リリカル・ブレイン   作:SLB

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第六章:D-side 舞う者たち ~Dream or Real~ 後編

(運動速度、知覚速度を十五倍で再定義)

 周辺の時間が、先程より約数倍速く流れる。

 取り付いていた弓兵から降り、十数秒ぶりの床へ着地。そのまま残りの敵兵達へ向き直る。

 既に狙撃の心配はなく、残る脅威は歩兵を除くと後方支援のみであった。

 

 あの時。上下左右前後と足場の不確かな粉塵の中、ディーが何をしたかというと。

 鬼の居ぬ間の洗濯(While the cat is away, the mice will play.)よろしく、魔力弾を足場代わりに隣の弓兵へ乗り移ったのだ。

 言うまでも無く、簡単ではない。対象となる足場は亜音速の魔力弾。接触しただけでもダメージを受ける可能性は残っていた。

 とはいえ、元々後者を確かめる為の個人的実験。

 その場の思い付きな上に本気も出せないとくれば、大魔導師へ見せる訳にもいかなかった。

 要は目撃されなければいい。視界を遮られるものの、こちらの位置を把握できなくなる点では相手も同じ。

 身体能力制御の出力を最大値にすれば、亜音速の弾丸も時速二十キロメートル超の移動物体である。

 失敗した場合は、三つ目の能力を惜しみなく使って立て直し、敗北を宣言すればいい。

 問題は一メートル先も見えない中、どうやって魔弾の位置を正確に把握するかというと、一流の魔法士なら案外できたりする。

 粉塵が撒き散らされる前の弾幕から速度と軌道をトレースしてしまえば、タイミングを合わせて飛び移るだけで済むのだ。

 幸い、敵後衛はもう一体の弓兵近辺にも弾幕を張っていた為、ありがたく使わせて貰った。

 結果は大成功。最早魔力弾を警戒する要素は、八割方ないと見ていいだろう。

 

 歩兵も残り八体。開始から三分の二近くまでその数を減らしている。

 ……多いなあ……

 対するディーは、うんざりしていた。

 それもその筈、魔法士の騎士とは対魔法士・対個人戦を想定して設計された能力である。

 ディーの切り札こそ例外ながら、一対多には全くと言っていい程向いていない。

 しかも加速は十五倍と完全に手加減。本来の出力なら、数十体位秒殺出来る。

 その気になればプレシアに直接攻撃こそできるものの、魔導師が持ち得る大量の引き出しは出来るだけ見ておきたい。

 挙句現在の加速倍率でも十分倒せるときては、現状に甘んじる他ないのだ。

 次はどんな隠し玉が出るのやら。第四波を予感し、ディーは双剣を握り直す。

 漸くプレシアからの指示を受けたか、歩兵型だけでなく、魔導師型までもが一斉に動き出した。

 既に半数近くが腕や武器を失っている歩兵。通用しないのに捻りの無い直射弾を生成する魔導師兵。

 黒衣の大魔導師ただ一人だけが、詠唱を始めていた。

 これについても既知の情報。イメージ上昇と演算補助を兼ねた、大技の準備だ。

 少し考え、兵達の相手を続ける事にする。魔弾と突進と格闘攻撃を躱し、壊し、受け流し、ひたすら待つ。

 待てば待つ程、人形達は犠牲となった。

 挟みうちの突進を回避され、正面衝突から派手に倒れる者。

 交錯時の情報解体で片足を失い、両手をバタつかせて抗うも、結局は倒れる者。

 攻撃を受け流されたと思ったら退避され、真上から落ちてきた追撃役のもう一体に踏み潰される者。

 魔導師型のサポートも虚しく、見る見るうちに戦える歩兵の数が減っていく。

 やがて残り歩兵が三体となった頃、真上から紫の光が空間を差した。

 同時、自分の身体が縫い止められたように固定される。あっさり動きを止められた事実に、ディーは驚愕した。

 捕縛魔法、という単語が頭を過ぎる。鎖や輪状、ケージ型などは知っていたが、こんなものもあるのか。

 しかし、同じ捕縛なら対処法は事前に考案したものと変わらない。早速情報解体を発動し、拘束機能の解除に掛かった。

(情報解体成功)

 予想通り、解体成功。しかし動かせるのは両肘から先。

 より広範囲へ行わなければ、自由の身にしてくれないようだ。

 ……それなら!

(身体能力制御終了。情報解体発動)

 身体能力制御に充てていたリソースを、最初から出力を抑えていた情報解体に上乗せして何とか成功。全身の束縛が解ける。

 本気を出せばこんな必要ない。これも手加減だとばれない為の工夫である。

 しかし、あまり悠長にしていられない。周辺を隈なく照らす光を消しても、頭上の光が未だに潰えないのだ。

 ……雷?

 見上げた第一印象が、それだった。天井に浮遊する巨大な魔力光から、文字通りの紫電が走っている。

 魔力変換資質・電気を使った、広域攻撃だろうか。まもなくこちらへ降り注ぐ事は疑いない。

 非殺傷かどうかは不明、というよりできればそうであって欲しいのはともかくとして、電気である。

 攻撃速度を予想するに、魔法関係である以上多少誤差が出る事を踏まえても、亜光速以上はあるだろう。

 即ち視認=ほぼ直撃を意味する。指向性もまばらだろうから、ほぼ面の攻撃と見て良い。

 現在発揮しているI-ブレインの出力では、情報解体による迎撃も、身体能力制御による回避も不可能。

 攻撃範囲外へ退避しようものなら、その前にあれを撃ってくるのも容易に想像できる。

 向こうも見越しているのだろう。ある意味、大魔導師からの合図でもあった。

 三枚目のカードを切ってみろ、と。

 ……大丈夫かな?

 しかしディーは、此の期に及んで自分より相手の心配をしてしまった。

 言うまでもなく事前に能力を伝えてはいるものの、果たして対処できるのだろうか。

 相手に対する不安を押し殺し、I-ブレインの回転数を“引き上げる”。

(騎士剣「陰陽」完全同調。光速度、プランク定数、万有引力定数、取得)

 物理定数の中でも根幹を担う、三種のパラメータに干渉。

 第三次世界大戦において、対魔法士戦闘において、騎士が圧倒的優位に立った最大の原因を発動させる。

(「自己領域」展開。時間単位改変)

 直後、半透明の膜がディーを包んだ。

 

 自己領域。“使用者にとって都合のいい時間と重力が支配する空間”を作り出す、もう一つの移動能力。

 使用者を中心に展開された球状フィールドの内外では、時間の流れが決定的に違う。重力制御による飛行も可能。

 今回は出力を抑えている為、客観的に観測できる移動速度は秒速約十万キロメートル。

 ディーの場合、最大で光速度の約八十パーセントという完全な亜光速移動が可能だ。

 発動する為の、必要最低条件は二つ。

 第一級(カテゴリーA)騎士の中でもある程度以上能力が高いことと、己の能力に耐え得るだけの高性能な騎士剣を備えていること。

 両方とも満たしている今のディーは、決して肉眼で捕捉できない状態にあるのだ。

 

 解体直後で空気中に漂う魔力素が未だ紫色を示す中、ディーは一直線に走る。

 攻撃が来る前に安全圏へ逃げてしまえば、如何なる攻撃だろうと脅威足り得ない。

 限りなく静止状態に近い世界の中、予想される攻撃範囲から難なく逃れ、それでもまだ両足を動かす。

 周囲の兵も、前方に立ち塞がる兵も、仁王立ちしている一回り大きな兵も素通りして、目標はプレシア・テスタロッサ。

 更に後ろへ回り込み、一切の妨害を受ける事無く背後をとった。大魔導師がこちらの移動に気付いた様子はない。

 現実時間にして、発動から五百万分の一秒以内の出来事である。

(「自己領域」解除)

 ――この時点からの長い一秒間が、勝敗を分けた。

 半透明の膜が消え去り、観測できる外界の時間経過速度が約一千万分の一倍から一倍まで加速する。

 自己領域から身体能力制御までの、能力起動状態変更時に発生する僅かなタイムラグ。

 騎士が持ち得る唯一の弱点。しかし、その隙は余りにも短い。同じ魔法士ですら、突く事自体困難なのだ。

 I-ブレインも無ければ知覚関係の強化も行っていない魔導師に、果たして対応できるのだろうか。

 直後、巨大な落雷がディーのいた空間を叩く。迸る雷光が思った程強くないのは幸いか。

 後は一撃与えればいい。バリアジャケットで守られているから、騎士剣で斬りつけてもダメージにはならない。

 実戦なら情報解体で壊すところだが、これは模擬戦である。

(「身体能力制御」発動。運動速度、知覚速度を十五倍で定義)

 遅れて、自分以外の時間が十五分の一まで減速。

 右の騎士剣を振り上げる。既に対策されていなければ、これを袈裟がけに下ろして終わり。

 ――と思った次の瞬間、攻撃対象が不意に崩れ落ちた。

 演技とは思えない。そこまで己の銀眼で見定めたディーは、全身を硬直させた。

 それは、嘗ての光景。

 戦闘中に発作を起こし、力無く倒れたあの人の姿。

 娘の為、病の身体に鞭打って戦い続けた、母親の姿。

 マリア・E・クラインの、姿。

 ――どうして、おかあさん死んじゃったんですか?

 重なる姿。重なる状況。重なる光景。そして、重なる躊躇。

 コンマ単位の空白は、魔法士どころか一流の魔導師相手でも十分命取り。それでも、ディーは止まってしまった。

 ディーにとって、最大のトラウマであるが故に。

 彼女を傷付けたのは、他でもない自分なのだから。

「……ぁ……」

 我に返った時には、捕縛魔法で拘束されていた。

 首・両手首・両足首・腰。それぞれディーを空間に縫い止める、魔力製の輪状拘束具。

 後の先で反応した訳ではない。恐らく、指定した空間に侵入すれば自動で機能するトラップとして準備していたのだろう。

 本来なら幾つか迎撃していたかもしれないが、トラブルにより手首から足首まできっちり拘束。

 遅れて、黒衣の大魔導師がこちらに気付き振り向いた。狂気に塗れた瞳から、少なからぬ驚愕が見える。

 差し出した掌には、拳大の魔力弾。

(情報制御を感知。回避不能。防御不能)

 離脱不可能。敗北確定。そして最後の追い打ち。

 正確に鳩尾へ直撃した魔弾は、ディーの肉体を数メートル先へ吹き飛ばした。

 同時、痛覚を表す数値データが脳内を駆け巡る。

「っと……!」

 先程の精神状態ならともかく、騎士剣も所持したまま。着弾直後に拘束を解かれた身体を空中で立て直し、何とか着地。

 しかし模擬戦の最中だとか、傀儡兵がどうとか、今のディーには関係ない。

「プレシアさん――!」

 脇目も振らず、無理矢理立ち上がろうとしているプレシアのもとへ全速力で急いだ。

 

 

 模擬戦結果、プレシア側の勝利。勝因が勝因の為、甚だ不本意であった。

 自分と少年のどちらかが攻撃を受けた瞬間、傀儡兵の動作は停止するようプログラミングしてある。

 余計な事をされる前に見た目だけでも復帰の形をとり、傀儡兵達の自動修復作業を開始。

 相手側からの強い要請で壁にもたれたまま、互いに質疑応答の時間。

 それも終わって少年を個室へ戻し、自らも研究室に入ったところで、プレシアは呟いた。

「……まずいわ」

 

 騎士が持つ三種類の能力について、ここで纏めてみよう。

 一つ、身体能力制御。半永続の加速能力。反作用処理機能付属。

 五感の数値データ変換まで備えている為、視覚・聴覚への攻撃は不意打ちでもなければ通用しない。

 痛覚の遮断も厄介だ。本人は非殺傷設定を羨んでいたようだが、痛覚感知の是非は魔導師にとって大きい。

 例え気絶しなくても、痛覚によって体の動きに支障を出せれば、確実に戦闘能力の低下へ繋がる。

 それがないとなれば必然、昏倒させる難易度が跳ね上がるのだ。相対する場合、殺傷設定で挑んだ方が楽だと断言できる程。

 途中から半分殺すつもりで攻撃してませんでしたか? と問われた通り、半ば半殺しにするつもりだった。

 もう半分は少年へ答えた通り、あの位でも何とかしてしまうだろうと予想していたためだ。終盤までは自己領域すら使わなかったのだから。

 

 二つ、自己領域。特殊フィールド形成に伴う、超高速移動能力。

 具体的な速度は測れなかったものの、身体能力制御で対応できない広域攻撃等には非常に有用と分かった。

 とはいえどちらも一長一短と聞いた通り、とりあえず弱点は存在する。

 更に“並どころか世界最強の騎士でも”この二つは同時起動不可能らしい。

 ここまではいい。ここまでなら許せる。問題は次だ。

 

 三つ、情報解体。はっきり言って余りにも凶悪過ぎる。

 対象の存在情報に直接干渉し、物理強度無視で破壊する能力。

 物理強度無視の魔法も此方に存在するものの、発動速度は決して早くない。

 いや、そんな事は問題にもならない。魔力製物質すら瞬時に解体できる事実こそ、最も重要なのだ。

 魔力弾や防御魔法の破壊、拘束魔法も接触さえすれば解除可能。

 多重弾殻弾やバリアジャケットまで無力化できる辺り、ある意味AAAランク防御魔法のアンチ・マギリング・フィールドより質が悪い。

 実際に見ていて、生物に通用しないのは本当なのかと疑った程だ。

 何故出来ないのかと聞けば、情報強度の問題になるらしい。

 例えるなら、相手に与えた魔力を制御できないのと同じ、だそうだ。

 言われてみればその通り。リンカーコアへの直接干渉でもしない限り、相手の魔力を直接操るなんて出来っこない。

 

 特定の例外を除き、情報解体を始めとした情報制御の直接干渉を、生物に対して行うのは至難の業。ほぼ不可能に近い。

 理由は、対象の情報強度――情報制御そのものに対する防御力――にある。情報の側にも、物理強度と同様に“変質のし難さ”が存在するのだ。

 特定の例外を除けば、物理強度と情報強度は決してイコールにならない。

 物理的に強固なチタン合金は情報の側から見れば非常に脆弱であり、影響を受け易い。

 物理的に脆弱な人間や魔法士は情報の側からすれば非常に強固であり、他者からの情報制御を受け付け難い。

 故に、生身の敵本体には情報解体ではなく物理攻撃で叩く他ない。だからこその“騎士専用剣型デバイス”なのだ。

 与える魔力に最初からプログラムが入っているブースト魔法。防御魔法のプログラムに干渉するバリア破壊効果等も似たようなものである。

 閑話休題。

 

 そもそも魔力とは、次元空間という壁を凌駕し、次元転移をも可能とする唯一のエネルギー。

 無論、次元空間から流れてくる魔力という存在そのものに環境が適応していない世界もある。ジュエルシードの落ちた地球などが典型例だ。

 魔力を運用するリンカーコアの全容は未だ未知の部分が多く、地球等の魔法文明が存在しない世界でも備えている生物が稀に現れる。

 何にせよ、魔力の存在を認知した一部の人類は時に独占し、時に広め、短い繁栄と衰退を繰り返した。

 中でも二つの文明、汎用性を選んだミッドチルダと対魔導師戦を選んだベルカが大きく発展したのは決して不自然と言えないだろう。

 何より、次元世界間の戦争でミッドチルダが生き残れたのは、この汎用性があってこそ。

 射撃・防御・広域攻撃・砲撃・捕縛……挙げればキリがない。

 これについて、少年は多彩と評価。ただし移動と格闘に関しては何も言わなかった、というより言えなかったのが正しいか。

 ――移動と格闘を忘れてもらっては……ああ、あなたにこれを言っちゃ駄目ね。

 ――いえ、そんなことは……ええと……。

 分かり易くて宜しい。

 とりあえず何が言いたいかというと。この魔力が、汎用性の高さが、これ以上ない位少年に有利な方向へ働いている。

 だからこそ、プレシア・テスタロッサは険しい視線で模擬戦の映像を見直していた。

 フロア内の天井や壁際に設置してあった、無数のモニター用サーチャーで記録された映像。

 何か見落としはないのか、何か弱点は発見できないかと探せば探す程、思い知らされる。

 吊るされしシャンデリアの下、端の廊下から静かに闇の差し込む大広間で、巨大な人形達を相手にたった一人で戦う、銀髪銀眼の若き騎士。

 細い体躯から生み出される運動曲線には淀みがなく、決して狭いとは言えないホールの中を縦横無尽に駆ける。

 襲い来る巨兵に対し振るわれる双剣は、敵と比べればあまりにも小さく、しかし外見からは想像もつかない程の鋭い孤を描く。

 その一つ一つが、敵兵達の武器を、腕を、脚を、そして魔法を、一閃の下に粉塵へと帰していく。

 存在を否定された魔弾は、魔導師に与えられた速度をある程度維持しつつ、空中で魔力素と化し霧散する。

 本来金属だった物質は、霧散した状態から空中で再結晶し、床に落ちて暫くカラカラと転がり、やがて静止する。

 幻想的で、交響的で、それでいて限りなく洗練された、(しろがね)の剣舞。

 銀光が閃く度、プレシアに理解を促させる。

 ……これが、魔法士……!

 知れば知る程、見れば見る程、異常な力だと思い知らされる。

 速い強いでは済まされない。剣を以て魔法を壊し、詠唱を許さずに懐へ入るなど、まるで、

 ――まるで、魔導師を殺す為だけに存在するような――

 想像するに堪えない、いつもの自分らしくもない考えに、思わず唇を噛んだ。

 

 奇しくも、プレシアの想像は当たっている。

 魔法士の騎士が持つ能力は本来、個人戦・接近戦・そして対魔法士戦に特化している。

 簡潔かつ語弊の無い言い方をすると、魔法士とは“異能を持つ人間”である。

 魔導師も、簡潔かつ語弊の無い言い方をすると、“異能を持つ人間”である。

 魔力やI-ブレイン等といった専門用語さえなくなれば、“魔法”を恐れる人間にとって大した違いがないように。

 騎士にとっては、“騎士を含めた例外を除く多数の魔法士”と“あらゆる次元世界に存在する魔導師”に大した違いがないのである。

 

「本当に、まずいわ」

 映像を再生していて、分かった事がある。

 完全には把握できないものの、少年はやはり手を抜いていた。

 身体能力制御も、どこまで本気だったか不明瞭。

 魔導師との相性を始めとした実験の意味合いが強かったため、傀儡兵と対等に戦えるよう加減したのだろう。

 それはつまり、裏を返せば傀儡兵ごとき相手にならないと断言しているようなもの。まるで底が見えなかった。

 騎士能力は三種類のみ。それしかないと少年は断言したし、嘘とも思えない。

 しかしまだ何か隠している……何を隠している?

 右の剣にある結晶体については、聞いてもはぐらかされた。

 奥の手だから本当に危なくならない限り使わないと言っていたものの、それでなければ“あれ”はどう説明するのか。

 足場の悪い空中、粉塵と弾幕の只中、隣の弓兵へ移動してみせたあの芸当は。

 少年の発言が確かだと仮定するなら、既存の能力と手加減からして、消去法により身体能力制御で何かを起こしたとしか思えない。

 どう考えても不可能だ。対十五倍速の反作用処理では、亜音速で直進する弾丸の上を歩ける訳が――

 ……十五倍じゃ、ない?

 研究者、プレシアの閃き。前提が間違っているのか。

 数十倍、予想するに三十倍近い加速を発揮し、魔力弾を足場に空中を移動したと仮定すれば、辻褄は合う。

 対策の内に考慮せねばならない事は、他にもある。

 模擬戦後の質問から得た重要な情報が二つ。

 一つ。情報の側から魔法士に“干渉”するのは騎士であっても至難の業、という事。

 

 数ヵ月後におきる事件で“特定の例外・一番目”の二名に遭遇するなど、この時のディーには知る由も無い。

 言わずもがな敵側の魔法士であり、それぞれ異常な攻撃力及び防御力を備えている。

 

 二つ。身体能力制御は反作用処理付きの加速であり、加速ではなく肉体強化を行う魔法士は聞いた事も無い、との事。

 

 その事件から更に二週間後、言った通りの能力を持つ“特定の例外・二番目”と戦う羽目になるなど、この時のディーには知る由もない。

 あげく大苦戦させられる。想像もつくまい。

 

 更に更に、肺結腫の事まで知られてしまった。

 気遣う声ばかりの少年に、何も聞かないのかと問えば。

 ――疑問には思ってました。何故貴女自身が行かず、フェイト達に任せるのかと。……時間が、ないんですね?

 治す術はないと。余命はもう殆ど残っていないのだと。

 病気で動けないからですか、という言葉を通り越して突かれるその核心に、肯定の意を示せば。

 ――分かりました。フェイト達には言いませんので、安心して下さい。その代わり、どういう病気か位は教えて下さい。いいですね?

 前にもこんな経験があったと言わんばかりの対応。

 しかし詮索した所でメリットがあるとは到底思えない。結局聞かなかった。

 次に、本人の自己評価。曰く、“騎士という範疇でもかなり高い方”。

 手加減しておいて高いと評価――いや、バレている事を前提に話しているのだろうか。

 更に高いだけで最高とか最強とか言わない。上がいると理解しているのか、ただの謙遜か。

 自惚れがない事はいい事である。本当に謙遜だとしたらどう反応しろと言うのか。

 一番扱いに困るのは、少年の信念そのものだ。

 組織や契約の枷を全く気にせず、必要なら敵対する、そんなスタンス。

 部外者故に犯罪者にも管理局にも属さない為、半中立と言っても過言ではない。

 更にこちらは、少年を元の世界へ送るつもりも余裕も無い。用が済んだらさっさと管理局に丸投げする気満々だ。

 緊急用武力貸与と衣食住で成り立っているだけの、薄い関係。探し人の少女を見つけたなら、どんな手を使ってでも合流を図るだろう。

 プレシアとの契約を、切ってでも。

 一応、根底への揺さ振りはかけてみた。

 共に巻き込まれた少女が、安全な場所へ転移しているとは限らないと。

 見つからず終いかもしれないし、見つかった所で無事ではないかもしれないと。

 硬直の時間は如何程だったか。ご心配なくと騎士は前置きした。

 ――セラは、強い子ですから。

 戦闘能力か、性根の問題か。その複雑な笑みからは、一切の真偽を読み取れなかった。

 自分も藁へ縋るように信じているものがある以上、これまた理由を聞けなかった。

 結論。どうやら自分は、あらゆる意味でとんでもないものを拾ってしまったらしい。

 個人戦……特に対魔導師戦において、絶大な戦闘能力を発揮できるということ。

 味方としてこれ程有効な駒はまず考えられない。代わりに、敵に回った際は最も危険な存在となる。

 念入りに対策を練っておかねば、ランクS以上(オーバーSランク)の魔導師であっても勝ちの目はまずないと見ていい。

 というか、このままでは限定SSの自分でも負けてしまう。

「何か……何か方法は……」

 戦闘や魔導、デバイスなどのデータから脳内で対策を練り、次々と棄却されていく。

 確実な有効策が見つからずに焦る中、ある一つのデータが目に留まった。

「これは……」

 何の事はない、計器の観測データだった。研究の為には重要な代物、しかし少年から勝利をもぎ取るには関係がないとしか思えない代物だった。

 有り得ない反応。有り得ない数値。記録されたそれらは、もう少し引き上がれば危険域を突破していたと容易に語っている。

 一体いつ、どんな理由で?

「――まさか」

 不意に浮かんだ、心当たり。同時に見出した、一筋の光明。

 直後、飛びつくようにそれを調べ始めた。

 フェイトが持ち帰ってきた、ジュエルシードを。




対魔法士の騎士その1:空間トラップ
 空間発動型のバインドや機雷など。できるだけ視認困難なものがお勧め。
 相手にばれないよう仕込めば、並騎士の対策は万全。ただし、カテゴリーA騎士相手だと強引に突破されてしまう。
 この場合、空戦に持ち込む等で自己領域を使わせるのが得策。
 要するに、原作ウィザブレ一巻で錬がとった戦術と同じである。
 引っ掛かったとしても幾つかは破壊しかねない為、多めに設置するべし。

 弱点1:微かな情報制御や魔力光から、設置時及び設置場所に気付かれる可能性は大なり小なり残る。
 弱点2:仕掛けられた空間そのものを発動前に情報解体されると、トラップ自体無効化される。
 弱点3:並列処理発動中のディーには素で通用しない(タイムラグがないため、後手でも殆ど対処可能)。
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