔で俯く刑部に告げる。緩やかに顔を上げ、彼は笑う。力ない笑みだった、しかし其処に悲壮や後悔はない。

 

「根性で耐えますよ、先生にそう教わった」

「―――」

 

 一瞬、蓮華の表情が歪んだ。ミシリと握りしめた手が軋みを上げる。脳裏に過るのは刑部が未だ右も左も分からなかった新米時代、ASでの戦闘はおろか機動すら覚束なかった頃の記憶。

 

「刑部、貴様は――」

 

 込み上げた激情を吐き出そうとして、寸で踏み留まる。刑部はどこか不思議そうな表情で蓮華を見上げていた。

 中途半端に紡がれた言葉、二度、三度、声を発する事無く蓮華の口が開閉する。彼女らしからぬ葛藤。己は何を言おうとした? 蓮華は自身に問いかける。今更、何を問いかけるというのだ。『こういう風』に刑部を導いたのは己だろう、そういう風に言い聞かせ、鍛え上げたのだ。それを理解して尚、何を問おうと云うのか。

 胸に込み上げる自己嫌悪の念。しかし、蓮華の口は吐息を漏らす。

 ややあって、彼女は絞り出すようにして問うた。

 

「逃げようと思ったことは、ないのか」

「……逃げる?」

 

 彼女らしからぬ問いかけだった。まさか蓮華からそんな言葉が出るとは思ってもおらず、刑部は面食らう。蓮華という人物が『逃げる』という言葉を口にするなど、数分前の刑部に言っても信じなかっただろう。一度口にしてしまえば後は容易い、蓮華は視線を横に逸らしながら捲し立てる様にして言った。

 

「貴様一人でも、或いは他所の誰かを連れても構わぬが、此処から脱柵し安穏に逃れるという選択肢はないのか」

「……難しい事を言いますね、先生」

 

 数秒考え、刑部は苦笑を零す。

 

「俺は元々、身を削って生きていた人間です、必要に迫られた訳でもなく、ただ誰かに必要とされるからと、それが安心できる唯一の方法だからと……触れていないと、不安なんです、何故自分が生まれて来たのかすら分からなくなる、この性質は多分、死んだくらいでは治りません」

「……あぁ、良く知っているよ」

 

 暗に、逃げるつもりなどはないと――そういう事だ。その答えは予測出来た、そういう人間である事を知っていた。

 

「馬鹿な事を聞いた、忘れろ」

 

 口元を歪ませ、告げる。分かっていた事、なのに自分は何を今更。蓮華は顔を逸らしたまま、拳を軋ませた。

 

「そうだ、貴様は一度たりとも――」

「……先生?」

 

 刑部が彼女を呼ぶ。しかしそれに反応を返す事無く、蓮華は踵を返し扉の元へと足を進めた。足は鉛の様に重かった、それを引き摺って顔を見せぬまま呟く。

 

「反動が少なく済んだならば是非もない、次の感染体侵攻に備えて体を休めろ……良いな」

 

 

 ■

 

 

 ウォーターフロント襲撃から凡そ二日後の朝。未だ襲撃の痕が色濃く残り、厳戒態勢が維持されている中、休憩所に幾つかの人影があった。その人影はナイン、セブン、依織のものである。彼女達は常と異なる外行き用の私服に身を包み、顔を突き合わせている。突然セブンに呼び出され、仔細を聞いた彼女は訝し気な表情で問うた。

 

「本当に行くのですか? まだ警戒態勢は維持されていますし、今持ち場を離れるのは拙いのでは――」

「今だからこそだ、まだ小隊には補給期間が設けられているからな、合法的に内側に赴ける内に済ませておきたい、それに刑部のASの調整もあるし、多少時間にゆとりがあるのは今だけだ、また侵攻が探知され警戒態勢から防衛態勢に移った後では内側に行く暇がない」

 

 新しく装着した腕を確かめるように回し、セブンは云う。その言葉にナインは引き下がり、やや不満そうな表情で頷いた。

 

「……依織さんもご一緒に?」

「えぇ、私のASもまだ本調子じゃないから、そうでなくとも人間は色々と融通が利くの、今が攻め時よ、ナイン」

「はぁ、分かりました……お付き合いしますよ」

「悪いな、無茶をさせる」

「いえ、正直に言いますと、慣れました」

 

 どこか呆れた様子でそう告げるナイン。三人は笑い合って、静かに休憩所を後にした。内側へは基本的にモノレールを使用して向かう。ウォーターフロントは中央区、最終隔壁、内側(セーフゾーン)、第二隔壁、外側(アウトゾーン)、第一障壁、防衛基地、外郭甲板で構成されている。防衛基地から内側に直通で向かうには、第一隔壁、外側、第二隔壁を飛び越えなければならないので、外側と内側の各ブロックには専用のモノレールが用意されていた。防衛基地から許可があれば、基本的に誰でも利用できる。しかし、やや離れた場所にあるので少し歩く。ターミナルへ行くには、まず基地後方の検問所を抜ける必要があった。セブン、ナイン、依織の三名は設置された自動端末に許可証を翳し、それから顔をカメラに映す。ナインの分の許可証は既にセブンが都合していた。元々自分に拒否権などない事を知ったナインは辟易としたが、今に始まった事ではないので内心で溜息を吐くだけに留める。人通りの少ない検問所をパスし、基地を後にする。

 

 プラットフォームには、人が溢れていた。基地から少し歩き開けた空間に出る。高い天井に蛍光灯が並んでいる。昔を知る者がこの空間を見れば一昔前の国際空港の様だと言ったかもしれない。勿論、実際のそれと比べれば彩りは地味だし、電子掲示板や広告の類は驚くほど少ない、必要なものを必要な分だけ設置されたその場所は広さに反し酷く殺風景に見える。セブンは電子掲示板を見上げながら視線を右に左に揺らす、ややあってナインが掲示板の一つを指差し、「あれですね」と言った。

 内側行きの、最も早いモノレールだった。

 三人は発着場へと続くエスカレーターに乗りながら、周囲を見渡した。基地と比べるとやはり、人が多い。基地の人間以外にも、外側や内側の人間が出入りしているからだろう。基地では珍しい生身の人間も此処にくるとちらほらと目にする事が出来た。

 

「そう言えば内側はナインの古巣か」

 

 エスカレーターの肘掛に身を預けながら、セブンが言った。前に立っていたナインが振り返り答える。

 

「別段、私だけだとは思いませんが……依織さんも元々内側の出身では? 刑部さんもそうですし」

「えぇ、私もAS乗りをやる前は、内側に居たわ」

「そうだったのか、まぁ確かに依織は内側出身という感じがするな」

「セブンさんは余り内側に足を運んだ事がないので?」

「全くないという事はないのだが、如何せん機会がなくてな」

 

 同期の機械人形は度々通っている様だが、今では行く気にもならない。そんな時間があるのなら、刑部の傍に侍っていたい。そんな事を思い乍らセブンは答えた。ホームに到着すると丁度発車するタイミングだったようで、三人は慌てて駆け込み乗車。背後で扉の閉まる音を聞きながら、安堵の息を吐き出す。

 

「ふぅ、間に合った」

「もう少し、早く来れば良かったですね」

 

 ナインの言葉に頷きながら三人は比較的空いている車内を見渡した。椅子は壁に備え付けられた最低限の数のみ、そも機械人形は座る必要も無く、車内で座っている人間はいなかった。硝子越しに流れる風景を見つめ、セブンは呟く。

 

「……いつ見ても、物々しい景観だな」

 

 視線の先にはぐるりと街全体を囲むようにして障壁が張り巡らされている。此処から目に見えるのは第一防壁と呼ばれる防衛基地の背後に聳え立つ壁である。第二、最終障壁は敵の侵攻に合わせ展開され、街を区切り外敵の侵入を防ぐ。障壁はぶ厚く、まるで巨大なドームの様。上を見上げれば空模様が確認出来るものの、それが外のカメラによって撮影されたものをディスプレイ上で再現しただけの偽りの空である事を彼女は知っている。ナインはセブンの隣に立ち、その景色を眺めながら言った。

 

「万が一の時の障壁は必要です、それでも大型種がやってくればものの数秒で突破されてしまうのでしょうが」

「この障壁が機能する状況というのは、外郭甲板と防衛基地が抜かれた場合のみだから正直詰みね、そこから盛り返すだけの戦力は内側にないもの、一応気休め程度の自動砲台はあるけれど……BOTで処理できる数なんて知れているわ」

「守られているという心理的な安心感はあるだろうな、見えないというのは存外安心出来るものだ」

「っと、此処ですね、セブンさん」

「あぁ、降りるぞ」

 

 モノレールが目的地に到着し、幾人かの人に混じって三人はホームへと降りる。ホームからは直接階段が伸びており、そのまま検問所を抜け内側へと踏み込んだ。内側は基地と異なり人々の喧騒で溢れている。此処だけ見れば人口の減少など感じられない。道には幾つかの輸送車両と、空には配達ドローンが飛び交っていた。セブンは手元の端末を操作し、依織から共有されていたマップデータを表示し、翳す。

 

「此処から少し歩くな」

「向こうね、行きましょう」

 

 マップを参照し歩き始める三人。目的は指定された公衆端末へのアクセス。そしてそれは内側の中でもやや外側寄りの場所にある。比較的真新しく、清掃の行き届いた区域から歩いて十数分程。薄暗く、等間隔で設置された街灯のみが周囲を照らす区画へとやって来る。こんな所に端末があるのかと疑問に思い、再度マップを確認する。

 

「指定された場所はこの辺りだが……」

「あれじゃないかしら?」

 

 告げ、依織が指差す。その先には確かに、硝子に覆われたやや古い公衆端末が鎮座していた。四隅の塗装が剥がれ、地面と壁に一体化したソレは埃を被っている。余り使用される事がないのだろう。こんな路地裏、それも中央から離れた場所にあるのでは然もありなん。

 三人が近寄り、代表してセブンが端末にアクセスし操作した。

 

「確か番号は――貸金庫【B-34番】、暗証番号は【32897】だったな」

 

 呟き記憶していた番号を打ち込むと、暫くして駆動音と共に壁の搬出口から貸金庫が顔を覗かせた。貸金庫の大きさはほんの三十センチ四方、鍵の開く音と共に貸金庫のロックが解除される。セブンが背後の依織とナインに目線をやり静かに告げた。

 

「開けるぞ」

「……念の為、依織さんは下がっていて下さい」

「えぇ、分かったわ」

 

 ナインは後ろ手で依織を下がらせ、壁になる様にして立つ。万が一爆発物が入っていた場合、その熱波より彼女を守る為だった。ナインも最大限注意を払い、静かに貸金庫に手を掛ける。その重厚な見た目に反し貸金庫の扉は軽々と開いた。

 中に入っていたのは指先で摘まめる程の小さなメモリチップ。依織から聞いていた通りのもの、一応内壁や奥側に何らかの仕掛けがないか探ったが特にそれらしいものはなし。セブンはゆっくりと入っていたチップを取り出し、翳して見せた。

 

「……これが例の端末用のメモリチップか?」

 

 外見に可笑しいところはない。セブンは表裏を良く観察した後、手持ちの端末にチップを差し込もうとした。しかし、寸前でナインがその手を掴み苦言を呈す。

 

「迂闊に接続するのは危険です、セブンさん」

「大丈夫だ、コイツは使い捨ての端末だ、中にデータは入っていない」

 

 手持ちの揺らし、薄っすらと笑みを見せながらそう告げるセブン。まさかそんなモノを用意していたとは知らず、ナインはやや驚いた表情を浮かべながら言った。

 

「いつの間にそんな物を?」

「金は余っているしな、第一こんな回りくどいやり方をする相手だ、二重三重に足跡を辿る事になるとは思っていた、備えあれば憂いなし、だ」

 

 入っているのがメモリチップと聞いた時からセブンは万が一に備え、データの入っていない新品の端末を都合していた。無論、安くはなかったが必要な出費だ。下手に自身の端末に差し込みデータを抜き取られる、或いは破壊されるよりはマシだ。何の情報も入っていない端末ならば問題ないとナインが頷き、セブンは改めてチップを差し込む。するとチップの内部データを端末が読み込み、そのまま自動再生機能が働いた。

 

「これは……位置情報に、電子鍵か?」

「集合住宅の一室ですね」

「これの持ち主の住んでいる場所かしら?」

「いや」

 

 依織の言葉をセブンは首を振って否定する。

 

「恐らく此処に直接通信出来る類の何かがあるのだろう、其処まで取りに来いという事だ」

「――罠の可能性もあります」

「否定はしない」

 

 しかし、だとしても唯一の手掛かりらしいものを捨てる選択肢は取れない。表示された位置情報を記憶し、セブンは踵を返し歩き出した。

 

「行くぞ、どちらにせよ行かないという選択肢はないのだ」

 

 

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