鉄屑人形 スクラップドール   作:トクサン

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第8話

 

 基地内部、近接訓練場。

 オープンスペースに何もない空間、たった二人で使うには余りに広すぎるそこで、ナインと刑部は拳を交わしていた。

 

「ふッ!」

 

 鋭い呼吸と共に拳風がナインの頬を掠った。柔手で以って勢いを飛来する拳を逸らし、次いで一歩体を横にずらす。空を切った拳はそのまま即座に引き戻され、宛ら連射砲の如くナイン目掛けて放たれた。右、右、左、右、右――飛来するそれらをナインは冷静に見極め、細かい足捌きとブロッキングにて捌き、避ける。

 その動きたるや舞踏の如く。常に足を止めず滑るように動く。その滑らかさは動きの起こりを読ませず、刑部の拳は空を切り続けた。僅かに弾む呼吸を整えながら、刑部は一歩退く。

 

「ハァ、流石、全然当たってくれないね」

「旧型とはいえ機械人形ですから、予測と反応は人に負けません」

 

 一度の被弾も許さず、ナインは刑部と対峙したまま告げる。人間と機械の対比の様に、息を荒げる刑部に対しナインは実に静かであった。そのまま数秒程対峙、睨み合ったままナインは口を開く。

 

「……天音さん、遅いですね」

「逆関節型ASは装甲バランスが難しいからなぁ、機動戦するなら重すぎても駄目だろうし、多分手古摺っているんだと思う……よッ!」

 

 答えながら、踏み込み拳を打ち出す。

 不意打ち気味に放たれたそれを、ナインは首を傾げて回避した。そのまま裏拳でナインを打ち据えようと追撃するも、ナインは素早く屈み裏拳は頭上を掠めるのみ。

 お返しとばかりにナインの足が水平に刑部の足を払い、足を取られ背後へ倒れる刑部。しかしダウンは取られず、そのまま勢いを利用して素早く跳ね起きた。距離を取った二人は拳を突き出したまま円を描く様に距離を測る。刑部の構えは左拳を頬に添え、右拳を突き出した攻防一体の型。対しナインは緩めた両手を前に出し、後の先を思わせる受けの型であった。

 

「ふぅ……ナインはあれで良かったのかい?」

「ASの追加装甲ですか」

「うん、かなり限定的というか、大分軽装だったけれど……」

「元々私の戦闘方針は一撃離脱(ヒット&アウェイ)が主軸になっているので装甲で受けるという選択肢はありません、最悪ソフトスキンを保護できる程度の軽装甲があれば十分です」

「遠征用の兵装は?」

「主兵装は連射砲とKB(ケトル・ボム)、後は近接用に電動鋸(チェーンソー)です」

「……まるで工作型ASみたいだ」

「否定はしません」

 

 刑部が一歩踏み込み、ナインの足が止まる。瞬間、刑部の足が跳ね上がりナインの腹部目掛けて爪先が奔った。飛来するそれを、ナインは冷静に半身になって避ける。掠めた脇腹に衝撃が奔り、受ければ後方に弾かれていたと冷静に思考した。

 次いで飛来するのは右の拳。それを掌で逸らし、そのまま踏み込みと同時に打ち込まれた肘撃を逆手で受ける。乾いた音が鳴り、刑部の動きが止まった。奇襲染みたそれに自信があったのだろう。目前に在る刑部の表情が微かに歪む。

 

「それにしても、さッ!」

「何でしょう?」

 

 超至近距離での打ち合い。その悉くをナインは防ぎ、未だ被撃を許さない。訓練センターで散々扱かれた刑部としては、面白くない。単純な打撃戦ならば兎も角、回避や受けに関してはナインが一枚も二枚も上手であった。

 故に刑部は、一撃入る状況を作るべくナインに語り掛ける。

 

「俺の勘違いだったら申し訳ないのだけれど――ナイン、何だか俺達と距離を取ろうとしていない?」

「ッ――」

 

 それを口にした途端、ナインの動きが一瞬――ほんの一瞬止まった。

 刑部としてはその一瞬のみで十分であった。至近距離からの踏み込み、肩からナインに突貫し体勢を崩す。ナインは勢いに負け後方へと蹈鞴を踏み、重心が乱れた。

 そこに追い突き――放たれたソレはナインの目と鼻の先で止まり、ナインの躰が硬直する。実戦であれば確実に決まっていた一撃。被撃であった。

 刑部は笑みを浮かべ、ナインは心なし不満そうに眼を細めた。

 

「隙あり、一本」

「卑怯です」

「ははは、ごめん、でも言葉は嘘じゃないよ」

 

 突き出した拳を戻し、大きく息を吐き出す。心地よい倦怠感と火照りがあった。ナインは汗一つ掻かない、そも汗を流す必要がない。ナインはそのまま押し黙り、刑部はゆっくりと火照りを冷ましながら口を開いた。

 

「何となく壁を感じるんだ、ナインとの間にさ、勿論そんなつもりがないんだって言うのなら深くは聞かない……けれど一応これからは同じチームだ、チームだからって何でもかんでも入り込むつもりはないけれど、長間苦楽を共にするならやはり仲良くなりたいとも思う」

「………」

「どうかな?」

 

 刑部の言葉に、ナインは暫し目を瞑った。そして二度、三度呼吸を繰り返し、すっと口から息を吸い込む。

 

「――私は」

「ごめんなさい、遅くなって!」

 

 しかしナインが口を開くと同時、訓練場の入口から天音の声が響いた。見ると僅かに息を弾ませた天音が駆け寄って来る所であった。ナインはそのまま開き駆けた口をぐっと結び、首を振る。

 

「――いえ、丁度良いタイミングでした」

「ん、ナイン?」

「少し、ASの事で気になる箇所が出来たので席を外します、天音さん、私の代わりに刑部さんの相手、お願いします」

「え、あ、うん」

 

 まるで刑部の相手を押し付けるような形で了承を捥ぎ取ったナインは、そのまま踵を返し訓練場を後にする。背を向けたナインの表情は見えない。刑部は遠ざかるナインの小さな背中をじっと見つめた。

 

「な、何かあったの?」

「……いや、何も」

 

 ナインの態度に何かを感じ取ったのか、どこか不安げに問いかける天音。刑部は緩く首を振って否定した。別段、仲違いをしたとか、そういう訳ではない。刑部が素直にそう口にすれば、天音は露骨にほっと胸を撫でおろした。気を揉ませただろうか、悪い事をしたと若干の後悔。頬を軽く叩き、意識を切り替えた。

 

「さて、御相手願えるかな、天音」

「あっ、うん! 勿論!」

 

 刑部がそう言って数歩離れれば、天音も慌てて頷き構えを見せた。

 

「でも意外だな、ぎ、ぎ……刑部、くん、がこういう鍛え方をしているなんて」

「うん?」

「ほ、ほら、最終試験でも四脚で白兵戦をやっていたから、あんまり生身での戦闘訓練とかって意味がないんじゃないかなぁって思ったり……やるならASに乗らないと、ほら、人って足二本しかないし」

 

 天音はそう言って刑部の手足を見る。確かに、刑部の操る四脚ASは足が四本、腕が二本、合計六本存在する。対し今は手足が二本ずつ――ASで行う白兵戦の訓練としては不適切に思われる。天音の言葉を聞いた刑部は訓練センターでの出来事を思い出し、苦笑いを浮かべながら答えた。

 

訓練兵(ブーツ)だった頃は最初、こんな風に生身での格闘訓練ばっかりやっていたんだ」

「えっ、な、何で……?」

 

 意外であったのだろう、天音は理解出来ないという風な口調で言った。刑部としても体を鍛えることに否やはない。しかし、確かに度が過ぎていた様にも思う。当時の教官を思い出し、お道化るようにして手を広げる。確か、彼女はこんな風に言っていた。

 

「『肉体で格闘戦も出来ないのにASを着て敵と真正面から殴り合えるか!』――っていう、教官の教導方針でね」

「え、えぇ……」

 

 呆れた、というよりは『なんだそれは』というような表情であった。気持ちはよく分かる。

 

「まぁ多分、理由はそれだけじゃなかったと思うけれど」

 

 苦笑いし、思い返す。訓練は白兵戦と銘打ちながら主に寝技が主体だった。身体接触の激しい訓練だ。つまりはそういう事である。

 

「でも実際、教官の言葉は強ち間違いでもなかったよ、AS操縦も体力勝負だからね、ASで白兵戦をするにも生半な体力じゃ直ぐに果てる、それに手が二本、足が二本っていう『不便』な状況での戦いに慣れておくと、結構実戦で余裕が生まれるんだよ、これが」

「な、成程、そうなんだ……」

「うん、それで――そっちのAS調整は上手くいったのかい?」

「あ、えっと、一応は、ちょっと側面と背面の装甲が不安だけれど、納得はいく配置にはなったかな、うん」

「そっか、なら良かった」

 

 手を叩き、拳を構える。天音もまた、同じように構えを見せた。

 

「よし、それじゃあ一戦、お願いします」

「は、はい! こちらこそ!」

 

 ■

 

 夕刻、訓練後、宿舎廊下にて。

 

「ふぅーッ……」

 

 刑部は誰もいない廊下をひとりで歩く。天音とは訓練場で別れていた。

 体から力を抜くと心地よい疲労感が広がる、正直全身の筋肉が気怠さを訴え歩くのも億劫だ。久々に此処まで体を追い込んだ、ある意味此処まで動かなければならなかった、スパーリング相手の天音が凄まじかったというのもあるが――本人曰く、外側で生きている内に勝手に体が鍛えられたらしい、確かに体力は怪物的であった――それにしたって明日から任務だというのに、少々張り切り過ぎたと自嘲する。

 肩に掛けたタオル乱雑に払い、腕に巻く。

 

「疲れた、シャワーを浴びて、飯食って……寝るか」

 

 呟き、刑部は肩を竦めた。今兎に角飯を食って休みたい、昼飯もがっつり食べたが夜も少し多めに摂ろう、そう決めて部屋の冷蔵庫の中を思い出そうとし――自身の部屋の前に立つ人物を見て、刑部の思考は霧散した。

 

「ん――セブンさん?」

「! あ、あぁ、刑部」

 

 刑部の部屋の前で妙にそわそわしながら立っていた人物。それは他ならぬ上官殿であるセブンであった。刑部の部屋の扉を眺めながら手櫛で髪を整えたり、唇を触っては何やら考え込む動作を見せていたが――。

 刑部はセブンの前に立ち、穏やかな口調で問うた。

 

「どうしたんです、こんな所で? 此処、人間用の宿舎ですけれど」

「う、うむ、勿論分かっているとも、実は、その、だな――」

「もしかして、俺に何か御用ですか?」

 

 刑部の問いかけに対し、セブンは小さく何度か頷いて見せた。その動作はどことなくぎこちない。端的に言うと『らしくない』、これは何かあるかなと内心で刑部は思った。

 

「あ、あぁ、そうなんだ」

「明日の任務の通達とかでしょうか? っと、そう言う事なら一度部屋へどうぞ、流石に廊下で話し込む事でもないですし」

「あ、いや、しかし――」

「どうぞどうぞ」

「あっ、ちょ――」

 

 まぁ、正直セブンが何を企んでいようと企んでいまいとどうでも良い。正直此方は訓練疲れで考える事も億劫なのだ。さっさと飯を食ってシャワーを浴びて寝たいのだ。故にやや強引にセブンの肩を押して部屋の中に押し込む。刑部が人間という事もあって、強く抵抗できないセブンはなすがまま部屋に踏み込んだ。

 

「まぁ文字通り何もない部屋ですけれど、あ、少し待って下さい、今何か出しますので」

「か、構わなくて良い、突然来たのは私の方だ」

 

 刑部が部屋の中にあるパイプ椅子を勧めれば、彼女は暫し固まっていたものの恐る恐る腰かけ、手を振った。しかし何も出さないというのはそれはそれで気まずい。故に刑部は冷蔵庫の中にあったボトルを取り出し、それをコップに注いだ。

 

「まぁ、そう言わず――麦茶です、冷たいと結構美味しいんですよ、これ」

「む、ぅ……そうか、すまない、ありがとう」

 

 差し出されたそれを流石に無碍には出来ぬと受け取るナイン。刑部は笑顔を浮かべながらベッドに座り、端的に告げた。

 

「それで、どうしたんですか? 何だかいつもと様子が違うと言いますか、直截的に言ってしまうと若干挙動不審に見えます」

「ぶっふッ」

 

 口付けていた麦茶を吹き出し、俯くセブン。

 

「大丈夫ですかセブンさん?」

 

「あ、あぁ……その、何だ、色々すまない」

 

 目を彷徨わせ、セブンは震える口調で言った。両手でコップを持ち、膝の上で手を組んだ彼女は暫し沈黙を守る。ややあって、何度か唇を濡らした彼女は僅かな声量で言葉を紡ぎ始めた。

 

「……実はな、食事を摂った後パーソナルルームに戻ったのだが、そこで同僚、いやこれは正しくはないな、人間でいう『腐れ縁』? だろうか、みたいな関係の機械人形となんやかんやで交流を図る事となってな」

「はぁ」

「そこでその、私の部隊に生身の男性が在籍する事になったと口を滑らせたら、えらく向こうが憤慨したというか、怒涛の如き言葉の洪水で以って迫って来たというか……その同僚というのが、あの場で話した性交渉を嗜んでいる奴なのだが――」

「……あぁ、そういう事ですか」

 

 刑部は目を泳がせながらそう口にするセブンを見て、凡そ彼女の用事の内容が分かった。膝に肘を立て、顎を支えながら刑部は淡々と告げる。

 

「その同僚に発破でも掛けられて、一度撤回した好奇心が再び首を擡げた――という所でしょうか?」

「うぐッ」

 

 セブンが呻き、それから深く頭を下げた。

 

「す、すまない、一度撤回した言葉を再び口にするなど到底許される行為ではないと理解しているのだが、その、如何ともし難い欲求というべきか、感情というか、そういうものが私の中で静まらなくて、だな」

「良いですよ、別に」

 

 何でもない事の様に刑部は云った。

 

「えっ」

 

 頭を下げた格好のまま、セブンがゆっくりと顔を上げる。その表情は端的に言って――中々に間抜けだ。信じられない、というか聞き間違いだろうか、という感情が透けて見える。刑部は微笑みを張り付けたまま、己の感情を分かりやすく言葉にした。

 

「だから、別に良いですよ? というか最近ちょっと中毒気味でして、誰か隣にいてくれないと深く眠れないような気がして――なので、俺としても渡りに船です、あ、でも今少し汗が凄いのでシャワー浴びてからでも良いですか?」

「あ、あぁ、勿論だ、うん……」

「それじゃあ少し席を外させて貰って――その間自由にして貰って構わないので、冷蔵庫の中とか勝手に飲み食いして下さい、余り良いものは入っていませんが」

「あ……ありがとう」

 

 それだけ言ってシャワーを浴びに行く刑部。部屋に取り残される茫然としたままのセブン。ややあって、セブンは刑部の消えたシャワールームに顔を向け、目を瞬かせた。

 

「――えっ」

 

 

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