「延珠、斬りたい。」
「妾の前にひれ伏させてやろう!」
影胤の隠れ家の庭に一同が集い、延珠と小日向が対峙する。
「里見さん、こんなことをしている場合では・・・」
「まぁ、いいんじゃねぇのか。アイツに世話になったのは事実なんだし。それに、」
「それに?」
聖天子は眉をひそめ、不機嫌そうな様子だ。東京エリアを誰よりも案ずる国家元首として、一刻も早くこの国難を解決したいのだろう。だが蓮太郎は、この戦いの意味を理解していた。
「最近延珠は下級のガストレアしか戦っていないから、腕が鈍っているんだ。小日向は相当な強敵だし、小柄で機動力がある。ユーリャと戦う上で、越えなきゃいけない壁だと思ってるんだろうよ。」
延珠は嫌がるそぶりを見せることなく、この一見無意味としか思えない戦いを受け入れた。彼女なりの解釈を持って、この戦いに臨んでいるのだろう。
これは蓮太郎なりの配慮として、口には出さなかったが―――延珠は小日向と何度か戦っているが、未だに決着は付いていない。むしろ、押された状態で中断したことばかりだ。口には出さないが、小日向に劣らず相手を意識しているはずだ。
一方の小日向は、久々の延珠との再会に分かりやすく高揚している様子。小太刀二刀流、更に2本構えているのは予備だろうか。不気味な笑みを浮かべながら刀を振り回している。挑発ではなく、ただの気持ちの表れだろう。
合図は無く、小日向が一目散に駆け出す。
一振り、二振り、三振り・・・
突進した勢いのままに斬撃を浴びせる。
右上、そして左上から小太刀が振り下ろされる。
共に威力は十分ながら、延珠は軌道を読んでかがんで回避。
小日向は不気味な笑みを崩さず、すかさず左下から三撃目。
甲高い金属音が鳴り響く。
延珠が右蹴りを合わせて受け止めた。
小日向の小太刀、延珠のブーツ。仕込まれた高純度のバラニウムがお互いの攻撃を通さない。ここで延珠が左蹴り。反撃に転じる。同時に小日向の薙ぎが入り、再び衝突。
ここで延珠が一度飛び退く。
十、二十、三十・・・
小柄なイニシエーター同士の攻防のスピードは凄まじく、聖天子は目で追えずただ呆気に取られていた。小日向の猛攻に対し、延珠は回避と蹴りを使い分けて防御し、一滴の血はおろか、服の乱れすら見られない。一見して両者の表情にも変化は無い。しかし蓮太郎は気づく。共に連れ添う相棒の、僅かに歪む表情を見逃さなかった。
刀と蹴りでは、攻撃までの動作に大きな差が存在する。腕の振りだけで敵に攻撃が届く刀と、地面を蹴り上げ敵の胴まで届かせる必要のある蹴りを比べると、刀の方が圧倒的に手数が上回る。
小太刀二刀流の雨が絶えず降り注ぎ、延珠に反撃の機会は回らない。可能性があるならば、斬撃を蹴りで完璧な角度で押し返し、小日向を反動でひるませた場合だろうが、猛攻真っただ中の今、完璧に弾ける一撃を余裕は無い。
むしろ弾き損ねた時が危ない―――上段からの連撃の後に、左下からの薙ぎが一発。咄嗟に右足で受けたものの、蹴りの勢いは無く、延珠は後ろへ吹き飛ばされた。刹那とも言うべき硬直時間を、小日向は見逃さなかった。
動けない分、敵から離れれば問題ない―――延珠の淡い期待を見透かすように、小日向は攻撃の手を緩めない。小太刀を逆手に持ち替え、
投擲。
2本の小太刀が一直線に足を目掛けて飛んでくる。先程食卓で不意討ちを受けた時同様、延珠は真っ直ぐ跳んで回避した。
「延珠みーっけ!」
見つけるも何も、最初から居たのだが―――残念ながら、小日向はそう突っ込む余裕も与えてくれない。延珠は回避したのではない。回避「させられた」のだ。跳ぶという行為は、地面の摩擦からの解放をもたらすと同時に、大きな不自由を伴う。
ガストレア因子の力を授かったイニシエーターと言えど、重力には逆らえない。落ちる軌道は容易に想像できる。地面との摩擦が無い分、足を強く蹴り上げることはできない。不自由な対空時間を目掛け、小日向は予備の刀を引き抜いて突撃。
これまでになく、大きく土煙が舞う。
好機を逃すまいと放った、小日向の渾身の一撃―――
延珠は直感に従うままに、体を左によじる。
「ぐはぁ!」
急所は外れた。が、肩から鮮血が噴出し、バランスを崩して地面に叩き付けられる。砂粒が傷口に染みる。延珠の頭上には、小日向の悪魔の笑みが。真上から鋭い追撃が降り下ろされる。
「まだ、なのだ・・・」
立ち上がれない体制ながらも、延珠は渾身の力で右足を蹴り上げて弾き、衝撃で飛ばされる間に体勢を立て直す。
立て直した所で、小日向の攻撃は止まず、防戦一方の状況は変わらない。このまま続けたところで、反撃の機が巡ってくることはない。斬撃を捌く傍ら、延珠は意識を少し思考に傾けていた。
不思議な感覚だった。近接したら、蹴りを入れる。攻撃が間に合わなければ、回避する。今までの戦闘はこの2択だった。邪念を捨て去り、蹴り、躱すことに専念するのが、勝利への最短ルートだったのだ。
だが、不思議と悪い気分ではない。本能に従うままでは勝てないと、本能的に感じていたのだろう。延珠の前に、無数の糸が絡みつく。絡み取られそうになりながらも、糸を選り分け、そろそろと前に進む。
ふと、一筋の糸が輝き始めた。延珠は掴み、思い出す。何故か不気味な笑みを浮かべる小日向が、真上から刀を振り下ろす姿が浮かんだ。
ここで延珠は気づく。斬ることに飢え、隙無く小太刀を振るう小日向が見せる、唯一の隙を―――
だが、機はすぐには訪れない。相変わらず、小日向の斬撃に対しては回避か軽く弾くのみ。傍目には専守防衛。そう見せることが、延珠の狙いであった。
カーン!
振り下ろされる右の小太刀に対し、延珠が飛び蹴りを合わせた。が、勢い足らず延珠が跳ね飛ばされ、着地。蓮太郎の背筋が凍る。
延珠が、斬られる。
延珠に再び硬直が生じたことは明白。小日向は刀を真上に突き立てていた。止めねばならない。リトヴィンツェフを追う今、ここで深手を負わせてはならない。蓮太郎が延珠に駆け寄ろ・・・うとした。
カーン!
硬直から何とか立ち直り、斬撃にギリギリ足を合わせたのだろうか。その程度では、相手の衝撃に勝てずに再び押されてしまう。事実、よろめく姿が見えた。
但し、小日向が。
延珠は着地の右足を強く踏み切り、次は左で回し蹴りを放つ。狙いを外したかに見えた一撃は、小日向の右手の付け根に命中し、刀を跳ね飛ばした。呆気に取られる小日向を前に、延珠は更に右足を蹴り上げ、左の刀を飛ばす。
再度蹴り上げられた右足が、徒手空拳の小日向に迫る。一撃が入ると思われたが、小日向の首筋一寸で静止。
「妾の勝ちだな。」
小日向はその場にへたり込む。延珠の逆転勝ちは明白であった。
蓮太郎、ほっと胸をなでおろす。そして、自らも延珠の策に騙されていたことを悟った。
偽りの硬直―――延珠は、体勢を崩されたように装っていた。着地の勢いで一瞬の硬直はあったものの、すぐに立て直して反撃に移っていた。
一方の小日向は、鋭い一太刀を浴びせようと、真上に構え直し力を込めてから振り抜いていた。延珠の僅かな硬直以上に、小日向は追撃に時間を掛けたのである。
更に延珠は、小日向の癖を逆用した。小日向は人を斬ることに至上の喜びを感じる。ただ斬るだけではない。狙えるのならば、鋭く一刀両断したい。敵に隙が生じたならば、真上から思いっきり振り下ろし、快楽の一撃を狙うに違いない。
真上から振り下ろされる軌道に合わせ、迷いなく右足を振り上げれば良い。結果、小日向の斬撃に負けない反撃となり、弾くのみならず、弾き「返す」ことが可能となったのである。
「れんたろー!」
延珠が蓮太郎に駆け寄り、飛びついた。勢い蓮太郎の身体もろとも一回転した後、蓮太郎は延珠を抱き寄せる。力と速さで押し切るだけの近接戦闘スタイルに、少しばかりの策が加わった。硬直の「フリ」は、付け焼刃の稚拙な演技だったかもしれない。だが、性格通りの一直線の戦闘スタイルを裏切る意外性の前では、演技の巧拙は問題とならない。強敵に対抗し得る搦め手を会得した延珠に対し、蓮太郎は小さな成長を感じていた。
「うえぇぇぇぇぇん!!!まだ負けてないのにぃ!騙されただけなのにぃ!」
影胤の元で泣きじゃくる小日向。
「どーだ、満足したか?」
「あぁ、素晴らしいよ里見君!延珠ちゃんの成長も見事なものだ。素晴らしい、やはり君は私の側に来てもらわないといけない。私ともご一手願いたいところだが・・・お取込み中だね。」
「あぁ、俺もアンタに一撃入れたいところだったが、代わりにリトヴィンツェフをぶん殴ってやらなきゃならねぇ。」
「グッドラック。里見君。」
仮面の上からではあるが、満足げな影胤を背にし、蓮太郎一行は去って行った。