ブラック・ブレット8' 天子の銃弾   作:ねへほもん

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第2章① 思惑の交錯

午前10時、聖居にて―――

 

聖居の一角、2階奥の応接室に二人が腰掛ける。

一方は天童菊之丞。聖天子の補佐官にして、東京エリアの名家「天童」の当主を務める。聖天子不在の今、聖居の実権は彼に委ねられている。周囲に付け入る隙を与えない剛毅な顔立ちにも若干の疲れの色が窺える。

もう一方は天童正臣。菊之丞の孫にして、配属以来宇宙部門に携わり、今は防衛省事務次官を務める。陸海空に属さずかつては異端視されたものの、ガストレア戦争以後は立場が一変。国民の防衛意識の高まりと共に、人工衛星を用いたガストレア・諸外国の動向監視、GPS機能を用いた戦闘機の遠隔操作、果てには移住先惑星の探索と、活躍の幅を広げてきた。数少ない宇宙部門の専門家であることが評価され、名家の出身という事実を差し引いても異例の早さの35歳で事務次官に就任した。

 

「ご命令通り、北関東の住民の避難を進めております。また、仙台エリアとの境界から30kmの地点に対空兵器『蜂火』10機を配備しました。戦闘機の出撃準備も進め、本日夜には1000機の配備が完了します。」

「ふむ、了解した。稲生首相には賢明な判断を願いたいが、いざという時の備えは必要だろう。」

「また、別件となりますが・・・」

 

おもむろに正臣が切り出す。時折極秘の会談が行われる部屋のため、厳重な防音設備が敷かれた応接室であるが、それでも正臣は不安なのか、声を一層押し殺して話し始める。

 

「リトヴィンツェフの脱獄した洋上刑務所より、阿久津警視から現場の報告を受けました。脱獄の件とは別に、お耳に入れておきたい事項が。」

 

菊之丞は無言で頷き、報告の続きを促す。

 

「先程、里見蓮太郎が現場の視察に来たとのことです。」

「ほう、あ奴が。だが前日にリトヴィンツェフから呼び出しを受けていたと聞く。別に驚くことでもあるまい。」

「彼の他に、同行者として同年代の少女が居たそうです。フードを被っていましたが、銀白の髪と上品な口調だそうで。恐らく木更ではなく・・・」

 

菊之丞は目を見開き、一瞬顔が強張る。正臣は驚き口を止める。数刻が流れ、菊之丞が重い口を開く。

 

「聖天子様、か。」

「恐らくは。」

 

聖天子が自室を抜け出した後、蓮太郎宅に捜索の手を向かわせ、不在という報告を受けていた。蓮太郎に出し抜かれたということか。聖天子の身勝手さに呆れつつも、一方では所在が分かり安堵する気持ちもあった。険しい表情で物思いに耽る菊之丞を気遣ってか、正臣はおずおずと口を開く。

 

「それで、聖天子様の保護と、蓮太郎の処置につきまして、」

「ふむ・・・」

 

幾度の沈黙が流れたことだろう。応接室の華美な調度品とは対照的に、両者の空気は重い。

 

「当面、不問で良いのではないかな。」

「と、言いますと?」

 

想定外の返答に内心驚くも、正臣は努めて冷静を装う。

 

「認めたくは無いが、あ奴には事態を打開する力がある。期待をしてはおらんが、リトヴィンツェフやリブラを退けるやもしれん。明朝まであ奴に委ね、しくじれば処罰し、もし撃破できれば聖天子様に同行を命じたことにして、聖居の手柄にすれば良い。」

「ですが聖天子様に万が一のことがあっては・・・」

「そこまで気になるのであれば、お前の部下を監視に差し向ければ良かろう。今は非常事態。個人の動向に人員を割ける場合ではないのだよ。」

 

そう、東京エリアは未曽有の危機に瀕している。

ゾディアックガストレア、リブラの出現。仙台エリアからの侵攻予告。脱獄したてのリトヴィンツェフの動向は掴めないが、恐らくは何らかの要求を行ってくるだろう。

複数の難敵を前にして、国家元首の不在という問題が矮小化される異常事態。その中で菊之丞は、東京エリアの舵取りを一手に担っている。

落ち着かない正臣を前に、菊之丞は一層低い声で尋ねる。

 

「それとも・・・あ奴に聖天子様が同行することに問題でもあるのかね?」

 

重い空気が一瞬かき乱され、正臣の背後でピンと張り詰めた気がした。

 

「い、いえ・・・仰せのままに。」

「仙台エリアの動向が気になる。お前は防衛省の本分を果たすことに専念せよ。では私は記者会見があるからここで失礼するよ。」

 

菊之丞は立ち上がり部屋を後にする。

一人残された正臣は、菊之丞の発言を反芻し、こう結論づけた。

 

「問題などない。むしろ・・・僥倖だ!」

 

正臣はスーツの袖を捲った。左肘に刻み込まれた五芒星、そして頂点に3本の羽根が描かれていた。

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