すっかり見慣れたツインテールが大きく揺れたのを視界の端で認め、ユーノは反射的に歩みを止めて振り返った。
「フェイトちゃん、現れないね……」
「うん。こっちとは別にジュエルシードを集めていってるみたいだけど」
目に入ったのは、廊下に佇んで消沈気味に俯くなのはの姿。
ジュエルシード封印の他にも、敵対する魔導師――フェイトとの接触を目的に行動している今のなのはにとって、あまり思わしくないのだろう。
「うん……」
フェイトは行動を停止したわけではない……そう伝えても、なのはの顔は晴れない。
あの魔導師に対してどう向き合うかは、既に決まっている。しかし、相手に伝える機会が訪れなければ意味がないのだ。
こんな時はどう言えばいいのか、幼い自分には分からない。
遺跡発掘の旅を続けるスクライアの一族にいた頃は、慰めたり励ましたりなんて一度もしたことがなかった。
ただ事実を伝えることしかできない。なのはの笑顔を取り戻せないことが、少し残念だった。
「落ち込むことないです」
不意に、視界の端から金髪が映り込む。
ユーノの髪より遙かに強く輝く頭髪の持ち主が、こちらより数歩前に出て振り向く。
セレスティ・E・クライン、通称セラ。ユーノとなのはより少しだけ年上で、感情表現が乏しい迷子の少女。
白い肌、大きな青い瞳、ポニーテール。首から上の特徴は相変わらずだが、身に着けているものが以前とはまた違っている。
清楚な純白のブラウスとスカート、ポニーテールを結ぶのはこれまた真っ白で大きなリボン。
伝手で桃子が選んだ下がりの服に、リンディがどこからか持ってきた別の服を複合的に着こなすことで出来上がった服装である。
「お互いにジュエルシードを集めてるんですから、最後はジュエルシードの取り合いになります。だから、気長に待てばいいんです」
形のいい眉を僅かに釣り上げる少女に、もう一方の少女は暫くぽかんと口を開けて、
「あ……う、うん! そうだよね!」
がくがくと頷くなのはに、セラが小さく微笑む。
漸くなのはがいつものペースを取り戻したことに、ユーノは内心で安堵の息を吐いた。
少し悔しくもあるが、なのはが落ち込んだ時一緒に励ましてくれるのは正直心強い。
ジュエルシードを封印する際、精神的問題で支障をきたす訳にもいかないのだから。
ただし、なのはにとってはこれも良くない事だったりする。
セラの持っている何かしらの不安。それを何とかしようと、高町家からの出発直前にユーノへ発した言葉を思い出しつつ、目の前の二人を見やる。
――何か困ってるみたいだから、一緒に相談に乗ってあげよう。
現状はこの有様。励まそうとして逆に励まされるという、当初の目的とは真逆の状況。
本来ならば、既に困っている少女に問い質しているところ。原因は唯一つ、まずはフェイトの件を解決しようと決めた為。
あの魔導師から何とかしなければ、セラの悩みに正面切って向き合うことなど到底出来ない。
二つ同時なんて、不器用と自覚している自分には不可能。
そういった判断により、現在セラとは友達になった後も、どちらからともなく微妙な距離ができてしまっている。
ちゃんと悩みを聞くことができればそれも埋まるのだろうけれど、はてさて。
「えと、そういえばさ……それ、どう? 面白い?」
「あ、これですか?」
話題を変えようと問うてきたなのはに、白衣金髪の少女が傍で浮かぶ立体映像ディスプレイへと振り返る。
現在、セラは今いる次元航行艦“アースラ”のデータベースへアクセスし、魔法について色々と調べている。
リンディ提督から直々に許可をもらい、操作と翻訳の方法を教わったそうだ。
「時々分からない言葉が出てきたりしますけど、結構面白いです」
こんなことを始めたのはつい先日。何でも、魔法について興味が湧いたとか。
「ところでユーノさん、この昇格試験の内容って、どんなのがあるんですか?」
「ああ、それはクロノ執務官に聞いてみないと詳しいところは分からないけど……」
早速分からない部分があったらしく、幾つかの操作をしてからユーノへ聞いてくる。
質問への回答に合わせて、こちらに顔を向けるセラの表情を注意深く伺う。
無邪気と好奇心のままに、眉間を細めながらも細かく頷く金髪碧眼の少女。
こんなか弱いごく普通の少女が疑われているだなんて事実には、未だ現実感が湧いてこなかった。
――あの子の行動に妙な所があったら、教えて欲しい。
迷子の少女は、既に管理局からの監視を受けている。執務官からそう知らされた時のショックは大きかった。
確かに、幾つかの不審点については自分だって気づいている。
例えば今、データベースはミッド語で表記されているのに、翻訳機能を殆ど使っていない事。
リンディへそれを教えたのは、他ならぬ自分だ。それでも、ここまで深刻に事態が進んでいるとは思わなかったのだ。
局員が近くにいる場合、少女は警戒して尻尾を出してこない。加えて、ジュエルシード事件により人手の足りないという状況。
そしてなのはをジュエルシード封印の主力として前線に引き出し、万全の状態を保つために精神面の問題を出させたくないとなれば、消去法により支援役のユーノへ白羽の矢が立つことになる。
――友人を疑うのは、とても辛いことだと理解しているわ。
愕然としていた自分へ、険しい表情で語りかけた女提督の言葉を思い出す。次の言葉を聞かなければ、ユーノは監視役を断っていたに相違ない。
――けれど……彼女の真意を確実に聞き出す方法は、これが一番なのよ。
迷子の少女から悩みを聞き出すことが、自分やなのはでは不可能であると。
セレスティ・E・クラインの抱えているものが、異世界の友に話せるほど軽いものではないのだと。
そう断じられた時。なのはのやろうとしていることが、徒労にしかならないと理解した時。
セラが何らかの力を持っている場合、自衛のためにこちらへ牙を向けてくるかもしれないと知らされた時。
彼女は決してそんなことはしない、と。なのはにできないというのなら、自分が代わりに証明しようと決めた。
自分もなのはも、セラを信じている。だから、自分がやる。
ユーノの代わりに、なのはがジュエルシードを封印してくれる。それに対する、これは些細な恩返しにすぎない。
事実を知ったら、彼女はきっと怒るだろう。嫌われてしまうかもしれない。
それでも、なのはのために何とかしてあげたいと思ったから。どんなに汚い手段でも、どれだけ自分が損をしようと、少女の為ならば安いものだ。
友の誤解を解くために、友の悩みを聞き出すために。
それぞれ別世界から引き合い、巡り合った自分達。そのしがらみを解きほぐす為に、友を監視する。
恐らくは自分にしかできないであろう、残酷な命令のままに。
短い日々の中、ユーノ・スクライアは今日も碧眼の奥を見定める。
――取り残されたように硬直した少女の存在に、気がつかないまま。
「おーい、そこの三人組ー」
不意に、後ろから暢気な声。
ユーノとセラが怪訝な面持で振り返ると、片手を上げて駆け寄ってくる十代後半の少女。
「あ……え、エイミィさん」
最後に後ろを向いたなのはが口を開き、三者三様に反応する。
エイミィさんもお昼ですか、と少女じみた少年が微笑み、茶髪の少女が大きな黒い瞳をぱちぱちと瞬かせ、金髪碧眼の少女が小さく首を傾げて後ろからポニーテールを覗かせる。
「っ……その通りなんだけど、一緒に食べてかない? 後でクロノ君や艦長も一緒になるんだけど」
何故か一瞬硬直し、すぐに人のいい笑みを浮かべる若き女性オペレーター。
その様子に、ユーノとセラだけが内心で小首を傾げるものの、やはりというべきか誰も気に留めない。
三人揃って顔を合わせた後、代表してユーノが答える。
「構いませんよ」
「よし、決まり! それじゃ、先に行ってるね!」
ひとつ大きく頷くと、そのまま早歩きで廊下を歩いて行く。その後ろ姿にどこか不吉なものを感じたのは、残念なことにユーノただ一人。
何の前触れもなく身の毛が弥立った事に、少年は驚いた。
まるで、やってはいけないことをやってしまったような――
……気のせい、だよね?
余計な思考を振り払い、エイミィが現れる前と同じ状態へと会話が戻っていく。
――悲しいかな、三人とも鈍かった。
……気のせいじゃ、なかったのかな?
食事中に辺りを見回し、初めてユーノは不吉な予感を確かなものと認識した。
L級巡航艦の最大搭乗人数に合わせて、相応の面積を誇る食堂。
その端でぽつんと昼食を取っているのは、合流した執務官と提督を合わせても六人。つまり自分達だけ。
これだけならまだいい。局員達にも見張り等のスケジュールがあるため、昼休みに全員が集まることは滅多にない。
今のように、艦長とオペレーターと執務官だけがブリッジやオペレーター室から離れていることだって不思議でも何でもないだろう。
昼食を食べ終えた後の空き時間を使って、今のように団欒を楽しむことにも別段違和感は感じない。
だがしかし、“檻の中に閉じ込められた雰囲気”が漂っているのならば話は違ってくる。
年長の女性二人から流れる、ただならぬ気配。
なのはとセラは気付いていないようだが、周囲の空気だけは流石に感じ取っているらしく、言葉少なになっている。
そして、この六人の中で一番よく喋っているのがリンディとエイミィである辺り、尚更怪しかった。
「そーいえばさあ」
さり気無く、エイミィが口を開く。
「セラちゃんって、ちょっとだけフェイトちゃんに似てる気がするんだよね」
唐突な話題に、え? と目を見開いたセラへ、
「ほら、金髪だし。顔立ちも整ってるし」
「あ! わたしも同じこと考えました!」
「お、ホント? なら話は早いね」
挙手した少女の黒い瞳が好奇心に輝かせる一方、青い瞳は困惑に揺らぐ。
「そ、そんなに似てますか?」
「これからそれを確かめてみようかな、って思って」
最初から畳み込むような雰囲気だった会話が、予想外ななのはの協力によって更に勢いづいていく様子を、ユーノは不審に思った。
こういう時は彼に聞いてみようと、特定個人へ向けて密かに念話を使用する。
(あの、何なんですか?)
対象は、クロノ・ハラオウン執務官。セラの監視を約束した直後から、彼とは連絡を取り合う相手として念話の許可が降りている。
未だ我関せずの姿勢を貫いている執務官が、初めてこちらと視線を合わせ、
(ほんの息抜きだ。ここは流れに身を任せた方が賢明だぞ)
(はあ……)
何か裏があると予想した矢先の意外な返答に、拍子抜けした返事を返す他ない。
というか、そもそも誰の息抜きなのか。ユーノは思案するが、皆目見当がつかなかった。
考え出したのは結託している二人組なのだろうから、幼い自分には理解しろという方が無茶なのかもしれない。
(とにかく、君まで巻き込まれないことを祈るとするよ)
聞き捨てならない言葉に目を剥き、それはどういう意味なのかを聞こうとして、
「き、着せ替えですか?」
迷い子の少女が上げたいつもより大きめの声に、意識を持って行かれた。
「そ。フェイトちゃんと似たような服を着せて、なのはちゃんと向き合わせて」
「フェイトちゃんとどこが似ているのかを調べたり、わたしがフェイトちゃんと向き合った時のイメージトレーニングとして相手してもらうんですね?」
「あ、あの……イメージトレーニングって……」
「別に模擬戦するってわけじゃなくて、ちょっと向き合ってもらうだけだから。もしフェイトちゃんそっくりだったらどうしよっか、なのはちゃん?」
「んー、バリアジャケットをつけて、戦ってるときの状態を再現してみてもいいでしょうか?」
「いいねそれ、如何ですか艦長?」
「ええ、構いませんよ」
「ホントですか? やったぁ!」
「えと……あの、その……」
エイミィとなのはの二人だけで進んでいく会話に、当人であるセラは話題についていけず狼狽えている。
表情からして会話の中に入ってきそうな雰囲気だったリンディはといえば、先程と同じニコニコ顔のまま。
一歩引いた状態で成り行きを見守っている。止めるつもりは毛頭なさそうだ。
というか、こんなことで自分が巻き込まれないよう祈らなければならないのだろうか。クロノの言葉に内心で首を傾げた。
そんなユーノの思索を余所に、事態は進み続ける。
「ぃよしっ! 早速やってみよう! こんなこともあろうかと、食堂の隅に設置しておいたんだよ!」
「い、いつの間に――?」
立ち上がり、がらがらとローラーの転がる音を立ててエイミィが持ってきたのは、なんと四方をカーテンで囲んだ巨大な試着室。
何故こんなものが次元航行艦に載っているのか。
幼い少年少女達三人が揃って目を剥いたところで、中が見えるよう試着室の真っ白なカーテンが開かれる。
一体どこから持ってきたのか、整然と服が積まれてあった。……隅っこに鬘らしきものが見えるのは気のせいだと思いたい。
「リボンもこの通り用意してあるから、遠慮は無用で」
「サイズはちょっとずれちゃうかもだけど、我慢してねー!」
エイミィの代わりとして提督が直々に発し、やはりエイミィが続ける。
幼いユーノにも分かる連携プレーだ。やはりグルなのかこの二人は。
唖然とする三人のうち、有無を言わさずセラの手が引かれていく。
「さあセラちゃん、ちゃっちゃと試着してみよう!」
「え、あ、あの――」
「ほら、早く早く!」
明朗快活な姉貴分に、半ば無理矢理試着室へ連れて行かれるセラが、試着室のカーテンが閉まる直前でこちらを向く。
困惑の表情ながら、瞳が助けを求めているのは至極明快。
残りの少年少女三名は勿論気付くものの、揃って苦笑しながら手を振ることしかできなかった。
この時、ユーノ自身も少しだけ興味があったことをここに明記しておく。
孤立無援となってしまったセラの表情がカーテンの裏側に隠れると、執務官は大きな溜息を吐いた。
半目で見事に呆れの感情を露にしているところを、ユーノは念話で問うてみる。
(いいんですか? こんなことしても)
(いいんじゃないか? こんなことしても)
認めていいのか。というか疑問で返されるとこちらが困るのだが、それでも執務官なのか。
(なんか投げやりになってませんか?)
(気のせいだろう)
さりげなく眼を逸らしている辺り、確信犯である。
これ以上の追及は無駄だろうと判断し、ユーノも溜息を吐いた。
ふと試着室へ顔を向けてみると、白い仕切りの向こう側から微かに話し声が聞こえてくる。
多少は何か聞き取れるだろうかと耳を澄まそうとして、肩を指で突かれた。
見やると、くりっとした丸い瞳を真っすぐに向けてくるなのはの顔は既に目の前。
あまりに近いためユーノの心臓が僅かに跳ね上がるものの、対する彼女は全く気に留めていない様子。
「ねえユーノくん、セラちゃんどうなるのかな?」
エイミィのテンションに多少遅れども、乗り気であるところはそのままのようだ。
「まあ、実際に見てみないと分からないね」
何とか冷静さを保ちつつ、正直に意見を述べる。
確かにセラはフェイトに似ているような気はするものの、どこが似ていてどこが違うのかが判然としないのだ。
外見の一部なのか、それとも内面的部分から来ているのか、それすらまだ分からないまま。どう転ぶにしろ、ここで判明することだろう。
口元をへの字にして考え込むなのはを余所に周りを見てみると、ハラオウン親子は手元の紅茶を静かに飲んでいる。
執務官はブラックのままなのに対し、提督は砂糖四杯ミルク入りであることは置いておくとして、二人からのほほんとした雰囲気は感じ取れない。
動作はいつもと変わりないのに、静謐さが伝わってくる。恐らく、結果が返ってくるのを冷静に待ち続けているのだろう。
セラの人となりを、もう少し調べるつもりなのだろうか。だとすれば納得がいく。
こんな時でもセラの事をさりげなく調べようとする辺り、どうやら自分となのはよりも真面目に考えているらしい。流石は時空管理局か。
こうしてはいられない。あの少女が危険ではないことを証明するために、自分も目を光らせなければ。
感心しつつも気持ちを改めるユーノの余所で、ただ一人だけ別の意味で真面目に考えている少女の事を、この時は誰も見ていなかった。
「な、なんだか……はずかしい、です……」
やがて移動型の巨大試着室から現われたセラは、随分と様変わりしていた。
ここで思い出してみてほしい。
セラをフェイトに似るよう着せ替えをしてみたのはいいとして、ここまでの時点で管理局側の知るフェイトの服装とは如何なるものだっただろうか。
そう、バリアジャケットただ一択。私服なんて一度も見たことがないのだ。
つまり、黒いリボンによって編まれたツインテールに、体を覆うような黒いマントに、腰のベルトにヒラヒラのついたこれまた黒い以下略である。
結果はどうなのかというと、ある意味成功ではあった。
さっきまで白を基調とした服装だったのに、今は真逆の黒を基調としたものである辺り、ある種の新鮮さすら感じられた。
何より、大きなリボンで括られていたポニーテールがツインテールになった点は大きい。
年齢が近い分体格も近いため、似合って当然ということか。
そして肝心のセラはというと、こういった露出度の高い黒服は着たことがないのだろうか、遠目でも分かる位の真っ赤な顔で俯いている。
「え、えぇっと……どう、ですか?」
上目づかいに蚊の鳴くような声で聞いてくる、二つに分けて梳いた金髪に大きな碧眼の少女。うん、可愛らしい。
そのテの子供好きならば一目で悶絶する……のだろう。
現に、エイミィは試着室の壁に手をついて口元の辺りを手で押さえ、リンディはテーブルに顔をくっつけたまま握った両拳諸共震えている。
出会った時のフェイトは殆ど感情を露にせず、まだ“お人形らしい”で済んでいた。フェイト程ではないにしろ、無論セラもその類である。
その“お人形みたいな”少女が、こんな羞恥心全開の表情を見せてくるのだからたまったものではない……要するにそういう事なのだろう。
年長者二名のそんな心情を察しているのは、当然ながらクロノ一人。呆れ混じりに溜息を吐いている。
一方なのはとユーノはというと、セラの顔と服に何度も視線を行き来させている。
「似合ってることは似合ってるんだけど……」
たっぷり時間を掛けてから口を開いたなのはだが、その歯切れは悪い。
「彼女に似てきたか、と言われると微妙だな」
基本的に率直なクロノが、微妙な空気を無自覚に破って評価した。
問題は髪の毛である。フェイトと同じ長い金髪と言っても、個人によって微妙な違いがある。
フェイトの場合は真っ直ぐで癖のない金髪。対してセラの場合は意外と癖のある金髪。
髪の毛を一つに纏めようと二つに分けようと、結んだ先の毛髪は微妙にばらけるのだ。
そういうわけで、クロノの感想が結論となる。
「んんー、なら今度は内面的な方向で……そうだね、せめてフェイトちゃんらしく演技とか」
首を傾げつつ、漸く復活したエイミィが次善策を提示するも、
「っていっても、彼女のことはよく知らないし……」
「あ、そっか……」
口を吐いたユーノの言葉に項垂れる。
最優先(?)である“フェイトに似せる”という念願(?)は、これにて潰えることとなった。
「まあ、いいんじゃない? 何れにしろ可愛いんですもの」
「ですよねー!」
場を和ませつつ、さりげなく感想を述べる艦長。
鶴の一声でぱああっと顔を輝かせ、コクコクと頷くオペレーター。
相棒のさまを見て、器用なものだと言わんばかりに疲れ気味の溜息を吐く執務官。
“可愛い”に反応して、既に赤くなっていた真っ白なお肌を更に紅くする次元漂流者。
周囲の真意に気付くことなく、オペレーターと同様に微笑みながら首肯する民間協力者(前衛)。
「――確かに彼女にも似てるとは思うけど、ぼくはなのはにも似てると思います」
「え?」
「ふぇ?」
そして、完全不意打ち気味に爆弾を投下する民間協力者(後衛)。
「ちょっと、二人を並べてみましょうか」
珍しく、リンディが眼の色を変えて指示を送る。
早速二人を横に並べて見比べると……
「ほら、見かけよりも雰囲気とかが」
「ん……まあ、分からないでもないが」
「「え? え?」」
「じゃあ、今度はどちらかをどちらかに似せてみましょうか」
「「え、えぇ――?」」
「さっきはセラちゃんだったから、今度はなのはちゃんにやってもらおっか!」
「わ、わたし――? ……ってセラちゃん! 笑ってないで助けてー!」
「がんばってください、なのはさん」
ユーノの意見・クロノの同意・リンディの提案・エイミィの指名・トドメにセラの苦笑混じりな賛同。
二人の少女が首を傾げ、驚き、そして意見が分かれるまで十五秒と掛からず。
あれよあれよと話が進み、セラはさっさと髪型含めて元の姿へ戻るため、エイミィと試着室に入っていく。
ツインテールにしていると、髪の長さという差異が目立ってしまう。よって、二人ともポニーテールにしてみようという案で纏まったからだ。
この間、なのはは勿論逃げられなかった。逃げなかったのではなく、逃げられなかった。
無理もない。爽やかな笑顔で見つめ続けるリンディと、さりげなく後方に控えるクロノの二人がかりで、無言のプレッシャーをかけてくるのだ。
立場や実力が上の人間による二人掛かり。横暴である。
「に、にゃうう……」
(ユーノくん、助け――)
(ごめんムリ)
(即答――?)
既にクロノから釘を刺されていたユーノは、諦観を含んだ笑み。
涙目になるなのはだが、項垂れてから何も言わなくなった。
ユーノの事情を察するなんて器用な真似が出来る子ではない。単に落ち込んでいるだけだろう。
そう判断したユーノは、本格的な密談を開始した。
(フェイトと、“ディー”さんの捜索はどうですか?)
(……正直、捗らない。フェイト・テスタロッサは使い魔のサポートもあって足取りが掴めないし、“ディー”の方もさっぱりだ)
(じゃあ、セラの調査は?)
ここで、クロノは複雑な表情をして見せた。なのはの後方なので気付かれる心配はない。
(……なのは以上の戦闘能力を保有している線が濃くなってきた、とだけ言わせてもらおう)
流石のユーノも、執務官に驚愕の眼差しを向けた。何の魔力もなしにそれだけの力を持っているなど、俄かには信じ難い。
(彼女の言動から、最悪の場合は武力行使してくる可能性すら出てきている)
(な……幾らなんでも考え過ぎでは!)
(僕でもそう思うよ。ただ、こう考えなければ彼女の不審点に説明がつかないんだ)
頭では理解できても、心までは納得できない。クロノも同じなのだろう、その表情は険しく歪められている。
彼女は悪人などではない。年齢より達観している事以外、ごく普通の少女である。
敵の少女だって似たようなものかもしれないが、自分達は現在セラの人となりを“理解して”いるからこそ言い切れる。
嘘を吐くのがなのはと同じ位に下手なのだ。もし演技なのだとしたら、名子役としてどこかで賞の一つや二つは軽く手にしているかもしれない。
見た目よりずっと年齢が高いなら、身体検査の時点で脳以外にも異常が見つかるはず。
よって、演技の可能性は皆無。少女は必死で真実を隠し通し、行方不明の少年と共に元の世界へ帰ろうとしている。
(とはいえ、幾つか誤解されてると思しき部分もある。そこを何とか説明できれば、戦闘だけは回避できるだろう)
(何とかって……言えないんですか?)
(一つは、彼女の異常性に対する確証がないこと。もう一つは、ちゃんと交渉できる状況かどうか)
そこまで念話で話すと、意味ありげになのはへ視線を向ける。
(あ……)
フェイトの事で一杯一杯のなのはに、この話を聞かせるのはまずい。精神的問題で、戦力低下にさえ繋がりかねない。
(まあそういう訳だ。あと、なのはが着替えている間にセラを借りていくよ。個人的に話がしたい)
管理局やセラの複雑な状況を知ったユーノには、頷くのがやっとだった。
その直後に、試着室のカーテンが開く。
向こう側で真っ先に見えたのは、何がそんなに嬉しいのか、ものすっごい満面の笑みを向けるエイミィの姿だった。
「はーいなのはちゃーん、準備はいーい?」
ぶんぶんとなのはが首を振る。どの方向かはお察し下さい、といったところ。
それをよそに、クロノが無造作に着替え終わったセラへと歩み寄り、耳打ちする。
一瞬で顔を強張らせて尚気丈に頷く漂流者を確認して、ユーノは漸く視線をなのはへと集中した。
「期待してるよ、なのは」
「ユーノ君もああ言ってるんだし、ファイトだよ!」
サムズアップしながら少女の手を引くオペレーターと、最初の時点から変わらずにこやかに微笑み続ける提督を背景に。
執務官と次元漂流者が、食堂から静かに立ち去る足音をBGMに。
半ば引き摺られている形で、試着室に連れ込まれる魔導師の少女と。
「ふぇ〜……」
少女らしくも、色気や情けの一切ない声が、カーテンの向こうに消えた。
*
「それで……お話って、何ですか?」
次元航行艦の廊下は、落とし物を視認できる程度には明るい。
しかし、それまで食堂のような強い照明の下にいた生き物にとって、例外なく暗いと感じられる場所でもある。
今は、物理的な意味だけで暗いとは言えないだろう。食堂からの光が差し込むそこは、どこかの演劇にある舞台裏のようだった。
「現在捜索中の、“ディー”という少年についてなんだが――」
「何か分かったんですか――?」
言い終わる前に、それまで警戒気味だった少女の雰囲気が一瞬で崩れ去る。
やはり、セラは演技が下手な方だ。過剰反応に動揺しつつ、その事実を再確認する。
「い、いや、そういうことじゃない。念のために、君の覚悟を知っておきたくてね」
「え……?」
詰め寄ったところで、予想を違える話に碧眼を瞬かせる少女。
無防備だな、と心の中で呟くと同時に、これから話す内容の過酷さに罪悪感を募らせる。
自分はこれから、このか弱い次元漂流者に揺さぶりをかけるのだから。
「ロストロギアなどによる突発的な次元転移は、同時に起こったとしても必ず同じ場所に転移されるとは限らない。これは知っているね?」
「はい、知ってます」
神妙な顔で、正直に頷く。
二人の人間が同種の次元転移を受ける際、別々の位置でそれが発動した場合、位置や転移所要時間の微妙なズレが転移先に大きく関わる。
しかし“同時”且つ“ほぼ同所”にて起こったとなると、双方の転移先にそこまで大きな差異はない。同じ世界にいる可能性は高い。
どんなに遠くても、並の魔導師が到達できる近隣の次元世界までしか転移のズレが発生することはないだろう。
問題は、低い可能性の場合。つまり、近隣の次元世界がどういうものなのか。
「近隣とは言っても、世界の形は様々だ。文明の滅んだ世界、未発達の世界、環境の汚染された世界……魔導師のように力を持っていなければ倒せない、巨大生物が生息している世界もある」
話しているうちに、セラの表情はみるみる変わっていく。
「それなりに文明の進んだ世界であっても、優遇されるとは限らない。危険分子とみなされたりしたって、なんら不思議ではない。何より、僕らにも立場がある」
念のため、言葉の裏にさりげなく餌を撒くが、流石に釣られない。
どんな世界でも大丈夫だと思っているのか、それとも真逆か。中途半端な方を賭けてみたのだが、反応がない辺りはハズレのようだ。
「……ディーくんが見つからないまま、捜索を打ち切るかもしれない、ってことですか?」
「見つかったとしても、捜索対象が無事かどうかは保証しかねる、と解釈してもらってもいい」
遂に少女が絶句する。
次元世界の住民によっては相応のルールがあるし、時空管理局の腰は常に重いまま。少女の状況が良くなったとは限らない。
最悪の事態は、まだ回避しきっていないのだ。
「誤解しないでほしい。聞きたいのは、あくまで君の覚悟だ。どんな真実が待ち構えていようと、君がそれを受け入れられるのかどうか」
本当は、捜索を始めた時に伝えたかったんだが、と付け加え、俯いてしまった迷い子を見つめる。
もしも第三者がいたら、か弱い少女へ意地の悪い話をする今の自分を、どう見るだろうか。
「わたしは……」
この提案を持ちかけた時、提督が起こした反応は、ただ大きく溜息を吐いて許可しただけであった。
あの一瞬で、上司はどう考えていたのか、今の自分には分からない。
何にせよ、これが不器用な自分の……彼女にしてやれる、自分なりに精一杯の気遣いだ。
「時間をかけてもいいから、これだけはしっかり考えてくれ」
言い残し、背を向ける。
そろそろなのはが着替え終わる頃だろう。彼女に怪しまれるのは些か面倒だ。
「――わたしは!」
いつもと違う、強い叫びに足を止める。
そのまま身動き一つせずにいると、クロノにとってある意味予想通りの言葉が放たれた。
「わたしは……ディーくんを信じます」
一番、返ってきて欲しくない答えだった。
そんな覚悟はいらないと。待ち人が来ない筈がないと。
自分の戦いに、バッドエンドなど訪れないと。
彼女はたった今、断言してのけたのだ。
「その、根拠は?」
「ディーくんのことをちゃんと知ってるのは、この世界でわたしだけなんです。だから……」
声が時々震えても。瞳が時々揺らいでも。
それでも、どれだけ悩もうと、これだけは絶対変わらないのだと。
少女の中に確かな決意は既にあった。
「わたしがディーくんを信じなくなったら、誰も信じなくなると思うんです」
だから、わたしは信じます。
そう締めくくった迷い子に、振り返らずして唇を噛む。
「……そうか」
湧き上がる全ての感情を押し殺し、辛うじて呟く。
「なら、僕からはもう何も言わない。すまなかったな」
何が、何も言わないだ。何も言ってやれないだけじゃないか。
クロノは内心で、自分を罵倒した。余計な気遣いは、迷い子の悲壮な決意を更に固めるだけで終わってしまったのだ。
……やはり、一筋縄ではいかないか……
分かってはいたのだ。少年との合流を第一に考えているというリンディの推測が正しければ、こういう決意をしている事位。
もしかしたら、リンディはこの展開を半ば予想した上で、セラとの密談を許可したのだろうか。
とにかく、この結果は報告せねばなるまい。
試着室にいるであろう少女も、そろそろあのカーテンの裏側から現れる筈だ。
若き執務官は、廊下という舞台裏から、食堂という表舞台へと足を踏み入れる。
声をかけてやることも、振り返ることさえもできなかった。
廊下の隅、食堂の明るさにより最も強く影が差すその場所で。
「……ディーくん……」
少年が先に立ち去った直後、誰にも聞こえぬ言葉が静寂を彩った。
*
「え、えぇーっと……どう、かな? ユーノくん」
ロングスカートの白い制服を、より真っ白なミニスカートの私服へ。
大きな白基調のリボンを、頭の上にちょこんと乗せて。セラと同様のニーソはデフォルトなので問題なし。
そこへ、髪を後ろで一つに纏めてしまえば。
あら不思議、顔と髪関係を除外さえすれば予想以上にセラへ近づいてしまった。
思わず硬直するユーノより先に、年長の女性陣から感嘆の溜息が漏れる。
「やっぱりなのはさん、セラさん同様白が似合うみたいねぇ」
「こうして見るとお人形さんだよねー」
「う、うん。よく似合ってるよ」
遅れてユーノも、端的に感想を漏らしたところで。
――ぴょんっ。
正体不明の効果音に、三人揃って頭の上に疑問符を飛び出させる。
いや、出所は何となく分かってはいる。しかし、初めは誰もが気のせいかと思った。
「にゃはは、うれしいな」
――ぴこぴこっ。
そして、同じ事が二度続いたなら流石に見過ごせなくなる。大きなリボンに隠れて少々見え難いが、絶対にアレだ。間違いない。
「クロノくんはどうかな?」
何気なく、なのはの視線が真っ黒い少年の席へ向けられる。
丁度クロノが自分の定席へ戻ったところであり、彼が一時席を離れたことには気付かれていない。
因みに、クロノはなのはの視線を避けて席へ座るのに夢中で、一連の異常は知らないままだったりする。
「ふむ、その髪型も結構似合って――」
――ぴくっ。
だから、感想を言いかけたところで動揺してしまい、口が完全に止まってしまう。
「あ、なのはさん、それ――」
――ぴこんっ。
廊下から現われたセラも、努めて見せようとした笑顔を凍りつかせた。
微妙な間が、感想を述べるには気まずい雰囲気を作りだす。
その時間を以て、全員が我に返った事こそがせめてもの僥倖なのだろうか。
さて問題です。なのはに気取られず、この状況で他とコミュニケーションをとるにはどうすればいいか?
念話だったらエイミィとセラが加われないし、後ろに下がって内緒話だと目立ちすぎて怪しまれる。
結果として全員がとった行動は、アイコンタクトである。ここで、全員の心の声を挙げてみよう。
(今、動きましたよね?)
(ああ、動いたな)
(動いたね)
(艦長、これはやはり……)
(ええ。新発見だわ)
約二名がズレた事を考えているようだが、分かっているのは執務官一人。スルーしているのは最早聞くまでもなし。
「えと……?」
皆で集まって内緒話ならまだ分かる。念話を行っているにしては、念話が使えないセラ辺りが参加しているのは不自然。
話題の当人としては、首を傾げて当惑する他ない。
(ど、どうしましょう?)
(当たり障りの無いことを聞いてみるしかないんじゃないか?)
(じゃあ、ここは僕が代表して)
(どうしてくれましょうか、艦長)
(うーん、流石に悩むわね……)
「なのは、以前その髪型になった事ってある?」
ふぇ? と目を瞬かせると、正直にユーノへ返答を送る。
「なったっていうより、昔はこうだったけど……」
「じゃあ、何で髪型変えたんですか?」
「えと……少し伸ばし始めたら、お母さんが急に『こっちの方が可愛い』って……」
納得。だからツインテールか。
というか、あの状態でも時々大きく跳ね上がっていたのが少し気になってもいたのだが、原因はこれだったのか。
意外なエピソードに何度も頷く少年少女達。一方のなのはは絶賛クエスチョンマーク発生中だ。
その間にもぴこぴこ動いているのは御愛嬌。
「なのはちゃん、セラちゃん、早速二人で並んでみてくれるかな?」
流石に堪りかねて疑問を言葉に表そうとしたなのはだったが、エイミィの指示によりそれも中断。
「「あ……はい」」
二人揃って、言われた通りに並んでみる。
互いを見やる勇気もなく、僅かに顔を紅潮させながら、緊張の面持ちで立ち尽くす二人の少女。
まさかの完全同時で瞬きをしているなど、予想だにしていないだろう。
一方の観客側はと言うと、またまたアイコンタクト。しかも、今度は全員の表情が同じだった。
「……あっち向いて、ほい」
何故か今度はエイミィが代表して口を開く。
オペレーターの指さした方向に、勢いよく顔を向けてみる。
「ほい」
反対側を指せば、素直にそっちも向いてみる。
はい、じゃあこっち向いて。と言われた通りに首から上を元の位置に戻した時は、既に緊張感が半ば薄らいでいた。
全く訳が分からないままのなのはと、リラックスさせるためなのだろうかと考えているセラ。
違いはあれど、とりあえずこのまま流されてみようという判断はシンクロ。そしてセラの推測は的外れである。
「首傾げて」
――きょとっ。
綺麗に同じ方向へ首を傾げる。よく頭をぶつけないものだ。
二人の後頭部に結わえられた髪が、重力に従って真下を向いたままである。
「反対側」
――きょとっ。
ここで、女性陣年長側が揃って深呼吸。心を落ち着け、衝撃に備える。
「……繰り返して」
――きょとっきょとっきょとっきょとっきょとっ……
それでも、即陥落。
オペレーターと提督が同時に仰け反り、少年二人は顔を赤くしたまま呆然と見入る。
一番厄介なのは、肝心の二人。エイミィの指示通り、右へ、左へ。これを繰り返し。
凄まじい破壊力だ。そのテの人種なら悶え苦しんでいることは相違ない。
「ス、ストップストップ!」
慌ててユーノが叫ぶことで、漸く終了。
仰け反っていた二名は、両手で顔の中心辺りを押さえている。クロノはと言えば、何故か頭を抱えていた。
「えーっと……」
「ど、どうなんですか? 感想は」
なのはとセラの視線に対し、残りの女性二人は答えられる状態ではなく。
酷い体たらくの二人を見た男性陣は、深く溜息を吐いて結論を出した。
「……危険だな」
「うん。これを衆目に見せたら、どうなるか……」
この一連の騒動で着せ替えられたセラとなのはの姿は、こっそりオペレーターの端末に画像データとして保管されることとなった。
言うまでもなく、提督権限の最重要機密である。