一房だけ伸ばした銀髪が、モニター越しの暗い空間で揺れた。
大魔導師の前方に、銀髪銀眼の少年が悠然と佇んでいる。
この場にいる者達の大半が混乱に包まれ、時間が止まったように静寂が訪れる。
アースラの駆動音や、生命維持槽に浮かび上がる気泡がいやという程耳に入る。
ともすれば、誰かの呼吸音すら聞こえるかもしれない。そんな中。
「「ぁ……」」
赤眼の少女がやっとのことで我へ返り、モニターに映る光景から目を見開く。
碧眼の少女がやっとのことで口を開くものの、突然過ぎて思考が追いつかない。
「……っ」
名前を呼ぼうとするも、愕然とする。自分は一度として、彼の名前を呼んだ事がなかったのだ。
「ぃ……」
名前を呼ぼうとするも、感極まって息が詰まる。痛みさえ覚え、みっともなく咽てしまいそうになる。
「で……」
それでも彼の名前を呼ぼうと、なんとか口を開こうとして。
「でぃ……」
それでも、伝える為に。「自分はここにいるよ」と、叫ぶ為に。
「ディ……」
「ディーくんっ!」
綺麗な瞳に、再び涙を零しながら。
先に少年の名前を呼んだのは、金髪“碧眼”の少女だった。
*
「ディーくん! ディーくん――!」
約半月を経て再会できた想い人を、ひたすらに呼ぶ。
本当はすごく心配だった。信じてはいたけれど、逆に言えば信じるしかなかった。
メルボルンの時もそうだった。一週間と満たぬ間だったのに、辛くてしょうがなかった。
自分だけ逃げる羽目になり、再会するまでは悪夢に魘されたこともあった。
あの事件の間、ディーの怪我が治り切る事はなかった。むしろ増える一方で、本来なら死んでしまうような大けがもたくさんした。
それでも生きて帰ってきたのだから……と思っても、半月という時間は、セラにとって長過ぎた。
初めて出会ったあの頃から、こんなに長く離れ離れになったことがなかったのだ。
『セラ、久し振り。元気にしてた?』
相対するプレシアからモニター側へ、一瞬だけ視線をずらして微笑んでくる。
「元気です! みんな、良くしてくれて……」
途中で自分が泣いていることにようやく気付き、ごしごしとふき取り、
「ディーくんも、元気そうで良かったです」
相変わらずの端正な顔を、モニター越しに見つめる。
怪我一つどころか、やつれも見えない。間違いなく健康体である。
「ごめんなさいね、セラさん。あなたが混乱したらと思って、伝えずにいたの」
安堵したところで、手前のリンディから声を掛けられた。どうやら、ディーがいたことを既に知っていたようだ。
「いいんです」
しかしセラは首を振る。作戦のためだったのは容易に想像がつく。それにリンディの言う通り、我を忘れてしまった。
なにより。
「ディーくんが無事なら、それだけで十分です」
知るのがどれだけ遅れようとも、“現時点において無事”と分かっただけでもセラは満足だった。
『で、何のつもりかしら?』
ここにきて、しばらく沈黙を保っていたプレシアが口を開いた。
『すみません。最初は素直に帰るつもりだったんですけど……』
対し、無関係なはずなのに割って入ったディーが答える。
『考えが変わりました。蘇生させるの、てっきり旦那さん辺りかと思ってたんですよ』
『……娘だったら、どう違うと言うのかしら?』
次の瞬間、ディーの表情が変わった。セラでもあまり見たことの無い、少しだけ怒った顔だ。
『フェイト“も”あなたの娘です』
映像越しの大魔導師が僅かに眉をひそめ、
『あれはただの人形よ。……さよなら』
言葉と共に掲げられた手の平には、既に紫の大型魔力弾が形成されていた。
ディーが小さく息を吐くと同時に射出され、両腕の双剣が前方へ掲げられた直後、弾殻が中途で弾け飛ぶ。
通路一杯に超小型の魔力弾群が拡散し、理論的に回避不可能なレベルの弾幕が形成される。
誰もが蜂の巣にされる少年の姿を幻視する中、セラだけは冷静にディーの顔を見ていた。
弾殻を一度爆散させ、内部に詰め込まれた散弾で範囲攻撃を行う。あれはそういう代物なのだろう。
こんな魔力弾を真っ先に選択したということは、ディーの能力をある程度知っているに違いない。
そう、“ある程度”は。
モニターで視認できる相対距離・弾速・弾数・密度。それらの情報だけで、セラには分かる。
もし情報解体が可能なら、ディーにとっては脅威にならない。本人に焦りが見られないなら、つまりはそういうことだ。
カテゴリーB程度の騎士なら、情報解体が通用したとしても捌き切るのは難しい。しかし、ディーならば。
カテゴリーAにして、世界最高クラスの規格外騎士たる、あのディーならば。
次の瞬間、ディーの両腕が消失した、ように見えた。ほぼ同じくして、直撃コースにあった全ての魔弾が消えうせた。
他の弾丸が残らずディーの後方へ流れ、情報解体されたのだろう魔力弾のなれの果てが、空間を妖しく照らした。
消えたはずの両腕はいつの間にか元の位置に現れ、銀の瞳は相変わらず鋭く前を向いている。
『っ……予想以上ね。手加減で15倍なら、更に倍程度と考えたのだけれど』
『最大加速倍率を聞いているのでしたら――53倍です』
『ふ、随分舐められたものだわ』
『そちらこそ、榴散弾まで再現するとは驚きました』
獰猛な笑みと無表情。
リンディでさえ“何が起こったのか分からない”という風情の中、対峙した二人は台詞を唱和させる。
『全く、どこまで出鱈目なのかしら?
『全く、どこまで器用なんですか?
目撃した全ての魔導師達が息を呑む、別次元の攻防。本来ならあり得ざる戦いが始まろうとしていることを、誰もが理解する。
しかし、これに疑問を挟むのはセラだ。
「あの……ディーくん? 戦うんですか?」
『うん』
迷いのないディー。こちらは逆に疑問が深まる。
「わかってるんですかディーくん! この世界は……」
『分かってる。ぼくたちは巻き込まれただけだし、この事件に手を出すべきでもない』
自分達は結局巻き込まれただけで、考えなしに力を使えば今後の方針に支障が出る。
セラだけならまだいい。しかし、セラが唯一懸念していた“対魔導師戦における情報解体の効力”は、先程確認できてしまった。
ディーの力は、管理局にとって脅威となる。迂闊に使っていい代物ではない。
『それでも、確かめたいんだ。今の力で、止められるかどうか』
全て承知の上で、ディーは戦う気だ。
「何で……どうしてそんなことを?」
ディーの戦う理由はセラのため。だとしても、さっきの会話からして別のこだわりを感じてしまったのは、気のせいではないだろう。
“今の力”とは、どういうことか。セラのため以外に、今のディーには戦う理由があるのか。
返答は、あまりに簡潔だった。
『マリアさんに、似てるから』
先程からプレシアに対し抱いている部分を、的確に突かれた気がした。
「おかあ、さん……? た、確かにわたしもそう思いますけど……」
動揺を隠せない。魔導師の少女二人が、“おかあさん”という単語に反応して同時にこちらへ向いた事にも気付かない。
娘のために世界を敵に回す母親、という点では共通している。しかしマリアとは違い、不治の病にかかっているような“制限時間”は流石に――
『この人、病気なんだ。重度の肺結腫で、もう長くもたない』
あった。
セラは、息を呑んだ。アースラブリッジの大多数が同じ反応を示す中、セラのそれは全く違う二重の意味があった。
マリアに似ているどころではない。同じ状況に陥れば、マリアもプレシアと同じ事をしでかしても何らおかしくない。
娘の方が先に死んだらどうなるか……正しく“マリア・E・クラインのIf”なのだ。
そしてプレシアは、マリアよりも更に大きく道を踏み外そうとしている。
「そんな状態で、貴女は……!」
「かあ、さん……?」
管理局ですら知り得なかった事実から、リンディが思わず声を上げる。何も知らされなかったフェイトが、呆然とモニターを見やる。
『もう見ていられない。せめて、一番間違っている部分だけでも何とかしないと……って、そう思ったんだ』
ディーにマリアとプレシアの信念を全否定する権利はない。同じ穴の狢だから当然である。
つまり、ディーが本当に何とかしたいのは……“プレシアとアリシア”ではなく、“プレシアとフェイト”なのだろう。
かつて降りかかったあの事件を思い出しながら、セラは再び悩む。
自分たちがこのまま何もしなかったら、どうなるか。
自分は何をしたいのか。何ができるのか。
自分たちの立場を鑑みても、関わるだけの価値があるのか。
――今なら、まだ間に合うのか。
「あ……局員の回収、完了しました!」
「分かったわ」
エイミィの報告に返すリンディ。視線はモニターへ釘付けである。
局員全員がアースラへ転送されたということは、現在庭園に存在する人物はディーとプレシアのみ。
枷となる者が誰もいないということは、ディーが全開で戦える事を意味している。
『投降してください。ぼくという存在自体が魔導師の天敵である事は、十分理解してもらったはずです』
騎士にとって魔導師とは、“炎使いを始めとした、大抵の魔法士と同程度”の扱いにしかならない。
I-ブレインを持っていない事も考慮すると、規格外の騎士であるディー相手には敵わないのではなかろうか。
対するプレシアは――先程よりも更に狂気的な笑みを浮かべていた。
『生憎だけど、手ならまだあるわ』
手元に取り出したのは、見覚えのある青の宝石。しかも不気味な明滅を繰り返している。
プレシアの掌から浮かび上がると、掌との間で小さな魔法陣が展開され、発光が強まり始めた。
『それは……』
ディーが顔を強張らせた直後、発光が一気に弱まる。
怪訝な顔をする大多数に反し、セラはプレシアの策を理解した。
魔法士の存在を知っているだけではない。ジュエルシードの近くに魔法士がいるとどうなるかまで知らなければ、決して思いつかない“対騎士戦術”。
「ディーくん、気を付けて下さい!」
『知ってる。情報制御に反応するんだよね』
『何だと――?』
クロノの声が響く。
『完全に封印を解いたわけじゃないけど、私をどうにかする気で貴方が近付いてきた場合を考えて、予め持っていたの。自分の甘さに救われたわね』
正面からノコノコ現れず、昏倒させるか首に剣を突き付けるかしようと全開で能力を使った場合は、間違いなく嵌まっていた。
先程発光が弱まったのは、I-ブレインの出力を落としたためだろう。
『ある程度以上の情報制御を、ある程度以上近くで発動していれば即暴走。あっという間に次元断層が発生してもおかしくないわね』
いかに強力な魔法士でも、次元断層に飲み込まれたらひとたまりもない。
「この位置から、“次元断層発生直後”に離脱できない?」
「無理です、巻き込まれます!」
即座に反応したリンディの問いに、アレックスが返す。アースラ自体も危険な状況だった。
『折角見つけたガールフレンドを前にして、そんな真似は出来ないでしょう?』
「しかし暴走すれば、貴女は……!」
一瞬歯軋りしたリンディが反論する。
ディーとの戦闘中に暴走してしまえば、至近距離のプレシアが真っ先に影響を受けてしまう。
例え次元転移で離脱できたとしても、ジュエルシードの数が減る事に変わりはない。
今までの行動から推測するに、プレシアの望む数は満たしていないはずだ。それを態々、魔法士一人食い止めるために使う気か。
『正気じゃない……!』
クロノの呻き声。セラの身にも怖気が走った。
確かに、対“魔法士の騎士”が整っていないこの世界でディーを即座に止めるなら、この位やらなければダメなのかもしれない。しかし、本当にやる人がいるとは。
『貴方が裏切る可能性、最後まで考慮して正解だったわ。ここまで厄介とは思わなかったもの』
おそらく、封印状態の弛張を制御する事で、暴走を恐れるディーの能力を制限するつもりなのだろう。
魔法士の世界で例えるなら、半ばノイズメイカーに近い。しかもディー自身の意思で制限させるのだから性質が悪い。
『艦長……』
クロノの声に、リンディは反応しない。俯き、口元を引き結び、目は虚空を凝視している。
いくらディストーションシールドを備えたアースラといえど、次元断層は洒落にならない。
プレシアの言う通りだとするなら、断層の発生速度が通常より遥かに早いらしい。つまりは断層の肥大化も早いということだ。
撤退するなら今の内。ジュエルシードが暴走したら、次元世界どころか自分達も逃げ切れずにお終いである。
どうすればいいかは、多分リンディには分かっているのだろう。ただ、躊躇しているのだ。
「あ、あの、リンディさ――」
『プレシアさん』
思わず話しかけたセラを遮って、毅然としたディーの声がリンディの顔を上げさせる。
『ぼくの近くで発動させたら、8個全てが情報制御に反応し、更に共鳴し合って一斉に暴走する……違いますか?』
プレシアは答えない。
『あなたの意思で暴走させるのは、ぼくからしてみれば“あり得る”し“あり得ない”。脅しは半分近くハッタリ……これも違いますか?』
『……余計な事を……』
プレシアは質問に答えない。
時間がないプレシアにとっては、アリシアを取り戻す最後の機会。そしてアリシアを望む以上、ジュエルシードは必需品。
本来なら、一個たりともここでジュエルシードを失いたくないはずだ。
それでも暴走させようとするのは、プレシアの狂気故。しかし暴走させないともディーが考えるのは、近くでプレシアを見てきたためだろう。
『なら、ぼくのやる事は一つ。ジュエルシードを暴走させないよう、ギリギリの距離でプレシアさんと戦って時間を稼ぎます』
何気なく言っているが、実際はとんでもない。プレシアの手元にジュエルシードがある時点で、ディーは接近できない=攻撃できない。
身体能力制御と情報解体の同時使用は論外。出力制限された情報解体だけで突破しようとすれば、やられた武装局員達の二の舞だろう。
逆に離れ過ぎれば隙となり、プレシアがジュエルシードの封印を解いてしまう。そうなれば、暴走を避けるディーは退却する他ない。
ただし、ディーが離れない限りプレシアはディーの対処に時間を割かれ、ジュエルシードを発動させる事もできない。
そして中間を維持するという事は、管理局の応援が来るまで大魔導師の猛攻をひたすら捌き続ける事と同義である。
無論、全開ではない。ジュエルシードの“情報制御に対する反応”を調べたセラには分かる。
維持するべき距離内だろうが外だろうが、自己領域などの高位能力を使えば一発で暴走する。
それでもやるのだ、ディーは。この、命懸けの駆け引きを。
誰にもどうしようもなかった過去そのものへの、次あるかどうかも不明なリベンジを果たすために。
ディーの瞳は、“ここで決着をつける”と語っている。
『……分かってるじゃない。そして傲慢だわ!』
予想を肯定し、選択を罵倒し、プレシアが片腕を振るう。
直後、プレシアの足元を中心に紫の魔法陣が発生。周囲を紫電が走る。
一拍置いて、雷光がモニターの向こうの部屋を満たした。
「ディーくん!」
『……大丈夫。ジュエルシードを暴走させる危険があるのは、プレシアさんも同じだから』
閃光が収まって、次に映ったのは暗い廊下を走るディーの姿。辛うじて使える身体能力制御で、一足早く攻撃範囲を離脱したようだ。
情報制御も魔導も、差こそあれどジュエルシードを暴走させる要因となり得る。ディー程ではないものの、プレシアもまた本気が出せない。
自己領域を使えない今のディーなら確実に仕留められるであろう、大規模攻撃が使用不可能なのだ。
『ぼくの力を警戒している分、出せる空間攻撃はさっきみたいな小規模が限界だよ。それにここまで無理をし過ぎたから、魔力も体力もあんまり残って――』
言いながら辿り着いた玉座の間を視界に収め、ディーが口を開けたまま硬直する。
部屋の左右に多数の魔法陣が出現し、そこから人型のロボットが現れていた。
『つくづく忌々しい。でも、これだけじゃないわよ……!』
ディーの背後、通路の闇の向こう側から響く怨嗟の声。
『庭園内に魔力反応、多数!』
「いずれもAクラスです!」
「総数、60、80……どんどん増えていきます!」
『防衛用に配備された、傀儡兵です――っとと!』
エイミィ、アレックス、ランディと声が続き、合わせて説明したディー目掛け、動き出した傀儡兵達が殺到する。
魔導師にとって十分速く見えるだろうその攻撃は、しかし騎士にとっては等しく遅い。
七倍加速の疾走のみで回避し、そのまま包囲網を突破。散発的に繰り出される当てずっぽうの追撃もサイドステップで躱す。
うねうねと蛇行しながら、確実に出入口へ向かって行く。
『私達の旅は、誰にも邪魔させない!』
一方、プレシアもまた玉座の間へ辿り着いた。後方では取り付けてあったチューブを外し、床から数センチ浮いた培養槽がついてきている。
『旅?』
『プレシアさんの目的は、アルハザードへの片道転移です!』
『アルハザード……あんなおとぎ話の世界へ行くのか!』
気になる単語を呟いたクロノへ、戦闘中にも関わらずディーが返答する。
セラにも何となく理解できた。ジュエルシードでもアリシアを完全に蘇生できないから、蘇生可能な世界への移動に使うつもりなのだろう。
『この力で旅立って……取り戻すのよ、すべてを――!』
最後に叫んだプレシアの言葉に、ディーが足を止めた。
振り返ろうとしたのだろうが、直後の轟音に気付いて目的の扉へ動きかけた顔を向ける。
武装局員達が突入した時には開いていたもの。傀儡兵の召喚に合わせて庭園全体に防衛機構が作動し、自動ロックが掛けられたのだろう。
物理強度については、ディーである以上関係ない。問題は、両開きの大扉の向こうで何が起こっているのか、である。
大小問わず、雨のように物体が床を叩く音。しかも、時間経過に合わせて音の位置が高くなっているのがセラでも分かる。
傀儡兵を動かして天井を崩し、更に道を塞いでいるのだ。それも、扉全体を覆って余りある程に。
火力の高いセラや魔導師ならまだしも、ディーの場合は情報解体で一々瓦礫を壊さなければならない。
眉を顰めたディーは、目的の扉よりも“離れてしまった”別の扉へ振り向く。モニターから見る限りでも、あれしか逃げ場がない。
『管理局の皆さん、増援をお願いします! 行けますか――?』
叫んだ直後、隙を狙ったかのように振るわれる傀儡兵の唐竹割りに気付いて回避行動を再開する。
新しい出入口近くの隅へと壁伝いに加速していき、そのまま片足を壁にかける。反作用処理と慣性の法則を同時利用して、数歩だけ壁を垂直に疾走する。
ディーより十センチ近く床側を、巨大な槍が薙いでいく。勢いそのままに角の窪みを越えた直後、数センチ後方で巨剣が空を切った。
時間差の十字攻撃を文字通り斜め上に回避したディーは、足場を元の床へ戻しつつ壁側の剣を逆手に構える。
散々迂回してやってきたロック済みの扉へ、逆手に構えた方の剣を扉へ斬りつける。
当然の如く自分の体を通せるだけの穴ができたにも関わらず、ディーが再び眉を顰めた。
宝石との距離を考慮してか、身体能力制御のリソースまで情報解体に回してしまったようだ。証拠としてディーの体が加速していない。
「……こっちが着くまで保つかしら?」
穴へ飛び込もうと体を向けたディーの真後ろから、通常とは比べ物にならない速度で魔弾が飛来する。
運動量と圧縮率を極限まで高めた狙撃弾体は、秒速七百メートルでディーの正中線へ突っ込み――視線も向けずに掲げられた騎士剣で遮られた。
モニター越しに映る顔を、紫の粒子が照らす。
『やります』
できるかできないかの問題ではない、とばかりの気概でディーが返す。
この時点で、セラは既に決意していた。まだ、間に合うかもしれない。
「リンディさん」
この艦の指揮者を見上げる。いつの間にか瞼を閉じ、微笑んでいた。
「彼の判断は、間違いなく最善よ。……寧ろ私が指示すべきだったもの」
後の部分を自嘲気味に述べ、目を開けた顔をこちらへ回す。
しばらく、互いの瞳を見つめ合った。
「Lanceの対人使用は禁止。分かっていますね?」
「もちろんです」
短い問答。命令も、了承もいらない。
自分はこれから、ディーのいる
『……セラ? セラも出るの?』
「何とかしたいって思ってるのは、わたしも……管理局の皆さんも同じです」
『……わかった。セラがそうしたいなら』
不承不承ながら、最低限の言質はとれた。
「行きましょう。なのはさん、ユーノさん」
振り返り、二人を見やる。
片や戸惑いながら、片や自力で混乱を抑えながら頷いてくれた。