心地良い疲労感があった。訓練とは違う、甘い痺れとでも云うのだろうか。刑部はベッドの上に転がったまま静かな呼吸を繰り返す。ただ、まぁ、やはり訓練後の疲労を考えると宜しくはない。それでもやってしまうのは男性の
「…………」
「セブンさん?」
「はっ」
声を掛けると茫然としていたのか、目を瞬かせて隣に寝転がる刑部を見る。ややあって、その表情に赤みが差し――機械人形だというのに実に多芸である――目に見えて狼狽していた。やや内股になって体を隠す様に腕を使うセブン、刑部はそんな彼女の顔を覗き込みながら問いかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、大丈夫、大丈夫だとも」
そう早口で告げたセブンは口元までシーツを手繰り寄せ、それからちらちらと刑部に視線を寄越した。慣れた反応であった、刑部は笑いながら問う。
「それで、どうでした?」
「ど、どうとは?」
「感想です」
端的な言葉にセブンが更に赤く染まる。しかし、口をシーツで覆った彼女はもごもごと唇を擦り合わせ乍ら、ややあって率直な感想を述べた。
「す」
「す?」
「……凄かった」
実に、簡素である。
「元々この生体パーツも、同僚の奴が付けろ付けろと五月蠅くて仕方なく装着していたようなものだから、今の今までこんな部位は必要ないと信じて疑っていなかったんだ……だが、その、どうやらその認識を改める必要があるようだ」
そう口にしながらセブンは足を擦り合わせる。そして、別段寒さを感じる訳でもないだろうに、ぴったりと刑部の傍に引っ付いた。物理的な暖かさではなく精神的な暖かさを欲しているのは明らかだった。刑部はセブンの頭を撫でつけながら、同じように彼女へと寄り添う。機械人形の肌は、
刑部の暖かさに頬を寄せたセブンが何処か浮ついた声で告げる。
「……良いものだな、誰かと繋がるというのは」
「――えぇ」
別段、躰だけの繋がりであろうと刑部は構わない。元より前はそういう仕事であったのだ。けれどセブンは体ではなく精神的な繋がりを求めているのだと思った。セブンの言葉には大いに同意出来る。誰だって一人では死にたくない。精神的な繋がりを欲している。
暫くそうやって寄り添っていた二人であるが、不意にセブンは刑部の腕から頬を離し責めるような口調で言った。
「しかしお前は――刑部は誰にでもこういった事をするのか?」
「誰にでも、というと語弊はありますが、まぁ前の仕事の時はそうでしたね」
「むぅ……」
明らかに不機嫌な声色だった。何となく刑部はセブンの方から顔を逸らし、「どうしました?」と白々しく問う。セブンは顔を顰めながら、シーツ越しに自身の胸の辺りを掴んでいた。初めて感じた情に戸惑っていたのだ。
「いや、何というか、お前が誰とでも繋がるというものだから、妙に、こう、イラッというか、ムカッ、というか、妙な感覚が……これは何だろうか?」
真面目な顔で、僅かな困惑を滲ませながらそんな事を問いかける。
嫉妬ですね。
刑部は口に出さず、肩を竦めた。
「――さぁ、何でしょう」
「う、むぅ」
呻き、未だ嘗て味わったことのない感情を持て余すセブン。刑部はそんなセブンを横目に深く息を吸い込んだ。
――今日は気持ち良く眠れそうだ。
そう思い、ゆっくりと微睡みに総てを委ねる。隣の微かな暖かさと疲労感が絶妙に混じり合い、あと十秒も瞼を閉じていればすぐに寝入ってしまいそうだった。そんな、今にも眠りの世界に旅立ってしまいそうな刑部の肩を軽く揺すって、セブンは問いかけた。
微睡は消え去り、刑部は目を開く。
「刑部」
「何です」
「私は、その、人間でいうところの美意識とやらに疎い、私はお前にとって魅力的な存在だろうか? 具体的に言うと、可愛いか?」
「えぇ、可愛いですよ」
「そ、そうか……そうか……!」
ぐっとシーツの中でガッツポーズを取るセブン。私、可愛い? まるで恋人の様な問いかけだと思いながら頷く。機械人形の造形は整っている。人形なのだから然もありなん。刑部は再び瞼を閉じ、そして数秒後同じように肩を揺すられた。
まだ、何かあるのだろうか。そろそろ眠いのだけれど。
「刑部、刑部」
「……えぇ、はい、何ですか」
「お前の好きな
「セブンさんは今のままが一番ですよ」
「ほ、本当か?」
「えぇ、本当です」
「そうか、わ、分かった!」
嬉しそうにはにかむセブン。良かったね、あとはぐっすり眠るだけだ。だから眠ろう、そうしよう。
「刑部、刑部、刑部」
「…………………はい、何でしょう」
「お、お前はどういう女が好みなんだ? 人間にはそれぞれ好みのメンタルモデルがあると聞く、男なら確か、清楚だとか可憐だとか、そういう感じの女が好きなのだろうか?」
「俺は、内面も外見も、今のセブンさんのままで良いと思いますよ」
「ほ、本当に本当か? 今のままの私が刑部にとっての一番なのか?」
「えぇ、本当です」
「そ、そうか!」
刑部は天を仰ぎ目を瞑った。今のセブンは初めて恋人が出来た人間の女性のソレであった。大きすぎる感情を持て余しているのだ。小さく、隣の彼女に分からない程度の溜息を零した。今は兎に角、疲れたし、眠いのだ。
「ぎ、刑――ふぐッ」
四度目はない。口を開いた瞬間、セブンの頭を掻き抱く様にして胸に囲った。そのまま小さく、囁くような形で告げる。
「――もう良い時間ですから、そろそろ寝ましょうね、こうすると良く眠れますから」
「ふ、ふぁい」
胸に掻き抱かれたセブンは大人しくなり、そのまま微動だにしなかった。漸く眠れる。
刑部は今度こそ微睡に身を委ね、疲労も合わさって深い眠りへと誘われた。
■
早朝。早番の者が慌ただしく準備し、飛び立っていく時間帯。休憩所の一角に刑部達は集まっていた。セブンに、ナイン、刑部と天音、小隊のメンバーが勢揃いである。朝食の時間が同じ彼女たちは自然、こうやって集まる事が殆ど。適当に雑談でもしながら朝食を摘まめば良いのだが――今日に限っては一昨日、昨日とは異なる妙な雰囲気が漂っていた。
率直に言うと――空気が淀んでいた。
それに耐えられなかったのだろう、目前に座るナインがどこか詰る様な目付きで刑部を見て言った。
「――刑部さん」
「ん?」
声を掛けられ、刑部は食べる手を止める。そしてナインを見ると、一口も食べていないサンドイッチを手にじっと此方を見る彼女と目が合った。ナインは多分――とても怒っている。
ナインはひとつ、ふたつ、間を置いて重々しく口を開いた。
「ひとつ、問いたい事があるのですが」
「……何だろうか?」
「『ソレ』は一体、どういうおつもりで?」
ナインの指が刑部の隣を指差した。横目で見れば、これでもかという程に顔を蕩けさせたセブンが刑部の腕に張り付き、両手にバーガーを掴んで刑部の口元に突き出している。多分良く見れば瞳の中にハートマークでも見えるのではないかと思う程。昨日との落差が酷過ぎる。セブンは幸せそうに口元を緩め、刑部の頬にぐいぐいとバーガーを押し付けた。
刑部は何ら表情を変える事無く、大人しく差し出されるバーガーを時折齧っている。
「ふふっ、刑部、美味いか? なら、これはどうだろうか、合成でも国産のバーガーは味が細やかで食い応えがあるのだ、あっ、因みに米産もあるぞ? こちらはこちらでボリューム感があってな、味が濃いのが特徴だ、因みに英産のバーガーは――」
「全部バーガーじゃないですか」
机の上に並べられたそれを見据え、ナインが吐き捨てるように言った。好きなものを貶されたと思ったのか、ややセブンの顔に剣呑なものが生まれる。
「むっ、何だナイン、私の献立に文句があるのか? 良いだろう別に、人の食事にケチをつけるな、全く以って無粋な」
「別段貴女が何を食べて何処で機能停止しても構いませんが、そんな栄養バランスの欠片もない食事を満面の笑みで勧めないで下さい」
「し、失礼な、これでも一応野菜とのバランスも考えてある! 見ろ、ほら、ちゃんとバーガーにはレタスが挟んであるし、トマトだって挟まれているものもあるんだぞ!」
「然様ですか」
ナインの対応は冷めていた、それは正にツンドラの如く。ナインはひとつ溜息を吐き出し、それからセブンに向けていた視線を再び刑部へと戻した。
「それで刑部さん、この状況を説明して下さい、貴方がセブンさんを片腕に巻き付けてやって来たものだから――ほら」
そう言って横に顔を逸らす。そこには放心し、天井を仰ぎながら脱力した天音が『在った』。最早口から魂が抜けだしているのではないかと思ってしまうような状態。彼女は両手両足を投げ出したまま虚空を見つめ、ぶつぶつと何事かを呟いている。
「恋人、こいびと……恋人? 機械人形と人間の、禁断の恋、機械に負けた、機械に負ける私ってなに……ただの肉の塊? 私は、私は、ゴミクズ――私ごみくずだった」
「天音さんが機能障害を起こしています」
「うわぁ」
思わず、といった風に刑部は呻いた。何というか色々見せられないような表情をしていたのだ。何だろうか、これを言葉にするのは難しいが有り金を博打か何かで全て溶かした人間がこんな顔をするのではないだろうか。
「あはは、まぁ何というか、色々あってね、うん、気にしないで貰えると有難いのだけれど」
「いえ、それは困難かと」
「……だよねぇ」
流石に笑って誤魔化せる段階は過ぎ去ったか。ナインは天音と刑部、それから未だ張り付いたまま熱視線を送るセブンを見て、盛大に――それはもう大きな溜息を吐いた。
「まさか僅か一日で部隊員、上官と懇ろな関係になるとは」
「懇ろって」
刑部が苦笑を浮かべると同時、ナインは細めた視線を針の様に鋭くして刑部を突いた。視線に痛みを伴わせるなど凄い目力だ、なんて考える。
「何というか、刑部さんはあれですか、俗にいう股軽という奴ですか」
「随分な言葉を真顔で言うなぁ……もしかして怒っている?」
「いえ、全く、これっぽっちも」
刑部の言葉をナインは否定した。そして暫くの間見つめ合う。明らかに怒気を孕んだ瞳であった。
「怒っているじゃん」
「怒ってなどいません」
刑部がそう言えば、即座に否定するナイン。絶対に怒っている、そう思ったが彼女は決してそれを認めようとしない。そんなやり取りをしていると、不意に袖を引かれた。見ればセブンが寂しそうな表情で刑部を見上げている。
「なぁ刑部、無視は良くないと思うんだ、構ってくれ、寂しくて仕方がない」
「……えぇ、はい、勿論です」
少し、変わり過ぎではないでしょうか。そんな言葉を刑部は寸で飲み込んだ。
「………」
まるでくだらない物を見るような目――通俗的な言い方をするのであれば、ジト目を向けるナイン。そんな目で俺を見ないでくれと云いたくなった。まさか部隊内でこの様な事になるとは。
いや、多少面倒が起こる事は予期していたのだ。ただ、ここまでセブンが豹変するというか、『駄目』になるとは思わなかった。
普段の彼女を思い出せ、泰然とし、凛と胸を張っていたではないか。しかし今の彼女はどうだ? 目を蕩けさせ、口にふやけた笑みを張り付けている。まさに
セブンは変わらず刑部に熱視線を送っている。反対にナインは絶対零度の視線。天音は魂が抜け落ち昇天中。それらを見て、刑部は小さく笑った。
先も云ったが、笑う以外にどうしろと。
まだ初任務すら行っていないというのに、前途多難の予感がした。