ブラック・ブレット8' 天子の銃弾   作:ねへほもん

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第3章② 天子の銃弾

「男の人が、3人・・・」

 

スコープを覗き込み、ティナが呟く。廃ビルの屋上、窓越しに覗くスコープ。金髪の少女と体格に似合わぬドラグノフ狙撃銃という、一見ミスマッチな一組しか存在しない世界。陽が傾きかけ、肌寒い風が吹き始めた。

 

「更に銀髪の少女が2人。ユーリャは居ませんが、恐らくは部下の誰かのイニシエーターかと。例の部屋で間違いないようです。うっすらと影が見え、まだ人が居そうなので気を付けてください。」

 

蓮太郎の依頼を受け、リトヴィンツェフの手下が潜伏していると思われる研究所に向かった一行。

 

リーダー、天童木更。

開幕の狙撃担当、ティナ・スプラウト。

援軍、片桐玉樹・弓月姉妹。

作戦参謀、室戸菫。

 

そう、この作戦は菫なくしては成立し得なかった。元々スコーピオンの首など、国家機密に関わる事項を秘密裏に研究する場所であったため、一般の検索手法で内部の構造を知ることは不可能。

そこで菫が、蓮太郎の序列者IDを用いて機密情報にログインし、研究所の内部構造や周辺環境を調べ、今回の作戦立案に関与したのである。

 

午後三時。

蓮太郎からの連絡を受け、作戦の一行が菫の研究ラボに集結し、作戦会議を行った。作戦はこうだ。

 

ティナは研究所から北東700mの距離に位置する廃ビルにて待機。

他の3人は研究所に侵入し、外部との衛星通信設備を持つ、目的の部屋に接近。

接近が完了したら、ティナは部屋の内部を覗き込み、リトヴィンツェフの部下が居るかを確認。居たら2発狙撃し、開戦の合図を告げる。

混乱に乗じて他の3人が部屋に突入し、研究所を奪回する。

 

「くれぐれも注意したまえ。君たちの遺体を解剖せずに済むことを祈るよ。」

 

冗談にしてはまんざらでもないブラックジョークを受けつつ、木更達はラボを後にした。

 

「ティナちゃん、こっちも持ち場に着いたわ。準備が出来たら2発撃って、作戦開始よ。」

 

木更から返答が来た。

いよいよ作戦開始だ。

 

魂が死なないと人間は殺せないなんて、人間の生き方じゃない―――

 

かつて蓮太郎に言われた言葉を思い返す。

ランド教授の元を離れ、天童民間警備会社に入り、第三次関東大戦を経験し、時には勾留をされながらも、普通の生活を送っていた。

今ならば、人の魂を取り戻せるのかもしれない。

 

ティナは引き金に手を掛けた。

距離は700m。対象との間に「シエンフィールド」と呼ばれる思考駆動型インターフェースが配置された。後は風向きなどを読むシエンフィールドの操縦も、手の震えの制御も、全ては脳に埋め込まれたニューロチップがやってのける。静止した対象への狙撃であれば、自分ならば外す方が難しい距離だろう。

 

対象と照準が合った時、数秒後に起こる未来がふと頭をよぎった。

このスコープに写る人物は、間もなく狙撃され、覚悟も出来ぬままにその生涯に幕を閉じるだろう。痛みは感じるだろうか。感じる前に死んだ方が幸福なのだろうか。残される家族は、友人は居るのだろうか。

 

しかし、頭をよぎる情報はどれも思考の域を出ず、想像のビジョンとしては浮かばなかった。狙撃手として害となる情報を、本能的に拒絶しているかのようだ。

ランド教授の下で、1人、また1人と選別された少女達。その中でティナが生き延びられたのは、一心不乱に狙撃の腕を磨き続けたからだ。

殴れば拳が痛む。斬っても感触は伝わる。拳銃で撃てば感触は無くとも、倒れる標的の姿を肉眼で見ることになる。

それに比べれば、狙撃による暗殺は実感が湧きにくい。射出時の衝撃は、対象に命中しようとしまいと等しく感じられる。命中したか否かは、スコープ越しの対象の挙動によってしか確認できない。遥か先、自分とは無関係の世界で、1人の人物が倒れる。勿論それは狙撃によるものだが、実感が湧かない以上、原因は心臓麻痺に依るものとも、殴られて昏倒したものとも否定できない。

スコープに映る世界をゲームのような別世界だと思い込み、「人を殺した」という現実から目を逸らすことで、自身の行動を正当化し、狙撃手としてのアイデンティティをかろうじて崩壊させずに留めていたのだろう。

 

蓮太郎の下で過ごす中で、徐々に朝型の生活リズムになり、笑う機会も増え、表面的には自己変革を実現していた。

だが本能的な部分では、暗殺者という自分の過去に囚われたままであったのだ。

 

ワタシニハコノイキカタシカデキナイ―――

 

でも、そんな自分を必要としてくれるお兄さんが居る。木更さんが居る。国家元首の殺人未遂犯である自分を、この東京エリアは受け入れてくれた。

暗殺に汚れた過去だったとしても、それが今は東京エリアを救う力となるのだ。

 

力自体は悪じゃない。問題は、その力をどう使うかだ。

 

私はもう、間違えない。もう、迷わない。

再び標的を見つめ、照準を微調整した。

 

静かに引き金を引く。飛び出した弾丸は、迷いなく1人の男に命中。窓が割れ、標的が静かに倒れるのを目撃した。

ビルの屋上で一人、いつも通り実感の湧かぬまま、射出の反動と、ほのかに漂う硝煙の匂いと、空薬莢が床に落ちる音だけを感じていた。

 

悦に浸る余裕はない。突撃部隊は3人のみ。奇襲が成功すれば一気に押し切れるだろうが、態勢を立て直されると数の面では不利だ。少しでも、敵の数を減らしておくべきだ。

すかさず2発目を構える。スコープ越しに、1人の男が窓に近づくのが見えた。狙撃に気付いてカーテンを閉めに来たのだろう。直後、カーテンにより視界が遮られた。だが、問題はない。

 

既に任務は終えていた。カーテン越しに、うっすらと倒れ込む人の影が見えた。

 

ティナにとって、室内に居る者の狙撃は手慣れたものだ。

標的から狙撃者は見えない。一方、狙撃者からは標的が見える。一方的に見られているという状況に恐怖を覚え、人は本能的に狙撃者の視界を奪おうとする。

だが、窓に近づきカーテンを閉めるまでの一瞬は、狙撃者にとって格好の的となる。勿論一瞬で照準を定めることは困難だが、カーテンを閉めに来る人の動きが予想できれば、照準の当たりは付けやすくなる。

男の動作の始点を見逃さず、カーテンまでの動線を読み切り、瞬時に照準を定めて引き金を引く。正確性のみならず、トリガーまでの早さという点においても、ティナは狙撃者に求められる素養を十分に備えていた。

 

「お兄さん、私はこれで正しいのですよね・・・?」

 

ティナが誰にも届かない呟きを漏らす。

 

後は木更さん、お願いします―――

 

カーテンで遮られた室内であっても、赤外線による暗視で大まかな人影を捉えることは可能だが、命中させるには距離が遠い上に、間違えて木更達を誤射しかねない。

不測の事態に備え、スコープ越しの監視は継続していたが、後ティナに出来るのは、せいぜい木更達の無事を祈ることであった。

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