鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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第7話

 翌日、刑部が目を覚ました時、既に源の姿はなかった。未だに眠気の抜けない瞳を擦り、周囲を見渡す。すん、と鼻を鳴らしても彼女の匂いはしない――そもそも、機械人形に香りなど存在しないのだけれど。

 ゆっくりとベッドを抜け出し、僅かな肌寒さに肩を震わせる。この時期の朝はやはり寒い。ベッドの中に戻りたくなる気持ちを抑え、周囲を見渡すと、部屋のデスクの上にメモがあった。彼女は几帳面で、良く自分より先に起きてはこうして文を残していく。

 

『また、近い内に会いに来る』

 

 あの豪胆な彼女らしからぬ、少し丸まった可愛い字。刑部はそのメモを手に取り、それから二つに折って引き出しへと仕舞った。その口元は、少しだけ緩んでいる。軽く頬を叩き、眠気を払った。

 

「……行こう」

 

 呟き、冷たい空気を肺に取り込む。

 今日もまた、より良い明日の為に。

 

 

「っと、お、おはようございます、刑部さん!」

「おはよう天音さん、今日も元気ですね」

 

 顔を洗い、身だしなみを整え、部屋を出る。廊下を歩いていると前方に見知った顔が見えた。自分と同じ、この宿舎に身を寄せている天音である。やや跳ねた髪に、へらりとした笑みを浮かべて駆け寄って来る彼女。刑部は温和な微笑みを返しながら頷く。

 待っていたのだろうか? それとも偶然? 刑部は一瞬問おうか迷ったものの、満面の笑みを浮かべる天音を見て止めた。どちらでも良いと思ったのだ。二人は自然並んで歩き、静謐な廊下で言葉を交わした。

 天音はこの静かすぎる宿舎が、どうにも余り気に入らない様だった。

 

「それにしても此処の宿舎、何というかガラガラですね、空きが一杯で……」

「まぁ一応、人間用の宿舎ですから、多分ここの基地で人間のAS乗りとか二十名そこらじゃないですかね? そこまで大きい基地じゃありませんし、というかウォーターフロントの端の端みたいな所ですから」

 

 刑部は周囲を見渡しながら答える。清掃の行き届いた、しかし人の気配のない宿舎に天音はどこか心細そうにしていた。

 元々この基地はウォーターフロントの外郭の中でも小規模な部類に入る。巨大なウォーターフロント外郭を守る様に配置された防衛拠点――そう言えば聞こえは良いが、他所と比べると聊か質量共に劣る。外側や内側には人間が溢れていた、其処に居れば人間が少なくなったなどと思わない程に。それと比べると、確かに寂しい。

 

「最終試験の搭乗口も兼ねているみたいですから、新兵用拠点(ルーキーベース)って所じゃないでしょうか」

「そ、そうなんでしょうか」

 

 刑部の言葉に天音は頷きながら答えた。

 

「あぁ、それと天音さん、これから同じ部隊なんですから、もう少し砕けた口調で話しませんか?」

「ぅえ!? わ、私が刑部さんとですか!?」

「嫌ですか?」

「と、とと、とんでもない!」

 

 刑部は歳も近そうだからという理由で敬語を排す様提案した。刑部としてはそもそも部隊に二人しかいない人間同士である、これが大きく歳が離れているというのならまだしも、そこまで離れていないのならば問題ないと考えたのだ。そう口にすると天音は頬を紅潮させ、挙動不審になった。そして何度も頷きを繰り返し、口元をまごつかせながら恐る恐る呟く。

 

「ぅー、あー……その、よ、よろしく……?」

「ん、よろしく、天音」

「ヴァッ!」

 

 刑部が頷くと、天音は奇声を発し体を弓なりに逸らして顔を覆った。突然の奇行に思わず刑部の肩が驚きに跳ね上がる。天音の顔を覆ったまま動かない、ややあって小走りで廊下の端に進み、それから隠れるようにして屈んでしまった。

 

「……どうしたの」

「いや、ごめん、うん、なんでも……なんでも、ないよ」

「そ、そう」

 

 明らかに何でもない様子ではなかったが、尋常では声色に刑部はそれ以上問いかける事を止めた。刑部は空気を――比較的――読める男である。

 そんな二人の前から再び見覚えのある顔がやって来て、訝し気な声を上げた。

 

「――廊下で屈んで、何をしていらっしゃるのですか」

「ナイン」

 

 現れたのは呆れた表情で此方を見るナイン。顔を抑えて廊下の隅に座り込む天音、その背中を見つめる刑部。成程、傍から見れば実に奇妙だった。刑部は一度咳払いし、天音から一歩離れて白々しく朝の挨拶を口にした。

 

「おはよう、今日も寒いね」

「えぇ、おはようございます刑部さん、気温は昨日より一度程下がっています……それで、天音さんは一体」

 

 すんなりと頷き、それから何とも言えない表情で天音を見るナイン。未だ天音は座り込んだまま顔を上げない。肩を震わせて屈んだままだ。刑部は肩を竦め、首を振った。

 

「何か分からないけれど、体調が悪いのかな」

「体調不良ですか?」

 

 そう聞くや否やキュイ、とナインの瞳が絞られた。限りなく人間に近い風貌をしているが彼女は機械人形である。触れもせず体温や心拍数を計るなど文字通り朝飯前。数秒程天音を見つめたナインは淡々とした口調で告げた。

 

「体温が若干高いですね、それと心拍数がとても――」

「わぁーッ!」

 

 そこまで口にした途端、大きな声を上げて天音が飛び上がる。そして赤ら顔のままナインに詰め寄った。その顔色は真っ赤で、僅かに息も上がっている。

 

「お、お、おはよう、ナイン!」

「……おはようございます、天音さん」

 

 天音の迫力、というか理解出来ない行動だろうか。それに気圧され、珍しく吃驚した様な表情を浮かべるナイン。こんな顔も出来るのかと内心で眼福と謳いながら、刑部はナインに向かって語り掛けた。

 

「そう言えばナインも砕けた口調で良いんだよ? 俺もそうだけれど、天音も多分そっちの方が話しやすいから」

 

 この生真面目な機械人形は朝の挨拶ですら堅苦しい。別段悪い事ではないのだが、やはりこれから一緒に戦っていくというのなら気安い位が丁度良い。しかし、ナインは提案に対しやや申し訳なさそうに目を伏せ云った。

 

「……私としては、前の立場からしても此方の方が接しやすいのですが」

「そう? まぁ、ナインが良いって言うなら構わないけれど」

「はい、どうかこのままの口調でいることをお許し下さい」

「ははは、そんな大袈裟に取らなくても大丈夫だよ」

 

 本人がそう言うのならば無理強いはしない。刑部も天音も口調ひとつでとやかくいう程狭器ではないつもりであった。ナインは小さく頭を下げ、それからナインに向かって至極真面目な表情で忠告した。

 

「それと天音さん、体調が悪いなら医務局に掛かる事をお勧めします」

「だ、大丈夫です」

 

 赤ら顔で首を振る天音。それをナインは心配げな表情で見る。居た堪れないのか、視線を逸らす天音。何だかよく分からないが、別段体調が悪いという訳ではないらしい。何となくそう悟った刑部は手を叩き、二人を朝食に誘った。

 

「……あー、俺達まだ朝飯も済ませていないからさ、二人とも取り敢えず食事にしない?」

「――そうですね、朝食は大切です」

「は、はい! じゃなかった、うん!」

 

 ■

 

 三人仲良くPXで食糧購入後、揃って休憩所へと向かった。ナインは食糧を購入せず、手ぶらだ。刑部が「何も食べないの?」と問いかけると、「私は結構です」と素っ気なく答えられた。本当に、水の一滴も口にするつもりはないらしい。お茶の一杯くらいはと刑部が勧めたが結局ナインが頷く事は無かった。

 

「うん?」

「あっ」

 

 三人が並んで休憩所へと入ると、其処には既に先客が居た。その人物は刑部達に気付くと食べていた手を止め、それから声を掛ける。

 

「何だ、お前達も朝食か」

「セブンさんもですか?」

「うむ、朝のエネルギー補給だ」

 

 テーブル席に座って口を動かす我らが上官、セブン。彼女は鋭利な瞳をそのままに手にしたハンバーガーを振って見せた。口元にはソースが付着し、何というか若干間抜けな風貌を晒している。食事をしているセブンを見たナインは微かに眉間に皺を寄せ、それからどこか責めるような口調で告げた。

 

「……私達機械人形は経口摂取の必要性を持ちませんが」

「うん? 何だ、随分古臭い事を言っているな、まぁ言わんとすることは分からんでもないが……」

「ウォーターフロント内の食糧生産量にも限りがあります、我々機械人形はなるべく人類の食糧事情を圧迫する行為は控えるべきかと」

 

 ナインの言葉にセブンは困ったように笑って、それからどこかバツが悪そうな、というよりは『お堅い奴と出会ってしまった』という風な表情で頷いた。

 

「全く以って正論だ、正論なのだが……聊か堅いな」

「堅い、ですか」

「あぁ、旧型のメンタルモデル故に仕方のない事かもしれんが……っと、すまん、別段馬鹿にするつもりはないんだ、単純に我々軍用モデルとは仕様が違うのだろう」

 

 怒る訳でもなく、しかし反省するという訳でもなく。ただ淡々とした様子でナインの言が正しいとし、その上で手元のバーガーを見た。指先で口元を拭いながらセブンはどうにかナインを説得しようと考えている様に見える。

 

「まぁなんだ、確かに必要はないかもしれんが、これは私が御上から貰った給与で買った物だ、他に使い道もないしな、多少は多めに見てくれ、戦って帰ってきて休眠状態(スリープ)に入るだけの日々なんて味気ないだろう?」

「それは理解出来ますが、しかしだからと言って……」

「むぅ、言葉ではやはり通じんか――ならば、ほれ」

「えっ……んぐッ」

 

 セブンの言に納得できないのだろう。ナインは小さく不満げな表情を崩さない。そんな顔を見たセブンはどこか悪戯好きな表情を浮かべ、手元のハンバーガーをナインの口に突き入れた。突然の事に驚き、目を瞬かせるナイン。それから一拍置いて口元をもぐ、と動かす。ナインの口の中に肉の旨味と野菜のしゃりっとした感触、それにパンの柔らかさが広がった。

 

「美味いだろう?」

「………んぐ」

 

 咀嚼。それから飲み込む。ナインは暫くの間、身動ぎすらしなかった。無反応のナインを訝しみ、セブンは重ねて問う。

 

「何だ、美味くないのか?」

「いえ……美味しい、です、けれど」

「だろう?」

 

 満面の笑みを浮かべるセブン。ナインは気まずそうに視線を逸らし、口元に付着したソースを指先で拭った。率直に言えば――美味かった。それはもう、吃驚する位美味かった。

 食べることは出来るが、その心情と役割から滅多に食事など摂らないナインである。自然、食事云々など知識ばかりで実感を持たない。しかし、初めて食べたバーガーとやらは思った以上に美味で、ジャンクで、何というか衝撃的であった。

 セブンはそんなナインの様子を見て嬉し気に言った。彼女の衝撃が理解出来るが故の笑みであった。

 

「私も最初に此処に来た時はAS改修にばかり金を掛けていてな、しかし戦って帰ってきて眠って、新しくASの装甲を張り直して、とやっていく内に段々と妙な感覚、というか感情を覚えたんだ……それで何か普段しない事をしてみようと思い、ふとPXで人の食べるバーガーなるものを喰ってみたんだが」

 

 そこまで話して、不意にセブンはへらりと表情を崩す。

 

「これがまた、美味くてなぁ……すっかり嵌ってしまったんだよ」

 

 手元に目線を移し、本当に美味そうにバーガーを口にするセブン。刑部と天音はそんな機械人形の姿に暫し目を奪われ、口を噤んだ。二人は数舜、セブンが機械人形である事を忘れていた。バーガーにかぶり付いていたセブンは立ったままの三人に気付き、慌てて席を勧める。

 

「っと、悪いな、お前達も朝食を摂りに来たのだろう? 自由に座ってくれ」

「あ、っと……じゃあ、失礼します」

 

 我に返った刑部が一礼して席に着いた。天音も慌てて座り、ナインは数秒程悩んだ後、刑部の対面に座った。買い込んだ朝食を並べながら刑部はふと所在なさげに佇むナインを見る。少し考え、手元のパッケージングされたサンドイッチを手前に差し出した。

 

「ナインも食べないか? ちょっと買い過ぎたんだ」

 

 他の面々が何かを口にしている中、自分だけ待つだけと云うのも座りが悪いだろう。差し出されたそれを、ナインは驚いたような目で見ていた。ややあって、コクリとひとつ頷き、恐る恐る手を伸ばす。ナインはサンドイッチを手に取った。刑部はそれを笑みを浮かべながら見守る。

 

「……じゃあ、ひとつだけ、ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 皆の前でセブンを問い詰めた手前、こうして食事を口にするのはやや躊躇われる。しかし、美味しかったという感想に偽りはない。本当に、美味かったのだ。

 セブンはそんなナインの変化に思わず口元を歪め、胸を張るようにして背筋を伸ばした。

 

「ふふふ、またひとり、機械人形(マシンドール)を食の道へと誘ってしまったか」

「……セブンさん、結構フランクな方なんですね、もっと厳しい方かと思っていました」

 

 昨日とは異なる雰囲気を纏うセブン、その軽々しい言動と雰囲気に思わず刑部は口に出していた。するとセブンは肩を竦め、まるで仕事に疲れた人間の様に笑って言った。

 

「いや、一応公私は分けるタイプでな、勿論作戦行動中は毅然とした態度で臨ませて貰うが、それ以外……というかウォーターフロント内なら別段偉ぶる必要もないだろう、それともお前はもっと規律正しく静粛にというのがお好みか?」

「いえ、俺としても今のセブンさんの方が好きですよ」

「なら良かった、軍用人形なら一ヶ月も基地に詰めれば私の様になるさ」

「ふぅん……因みにセブンさんは食に目覚めたようですけれど、他の方はどんな趣味に目覚めたんですか?」

 

 天音が栄養食であるゼリーを片手に――朝は余り固形物を口にしたくないらしい――そんな事を問いかけた。単純に興味があるのだろう。刑部から見ても、食事中のセブンは非常に生き生きとしているように見える。セブンは天井を見上げ、指折り数えながら答えた。

 

「他か、そうだなぁ……写真に目覚める奴もいるし、機械弄りに目覚める奴もいる、歌に、ダンスに、料理に、読書に――あー、多分人間がやる様な事は大抵何かしらやっているんじゃないか?」

「へぇ……凄いな」

 

 まさかそこまで娯楽に精通しているとは、刑部は内心で感嘆する。ここまで人に近いとなると、これは本当に見分けがつかなくなるかもしれないなと、刑部はやや未来の機械人形に期待を抱いた。天音も同じように驚きの表情を浮かべている。ナインは――無関心というか、無表情でサンドイッチの先端を齧っていた。内心では美味しい美味しいと繰り返し呟いている事に、刑部達は気付かない。

 そしてセブンは何か思い出したかのように手を叩き、それからはっきりとした口調で言った。

 

「あぁ、でも一番多いのは性交渉だな」

「ぶほッ!」

 

 天音が唐突に吸引していたゼリーを吹き出した。

 

「あ、天音、大丈夫?」

「げふォ、ゴホッ、だいじょ、エホッ、エホッ、だい、カハッ!」

「大丈夫ではなさそうですね」

 

 ナインが冷静に呟き、天音の背中を擦る。気管に入ったのだろうか、気の毒に。

 セブンが「お、おい、大丈夫か」と問いかければ、天音は手だけ振って問題ないとアピールした。少しすれば息を整えた天音が赤ら顔で縮こまる。どうやらこの手の話が苦手らしい。セブンは一度咳払いし、場の注意を己に集めた。

 

「あー、それで、だな、軍用人形が何故女性型しか存在しないのか、知っているか?」

「え、えぇ、【生身のAS乗りが妙な気を起こさない様に】――ですよね」

「そうだ、元々我々機械人形は人類を守る為に作られた、けれどなぁ……自分達で言うのもなんだが、この体は少々『出来が良すぎる』だろう?」

 

 そう言ってセブンは己の体を見下ろした。室内灯に照らされたセブンの皮膚と、刑部の皮膚は何ら変わらない。やや、セブンの方が白い程度。バーガー最後の一欠けらを口の中に放り込みながらセブンは続けた。

 

「人と同じ見た目をして、人と同じ言葉を話し、人と同じものを食べ、人と同じ思考をして、あまつさえ感情を持った存在となれば……人形が人間を愛す様に、人間が人形を愛してしまう事もある、例えどれだけ前線に人間が少ないとしてもな」

「―――」

 

 その言葉にナインが一瞬顔を顰めた事に、刑部は気付かなかった。

 

「守るべき存在が、守られるべき存在に庇われる――男女比の偏ったこの世界では大いにあり得るよ、特に前線に男性型機械人形なんて送り込んだら尚更……まぁ、男性のお前からしたら逆だろうが、其処はあれだ、割り切って貰えると助かる」

「……まぁ、多数に合わせるのは当然です、大丈夫ですよ」

 

 口にて、刑部は白々しいと自分で思った。多分そんな状況なれば自分は――そこまで考えて、思考を断ち切る。セブンは二個目のバーガーを取り出しながら、滑らかな口ぶりで続けた。

 

「愛玩用の男性機械人形なら内側に腐る程あるが……っと、これはあれか、人で言うセクハラという奴に該当するのだろうか?」

「いえ、別段気にしませんよ、俺、元々男娼でしたから」

「ゴボッフ!」

 

 今度はナインがサンドイッチを吹き出した。

 

「な、ナイン、大丈夫?」

「……問題、ありません」

 

 先ほどとは反対に、天音がナインの背中を擦る。彼女もサンドイッチが気管に――いや、機械人形にそんな事はあり得るのだろうか。

 セブンはどこか変な奴を見る目でナインを見つめ、当のナインはやや赤らんだ顔で視線を逸らしていた。

 

「……兎も角、何でこういう話になったかというと、あれだ、一番人気というか軍用人形の中で好まれているのが性交渉、つまり男性型機械人形との疑似性交なんだよ」

「それは、態々内側に出向いて?」

「そういう奴も居るが、中には成体パーツを買って『生やす』奴もいる」

「はー……それはまた、凄いですね」

「…………」

「…………」

 

 刑部が感心とも呆れともとれる吐息を零すと、天音とナインは揃って首を縮め視線を手元に落とした。妙に静かな二人に違和感を覚え、刑部は二人の顔を覗き込む。

 

「ナイン? 天音? どうしたのさ、何か……意気消沈しているというか、静かだけれど」

「……いえ、何でもありません、刑部さん」

「わ、私も、別に……」

 

 ナインが素っ気なく応え、天音は視線を逸らしながらぼそりと呟く。それ以上何も言おうとしないので、刑部は素直に身を引いた。やはりこの手の話題に余り免疫がないのだろうか? そう考えるも、しかし目の前のセブンはあっけらかんとしている。この差は一体なんなのか。セブンはバーガーを齧りながら天音とナインを見て、それから刑部に視線を戻した。

 

「ふむ――ところで刑部……あぁ、名前は呼び捨てでも構わないだろうか?」

「勿論です、立場的にもそれが適切ですし、人形と人間の差は気にしないで下さい」

「そうか、ありがとう……それでだな、お前は以前男娼をやっていたというが」

「はい」

 

 何でもない事の様に男娼という言葉を使うセブン。それを何でもない事の様に肯定する刑部。天音とナインは口を一文字に引き締め、押し黙った。誤魔化す様に天音は茶を口に含み、ナインはもそもそとサンドイッチを齧る。

 そして次の瞬間、天音とナインは予想もしていなかった言葉がセブンの口から飛び出した。

 

「それは今でも続けているのだろうか? もしそうなら金銭を払うので、一度相手をして貰いたいのだが……」

「!?」

「ゴブッ!」

 

 三度目は示し合わせた様に同じタイミングであった。

 

「あー……すみません、男娼の方はもう辞めてしまったんです、なので金銭を頂く訳には」

「む、そうか、それは残念だ」

「えぇ、ですので普通に抱いて頂く分には構いません、今度空けておきましょうか?」

「ぎ、ぎッ、刑部さん!?」

 

 刑部が澄ました顔でとんでもない事を宣うので、思わず天音は声を荒げて椅子を蹴飛ばし立ち上がった。刑部としては非常に慣れた――内側ではきちんと料金を頂いて相手をしていたし、訓練センターに移ってからはこの手の事が日常茶飯事であった――事であった為、対応もスムーズで特に取り乱しもしない。これには言い出したセブンも驚いた表情で、思わず体を硬直させていた。尚、ナインは一切の活動を停止していた。

 

「……驚いたな、自分から言っておいて何だが、男性というのはもっと慎重というか、保守的というか――本当に自分から持ち掛けてこう言うのも可笑しいと思うのだが、もう少し自分の身を大切にした方が良くないか?」

「ははは、大丈夫です、これでも人を見る目は確かなんです」

 

 忠告染みたセブンの言葉に刑部は笑って言った。この言葉は決して嘘ではない、刑部自身、その人生経験からか、それとも生前からの才能なのか、『凡その人柄』というものを軽く話しただけでどんな相手からも感じ取る事が出来た。身を委ねても問題ない相手か、それとも拙い相手か、そういうものを嗅ぎ分ける嗅覚を刑部は持っている。

 尤も、危険だからと言って断るかと言えば――それは黙秘する事になるだろう。

 

「それに例え劣情だけだとしても、誰かに必要とされるというのは心地の良いものですから」

 

 刑部はそう言ってセブンに笑いかけた。腹の底からそう思っていると分かる様な微笑みだった。その言葉には普通らしからぬ、それこそ暗闇の様な底知れなさを孕む情念が籠っていたが、その場の三人は終ぞその事に気付かなかった。

 

「う、ぐ、ぬ……ぅ」

「………」

 

 天音は唇を噛みちぎらんばかりの形相で、ナインはどこか詰る様な視線でセブンを見ていた。セブンは二人から注がれる視線にたじたじで、僅かに身を縮こまらせながら慌てて弁明する。

 

「……余りそう睨んでくれるな、天音、ナイン、私とて少々予想外だったのだ」

「しかし、男性と……それも人間の方と性的接触を持とうだなんて、食事の件はまだ納得も出来ますが、これは聊か――看過できそうにありません」

「そ、そうですよ! セブンさんばっかりずる――じゃなかった! 破廉恥です!」

「む、むぅ」

 

 二人の気迫に呑まれ、気圧され呻く。席を立って糾弾する天音は動、じっと動かず視線のみでじわじわと責めてくるナインは静。二人の攻勢に敗北したセブンは早々に前言を撤回し、刑部に向けて頭を下げた。

 

「わ、私も単なる好奇心というか、是が非でもという訳ではないんだ、すまない刑部、この話は忘れてくれ、でないと戦場で背中を気にしなければならなくなりそうだ」

「ははは、分かりました」

 

 刑部は笑ってそれを受け入れる。別段、抱かれようが抱かれまいが、自分としてはどちらでも構わないのだ。だから刑部は頓着しない。セブンは刑部の言葉を聞き届けると、ナインと天音に顔を向けて告げた。

 

「ほ、ほら、もう取り消したのだ、いい加減睨むのはよせ」

「………」

 

 天音とナインの二人はじっとセブンを睨みつけていたものの、撤回していたのは目前で聞いていた。天音は静かに腰を下ろし、ナインは視線を切った。漸くその重圧から抜け出したセブンは溜息を吐き出し、口元を緩める。

 

「ふぅ……全く、味方の攻撃で屍を晒すなど御免被る、心臓に悪い」

「セブンさんなら背中に目を付けていると思う程の超反応で、何とかしてしまいそうな印象がありますけれど」

「お前は私を何だと思っているんだ」

「歴戦の猛者?」

「……悪いが、私は然程稼働時間が長くないぞ」

 

 軍用人形として最適化はされているものの、他所の機械人形と比べると未だベテランとは言い難い。しかし、それでも戦場に立った時間はこの中で一番長いのだ。刑部のセブンを見る目に変化はなかった。

 

「兎角、お前達が元気そうで良かった、昨日の疲れを引き摺っていないのなら本格的に任務を開始しても問題なさそうだな」

 

 セブンは三人を順に見て告げる。ナインと天音は云わずもがな、刑部も特に疲れを残している様子はない。唇を舌で湿らせ、やや思案する様な表情を浮かべたセブンは続けて言った。

 

「丁度全員揃っているし、次に回ってきた任務の話でもしようか」

「えっ、此処で、ですか?」

 

 天音が驚いた声を上げる。セブンが疑問符を浮かべ、天音に顔を向けた。

 

「そうだが、何か不都合でもあるのか?」

「あ、いえ、何て言うか、もっとこうちゃんとしたブリーフィングルームとかでやるものだとばかり……」

「別段、休憩室で話しても問題がある訳でもあるまい、それに我らは『人機混合部隊』(人間と機械人形)だ、普段回される任務も然程激しくはない、そこまで詰める必要もないだろう、というより端末に概要を送るから勝手に見て予習しておけ――それと最終試験の方が此処の防衛任務より余程危険だとだけ言っておく」

「えぇ……何ですか、それ」

「試験は篩にかける為、そして受かったならばこういう任務で徐々に慣らせという事だろう」

 

 セブンがそう言って肩を竦めれば、ナインは頷きながら問いかける。

 

「……最初は現場に慣れさせるという考え方には賛同します、しかしそれが許されるだけの状況に人類はあるのでしょうか? 無論、今すぐ前線に私達を出せという意味ではありませんが、少々気になりまして」

「そうだな、あるかないかで言えば、瀬戸際というところだ、人の部隊も形振り構わず出さなければならない事態に後数年で陥るかもしれない――という話は出ている」

「へぇ……」

 

 刑部は人類の情勢を断片的なものとしか知らない。或いは、噂程度と言い換えるべきか。実際、人類が具体的にどこまで追い込まれているのか、どれだけの部隊が残っているのか等の知識を刑部は持ち得ていない。

 既にどうしようもない程に追い込まれているのか。或いは、まだ堪えるだけの力があるのか。セブンは超然とした態度で続きを口にした。

 

「私達の部隊の任務は基本的に『防衛』だ、本土からウォーターフロントに飛んでくる海上型・飛行型を撃退する、後は定期的に本土の海岸線に集まった陸上型を殲滅したりと――これは輸送機に乗っての出張だが――まぁそんなところだ」

「聞くだけなら簡単そうですが……」

「難しくはない、だが気を抜けば普通に戦死する、そこだけは忘れるな」

 

 その言葉は重々しく三人の胸に飛来した。

 決して難しくはない。少なくともたった四機で旧東京に突っ込んだ最終試験を考えれば、温いとすら言える。しかし、だからと言って安全という訳ではない。気を抜けば死ぬ、感染体とはそういう存在だった。

 

「任務は明日の午後一時、一三○○から予定されている、此処の『警邏隊』に私達も組み込まれるのがその時だ、それまでにASの兵装・増設装甲の張替えを済ませておけ、分かっていると思うが放っておけば整備班が勝手にやってくれるなどと思うなよ? バックスにはきちんと自分から要請しておけ」

「はい」

「りょ、了解しました」

 

 三人が各々頷く。セブンはそれを確認し、最後のバーガーを口に放り込んだ。そして茶で流し込み、ゆっくりと席を立つ。

 

「さて、では私はお先に失礼しよう、休める内に休んでおきたいからな、機械にも骨格(ほね)休めは必要だ」

 

 そう言って手を軽く振り休憩室を後にするセブン。その背中を見送って、刑部は二人に問いかけた。

 

「天音、ナイン、二人は今日どうする?」

 

 今日は休養日、というより事前準備の日なのだろう。ASの兵装換装、装甲の張替え、明日の防衛任務に向け体調と機体を整える。

 二人は軽く顔を見合わせた後、それぞれが今日の過ごし方を決めた。

 

「私はASの調整を少々、まだ以前の拡張ユニット経験をASに最適化出来ていないので」

「わ、私も同じかな、ASの整備依頼と調整を少しやって、後は……じ、自主訓練とか?」

 

 ナインは機体の調整と最適化。天音も同上、それに加え多少自己鍛錬に充てるとの事。刑部はその言葉を聞き、ひとつ提案を口にした。

 

「なら丁度良かった、少し訓練に付き合ってくれないか?」

「ASの、ですか?」

「いいや」

 

 AS乗りとして欠かせないものがある。操縦の腕もそうだし武装の取捨選択、装甲の配置もそうだ。機体の調整も大切だが。

 

「生身の訓練さ」

 

 何より、生身を鍛えなければ意味がない。

 

 




 毎日投稿にあたり、一話凡そ4000~6000で区切って参りましたが土日は投稿出来そうにないので今回は11000字となります。
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