リリカル・ブレイン   作:SLB

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第三章 出でぬ者、出でる者 ~Children and a Long Day~

 マンションの屋上へ吹き付ける風が、一房の銀髪を緩くたなびかせた。

 視線の先には、屋上の端辺りで立ち尽くす銀髪の少年。腰に巻いたベルトには、特徴的な二振りの剣を差している。

 肌と服装の白さも相俟って、陽光を全身で淡く照り返しているその姿は、背景の青空と重ねればさながら浮雲のよう。

 そのまま風で吹き散らされてしまいそうだと、フェイトは思った。

「ったく、何やってんだか」

 少年に対しそんな印象を抱いた主を知ってか知らずか、傍らに立つ使い魔は溜息混じりに呟く。

 ここに来てからずっと、彼は街の春景を眺めてばかり。思えば、部屋で朝食を取っている時も逐一眺めていた気がする。

 このビルは周辺の建築物の中でも一際高い。ここから見れば確かに景勝かもしれないが、眺め過ぎである。

 何か、珍しいものでもあるのだろうか。

「おーい、置いてっちまうよ!」

「あ、ごめん」

 使い魔の声で、すぐさま少年が振り返る。

 急ぐでもなく歩いて戻ってきた所を、恐る恐るフェイトは聞いてみた。

「何を、見てたの?」

「……全部、かな」

 視線を僅かに上向かせ、少し逡巡してから返ってきた答えに、思わず声を呑む。

 無論、言葉の意味が分からなかったわけではない。問うべきではなかったことを悟り、返答に窮したからだ。

「全部って……全部珍しいから眺めてたのかい?」

 こちらが何か言う前に、アルフが訝しげな表情で問いを続ける。

「そうだよ。まあ、こっちの事情だから、気にしないで」

「い、いえ、別にそんなことは……」

 どこか儚い笑みを浮かべる少年に、フェイトは慌てて言い返した。

 少年の世界は、冬の世界。

 雲と雪原がどこまでも続く、零下四十度の凍えきった世界。

 そこに六つだけ残されたのは、積層型閉鎖都市“シティ”と呼ばれる、人類最後の砦だ。

 シティ内外の詳細について、少し考えるように俯いてから詳しく話してくれたのは昨夜の事。

 聞けば、彼は以前シティに住んでいたのだという。

 一つの大陸にただ一つ残されたシティであり、物資供給の為に第一階層を外部交易の場として解放していること。

 エネルギー問題のいざこざで、二十階層のうち上半分を四年前に閉鎖したこと。

 同時に、本来シティに住んでいた一千万人の人間が、第二階層から第十階層に振り分けされたこと。

 大した不自由はしなかったが、第二階層以上の天井は合成映像の青空を映していたこと。

 第一階層では申し訳程度の照明しかなく、天井はパイプ剥き出しの鉛色だったこと。

 もちろん、シティには海や山が存在しないこと。シティの外にも町はあり、世界総人口の半分以上が発電プラントに身を寄せていること。

 シティ内外を問わず、エネルギー問題はそれ即ち死活問題となっていること。

 何れにしろ、状況を打開する目処は立っておらず、これからも豊かな自然とは縁のない生活が続いていくこと。

 本物の青空も広大な緑も無い環境で生きてきた少年にとっては、この世界で目に入るもの全てが珍しい筈だ。

 よく見ると、笑みの中には微かに寂寥のような陰りがあることに気付いた。

「えっと、ごめん。余計な事して」

 言葉を選ぶためか、一瞬困ったような表情を浮かべた後、ディーが頭を下げる。

「そ、そんな……別にあなたが謝るようなことなんて!」

 謝らなければと考えたところで逆に頭を下げられ、フェイトは恐惶した。

 謝られる筋合いなどない。謝るべきは、何もかも自分の方だ。

「えっと、こちらこそ、あなたの世界のことを考えなくて、その……ごめんなさい」

「いや、別にいいんだよ。ぼくが勝手にやったことだし」

 こちらも頭を下げるものの、少年は手をぱたぱたと振る。ちゃんと謝ったのに、何でそんなに困った顔をするのだろう。

「いえ、こっちもその、勝手なことを聞いて……ほら、アルフも謝って」

「あ、ああ」

 会話の内容から漸く気付いたのだろう、罰の悪そうな顔でアルフが答え、「……ごめん」と頭を下げる。

 流石に少年も折れたらしく、暫くの沈黙の後、「わかったよ」という小さな声が聞こえてきた。

 こんな時、口下手な自分が嫌になる。気を使って話しているつもりなのに、どうしてこんな面倒なことになるのだろう。

「えーっと、それじゃあ行こうか、フェイト」

「……うん」

 早くも気を取り直したアルフが促し、フェイトも幾分か調子を戻しつつ頷いた。

 ――少年を母のもとで保護する。

 自分達は時空管理局に関わることができず、ジュエルシード集めを終えればすぐにでもこの世界から去ってしまう立場にある。

 管理局に保護させるなど論外、自分達の今いる拠点でずっと住まわせる訳にもいかない。現状で少年にしてやれる、これが精一杯だった。

 勿論、タダで保護させれば母が黙っている訳がない。故にフェイトは、朝食の時に三つの条件を提示した。

 一つ目は、自分達の邪魔を一切しないこと。

 ジュエルシード集めは、本来少年には何の関係も無い。余計な首を突っ込んでもらわないためにも、これは当然と言えるだろう。

 また、この“自分達”には母も含んでいる。母の行動を制止させるのは絶対にいけないと、何度も言い聞かせておいた。

 二つ目に、母の頼み事は可能な限り聞くこと。

 母はいつも、研究に没頭している。何の研究かは知らないが、大事な目的があるのは確実。

 少しでもディーが役に立つのなら、きっと母も快く保護してくれるだろうと思う。

 そして三つ目は、これから向かう先――時の庭園内から一歩も出ないこと。

 管理局に庭園の場所を知らされるのも困るし、迂闊にどこかの次元世界に転移してしまったら、捜すのに骨が折れる。

 これらの条件を守りさえすれば、母もきっと少年を匿ってくれる筈だ。逆に守れなかった場合は、すぐにでも放り出されるだろう。

 今の自分達は、ジュエルシードを探す事が最優先。よって、ジュエルシードより捜索が難しいであろう少女――セラを探すのは後回し。

 君にも都合があるんだし、仕方がないよね……と、笑って了承してくれた少年には心から謝った。

 それでも、懸念は残る。逸れた少女のことが、気にならないのだろうか。

「ホントに、いいんですか? セラって人のこと」

「大丈夫。心配ないよ」

 今朝聞いてみた質問をもう一度してみたものの、少年はやはり今朝と同じ答えを返す。

「セラは……強い子だから」

 言って、微笑で返す。

「そう、ですか」

 心配ない訳がない。

 出会った当初から笑顔を向けているものの、彼の笑顔には必ず陰がある。それが笑い面だと気付くのに、然程時間は掛からなかった。

 月並みの返事をして俯くしか出来ない事が、フェイトは少し悔しかった。

「えと、それじゃあ、もう準備はいいですね?」

 再び気を取り直し、こちらの問いにディーが頷いたのを確認してから、フェイトは詠唱を開始する。

 一々下を向いている場合じゃない。今は自分に出来ること、彼にしてやれる精一杯のことをするだけだ。

「次元転移、次元座標……」

 三十六桁の十六進数で定められた座標を、淀みなく正確に述べる。今まで幾度となく口にした長い座標指定は、何の誤りもなく唱えることができる。

 自らの髪と同じ色の魔法陣が足元に広がり、徐々に発光を強めていくのと同時に、自分の意識も集中していく。

 だからこそ、え? という少年の戸惑うような声がフェイトに届く筈もなく、そのまま詠唱の最終段階に入った。

 

 

 突如感じた魔力に、ユーノは思わず振り向いた。

 現在位置は、自分と一人の人間を除いて誰もいない、何の変哲もない一本道。

 横を歩く少女と会話するためには丁度よかったその道が、今だけは不気味な静けさとなって襲い来る。

 暫く身構えるものの、ジュエルシードの反応はない。何の事件も起こらなかった事に、ユーノは安堵の息を吐き、

「あの、ユーノさん?」

 振り返って見上げれば、金髪碧眼の少女が心配そうな表情でこちらを見下ろしている。

「ううん、何でもないよ」

 少女――セラに答えつつ、先程感知した魔力反応の事を考える。

 ジュエルシードでないとすると、今のはおそらく赤眼の少女のもの。

 具体的に何をしたのかまでは不明だが、少なくとも自分達には関係がなさそうだということは確かだった。

「えっと、どこまで話したっけ?」

「時空管理局のところまでです」

 何事もなかったように会話を再開しつつ、人気のない細い路地を、セラからある程度距離をとって歩く。

 平日ということもあってなのはは学校へ出掛けてしまったが、自分達は“なのはからの許可を得てフェレットを家へ連れていく”という建前をもって外出している。

 ディーという少年と、ジュエルシード。両方探すなら一緒の方が都合がいいし、行動を共にする以上はこちらのことも話さなければならなかった。

 念話はできない為、できるだけ人のいない場所を探しつつこうして会話を続けている。

「とりあえず、その“時空管理局”に接触できるまで一緒……ってことですね?」

 確認をとる様に問いつつ、セラがユーノを見下ろしてくる。フェレットであるユーノにとっては、逆に見上げる立場となる。

 今の自分は肩におらず、なのはの近くを歩くときと全く同じポジション。周囲に人がいない時は、大体この状態になる。

 そんな角度から少女を見ると、必然的にセラの顔が青空を背景に映って見える。

 現在着ている替えの服は、桃子が選んだもの。黒のニーソックスに青いスカート、青基調に白の入ったシャツという出で立ちだ。

 左肩には、出会った時から持っていた大きめのカバンを背負っている。

 夕べの服装と比べると基本色が殆ど変わっていないのは、桃子から見てもそういう色が似合うと思ったからだろうか。

 そのまま背景に溶け込んでしまいそうな配色なのだが、ポニーテールの金髪だけが場違いな印象を与え、目立っている。

 言うまでもなく、それ以上視線を降ろすなどという無粋な真似はしない。

 自分のことを、なのはは本当にちゃんと伝えたのだろうか。それとも、なのはと同じく気にしていないのか。

 少なくとも、これだけ距離をとっているのに何も言ってこない辺り、案外と鈍いところもあるのだろう。

 全くもってなのはと同じ鈍さと無防備っぷりに、少し複雑な気分になる。

「うん。ジュエルシード集めにも、巻き込まれることになるんだけど……」

 そんな内心を押し殺したまま、ユーノは答える。

「平気です。もしかしたら、ディーくんに会えるかもしれませんし」

 どこか自信ありげにそう言いつつ、少女は辺りをキョロキョロと見回しながら歩いている。

 歩調を合わせつつセラの様子を窺うものの、今現在のなのはほど無茶はしていないようだ。

 なのはは今、敵対している魔導師のことで頭が一杯だ。お陰で、昨日は学校の友達と色々あったらしく、精神的に余りよくない状況にある。

 一方セラには、それほど大きな悩みがないのだろうか。

 捜索開始直後から“ディー”という少年のことは大分詳しく教えてもらっている。

 聞く限りでは少し頼りなさげな印象を受けたが、見たところだとあまり……

「――心配じゃないの?」

 思わず口に出してしまった。

「え?」

 何の事かとばかりに、少女はこちらを向いて首を傾げる。

「えと、その……ディーって人のこと」

「心配するに決まってます」

 セラが少しだけ眉を吊り上げて即答し、手の中に畳んでいた周辺の地図を広げる。

 まだ引っ越して来たばかりだから、これがないと大変でしょう、と、桃子から渡されたものだ。

 地図と睨めっこしながら、言葉が続く。

「ちゃんとご飯を食べているかとか、ちゃんと睡眠はとっているかとか……」

「あ……そ、そう」

 的外れな答えに拍子抜けしつつも、辛うじて相槌を打つ。衣食住の方を心配してはいるようだが、身の危険に関してはそれほどでもないようだ。

 少女の事だからその位考えてはいるのだろうが、気にする必要がないほどに信じられる人物なのだろうか。

「えっと、次はこっちに行きましょう」

「う、うん」

 広げていた地図を畳み、少女は不意に右を指し示す。その方向通りに細い路地を抜けると、海に面した道路へぶつかった。

 自動車が通ってはいるものの、反対側の歩道にいる車椅子に乗った少女以外の人影は見当たらない。これなら、会話を盗み聞きされる心配もないだろう。

 ちらりとセラの方を窺うと、時々あちらこちらへ首を動かしているのがわかる。

 右に左へ、時には上へ。こちらの話はちゃんと聞きながら歩いてはいるものの、視界に新しい物体が入るたび、必ずと言っていい程にそちらへ目を向けている。

 やはりこの世界が、少女の目には新鮮に映るのだろうか。挙動の理由がわかっていても、ユーノはただ黙って見守ることしかできない。

 なのはとセラ。二人の少女が持つそれぞれの悩みを知っていても、自分にはそれを解く方法が思いつかないのだから。

 そのまま歩道を歩きつつ会話を続けていく内、今度はデバイスの話になった。首に掛けているレイジングハートについて一通りの説明を受けた少女は、

「……何だか、すごいですね」

 どこか感心したような表情で、何度も頷いた。

「っていうかセラ、デバイスは知ってるんだね」

「え? は、はい! ディーくんも似たようなものを持ってますから!」

 何故か慌てて答える少女に、ふーん、と気のない返事を送る。

「えぇっと、レイジングハートさん、なんだか少しだけひびが入ってますけど……」

 少女は僅かに屈んで、ユーノの首に下げてある宝玉を興味深げに覗き込む。

「夕べの事件のときに、ちょっとね」

 敵の魔導師――フェイトとの戦闘の末に起きた、ジュエルシードの暴走。その影響で、少なくないダメージを受けてしまった不屈の宝玉。

「大丈夫なんですか?」

「基礎構造までやられたわけじゃないからね。今は自動修復機能をフル稼動させているから、もうすぐ直るよ」

「そんな機能まで……すごいですね」

 再び目を輝かせるセラ。

 それにしても、と、ふと思う。自分はさっきから、随分と饒舌になっている気がする。

 他人と話すのは嫌いじゃないし、彼女にはこのくらい話しても問題はないだろう。けれど、昨日会ったばかりの他人相手には喋りすぎだと思う。

 最近の話し相手が、なのはだけだったからだろうか。

 ――いや、違う。

「……えっと、セラ」

 いつの間にか、再び周囲の風景に釘付けとなっているセラへ声をかける。

「なんですか?」

 顔も向けずに返してきたところで、

「聞きたいことが、あるんだけど」

 瞬間、少女がびくりと肩を震わせた。

 そう。これはきっと、弱さだ。

 

 

 赤い絨毯の敷かれた、長く広い廊下。

 暗い静寂が支配するその空間に、鞭の叩かれる音が響く。それに反応するように、少女の悲鳴が大きく響き渡る。

 鞭と悲鳴、二つの音が交互にその廊下へ木霊し続ける。

 悲痛な演奏を聞くのは、ただ二人。

 やがてその演奏が途絶えるとともに、アルフはその場で崩れ落ちた。額から脂汗が落ち、荒い息を吐いて体の震えを必死に抑える。

 それでも、まだ消えない。空間全体を支配していた悲鳴の残響がなくなっても、頭の中に響いているものは未だに消えることがない。

「ちく、しょう……」

 分かっている。どうしようもないことぐらい。それでも、歯噛みせずにはいられない。

 

 何処の馬の骨ともしれない次元漂流者を、保護目的で連れて来てしまった。

 ジュエルシード三つを手に入れても、これではプラスどころかマイナスの結果。

 それで保護してもらおうなど、フェイト自身だって無茶な話だと思っているだろう。

 あの女相手なら尚のこと。寧ろ暴力行為を受けるに違いない。それを予想していながら、フェイトは少年を保護すると決めたのだ。

 目的の障害となるものには容赦なく攻撃を仕掛けていても、根っこの性格は変わらない。

 困っている人が目の前にいて、尚且つ障害になりにくいのであれば、助けない理由がない。

 フェイトらしいとは思うが、結果はこれだ。

 

「アルフ、その……」

 唐突に、目の前の壁際で立ち尽くしていた少年――ディーが口を開いた。

 その両腰に、剣はない。暫く預かるわ、と言ってあの女が取り上げたのだ。

 フェイトの母親に関しては、保護する条件を提示する時と一緒に説明してある。

 その時の少年には、声にも顔にも沈痛さが混じっていた。今も、丁度同じ表情と声音をしている。

「ごめん。やっぱりぼくが――」

「あんたが謝って、何になるのさ」

 言葉を遮りつつ、ゆらりと立ち上がる。

 本当は少年だって黙って見てはいられないはず。それでも、こうして堪えてくれている。

 自分達の邪魔を、一切しない。母の行動を制止させるのは、絶対にいけない。少年を保護する第一条件を、本人は律義に守っている。

 力においても立場においても、自分達は何もできないのだ。

「……でも、ごめん」

「だから、あんたが謝ったって何も――」

 しつこく謝る少年へ、感情任せに怒鳴りつけてやろうと体こと振り向いた時、視界の端に見覚えのある金が映った。

 思わずそちらに目が向き、廊下の壁を支えに歩く少女の姿を認める。

「フェイト!」

 直ぐさま駆け寄って、倒れかけたその体を支えてやる。ずたずたに裂かれたバリアジャケットから覗く鞭の痕が、見るからに痛々しい。

 その顔はいつも通り、こちらに向けて作り笑いを――

「フェイト?」

 自分の目を疑った。

 とうとう狂ってしまったのかと勘違いしてしまうくらいに、ありえない顔だった。

「フェイト、その……大丈夫?」

 遅れて着いたディーが、気遣わしげに問う。

「うん、平気。ジュエルシードが全然足りないからって、怒られただけ」

「平気って……」

 言いかけた少年も、フェイトの様子がおかしい事に気付く。

 よく見ると、“いつも”よりフェイトが負っている傷の数が心持ち少ない気がする。

 それでも怪我の具合から見れば、どう見ても平気な訳がない。なのに、声色は何の気持ちも押し殺していない。

 痛みや辛さが全部まとめて吹き飛んだような雰囲気に、少しだけ圧される。

 同時にアルフは、自分の耳も疑った。今、フェイトは何と言った?

「ジュエルシードのこと、だけ?」

「うん」

 思わず問うても、フェイトは雰囲気を崩さずに頷く。

「……じゃあ、ぼくの事は?」

 信じられないといった面持ちで、ディーも問う。おそらく自分も、今の少年と同じ顔をしているだろう。

 そして少女の口からは、これまでの予想を裏切る答えが出される。

「母さんが、ちゃんと面倒見てくれるって」

 アルフと少年は、呆然と顔を見合わせる。

 主が心からの笑顔を浮かべる様を、アルフは久方ぶりに見た。

 

 

 照明の途絶えた空間の只中。周囲よりも更に暗く、黒い服を身に纏う者がいる。

 狂気の瞳を携える、時の庭園の主――プレシア・テスタロッサは、青白い顔を苦渋に歪ませた。

 目に浮かぶのは、見るも無残な少女の姿。耳に木霊すのは、痛みに叫ぶ少女の声。

 無論、フェイトが根の優しい子であるのは知っている。少年をここへ連れて来た理由も、十分頷ける。

 分かっていても、少女の言葉が信じられなかった。

「何故……」

 どうしてフェイトは、あんな事を言ったのだろうか。真っ先に浮かんだ疑問は、それだった。

 フェイトは以前から、プレシアのために尽くす人形と化していた。こちらから指示するまでもなく、そうなっていた。

 母の為にと言う事を聞き、母の為にと“お仕置き”を受け、母の為にと感情を殺した。

 それなのに。

 ――あの人を、助けてください……

 惨めな姿で、少女は確かにそう言った。プレシアのためではなく、少年のためにそういったのだ。

 プレシアの前で我侭を言うなど、今迄一度たりとも有りはしなかった。

「何故……」

 どうしてあの時、自分は手を止めたのだろう。

 ――次はもっと、がんばります。だから……

 私の事だけ考えていればいい。そう叱るべき筈なのに。この状況で、あなたは私にお願いできる立場だというの。そう諭すべき筈なのに。

 頭ではそれが分かっていた筈なのに、プレシアは確かに躊躇した。

「何故……」

 躊躇する理由など、どこにもない筈なのに。

 ――おねがい、します……

 何故、そこで完全に手を止めてしまったのだろうか。

 わからない。

「けど……考えても、あまり意味がないわね」

 直後にプレシアは一呼吸、その疑問を切り捨てた。

 そうだ。こんなことを考えている場合ではない。あれはどうせ一度きり。フェイトが自分に我侭を言うなど、もう二度とないだろう。

 元より自分があの少年を保護した理由は、フェイトの頼みによるものではない。

 左手に握る“それ”へと、プレシアは視線を移す。

 鈍い光沢を放つ、二振りの剣。あの少年が持っていたものだ。

 最初はあの少年を追い出すつもりではあった。だが、腰のベルトに差していた“これ”を一目見た瞬間、プレシアは気付いた。

 持ち主の少年からは一切魔力を感じなくとも、“これ”そのものに電子音声機能が搭載されていなくとも……それでも“これ”は、デバイスだと。

 フェイト達は気付いていなかったようだが、間違いない。

 少年をフェイトから紹介された時にもらった少年のデータを見る限り、おそらく管理局も見つけていない別の次元世界からやってきたのだろう。

「案外と、使えるかもしれない」

 プレシアの両頬が、不気味に吊り上がる。

 フェイトが課した保護条件を、少年は律儀に従っている。

 未知の世界から現れた少年。正体不明のデバイス。上手く利用すれば、悲願達成の近道になるかもしれない。

 価値が無ければ捨てるもよし。戦力になるのなら、管理局が予想外の魔導師を送り込んできた際の駒となるかもしれない。

 プレシアの両肩が自然と震えだし、次第に声が混ざっていく。

 やがて、誰もいない廊下に、誰にも聞こえることのない壊れた笑い声が響き渡った。

 どこまでも、虚しく。どこまでも、狂気的に。

 

 今のプレシア・テスタロッサに、届く声は……ない。

 

 

「はぁ……」

 公園のベンチに座り、セラは大きく溜息を吐いた。

 時間は既に夕刻。殆ど一日中歩いてディーとジュエルシードを探し続けていたのだが、収穫はなし。

 途中で遠くからの情報制御を感知したのは、おそらくなのは達の言っていた魔導師の少女が何かしたのだろう。

 自分も察知していると知られないように演じるのは苦労したが、多分ばれてはいない。

 なのはと合流すると、歩き疲れていると察したのか、ユーノから少し休むように言われた。

 当のユーノは、なのはの肩に乗って休むとのこと。小動物ならではの方法だと、セラは思った。

 とはいえ、なのはの家からは少し遠い。一番近い休憩場所で休み、再び合流してから帰宅することとなった。

 そんな訳で、セラはなのは達から指定されたここ、海鳴海浜公園にいる。

 ……やっぱり、言い過ぎたでしょうか?

 ふと、合流直後のなのはとのやり取りを思い出す。

 朝にユーノが聞いてきたことは、なのはの悩みについて。

 ジュエルシードや敵対している魔導師のことで悩み続け、とうとう友人関係にまで影響が及び始めたとのこと。

 聞いた時、少しだけ悩んだ。ただの部外者である自分が、余計な手を出してもいいのか、と。

 折角保護されているのだからと結局は承諾してしまったが、それが良かったのかどうかは未だに分からない。

 少し悩んで何をどう伝えるか考え、下校してバスから降りたなのはに早速相談を受けてみた。

 最初はかなり慌てていたなのはだったが、次の言葉を聞くと何故か息を呑んだ。

 ――わたしもユーノさんも、なのはさんの傍にいますから。だから、困った時はちゃんと言ってください。わたしたちは、なのはさんのお友達なんですから。

 その時、彼女は何を思ったのだろうか。瞬きを含めた暫しの時間を経て頷き、詳しく話してくれた。

 何でも、敵対する魔導師の様子がどうしても気になるらしい。無表情の裏にある暗い感情の意味が知りたくてしょうがないようだ。

 今後も戦うであろう相手だというのに悠長と思う筈だが、セラはなんとなく“らしい”と思ってしまった。いい加減性格が分かってきたのだ。

 かといってそれでいい訳もないので、まずは対等に話し合える状況を作らなければ等と色々語り合った。

 友達との喧嘩については、ある程度ぼかして事情を話したり、意見を聞くところだと諭した。

 自分だってその位できなければ、今の状況はやっていけない。嘘は苦手だけど。

 愚痴の一つでも零してしまえば少しは楽になるだろうに、何故我慢していたのかは教えてくれなかった。

 なんやかんやで最後は談笑の形になったのだから、まあ結果としては良かったのだと思う。

 しかし、セラ自身も他人の事は言えない。やはり自分は、本来この世界とは無関係であり、危険な存在なのだから。

「なのはさんとユーノさん、まだでしょうか……」

 更に、溜息の理由はもう一つある。

 なのは達から場所を聞いてここへ来てみると、I-ブレインが情報制御を探知したのだ。

 微弱ながらも奇妙な“物理法則の乱れ”に、好奇心半分予想半分で発生源を探してみると、案の定。

 ……まさか、なのはさん達より先に見つけてしまうなんて……

 自分の座るベンチからは辛うじて視認できる程度離れた、無造作に立っている一本の木へと視線を向ける。

 木の根元には、不気味に明滅を繰り返す、小さな青い宝石。おそらくあれが、話に聞いたジュエルシードなのだろう。

 早く対処するべきなのだろうが、封印方法を知らないし、知ったとしても多分できない。ついでに言うなら、なのは達との連絡手段も持っていない。

 なのは達の正確な現在位置が特定できない以上、迂闊に探すことも然り。

 無論ジュエルシードの暴走条件も大まかだが聞いており、自分が触れても発動する危険は十分に有り得る。

 せめて、周囲の物体から引き離せば発動が遅れるかもしれないと思い、重力制御で宙に浮かせようとしたのだが。

 ……さっきは、ホントにびっくりしました。

 近づいた瞬間、ジュエルシードの頼りない発光が一気に強まったのだ。

 驚き、警戒しつつその場から飛び退くことで発光現象も収まったが、最初は自分の存在そのものがジュエルシードの暴走に繋がるのではないかと勘違いしてしまった。

 自分がダメならばと、朝からずっと展開しっぱなしだったD3だけを動かしてみたものの、これもアウト。

 試しにジュエルシードとD3の距離を調整してみると、それに合わせて発光現象の強弱が変化した。

 少し気になってD3を引き離し、自分だけが近づいてみるとほぼ異常なし。重力制御――否、恐らく情報制御そのものに問題がある事が判明した。

 魔力や願いにジュエルシードが反応することは聞いていたものの、情報制御も同じだとは。

 情報制御も“願い”や“魔導師の魔法”と同様、脳内で“思考”することによって発現する。

 形は違えど、演算そのものを世界に押し付けているのだ。有り得ないことではない。

 そして結局、ここでなのはの到着を待つことしか自分にはできない。完全に八方塞がりだった。

「はぁ……」

 再び大きく溜息を吐き、天を仰ぐ。

 生まれて初めて見る、茜色の空。一度だけ見たシティの天井も合成映像で空を映していたが、本物の空にはやはり程遠いのだろうとセラは思う。

 公園内を見渡せば、木々や草花などの自然が多くあることもわかる。シティ内外を問わず、これほど多く緑溢れる場所は存在しない。

 自分の周りを取り囲むもの全てが、セラに一つの事実を告げていた。

 ――この世界に、マザーシステムは存在しない。

 情報制御によって、シティに住む一千万人の命を支え続ける“マザーシステム”。そのコアの正体とは、魔法士そのものである。

 生きた魔法士を培養層に入れ、感情除去手術を行って心を奪い、情報制御でエネルギーを賄い、コアとなった魔法士が使い物にならなくなれば、新しい魔法士と取り替える。

 いわば、魔法士を生贄にして人類を生き長らえさせるシステム。生贄という表現をより悪く言うなら、電池が似合うかもしれない。

 誰かの命を犠牲にしなければ、多くの人々の命が一日と経たずに失われてしまう。そんなシステムが、この世界には存在しない。

 自分の世界の有り様だったそれが、この世界には存在しない。魔法士の世界でシティと賢人会議(Seer 's Guild )とで争う理由が、この世界には存在しない。

 羨望が無いと言えば嘘になる。けれど、自分の本来いるべき世界のようになって欲しいとは欠片も思わない。

 しかし、ふと思う。

 残っている二億人をこの世界に移すことができたら、どんなに楽だろう。そうすれば、マザーコアの是非という争いだって行う必要がなくなる。

 少なくともこの世界は、自分の世界における“嘗ての姿”に限りなく近い筈だ。生き残った人々で、再スタートを切ることは不可能でもないだろう。

 そこまで考えて、セラはぶんぶんと首を横に振った。いくら考えようと、所詮は幻想に過ぎない。

 この世界に自分が来ることができたのは、きっと偶然。行き来する方法が見つかっていない以上、この思考は想像の範疇でしかない。

 ――では、今この世界にいる自分はどうなのか?

 不意に浮かんできた疑問に、セラは目を見開く。鼓動が一つ大きく鳴った事を自覚する。

 何の関係もない筈の人間。存在しない筈の人間。魔法士の世界を見つけるまでの間、この世界における自分は何だというのだろうか。

「わたしは……」

 答えを出すでもなく、ただそう呟いた時。

(情報制御を感知)

 I-ブレインが、唐突に情報の歪みを感知。咄嗟に顔を上げ、ジュエルシードがついている木へと向けば、丁度その一帯が青白い光の柱を上げている。

 ……発動、したんですか?

 疑問もそこそこに立ち上がる。自分に出来る事がない以上、ここは離れるしかない。

 なのは達ならすぐに気付いて駆けつけてくれる。感知できるとユーノから聞いたので間違いない。

 事実、後方に小さな質量物体が接近。

「封時結界、展開!」

 振り向いた先には、異世界のフェレット。

 言葉とともに、フェレットを中心に空間が“変わって”いくのを、I-ブレインが余すことなく知覚する。

 本来なら自分も結界の外に追い出される筈なのだが、そこはユーノとなのはに必死で頼み込んでおいた。

「セラは下がってて!」

 とはいえ、この状況でも出来る事は事態の静観のみ。ユーノの指示通り、頷いてからこの場を離れようとして、

「セラちゃん!」

「あ、なのはさん!」

 ユーノの後ろから、遅れてなのはが駆けつける。

 先程会った時とは全く違う出で立ちに内心で戸惑いつつ、セラもなのはのもとへと駆け寄る。

 左手に持っている杖がレイジングハートであり、現在着ている白服がバリアジャケットなのだろう。

「えと、大丈夫?」

 僅かに逡巡したなのはの問いに、怪我はないか、という意味がないことを正確に把握する。

「ちょっと驚きましたけど、平気です!」

 答えた直後に地面が揺れ、二人揃って直立のバランスを崩しかける。揺れが納まったかと思うと、今度は聞いたことのない咆哮が空気を震わせる。

 咆哮の主は、振り返ればすぐに見つかった。

「あれが……」

「うん」

 呆然と“それ”を見るセラの呟きに、毅然とした表情でなのはが頷く。

 どこかの御伽噺の本にでも出てくるような、巨大化した木のお化け。I-ブレインがひっきりなしに情報制御を感知し続けている対象だ。

 あれが、ジュエルシードの暴走した姿――異相体。

「ちゃんと隠れてますから、その……うまくは言えないですけど」

 何か言わなければと思い、なのはと向き合う。

「がんばってください、なのはさん」

「……うん!」

 精一杯の笑顔で口に出てきたのは、月並みの励まし。それでもなのはは笑み、力強く頷く。

 先程の会話が功を奏したらしく、最初にあった時よりも更に輝いて見えた。

「それじゃ、行ってくるね!」

「はい! 行ってらっしゃいです!」

 その言葉を最後に、二人はそれぞれ真逆の方向へと走る。

 なのはは世界へ牙を剥く暴走体へ。セラは何もしないが故に林の中へ。

 ……わたしは……

 さっきベンチで一人きりになったのを見計らい、鞄の中に入れた十個のD3をカバン越しに見つめる。

 分かっている。全部分かっている。

 あの化け物を倒すことくらいなら自分だってできるかもしれないが、ジュエルシードを封印しなければ意味がない。

 寧ろ自分の力に反応して、暴走が更に拡大する危険だってある。

 今力を使えば、管理局に目をつけられて実験動物扱いされるかもしれない。そうでなくとも、立場的に不利となるのは確実だ。

 自分が加勢したところで、なのは達にとっても自分にとっても益にならない。そう言い聞かせて、

(情報制御を感知。右方)

 林に辿り着いてから振り向いた直後、予想外の方向から情報制御を感知する。

 視界の端から金色の質量物体が高速で過ぎり、暴走対の直前で突如現れた半球状の壁に遮られる。

 前者は尖った形状からして魔力弾、後者はバリア型の魔力障壁だろう。

 暴走体は攻撃に反応し、魔力弾の射手へと向き直り、吼える。

 セラも振り向いてみると、二つの影。一つは橙色の狼……使い魔だろう。

 そしてもう一つの影は、オブジェの上で毅然と佇む、黒衣金髪の少女。

 なのはのバリアジャケットと相反するような、色も肌の露出度も違う服装。黒衣とコントラストを成す白い肌。

 遠目からでもわかる、意志の強そうな赤眼。

 凛とした雰囲気が、“悪魔使い”の少女のものと重なる。なのはが気になると評するのも何となく分かる気がする。

 彼女が、敵対する魔導師――フェイト・テスタロッサ。

 そこまで考えた時、I-ブレインが暴走体の質量変化を感じ取る。暴走体へと向き直れば、木の根に当たる部分が地表に飛び出した瞬間だった。

「ユーノくん、下がって!」

 なのはの指示通り、ユーノもこちらの方へと避難して来る。しかし当のなのはは、暴走体から背を向けようとしない。

 まずいのではと思っていると、なのはの両足にピンク色の羽が出現。直後になのはが跳躍し、たたき落とされる“根”をすんでのところで回避する。

 魔力で作られた羽が力強く羽ばたき、ぐんぐん高度を上げていく。あのまま暴走体の攻撃圏外へ逃れるつもりなのだろう。

 と、今度はフェイトの方に情報制御を感知。振り向くと、少女のデバイスに著しい変化が起こっていた。

 それまで斧のような形状だったデバイスがいつの間にか鎌の形をとっている。形に合わせ、鎌の先端から金の刃が出力されていた。

 刃からは質量を感知できる。あれが魔力刃なのだろう。

 なのはの方でもデバイスの形態を変化させたらしく、上空から杖の先端を地上へと向けている。

(情報制御を感知)

 その姿に見入る暇も無く、I-ブレインが状況の変化を伝えてくる。

 振り向くと、フェイトのデバイスから伸びていた魔力製の刃が、くるくると回りながら暴走体へと向かっていくところだった。

 金の刃は、見た目通りの切れ味を持って“根”を次々と切り飛ばしていくが、本体の方は先程の魔力弾と同様に障壁で防がれる。

 どうやら、暴走体の身を守る障壁を破らない限り、決定打は出せないようだ。

 眼前の戦況に、思わずセラは唇を噛む。今まで戦いを見るしかなかった事は数あれど、こんな心境は初めてだった。

 一撃。自分がほんの一撃入れるだけでいい。暴走体が見せたここまでの戦闘能力から鑑みて、あんな防御は大して役に立たない。

 それを、セラのI-ブレインが告げている。

 しかし許されない。今力を使ったら、真っ先になのは達に勘付かれてしまう。

 口止めするという手もあるが、それではなのは達の負担になるし、時空管理局に保護されれば二度と会えないかもしれない。

(情報制御を感知。上方)

 I-ブレインのメッセージに顔を上げると、レイジングハートを複数の論理回路――否、魔法陣が取り巻き、先端へ魔力が集まっていくのを視認する。

 ユーノの言っていた通り、得意の砲撃魔法で仕留めるつもりらしい。魔力が解き放たれ、暴走体へと直進していく。

 怪物は先程と全く同じ障壁で防ぐものの、今度は悲鳴をあげてのたうち始める。障壁越しにも影響を与えているらしく、あと一歩で押し込めそうだ。

 フェイトの方はどうしているかと振り向けば、足元と正面に魔法陣を展開。

 直後に漆黒のデバイスを槍の如く突き出し、こちらも指向性の高い金の魔力が放出された。

 二方向からの同時砲撃に、暴走体も二つ障壁を張って暫く持ち堪えたものの、最後は苦しげな叫び声をあげながら次第に発光していく。

 その光の中からジュエルシードが浮かび上がった瞬間、早い者勝ちと言わんばかりに二人の魔導師から更なる情報制御が感知され、その場が一瞬で光に包まれる。

 セラは思わず両腕を掲げ、目に入る光を遮った。

 僅か数秒で閃光が収まると同時に腕を下ろし、I-ブレインの知覚に従ってなのは達の行方を探すと、丁度対峙しているところだった。

 道の傍らには、青い宝石が転がって明滅している。

 この距離では流石に会話を聞き取れないものの、あまり良い雰囲気ではなさそうだ。これから戦闘を始めるのだろう。

 セラは暗澹たる思いで、二人を見守り続ける。

 自分が入る余地など、どこにもない。これから起こる戦いに、他者の入る余地はないのだ。

(情報制御を感知。予測不可能な異常)

「え?」

 意外な方向からの情報制御を探知し、視線を二人から外す。封印された筈の青い宝石が、不可思議な振動を起こしていた。

 生物の鼓動のようでいて、しかし本物とは違うと認識させるような、不気味な振動。

 それが大きくなると共に、ジュエルシードからの情報制御もより大きくなっていく。

 ……もしかして、封印できてないんですか?

 嫌な考えが浮かび、血の気が引く。

 二者の同時封印が互いの効果を相殺したせいで、封印が完了していないのか。このまま戦闘に発展すれば、いつ再発したっておかしくない。

 いち早く伝えようとして視線を戻し、セラは目を見開く。

 既に二人は接近し、互いに得物を振り下ろさんとしている。声を上げても、もう間に合わない。

 それでも伝えなければと、思いっきり叫ぼうとして、

(情報制御・空間曲率の異常変化を感知)

 激突寸前である二人の間から、水色に発光する球体が出現した。

「そこまでだ!」

 一瞬でその球体がなくなった場所には、肌以外がほぼ全て黒でできた少年の姿。

 どこか黒衣の騎士に近い、しかし同時に少しだけ幼い雰囲気があった。

 当の二人は、デバイスを振り下ろしかけた両腕を水色の光――恐らくバインド――で捕縛され、身動きがとれずにいた。

 何が起こったのか把握できず、セラも叫びかけた口を開いたまま硬直した。

 拘束魔法は発動の瞬間が見えたからまだいいとして、半透明ではなく水色の……おそらく魔力で形成された膜から人が現れるという現象。

 転移魔法……それも、次元転移。

 ユーノから手に入れた知識が間違っていなければ、それしかない。

 発動から転移までには自己領域以上のタイムラグが存在するものの、この場の全員には確実な不意打ちとなり得るものだった。

 自己領域と違い、次元転移は領域と現実世界の境界面に発生する僅かな空間の揺らぎが、転移した瞬間に発生する。

 単純な空間転移なら自分のテリトリーでも、次元空間レベルとなると手が出せない。

 とにかく、少年は魔導師。それも、なのは達より幾らか上の実力者。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 驚愕に目を見開く全員に対し、新たに出現した魔導師は交互に視線を向けつつ、名乗る。

「ジュエルシードの封印が不完全である以上、ここでの戦闘行為は危険過ぎる。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

 




 本来の役者達は、次々と出でる中。
 魔法士は、未だ表舞台には出でず。
 ――長い一日は、まだ終わらない。
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