花の魔術師(クズ)の息子と人理焼却   作:時雨。

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ポピー

色とりどりに咲き乱れた花を数分掻き分けながら歩き続け、ようやく緑色の見える小高い丘へとたどり着く。

丘の中心部に一本だけ生えた何という名前ななのかよくわからない木の根本まで上り詰めてそのまま身を投げ出すように寝転がった。仰向けになったせいで被っていたローブのフードが重力に従って地面へと落ち、前髪が風に揺れる。

少しだけ潮の香りを含んだ風に当たりながら、葉の間からこぼれ落ちる日光に目をしかめて手で覆った。

"俺"がこの楽園で目覚めてからおよそ3ヶ月。自身を父親だと名乗った男『マーリン』は、少しずつ俺に俺が元から持たない知識や常識を教え始めた。

科学とは全く異なる技術である魔術について。

人間とは違う種族である夢魔について。

そして己が人間ではなく夢魔と人間の混血であることについて。

その他にも多種多様な知識を与えられるままに俺は飲み込み、蓄え続けた。

その甲斐もあって親父の授業で教わった魔術の大半は最低限使い物になるようになったし、目覚めたばかりの右も左も分からない状態よりかは断然マシになったと言える。かと言って何かができるようになったとかそういう訳じゃあないんだが。

使えると使いこなせるは違う、というやつだ。ただ一定条件下であれば正しく結果を出せるようになっただけ。自分から何かを生み出すようなことはまだしていない。

ただ、俺が簡単に次々と魔術を扱えるようになったのには理由があるらしく、なんでも今俺が意思を持って動かしているこの体は親父が自分自身を元に作り出した肉体なんだそうだ。実際近くの湖まで連れて行ってもらって顔を確認してみたが、眼の前の親父をそっくりそのまま若くしたような造形をしていた。違いを強いて言うなら親父より女性的な顔の作りというか、中性的な顔立ちだった。

親父的が言うには俺は『親父(マーリン)劣化個体(ダウングレード)』なんだそうだ。

親父が一人で単細胞生物のごとく分裂したのか誰か女の人組んず解れつしたのかは分からないが、俺としては水面に写ったそれだけで親父の話を信じるには十分だった。

雲に遮られたのか、今まで眩しく顔に照っていた日光が薄まった。顔の上に乗せていた手を退けて体の隣に投げ出すように脱力する。

ここ数日ずっと考えていることがある。親父は俺をどうするつもりなのか、ということだ。そう付き合いの長いものではないが、少なくともあの人が無意味に俺を育てている訳ではないということは俺にも分かる。何かをさせるつもりなのか、俺を使って何かがしたいのかは分からないが、そのうち何かしらあるのは間違いないだろう。

暖かな微睡みの中で徐々に体を包み始めた睡魔に身を任せて瞼を下ろす。

楽園の気候に温められた空気を風が運び、全身に心地よく当たった。平和な世界。優しい終末。最果ては今日もゆったりとした時間が過ぎていく。

明日からも親父に魔術を教わり、終わったらなんとなしにぼぅっと呆けて、何事もない一日を過ごすのだと思っていた。

だからだろうか。

全身が花の海に沈んでいくことに気が付かなかったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

今までただの花が一面に咲き誇る地面だった場所が、水面の如く波紋を広げて彼の体を飲み込んでいく。

音もなく沈んでいった彼の体は、やがて完全に見えなくなった。きっとあと少しであちらに到着することだろう。

ここまで数年に渡る作業にようやく一つの区切りがいた。久々に一人きりの楽園となってしまったことを確認しながら私、マーリンは大きく伸びをする。

私が彼を見つけたのは本当に偶然だった。

ある日の昼下がり、いつも通り面白い人生(ものがたり)をこの()で探しながら世界中を見渡していた時のこと。この星の東の果ての小さな島国。その中のたった一人に私は酷く目を惹かれた。今まで私が観測してきたどんな人物とも違う、突飛な点も欠乏している点も全くと言っていい程に存在しない人物。まさしく人の平均点。まるで神が手ずからそうなるように示して作り上げたのではないかとさえ思わせられる程の中間点。彼はその人生において凡そ何に特別長けていると言うわけでも不得意な事があるというわけでもなかった。

彼の周りにいる人間のほうがよっぽど私が好きな人らしい物語を綴る人であったにも関わらず、それでも何故か私は彼のことが気になった。

そして彼の生きる日々を見ていたある時私はふと思いついたのだ。人間として普通であることに関しては他の追随を許さない彼が、私と同じような人外の肉体を持ったらどうなるのか、と。いや、これでは少し説明不足か。『人のある意味究極系である彼の魂を人外の肉体に入れたらどうなるのか』という疑問について私は純粋に興味が湧いた。

だから、彼があの日事故で命を落としたのはある意味現状を考えれば好都合だったのかもしれない。

偶然に偶然が重なった結果、彼という個人はあっけなく死んだ。絶命した。世界中で毎日起きているよくある脅威が彼を襲ったのだ。

だが、私としては少なくともあと数年は彼が生きているだろうと考えて彼の死後その魂を入れるための肉体は当時まだ未完成だったので、慌てて彼の魂の保護を行った。取り敢えず魂が傷ついたり壊れたりしないように保管し、まだ製造工程半ばだった肉体を急拵えでなんとか完成まで持っていった。例の機構を実装するのにかなり手間取ったが、以前アルトリアに竜の因子を組み込んだ際の経験が活きてなんとか調整を完了することが出来た。

それが約4ヶ月前。そして彼が目覚めるのに一ヶ月程を要したが、その後の経過は上々だった。このまま一通りの技術と知識を与えた後は、何処かの街にでも放り込んでみようか等と考えていた。ひと月前までは。

凡そひと月前、この星の歴史が焼き尽くされた。人理の焼却。この星が始まって以来の大事件。しかも事の下手人は彼の獣の一翼だと言うではないか。そしてそれに抗うのはたった一人残った人類最後のマスター。カルデアという組織に残された最後の希望は私の元に居た彼とは別の意味で同しようもない程に人間だった。

故に私は思ったのだ。

『今しかない』と。

彼と彼女が交わる世界最悪の大事件。これで面白くなかったら嘘だ。

そして私は超急ピッチで彼への授業を進め、先程その過程がようやく終了した。

今頃彼は特異点の一つで目を覚ましている頃だろうか。

 

「ああ、君はきっとそこで美しいものを見る。その時君は一体どんな気持ちを抱くのか。それとも人外の肉体故に心など無いのか」

 

君は言わばハッピーエンドの為の布石だ。思う存分その力を奮って来てほしい。

その為の餞別も君と共に送っておいた。

どうか私に見せてくれ。人と、人ではなくなった君の可能性を。

これから始まる大いなる物語を想像すれば、自然と口角が上がってしまった。

 

君達の道行きに花の導きが有らんことを。

 

 


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