リリカル・ブレイン   作:SLB

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第九章 それは少女が為にあらず ~Mother and Daughter~

 海鳴臨海公園にそびえ立つ時計塔が、朝の六時を少し回った頃。

 有明月の見える紺碧の空で、二色の魔力光が幾度となく交錯していた。

 片や、見慣れた桜の光。弱冠八歳にしてAAAランク並の天才砲撃魔導師、高町なのは。

 片や、眩い金の光。なのはと同レベルの実力を持つ高速戦魔導師、フェイト・テスタロッサ。

 魔弾が奔り、砲撃が空間を抉り、桜の粒子と金の電撃が舞い踊る。

 杖同士がぶつかり合い、桜色の障壁と金色の刃がぶつかり合い、しかし終着はまだ見えず。

 決戦を迎えた二人の少女は、蒼い画用紙に優美な軌道を描き続ける。

 セラの初めて見る、本格的な魔導師戦闘。

 ペース配分を完全無視した、掛け値なしの全力勝負であった。

 

 作戦会議の結果、セラはなのは達の戦闘に立ち会う事となった。

 プレシア確保の切り札としては、クロノの方が認知が高かったのもある。つまりセラは伏兵役だ。

 朝方に公園まで転移、家から走ってきたなのは達と合流し、メンテナンスの終了したレイジングハートを渡して一時避難。

 ユーノが結界を展開した直後にフェイトが出現、そのままなし崩しに戦闘までなだれ込み、現在に至っている。

 

「ところで」

 双方が動きを止め、一時膠着状態へ入った時。

 フェレット形態のまま、ユーノが口を開いた。

「管理局とはもう話が済んだんだよね?」

「はい。協力関係を結ぶことになりました」

 同時に、フェイトについても最新の情報を教えてもらった。

 悲惨な話だとは思う。別途で思うところもあったが、仮定の話なので大して考えなかった。

 アースラ側でこの情報を知らないのは、ユーノとなのはのみとなっている。

「じゃあ、いざって時は」

「任せてください」

 小さく笑う。そのためにここへ来たのだから。

 因みに、なのはに対し戦闘関連のアドバイスはしていない。というより、悔しい事にできなかった。

 戦闘スタイルや力の操作方法など、手が出せない根本的な部分こそあるものの、問題は別。

 迂闊に話すと“何でそんな助言ができるのか”という疑問がなのはの中から生まれてしまうためだ。

 実力伯仲の相手と戦う以上、勝つために少しでも強くなれるなら助けてあげたい。かといって、悩み事を抱えさせるわけにはいかない。

 迷い(リスク)助言(リターン)のつり合いが微妙なら話さない方が無難だ、ということで、結局クロノから止められてしまった。

「さっきから気になってたんだけどさ」

 傍らで魔導師戦闘を眺めていた橙色の狼が、不意にこちらを向いた。

「あんた、一体誰なんだい?」

「え? あ、えっと……」

 問われてから気づく。

 自分は一度ならず見ているのだが、いずれもジュエルシード暴走の現場から離れたところにいた。まともな面識などないに等しい。

(情報制御を感知)

 返答に困っていると、戦闘に新たな動き。なのはがバインドで拘束されたのだ。

「ライトニングバインド……まずい! アレを撃つ気だ!」

「アレって、何ですか?」

 魔力を感知したのだろう、向き直ったアルフへ問う。

 情報制御の規模やレベルを今までの魔導から比較すると、大技の準備であることは分かる。

「フォトンランサー・ファランクスシフト……貫通魔力弾での一斉射撃さ!」

 言っている内に、その通りの布陣が整っていく。

 魔力弾を射出するスフィアを、魔法士には一切不要の“詠唱”によって魔導の発動を補助し、次々と生成――その数38基。

 ただ38発撃つのではなく、スフィアから連射すると見ていいだろう。

 なのはもバインドを解こうとしているが、間に合いそうにない。バインド自体にも、捕縛以外に何らかの仕掛けが施してあるようだ。

「……確かに、あれは厄介ですね」

 状況の悪さに眉根を寄せる。

 回避・迎撃が難しいとなれば、防御しかない。自分はともかく、なのはには厳しいだろう。

 I-ブレインの空間知覚からユーノがこちらを向いた事に気づき、視線を合わせる。

 一目でユーノの心情を理解し、静かに首を横に振る。

「アンタ……助けに行かないのかい――?」

 一連の動作を見抜いたのだろう、アルフが詰問してきた。

「わたしは、なのはさんを信じます。……それに、割って入ったらなのはさんが怒りますから」

「で、でもさあ……!」

 ユーノは何とか感情を抑え込んだものの、アルフが食い下がる。

「フェイトさんも非殺傷設定みたいですし、そんなに心配しなくても……」

 セラとしては戸惑う他ない。

 何を焦っているか分からないが、セラは“双方大怪我をしなければそれでいい”と思っている。

 D3はこっそり周辺へ展開してあるため、いざという時も対処できる自信がある。

 ……これも、魔法士と魔導師の差でしょうか……?

 ちょっと違う気がする。

 では何だろうと考える暇もなく、フェイトの魔弾が射出される。

 金色の雨が未だ動けないなのはへと殺到し、複合防御魔法が展開され……すぐに見えなくなった。

 4秒間の掃射、合計1068発。最後は残った数発分を集め、大型魔力弾として撃ち出した。

 誰もがなのはの敗北を予感し、息を呑む。ただ一人、セラを除いて。

 セラの質量探知能力は、全て把握していた。

 なのはが防御した弾数も、直撃を受けた数も。魔力が飛び散ってできた粉塵の中で、何が起きているのかも。

「無茶しますね……“二人とも”」

 小さな溜息とともに独り言ちた直後、フェイトが桜色のバインドに拘束される。

 魔力の塵が晴れ、あらわになる砲撃魔導師。

 ボロボロになったバリアジャケットをある程度まで修復した、なのはの姿だった。

 

 結論から言って、なのはの逆転勝利だった。

 反撃のディバインバスターを防いだまではいいものの、消耗してバインドを破れず、回避行動を取れなかった時点でフェイトは詰んでいた。

 苦手な防御で更に疲弊したところを、なのはが再チャージ。

 何とか右腕だけ自由になり、複合での全力防御を行ったフェイトだったが、放たれたのは集束砲撃魔法“スターライト・ブレイカー”。

 体内の魔力ではなく、ここまでの戦闘でばら撒かれた周辺魔力を再利用して放つ、なのはの切り札にして最上級砲撃技術。

 完成した巨大な光は、正しく“星の光(スターライト)”と呼ぶに相応しき代物であった。

 解き放たれた閃光は、身動きの取れないフェイトを防御魔法ごと軽々と飲み込み、現在も海面に壮大な水飛沫をあげている。

 天から迸る裁きの光にすら見えるそれを眺めて、セラは内心複雑であった。

 ……なのはさん、いくらなんでもやりすぎです……

 なのはの方は色々思う所があるとして、直撃したフェイトは大丈夫なのだろうか。

 痛みぐらいはあると聞いているので、トラウマにならなければいいのだが。

 見る限りフェイトは優しいみたいだし、今までの戦闘で砲撃は撃たれ慣れてるだろうから問題ない……と思いたい。

 勝利と成長に喜ぶべきなのか、戦いぶりと成長の方向性に悩むべきなのか。セレスティ・E・クライン、すっかり保護者気分である。

 何にせよ、間違いなく接戦だった。

 レイジングハートは圧縮魔力を蒸気の如く放出し、なのは自身も見た目以上の満身創痍。

 足の魔力翼は不規則に明滅し、バリアジャケットは一部破れたまま。遠目からでも分かる程に息を荒げている。

 一方のフェイトは――

「フェイトちゃん!」

 完全に気絶したのだろう、バルディッシュを手放して自由落下を開始した。

 なのはの叫びと同時に、セラも駆けだす。

 ユーノとアルフは、ここから駆け付けるよりなのはの方が早く救出できる事を理解している分、行動が遅れている。

 セラでも当然間に合わない。……辿りつく事だけは。

(空間構造改変。落下方向を設定)

 自分とD3周辺の空間構造を書き換える。空間曲率の制御とは、即ち重力制御に他ならない。

 セラは海を隔てる手すりを飛び越えて“落下”し、その場へ急ぐ。

 十個のD3は閉鎖空間から出現させて、フェイトの落下地点へ先回り。そのままフェイトにかかっている重力を中和し、宙に浮かせる。

 動こうとした三名が異常現象に硬直する中、セラは悠々とフェイトの所へ到着。

「フェイトさん、大丈夫ですか?」

「う、ん……え……え?」

 声を掛けると、重そうに瞼を開けた。しばらくして、状況についていけないのかこちらを見たまま呆然としている。

 目立った外傷は見当たらない。非殺傷設定は本当に便利だ。

「セ、セラちゃん――?」

「せ、ら? ……セラ?」

 我に返ったなのはの叫びが、フェイトの混乱に拍車をかけたようだ。

 一気に目が覚めた途端、こちらとなのはの顔を交互に見まわしている。

「説明は後でお願いします。……それより、なのはさんの勝ちという事で、いいですよね?」

「あ……えと、うん……」

『Put out』

 フェイトが認めた途端、バルディッシュが律儀にジュエルシードを取り出した。

 思わず眉を顰めたセラは、D3の位置を微妙に動かす。

 遺失物からできるだけ距離を取りつつ、浮かせたままのフェイトから離れ過ぎないようにという難題をこなそうとして、ますます眉間に力が込められる。

 封印状態なら、魔法士の情報制御もある程度は問題ない。なのはが待機中にジュエルシードを取り出していた際、こっそり実験済みだ。

 ただし、あくまでもある程度。情報制御の度合いを高めると僅かに発光したため、封印を破って暴走する危険性が残っている。

 今後の展開を考えれば、あまり益にならない。

「なのはさん、すぐにジュエルシードの回収を――」

(情報制御、空間曲率の異常変化を感知)

 直後、I-ブレインから警告。

 プレシアの次元跳躍魔法だろう。はっきり言って最悪のタイミングだ。

 セラの役割は、予想されるプレシアの妨害行動からなのは達を守る事。つまり、プレシアの雷をセラが防御する、という事。

 相応の出力で発動されるセラの情報制御に、ジュエルシードは封印状態でも暴走を抑え切れるのだろうか。

 そんなセラの不安を裏切り、次元跳躍魔法の対象はジュエルシード。

 バルディッシュから離れていた宝石達が、まとめて円球状の結界に取り込まれた。

「小型の隔離結界――?」

 ユーノの叫び通り、セラのI-ブレインは名前通りな空間の歪みを感知している。

 プレシアの動機は不明、しかしこれで問題はなくなった。別次元に切り離された状態なら、セラも全開で能力を使える。

 こちらへの攻撃を警戒して、なのはとフェイトの腕を掴み強引に引っ張る。双方が小さく悲鳴をあげるのは無視。

(情報制御、空間曲率の異常変化を感知。危険)

 I-ブレインの警告に合わせて、遥か上空の天候が急激に崩れていく。先程の結界は、ジュエルシードを巻き込まないためかもしれない。

 合わせるように十個のD3を一斉に真上へ集め、セラは“光使い”の防御能力を発動させた。

(「Shield」展開)

 簡単に言うならそれは“重力場の盾”。攻撃を“受け止める”のではなく、攻撃軌道を“逸らす”タイプの防御である。

 しかも、戦艦が放つ荷電粒子の奔流すら捻じ曲げる、デタラメな出力だ。

 次元跳躍魔法は、次元を超えてから効果を発揮する遠隔発生魔法。発生地点が術者から離れている点が厄介なのであって、他は通常の魔法と同様である。

 術者への反撃方法は、セラどころかどんな魔法士だろうとまず持っていないだろう。

 ただし防御方法は、想定していた対魔導師戦と変わらない。

 結果、セラのShieldは紫の雷撃を見事受け流した。

 行き場を失った魔力の雷は、そのまま空中で霧散して魔力素へ戻っていく。

 更に、ここでI-ブレインからメッセージ。結界に守られたジュエルシードが、その結界もろとも黒雲の中へ吸い込まれていく。

 追撃を警戒して油断なく身構えつつ、セラは物質転送を見送った。あれはエイミィが逆探知して、時の庭園を見つける手掛かりになる。

 魔法士能力に過敏なジュエルシードにはあまり近づき難い、というセラ個人の事情もある。下手を取って暴走させたくはない。

 天候が元の状態まで回復して、ようやくセラは安堵の息を吐いた。

 至近距離の雷鳴で少し耳が痛いのは、両手が塞がっていたためやむなしである。

「なのはさん、フェイトさん、大丈夫ですか?」

 体を離して声をかけるものの、言葉すら浮かばないのかこくこくと頷いている。

 なのはもプレシアの所在をつかむ方法については聞いていたはずなので、驚いているのはセラ自身についてだろう。

 それにしても、何故プレシアは真っ先にジュエルシードを結界で囲ったのか。

 確かにジュエルシードの確保は最優先かもしれないが、結局行ったフェイトへの攻撃より先、という点が気になる。

 後から放った雷撃も、ジュエルシードの直撃コースに掠りもしなかった。

 攻撃先からして、管理局側への妨害行動より、フェイトへの虐待を優先させる性質である事は先日の件で明白。

 何かのきっかけで、心境の変化でもあったのだろうか。

 ……すぐ分かること、ですよね。

 どの道、アースラへ行って現場を眺めれば色々と謎も解けるだろう。

 思考を中断、急ぎユーノへ転送魔法の指示を送る事にした。

 

 

 慌てて差し出そうとした少年の手を、躊躇なく払いのける。

「プレシアさん。今、やめた方がいいって――」

 それでも言いかけた傍らの少年を睨みつけると、「う……」と押し黙る。

 足下は自分が吐き出した血、周囲には先程物質転送を終えた八個のジュエルシードが浮かんでいる。

 空間モニター越しに、少年が探し人を見つけた時には、戦闘も終盤に差し掛かっていた。

 結果は管理局側の勝利で終わったものの、直後に問題が発生した。

 肝心の少女――“セラ”が、情報制御を使って現場へ接近してしまったのだ。

 封印状態であっても、ジュエルシードは情報制御に反応する。

 魔法士である事は聞かずとも予想済み。ジュエルシード近辺に魔法士がいた場合の安全策も考案済み。

 ジュエルシードが出てきたところで、攻撃より先にジュエルシードの安全確保を優先したまではよかった。

 よもや、サンダーレイジをああも鮮やかに対処されるとは。推察するに空間・重力制御系か。

 雷すら捻じ曲げる魔法士のデタラメぶりに、いい加減呆れてくる。

「どうやら、管理局で無事に保護されているみたいね」

 例の少女が、結界魔導師の少年へ指示を送っている様を眺める。

 管理局側の魔導師へ協力するように能力を行使した、という事は、そういうことだ。

「ええ。……よかった……」

 安堵の息を吐いて呟いたかと思えば、すぐにこちらへ向き直った。

「一応警告します。これ以上は、あなたの身がもちませんよ?」

「次元魔法はね。……それに、今の物質転送でここも掴まれた」

 右に表示された立体ディスプレイには、集団転移を果たした武装隊の姿。

 時の庭園入口付近の映像だ。

「潮時、ですか」

「ええ」

 これ以上のジュエルシードは回収不可能。手持ちだけで何とかするしかない。

 今後の詳細な行動予定を頭に浮かべ、しばし黙考。自分が今考えている事に対する危険性(リスク)安全性(リターン)を天秤にかける。

 結論を下し、少年に向けて命ずる。

「行きなさい。ここにいる理由は、もうないでしょう?」

 管理局へ。あの少女のところへ。

 意図を理解した少年は、あからさまに目を見開く。

 最初から覚悟はしていただろうに、何を動揺しているのか。

「今、ですか?」

 タイミングが悪いとでも思っているのか。こちらとしては他に手放す機会などないというのに。

「元より、あなたがいなくても問題のない計画だったのよ」

「しかし……!」

 少年が見やるのは、ディスプレイに映ったままの武装隊。先程より倍近く増えている。

 こちらの身を案じている、のだろうか。

 確かに、少年の手で対処してもらった方が万倍楽かもしれない。それでも譲れない。

「あの程度なら問題ないわ。私を誰だと思っているの?」

 事もなげに言い放ち、

「向こうの艦長は優秀のようだし、手に負えなくなったら避難するでしょう。あの子の安全は保障されているわ」

 ジュエルシードを使用する事で次元震が発生。止められないと判断した場合、断層発生をおそれた管理局は撤退する。

 最終段階で自分を止める存在はいない。

「……言い切りますね。断層は発生しないと判断した場合、もしくはセラが庭園に入った場合はどうするんです?」

 これから何を行うのか。プレシアは少年に話してあった。

 転移魔法を以てしても辿りつけない異世界“アルハザード”へ向かう。そのためにジュエルシードを使うのだと。

 発動方法も、デメリットも、伝えた。

 外部への影響予想を聞いた際、元の世界へ帰る方法があっさり判明した時と酷似した表情を浮かべていたのは、何とも滑稽だった。

 “中規模次元震が起きる程度であり、庭園以外に目立った被害は理論上皆無”。

 ただし、あくまで理論上だ。断層発生の可能性は決してゼロではない。

 しかしプレシアの予想通り、少年からは一切非難の言葉がなかった。そんな資格はないと自覚している、何よりの証拠である。

「あなたが教えなければ、最後まで次元断層の発生を疑うでしょう。向こうは頭も切れるようだし、警戒させておけば断層発生時の対処も早くなる」

 仕込みは万全。迷い子というイレギュラーとも、今は良好な関係を築いている。

「何より、巻き込まれただけのあなたたちを道連れにするはずがない。あなたと合流できれば、あの子が私と戦う必要性もなくなるのではなくて?」

 保護を受けた代わりに戦力となっている。それがプレシアの見解だ。

 あと一日足らずで、二人は元の世界へ帰ってしまう。

 それを少女が知れば、迷い子二人が再会すれば、そもそも保護してもらうまでもなくなってしまう。

 例え貴重なサンプルとして“管理局”が手を出したとしても、少年の戦闘能力は非常に高い。

 迷い子の少女と共闘すれば、“管理局”相手に残りの一日を逃げ切るくらい容易にやってのけるだろう。

「随分、ぼくを買ってますね」

「“管理局”より、あなたを敵に回す方が厄介だもの」

 割と本音だ。

 結局、少年は手の内を半分も見せなかった。それでも、対魔導師戦闘における脅威の程は十二分に理解できたのだ。

 一応敵対された場合の対抗策も用意してはあるものの、苦戦を強いられることに変わりはない。

 しかし、少年を手放す真の理由は別にある。

「大事な人は、手放すものじゃないわ。……さあ、行きなさい」

 最後の最後で、抑え切れない感情がにじみ出る。

 ただ一人のために戦うという、近い信念を持っていると理解できたからこそ。

 強大な力を持ちながら、こちらの意図を妨げようと考えもしないからこそ。

 情が、移ったのだ。

「……プレシアさん……」

 意図を察したのだろう、目を見開く少年。

 呆然としていたものの、すぐに毅然とした表情をとる。しかし嬉しかったのだろうか、口元だけが緩んでいた。

「短い間でしたが、ありがとうございました」

 その言葉を最後に、少年は去った。

 庭園の入口へ向かう以上、自分より早く局員と接触し、船まで転移してもらえるだろう。

 ここまでくれば、もう懸念事項はほとんど残されていない。

 最大のイレギュラーであった魔法士二人も、こちらへ敵対する可能性は限りなく低い。

 あとはこの身がもつまで戦うだけ。可能不可能はどうだっていい。

 ただ、ここまでの半月間がどこか充実していたのは、皮肉かもしれない。

 原因はあの少年。魔導師とは全く違う未知の技術、未知の力の持ち主。

 何より、“大切な人を蘇らせようとしている”こちらに共感してくれた。

 誰にも認められなかった自分を、少年は肯定した。

 情報交換を始めとした話相手でもあり、同時に手のかからない息子ができたような感覚だった。

 そういえば、誰を蘇らせようとしているかは教えていなかった。少年も空気を読んだのだろう、話題にすらのぼらなかった。

 自分も、どんな過程を経て少年が“人を殺す”覚悟を決めたのか、聞いていなかった。

 ……今更ね。

 既に機会を逸した以上、未練以外の何物でもない。

 小さな未練よりも、今は大きな未練を優先させる。

 バリアジャケット製の靴が多数、床を踏み鳴らしてこちらへ迫る音を聞きながら、プレシアは待ち構えた。

 

 

「第二小隊、転送完了」

「第一小隊、侵入開始」

 ブリッジで報告を聞くリンディの眼が、銀髪銀眼の少年をモニター越しに視認した。

(艦長!)

 同時、執務官の念話が届く。向こうも確認したようだ。

 両腰の小振りな剣を床に置いている以外は、魔法士の少女から聞いた通りの人相をした少年。

 本名、デュアルNo.33。名前の由来や出生については、まだ聞いていない。

(ええ、保護をお願い。それと、セラさん達にはまだ見せないように)

(……わかりました)

 この土壇場で子供達を動揺させるのはあまり良くない。

 プレシアの味方として敵対する可能性は、まだ捨て切れないのだから。

 駆け付けた局員が言い淀んで通称で呼び、保護の意向を伝える。

 すると少年は、迷わず『お願いします』と頭を下げた。

(抵抗の意思はなさそうです)

 先程の戦闘を見ていたと考えれば、セラが管理局側についていることも容易に想像はつく。

 ――わたしが大丈夫だってわかれば、ディーくんはきっと来てくれます。わたしが直接話せばなおさらです。

(セラさんの話通りね。……と、本人が来たわ)

 後方の五人に気付いて振り向き、艦長席から歩み寄る。

 フェイトの使い魔であるアルフは人の姿で集団の後方に控え、セラが先頭となっている。

 左右になのはとユーノを挟んで、拘束されたフェイトはいた。

 白い病人着に、これまた白い拘束手錠という状態は、今まで黒いバリアジャケットを着たところしか見たことがない分、新鮮に映る。

 同時に痛々しくも感じてしまうのは、アルフから聞いた事情だけではないだろう。

「お疲れ様。それから……フェイトさん、初めまして」

 声をかけるものの、ほとんど反応がない。待機状態のバルディッシュを手にしたまま、俯いている。

 失意の中にあるようだ。プレシアの真意を知らないまま必死に頑張ってきた分、果たせなかったのがショックなのだろう。

 これ以上の精神的ダメージは、まずいかもしれない。庭園内部を捜索すれば、フェイトにとって残酷な真実が明るみに出るはずだから。

 艦長席へ戻りつつ、なのはへ念話を送る。

(母親が逮捕されるシーンを見せるのは、忍びないわ。なのはさん、彼女をどこか別の部屋へ)

 建前の理由を使って、ここからフェイトを引き離す。しかしなのはにも問題はあった。

(あ、あの……セラちゃ――)

(セラさんについては、後で必ず説明します。だから、今はフェイトさんを)

 想定済みのため、有無を言わさず切り返した。

(……はい……)

 納得いかなくても、今だけは聞かないで欲しい。

 本当の経緯も、魔法士の世界の真実も、自分達はまだ聞かされていないのだ。

 現在判明しているのは、異質かつ強大な魔法士の力と、少年の名前だけなのだから。

 大型モニターに向き直れば、武装隊に連行されている少年の姿が画面下側に小さく映っている。

 丁度リンディ自身が遮っているため、後方の五人は視認できない。

「フェイトちゃん、よかったらわたしの部屋……」

 なのはの言葉を、一歩前に出る足音が塞ぐ。

 首だけで振り向けば、モニターを見つめるフェイトの姿があった。

 ……本当にまずいわね。

 ここからの展開を予想して、受け入れるつもりか。

 しかし先にあるのは想像の斜め上、フェイトの存在を根本から否定しかねないもの。どうなるか分かったものではない。

 瞳から分かる意志の強さを鑑みるに、中途半端な理由では下がってくれないようだ。

「総員、玉座の間に侵入。目標を発見」

 それでも何とかできないかと隔離する口実を考えている間に、状況は刻々と進んでいく。

『プレシア・テスタロッサ! 時空管理法違反、及び管理局艦船への攻撃容疑で、あなたを逮捕します!』

『武装を解除して、こちらへ』

 玉座のような椅子に座ったまま、頬杖をついているプレシア・テスタロッサ。

 その顔をモニター越しに視認した途端、リンディは内心で寒気を感じた。ここまでの思考が中断してしまう程に。

 何故笑っている? 当たり前だ、プレシアの魔導師ランクは公式で条件付SS。

 年齢や次元跳躍攻撃後であることを考慮に入れても、並の局員数人位は十分あしらえる。

 問題なのは、目だ。リンディだからこそモニター越しでも分かる、あれは正気じゃない。

 ここまで追い詰められている以上無理もないかもしれない。しかし、余裕すら感じられるのは不自然だ。

 個人で振り払うには、管理局という組織はあまりに大き過ぎる。元々非常に頭のいい人物だ、余計な抵抗は考えないはず。

 そもそもジュエルシード自体、“数を揃えても死者蘇生には届かない”。何を企んでいるのか。

 武装隊は二手に別れ、片方はプレシアと対峙、片方は奥の部屋へ向かう。

 後者を睨むプレシアの表情からは、危機感しか抱けない。

 程なく、モニターに衝撃の映像が飛び込んできた。

『こ、これは……!』

 一本の、生命維持槽だった。

 満たす羊水は薄緑色。時折思い出したように気泡がのぼっている。

 その中を、一糸纏わぬ姿で、“フェイトによく似た”、しかしフェイトより幼い少女が浮かんでいた。

 眠るように瞳を閉じ、標本の如く浮かんでいた。

「えっ――?」

 事情を知らないなのはの声が響く。

 リンディですら驚愕した。よもや、“死体を保管している”とは。

 誰もが絶句し、誰もが動けない最中、真っ先に行動したのは他でもないプレシアだった。

 一瞬で生命維持槽の手前まで近距離転移し、最も近くにいた武装局員数人を吹き飛ばしたのだ。

 どうやら、予想以上に力を残していたらしい。それとも、目的のための執念か。

『私のアリシアに、近寄らないで!』

「しまった……!」

 都合により分割されたもう一方のモニターを見やれば、プレシアを包囲していた局員達が揃って倒れている。

 誰もが気を取られた一瞬の内に、大魔導師が形勢を逆転していた。

 

 

(大規模情報制御を感知。着弾の危険なし)

 玉座の間の手前で佇んでいるディーのI-ブレインが、魔導の発動を感知した。

『危ない、防いで――!』

 玉座の向こうに隠れた通路の奥から、女性の叫びが聞こえる。音声からして、局員の誰かが船と通信を繋いでいるのか。

 しかしディーは、指示に従わない。従うわけがない。

 元々管理局員ではないし、I-ブレインのメッセージからして攻撃範囲外である。

「ラウンドシールド!」

 悠長なディーの前へ、青いバリアジャケットを羽織った男が立つ。

 白色のシールド型魔力障壁が展開され――次の瞬間、玉座の間全体を紫の雷が迸った。

 先程玉座の間で行われたものと違い、今度は局員達の絶叫が響き渡る。

 2メートル手前まで迫った紫電に、フロアの外で待機していたディーは至って涼しい顔だ。

 一方備えていた男――ディーの確保に割かれていた一人の局員が、障壁まで届かない雷に困惑の視線を向ける。

「ぼくを巻き込む気はない、ということではないでしょうか?」

「……そのくらいの分別はついている、か……」

 プレシアにとって、敵対理由のないディーは脅威の内に入らない。

 管理局に協力しているセラと合流して説得すれば、セラもまた戦力外となる。

 敵に回すよりは、なるべく穏便に済ませた方がいい。ディーとしては、プレシアの判断を立場上正しいともありがたいとも思う。

 自分とセラは、所詮巻き込まれただけの異世界人。

 あの高町なのはという魔導師のように、ジュエルシードを封印できる魔力を持っているわけではなく、戦えば逆に暴走させてしまうのだから。

 気づけば、雷撃がおさまっていた。不気味な沈黙が場を支配する。

 戦闘の音が聞こえないという事は、プレシアの圧勝で終わったのだろう。立ち向かった局員は一人残らず倒されたに違いない。

 ディーの傍にいるのが、戦闘可能な最後の一人ということになる。

 ……そういえば……

 ふと、プレシアが叫んでいた固有名詞を思い返す。

 蘇らせる対象であることは想像がつく代わり、具体的にどういう人物なのかが分からない。名前からして、姉妹か親友か。

 台詞からして生命維持槽に死体を保管しているのだろうし、物理的に見る事は可能なはず。

 ……ちょっとくらい、いい……のかな?

 自分はセラの事を話したのだから、“アリシア”をこっそり見に行っても大丈夫だろう。精々文句をこぼされる程度で済む。

 といっても武装隊がまだ生きているので、誰かが立ちあがってプレシアからの追撃を受けるかもしれない。

 好奇心だけで近づいたあげく、とばっちりをもらうのは馬鹿馬鹿しい。

『いけない……局員達の送還を!』

『りょ、了解です!』

 傍らの、局員が展開した空間モニターから会話が響く。

「このまま私から離れないでください。一緒に転移しますので。……しかし、向こうはどうなっているんだ?」

 それを聞いた局員が、こちらへ話しかけてきた。後半は独り言である。

 おそらく“局員達”に自分自身も含まれているため、そばにいればディーも一緒に転送してもらえると分かったのだろう。

 今の攻防でプレシアに敵わないと理解しているからか、現場に近寄るという選択肢は存在しないらしい。

「そうだ、向こうもモニターすれば……!」

 解決法を思い付いた局員は、すぐさま空間モニターを操作して新しい映像を展開する。

 直後、息を呑む音。

 後ろめたさを好奇心が上回る中、ディーも何気なく覗き込んで、

「――え?」

『アリ……シア……?』

 一糸纏わぬ姿で眠っている、フェイトによく似たフェイトでない者の姿がそこにあった。

 当のフェイトも、呆然と呟いている。

『固定! 転送オペレーション、スタンバイ!』

 時間が静止したディーを、転送処理のオペレートが置き去りにする。

 ……これは……どういう……

 理解の追いつかない中、画面の向こうに立つプレシアが愛おしげに培養槽を撫でた。

『時間がないわ。たった八個のロストロギアでは、辿り着けるかわからないけど……もういいわ、終わりにする』

 更に膝を折り、振り向き、

『この子を亡くしてからの暗鬱な時間を……この子の身代わり人形を娘扱いするのも』

 言葉の全てが真実を物語り、ディーの脳へゆっくりと浸透していく。

『聞いていて? あなたの事よ、フェイト』

 そういう、ことなのか。

『折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない、私のお人形』

「……クローン……」

 思わず呟く。

 今、ようやく頭の中で繋がった。蘇らせたいのは、実の娘だったのか。

 プレシアは最初から、フェイトの事を娘と思っていない。だからあれだけ酷い事ができるのだ。

『研究中の事故のときにね、プレシアは実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの』

 若い女性の声が、プレシアの過去を語り始める。

『安全管理不良で起きた、魔導炉の暴走事故。アリシアは、それに巻き込まれて……』

 プレシアは、元研究者だったと言っていた。自分の研究の果てに娘を失ったのは、さぞショックだろう。

 事実を容認できなかったことから、この事件は始まっていた。

『その後、プレシアが最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる……使い魔を超えた、人造生命の生成。そして、死者蘇生の技術』

 魔法士の世界なら、“人造生命の生成”は決して不可能ではないだろう。

 現に、人造生命たる先天性魔法士を量産するWBF(ウィザーズ・ブレイン・ファクトリー)が魔法士の世界で存在している。ディーもそこの出身だ。

 何にせよ、プレシアが手がけた研究からフェイトは生まれたのだ。他でもない“アリシア”として。

 そしてプレシアは、フェイトを“アリシア”と認めなかった。

『記憶転写型特殊クローン技術、プロジェクト(フェイト)

『フェイトって名前は……当時彼女の研究につけられた、開発コードなの』

 執務官と、恐らくオペレーターの口から、フェイトの名前の由来が流れる。

 先入観から生まれた誤解を訂正された途端、ディーは己に問うた。

 このまま放置すれば、どうなるか。

 どんな形であれ、事件は終息するだろう。しかしフェイトが傷つくのは疑いない。

 待っているのは、ある程度決まった結末だ。

 自分が介入すれば、どうなるか。

 実際にやってみない限り、どうなるかは予想もつかない。マシな方向へ進むかもしれないし、逆に悪化するかもしれない。

 招かれるのは、可能性という名の混沌だ。

 どちらが間違っていて、どちらが正しいのか、きっと誰にも分からない。

 それでも。

「すみません。少し、やることができました」

「何?」

 真実を知った時点で、ディーは既に選択していた。

『よく調べたわね……そうよ、その通り』

 響くプレシアの声が、遠くに感じられる。

 まるで舞台裏にいるような錯覚。なるほど、その通りだろう。

 自分達は既に、蚊帳の外の存在なのだから。

「何を言っているんだ。君にとっては何の関係も――」

「ないでしょうね」

 局員の言葉を遮って、無関係を肯定する。

 しかし、ディーにとってはこれから関わるつもりでもある。

「では何故?」

 手を出さない方が無難なのは明白だ。

 しかしこれに答えなければ、自分が無理矢理舞台へ躍り出る資格はない。

 自問自答するまでもなく、問われて迷うまでもなく、干渉するだけの理由が自分にはある。

 小さいものならいくつかあれど、口に出すべきは無論最大の動機。

「……疑問には思っていたんです。どうしてぼくとセラは、この世界へ来たのか」

 原因があるなら、結果もある。結果があるなら、原因もある。

 今はまだ、原因も結果も分からない。

 けれど、もし原因があるとするなら。

『作りものの命は所詮作りもの。……彼も言っていたけれど、失ったものの代わりにはならないわ』

 再び映像を見やれば、ディーとの会話を思い出したのか、自嘲気味に笑う大魔導師。

 モニター越しの顔が、記憶の中のあの人と重なる。

 贖罪、ではない。罪を背負って生きていくと誓った以上、それはできない。

「理由があるとしたら、このためなのかもしれないって……そう思うんです」

 最初は、厄介事に巻き込まれた、程度の感覚だった。

 いずれ戻れると知った時、疑問を感じた。

 ものすごい大事のはずなのに、その気になれば自分達は我関せずを貫いて帰る事ができる。

 それでいいのか? 本当に、ただ巻き込まれただけでいいのか?

 答えは、目の前にあった。

 母のために、母に振り向いてもらうために、従い続けてきたフェイト。

 何もかもを捨てて、ただ娘のために道を外れていく母親。

 罪を犯すことを、ディーは否定しない。問題は、“ズレている”こと。

 ――それだけが、どうしても許せない。

 以前にもこんな事があった。自分が弱くて、まだ皆が笑っていられたあの頃。

 あの人が、初めて本音を明かしてくれた、あの時。

 今回はよりはっきり、より強く、ディーは思うのだ。

 間違ってはいけないものを、プレシア・テスタロッサは間違っているのだと。

 

 こちらを見つめていた局員だったが、しばらくすると大きな溜息を吐いた。

「……分かった。置いていこう」

 やけにあっさり引き下がられたので、思わず聞く。

「止めないんですか?」

「“抵抗された場合はおとなしく退け”とも言われているのでな。従うまでだ」

 つまりはそれだけ強いのだろう? と視線で続ける。口元はニヤリと弧を描いている。

 実際命じた方は、セラから色々と聞いたのだろう。

 管理局側にセラがいる以上、敵対する理由がディーにはない。ただし、セラと合流した後に狙われた場合は別である。

 それでも抵抗される可能性を考慮した命令を、この人は利用するつもりでいる。

「ああ、今念話で返事が来たぞ。“次元断層発生の疑いがあるため、事件への協力を許可する”だそうだ」

 巻き込まれただけの民間人を、あっさり協力者として容認するのか。まあ最悪の事態が事態だから、やむを得ないかもしれない。

 しかし実際は、断層発生の可能性が低い。プレシア以外に知るディーとしては苦笑せざるを得なかった。

 何にせよ、これで自由である。

「ありがとうございます」

「それと、間違ってもその剣でプレシア・テスタロッサを傷つけないように。峰打ちは許可する」

「……管理局法ですね。了解しました」

 答えて、足下に置きっ放しだった双剣を拾い上げる。

 元より峰打ちで済ませるつもりだ。枷にはならない。

 局員と入れかわるように進み、玉座の間へと足を踏み出す。

 守るためではなく、罪を背負うためではなく、過去へのリベンジとして、ディーは双剣を引き抜く。

 “罪も痛みも、全て背負って生きる”。あの言葉を聞かされた時からずっと、“重い”と感じていた己の騎士剣。

 今は、少しだけ軽い。当然だろう、と心の中で苦笑する。

 それでも。剣を振るうだけの価値は、十分にある。

 

 さあ、舞踏を始めよう。

 デュアルNo.33、推して参る。

 

 

『アリシアは、もっと優しく笑ってくれたわ』

 培養槽を撫でながら、モニター越しの大魔導師は振り向く。

 魔法士の世界では、見たことがなくとも知ってはいた。

 人工培養で製造される魔法士、マザーコアとなる魔法士。都合上幼くもある彼ら彼女らを救うため、賢人会議(Seer's Guild)は作られたのだ。

 培養槽から助け出された魔法士の子供たちと、セラはそこで出会ったのだから。

 ただ、“培養槽に入った子供”が初見だっただけ。この世界にもあるのだと、予想していなかっただけ。

『時々わがままも言ったけど、私のいうことをとてもよく聞いてくれた』

 息は呑んだ。確かに驚いた。しかしなのはたち年少組の中で、最も冷静でいられたのは間違いなくセラである。

 だからこそ、考えるだけの余裕があった。内容を理解できた。

 プレシア・テスタロッサは、ただ娘のために戦っているだけなのだと。

「やめて……」

 傍らでなのはが呟く中、セラの脳裏に思い出されるのは、母親――マリア・E・クライン。

 自分が生まれるまでの過去について、何も聞かされなかったセラはよく知らない。

 後天性の光使いで、娘に隠れてたくさん人を殺して、それで生計を立てていた事。

 やがて脳に不治の病を抱え、死んでもセラが悲しまないようにと冷たい態度を演じていた事。

 指一本ろくに動かせないはずなのに、銃弾からセラを庇って死んだ事。

 娘のために必死で戦い続けた、最高の母親である事。

 けれど、もし――

『アリシアは、いつでも私に優しかった……』

 もし、おかあさんより先に自分が死んでいたら、おかあさんはどうなっていただろう。

 生きる意味を失って、自暴自棄になって、酷い余生を送るのかもしれない。

 では、死んだセラを蘇らせる方法を見つけたら? 少しでも、可能性を見出したら?

 試行錯誤を繰り返し、そのどれもが失敗に終わり、残り少ない寿命を更に削って……その先はどうなる?

『フェイト、やっぱりあなたは失敗作、アリシアの偽物よ。折角あげたアリシアの記憶も、あなたじゃ駄目だった』

 ――今のプレシアのように、なっているかもしれない。

 プレシアの経歴を聞いた時から、抱いていた仮定。それが今、再び頭に浮かび上がった。

 次元跳躍魔法を使ったせいかもしれないが、モニター越しでも顔色が悪いと判断できる。

 もしかしたら、行方不明の内に病気を患ったのかもしれない。

 そしてこの人は、ジュエルシードを使おうとしている。

 セラには分かる。たくさんの人を殺してでも、娘を蘇らせる気だ。

「やめて……やめてよ!」

 独白を止めようと、なのはが叫ぶ。しかしプレシアに届いていないのは、セラから見れば当たり前に映った。

 本当に覚悟を決めた相手は、善意だけで止められるほど甘くない。

 殺す決意を固めたディー相手だと、そんな真似ができる雰囲気すらないのだ。

 では、どうすれば止められるのか? 誰が彼女を止めるのか?

『アリシアを蘇らせるまでの間に、私が慰みに使うだけのお人形……だからあなたはもう要らないわ』

 背を向けたまま、狂気に呑まれたプレシアが立ち上がる。

 俯いたまま、フェイトは綺麗な赤眼に涙をためる。

 ユーノとアルフは、顔をしかめる。ここからでは分からないけれど、リンディもクロノもきっと同じだろう。

 なのはは全く聞き入れる気すらないプレシアに、呆然とするしかない。

 そして、セラは……自問自答していた。

『何処へなりと――』

 セラは、人を殺してでもセラを守ると決めたディーを、許さないと決めた。

 では、セラを守るためにその手を血で染め続けたマリアは?

 ディーが犯した過ちを許しても、マリアの悪行は許されない。

 ならば、ディーを許さなければ、マリアは許されるのだろうか?

「間違ってます――!」

 違う。絶対に、違う。

 思った途端、反射的に口が動いていた。

「そんな事したって、アリシアさんは絶対に喜んだりしません――!」

 右腕を大きく振りかけて失敗し、モニター用のサーチャーへ向き直ったままのプレシアも。

 絶望しかけていたフェイトも、どうすることもできなかったなのはたちも。

 誰もが、セラへと視線を集中させた。

 誰もが、予想外の介入にぽかんと口を開けた。

「セラ、さん……?」

 振り向いたリンディですら、例外ではない。

 場の中心となったセラは、注目されている事に気付かない程感情が高ぶっていた。

 ――この場へ顔を出していない一人だけが、らしいとばかりにほほ笑んだ。

『あなたに……何が分かるって言うの?』

 しばらくの間を置いて我に返ったプレシアが、狂気に憤慨を上乗せして問う。

「……プレシアさんのことは、まだよくわかりません」

 両眼を閉じ、僅かに俯く。比較対象はあれど、プレシアがどれだけ娘の事を想っているのかは分からない。

 自分はまだ、母親になった事がないのだから。

「でも、アリシアさんの気持ちなら分かります!」

 碧眼を開け、勢いよく顔を上げ、プレシアに向き合う。誰が相手だろうと、これだけは決して譲れない。

 自分は既に、愛された娘だったのだから。

「アリシアさんが本当に優しい子なら、プレシアさんの事をぜったいに許しません!」

 娘の記憶を失ったマリアと、仮初の親子の時間で笑っていたあの頃。

 母の本心を知ったものの、マリアが人を殺していたことについて、セラは何も言えなかった。

 マリアが死ぬその時まで、“死”を見た事がなかった。それほどに、自分は普通の人間として生きてきたから。

 しかし人の“死”を見て、戦いを乗り越えて、ディーの覚悟を聞いて、泣いて泣いて泣いて、旅路の果てにとうとう一つの道を選び取った。

 “ディーが人を殺すのを、決して許さない”。

 この時点で、マリアの罪にどう向き合うかが決まっていた。

 たった今、セレスティ・E・クラインは、その事実を知り得たのである。

「プレシアさんの娘として……娘だから! 他人を傷つけて、巻き込んで、フェイトさんを道具のように扱って、それを仕方がないで済ませる訳にはいかないんです!」

 セラは、これからも強くなっていく。

 亡きマリアに守られるわけでも、ディーに守られるわけでもなく、大切な人にこれ以上の人殺しをさせないため。

 殺さなくても済むように、守られなくても生きていけるように、セレスティ・E・クラインは強くなる。

 強くなってもどうしようもないのなら、出来ることを全てやってもどうしようもないのなら、その時は遠慮なく叱るのだ。

「自分のためだとしても、悪い事をする母親を見るのは、辛いんです!」

 だってセラは、あのマリアの娘なのだから。

 だってセラは、ディーと並び歩いて生きていくと決めたのだから。

 同じ、母親に愛された娘として。守られた分、守っていくと決めた者として。

 アリシアの代わりに、セラが叫ぶ。

「もしここにアリシアさんがいたら、きっと怒ります! 謝っても許しません――!」

 悪いことをした子を叱るのは、母親の役目。なら逆に、悪いことをした母親を叱るのは、誰の役目なのか。

 周りに叱る人がいないなら、それは子供の役目なのだ。子供にしか、できない事なのだ。

 肝心のアリシアがおらず、フェイトはプレシアに否定され、誰もプレシアを止められないなら――セラが止める。

 セラがやらなくて、誰がやる。

 アリシアの代わりに、誰が怒るというのだ。

 

 

「……セラ、ちゃん……?」

『あ……』

 気がつかない内にセラの頬を涙が伝う中、大きく動揺したのはプレシアと、何故かなのは。

 双方まるで、“セラではない誰か”を見ているようだった。

『わ、私は……』

 しかし、プレシアは尚言葉を振り絞る。

 見るからに狼狽し、瞳の中の狂気すら薄れているにも関わらず、言い返そうとする。

 半ば意地に近い反論ではあるものの、フェイトへ向ける自分の思いは、決して変わっていないし否定されてもいないのだから。

『それでも私は、造り出してからずっとフェイトのことが……』

 名前が出た途端、対象であるフェイトが息を呑む。

 最後まで母を信じ続けていた少女に、とどめとなる言葉が吐き出されようとして、

 

『――セラの言う通りです』

 

 聞こえてきたのは、憎悪と狂気に満ち溢れた女性の声ではなく。

 何の感情も読み取ることの適わない、セラにとって懐かしいハスキーアルト。

 こつりこつりと規則正しく、床を踏むのは一人の足音。

「……来たわね」

 局員との念話により、事前に知っていたリンディが呟く。

 セラとプレシアのやりとりに気を取られていたそれ以外の者たちが、玉座の間へと続く出入口を凝視する。

『そこまでにして下さい、プレシアさん』

 照明のない廊下の闇を背景に、小振りな双剣を握りしめ。

 招かれざる騎士が、事件の表舞台に姿を現した。

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