リリカル・ブレイン   作:SLB

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 其は、魔を討つ魔にして一人の騎士。
 其は、乱舞を以て数多を斬る狂戦士。
 其は、ただ一人だけを守る優しき少年。
 其は、全ての敵を殲滅する冷たい兵器。
 “双剣の騎士”、“戦いを嫌う臆病者”、“規格外の怪物”、“任務の出来ない落ちこぼれ”、“出来損ないの人形”。
 僅か二年の間に呼ばれた、彼の者の代名詞が数々。
 されどもそれは昔の話。怯えも迷いも失敗も、今はない。
 最強となる筈だった騎士剣の力と、決して揺らがぬ信念を備えた彼は、確かに騎士として完成したと言えるだろう。
 “双剣の騎士”、“規格外の怪物”、“虐殺の狂戦士”、“生きた殲滅兵器”、“理不尽の権化”、“賢人会議の最終兵器”。
 嗚呼、しかしてそれは喜ぶべきことだろうか。彼が強くなったことを賞賛する者は、知人を含め誰一人として存在しなかった。
 一人殺せば犯罪者、百人殺せば英雄。しかして数百の人間を虐殺し、尚も世界から犯罪者と叫ばれる者。
 優し過ぎるが故に、ある意味相応しくもある意味相応しくない力を生まれ持つ者。
 ――今、双子の騎士剣が振るわれる。


第六章:D-side 舞う者たち ~Dream or Real~ 前編

 天井から突き刺さる照明を見上げ、ディーは眩しさに眉を顰めた。

 時の庭園内で最も広いフロア。段差の無い床を複数のシャンデリアが照らしている。

 視界を前方に戻せば、壁に程近い場所でこちらと向き合うプレシアの姿があった。

 一方のディーも、数メートル後方には反対側の壁が存在する。

 周囲は既に、不自然な空間の揺らぎが広がりつつある。これはプレシアが結界を作っている為だ。

 プレシアの右手には杖型のデバイス、左手には立体表示されたコンソール。ディーの腰には鞘へ収まった二振りの騎士剣が既にある。

 これから行うのは紛れもない模擬戦。プレシアの提案に対し、百聞は一見にしかず(Seeing is believing)ということでディーも合意したのだ。

 情報制御と魔導に関してはお互いに情報交換はできるものの、魔法士・魔導師間の効果は試してみないと分からない。戦闘もまた然りである。

 ディーとしても早めに対魔導師の感覚や対策を練っておきたかったので、願ったり叶ったりである。

 因みに、お互いの“魔法”は情報制御と魔導に区別する事で話が纏まった。

 前者は元々正式名称なので兎も角として、後者は過去の呼称とのこと。

 今では魔力素によるエネルギー運用技術そのものを“魔導”、完全個人運用の技術を“魔法”と区別しているらしい。

 魔導師と呼ばれるのはその名残なのだとか。

「……展開完了。これで結界自体が破壊されない限り、何を壊しても問題ないわ」

 不定形に揺らいでいた空間が前触れなく整った直後、コンソールの操作から顔を逸らしたプレシアの声が響く。

 結界を巻き込む程派手な破壊能力など、ディーは持っていない。しかし突っ込んだら睨まれるので口には出さない。

「早速始めるとしましょう」

(大規模情報制御を感知)

 言葉と共に、床下から次々と“何か”が浮き出てくる。それらは見る間にディーの身長を追い越し、西洋に近い巨大な全体像を顕とした。

 掃除ロボットや自動警備システム等は見た事があるものの、こういったものは魔法士の世界に無かった。

 資源やエネルギー関係の問題は勿論、技術面の違いもよく分かる代物である。

「傀儡兵、ですか」

「誰も私だけとは言ってないわよ?」

 妖艶さすら含んだ腹黒い笑みに、苦笑で答える。この人物、やはり一筋縄ではいかない。

 というか、物を壊すのは傀儡兵の方が上ではなかろうか。突っ込んだら睨まれるのでやっぱり口に出さない。

 決して出せない訳ではない。決して。

「ところで……例のあれ、解析できましたか?」

 模擬戦の提案後、ついでとばかりに頼んだ事がある。

 自分とセラが転移させられた、謎の現象。唯一の手掛かりは、表示されていたデータのみ。

 賢人会議の参謀に伝わるよう砂浜に書き記しはしたものの、巻き込まれた自分がこのまま手を拱いている訳にはいかない。

 違う技術を持っている魔導師達なら、何か別の事が分かるかもしれないとディーは考えた。

 幸いプレシアは魔導師であると同時に研究者でもあったため、これまた願ったり叶ったりである。

「模擬戦の準備で忙しかったけれど、一目で大体分かったわ。もう少し暇な時に詳細なものを渡すから、待って頂戴」

「ありがとうございます」

 期待以上の返事に安堵する。そういえばそんなこと言ってたわね、とでも言われたらどうしようかと思っていた。

 最近になって人となりを把握し始めたものの、何やら精神的に追い詰められている様子。

 娘に強く当たるのも関係しているのだろうが、原因が隠されていると思しきプレシアの研究室は立入禁止区域。

 迂闊に危ない橋を渡る訳にはいかない。

「ルールは簡単よ。これらの防衛を突破して、私に一撃当ててみなさい。敗北条件はそちらも同じ。制限時間は十五分。何か質問は?」

 律儀に説明と質問タイムを送ってくれる。

 普段の態度からしてちょっと意外だが、実験である以上ちゃんと成果が出なければ納得しないのだろうと考える。

 何にせよありがたい為、遠慮なく問う。

「プレシアさんへの直接攻撃は、どの程度まで有効ですか?」

「バリアジャケットを傷付ける程度」

「傀儡兵は壊してもいいんですか?」

「胴体を破壊されなければ数日でスペアと交換できるわ。ただし、胴体の破壊だけは禁止よ」

「プレシアさんは戦うんですか?」

「ええ。こんなお人形ではできない事もあるから」

「わかりました」

 それだけ聞ければ十分だ。

 手にしてから既に二年ばかり、実質自分とほぼ同い年の騎士剣を掴み、両腰の鞘から引き抜く。

 頭の中でスイッチを叩くのも、また同時。

(I-ブレイン、戦闘起動)

 思考の主体を大脳新皮質上の生体コンピュータ――I-ブレインに移行。

 五感の神経パルスだけでなく、自分を含めた周囲状況までもが数値データ化。

 脳の通常部分へ余計な負荷がかかる事を防ぐため、フィルター処理を施されて漸く神経に戻される。

 その思考速度、実に十億分の一秒(ナノセカント)単位。何もかもを置き去りにする圧倒的な演算速度が、物理法則を超越する。

(「身体能力制御」発動)

 発動するのは騎士能力の基本。体内の物理法則を改変して高速行動を可能とする能力。

 ディー自身も騎士としての能力は非常に高く、騎士剣の補助がなかろうと七倍速で行動できる。

 魔導師の感覚で言うなら、バリアジャケットを装着する作業に近いかもしれない。相違点を挙げるなら、あちらが防御でこちらは加速というところか。

 次に、数と体格差を考慮し、最大で音速をも凌駕できるその出力を調整する。

(運動速度、知覚速度を十五倍で定義)

 周囲の全てが倍率分の一に減速し、自分だけがスローモーションの世界で極普通に動けるようになるという状況が作り出される。

 正確には、周りが遅くなったのではない。自分が速くなったのだ。

 ……このくらいでいいかな?

 出力は、自分より二段下の並以下――第三級(カテゴリーC)の騎士が発揮できる程度。

 少し加減し過ぎかもしれないけれど、相手は“条件つきの”保護者。

 敵でも味方でもない以上、手の内を隠すに越したことはない。いざという時も、後で出力を引き上げれば済むだろう。

 それに、模擬戦の目的は勝利や瞬殺などでは断じてない。

 互いに情報交換を行い、騎士についてある程度説明こそしたものの、能力の応用法や奥の手については伏せた。

 プレシアも同じようなもの故、おあいこである。

 細い両腕を、小振りな双子の騎士剣と共に翼の如く広げる。メルボルンの戦い以降、よく使うようになった型だ。

「――いつでもどうぞ」

 

 

 構えた少年に対し、プレシアは強い違和感を覚えた。

 ハスキーなアルトの声。思わず性別を間違えてしまいそうな声。今発したそれは、余りにも泰然として乱れがない。

 銀色の瞳。人形染みた顔の中で唯一意志の強さを表していた瞳。今輝くそれは、冷たく鋭く尖っている。

 全体的に頼りなさが――人間らしさが存在しない。まるで機械人形と入れ替わったかのようだ。

 平常からのギャップを感じる雰囲気が、鋭利な刃物を連想させる。

 ……これは……

 異様な存在感に、プレシアは狂気の瞳を鋭く細めた。

 生まれて二年で任務続きだったとは聞いている。しかし、昔からこうだったのだろうか。

 それとも短期間における非常識な戦闘経験と、それに伴って築き上げた精神が、少年を限りなく冷徹なものへと変えているのか。

 後で聞いてみなければと心に留めつつ、情報交換で得た騎士・魔法士関連の知識を思い出す。

 

 記憶・演算・出力。多少の違いはあれど、魔法がその三竦みによって発揮される技術でしかない点は、魔導も情報制御も全く同じだった。

 大きな違いと言えば、魔力を媒介としているか否か。更に魔法士の場合は、演算のみでゴリ押ししているらしい。

 能力発動の際、イメージは愚か詠唱も予備動作も不要と言えば、この理不尽が少しは分かるだろうか。

 ミッドチルダの最新鋭CPUですら足元にも及ばない、圧倒的な演算速度。その数値を聞いた際は流石に頭を抱えた。

 魔力に演算を施して何らかの効力を持たせられるなら、別の物も理論上可能なのではないか。

 過去にそう考え、そして挫折していった者達はどうやら間違っていなかったようだ。

 では何故魔力だけが操作できるのかを少年に問えば、情報強度の問題ではないかと返ってきた。

 如何に出鱈目な演算能力を持つ魔法士でも、変質し難い物は存在する。人間やコンピュータなどの“考える物体”がそれだ。

 自身の肉体ならまだしも、他者の情報強度は非常に堅い。

 物体に魔力を通してからだと演算出来ないのは、その魔力が既に対象の所有物となっている為ではないか。

 無機物制御を例としたこの仮説がプレシアの研究意欲に火を点けたのは、また別の話。

 何にせよ、“I-ブレインを備えぬ人であっても、演算で変質させることのできる唯一の物体”こそが魔力だった。

 

 立体コンソールの操作を開始。二十を数える傀儡兵達へそれぞれ指示を与える。

 配備されている傀儡兵は全六種類。この模擬戦で扱うのは、大型と空兵型を除く四種類。

 杖を手にした魔導師型が四体。弩弓と翼と尻尾が特徴的な弓兵型が二体。剣や斧、盾等を装備した歩兵型が十三体。

 残る一体は各フロアのボス役を務める中型である。

 歩兵型・弓兵型は主に物理、魔導師型は魔導、陸戦AAランクに匹敵する中型は物・魔の併用で攻撃と防御を行う。

 防衛時の自律行動では反応が良くても頭は悪い。よって、今回はプレシア自らが手動操作する。

 庭園の駆動炉からエネルギー供給を受けて動いているため、模擬戦後はそこから補給する予定だ。

 ただし魔導の発動には別途で魔力が必要な為、予め貯蓄してある。

 中型はプレシアの傍で待機、弓型はフロア上空から狙撃ポジションを取り、魔導師型を後衛、歩兵型を前衛に置く。

 まずは歩兵を進める所だが、今回は模擬戦という名を借りた実験。魔導師型を先に動かす。

 小手調べやその他の意味合いを込めて、四体中一体に高速直射型の魔力弾を生成させる。勿論演算は傀儡兵頼りだ。

 発動魔法はフォトンランサー三発。一つは頭部、二つは胸部へ照準。

 傀儡兵の前方に、逆三角形の並びでスフィアが出現。その上で傀儡兵の補助動力とされる魔力が固められ、弾殻が作られる。

 

 魔力弾に関して講義を受けた際、騎士の少年は「炎使いみたいですね」と評していた。

 分子運動制御特化型魔法士“炎使い”。

 名前通り周辺の分子運動に干渉し、熱量や運動量を操作することであらゆる物質を銃弾・盾・槍、果ては爆弾にすら変える魔法士らしい。

 対して魔導師が射撃や防御などに使っているのは、魔力唯一つ。

 空気分子などを直に操れないため、魔力そのものを分子運動制御の材料にしているようなものだ。

 比較すれば魔導師の方が劣っているように聞こえるかもしれないが、伊達にミッドは汎用性を求めていない。

 魔法士が持ち得ていないのは、運用する物質に別途で付加効果を追加する事だ。

 所謂ウイルスのようなもので、ブースト魔法や防御魔法等が代表例として挙げられるだろう。

 だからこそ、たった今形を整えた青紫の魔弾には非殺傷・非物理破壊設定という“ウイルス”が入っているのだ。

 術式完成。スフィア・魔力弾生成完了。残るはトリガー唯一つ。

 少年の隠してきた力を垣間見る。それは、閉ざされた箱の中身を覗く行為だ。

 無論、空っぽである事は決してない。ありとあらゆる方面からその証拠は挙がっている。

 問題は、中身の価値が魔導師にとってどれ程のものなのか。

 今や禁忌とされる人造魔導師や戦闘機人などに次ぐ新たな可能性に、研究者としての好奇心が擽られる。

 躊躇も恐怖も、とうに塗りつぶされた。

「ファイア」

 たった一つの号令を合図に、中身にも軌道にも一切の捻りなく、弾丸は少年へ牙を剥いた。

 

 

(攻撃感知)

 先端の尖った魔弾が動き始めたのは、額の裏側に浮かぶI-ブレインからのメッセージと同時だった。

 魔力の色に関しては既に学習済みなので、動揺は皆無。注視するべきは弾丸の形状・速度・性質である。

 速度は実弾にこそ劣るものの、殺傷設定時の威力は弾体の大きさで補って尚余りあるだろう。

 恐らく、単純な高速直射型。誘導性皆無の初歩的な魔力弾だ。引っ掛けは無いと見ていい。

 突き進むは三発。うち二発はディーの胸部を、残る一発は額目掛けて迫る。

 十五分の一に減速して見える魔の弾丸を冷静に見つめ、ディーは一歩踏み込んだ。

 

 魔導師ならば、この時点で選ぶ選択肢は基本的に回避か防御である。

 高い移動能力で躱すか、障壁を作り出して防ぐか。もしも魔弾を無力化できる攻撃手段があるのなら、“迎撃”を選んでもいい。

 しかし、既に相手が弾丸を射出してきた時点では、同じ飛び道具による迎撃は難しい。

 更に指定した方向へ一直線に向かう高速直射弾を三発も、完全同時に撃ってきたのだ。これでは武器を振るって撃ち落とすのもままならない。

 並の人間でも、並の魔導師やあのフェイトであっても、この状況では回避優先が関の山。次点として防御に迷うだろう。

 だがしかし、標的としてそこに佇んでいるのは誰だろうか?

 只の人間? それとも魔導師? 何の力も持たない非力な少年? 手に持つ双剣を脅しにしか使えない憐れな優男?

 全て否。

 魔法士である。そして騎士である。魔法士を倒す為に作られた魔法士であり、同じ魔法士達から化け物呼ばわりされる程の規格外である。

 たった一人の少女を守るために満身創痍の身体を引きずり、二千の敵兵に単身立ち向かった騎士である。

 両の剣を縦横に振るい、その戦いで何百もの兵を切り伏せ、“近接攻撃のみで敵を殲滅する兵器”と化した魔法士である。

 そんな彼の思考に、防御という選択肢が浮かぶことはなく。

 1+1の問いに2を記述するが如く、回避と迎撃を選択した。

 

 非殺傷設定だろうとはいえ躊躇なく額を狙った一発を、僅かに屈み込むことで直撃軌道から外れる。

 次に、この体勢だと両肩に命中するであろう残り二発を照準。翼で身を隠すように両腕を折り畳む。

 腕は脇の下を通り、剣は元々収めてあった鞘の上を通過し、更に後ろへ。

 これから行う“実験”が失敗しても確実に受け流せるように軌道を調整し、迎撃。

 完璧なタイミングと精度でバツの字に振り上げた双剣が、二つの魔力弾を過たず捉える。

(「情報解体」発動)

 同時、騎士が所有する二つ目の能力を発動。

 その能力は、騎士剣に接触した物体の存在情報へ直接干渉し、消去するというもの。

 情報の側から存在を全否定されれば、対象は物理的にも存在を維持できなくなり、原子単位に分解されて砂の如く崩れ落ちるのだ。

 両肩を打ち据える筈だった青紫の弾丸は、騎士剣によって軌道を逸らされつつ、形状まで崩壊する。

 ディーの後ろを通り過ぎた時には、解体された魔弾は青紫の粒子――魔力素と化して散っていた。

 一方、頭上を通った弾丸は勢いを止めず、後方の壁に着弾。

 非殺傷・非物理破壊設定にしてあったのか、元から綺麗だった壁には傷一つ付いていなかった。

 青紫の輝きを放っていた魔力の残滓は、空気に溶けて色を失う。

 遅れて、大魔導師の表情が僅かに揺らいだ。能力は既に三つ目まで簡潔に話してある為、一驚以外の理由である事は確かだ。

 対してディーは、確かな手応えを感じていた。

 生まれてから二年。これはそのまま、ディー自身の戦闘経験とほぼ等しい。

 チタン合金や電磁射出の銃弾、軍用フライヤーや単分子ワイヤー、窒素結晶や荷電粒子、時には捻じ曲がった空間まで。

 普通の人間なら短いと言い切れる時間の中、それなりに色々な物を解体してきた。

 その上で、内心に浮かぶ感想はただ一つ。

 ……やっぱり、脆い。

 騎士剣を介して知覚した、魔力弾の情報強度が、呆れる程低い。ここまで情報強度の低い物質を解体したのは流石に初めてだった。

 同時に、これはディーの予想を全く覆さない結果でもあった。

 何せI-ブレインを持たない人間でも演算で運用できる物質だ。それ程までに変質しやすいなら、情報側で“堅い”道理など存在しない。

 ディーが構え直し、配置されていただけの傀儡兵達も一斉に得物を構える。

 両者にとって、魔弾と剣の衝突こそ開幕のゴング。お互いの拳と拳を突き合わせただけの、挨拶に過ぎない。

 ここからが、本当の小手調べ。炎使いと同じ、という先入観は以ての外。

 魔導師側の手札は、大まかな分類を見ただけでも非常に多彩である。最初は眼を白黒させたものだ、と心の内で苦笑する。

 ぱっと見の為まだ明言こそできないものの、既知の魔法士で最多の手札を持つ、賢人会議のリーダーよりも多いだろう。

 数日程度しか学んでいない事も相俟って、油断は禁物。一つ一つ、対象の形から情報制御のパターンまで隈なく観察する必要があるのだ。

 身構えるディーに対し、向こうも動く。杖を持った傀儡兵四体に、プレシアまでもが魔力弾の生成を開始する。

 I-ブレインで視力を補正し、形作られていく総数二十以上の弾体を見やったディーは――

「……うわぁ……」

 思わず呻いた。

 物量は脅威に値しない。第二級(カテゴリーB)の炎使いでも桁一つ多く氷の槍を展開できる。つまり、看過すべきでないのは質だ。

 先程と一見してあまり変わらない槍状の高速弾は勿論の事、近い形で言うなら片刃の剣や球、果てには回転し続けるブーメランまで浮遊している。

 これ程多種の魔力弾を一度に生成するのは、実戦において“無駄”の筈。

 あらゆる飛び道具でこちらの反応を探り、効果のある魔力弾を探すつもりなのだろう。

 勿論ディーも、プレシアがそういう考えで仕掛けてきた事は理解できる。できるのだが。

 ……これ、全部射撃……?

 数が多いのではなく、種類が多い。デュアルNo.33、初めての体験である。

 怯懦はない。ただ、余りの多彩ぶりに少々辟易しただけだ。

 しかして相手は待ったを知らない。何とも言えない感慨を抱いている中、全体の三分の一を占めていた魔弾群の一角が解き放たれる。

 高速弾の群れに、幾つか別の弾体が混じった混成射撃。その上空で、弓兵型が弩弓を引き絞る。

 遅れて歩兵達も前進開始。外見に似合わぬ俊敏性でフロアを駆ける。

 気を取り直したディーは、更に前へ。

 騎士に防御の選択肢が存在しない以上、ここで後退など論外である。

 

 

 湖の上を風が凪ぎ、視界の下半分を占める青が揺らめいた。

「……駄目だ、ここも空振りみたい」

 後方から声をかけてきたのは、狼の姿になっている使い魔。

 水面から突き出た岩の上で、フェイトは短く「そう」とだけ返した。

「やっぱり、隠れながら探すのは難しいよ」

「でもちゃんと集まってる。もう少し頑張ろう」

 ジュエルシードに管理局が関わり始めて、既に数日。

 上辺は落ち着いていても、フェイトの内面は確実に焦っていた。

 身を隠しながら何とか集めているものの、向こうが三つに対しこちらは二つ。芳しいとは冗談でも言えない。

 だからと言って引き下がるつもりは毛頭ない。残る六つを一気に回収すればまだ何とかなる筈だ。

 このまま一つずつ集めていったら、幾つかを管理局側に取られてしまう可能性が高い。それを防ぐなら、多少の無茶を覚悟しなければならない。

 まずは地上に残っている青の宝石を探し、残りが全て海中にあると判断した場合、海に魔力を流して強制発動。そのまま一網打尽とする。

 言葉にすると簡単だが、今まで一つ一つ封印してきたのを複数相手にするのだ。難易度は想像を絶している。

 それでも、自分達にはこれしか方法が残されていないのだ。

「ところでフェイト、左腕はもう大丈夫かい? 大丈夫なら、外していいからね」

「うん。ありがとう」

 使い魔の言葉に頷き、その場で左腕の包帯を勢いよく抜き取る。痛みは全くなかったので、もう問題ない。

 問題だったのはその直後。何の前触れも無く突風がフェイトを襲い、その手から包帯を奪い去っていった。

 解けた純白は風にのって飛び、青空の中へと溶けていく。

 青に混じる白が、フェイトの中で一人の人間を思い出させた。

 ……あの人、今頃どうしてるかな。

 雲になって掻き消えてしまいそうだった、銀髪銀眼の優しそうな少年。そういえば、昔の母も同じ位優しかった。

 アルフはまだ完全に心を許した訳ではないらしいが、悪い人でない事に変わりはない。

 寧ろ、最近の母に怒られていそうだ。後ろの使い魔に見えないよう、フェイトはこっそり頬を緩めた。

 少年の言った通り、地上を探し終わったら一旦休もう。体力と魔力を回復して、万全の状態で海に魔力を打ち込むのだ。

 多少疲れている時よりは、まだ封印出来る可能性もグッと広がるのだから。

 

 それぞれに思い、それぞれに考え、それぞれに心を配り、それぞれに心を痛める。

 己の疲労を測り切れていない魔導師には、隠された真実など知る由もない。

 無知とは即ち、自由にして罪。この罪を償うことに必要なものは何なのか……今は、誰も知らない。

 少女が持つ心配は正当であり杞憂。使い魔が持つ警戒は正解にして不足。

 理由など、唯一つ。

 少年は余りにも優し過ぎ、同時に余りにも危険過ぎる存在だった。唯それだけの話である。

 

 

 ――模擬戦開始から、どれだけ経っただろうか。

 今のプレシアに、マルチタスクで時間を計る余裕など欠片も無かった。

 気を抜けば少年の姿を見失いかねない。リアルタイムに兵達へ指示を与え続けなければ、あっという間に戦線が崩壊してしまう。

 知る事と理解する事は、決して同義ではない。実体験の方が実入りが多い以上、分からない事は幾らでも存在する。

 それでも、少年が未だ本気を出していないのは分かる。自己領域を使わないのが何よりの証拠だ。

 でありながら、プレシア側は予想を上回る不利に陥っていた。

 

 まず、飛び道具が通用しない。

 手数と速度を重視した直射弾で一時的な弾幕を張っても、全て回避と迎撃のみで捌かれる。

 秒速二百メートルの弾丸も、今の少年には時速五十キロメートルという子供が投げた石ころ程度にしか見えないだろう。

 弾幕の中に誘導弾は言わずもがな、形状を変えて魔力刃やブーメラン等を混ぜたものの効果は無し。

 最後のブーメランに至っては、態と避ける事で戻って来るかどうか確認する程の余裕を見せてくれた。

 弓兵の矢で狙撃も試みたが、殆ど不意打ちでありながら視線も向けず弾いて見せた。後ろに目でもあるのか。

 多少体勢は崩れたものの、隙を突かんと待機させていた歩兵は見事に反撃されてしまった。

 次に、速過ぎる。小回り的な意味で。

 加速自体は大したことでもない。高速移動魔法を使えば、魔導師の方がもっと速いだろう。

 問題は、それが永続効果であるという一点に尽きる。

 一挙手一投足、体勢の立て直しや移動から攻撃への移り変わりも含め、全てノンストップ加速状態。

 攻撃前後の僅かな隙も十五分の一に縮められては、迂闊に手が出せない。

 優秀な高速戦魔導師でない限り、真似できない芸当だ。できても連続高速移動は負担が掛かるし、その状態で攻撃するとなったら高等技術。

 ついでに言うなら、歩兵の攻撃も受け流していた。

 話が違う。何が“加速してるだけで膂力は上がらない”だ。反作用打ち消しの効果だけで十分乗り切っているではないか。

 三つ目に――情報解体。

 剣の刀身に一瞬でも接触さえしていれば、持主の意思一つで発動できる物理防御無視の対象破壊能力。

 飛び道具が通用せず、傀儡兵達が次々と脱落していく最大の原因。

 反則である。並の魔導師相手ならこれだけで有利に進められるだろうと思える位反則である。

 歩兵が張った防御魔法もあっさり解体していた。早急に対処法を考えねばなるまい。

 何より、これでまだ自己領域という奥の手が存在するのだから恐ろしい。

 この時点で、プレシアの内心には陸戦AAA+以上という評価があった。

 

 跳びかかった歩兵達をあろうことか踏み台にして上へ登り、見事弓兵にとりついた銀の少年を見上げる。

 辿り着けないだろうと高を括っていた矢先、狙撃手への接近を許してしまった。

 しかし、弓兵はまだ一体残っている。片方を仕留めた所で、足場の無い空中では二体纏めて仕留めるなど不可能だろう。

 それは同時、攻撃回避の困難も意味する。勝機があるとしたら、今しかない。

 すぐさま周辺の魔導師型に指示を送りつつ、自身も魔力弾を生成する。

 魔力弾による支援射撃は、これで三度目。特殊弾体はプレシア自身が生成・射出している。

 それを除けば全く変わらないように見えるが、前回と前々回を比較すれば対処の難易度は全体的に上がっている。

 全スフィア中三分の一から放ってきた第一波、射出数を倍に増やした第二波、全スフィアから容赦なく撃ち出された第三波。

 速度も威力も順に割増しており、特殊弾体もきちんと難易度を上げている。

 足場や状況の悪さ、第一波以来号令をトリガーにしなくなった分も含めれば、流石に厳しくなってきた筈。

 特殊弾体として、誘導操作型多重弾殻弾一発と直射型反応炸裂弾三発を選択。魔導師型達の魔力スフィアに混ざって生成を開始する。

 狙いは上空、戦闘不能となった弓兵の上。

 加速状態のまま、「これからどうしようか」と言わんばかりに頬をかいて“いた”、銀髪白衣の少年騎士。

 こちらの魔力弾に気付いた瞬間気を引き締める辺り、油断はまるで見られない。

 いや、特殊弾体の底が知れないからこそ油断できないのか。

 こっちはそろそろネタ切れだというのに。マルチタスクで行われた余計な思考を中断しつつ、誘導弾一発のみを撃ち出す。

 未だ弾丸を開放しない魔力スフィアの群れから外れ、孤独に標的へ向かう特殊弾。

 足場に制限がある上、誘導操作弾ときては回避不可能。迎撃以外術はない。

 遠慮なく構えた少年の瞳――今や同一人物のものとは思えない程鋭利な銀の両眼が、更に鋭く細まる。

 次の瞬間。多少の期待が込められた魔力弾は、一刀の下斬り捨てられた。

 ……これも駄目か!

 多重弾殻弾ならばあるいは、と思った矢先の結果に舌打ちを抑え切れない。

 斬撃時に、外殻と中身を順に解体されたのか。それとも一度に解体されたのか。

 いずれにしろ、やはり生半可な飛び道具で仕留められる相手ではない。まずは何としても動きを止めなければ。

 無論、その為の次善策は既に用意してある。

 控えていた炸裂弾を纏めて射出し、一拍遅れて魔導師型の弾丸を一斉に解き放つ。

 足場こそ限られていながら、対する少年は回避を考えずに迎撃態勢である。

 プレシア製の魔弾が特殊である事は、少年も認知済み。

 だからこそ避けない。情報解体の通じない物がないか、確認する為だ。

 しかし多重弾殻弾の次に期待していた炸裂弾は、当然の如く解体される。

 予想通り。迎撃という一瞬の隙が、少年から退避の時間を奪った。

 ディーに割り当てた炸裂弾は一発だけ。残り二発は狙い違わず、弓兵の両翼に着弾した。

 物理破壊設定で着弾した魔弾はそのまま炸裂。弓兵を空中へ留める為のパーツを破壊すると同時、粉塵を撒き散らして少年の視界を奪う。

 無事な方の弓兵までもが覆い隠された直後、本命の直射弾幕が煙の中へ殺到した。

 身体能力制御の弱点が一つ、飛行不可能。足場が落下していては、満足な体勢などとれまい。

 数も速度もこれで最大。如何に十五倍加速といえど、直撃は免れないだろう。

 一か八かもう一体の弓兵に飛び移る、という可能性も考えて、予想跳躍軌道に合わせた弾幕も満遍無く張っている。

 一発でも命中すれば、此方の勝利。例え突破できたとしても、翼をもがれた弓兵の真下には歩兵達が集まりつつある。

 現在、動ける歩兵八体の内、着地際を狙えるのは五体。

 というのも、先程ディーに飛びかかった三体がディーに踏み台扱いされた時、無理に空中で対応しようとしてそのまま体勢を崩してしまったのだ。

 結果として、仰向け・うつ伏せを問わず“頭から不時着(ヘッドスライディング)”した噛ませ犬三体のできあがりである。

 それでも五体あれば十分。容赦も着地も許さない一斉攻撃で、この模擬戦を終わらせる。

 まず落ちてきたのは、頭部と翼を無残に失くした弓兵。粗大ゴミよろしく床に叩きつけられる。

 もし弓兵に取り付いた少年が隠れているなら、人形達は即座に反応している。それがないなら、次に少年が落下する筈だ。

 反撃にも対応できるよう全機が身構え……そのまま二秒経過。

 落ちて来るにしては遅い、と疑問に感じ始めた時、傀儡兵の不時着音がもう一つ。

 両腕・頭部・両翼を無くしたもう一体の弓兵が、少年諸共別地点に落ちて来たのだ。

「な――」

 予想の斜め上を行く展開に、流石のプレシアも虚を突かれた。

 ……何をしたの?

 まさか、“使った”のだろうか。

 もし使用したなら、既にこちらの懐へ潜り込んでいる筈だ。隣の弓兵に乗り移る程度で済ませる訳がない。

 態々此方の視界に入らない状態でやってのけたのだ。“あれ”はそもそも見てから対応できない以上、隠す必要性を感じない。

 兎も角、此方に見せられない事は確実。タネは後で調べるとしよう。

 一秒と掛からず冷静さを取り戻したプレシアは、全傀儡兵に対し新たなコマンドを下す。

 “時間を稼げ”と。

「……煌きたる天神よ、今導きの下降り来たれ……」

 マルチタスクにより、既に詠唱中。できるだけ規模は大きく、駒達も巻き込む範囲でなければ素で回避されかねない。

 無論、二重三重なれど策はある。しかし同時に懸念もある。

 一つ、策が通用するか否か。

 二つ、少年はどこまで“使う”のか。

 三つ、この魔法に、ここまで魔弾を撃ち続けた自分自身が保つのか。

 それでも、撃たねばなるまい。自分以外に誰がやるというのか。

 律儀に残りの歩兵達を相手取る、少年騎士。機動力に任せて兵達を振り切り、こちらへ向かう事も可能だろうに。

 ならば、その余裕を敗因にしてみせよう。

 直後、騎士と人形達が拘束機能を備えた紫の雷光に照らされる。鋭く保っていた少年の銀眼が、初めて驚愕に見開かれた。

 ただし、拘束されるのも攻撃を受けるのも少年のみ。こと制御に関し、この魔法は元々性能が高い。

「――サンダーレイジ」

 予想通りに拘束機能を破壊した少年へ放つは、非殺傷の巨大雷撃。

 如何なる加速能力を以てしても、光速で飛来する広域攻撃は回避不可能だ。

 紫の稲光に目が眩み、状況を視認できなくなったその時。

 ――“それ”は来た。

 

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