鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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第4話

 

 深海天音にとって、男と云うのは良く分からない生き物だ。

 

 貧困街出身で人類生存圏の最も外側(アウトゾーン)に住居を構えている天音にとって、人類生存圏の内側(セーフゾーン)に集められているという【男性】という生き物は、電子情報でのみ目にする様な存在だった。

 

 男性がその数を大きく減らしてから生まれた人類も少なくない。天音もその内のひとりだ、母が健康に生きていた時代はまだ男性不足が叫ばれる程ではなかった。本土も残っていたし、こんなウォーターフロントなどという場所に押し込まれる事もなかったのだから。

 

 天音の父は第二次徴兵令によって戦場に向かったらしい。その後は語る必要もない、家には天音と母、そして未だ成人していない妹が二人。つまりは、そういう事だ。

 

 元々、徴兵によって兵役に就いた者の家族は内側(セーフゾーン)に住まわせる予定であったと聞く。第二次派兵隊として戦場に向かった父を見送った時は、天音も内側の人間だった。

 

 けれど徴兵は続いた。続いてしまった。そして気付いた時、家族を失った人々は内側(セーフゾーン)から溢れていた。

 特別は、特別でなくなったのだ。

 

 日雇いの仕事では食事だけでも精一杯だった。外側に配給される物資は少ない、とてもじゃないが家族四人が食べていける量ではない。何より、母は父を喪ってからというもの床に寝たきりとなり病に罹った。ただその日を生き延びるだけでも少なくない金が掛かる。内側の質の良い薬は、高い。

 

 選択肢はなかった。天音は家族の安全と金銭の為に改造手術を受けた。

 

 AS乗りになれば【配給優先権】が貰える。

 

 家族は内側の住民に戻れるし、給金も良い。楽をさせてあげられる筈だと。逆関節型ASに高い適正と、またフロート型ASにも僅かながら適性を持つと聞いた時から天音は手術を受けると決めていた。そして見事適性を獲得し、AS乗りとして地獄の様な訓練に耐え、最終試験まで漕ぎ付けた。

 

 これに合格すれば、自分は正式なAS乗りとして認められる。

 

 家族は内側に綺麗な宿舎を手に入れ、豪華でなくとも人並みの食事にあり付けるだろう。給金だって驚く程高い、妹達に新しい服を買ってやれる、玩具だって、新しい給金なら買ってやれる余裕がある。今まで不自由させてきたのだ。

 それに、母の病気だって治るかもしれない。

 だから天音は決して失敗出来ないのだ。

 最終試験に是が非でも受からねばならないのだ。

 

 

 ――その、筈なのだが。

 

 

 天音は前を駆ける男を見た。

 

 黒髪に中肉中背、タイトな強化服に浮かび上がったそれなりに鍛えられた肉体。顔立ちは――比較対象が居ないので何とも評価し難いが、少なくとも天音は好きだった。

 

 藤堂刑部――名前だけは知っている。

 

 最終試験は訓練を終えた訓練兵三名、それに加えて監督官一名で実施される。訓練兵の詳細は伏せられ、実際に顔を合わせたのは今日が初めてだ。

 

 元々『人間のAS乗り』というのは数が少ない。戦場に行きたがる人間が少ないというのもあるが、何より適正の獲得が困難なのだ。適合手術の成功率も決して高くない、本来であれば――過去、機械人形が製造されるまで戦い続けた前任AS乗り(ヘルダイバー)は兎角――男性のAS乗りなどまず認められない。

 ただですら少ない男性を戦場に放り出すなど、馬鹿のやる事だろう。

 

 しかし、少ない適性持ちの中でも更に【希少な適性持ち】となると話は変わって来る。この『希少な適性持ち』の中に四脚は分類され、彼はその四脚適性持ちであった。

 

 男性と希少なAS適性、どちらを取るのか――天音には遠い向こう側の話だ。

 

 けれど現在、ASを選んだ彼が直ぐ傍にいる。情報媒体の中でしか見なかった、未知の生き物が。

 

 本来の天音であればきっと試験の合否を秤にかけてまで他人を助けようなどとはしないだろう。無論、助けられるならば助けたい、しかしそれで己と家族が不利益を被るならばその限りではない。手を伸ばす範囲は、己が危険を被らない範囲に限る。

 

 天音は良くおどおどしていて頼りないだとか、へらへら笑って能天気そうだとか、そんな言葉を投げかけられる。しかし、外側に育った彼女の精神性は実に利己的だ。【自分に利するかどうか】という一点に於いて、天音は常に計算を重ねている。

 

 おどおどと頼りない外面は彼女の性格である、しかしそれが全てではない。おろおろと右往左往しながらも、彼女はきっちりと一線を引く人種だった。

 

 しかし、今天音は刑部に同道し、その背を追っている。

 あまつさえ試験の合否を秤にかけ。

 これは一体、どういうことか。

 

 そこまで考え、天音は道を駆けながら不意に自分の肩を鼻先に押し付け、くん、と嗅いだ。別に、ずっと動き続けていたので体臭が気になったとか、そういう訳ではない。

 決してない。

 

「天音さん」

「っ、は、はい?」

 

 前を走る刑部に声を掛けられ慌てて応えた。

 

「そろそろポイントに到着します、戦況次第では直ぐに撃てるよう準備しておいてください」

「わ、分かりました!」

 

 天音は刑部の言葉に従って突撃銃の弾倉を検めた。弾は詰まっている、薬室にも一発、弾倉を嵌め直して安全装置を弾く。引き金を引き絞れば弾丸は出る、問題ない。

 

 突撃銃を抱えながら天音は前を駆ける刑部の背中を見た。物々しい重装四脚ASに覆われ生身の背中は碌に見えないが――天音は甲鉄の向こう側に大きな背中を幻視する。

 

 優しい人なのだろうか? お人好しと呼ばれる類の。

 

 何せ機械人形を助けに向かうような人だ。

 うん……多分、そう。

 男の人が居るのは内側だけ、彼等は安全な場所で日々を過ごす権利を与えられている。或いは、保護という名の管理か。そんな檻を破り戦場に身を晒す彼は何を考えているのだろう。

 

 ――この世界は、自分より『上等』な人間が多すぎますね……だから、そんな人たちが生き残れるのなら、俺は喜んで戦います。

 

 

 刑部の言葉が脳裏を過る。嘘ではないのだろう、そう口にしていた彼の瞳は後ろめたさや仄暗い感情とは無縁であった。けれど、その言葉は彼の何か、『歪な性根』を現した何かであるという確信がある。

 天音は指先で引き金を軽く二度、叩いた。触れるような軽いタッチ。

 

 別段、これから向かう先の機械人形(マシンドール)が死亡していようと、生きていようと、天音はどちらでも構わない。所詮は即興の部隊だ、寧ろ交信せずに単独で戦闘に臨んだのは向こうなのだから救援に赴く義理はない。

 

 けれど、それで刑部が死ぬとなると、天音は何とも言えない不快感を覚えた。

 それが男女という性差からくるものなのか。もしくはもっと別な何かなのか。

 天音は未だ知らない、けれど、天音は利己的な人間だ。それが己にとって『不利益』であるのならば、躊躇わずに行動する。物理的なものであれ、感情的なものであれ。

 天音は駆けながら、静かに唇を舌で濡らした。

 

 ■

 

「いた――」

 

 駆ける事数分足らず、ASの全力機動であればキロ単位の移動も容易い。比較的高所の建物の屋上に降り立った二体のASは、今現在国道付近にて戦闘を行う感染体と二足歩行型ASを見ていた。

 

「改めて見ると、装甲が凄く薄いですね、素体そのままと言っても、あれじゃ骨格(フレーム)じゃあ……」

「確かに、それだけ速度に重きを置いているのかもしれません」

 

 目下のAS、あの時の映像と同じく成体(アダルト)の攻撃を躱しながら上手い具合にブレード一本で傷を負わせている。しかし浅い、浅すぎる。感染体は掠り傷程度であればものの数分で完治してしまう。未発達(ボーイ)ならば兎も角、成体に対しては即座に頸を斬り飛ばすか、心臓を穿つのが正解だ。

 それを知らないのか、出来ないのか。恐らくは後者だろう。

 

 一際、大きな轟音と共に地面が抉れた。成体が剛腕を道路に叩きつけたのだ。二足歩行型ASが大きくその場から飛びずさり、腕で顔を庇う。飛来する礫から体を守っていた。飛来した礫が二足歩行型ASの薄い装甲を強かに叩き、火花を散らす。

 

「飛び散る瓦礫一つでも致命傷になりますね」

 

 相手は一発でASを屠れる。対してAS側は火力も防御も劣る。速度の一点で勝りつつも、決定的ではない。刑部はゆっくりと身を起こした。

 

「俺が突撃します、援護お願い出来ますか?」

「えっと、具体的にどうするのでしょう」

「止めは彼女に譲らなければなりません、ですので俺が敵を留めて、天音さんが彼奴の足とか腕を吹き飛ばす、後は軽装の彼女がズドン――で、どうでしょう?」

「りょ、了解です」

 

 突撃銃を掲げ、天音は頷いた。狙撃は苦手というが先ほどよりも距離は近い。動いてはいるが手に持つのは突撃銃、外してもカバーが利く。彼女にはこのまま頭上から射撃を頼み、刑部は勢い良く屋上から飛び出した。

 

「さて、強襲の時間だ――!」

 

 呟き、刑部は脚部を広げる。虚空にて足を広げた四脚は、そのまま獲物を喰らう怪物の様に成体目掛けて落下を開始した。

 

 最初に気付いたのは二足歩行型ASの彼女であった。頭上から飛来する重装四脚に、地面の影から気付いた。慌てて背後に飛びずさり成体もまた遅れて空を仰ぐ。

 しかし、既にその四つ足は目と鼻の先であった。

 

「らァッ!」

 

 四脚を勢いよく突き出し、そのまま心臓より下を叩き潰さんと動かす。しかし、成体は飛来した重装四脚の降下突撃を寸前で躱した。巨躯は鈍い、というのは間違いだ。筋線維の塊である彼らはその躰に似合わず素早い。

 

 四脚の切っ先は成体の頬を削り、勢いよく地面に叩きつけられ、轟音と砂塵を撒き散らしながら陥没させる。渾身の一撃を避けられた刑部は舌打ちを一つ。砕けた破片を踏み砕き、刑部は身構えた。

 

 そして、砂塵を裂く様にして成体が肉薄する。

 

 振り上げられる拳。狙いは刑部の顔面、直撃すれば捩じ切れるどころか破裂する。故に刑部は即座にASの姿勢を変更、先の戦闘で行ったように後脚二本での立身。前二本脚で飛来する拳を迎撃する事を選んだ。

 

「力比べだッ……!」

 

 飛来する金槌の様な拳、それを正確にパイルで撃ち貫く。衝撃と共に赤黒い血が噴き出し、成体の拳をパイルが貫いた。同時に腕と脚が固定される。四脚のパイルは打ち出した後に内部から返しを展開し、抜け難い様に設計されている。成体が腕を引き戻そうと足掻くも、四脚の関節部がやや軋むのみ。

 

 引き抜くことを諦めた成体は右腕が駄目ならば左だとばかりに再び拳を振るう。しかしそれも、刑部はもう一本の脚部とパイルで撃ち貫く。

 両腕を固定され、広げられた成体。その姿は正に巨大な蜘蛛と人型の取っ組み合い。

 

「天音さんッ!」 

 

 膠着、敵は動きを止めた。今ほど撃ち抜く好機はない。刑部が叫び、同時に射撃音が轟いた。それは天音の突撃銃、その射撃音。弾丸は寸分違わず成体の膝と足首を撃ち抜き、がくんとその足が折れた。

 

「ナイスショット……!」

 

 思わず称賛の言葉を吐き、圧し掛かるようにして刑部は成体を押し倒した。重々しい音と共に巨躯が仰向けに転がり、刑部は貫いた拳をそのまま地面に縫い付ける。足は撃ち抜き、腕は刑部が抑えた。

 後は――。

 

「―――」

 

 そこまで思考した瞬間、刑部の真横から気配。例の二足歩行型ASである。彼女は手足を封じられ動けなくなった成体の首に、横合いからブレードを突き入れた。そしてそのまま、一閃。成体の首が体より断たれ、ごろりと地面を転がる。

 殺した。体がぶるりと一度震え、それ以降成体が動く事は無かった。

 

「……終わった、かな」

 

 呟き、刑部は両脚を成体の掌から引き抜く。パイルを収納し地面を踏み締めると丁度天音が頭上から降下して来る所であった。

 

「刑部さん!」

「天音さん、ナイスショット、助かりました」

「い、いえ……結構刑部さんが近かったので、手が震えましたよ」

「ははは、まぁ四脚なら被弾しても大丈夫だと思いますし――っと」

 

 互いに健闘を称えながら、しかしじっと此方を見つめる女性に目を向ける。所々砂塵に汚れた二足歩行型AS、人の躰より一回りか二回りほど大きいものの逆関節や四脚型ASと比較すると余りに小さい。

 下から注がれる視線に、刑部は膝を折って応えた。

 

「同じ部隊の藤堂刑部です、俺達は既に規定数の撃破を終えたので、勝手ながら助力に」

「……そう、ですか」

 

 刑部の聞いた彼女は茶色の、短く切り揃えた髪を揺らし頭を垂れた。

 

「ありがとうございます、助かりました」

「―――」

 

 正直に言うと、驚いた。

 

 何せ自分の通信を無視し、単独で事に及んでいた人物だ。場合によっては罵声を浴びせられるとか、虚勢を張られるとか、そういう事をされると覚悟していた。けれど目の前の彼女は真摯に腰を折り、頭を下げている。

 

「あぁ……いや、気にしないでください」

 

 少しだけ慌てて、首を横に振る。頭を上げた彼女は能面の様な顔で、「いえ、自分一人では時間内に討伐出来たかも分かりません」と宣う。

 何というか、やりにくい。

 見かねたのか天音が一歩前に出て、覗き込むようにして機械人形に頭を下げた。

 

「えっと、私天音って言います! 貴方は――」

「β09-223です、以前は『ナイン』と呼ばれていました」

 

 淡々とした口調で答える。小柄な体躯、機械然とした態度。先のセブンが幾分か感情的だっただろうか、目の前のナインと呼ばれる機械人形が無機質に見える。

 

「えっと、以前って……」

「はい、私は民間機をAS搭載用に改修した機械人形(マシンドール)です」

 

 成程、彼女の異様な軽装甲と態度はそういう事か。刑部は納得した。

 メンタルモデルが旧型の機体は、確か感情制御機能が備え付けられているという話を聞いた事がある。無論、現行のモデルにもその手の装置は存在している。しかし、それには遊びがある。旧型程締め付けが強くないのだ。

 

『機械というのは制限すれば必ず穴を探す』――はたしてこれは、誰の言葉だったか。

 

 制限するから機械は抜け穴を探すし、反発しようとする。戦場に送る機械に感情を与えるのは愚行だろうか? 愚行であるだろう。しかし、それで人類十億人が救われるのならば、安いものなのだ。

 

「民間機ですか、珍しいですね……私、てっきり民間機は後方(バックス)に回されるとばかり」

「はい、大抵の民間改修機(ロールバック)は後方任務に就きます、しかし、私は元々配達業務用の速達機体で、二足歩行型ASに元から高い適正値がありました、その事から僅かな改修を経てASに搭乗する事になりまして」

「へぇ、元からAS適性のある民間機もあるんですね」

「市販用の強化外骨格、というより拡張パーツを業務で使用していました、その名残です」

「はぁー、成程」

 

 天音とナインは馬が合うのか、互いに気負いなく会話を続けていた。感情は薄いと感じていたが、どうやら別段会話に支障があるとか、そういう事はないらしい。

 

 刑部はふと、思い出したように端末へと目を落とした。時間は――まだあるが余裕という程ではない。そろそろランディングポイントに向かうべきだろう。会話をする二人を遮る様に声を上げ、それから視線が向いた事を確認し口を開いた。

 

「色々話したいこともあるけれど、そろそろランディングポイントに戻らないと、終了時間が迫っているから」

「……そうですね、ではこの御礼は改めて」

「良いですよ、そんな事、じゃあ天音さんも」

「あっ、はい!」

 

 方針を纏め、三人でランディングポイントへと向かう。無論、警戒は怠らない。しかしASが三機固まれば大抵の感染体は怖くなどない。まぁ尤も、例外という物は常に存在しているのだが。

 

「そう言えば、どうして先の通信に返答して頂けなかったんでしょう?」

 

 刑部は特に責めるつもりもなく、単純に疑問に思っただけと前置きした上で、そう問いかけた。ナインは一瞬言葉を詰まらせ、それからどこか動揺したように視線を彷徨わせた後、幾分か力ない口調で答えた。

 

「――私が機械人形で、貴方が人間だからです」

 

 

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