ブラック・ブレット8' 天子の銃弾   作:ねへほもん

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第1章① 秘境の旧敵

電車を降りた蓮太郎達は、バスへ乗り換え、最後は山道を歩いていった。

 

「―――喜べ、リトヴィンツェフたちの足取りを知っているかもしれない目撃者が出た」

 

刑務所での阿久津警視の言葉が蘇る。

「2日前、エリア某所の防犯カメラの映像だ。」

マーク・メイエルホリド。リトヴィンツェフの部下が映っていた。そしてもう一人。

「隣の奴は、お前さんなら説明不要だろう」

それこそが蛭子影胤、目撃者と言われた男の名だ。

 

ゾディアックガストレアの一角「スコーピオン」を呼び出し、蓮太郎達と死闘を繰り広げたこと。

第三次関東大戦では、何故か味方としてステージ4ガストレアの「プレアデス」「アルデバラン」と対峙したこと。

様々な記憶と共に、因縁の相手の姿が浮かび上がる。奴は今回敵になるのか、それとも味方になるのか。メイエルホリドと映る10分の映像の中で、一体どんなやり取りが交わされたのか。

答えは山の上にある・・・はずなのだが。

 

東京エリアの北西部、いや北西端というべき辺境の地は、ただただ木々が生い茂り、人の気配はまるで感じられない。警察が極秘で追跡捜査して掴んだ潜伏先だそうだが、本当に合っているのか。

「本当にこんな所に居るのかよ?」

「里見さん、我々にはこれしか手がかりがありません。道が続く限り進みましょう。」

聖天子は意外にも気丈な返答をする。意外な体力の持ち主なのか、国家元首の矜持なのか。勝手に箱入りのお姫様という像を作り上げていたのだなと蓮太郎は反省した。

 

鬱蒼とした森林が続く。人は勿論、動物の気配さえしない。唯一幸いだったのは、殆どが木々か草地が占めており、道らしき道が一本しか無かったことだ。

仙台エリアからの攻撃が明日に迫る中、道草を食っている暇は無い。複雑な道で迷ってしまうと、時間を浪費するだけでは済まず、バス亭に戻ることが出来なくなり、空腹のあまり物理的な意味で道草を食う事態になりかねない。

 

黙々と歩み進めていくと、突然視界が開け、一軒の民家を見つけた。木造平屋の1階建て、赤い屋根、擦りガラスの窓、何の変哲も無い家だ。ここが、人はおろか動物も棲まない奥地だということを除いては。

蓮太郎一行が家を眺めていると、おもむろに扉が開いた。深紅のタキシードにシルクハット、薄気味悪い仮面の家主が現れた。

「おや、誰かと思えば里見君。わざわざこんな所まで何の用かな。」

「蛭子影胤。久しぶりだな。今日はアンタに聞きたいことがある。」

 

居間に通され、食卓の椅子に腰かけた。影胤の姿が消えたと思ったら、トレイにコーヒーカップを乗せて戻ってきた。因縁の相手に丁重にもてなされたことに若干恐縮しながらも、蓮太郎は話を切り出した。

 

「では、リトヴィンツェフの行先を知るべく、私の所を訪ねてきたと。」

「知らねぇとは言わせない。2日前、アンタが奴の手下と会ってる写真を見てるんだ。アンタもリブラの件に一枚噛んでるんじゃないだろうな?」

「私は元軍人。血と狂気に溢れた戦場の空気が好きでねぇ。ただウイルスを撒き散らし、死体が腐り果てるだけの荒野は美学に合わないのだよ。強いて言うならば、仙台エリアの近くにリブラを呼び出せば、東京エリアと仙台エリアの火種になり、外国を巻き込む大戦になるかもしれないと助言した程度だね。」

 

話によると、半年前、スコーピオンを呼び出した「七星の遺産」の噂を裏社会のネットワークで聞きつけ、両者は知り合いとなった。影胤は蓮太郎に敗れ、リトヴィンツェフは捕まったが、彼の部下が計画を進めていた。今回リブラを操る「ソロモンの指輪」「スコーピオンの首」の情報も連携していたそうだ。だが、スコーピオンを暴れさせ、ただ無尽蔵の殺戮をもたらそうとした影胤と違い、リトヴィンツェフはリブラを脅しに使うのみで、世界の政治力学を歪めるという目的以外の無駄な血を流すつもりはない。

軍人とテロリストは似た者同士としか思えないが、当人にとっては相容れぬ存在らしい。相変わらず胸糞悪い野郎だ。不快極まりない話ではあるが、聖天子も延珠も、平静を保って話を聞いている。蓮太郎は核心に踏み込む。

 

「で、リトヴィンツェフは今何処に居る?」

「2日前、彼の手下に会ったのが最後だから正確には知らないが、リブラの傍に行くと聞いたよ。リブラを監視しつつ、リブラを刺激できる位置から両政府に脅しを掛けるのだそうだ。」

 

あまりにも単純明快な答えに、蓮太郎は逆に驚きを覚えた。

それならば、わざわざ影胤に会うまでもなく、直接リブラの元へ向かえば良かったではないか。しかし、何かが引っ掛かる。影胤の得意気に話す様子から、嘘をついているようには見えない。ただ、重要な何かを見落としている気がするのだ。隣に目を向けると、聖天子も釈然としない表情をしていた。

とはいえ、リトヴィンツェフの居場所についてこれ以上の情報は得られそうもない。蓮太郎は密かに期待していた、もう一つの質問をぶつけてみた。

 

「奴のイニシエーター、ユーリャ・コチェンコヴァについて知っていることは?」

 

影胤の性格を考えれば、高ランクのイニシエーターを前にして、興味を示さないはずはない。奴と同類となるのは悔しいが、この点に関しては蓮太郎にも通ずるものがある。

リブラのウイルス放出を阻止する上で、ユーリャとの衝突は避けられないだろう。勝利の芽は小さいだろう。だからこそ、勝機を見出すべく情報を集めておきたかった。

影胤は待ってましたと言わんばかりに、両手を広げて前傾姿勢になった。仮面の上からでも、笑みを浮かべているのが感じ取れる。

 

「衝突する物体の質量が2倍になると、衝突のエネルギーは何倍になるか知っているかい?」

「いきなり何だよ。2倍じゃねぇのか。」

「さすがだね。その通りだ。」

 

蓮太郎の質問には答えず、突然別の質問を振ってきた。何の意図があるのだろうか。

 

「では、衝突する物体の速さが2倍になるとどうなる?」

「それも2倍だろ。」

 

影胤が「フッ」と一言だけ漏らし、一瞬の静寂が流れた。馬鹿にされているのか、それとも期待通りの反応だと笑われたのか。

 

「フフッ、残念だが、4倍だ。エネルギーは速さの2乗に比例するのだよ。」

「あーそれがどうした。民警の仕事にかまけて、どうせ勉強はまともに出来てはいませんよー」

 

少しいじけた反応をする蓮太郎に対し、影胤は続けた。

 

「音速の一撃。それが彼女の強さの根幹だ。彼女は非力ではあるが、音速の2乗まで高められたエネルギーは、万物をも貫通すると言う。」

「音速の、一撃・・・」

「速さは全てを超越する。速く躱せば敵の攻撃は当たらない。速く攻め込めば攻撃を防がれない。速さはエネルギーへ変換され、虎の爪は敵の身体を深く抉り取る。モデル・チーターの特徴を最大限まで極め抜いた最高傑作。小比奈に劣らぬ素晴らしいイニシエーターだと思わんかね!」

 

愚直に”速さ”に飢えた存在。影胤の興奮した語り口は、序列元77位に対する恐怖心を何倍にも増幅した。朝に脱獄現場で見た、血痕が飛び散る光景が蘇る。

 

「さて・・・」

 

今度は影胤が切り出す。この場は完全に彼が支配していた。

 

「1つ、我々のお願いにも答えてくれまいか。」

 

突如、奥のドアが開き、1人の少女が延珠の胸元に飛び掛かってきた。

 

「へへっ、延珠だー!斬っていいのー!?」

 

延珠、咄嗟の対応。弾く余裕は無いと見るや、上に飛び上がって回避。少女の斬撃は食卓を掠め、衝撃でコーヒーカップが2つ落ち、飲みかけのコーヒーが飛散した。

青い紙に黒のドレス、そして胴までの丈はありそうな小太刀を2本構えた少女の名は、蛭子小比奈。影胤の娘であり、モデル・マンティスのイニシエーターだ。

 

「突然の襲撃で済まないが、相変わらず見事な対応だ。我々は追われる身。やむなく山奥に閉じこもっているが少々退屈していてね。少し小日向の相手をしてはくれないか。」

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