リリカル・ブレイン   作:SLB

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第七章 軋む心 ~Children's Heart~

「残り七つ。見当たらないわねえ……」

 オペレーター室で、リンディの声が響く。

 なのは達との共同戦線が始まってから、十日が経過した。

 ジュエルシードは、良くも悪くも集まりつつある。こちらで三つ、あちらで推定二つ。

 以降はさっぱり見つからない。もう地上には存在しない可能性が高いだろう。

「捜索範囲を、地上以外まで広げています。六つはおそらく海の中かと」

 モニターへ向いたまま、執務官が述べる。

「例の黒い服の子と“ディー”もあわせて、エイミィが捜索してくれています」

 ジュエルシード、正体不明の魔導師、行方不明の少年。いずれも、海鳴市及びその周辺に点在している可能性は高い。

 手の空いた武装局員を使い、虱潰しに探し回っている。

「しかし、消えた一つの発見はやはり……」

 戦闘の影響を受けて暴走した挙句、無関係の異世界人二名を巻き込んだ遺失物については、手掛かりの欠片も無い。

 転移の痕跡すら残っておらず、発見は絶望的であった。

「……そう」

「何か、気になる事でも?」

 数日前にも返した反応から、クロノは疑問を投げかけた。

「そろそろ、進展があればいいのだけれど……色々な意味で」

 所謂膠着状態が続いているのだ。焦れるのも無理はない。

 クロノ達とて、気持ちは同じであった。

 ロストロギアの全回収はともかくとして、フェイトなる魔導師、捜索対象の少年、セラという迷い子。

 何より問題なのは後者二つ。無事かどうかの確認も取れていない少年と、ある意味でジュエルシード以上に危険な不発弾と化している少女。

 時間経過に合わせて、少年の生存確率は低下し、少女の暴走確率は上昇していく。

「セラちゃんの件なんて、あと一押しって感じがするのにねー」

「そうだな……脳のアレについても、宝石についても……本当の家庭環境についても」

 会話に参加したエイミィへ、クロノは相槌をうつ。

 前者二つとは関係なく、セレスティ・E・クラインは自身の家族についてもあまり話してくれなかった。

 何故関係ないと断言できるか。質問における少女の態度で大体は察しが付く。

 

  本心で語った部分:自分の年齢、父親について、一人っ子である事、半年前までの行動etc。

  半分以上嘘の部分:転移直前の位置や環境、所属・宝石・ディーについてetc。

  黙秘した部分:母親について。

 

 特に黙秘。最後は眼尻に涙を浮かべたのだ。

 他の証言と違い、立場でなく感情で“聞いて欲しくない”のが良く分かった。

 一日だけ居候した高町家への“嘘”からして、少なくとも最近まで母親がいた事は間違いない。

 とすると、“おかあさんから貰った大事なもの”は――

「やっぱり形見なのかな? あの宝石」

 死んだとは言っていないものの、あの様子だと真っ先にそんな推測が立つ。

「そうだったとしても、彼女の正体には繋がりにくいでしょうね」

 だからこそ探ろうとしない。議題にも余りのぼらない。恐らく判明するのは、彼女が自白した時だ。

 状況次第ではそれすら嘘が混じっている可能性もある。プライバシーの侵害も考慮すれば、やはり証拠入手後に聞くべきだろう。

「確かに、何か切欠があればいいのですが……」

 ヒントは十分貰っている。しかしいずれも繋がりがない。

 少女の能力が不明である以上、何を突き出して問い詰めようと決定打にならない。

 正体を掴むには、多数の手掛かりを繋ぐ“糸”が必要なのだ。

「……お?」

 忙しなく指を動かし続けるエイミィへ、電文受信の電子音。

 中身を開き、通読し、即座に報告。

「艦長。例の調査、裏が取れました」

「……そう」

 早速の進展、と呼ぶには程遠いものの、有益な情報が見つかった。

「ますます、厄介なことになりそうね」

 事件関係の、それも悪い意味で。

 

*

 

 朝食・昼食・夕食以外の時間において、食堂とは基本的に閑散としている。

 精々、機械や厨房からの音しか聞こえないだろう。

 そんな場所でビスケットを咀嚼する、少年少女三人の姿があった。

 一人は茶髪黒眼の高町なのは、一人は薄茶髪に緑眼のユーノ・スクライア、そして最後は金髪碧眼のセレスティ・E・クライン。

 丸テーブルを囲むように座し、すっかり次元航行艦内の生活に馴染んでいた。

「今日も空振りでしたね」

 ジュース片手にセラが切り出し、

「うん……」

 菓子を片手になのはが俯き、

「もしかしたら、結構長くかかるかもね」

 菓子を飲み込んだユーノが合の手を入れる。

 もう十日が経つものの、一向に会話の種が尽きない。

「セラちゃん」

「何ですか?」

 しかし、今日は違った。なのはとユーノが揃ってこちらに顔を向けている。

 視線に篭る感情は、どちらも憂慮。

「その……ディーくんの事……」

「ディーくんですか?」

「そうだよ」

 ユーノが続き、なのはと同様に考えている事を問う。

「もう十日も経ってる。本当に心配じゃないの?」

 パチリパチリと瞬き、溜息を一つ。

 瞼を閉じたまま、出せる答えは一つだけ。

「確かにディーくんは危なっかしい人です。お腹が空いているかもしれないし、のどが渇いているかもしれないし、怪我してるかもしれなせん」

 無茶ばかりして、大丈夫だよと笑い掛ける少年。下手をすれば、自分より身動きの取れない状況かもしれない。

「わたしとしては、それだけが心配です」

 自分の状況を把握したあの時から、全く変わっていない懸念事項。

 少し前は本当に心配ばかりしていた。人を傷付ける事を恐れ、セラを守る為に無茶をしては笑っていた。

 今は違う。自分もディーも、前へ進んでいる。

 持って生まれたこの力。ディーに人を殺させない為に使うと、強くなると決めた。

 強くなったが為に、失ってしまうものがある。しかして同時に、得るものも確かにある。

 戦場へ向かうディーの事に変わらず胸を痛めはするものの、帰ってくると信じられるようになったのだ。

「そ、そうなの?」

 執務官へ向けた言葉も嘘ではない。

 賢人会議の皆は、今でも必死になって探しているかもしれない。いや、寧ろ生きていると信じている。

 それなのに、肝心の自分がディーを信じないなど、情けないではないか。

「そうです」

 元より、ディーは強い。転移先と食糧問題さえ安全ならば、他はなんとでもなる。

 既に対魔導師の心配は半分以上なかったものの、クロノとの会話が気になって、念を入れてはみた。

 しかし周辺の異世界について調べれば調べる程、ディーがどこかで生きてるんじゃないかと尚更思うようになってしまったのだ。

 巨大生物を始めとした“倒せない敵”が出てきたら逃げればいいし、賊に襲われても問題無く撃退できる。

 そもそも、この位で死んでいたらメルボルンで生きていない。心配である事に変わりはないが、生死の心配は野暮である。

 どう考えても、一番心配すべきは“敵陣真っ只中”に近い自分の身だろう。

「何か、違うような……」

「違くないよユーノくん、わたしも心配だよ」

 三人の中で一番鈍いなのは。やっぱりというか気付いていない。唸るユーノも気付きそうで気付かない。

 リンディ辺りなら言外の意味を理解できるだろう。“ディーの生存は確定事項”と。

「そういえば」

 ビスケットを一枚摘んで、別の話題を振ってみる。

「なのはさんはともかくとして、ユーノさんの事はよく知りません」

「あ、わたしも」

 これは意外だ。なのはにも知られていないとは。

「あはは、別に隠してたわけじゃないんだけど……僕は元々、部族のみんなに育ててもらったんだ」

 若干じと目になった二人に苦笑しつつ、身内について説明するスクライアの少年。

「両親はいないけれど、スクライアの部族みんなが、僕の家族」

「そっか……」

 俯くなのはとは対照的に、セラは冷静だ。

「ユーノさん、部族の皆さんに連絡とってますか?」

「リンディ提督に聞いてみたら、もう連絡してあるって。会えるのは、事件の後処理が全部終わってからだけど」

「そうですか」

 首肯と同時の相槌に、大した感情はない。

 アースラに保護された時点で、会えないと踏んでいた二人に再会できただけ儲けもの。

 どの道別れが訪れると、とっくの昔に覚悟している。

「なのはこそ、こんなに長く家族といないのは初めてでしょ? さみしくない?」

「別に、ちっともさみしくないよ。ユーノくんとセラちゃんと一緒だし」

 何でもなさげに笑うなのは。

 セラは、その表情に違和感を覚えた。

「一人ぼっちでも結構平気。ちっちゃい頃は、よく一人だったから」

 口に銜えていたビスケットを手放し、目を瞑ったたなのはの顔に、影がさした。

 数年前、父がとある仕事で大怪我し、長い間入院していた時期があったらしい。

 当時は喫茶店を始めたばかりだった為、母と兄はてんてこ舞い。姉は父の看病に付きっきりで、自分は家で留守を預かっていたそうだ。

「だからわたし、割と最近まで、家で一人でいることが多かったの……だから、結構慣れてるの」

「そっか……」

 暗い笑い面が、ユーノとなのはの二人に被せられる。

 要するに、“一人じゃないようでいて一人”なのだ。周囲に微妙な距離ができて、その一線をどうしても越えられない。

 だから、心の底では寂しいと叫び続けている。

 ……わたしと同じ……じゃ、ないですね。

 自分を重ねようとして、否定した。つい最近の出来事を、思い出したから。

 セラの場合は真逆、“一人に見えて一人じゃない”環境だったのだ。

 母親から嫌われている。ずっとそう思って生きていた。本当はわざと突き放されていただけ。

 不治の病に侵されていたから、死んだ時のショックが和らぐようにと振る舞っていただけ。

 最後は、“偽りの親子”として“本当の親子”のように過ごす事ができたのだ。

 ――別れがどれだけ辛かろうと、あの時だけは心から幸せに過ごす事ができた。

 この子達は違う。肝心な所で自分と真逆なのだから。

 放っておけば、取り返しのつかない失敗を起こすような気がする。

 だから、セラは一肌脱ぐことにした。

「……なのはさん、その時さみしかったって桃子さん達に言いました?」

「ううん。言ったら、迷惑がかかるから――」

「ダメです。こういう時はちゃんと伝えるべきです」

 二人とも、“まだ”家族がいる。大事な家族が、生きている。

 まだ、何も失っていない。

「桃子さん達は、なのはさんの家族です。思っている事をちゃんと伝えないと、後で絶対後悔します」

「で、でも――」

「なのはさんは、家族の事を信頼してないんですか?」

「そ、そんな事ないよ!」

「じゃあ、自分に何ができて、何ができないか、分かってますか?」

「え……」

「それを間違えたら、きっと取り返しのつかない事になると思います。難しいのは分かってますけど、それでもです」

 生きているなら、まだ大丈夫。時間さえあれば必ずやり直せる事を、セラは知っているから。

「ユーノさんも、部族の皆さんにちゃんと謝るべきです。自分達の事も頼って欲しいって、きっと思ってるはずです」

「う、うん……分かった」

 立ち上がって身を乗り出し、それぞれの頭頂に手を置き、言い聞かせる。

「セ、セラちゃん?」

「二人とも、よく覚えておいてください。一人でなんでもやろうなんて、ただの自惚れです。人が作った魔法なんですから、自ずと限界はあります」

 協力し、助け合う事こそ、人間が持つ利点の一つである。その位、セラにだってなんとなくでも分かるのだ。

 そんな大事なものを最初から捨てるなんて、きっと間違っている。

「わたしたちはまだまだ子供なんですから、その辺りはもう少し気楽にいけばいいと思います」

 言い切って、漸く身勝手に発言してしまったと気付いた。

 

「あ……えぇっと、その……」

 慌てて手を離し、今のは聞かなかったことにと言いかけて、

「セラちゃん」

「な、なんですか?」

「ありがとう」

 返答は、感謝だった。

「わたしたちの事、ちゃんと心配してるんだよね?」

「ちょっと不器用だけど、言いたいことは伝わったよ」

 微笑ましげに見上げる二人の眼に、偽りなどあろうはずも無く。

「わたしはまだよく分かんないけど、今度考えてみるから」

「僕も、今度部族の皆と連絡が取れたら、謝ってみるよ」

「ホントですか?」

「「うん」」

「約束できますか?」

「「もちろん」」

「そう、ですか……」

 やがて力が抜けたように座り込む。くすりと笑った二人は、そのまま食事を続行した。

 暫くそれを眺めて、ふと思う。

 事件が片付いて、ディーに再会して、それでも元の世界に戻る方法が見つからなかったら。

 ……ダメです。

 瞳を閉じ、心の中で頭を振るう。

 どの道管理局は障害と成り得る。自分はこの世界にいてはいけない。安息の地では決してないのだ。

 こんな事を考える辺り、愛着が湧いてきたのだろうか。

「ところで、セラちゃんはどうなの? おかあさんの事」

「え」

 おかあさん。

 その単語が入った途端、セラは悪い意味で硬直した。

 一方のユーノは、なのはに何かを訴える視線を投げかけている。念話を受けているのか、なのはもユーノを訝しげに見返している。

 母親についてだけは、管理局にも誰にも正確に伝えていない。

 マリア・E・クライン。セラを守る為、たった一人でシティに対する犯罪行為を続けていた肉親。

 不治の病により、最後はセラを娘と認識できなくなった。

 それでも親子として一ヶ月を過ごし、誕生日の翌日に亡くなった。

 セラを庇って軍の銃弾に撃たれ。最後の最後に、セラのなまえをよんで。

 たった、三ヶ月前の出来事である。

 故に話せない。今のセラには思い出すだけでも辛過ぎる。

 そんな何もかもを、サイレンが全て遮った。

『エマージェンシー! 捜査区域の海上にて、大型の魔力反応を感知!』

 直後に響く、エイミィの艦内放送。

 転換の時は、すぐそこまで迫っていた。

 

*

 

 かちゃりかちゃり。金属と陶器、陶器と陶器の触れ合う音が大きく響き渡る。

 時の庭園・食堂。高い天井から差す人口の光が、正方形の白いテーブルを照らしている。

 フロア全体には整列された灰色円柱の数々。離れた暗がりには大勢で食事を取る為だろう、長方形で同色のテーブルが置かれている。

 明かり自体が一ヶ所分しか点いておらず、目を凝らさなければ周囲のオブジェクトをまともに把握できない。

 そんな環境下、若き騎士と余命僅かな女王はテーブルを挟んで座す。

 デュアルNo.33、プレシア・テスタロッサ。双方お茶の最中である。

「新しい肉体に、別の人間の記憶を移し替える事は可能なのね?」

 糖分を多めに入れ、液体の中にスプーンを差し込むはプレシア。

 頭を回す人間は、総じて甘党なのだろうか。対するディーは、そんなどうでもいい疑問を思考の隅に追いやった。

「可能です。しかし蘇生とは……って、具体的にどうなのかちょっと詳しい事はわかりませんけど」

 新しい肉体に記憶だけ移す芸当を死者蘇生と呼べるのかどうかは、遺伝子や人格を始めとした条件次第で返答に窮する。

 死んだ自分は“前の”存在であり、死んだ自分にとって自分は“次の”存在。同一人物というよりクローンだろう。

 寿命のあるクローンに記憶を移し続けた所で、それは不老不死でも死者蘇生でもない。

 例え人格ごと移しても、それを蘇生と呼ぶかどうかは人それぞれだろう。

 ……マザーコアの問題に似てる、かな?

 自らそこまで説明して、漸く浮かぶ新たな疑問。

 一人と一千万人、天秤にかけるならどちらを取るか。ディーは、両方とも正しいと思っている。つまりは答えが出せないとも言える。

 何を以て蘇生とし、何を以て蘇生でないとするか。

 難しい問題だ。少なくとも関わった事が無い今の自分には、到底決められそうにない。

 気がつけば、相手も同じく思考の海へ没頭していた。

 何を考えているのかは、見当もつかない。

「……どうかしましたか?」

「いえ、貴方の言う通りでしょうね」

 どの辺りが言う通りなのか、それすらも。

 

 ここへ居候する事になってから、既に十日。

 一度限りの模擬戦以外は、プレシアとの会話や情報収集が一日の大半を占めていた。

 互いの世界は勿論の事、魔導と情報制御に関するより具体的な情報交換(マザーシステム関連は秘匿、西暦はヒントになりそうなので提供)。

 特に魔法士の“製造”を始めとした技術について、突っ込んだ質問が多かったのは否定しない。

 また、模擬戦後に偶然“ジュエルシードが情報制御に反応する”という現象をプレシアが発見した。

 物理法則への干渉力は、明らかにこちらが上。元より使用用途も定かでない古代遺産、ありえない話ではない。

 しかも、ある程度以上の出力で行われる情報制御に対しては封印状態でも反応し、最終的に封印を破ってまで暴走する事が判明。

 厳重に封印すれば抑えられるものの、ジュエルシードの収集作業という内容から、フェイトの手伝いには事実上参加不可能である。

 限定空戦可能な陸戦S以上(オーバーS)の戦力だというのに、などとぼやかれては苦笑する他なかった。

 

「それはそうと」

 仕切り直しのつもりか、カップを一度口に付けてから通知。

「例のアレ、終わったわよ」

「本当ですか――?」

 思わず勢いよく立ち上がる。

 アレとは、聞くまでもなく強制転移時のデータ。模擬戦以降音沙汰がなかったので少し心配していた。

「できれば全部解析し尽くしたかったから、数日かかったのよ。その分限定的ながら、戻る方法も分かったわ。……方法、と呼べるかどうかは怪しいけれど」

 予想以上の成果。しかし最後の言葉で落ち着きを取り戻し、神妙な顔で座り直す。

「どういう、事でしょうか?」

「貴方達の転移には、制限時間が付いているの」

 説明を箇条書きすると、こうだ。

 

  一、転移の一種と推測されるものの、原因も“魔法士の世界”の座標も不明(よって具体的な仕組みも不明)

  二、行きと帰りの時間・転移先が予め指定されている(細かい時間と転移先の名称も判明済み)

  三、少なくとも転移している間は、双方の世界における時間の流れが一致している(転移していない時に合致しているかは不明)

  四、転移対象に直接干渉する為、どんな場所からでも転移可能(つまり転移対象の都合も無視する)

  五、帰還まで、既に残り四日を切っている事(詳細な時間も教えてもらった)

 

 一言一句傾聴したディーは、呆然とした表情のまま問うた。

「……じゃあ、このまま待っていれば戻れるって事ですか?」

「ええ。例え死んでも、身体さえ残ってたら問題無いみたい」

 ぽかーん、という擬音はきっとこの為にあるのだとディーは思った。

「良かったわね。思ったより深刻でなくて」

「は、はい……」

 拍子抜けして背凭れに体を預けつつ、辛うじて返す。

 喜ぶべきなのだろうが、正直複雑である。こんな簡単に帰れていいのだろうか。

「さて、この情報を手に入れた貴方はこれからどうするのかしら?」

「どうって……」

 そんな怖い顔で探るような眼を向けられても困る。

「基本的にあまり変わらないと思います。ここで過ごして、できればセラと合流して帰るって事で」

「貴方が帰るまでにこっちが終わった場合は?」

「その後で管理局のお世話になります」

 即答。

 時の庭園やプレシアについての情報を漏らすのは、事件が終わった後でなければならない。

「管理局については話したはずよ。疑っているのは私? それとも管理局?」

「後者です。表向きどれだけ良く動こうと、結局は組織ですから。後ろ暗い事の一つや二つ、無い方がおかしいですよ」

 魔法士の世界なんてみんなそんな感じ。例えお人好しの集まりであっても、隠し事は必ず存在するものだ。

 現場はともかく、上の人間がどう動くか予測できない。

「……さっき間抜け面をしていたあなたの気持ち、少し分かった気がするわ……」

「え?」

「気にしないで頂戴。ところで」

 額に手を当てて何か呟いたようだが、誤魔化された。

「こちらの技術については、順調に集めているのかしら?」

「はい。一応ですけど」

 魔導は勿論、使えそうな知識は片っ端からI-ブレインの記憶領域に叩き込んでいる。

 予備の記憶媒体も貰ったのでありがたく使用中。しかしプレシアが聞きたいのは魔導関係だろう。

 それを察したディーは、「でも」と続ける。

「こっちの世界で魔導を実用化させるのは難しいと思いますよ? 魔力ありきの技術ですから」

「I-ブレインの方が圧倒的に演算能力で優れている以上、こちらのデバイス技術もさしたる成果は期待できない……か」

 魔法士同士の戦闘では、インテリジェンスより処理の速いストレージデバイスでも辛うじてついていくのがやっと。

 戦闘速度における人間や魔導師のコンマ単位と、魔法士の十億分の一秒(ナノセカンド)単位では、文字通り桁が違うのだ。

 更に魔導も次元転移も、魔力あっての技術。エネルギー問題に追い回されている魔法士の世界に、魔力の代替物など存在するはずがない。

 一応できるかどうか賢人会議のリーダーと参謀に相談するつもりだが、望み薄だろう。

「魔導炉を持ち帰るのはどうなの? それ程の技術なら、解析すれば複製ぐらいできるでしょう?」

「それ、下手したらシティ間で戦争になりかねませんよ」

 賢人会議はともかくとして、シティは現在六つ。シティ側が一枚岩でない事は自明である。

 こっちがもらう、いやこっちだと取り合いになったら収拾がつけられない。そもそも持ち帰り先が賢人会議という時点で問題だ。

 参謀の交渉術なら何とかなるかもしれないものの、やはりディー一人で下していい決断ではない。最悪の場合、世界大戦の再来となるだろう。

 持ち帰った物次第で世界すら動く。一時的に異世界へ迷い込んだ人間は、こんな事まで考えなければならないのか。

 そんな苦労を初めて理解したディーである。

「ままならないわね」

 少しだけ同情が混じった溜息を漏らすプレシア。

「ええ、本当に」

 会話を聞く限り丸くなっているように見えなくもないが、これが極めて微妙な均衡で成り立っている事をディーは知っている。

 プレシアの顔は今でも血色が悪く、瞳の中には未だ狂気が見え隠れしている。

 正直胃が痛い。理解したくもない苦労人の気持ちが分かるようになってきて、ディーは少し落ち込んだ。

 更にフェイトや家族関係になると一気に機嫌を損ね、最初会った時と同様の冷徹な状態に戻ってしまうのだ。

 おかげでフェイトを嫌う理由も教えてくれない。関係ない事と突っ撥ねられてしまう。

 一重に“魔法士の世界”に対する興味がプレシアの狂気を押し留めている、もとい思考を別方向へ誘導している。

 反抗の意思がどう見ても皆無の為、質問すれば知っている限りの事を“大抵”話してくれる。

 緊急時の戦力としても極めて強大。プレシアが動かずとも、対策されない限りエース級の魔導師すら比喩抜きで瞬殺できる。

 犯罪レベルの約束事も見かけによらず律儀に応じ、文句一つ言わない。

 これだけメリットが豊富だからこそ、プレシアはディーを手放さない。やったら寧ろデメリットが発生するのだ。

 色々と背負っていたものを、一時的であれ降ろせるのは決して悪い事ではない。

 相変わらず笑わないものの、これはこれでプレシアにいい方向へ働いているだろう。

 光使い事件時の経験あってこそできる、ディーならではの対応だ。

 

 薄氷の上で成立しているようなその平穏も、プレシアの横に突如現れた空間モニターが台無しにしてしまった。

 モニターの内容を理解したプレシアの顔がみるみる情を失くし、ぞっとする声音で告げる。

「……フェイトが動き出したわ」

 全くもって、ままならない話であった。

 

*

 

『うわ、あの子達無茶するなあ……!』

 オペレーター室にいるであろう、エイミィの呻き声が暗い廊下へ響く。

 三人揃ってブリッジへ走る中、詳細な状況説明を受けたセラもその気持ちは分かる。

 今までだって一個ずつ封印してきたものを、六個分。しかも海へ向けて大規模に魔力を流したらしく、相当な魔力消費が伺える。

 幾らなんでも無謀過ぎる。暴走次第では、一個でも多少骨が折れるというのに。

 ブリッジまで辿り着いたセラの視界に飛び込んできたのは、巨大モニターの中で竜巻六本を相手に海上戦を繰り広げる、金の魔導師と橙の狼の姿。

 巨大な槍の如く、海水を巻き上げた竜巻が次々と襲いかかってきている。同時発動なだけあり、暴走度合いも割増しのようだ。

 魔導師の方はというと、展開した魔力刃が以前一度だけ見た時と比べてかなり短くなっている。

 やはり、消耗しているようだ。あのままでは返り討ちにされてしまう。

「フェイトちゃん!」

 遅れてやってきたなのはが、明らかに不利へ立たされている魔導師の名を呼ぶ。因みにユーノは一着。

「限界を超えた所業だわ。遠からず魔力切れを起こすわね」

「どうしますか? 彼女を捕らえるには絶好の機会ですが……」

「あの、わたし急いで現場に……!」

 執務官の言葉に、提督がほんの僅かに眉根を寄せる。

 一方、なのはがブリッジ上方への階段を駆け上がる。

 艦長席の反対側には転移装置がある。そちらへ向かうのだろう。

「なのはさん、もう少し待ってもらえるかしら?」

「え?」

 リンディの指示に、なのはは足を止めて瞬く。真っ先に訝しむのはクロノだ。

「自滅まで放置するつもりですか?」

「状況整理よ。それから判断しても、彼女の力量なら遅くはないはず」

 魔力枯渇が近くとも、なのはと同等の才能を持つ空戦AAA。こちらが作戦会議してる間に落ちる程やわではないだろう。

 しかし時間がない事は相違無い。「さて」と前置きした直後、早口でクルー達へ問い始めた。

「今まで、ジュエルシードが暴走してから封印するまでにかかった時間は最長でどの位でしたか?」

「全て十分以内に」

「複数が同時に暴走したケースは?」

「一度もありません」

「暴走開始からの経過時間は?」

「約三分です」

 クルー達が、最後はクロノがそれぞれ答える。前者二人は確かランディとアレックスといったか。

「あの、それってどういう……」

「まさか……!」

 訳が分からないなのはを遮ってユーノが気付き、セラも口に出す。

「フェイトさんが自滅する前に、暴走が拡大して手がつけられなくなるかもしれない、ですか?」

 敏腕提督の首肯が、全て肯定した。

 ジュエルシードの暴走がどこまで拡大するか。人間たる魔導師がどこまで成長するか。双方の成長速度はどちらが速いか。

 これらを踏まえれば、放置するリスクの大きさが理解できるだろう。

 暴走拡大に繋がる要因は二つ。撒き散らす魔力に反応するか、ジュエルシード同士で共鳴・もしくは融合するか。

 どっちを取ってもバッドエンド一直線。

「できれば、余力を残したあの子と戦いたくはないのだけれど……この状況では止むを得ないわ」

 少なくとも、今なら確実に封印できる。故に指示を下す。

「なのはさん、ユーノさん、出撃を許可します。まだ二人だけで大丈夫でしょうから、クロノ執務官は出撃待機で」

「了解しました」

「「はい!」」

 直後、これ幸いと走り出す魔導師二名。目指すはアースラブリッジの転送機だ。

「いってらっしゃいです」

(情報制御・空間曲率の変化を感知)

「「いってきます!」」

 手を振って見送るセラ。転移しつつ、元気よく返す二人。十日前から続く微笑ましいワンシーンは今日も健在であった。

「しかし、宜しいのですか? 黒幕が出てこないかもしれませんよ?」

 年少魔導師組が見えなくなったところで、黒衣の少年は上司へ問う。

「その黒幕を待った挙句次元世界が一つ滅んでしまったら、さぞかし良い笑い種になるでしょうね」

 皮肉たっぷりな返答に、思わず執務官が苦り切った表情になる。

「あの……黒幕ってどういうことですか?」

 首を傾げたのはセラ一人。なのはとユーノもそんな話は聞かされていないはず。

「ジュエルシードが、輸送中の事故で散乱した事は聞いていましたね?」

 こくこくと頷く。

 一方モニターでは、介入行動を開始したなのは達が金の魔導師達と共闘を持ち掛けている。

 直接魔力を譲渡してもらっている辺り、フェイトの心配は暫く不要らしい。クロノとリンディがこっちの話に集中しているのだから間違いない。

「先日、その輸送船事故の詳しい調査報告が届いたんだ」

 内容を理解するのに、十秒かかった。

「……その事故って、もう半月位前の話ですよね?」

「輸送船の不時着現場が別の管理外世界で、調査に余計な手続きが掛かるわ距離は遠いわで大変だったんだぞ? 見逃してくれ」

「は、はあ……」

 うんざりな表情で答えるクロノ。賢人会議に入ってから思う事だが、つくづく組織って大変だ。

「さて……話を戻すと事故の内容なんだが、どうやら次元跳躍魔法による魔導師からの攻撃という結果が返ってきた」

 気を取り直して明言された事故原因に、目を見開く。

 次元跳躍魔法と言えば、オーバーSランクでも魔力と体力を多大に消耗するという超高難度技術。

 単一の攻撃としては、魔法士が最も警戒すべき魔導である。

 まず術者が同じ世界に存在しない時点で反撃不可能。一方こちらは撃たれる事をまず許容しなければならない。

 事前知識や攻撃内容次第では、あのディーですら対処できるかどうかという代物なのだから。

 それでもセラがあまり少年を心配していないのは、余程の理由がない限りそこまで危ない話に首を突っ込む事はない、と理解している為である。

「術者は不明、ですか?」

「ああ。魔力光を始めとした痕跡はなく、船員の証言では“雷が落ちたような衝撃だった”そうだ」

 気になる一つの単語から連想し、視界の端にちらちら入っていた巨大モニターへ顔を向ける。

 共闘状態に入ったらしく、ユーノとアルフがチェーンバインドで竜巻数本を縛り上げている。

 実体のない相手を捕縛できるのは、ウイルスを組み込める魔導ならではの応用法だ。

 なのはは離れたポジションに移動している最中。己のデバイスを見つめる金髪赤眼の少女は戸惑っていた。

「彼女の仕業という線は薄い」

 こちらの思考を読んだ執務官が先に返答する。

「少な過ぎる痕跡、それを実現させた鮮やかな手口。ここまでの隠蔽行為、あの使い魔がサポートしても難しいでしょう」

 続けるのは提督。フェイトの行方を晦ましてきたあの狼も優秀のようだが、それでもあまりに周到過ぎる。

「つまり、誰かが裏でフェイトさん達を動かしている、と?」

「それも情報を一切漏らさないという徹底ぶりだ」

 理解はできるが納得はできず、セラは内心で首を傾げた。情報に……ではなく、情報を与えられた為である。

 親子で念話を使っていれば許可申請も問題無いとは思えるものの、本来は機密情報のはず。

 巻き込まれただけで他に何の関係もない自分に、こんな事を話してもいいのだろうか。

 それとも、次元跳躍魔法への反応を伺っていたのだろうか?

 真意を読めずに戸惑う中、金と桜の二色光が視界の端を強く照らした。

『『せーの!』』

 掛け声に反応して巨大モニターへ顔を戻すと、幼き魔導師二名の姿。

『サンダー……』

『ディバイーン……』

 今までセラの見た中で、最も強烈な同時攻撃の瞬間である。

『レイジ――!』

『バスター――!』

 瞬間、閃光がブリッジを覆い尽くした。

 数秒後にそれが収まれば、モニターに映るのは竜巻も嵐もない海上。

 降りしきる雨の中、衣服を濡らす事なく浮遊する四名の姿が映っていた。

『六個全て、一発で封印されました!』

 僅かに驚嘆が混じったエイミィの声は、沈黙したアースラブリッジで真っ先に響く。

「力づくですか……」

「なんて出鱈目な……」

「……でも、凄いわ」

 呆れるセラ、驚愕に引き攣るクロノ、しばしの自失から遅れて感心するリンディ。

 セラでもこれは分かる。ジュエルシード封印の難易度上各個撃破する所を、彼女達は膨大な魔力に任せて一網打尽としたのだ。

 魔力を受け取ったフェイトも同等に消費したからいいものの、やはりフェイト相手の連戦は免れまい。

 結果的に五分の状況、そこまでの経緯は明らかに後先を考えない所業。

 マサチューセッツの事件当時ならまだしも、メルボルンで戦っていた頃の自分はここまで酷くなかった気がする。

 やはり、魔法士と魔導師の意識的差分だろうか。それとも経験や環境の問題か。

 なんだかんだで経験不足な今のセラには、まだ分からない。ただただ将来を危ぶむのみ。

 そんな思考を知る由もなく、映る少女二人は浮上してきた宝石越しに互いを見つめている。

『友達に、なりたいんだ』

 投げかけられた言葉に、眼を見開くは金髪赤眼の少女。

 雨は止み、雲間から陽光が差し込み始めた。

 ……ともだち、ですか……

 セラの中で、複雑な感情が渦巻く。

 なのはらしいといえば、なのはらしい。

 好ましくもあり、同時に何とも言えない感情が膨らむ。

 友達に対し、自分はここまで隠し事をしていいのかとか。

 友達でも、正体がばれたらなのはと戦わなければならないのかとか。

 どこかで彼女より上回っている自分。どこかで彼女より下回っている自分。

 まっすぐななのはの行動。難し過ぎる己の立場。残酷なる元いた世界。

 現在持ち得る言葉ではとても表現できず、頭の中がパンクしそうになって――

(大規模情報制御を感知)

 I-ブレインの警告と、ブリッジに警報が鳴り響くのは同時。すぐさまエイミィが叫んだ。

『次元干渉――? 別次元から、本艦及び戦闘区域に向けて、高次魔力攻撃――あ、あと六秒!』

 魔導師と魔法士、計三名が天井を見上げて息を呑む。前者は魔力、後者は情報制御から脅威を感じ取った。

 しかして前者二名は冷静さを失わない。

「総員、衝撃に備えて! クロノ!」

「了解!」

 以心伝心(Direct communication from mind to mind)、執務官は駆け足で転移装置へ。

 セラは近くの手すりに捕まり、黒衣の少年がブリッジから姿を消す。

 ここまでで、六秒。

 文字通り、“雷が落ちたような衝撃”がやってきた。

 巨大な振動がブリッジ……否、艦全体を襲い、あちこちからクルーの悲鳴があがる。

「……このタイミングで、何故……?」

 喋れば舌を噛みかねない状況下、それでも呟いたのはリンディだ。

 その疑問すら吹き飛ばす光景が、モニターに映った。

 黒幕からの支援たる次元跳躍魔法が、黒衣金髪の少女に直撃したのだ。

 

『フェイトちゃん――!』

 想定外の新たな悲鳴。

 海上へ、再び雨が降りかかろうとしていた。

 

*

 

 何故、フェイトに撃ったのか。

 艦船はまだしも、あそこで撃つべきなら管理局側の魔導師ではないのか。

 どう考えても故意に狙ったもの。あの攻撃に何の意味があるのか。

 そんな意見が、次の瞬間身体ごと空中へ飛んでいた。

 頬と口内から脳へ奔る痛覚。一瞬の浮遊感から、床に背を打ちつけた感覚。

 一秒と掛からず上半身を起こせば、吐血する大魔導師の姿。

 

「プレシアさん!」

 一挙動で駆け寄ろうとして、振り払われる。

 殴り飛ばす直前に瞳から垣間見えていた狂気は、ある程度までその怒りを収めていた。

「あなたの言っている事は、何も間違っていないわ」

 口に出てくるのは、こちらへの肯定。

「それでも……それでも、許す訳にはいかなかったのよ」

 しかして、己の信念に基づいた行動だったのだろう。謝罪も訂正もしなかった。

 ……どうして……

 最初は、本当にフェイトを嫌っているのかと思っていた。

 病気を知った時、やはり“あの人”のように演技なのかと思った。

 この十日間話して、未だにプレシア・テスタロッサを理解できずにいる。

 それ程までに、娘の事が嫌いだと言うのか。

 一体何が、気に入らないと言うのか。

「ここから先は、こちらの問題。絶対に手を出さないで頂戴」

 知りたいけれども、自分は所詮部外者だ。

 後一週間と経たずに戻る異端者。消息不明の少女を気に掛ける、ただの迷い子。

 本当に、これでいいのだろうか。

「……わかりました」

 悔恨と焦燥に、痛い程拳を握り締めた。




そして歯車は狂い始める。
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