リリカル・ブレイン   作:SLB

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第二章 夜は更けて、朝は来る ~Decision and Smiles~

 ――理想郷が、あった。

 地域格差、食糧問題、エネルギー問題、人口問題、環境問題……。

 長きにわたり、人類を悩ませてきたもの。それらのほぼ全てが消えた……そんな世界が、あった。

 戦争が厳密かつ人道的ルールのもとで行われる“競技”と化し、国家という概念の消失した世界が、あった。

 一千万人の人間を居住させることが可能な、巨大ドーム型積層都市“シティ”。

 世界中に建てられた2048個のそれらは、200億を超えた人口を、あっさりと受け入れた。

 人類に残された問題は、やがて老化と病のみとなった。

 そんな繁栄にも、いつか終わりが来る。ただ、あまりにも突然過ぎた。

 空に打ち上げられた大気制御衛星が、突如原因不明の暴走を起こしたのだ。

 世界中にばらまかれた遮光性気体は、数千メートルの厚さで世界を覆う鉛色の雲となり、陽の光を完全に遮った。

 雲の中に出来上がった高レベルの電磁場は、人類を宇宙へ送る術を絶った。

 やがて人類は、零下四十度の冬の世界に閉ざされた。

 エネルギーの大半を光から得ていた人類に、これはあまりにも致命的だった。

 残された僅かな資源を巡り、シティ同士での生存競争が始まった。

 信じがたいほど完璧な形で実現されていた世界平和は、たった一つの事故によって呆気なく崩壊した。

 あらゆるエネルギーを湯水の如く消費し、一方的に死者を増やし続け、遂には大陸一つを吹き飛ばし。

 そうして。シティ同士の醜い共喰らいは、二年で終わった。

 七つのシティと、二億人にも満たない人口を残し、一人も利益を生み出せぬまま、終わった。

 後にその戦争は、“大戦”と呼ばれることになる。

 希望を捨てずに起死回生の策を練った者は、少なくはなかった。

 しかしその努力が全て徒労に終わり、とうとう人類は、空を見上げることをやめてしまった。

 文明が崩壊し、青空をなくし、極寒の大気が支配している中で。

 誰もが空を見上げず、文明復興という希望をなくした、抗うことも叶わぬ絶望のただ中で。

 虚しくそして細々と、人類は“ただ”生きている。

 大戦終結から十年。今から半年以上前、一千万人の人間と一つのシティが消滅した。

 残るシティの数は、六つ。その事件を皮切りに、世界は再び混沌の渦へと巻き込まれつつある。

 絶望の淵へと轟沈した、そんな世界。二人の魔導師が二人の魔法士から聞いた、“魔法士の世界”の話だった。

 

 理想郷が、あった。

 誰もが望み、栄華を極め、平和と呼べる程に幸福な世界が、あった。

 全ては、過去。

 果てなき絶望に閉ざされた世界。それが、魔法士達の世界(いま)

 

 

 二人の少女が別室に去って、緊張の糸が切れた瞬間、ディーは思わず溜め息を漏らした。

 その手には、ソファで寝るために使い魔の少女から渡された毛布がある。

 早速ソファに座り、テーブルに騎士剣を置いて毛布に包まった。

 流石に武器は没収されるかと思ったのだが、それに関して聞いてみると、

 ――お前みたいに弱っちそうな奴に、負けるわけないじゃないか。

 ――アルフ、失礼だよ。……大体そんなことしたって、この人には何の得もないんだから。

 と、それぞれに返されてしまった。

 戦闘にはある程度自信があるらしい。その上で完全にただの人間だと思い込み、信用しているようだ。

 ……まあ、その方が都合はいいんだけど。

 真っ暗な部屋の中、ただぼんやりと天井を見つめる。

 暫くの間は、眠る気になれない。最初の異変からこっち、すっかり目が覚めてしまった。

 寧ろそれはそれで好都合。これまでにあった事全てを、頭の中で整理する。

 追跡途中、唐突に結界が解除された時は、正直かなり焦った。

 人や自動車が一斉に現われるのだから、まだ仕組みを理解していなかったディーにとっては不意打ち以外の何物でもない。

 二車線の間を全力疾走し、歩道の人混みをすり抜け、壁を蹴って高層建築を登降し、時には街灯・並木・信号機などを足場代わりに跳躍することで動く障害物を凌いだ。 常時五十三倍加速での疾走は、客観的に音速を凌駕出来る。

 反作用処理のお陰で、ソニックブームや衝撃波も発生しない。着ている服が白基調とはいえ、時刻は夜間。

 人目につきにくいルートも手当たり次第に通った。注意して見ない限り、一般人にディーを認識する事は困難だ。

 相手がこちらの情報制御に反応しない様子を見てとり、もう一つの移動能力“自己領域”まで使ったのだ。

 追跡中の自分を目撃した人間は、一人もいないだろうと断言できる。

 魔導師の少女から聞いた話も、驚くべき事実ばかりだった。

 次元世界、ミッドチルダ、時空管理局、魔導師、使い魔、ロストロギア……そして、魔法士が扱うのとは全く違う“魔法”の存在。

 魔力というエネルギーを使った、魔導師だけに許される技術。

 フェイトは疲れてるから……ということで使い魔の少女から、特別に幾つか“魔導師の魔法”を見せてもらった。

 勿論、I-ブレインは微量ながら情報制御――物理法則への干渉を感知した。多少技術は違えども、干渉しているならば知覚できない訳がない。

 とはいえ、これに関してはまだ謎が多い。考えつくものも推測の域を出ないので、後回しにしておく。

 次に、自分の状況を整理してみる。

 ……タイムスリップ、なのかな?

 結論からいうと、まだはっきりしていない。

 自分の推測通りなら、ここは自分とセラのいる頃から二百年近い過去。

 しかも転移前とは十八時間もの時差がある。アフリカと日本における本来の時差が九時間であると聞けば、この異常が理解できるだろうか。

 二十一世紀の文化に関しては、一通り頭に入ってはいる。しかし仮にその通りなら、二つ問題が浮かんでくる。

 一つ目は、別世界の人間と接触したこと。元いた時代にそんな人間がいなかったことは言うまでもない。

 管理外世界として扱われている、今はまだ魔法のないこの世界に、魔法をもった世界が干渉しないのは寧ろ当然といえる。

 かといって、それでここが“ただの過去”だと決めつけるのは、まだ早計な気がする。

 ……過去なのか、過去のパラレルワールドなのか……

 考え過ぎかもしれないが、念を入れて次元漂流者と名乗っておいた。こうしておけば、後で何かあってもある程度の誤魔化しが効く。

 元の世界に戻った時のためにも、色々と調べておいた方がいいかもしれない。

 二つ目の問題は、何れにしろここは過去であるということ。

 つまり自分とセラの存在が、少なくともこの世界にとってとんでもないイレギュラーである、ということ。

 この世界以外にも存在する次元世界の技術力は未だ不明だが、これも念のためだ。今はまだ、魔法士の事を隠しておく。

 ウィッテン・ザイン型情報制御能力者――通称魔法士は、大戦中は兵器として運用されていた。

 人であると同時に兵器でもあるその存在は、一般の軍人達にとって最大の脅威だった。

 何十もの人間を苦もなく秒殺し、どんな機械兵器でも我が物顔で操り、そんな魔法士達を狩る魔法士もいた。

 その魔法士を魔法士たらしめているのは、自分やセラをはじめとした魔法士の脳に備わっている、『I-ブレイン』という生体コンピュータだ。

 『Informational brain』という正式名称を持つこれは、いかなるコンピュータをも凌駕した圧倒的な演算速度を誇る。

 ……もしも、これを知られたら……

 嘗ては机上の空論だった技術。三流の魔法士ですら、ここでは未来人同然だ。

 特に自分とセラは、元の世界においても揃って前例のない出自がある。

 I-ブレインの存在がばれたら最後、倫理の有無に関わらない対応をされるかもしれない。

 一歩間違えれば、実験動物か兵器扱い。よくても危険分子とみなされ、再び追われる身となってもおかしくはない。

 これから先は、気苦労が多くなるだろう。溜め息を零しつつ、今度はあの二人に話した内容を思い返す。

 ……ばれては、いないよね?

 今後のことを考えても、赤眼の少女いわく“ちょっと珍しい”“ただの次元漂流者”という身分の方が動き易いだろう。

 この身分で通すためについた嘘は、二つ。

 自分が次元漂流者で『間違いない』ことと、元いた場所の正確な日付を忘れたこと。

 伏せた真実については、数え切れない。

 暦はもちろん、大戦の正式名称が第三次世界大戦であること、吹き飛んだ大陸の名称がアフリカ大陸であることなど。

 他にも、自分に関するほぼ全て(本名がデュアルNo.33であることを含む)は勿論、魔法士に関しても完全に秘匿した。

 人に対してここまで隠し事をしたのは、これが初めてかもしれない。

 思考を切りかえ、二人の少女が入っていった部屋の方へと首を向ける。

 あの二人は今、自分の処遇について話し合っている。恐らく、自分を匿うつもりなのだろう。

 時空管理局という組織に保護してもらった方がいいらしいのだが、肝心の少女達は連絡手段を持っていないらしい。

 となれば、自分を管理局に送るのは些か難しいことになる。

 セラの事も話して、見つけ次第保護してもらうよう頼んでみたのだが、『一応捜してみるけど、自分達よりも管理局が先に保護するんじゃないか』とのことだ。

 勿論、セラの事にも幾つかぼかした部分がある。セラに会えたら、何とか口裏を合わせるつもりだ。

 その後で管理局に保護してもらっても、誤魔化せば何とかやっていけるはず――

「……気まずいなぁ……」

 天井から返ってきた溜め息混じりの声が、なんとも情けない。隠しごとが余りに多過ぎることを実感し、すまない気持ちで一杯になる。

 それでもこうしなければ後でかなり面倒なことになるのはわかり切っているのだし、あまり話しておきたくもない。ジレンマである。

 結論からして、自分の身の割り振りはあの二人に任せるのみとなっている。

 再び溜め息をつき、再び思考を切りかえる。次に考えるのは、やはり自分の行動方針。

 自分はこれから、どうするべきか。元の世界に戻ることも必要だが、出来れば先にセラと合流したい。

 戻るにしても、セラと一緒でなければ何の意味もない。

 不意に、妙な考えが浮かんだ。どうしても戻れない場合は、どうするか。

 ……その時は……

 敵対してしまった姉や、色々と指導してくれた最強騎士をはじめとする、これまで出会った人達に会えなくなるのは確かに寂しい。

 だが、この世界なら。うまくいけば、セラが誰にも追われることのない生活を送れるかもしれない。

 なら寧ろ、セラと一緒に――

「って、ダメか」

 浮かんだ考えを打ち消さんばかりに、『そんなのダメです! サクラさん達がきっと心配してます!』と猛反対する少女の顔が浮かび、ディーは苦笑した。

 ……大丈夫。

 今の考えは、あくまで戻れなかった場合。明日の朝になれば、自分達の所属するテロリストの首領と参謀が血眼になって捜し始めるだろう。

 何れにしろ、戻る手段を探さなければならない。

 そろそろ瞼が重くなってきた。一つ頷き眠ろうとして、外の景色が視界の端に入る。思わず見入っていると、無意識に言葉が漏れた。

「セラ……」

 最後に思うのは、金髪碧眼の少女のこと。

 しっかり者の彼女なら、この世界でも何とかやっていけるだろう。こっちが見つけるまでに、できるだけ自分の安全は確保する筈だ。

 少なくともここが『過去である』ことぐらいは把握するだろうから、管理局に保護されても、こちらと同様にある程度誤魔化しておくだろう。

 能力も警戒してあまり使わないだろうし、D3だって見かけは宝石みたいな物だから、流石にバレることも――

「大丈夫かなあ……」

 ――ない、だろうか。

 セラの事を考えたせいで、逆に落ち着かない。考えるなと言い聞かせても頭から中々離れない。

 とにかく気分を切り替えようと、ソファから立ち上がる。窓外の景色を見渡そうと、大きな窓に歩み寄る。

 地平線の先まで続いているのではないか……そう錯覚させるほどに広い『街』。煌めく電飾は、膨大なエネルギーを消費し続けている。

 その上に広がるのは、僅かに雲が漂うばかりの、本物の『空』。夜空に映える月が、魔法士の世界とは違う事を如実に示している。

 深刻なエネルギー危機に瀕している魔法士の世界では、いずれも失われてしまった光景。ここには、そんなものが沢山ある。

 少女も、どこかでこの夜景を見ているだろうか。ふと、そんなことを考えた。

 

 

「正気かい、フェイト?」

「正気に決まってるよ」

 使い魔の言葉に、少女は迷いなく答えた。

 寝室にあるベッドの上。主たるフェイトが、少年への処遇を決断した時であった。

「さっきも言っただろう? あいつ、絶対何か隠してるよ!」

 無論、反対者はアルフだ。理由なんて幾らでも見つかる。

 少年は、自分の本名を言わなかった。大陸の名前や、シティの名前も言わず、ぼかしてばかりだった。

 逃走中のアルフに追い付く謎の移動能力すら欠片も口にすることなく、事情説明を終えてしまったのだ。

「言えないこと……ううん、言いたくないことなんだと思う。警戒されるのも無理ないだろうし、私達だって大して変わらない。けど、そんなのは問題じゃない」

「そうかもしれないけどさ……!」

 話している間に、人となりは大体理解できた。

 優し過ぎるくらい優しい。あんな性格で剣を持っているのが、不思議に思えるくらい。

 あの性格で何か隠しているのは、後ろめたいことがあるか、もしくはこちらを警戒しているか。

 少なくとも騙すつもりがないことは、傍目から見てもわかった。

 隠し事は後で聞けばいいし、こちらが行動を起こすのに不要な情報であることも、少年の言動でなんとなくわかった。

「一緒に行動したら足手纏いになるって言ったの、アルフだよね?」

「そうだけど、だからってよりによって……」

「でも、他に方法はないよ」

 一切関係のない少年をここに置いておくなど、少年本人からのアクションを抜きにしても足枷となりかねない。

 そもそもここは仮の住居。ジュエルシードの回収作業が全て終わったら用はないのだ。そうなれば、少年を残して去ってしまう事になる。

 となれば、自分達にできることは一つしかない。

「もし、ダメだったら……?」

「大丈夫だよ。きっと受け入れてくれる」

 使い魔の少女を安心させようと、魔導師の少女は小さく微笑む。

「不器用だけど……優しいから」

 主の笑い面が、逆に従者の不安を掻き立てる。「この世界の住人に任せとけばいいじゃないか! わざわざフェイトがそんなことする必要なんて……」

 声を荒げた使い魔の少女に対し、魔導師の少女は、小さな微笑を浮かべたまま、首を振る。

「やらなきゃいけない。あの人と……あの人の大切な人に、それだけのことをしてしまったから」

 自分達の行動が、無関係の少年少女を引き離し、右も左も分からないところに放り出してしまった。

 今迄に人を傷つけた事は何度かあった。少年に出会いさえしなければ、事情を知っていようと無関係でいられた。

 しかし引き離して、それでもこちらを頼って来てくれた人をもう一度突き放すことなど、フェイトには出来ない。そこまで非情にはなれない。

「それに、もう関わっちゃったんだから。放っとけないよ」

「フェイト……」

 制止の言葉を投げかけようとして、言葉が浮かばないのか、それっきり使い魔の少女は口ごもる。

「ごめんね、アルフ。また心配をかけることになるけど……きっと、何とかなるから」

 憂慮の視線を主に向けていた少女は、俯く。

「だから、あの人は必ず……」

 確たる意思を赤い瞳に宿した少女は、もう一度、己の決意を口にする。

「――母さんのところへ、連れていく」

 

 迷いも、思案も、決断も。ただ、全てを覆い隠さんとばかりに。

 月と星の瞬きを遮る地上の光は数を減らし、雲が天を隠す。

 静かに夜は更けていく。暗く、昏く、冥く、眠るように。

 

 

 そして、今日も朝は来た。

 日が昇り、空は青みを帯び、世界を照らし出す。

 眩し過ぎる位に明るい人々の日常が、再び始まる瞬間だ。

 

 普段は寝坊気味であるなのはは、珍しく早起きしていた。

 静かにベッドから抜け出し、髪と服を整えてから、もう一度ベッドへと足を向ける。

 覗きこめば、規則正しい寝息をたてる白人の少女。改めて見ると随分整った顔だ。

 ……夕べは、どうしたんだろう?

 昨日のことを思い返し、なのはは首を傾げた。 自分の前に突如現れた金髪碧眼の少女は、温かく高町家に迎えられた。

 振られる話にどもりながらも何とか返事を返し、自分にだけはどもることもなく口元を小さく緩め、食事をすませて一緒にお風呂にも入り……いつの間にかその笑顔が消え失せていた。

 世界や魔法の話をしたのは、その後。就寝までに少女が幾度か見せた表情は、全てぎこちないものだった。

 そもそも、風呂上がりの直後から様子がおかしかった。

 例えばその時、今日は何日ですか? と聞いてきたり。

 自分には背を向けて壁に吊るしてあるカレンダーを凝視した形だったので、その時の顔は見えなかった。

 部屋で話をしている時も、世界地図って、ありませんか? と聞いてきたり。

 地図を両腕いっぱいに広げて見ていた時の少女の顔は、ちょうど自分と対面する形だったため、地図に隠れてこれまた見えなかった。

 少女の世界に関して聞いても、説明はどこかしどろもどろ。

 どんな世界から来たのかは大体分かったが、結局少女が奇妙な緊張を解くことはなかった。

 一体何があったのか。聞き出したいのは山々だが、無理に聞くのは野暮。

 この場合向こうから心を開かせ、安心させてから話を聞くのが一番無難とは思うのだが……

 ……敬語にした方がいいのかな?

 真っ先に考えたのは、接する態度。

 母が急に「セラちゃん、あなた何歳?」と聞いてきた時は首を傾げたが、少女の返した答えに納得し、同時に驚いてしまった。

 彼女は自分よりも一つ……いや、まだ自分は誕生日を迎えてないから、二つ年上の女の子だったのだ。

 これには家族全員からも反応が返ってきた。結局は自分の思い込みが原因なので、何も言い返せずにただ顔を赤くするしかなかった。

 とにかく、年上であることが分かったこの少女とは、どう接するべきか。

 まずは呼び方。セラちゃんでいいです、と本人には言われたものの……

「やっぱり、セラ『さん』の方がいいんじゃ……」

 試しに呟いた途端、不意に少女がこちらに体を向けた。 ――ぴこんっ。

 思わず肩が跳ね上がる。起こしてしまっただろうかと一瞬気にかけ、

「……でぃー、くん……」

 聞こえてきたのは少女の寝言。単に寝返りを打っただけのようだ。

 脱力して息を吐き、もう一度寝顔を覗き込む。出会った時に抱いた印象を、なのはは思い出す。

 振り向いたあの時、ほんの一瞬ではあるが黒衣の少女と見間違えてしまった。

 暗がりの中なのだから、最初は気のせいだろうと思ってはいたのだが、

 ……やっぱりフェイトちゃんに似てる、ような……

 瞳の色が赤で、髪型がツインテールなら、確かに似ているかもしれない。雰囲気も少しだけ似通っている……気がする。

 名前からして姉妹の筈もないのだから、他人の空似ということになる。それを差し引いても、何故あの少女と重ねてしまうのだろうか。

 ……ま、いっか。

 この少女とは昨日会ったばかり。まだ知らない部分もあるだろうし、あの娘とのようにぶつかり合う関係でもない。

 時間が経てば、いずれわかるだろう。態度の方も、おいおい考えよう。

 思考を心の片隅にしまい、なのはは静かに退室しようとして、視界の端の光に目を向ける。

 机の上に置いてある、罅割れた宝玉。夕べの事件で、レイジングハートは破損してしまった。

 明滅を繰り返し、現在は自己修復に励んでいる。

 これは、自分が弱いせいだ。足手まといになったせいだ。 

 あの事件の影響で、また他人を巻き込んでしまったのだから。

「ごめんね、レイジングハート」

 

 

 目元に差し込んできた明るい光に、セラは目を開けた。

 両手で目を擦りながら起き上がり、寝ぼけ眼で周囲を見渡す。

 見慣れない部屋。所々に可愛らしい人形が並んでいる、いかにも女の子らしい部屋。整頓されている辺りはしっかり者であることもセラには分かる。

 自分はどうしていたのだろうか。未だに覚醒し切っていない視界が光源を辿り、暫く窓を見つめる。

 マサチューセッツに住んでいた頃でも、これほど強い光を朝にお目にかかった事などなかった。正式なシティの住人ならそうでもなかったのだろうが。

 遠くに聞こえる小鳥の囀りをBGMに、やがて昨夜の異常を思い出した。

「あ……」

 体が瞬時に強張り、一気に目が覚める。

 もう一度周りを見渡し、夕べのことが夢でないこと、フェレットがまだ眠ったままであること、少女がいつの間にかいなくなっていることに気付く。

 落ち着きを取り戻すために深呼吸しようとして、思わず溜め息が漏れた。

 ……夕べは、おかしな子って思われたかもです。

 赤の他人がいきなり泊まり込んでも大丈夫だろうかと緊張し、何か余計な迷惑をかけていないだろうかと気後れし。

 状況を理解した途端、そんな気遣いすら頭の中から吹き飛んでしまった。

 少女の部屋で肝心の話となり、必死に色々ぼかしたのを覚えている。

 シティの名前や大陸の名前、大戦の正式名称は勿論、自分が魔法士であることも隠しておいた。

 この家へ来るまでに少女の発した質問にも、聞いた限りでは分からないギリギリの返答だったから、多分大丈夫な筈だ。

 夜道で自分から発した質問の方は、似たようなものを見たことがあるから、もしかして……と思って、と誤魔化しておき。

 ではそちらの世界にも魔法はあるのかと聞かれたが、詳しい事は知らないですけど、で通しておいた。

 ディーに関して伝えたのは通称と外見のみ。ここでは自分も少年も目立つから、これだけで十分探せるだろう。

 あの時はかなり慌てていたため、上手く説明できたかどうか心配だ。今後は周りから怪しまれないようにしよう、と小さく決心しておく。

 次に自分の状況を思い返し、少女とフェレットから受けた説明を反芻する。

 ペットだった筈のフェレットが喋れることにも驚いたが、もっと驚いたのはその後だった。

 タイムスリップしてしまったと思っていたのだが、今は首を傾げるしかない。

 ……ここって、ホントにただの過去なんでしょうか……?

 次元世界や魔力を使った魔法……一人と一匹の口から出たのは、聞いたことのない単語ばかり。

 あの話が本当なら、自分やディーのいた世界の過去であるとは考えにくい。 しかし、この世界では魔法が秘匿されている。その状態が未来まで続き、存在を知られていないままだとするならなんとなく納得がいく。

 かといって、試しに見せてもらったなのはの魔法から小さいながらも情報制御を感知したぐらいだ。

 専用の艦に乗れば世界の裏側まで見通せるディーの姉が、それを見逃すだろうか。

 いや、アフリカ海に点在する無数の小さな島々には、ありとあらゆる迷彩が施されている。

 あの辺りなら魔導師が魔法を使ってもばれにくい上、自分だってテロリストの一人としてその一つに居を構えているのだ。

 流石に千里眼の少女ですら、把握できないのかもしれない。

 こういった難しい事は、あまりよく分からない。頭の中がぐるぐる回って、いくら考えてもキリがない。キリがないので、手っ取り早く結論を導く。

 ……とにかく、過去なんですよね?

 一人の魔法士を生贄にして一千万人の人間を生かすマザーシステムがなければ、第三次世界大戦も大気制御衛星も魔法士もシティもありはしない。

 分からないことだらけではあっても、ここが過去の世界なのは間違いない。

 疑問は残るものの、自分に分かるのはここまで。銀髪銀眼の少年なら、もっと色々なことが分かっているかもしれない。

 ……ディーくん……

 今頃何処にいるのだろうと思案しかけて、すぐにやめる。

 フェレット曰く、「同じ時間に同じ場所で転移したなら、同じ世界の……それもかなり近くにいる可能性は高い」とのこと。

 聞いた途端、少しだけ安堵の息が漏れたのを覚えている。

 魔法士もノイズメイカーもないこの世界でディーが怪我をするなど、常にディーの身を案じるセラからしてみてもまず有り得ない。

 とりあえず少年は無事。今頃は逆にこちらを探している筈だ。

 一つ頷き立ち上がり、光の差し込む窓に歩み寄る。

 視界に入って来るのは、魔法士の世界では限られた者しか見ることのかなわない、本物の空と本物の太陽。

 山を覆う緑が朝日を反射し、朝日とともにセラの白い顔を照らす。

 少年もこの光景を見ているだろうかと考えつつ、んっ、と大きく伸びを一つ。

 ここが過去の世界であるという実感は、まだ沸いてこない。元いた世界と余りに環境が違いすぎるせいか、別世界に来たという感覚の方が強い。

 ……あ、そうです。

 I-ブレインを起動し、周囲の空間を知覚する。

 この部屋に隠した、握りこぶし大の宝石の質量を十ヶ所捕捉した。

 せめて朝までは見つからないよう隠しておいた、自分の武器。

 少女に出会ってからも展開したままだったので、最後まで鞄へ納める機会を逃してしまった。

 全部で十個のD3は一つも欠けることなく、全て揃ったまま。際どいところもあったが、幸い見つからなかったようだ。

 あとは『絶対に発見されないようにする』だけ。次に寝る前はちゃんと鞄にしまっておこうと思いつつ、

(I-ブレイン、戦闘起動)

 頭の状態を、切り替える。

 視界の端を流れるのは、思考の主体が大脳新皮質上の生体コンピュータ『I-ブレイン』に移行したことを表すシステムメッセージ。

 |十億分の一秒《ナノセカンド》に固定された思考単位で、高速演算を開始する。

(「D3」A-Jとのリンクを確立)

 I-ブレインで紡いだ命令が情報の海を介してD3へ伝達され、それぞれの結晶体を中心とした時空構造が『書き換わる』。

 隠し場所から飛び出した十個の正八面結晶体がセラの周囲に集まり、弧を描きながら次々と空間の裏側に隠れていく。

 物理法則の改変は、決して容易いものではない。

 魔法士能力を本格的な実用へ持って行くため、書き換える物理法則は「魔法士である」という時点で既に決まっている。

 そうして特化された能力は、変更が一切きかない。セラの所属している組織のリーダーとて、厳密には同じことだ。

 魔導師の少女には一切伝えていない、セラの力。対艦・対集団戦に秀でた遠距離戦闘のスペシャリスト、時空制御特化型魔法士『光使い』。

 それが、セレスティ・E・クラインの『魔法士としての能力』だ。

 全ての結晶体が閉鎖空間へ隠れ、とりあえずこれで一安心、と小さく息を吐き、

「あ……おはよう、セラ」

 不意に、挨拶の声。

 びくりと肩を震わせ、声の主へと振り返る。

 視界に入ったのは、籠の中から頭を上げ、こちらを見ているフェレットの姿。たった今起きたばかりらしく、前足で目を擦っている。

「お、おはようです。ユーノさん」

「……なのはは?」

 固い口調に気付くこともなく、フェレットは部屋を見回す。

「えと、わたしが起きたときには……」

「そっか」

 短く応えて小さな瞳を閉じ、暫くして、

「あ、いた」

「わかるんですか?」

「魔力探知って言ってね……ちょっと念話で話してみるよ」

 それっきり、フェレットは虚空を見たまま押し黙る。

 流石に念話のことも夕べの内に聞いてはいたものの、自分の知る魔法とは随分勝手が違うようだ。

 D3の存在にはまだ気付いていないようだが、他にどんな探知手段をもっているかわからない以上、問題は山積みのままである。

 今のうちにD3を鞄にしまうべきかと思案していると、急にフェレットがこちらを向いた。

「えっと、着替えはそこの床に置いてあるって」

「え? ……あ、わかりました」

 言葉の意味を理解して、視界に入った自分の着替えに手をかけ、セラは手早く着替え始めた。

 

 

 体ごと後ろを向くと、綺麗に整頓された本棚が視界一杯に映った。

 ユーノにとって、こういうことはもう慣れっこだ。とはいえ、緊張してしまうのは変わらないが。

 衣擦れの音が耳に入り、顔が赤くなるのを自覚したところで、なのはから念話がかかってくる。

(……ユーノくん?)

(あ、ど、どうしたの、なのは? まだ何か?)

(うん……)

 念話に集中することで気が紛れ、次第に落ち着きを取り戻す。

 先程は、金髪の魔導師の話をしたばかり。となれば、なのはが次に話すことは大体決まってくる。

(えっと、セラさ……じゃなくて、セラちゃんは?)

(僕より先に起きて、今着替えてる)

(そっか)

 それっきり、なのはは何も言わない。沈黙の中、再び衣擦れの音が気になり始め、痺れをきらす。

(それで、その……セラがどうかしたの?)

(あ、えと……セラちゃんがいたような世界って、あるの?)

(それって……)

 問い返そうとして、なのはが何を考えているのかを理解し、静かに答える。

(……紛争の続いてる世界や、滅んでしまった世界とかは聞いたことあるけど……)

 たったの九年ながら、自分だって色々な世界を渡ってきた。

 滅びた文明は遺跡を通して何度も見てきたし、未だに戦争をしている世界があることも知識としてではあるが知っている。

 しかし。

(戦争が終わって、そのまま滅びかかってる世界っていうのは、僕でも流石に……)

(そう、なんだ)

 つまり、自分達では少女を元の世界に戻すことができない。

 だが今のなのはが考えているのは、おそらくそういうことではない。

(セラちゃんは、そんな世界から来たんだよね……)

 なのはは魔法を知って、まだ一月と経っていない。

 それは異世界人との接触も同じ月日しか経っていないこと、他の世界がどんな世界なのかを殆ど知らないことを意味する。

 少女から聞いた話は、それなりにショックだったのだろう。蛇の生殺しみたいな事になっている世界へ少女を戻す事は、個人的にも気が引ける。

(なのは……)

(あ、ご、ゴメン。話したいことはこういうことじゃなくて……)

(いや、大丈夫だよ。……これからどうするか、だよね)

(うん)

 気を取り直し、話題を変える。なのはもいくらか気を楽にして、夕べの話を反芻する。

(えと……時空管理局ってところに預ければいいんだけど、今のところ連絡手段がない、って言ってたよね?)

(うん)

 セラとなのはの二人には、夕べのうちに管理局のことを説明してある。

 どれくらい先になるかは分からないが、管理局と接触さえできれば少女の身の安全を確保し、ジュエルシード探しに専念することができる。

(問題は、いつ接触できるかなんだけど……)

(要は、それまで匿えばいいんだよね?)

(そういうことになるかな。ここまで大事になっちゃったら、僕たちだけじゃ解決出来そうにもないし)

 ジュエルシード集めに競争相手の魔導師と、既に一杯一杯の状況。この上次元漂流者まで出てきては、いくらなんでも対処しきれない。

 スクライアの部族に預けるという方法も考えたが、あちこち移動する部族との合流は難しい。

 少女の元いた世界の場所を特定できていない以上、少女の世界が見つかるのも未定。

 結局、管理局に任せるしか方法はなくなる。

 幸い、昨夜の事件は次元震が発生したようなので、察知した管理局が遠からず駆けつけてくれるだろう。

 ロストロギアを落とすくらいで動かなくても、次元世界に影響を与える程の問題が発生した場合なら確実に動いてくれる。

 出来ることなら自分達だけで解決したいのだが、これは明らかに個人の問題を超え切っている。それゆえの決断だった。

(……ごめんね、なのは)

(え?)

(僕だけで何とかするつもりだったのに、こんなことになるだなんて……)

 自分が数多の次元世界において、どれだけちっぽけな存在か。知識としては知っていたことを、最近は身に染みて理解しつつある。

 一人でも何とか出来る……そう思ってこの世界へやって来たものの、結果はこの有様。丸く収まるどころか、次々と被害が出てきてしまっている。

(……ユーノくん)

(あ、なのはが頑張ってくれてるのは分かってる。僕も頑張ってるし)

(そうだね。もっと、頑張らないとね)

 今はこれ以上被害を増やさないためにもと、現地の人間であるなのはと協力してジュエルシードを集めている。余裕なんて何処にもありはしない。

 敵対している少女だって多分同じ。理由は不明のままだが、必死になって探している筈だ。

 それでも被害者は出る。どれだけ頑張っても零にはならない。何れにしろ、自分の判断ミスが何の関係もない人達を巻き込んでしまったのは確かだ。

 事実を噛み締めれば噛み締める程、後ろ向きの考えが頭を過ぎる。

 単独行動をとらなければ、こんな大事にはならなかったのではないか。

 幾ら必死に自分のミスを取り戻そうとしても、もう間に合わないのではないか。どうしようもないのか。

 もっと、良い方法があったのだろうか。

 こんな事は考えるべきじゃない。それでも考えずにはいられない。このまま進むしかないのかと、やりきれない思いで一杯になる。

 勿論、誰にも話すつもりはない。しかし或いは、なのはに話せば何もかも解決するのだろうか。

 思えばこの少女と出会ってから、何度も支えてもらっている……そう思ったとき、視界の端に罅割れた赤い宝玉が映りこみ、

 ……あれ?

 不意に感じた違和感を頼りに、宝玉を見つめる。

 ……今、光ってなかったような……?

 明滅が、暫く途切れていたような気がしたのだ。

 インテリジェントデバイス“レイジングハート”は現在、全力で自己修復作業に取り組んでいる筈だ。

 余程の事がない限り、修復を中断するなど有り得ない。

 ……気のせいかな?

 目を凝らしてみたものの、夕べ見たときと全く変わらない明滅を繰り返している。なのはが学校から帰る頃には、修復が完了している筈だ。

(ユーノくん、どうしたの?)

(え? いや、何でもな――)

「ユーノさん、なのはさんとまだお話してるんですか? もう着替え、終わったんですけど……」

 二人の少女による挟みうちを受けたときには、頭に残った僅かな疑問は消え失せていた。

 

 

 木漏れ日差し込む窓の外から、鳥の囀りが漏れた。

 水洗いしたばかりの野菜を切る瑞々しい音が、コトコトと煮える鍋の音と調和する。

「あらセラちゃん、お早う」

「おはようです、桃子さん」

 リビングに金髪の少女が入って来たのを見て、高町桃子は台所からにこやかに挨拶を交わした。

 包丁を動かしていた手を止め、セラの様子を伺う。

「昨日はよく眠れた?」

「えっと……実は、なのはさんとお話するのが楽しくて」

「あらあら」

 苦笑いを浮かべる少女に微笑んでいると、更に二人の少女が入って来る。

「あ……セラちゃん、お母さん、おはよう」

「おはよう母さん。セラちゃんも早起きさんだね」

「なのはさん、美由希さん、おはようです」

 夕べと違って余計な緊張が解れているセラを視線から外し、桃子は挨拶を返す。

「二人ともおはよう。士郎さんと恭也は、まだ?」「うん。けど、そろそろ帰って来ると思うよ」

「それじゃ、一気に仕上げましょうか。美由希、手伝ってくれる?」

「もちろん!」

「わたしも手伝います!」

「あ、わたしも!」

「……って、ええ?」

 続けて言い出したセラに狼狽した美由希は「いやいや」と手を横に振り、

「なのははともかくとして、セラちゃんはお客さんなんだから……」

「せっかく泊めてもらったんですから、このくらいはしないとダメです」

 眦を吊り上げるセラとは対照的に、隣のなのはは少し戸惑っている。意外と押しが強かったことに怯んでいるらしい。

「みんなで作った方が、早く出来る上に楽しいです」

「……そう言われたら断れないわね」

 くすくすと小さく桃子が笑う。

 結局手伝ってもらうことになった。

 

 最初にこの家へ来るまでに、セラはなのはと共に泊まり込みを続ける事情を考え、何とか誤魔化し切れるだろうと思える程度の『偽りの家庭環境』を決めておいた。

 父親は八年前に病死、母親は朝から夜遅くまで仕事。兄弟無しの一人っ子。

 世界中を転々としているため、学校には通っておらず、家事のほぼ全てを一人で行っている。

 ついこの間越して来たばかりなのだが、またすぐにでも引っ越してしまうかもしれない……というのが、高町家に説明した大まかなセラの経緯である。

 桃子が手伝いを断り切れなかったのは、先の言葉の上にセラ一人で家事を行っていた部分が大きい。

 

 程なくして残る男二人も帰来し、全員が朝食の席につき、いただきますの声が唱和する。

「ところで……」

 口に含んでいたパンを嚥下し、士郎が口を開く。

「昨日はあんなにガチガチだったのに、今日は随分元気だね」

「えっと、夕べはごめんなさいです」

「いやいや、いいんだよ謝らなくても」

 そういえば、となのはがセラに顔を向ける。

「ごめんねセラちゃん。起きた時にわたしがいなかったから……」

「平気です。ユーノさんが一緒でしたから」

 屈託のない小さな笑みを浮かべてセラは答え、

「でも、いいんですか? ホントに毎日泊めてもらっても」

 正直、泊まり続けることが出来るかどうかは、セラにとって望み薄だった。

 疑われる可能性は兎も角として、これで泊まり続けることが可能かどうかは別問題だった、のだが……

「勿論だとも」

「心配しなくてもいいのよ」

「あたし達高町一家は、みーんなお人好しさんなんだから。ね、恭也?」

「……まあ、否定はしない」

 それぞれの笑顔で、高町家は答えを返す。

 感謝を述べようとして、大丈夫だったでしょ? と横から入ってきたなのはにどう返せばいいのか困り、

「それで、セラちゃんはこれからどうするの?」

 唐突な美由希の問いに、え? と目を丸くしてから、セラは難しい顔で考え込み、

「えっと、まずは家に帰って、お片付けして、お勉強して、お買い物に行って、晩ご飯作って……あ、お昼を食べにまたここに来ても……」

「いいわよ」

「あ、ありがとうございます!」

 即答して微笑む桃子の隣から、今度は士郎がセラの顔を覗き込む。

「でも、いいのかい? お母さんは一人になってしまうよ?」

「え? あ……」

 真実との食い違いから返答に窮し、セラは俯く。

 それでも何とか答えなければと思い、おかあさんは、と、意を決して言いかけたところで、

「いや、いい。今のは、聞かなかったことにしよう」

「え……」

 目を見開いて、セラは士郎を見つめる。

「で、でも……」

「さあみんな、はやく食べないと学校に遅刻するぞ」

「「はーい!」」

 士郎の言葉に、なのはと美由希が元気よく返事を返す。

 食事が再開され、談笑が響き渡る。

 暫く呆然としていたセラは漸く我にかえり、小さく息を吐いて何かを呟き、

「セラちゃん、なにか言った?」

「何でもないです」

 振り向いたなのはに、セラは小さく口元を緩ませる。

 ――朝の食卓が、笑顔に包まれた。

 

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