「それでは、聖居内にリトヴィンツェフの協力者が居るということですか?」
聖天子が驚いた様子で尋ねる。
蓮太郎達は今、折原夫妻の部隊から移動用車を借り、東京エリア北端、リブラが出現した地点を目指している。古風なワンボックスカーで、外観はグレー一色、洗車が長らく行われておらず汚れが目立ち、シートの座り心地も悪い。
外観は道なりに舗装の悪い道路が一本続くのみ。横は古びた民家か耕作放棄地が続き、ただただ殺風景である。
「ブラックスワンプロジェクトでは、バラニウムに耐性を持ったガストレアが培養されていた。アンチバラニウムの装備と何か関係があるはずだ。さっきの襲撃だって、リブラ騒動と直接の関係は無いはずだ。アンタの誘拐容疑を口実に、俺達を妨害しようとしたとしか思えねぇ。間違いなく五翔会が一枚噛んでやがる。
さっきの折原夫妻は無関係だろうが、彼らに指示した上層部の中に五翔会の関係者が居る。そしてそいつが、リトヴィンツェフと通じているに違いない。」
蓮太郎が一通り説明を終えた後、車内に沈黙が流れる。悪路で砂利を攫うタイヤの音と、車内の物がガタガタと震える音だけが響く。
長く漂う沈黙を破るかのように、聖天子が口を開く。
「里見さん、朝に衛星にアップリンクとダウンリンクが行える施設は、東京エリアに1つだけとお話ししましたよね。そして、そこがリトヴィンツェフ一派のアジトではあり得ないということも。」
「あぁ」
聖天子が口ごもる。逡巡した様子を見せながらも、続きの言葉を口にした。
「その施設とは、スコーピオンの首が奪われた研究所なのです。」
「!?」
予想外の答えに対し、蓮太郎は言葉を失った。灯台下暗しと言えど、襲撃された研究所それ自体に、衛星と通信する機能があったとは。しかし、普段は聖居の管理下に置かれ、襲撃後は警察の捜査が入り、より警備は厳重となっている。
アジトではあり得ないと聖天子が断言した理由に合点がいった。
「今のお話を聞いて確信が持てました。研究所を捜査する警察組織、リトヴィンツェフを収監していた牢獄、先程襲撃してきた自衛隊、いずれも防衛省の管轄です。認めたくはありませんが、防衛省の上層部の中に、リトヴィンツェフと通じる者が居るのでしょう。」
防衛省。
かつて日本が平和国家と呼ばれていた時代には、戦力を有することは平和憲法に反すると槍玉に上げられ、強い予算削減の圧力に晒されていた。
だが、ガストレア戦争を機に、状況が一変。
経済が停滞しても直接死には結びつかないが、ガストレアの襲撃を許せば死に直結しかねない。そんな民衆の不安に応える形で、防衛省は警察組織や公安をも取り込み、東京エリア最大の省庁に上り詰めたのだ。
東京エリアの防衛を任される立場の人間が、テロリストと内通する。その理由は、個人的な利益の為だろうか、それとも弱みを握られているのだろうか・・・?意識が思考に支配されかけた時、延珠の一言で我に返った。
「蓮太郎、前!」
ハッと気づいて急ブレーキを踏む。危うくガードレールに激突するところだった。少し車体が擦れたものの、車内の者に怪我はない。後で折原夫妻に謝らないとな。
落ち着いて再発進したところで、聖天子が尋ねる。
「里見さん。敵の居所が分かったところで、この後どうされますか?今東京エリア北端に向かっているのも、研究所から引き離そうと敵に誘導された可能性があります。」
「あぁ、多分そうだろうな。だが、今更戻っても間に合わねぇし、俺はこのまま北へ向かう。影胤の話に嘘は無さそうだから、恐らくリトヴィンツェフ自身はリブラの近くに居て、研究所には手下が潜伏しているのだろう。研究所の奪回は、木更さんにお願いしてみるよ。
延珠、木更さんに電話してもらえるか?」
延珠は手持ちのスマホを操作し、木更の番号へ発信した。繋がったと分かると、スピーカーモードに変えて蓮太郎の近くに置いた。さすがに国家元首の前で堂々と、ながら運転をする度胸は無かった。
「もしもし延珠ちゃん?里見君も居るの?今朝から姿が見えないけど、今どこに居るの?」
非常時に姿が見えないことを不安に思ったのか、木更は質問を重ねる。
「わりぃ木更さん、急用が入って東京エリアの北端に向かっている。」
「北端って・・・リブラが居る上に、仙台エリアが攻めてくるかもしれないじゃない!?危ないから早く帰ってきなさい!」
「木更さん、落ち着いて聞いてほしいんだ。リブラを止めるため、東京エリアを護るため、力を貸してほしい。」
蓮太郎は、昨日リトヴィンツェフと洋上刑務所で会って以来の経緯を、順を追って説明した。敵のアジトが聖居管轄の研究所だと思われる所まで話した後、蓮太郎は続けた。
「勝手な頼みで済まないが、木更さんに研究所を奪回してほしいんだ。」
正直な所、蓮太郎は木更を危険に晒したくなかった。相手はテロリストだ。無事に帰ってこられる保証はない。だが、他に頼める相手が居なかった。
「分かったわ。里見君にばかり任せてはいられないもんね。」
「ありがとう木更さん。人数は多い方が良いだろうし、後で片桐兄妹とかにも頼んでみるよ。」
「それでね、里見君・・・」
木更の口調が急にもじもじし始める。
「えっと、早く、帰ってきてね。この前の続き、ちゃんと話したいし・・・」
語尾にかけてどんどん声が小さくなる。
「この前はごめんね。恥ずかしがって逃げちゃって・・・」
ドクン、ドクンと、蓮太郎は鼓動が早くなるのを感じていた。
「それに、聖天子様と二人っきりって状態を、続けるのは良くないと思うのよね・・・」
怪しい気配を察してか、横槍が入った。
「なぁ木更よ。この会話は妾達が聞いても大丈夫なのか?」
「え、え、え・・・延珠ちゃん!????」
「それで木更よ。この前の続きとは、一体何の続きなのだ?」
「べ、べ、別に何も無いわよ!本当に・・・何も無いんだから!!!」
「まーたクソデカおっぱいで蓮太郎を誘惑しようとしておるな!」
「里見さん、不潔です・・・」
「え?なんでそこで俺になるんだよ!?俺は関係ねーだろ!」
木更は電話の向こうで顔を赤らめているのだろうが、蓮太郎側の車内には、束の間の明るい空気が流れていた。