リリカル・ブレイン   作:SLB

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第十章 双剣介入 ~Unexpected Intervention~ 後編

 走る、跳ぶ、着地する。走る、跳ぶ、着地する。

 着地のタイミングに合わせて近付いてきた魔弾を斬り払う。低出力の情報解体にも関わらず、両腕は雪玉に剣をぶつけるような感触しか通らない。

 その隙をも突くように飛来した巨矢を受け流す。流しきれず僅かに体勢を崩しながら、再び前方へ跳ぶ。

 自由落下を始めた肉体は、それまで存在した床を越え、段差を飛び降りる。

(攻撃感知)

 新しい足場へ辿り着く前に、浮遊する傀儡兵が横から肉迫してきた。

 巨剣の刺突を片手の剣で逸らすものの、この体勢では衝撃を逃しきれない。地に足を付け、そのままたたらを踏む。

 何とか後退を食い止め、背後を見やる。

 その先に床はない。現在の足場たる円柱の端――ディーの踵近くにある岩が、小さな欠片をぱらりと落とした。

 小石が遥か下の何かにぶつかる音は、永遠に聞こえてこない。

 

 広大な赤い洞窟を、不規則に乱立した円柱がまちまちな高さで背景として彩る中。

 一段一段が岩の円柱でできた手すり無き階段を舞台に、女王と騎士の戦いは続いていた。

 舞台から離れた位置にはプレシア・テスタロッサ。アリシアを入れた培養槽を連れて、浮遊魔法で悠々と降下している。

 対するディーは、一段辺り二メートル近い階段を地道に下りていた。

 当然、妨害は激しい。プレシア自身からの攻撃が皆無なのはせめてもの幸いだ。

 理由は、傀儡兵の操作、魔力温存、低下した体力、飛行中、ジュエルシード制御等々。枚挙に暇はないだろう。

 現在注意すべきは、傀儡兵――空兵・弓兵・魔導兵となっている。

 

 ……とは言ったものの、これはキツい……!

 向かう先は、庭園の地下階層。アルフがプレシアと戦った時の場所だ。同時に、援軍が来るであろう入口から最も遠い場所の一つでもある。

 上に逃がさないのは、庭園の動力部が最上階に存在するからとも言える。

 ジュエルシードに近い性質を持つロストロギアでできているのが、時の庭園の動力部なのだ。情報制御で動力まで暴走するのは、ディーも望んでいない。

 とはいえ、できることなら入口方面へプレシアを誘導したかったものの、プレシアが講じた騎士対策はディーの予想を上回っている。

 下手をすると、増援が来る前にやられてしまうかもしれない。

 周辺警戒を怠らないまま飛び降り、次の円柱へ着地し、自らの進行方向を見据える。

 段差の問題もあって、階段自体はそこまで長くない。残り三段。

 七倍加速で降り続けていた甲斐はあり、後から下降を始めたプレシアより早くゴールできそうだ。

 飛行魔法を終了すれば、プレシアは本格的にこちらを潰そうと動くだろう。その前に迎撃体勢を整えなければ。

(攻撃感知)

 再び真横からの襲撃。欠けた巨剣による唐竹割りを半身になって躱しつつ、巨大な刀身に己の騎士剣を接触させる。

(情報解体発動)

 既に半ばで幅の半分を球状に抉られた剣が、残り半分も解体される。根元から離れた剣先が自由落下し、奈落へ消えていった。

 武器が完全に壊れてしまった人形兵は、すぐさま剣を捨ててショルダータックルを繰り出す。

 巨剣を離した時点で予測していたディーは、転がって回避。狭い足場の端で止まり、すかさず真後ろへ騎士剣を振るう。

 すれ違いざまに情報解体した人形の足は、砂の如く崩れた装甲以外健在であった。

 妨害の中でも、一番邪魔なのは空兵だったりする。

 巨体を生かした攻撃は、足場を制限されている現状で最も厄介。更に出力制限の都合上、武装も装甲も一度では解体しきれないのだ。

 地下階層へ到達すれば、足場が確保されていくらか楽にはなるだろう。

 ……それにしても、あの配置は一体……?

 地を這うような姿勢で跳躍し、次の段へ移りながら、不可解な地下階層の様相を視界の上に捉える。

 翼による飛行能力を備えた空兵以外は、こちらから遠く離れた位置で一歩も動かず片や弓矢、片や誘導弾を放ってくる。

 どちらの攻撃も、そこまで脅威ではない。特に魔力弾は。

 出力を制限しなければならないこの状況でも、情報解体は対魔力製物質用の強力な武器だ。

 不自然なのは、こちらを狙撃するにはディーから見ても不適切なポジションであること。

 地下階層の端だったり、乱立する柱の間だったり、そもそも飛び道具を持たないディー相手にしては余りに遠過ぎたり。

 現時点におけるディーの機動力を考えれば、もっと近くから撃っても問題無いはず。

(攻撃感知。危険度『小』)

 死角から隙を窺うように漂っていた魔力弾が、不意にこちらへ動く。

 条件反射のように剣をかざして情報解体し、追撃を受けまいと更に次の段へ。あと一段。

「……何故」

 勢いを殺す事なく飛び降り、問題無く着地した直後に上空から声。数瞬の後、その声がプレシアのものだと気付く。

 ディーは見上げない、足を止めない。辿り着いた広い足場をひた走る。

 聴覚から入ってきたデータを頼りにプレシアの位置を割り出し、地下階層でプレシアと対峙するのに最適な場所まで駆け抜ける。

「何故、貴方はこんなところで戦っているの?」

 目標地点へ到着したと同時に振り向き、未だ降下中のプレシアへと向き直る。

「貴方は、あの娘のために戦うんじゃなかったの?」

「確かにぼくは、セラのために戦います。これからもずっと。……ただ、やり残したことがあったのを思い出したんです」

「……未練?」

「そうかもしれません。しいて言うなら、忘れ物とも呼べるでしょうか」

 両の騎士剣を逆手に持ち直し、前後に構える。

「これからの戦いを続けるために、過去との決着をつけたい。目の前で過去が再現されようとしているのを、見て見ぬ振りで通せない。それだけですよ」

 とうとう着陸した大魔導師は、何も言わなかった。

 しばらくの沈黙。ディーの中で既に生まれていた疑問が時間経過で膨らんでいき、欠片が口に出た。

「全てを取り戻す……さっき、そう言ってましたよね?」

「ええ、そうよ。わたしとアリシアの、過去と未来……こんなはずじゃなかった全てを、この手に取り返すの!」

「……全て、ですか」

 溜め息が漏れた。ただし、対象はプレシアではなく、自分自身。

 ……バカだ、ぼくは。

 どこまで、自分は勘違いしていたのだろう。ただ生き返らせるだけだとばかり、ディーは思っていた。

 後で新しい生活を送るのかとか、余生を過ごすのかとか、自分を犠牲にしてでも死んだ人に生きていて欲しいのかとか、そんな推測ばかり立てていた。

 この人は今何と言った? 取り戻す? アリシアだけならともかく、過去も未来も?

 まぎれもない、思い上がりだ。

「アリシアを蘇らせれば全て元通りになると、本気で思っているんですか?」

「何ですって?」

「アリシアを蘇らせて、過去の“再現”を行って、その後はどうするんです?」

 あえて一部の単語を強調する。予想通り、プレシアの眉がぴくりと動いた。

「死者すら蘇生できるのなら、病気の一つや二つくらいどうにかなる……なんて虫の良過ぎる考え方はしないでしょう、あなたなら」

「余計な事を言わないで頂戴!」

 この返答で、ディーは理解と不可解を同時に得た。

 プレシアは状況を理解している。その上で止まらない。もしくは止まれない。

 アリシアを蘇らせても、自分の死が変わらないと理解している。

 では、何故こんな事をしているのか。おぼろげながらも結末を予想できている上で、アリシアを求める理由は何なのか。

「そして……先程の質問に、訂正を入れなさい!」

 質問を変えようとしたところで、プレシアから食いついてきたようだ。

「私は“取り戻す”と言ったの。“再現”じゃないわ!」

「あなたが何と言おうと、再現にしかなりませんよ。フェイトのように」

「失敗するとでも――?」

「例え完全に成功しても、同じにはならないということです」

「アリシアは変わらないわ!」

「あなたが変わり過ぎたんですよ」

 ヒステリックに声を荒げたプレシアが、遂に絶句する。

「自分の姿を、心を、ちゃんと見て下さい。こんな事件を起こして後戻りできなくなったということは、蘇生させても同じ生活はできないってことです」

 時間が経った。実験に失敗した。狂気に堕ちた。不治の病に侵された。

 そして、プレシアは罪を犯し過ぎた。

「変わり果てた今のあなたを、本当のアリシアが受け入れてくれる保証なんて、どこにもないんです。無論あなたにも」

 例えアルハザードの技術で病気が治ろうと、若返ろうと、“取り戻そうとしていた頃”が頭から離れる事はない。

 不要な記憶として消去できたとしても、取り戻すまでの記憶に虚ができている事実を、蘇ったアリシアが気にせずにいられる保障はあるだろうか。

 いつまで、プレシアは隠し通せるだろうか。愛娘に隠し事をする重圧に耐えながら、果たして同じ生活ができるだろうか。

 少なくともディーは、時間の問題と思っている。

 “無論あなたにも”と言った通り、最終的な答えを知っているのはアリシアだけだろう。セラは“娘としての答えの一つ”を主張したに過ぎない。

 先程の返答からして、これだけ言ってもプレシアは止まらないだろう。ディーの思っていた以上に、アリシアへの依存は強いようだ。

「……こちらからも、いいかしら?」

 しばらくの沈黙を置いて、問いが返ってきた。ディーの指摘には、一切答えない。

 逃げだ、と思いつつも、口では「どうぞ」の言葉を送った。

「考えが変わった、と言ったわね。死者を蘇らせたいとは思わないの?」

「以前言った通りです。ないと言えば嘘になると」

「強くは望んでいないとも答えたわね。例えあのセラという子が死んだとしても、そうなのかしら?」

「……その質問は、まだ返していませんでしたね」

 あの時は、躊躇した。想像すらしたことがなかった。

 けれど。プレシアを見ている内に、プレシアの真意を知る内に、自然と答えは出ていた。

 最初から答えは持っているのに、自覚していなかったのだ。当たり前過ぎて、考えたり言葉にする必要自体、なかったのかもしれない。

「セラが死んだら、ぼくは落ち込むでしょう。涙を流すかもしれないし、自殺するかも知れないし……セラを蘇らせようとするかもしれない」

 蘇らせて新しい生活を送るのならば、それもいいだろう。

「アリシアを蘇らせることに限って、ぼくは止めません。できるのならばお好きなように。……ただそれでも、過去は過去のままです」

 過去は、過去故に過去である。現在ではない。

 過去そのものを現在へ持っていったら、それは最早過去ではない。現在でも未来でもない“ナニカ”だ。

 あるいは、泡沫の夢(Vain dream)と呼ばれるものなのかもしれない。

「過去は、取り戻せないからこそ過去なんですよ」

 アリシアを生き返らせても、昔のようにはならない。

 愛娘を失った事実を受け入れない限り、プレシアは際限なく“逃避という名の自滅”という道を走り続けるのだ。

「貴方は……何故、過去を取り戻したいと思わないの……?」

 暫くの間を開けて、絞り出すように投げかけられる。

 過去との決着をつけたい、過去の再現を止めたい。そうディーが答えた“現在における戦う理由”を聞いた時から、プレシアの中で浮かんでいたのだろう。

 過去を取り戻すのか、何もしないのか。プレシアの中では二者択一で決まっている問いに対し、

「……過去を取り戻して何とかなるのなら、どんなにいいでしょうね」

 ディーは、“わらった”。

 その笑みがどういったものか理解したのだろう。完全に答えるまでもなく、プレシアが息を呑んだ。

 回答は(No)だ。それも、取り戻す云々以前の問題で。

 取り戻したら何とかなる過去が、プレシアにはあるのかもしれない。けれど自分の場合、取り戻してもどうすればいいのか全く分からない。

 ――例えば過去にタイムスリップしたとして、“自由な立場のデュアルNo.33”が現れたとして、何ができるだろう。

 力しかない自分にできるのは、些細な変化のみ。病死であれそれ以外であれ、遠からずマリアは死ぬ。これは絶対だ。

 大まかな部分を変えられる自信も根拠も皆無。諦めるとか以前に、諦めないからああなったのだ。

 ――例えばマリアを蘇らせたとして、セラの最高の母親を取り戻したとして、それは過去を取り戻した事になるのだろうか。

 半年と経たぬ間に、自分もセラも随分と変わってしまった。あの親子はもう、以前と同じようには生きていけないだろう。

 戦う理由を、既に娘は手に入れている。マリアが蘇った後も、セラは変わらず戦場へ赴くだろう。

 どれだけ心配していようと、セラの意志である以上、生き返ったマリアも止められないだろう。

 失ったものを取り戻しても、自分達の戦いは終わらない。

「それに、取り戻したら最後……失ってからのこれまでを、否定することになります」

 プレシアは、否定したいのだろう。ディーとしては、フェイトのためにもそれはやめて欲しい。

 対するディーの場合、否定するわけにいかない。

 失くしてからの全てを拒絶しようにも、ディーは得難いものを手に入れてしまった。

「何かを得る事で失ってしまうものがあるのなら、何かを失う事で得るものもあるんです」

 強くなったために、失ってしまうものがあるように。失ったものがあるために、強くなることもある。

「ぼくは、それを否定したくない。ぼくの覚悟を、セラの覚悟を、そしてぼくの背負う罪を……なかったことになんて、したくない」

 強くなりたいと願った結果、マリアを傷つけてしまったように。マリアを失ってしまったからこそ、ディーはここまで強くなれたのだ。

 普通なら死んでしまう程の傷を、負った事がある。何百もの人を、斬った事がある。

 どれだけ苦しんだだろう。どれだけ辛かっただろう。それでも、無駄だなんて言わせない。

 剣を振るって成し得たことが、確かにある。守り切れたものが、確かにある。

 故に、自分の決断を手放したくはない。後戻りなんてできないし、できたとしてもしたくない。

 わずか二年。されど二年。短くも濃密な、今までの全てを糧にして、ディーは宣言する。

 

「ぼくは逃げない。償いようのない罪も、消せない痛みも、全部背負って前へ進み続けます。

 ……それが本当の強さだと、ぼくは思うから」

 

 自分が殺した人間が蘇ったとしても、ディーの心から罪悪感が消える事はないだろう。

 ならば自分が死んで、また生き返ればいいと言われても、ディーには納得がいかない。

 魔法士の世界は、確かに魔導師の世界よりも倫理観が外れている。それでも、命の価値をそこまで軽いものだと思った事は、少なくともディーにはない。

 結局、行きつく先は同じ。死者蘇生の技術がすぐそこにあったとしても、自分の覚悟は変わらない。

 そんな技術が存在しない世界だからこそ、自分もセラも住まう世界に見合った覚悟を得たのだ。

 今更都合のいいものが現れたところで、自分達は止められない。止まる訳にはいかない。

 自分達の掲げる誇りは、“そんなもの”に左右される程安くも軽くもないのだ。

「……強いのね。羨ましいわ」

 それなりに距離の離れたディーの耳が、歯軋り特有の音をとらえる。

「私は……私は、貴方程強くなんてない! 私にはもう、アリシア以外何もないのよ――!」

 プレシアが勢いよく杖型デバイスを掲げた瞬間、全ての魔導兵が一斉に魔力弾を生成。あらぬ方向へ矛先を向けた。

 目標、周辺の円柱。止める術もなく射出された弾丸は、残らず命中する。

 効力はもちろん、炸裂弾。一斉爆発の後、円柱が内側に倒れてくる。

 戻る気がない以上、時の庭園が壊れてもプレシアが頓着しないことくらい、ディーだって分かっている。

 ジュエルシードを使い始めた辺りから、形振り構わない事だって予想していた。だから、これもディーを倒す策の一つなのだろう。

「それが間違っているんです!」

 一部がマリアに似ているのは間違いない。しかし、肝心な所が文字通りに“最悪”だ。

 この人は、周りどころか自分すら見えていない。追っているのは、“アリシア”という名の偶像だ。

 止めなければ。否、必ず止めてみせる。

 未来(これから)を生きていくために、自分達は過去(ひげき)を乗り越えて行く。

「何で分からないんですか! あなたは今でも一人じゃない――!」

 叫びが、轟音に掻き消される。

 断続的に地が揺れ、倒れた円柱の欠片が飛び散り、粉塵と共に傀儡兵達が襲いかかってきた。

 

 

「……ディーくん……」

 アースラの廊下を走るなのはの耳に、セラの呟きが入り込んだ。

 声音だけで推し量れる程、単純な感情は籠もっていない。セラの方が手前を走っているため、表情だって窺えない。

 通信モニターは、既に轟音と金属音ばかりを発している。映像も粉塵ばかりで、斬撃と傀儡兵と魔力弾が時折閃くように映ってくる。

 セラの探していた人――ディーという少年についているサーチャーは、アースラ全体にあの二人の会話を伝えてくれた。

 先程の彼の宣言は、幼いなのはには、まだよく分からなかった。

 ただ、一切の口出しが許されない程に重いものだということは理解できた。

 セラは、全部分かっているのだろうか。分かっているなら、セラはどうするのだろうか。

 知らない。分からない。自問自答が心の中で返ってきて、なのはは愕然とした。

 ――この人は一体、誰なのだろう。

 頭では理解している。セレスティ・E・クラインだ。

 フェイト並に整った顔をしていて、とても綺麗な青い目をしている、凄く厳しい世界で生きてきた女の子。

 ――自分の知っているセレスティ・E・クラインは、どんな人だろう。

 どちらかといえば大人しい方の親友みたいで、けれどどこか怯えていた子。

 でも、なのはが悩んでいる時はきちんと導いてくれた。少しだけ、活発な方の親友みたいだと思った。

 自分が一番悩んでいるはずなのに、なのはの事を気に掛けてくれていた。

 ――今、自分の前を走っているセレスティ・E・クラインは、どんな人だろう。

 セラがフェイトを助けた時、プレシアの攻撃を防いだ時、ブリッジでこちらへ振り向いたセラの顔を見た時。

 その度に、なのはは自分の目を疑った。

 怯えも悩みも何もない。悲しみや苦悩を湛えていたフェイトとも違う、毅然とした凛々しい表情。

 殆ど別人だった。

 果たして今のセラの顔は、自分が知っている表情なのだろうか。

「……クロノさん!」

 不意にセラが横を向いたことで、事件のことよりセラの方が気になっている自分自身に気付く。

「フェイトさんとアルフさんは、どうしますか?」

 この言葉で、怪我人を素早く搬送できるように転移ゲートの近くが医務室となっていることを、今更に思い出す。

 たった今合流したクロノから順に、最後列を走っている者へ視線が集中する。

「私は……」

 アルフより更に後ろを、とりあえずとばかりに付いて来ている、フェイト。

 プレシアに裏切られたショックは、さぞ大きいだろう。俯いてからは言葉を続けられずにいる。

 なのはも、かける言葉が見つからない。プレシアとフェイトの問題に、割って入れない。

 全員の足音だけが響く中、転移ゲートと医務室との分岐点に差し掛かった。

 ここで全員が止まった途端、フェイトへ歩み寄ったクロノが掌を翳し、魔法陣を展開。数秒の後、フェイトの両手首に付けられた、魔力錠が外された。

 着けているだけでリンカーコアの活動を阻害できる手錠を、だ。

「く、クロノくん?」

 なのはにもフェイトにも、応急処置としてユーノからの治癒魔法を受けている。

 つまりはフェイトも一応の戦闘行動が可能な状態なのだ。いくらなんでも無警戒に過ぎる気がする。

 自分がそう思う位なのだから、周りはそれ以上に驚いているかもしれない。

「静観しても、参加してもいい。後悔だけはするな」

「……あたし達がプレシア側にまわるってのは、考えないのかい?」

「利用されていただけなのは、先程証明された。今プレシア側につけば、事件後の立場は君達に不利となる」

 フェイトの代わりに問うアルフへ、クロノは1ミリも表情を変えないまま答える。

 言われてみればその通りだ。フェイトのこれからのため、フェイトがやろうとしてもアルフがさせない。

 アースラ内部で暴れる、周りを一人でも巻き添えにする、などの選択肢は特にありえないだろう。

 アルフがストッパーになることを、この場の誰もが疑っていない。

「例え庭園で敵対しても、これだけの面子なら実力行使でもすぐ抑え込める」

「な……いくらなんでも、そんな簡単にできると思って――」

「いいえアルフさん、この際ですから断言します」

 明らかな高言でむきになりかけたところへ、セラが割り込んできた。

「きちんと対策しない限り、私達魔法士を相手にするのは無謀です。……伊達に手の内隠してないんですよ?」

 最後に、一度だけ見たことのある小さくも不敵な笑みを乗せて。

 その様にアルフは口を噤み、なのはは困惑する。

 ディーとセラの能力については、先程大まかながら説明を受けた。

 魔導師の魔法とは全く違う、魔法士の魔法。存在がばれたらセラ達の身が危うくなるから、管理局相手にもひた隠してきたらしい。

 どうもおかしいと思ってたんだ、とはアルフの言である。

 なのは達にも必死で隠す程、凄い力なのだろうか。口頭の説明だけではいまいち理解できなかったが――

「一応言っておくと、なのはより強いらしいぞ」

 ――今の自分はきっと、まぬけな顔をしていると思う。変な声も出しているかもしれない。

 当のセラはというと、ちょっぴり頬を染めながら慌て始めた。

「く、クロノさん! そこまで言わなくていいです! ……ほら、なのはさんが驚いてるじゃないですか!」

「どの道知られることだろう、躊躇う必要はない」

「そうですけど……な、なのはさん? わたしはあくまで、なのはさんより三ヶ月ほど早く力が使えているだけですから!」

「つまりは先輩だな」

「クロノさんは少し黙っててください――!」

 セラの怒った顔も初めて見た。一方のクロノは、何故怒られたのか分からない様子で首を竦めている。

「そうは言うがな……“彼”に関しては、もう言い訳の仕様がないだろう?」

 転じて、セラは押し黙ってしまった。

 確かにあれは凄かった、となのはは思う。魔力弾の中に大量の魔力弾を仕込むなど、今の自分ではできないし思いつきもしない。

 それを、おそらくは初見で蹴散らしたディーの実力は如何程だというのか。

 隙を突くように、クロノのターンは続く。

「現在、彼にかかっている制限はどの位なんだ?」

「……はっきり言って、ほぼ最悪です。本気とか自己領域とか以前に近づけないので、勝負にもなりません」

「具体的には?」

 不機嫌そうに眉を顰めるセラへ、なのはの後ろからユーノが問う。

「わたしやディーくんの能力はデバイスに頼ってますから……今のディーくん相手なら、空を飛べる分ユーノさんでもちゃんと戦えます」

「では、前に『実際に見ないと分からない』と答えてくれた質問を、今一度」

 質問役は再びクロノへ移るものの、今度は躊躇うように間が開いた。

「……彼が本気を出せた場合、戦力としてはどうなる?」

 あの少年が魔導師と戦う姿を一度も見ていなかったから、確信を持てない部分がセラにあったのだろうか、となのはは推測した。

「そうですね……わたしを含めたアースラ全戦力、フェイトさんにアルフさんにプレシアさんに傀儡兵さん達もみんなこっちの味方になったとして……」

 大魔導師と騎士の攻防を見たからこそか、少し言いよどんだだけでセラが答え始める。

 さりげなく非生物にまでさん付けしている事は誰も突っ込まない。

「それでも、ちゃんと対策してない限りは良くて数分程度です。傀儡兵さん達がいなかったら、一分もかからないかもしれません」

 どちらが、と問うのは野暮である。

「デタラメだな」

「元々、騎士の中でも規格外ですから」

 非常識過ぎて実感が沸かないのか、驚く気にもなれないのか。ポーカーフェイスのまま溜息混じりで呟くクロノ。

 因みになのはは前者だ。多分ユーノも前者だ。セラは苦笑するしかなく、フェイトとアルフに至っては開いた口が塞がっていない。

「だからこそ、プレシアさんでもあのくらいしか対策を立てられなかったんだと思います」

「同感だ。あれは相性が悪過ぎる」

「なら、ジュエルシードを抑えてしまえば勝ったも同然、ってこと?」

 会話に加わったユーノへ、クロノが頷く。

 プレシアは自分諸共にディーの能力を封じている。上手くいけば、プレシアを止められなくともジュエルシードを止める位はできるはず。

 ディーが全力を発揮できようものなら、戦力上の脅威は皆無と言っていいのだろう。

 病に苛まれながらもあれだけの実力を持つプレシアに対し、明確な勝機があるのは大きい。

「話は逸れたが、先程言った通りだ。ある程度の自由行動を許可する」

 結局のところフェイトを気にかけたのだろうクロノは、転移ゲートの方へ向かい始め、再び全員の最前列まで来たところで、

「……フェイトさん」

 意外な声に振り向いた。

 同じく向かおうとしていたなのはやユーノも、当のフェイトまでも目を見開いた。

「わたしは信じてます。フェイトさんなら、きっとプレシアさんの所に行くって」

 セラが、フェイトへ鼓舞している。

 誰もしてやれなかった事を、セラだけがやっている。

「どう、して……?」

 全員が心の中で浮かべた疑問を、当然の如くフェイトが代弁する。

 碌に顔を合わせたわけでもないのに、何故そんな事が言えるのか。

 何を根拠に、そんな事を言っているのか。

 自分の何が分かるのか。

 複雑な想いが混じっているだろう問いに対し、

「……例えおかあさんに、大嫌いって言われても」

 セラは、“わらった”。

 なのはのまだ短い人生において、初めて見る類の笑顔だった。

 そこにどんな感情が込められているのか、想像もできない。

「おかあさんを大好きな(わたしたち)が、おかあさんを嫌いになれるわけ、ないですから」

 ただ――物凄く、重く感じた。

「あ……」

 赤い瞳を丸くして、フェイトが息を呑む。意味が分かったのだろうか。

 セラが言葉の中に何を伝えたのか、自分では分からない。

「だから、必ず来て下さい。約束ですよ」

「……うん」

 返事を聞かず、セラは再び転移ゲートへ向かい始める。

 遅れて頷くフェイトの瞳は、半ば以上本来の輝きを取り戻しつつあった。あの様子なら、すぐにでもこちらへついてきそうだ。

 なのはもユーノと一緒に追いつつ、すごい、と思った。

 母親に見捨てられて落ち込んでいたフェイトを、こんなに簡単に励ます事ができるなんて。

 友達になった、はずだった。学校の親友達にも紹介したくなるくらい、仲良くなった。新しい親友と言い切ってもいい。

 隠し事をしているみたいだな、話せないことがあるんだな、と分かっても、大丈夫だと思っていた。

 けれど、分かっていたつもりなだけだった。自惚れていたのだ。

 隠す必要がなくなっただけで、恐れるものがなくなっただけで、セレスティ・E・クラインはこうも変わる。

 きっと今の姿が、本来のセラ。自分の知らない、本当のセラ。

 セラの事を、もっと知りたい。純粋に、そう思った。

「……セラちゃん」

「何ですか?」

 丁度全員が転移ゲートへ到着したところで、声をかける。

「セラちゃんは、どうして戦うの?」

 間違いなく強い子だ。けれど、関わり続けた自分やユーノならまだしも、傍観に徹していたセラが、どうしてこの戦いに出てくるのか。

「結局のところ、ディーくんと同じです」

 “これからの戦いを続けるために、過去との決着をつけたい”。

 いまいち分からず、なのはは怪訝な顔を向けるしかない。それが分かっているのか、少し声を大きくして話し始めた。

 近くにいるフェイトにも、聞こえるように。

 

「数ヶ月前、わたしやディーくんの周りで事件がありました。どうしようもないことが、たくさんありました。

 あの頃のディーくんは悩んでて、わたしも力に目覚めてなくて……気が付いた時には、力が目覚めた時には、ほとんど手遅れでした。

 今は違います。ディーくんも強くなって、わたしも力の使い方が分かってきました。……今度は、何か変えられるかもしれません。

 だから、わたしもディーくんも戦います。この戦いは……わたしたちが、これから先を進んでいくために、必要だって思うから!」

 

 呆然とするしかなかった。

 どんなことがあったのかは完全には不明のままだが、二人は誰のためでもなく自分達のため、“何かを守るため”ではなく“過去に打ち勝つため”に動いている。

 復讐でも決別でもなく、過去を過去と認めた上で。自分達がどこまで変わったのか、かつての悲劇をどこまで変えられるのかを知るための戦い。

 過去を取り戻そうとしているプレシアとは、完全に真逆。いわばプレシアとディーの戦いは、“過去を望む者”と“過去に挑む者”の戦い。

 自分達の進もうとしている道をより迷いなく進むために、二人の魔法士は“過去への挑戦者”として悲劇に立ち向かおうとしている。

「それでいいさ。ただ漠然と“世界のため”だとかで戦うより、よほどいい」

 応えたのはクロノだ。

「身近なものや自分自身。そのために戦う方が動きやすい。世界なんて大層なもの、簡単に背負えはしないんだ。……無論、安易過ぎれば軽過ぎて吹き飛ばされるだろうけど」

 余りにしっかりしている二人に、なのははいつの間にか圧倒されていた。

『みんな、もういいかな? そろそろ転送いくよ!』

「ああ、頼むエイミィ」

 オペレーターの音声が響き、多人数用の転移ゲートが稼働を開始する。

(僕らは今まで通り、ジュエルシード集めの延長。そうだよね、なのは)

 耳打ちするような念話に振り向けば、微笑むユーノの姿。

 そうだねと頷き、思わず笑いあう。圧倒される必要はない。自分とユーノのやることは変わらない。

「……では行くぞ。総員、戦闘準備!」

 号令と同時に、一人はデバイスを携え、二人はバリアジャケットを装着し、最後の一人は鞄のチャックを開く。

 自分達を見送るフェイトとアルフの姿が、転移するまでなのはの視界に残り続けた。

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