ブラック・ブレット8' 天子の銃弾   作:ねへほもん

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第2章② 思惑の交錯

「では、まだリブラ撤去の見込みは立っていないということですね?」

 

目が眩むほどに浴びせられるシャッターの嵐。

 

「東京エリアの明日は?我々の未来は、大丈夫なんですか!?」

「何のための政府だ?しっかりしろ!」

 

止むこと無く飛び交う怒号。

午前11時。聖居の記者会見場にて、菊之丞が今回のリブラ騒動の状況を説明している。

詳細な内容に入る前、リブラの撤去は未了と説明しただけでこの有様。リブラの脅威を憂える者も居るのだろうが、政府の無能ぶりを晒してやろうという悪意が透けて見える。

 

「静粛に願えますかな。」

 

菊之丞は冷静に、それでいて深く響くような声で呼びかけた。

老臣の迫力に気圧されたのか、会見場は一瞬にして静まり返る。

 

「今朝、国際的テロリストとして拘束していたリトヴィンツェフが刑務所から脱獄しました。更に数日前には、彼の部下がロシアと東京エリアの研究所を襲撃して研究物を奪いました。その研究物はガストレアからの信号を解析するための物で、リブラを操れる可能性があると聞いております。」

 

再び記者席がざわつき始めた。ゾディアックガストレアの出現、仙台エリアの攻撃に加え、テロリストの脱獄。多重の脅威に晒された東京エリアの危機が記者席全体に伝わっていた。

 

「テロリストからの要求は?」

「今朝脱獄したばかりのため、現在足取りを追跡中です。後ほど何らかの要求があるのではないかと思われます。」

「仙台エリアの動向は?」

「仙台エリアの稲生首相と交渉を進めておりますが、事態の打開は出来ておりません。リトヴィンツェフ一派の関与の可能性が高く、東京エリアは無関係であることを強調し、今後も粘り強く交渉してまいります。また、明朝に迫る攻撃に備え、北関東の住民の避難を進めると共に、エリアの防衛が出来る程度の軍備を進めております。」

「テロリストと取引する可能性はありますか?」

 

澱みなく記者の質問に答えていた菊之丞に間が生まれた。目頭を押さえ、覚悟を決めたように一度頷いてから口を開く。

 

「リトヴィンツェフから何らかの要求があった場合、内容には依りますが、取引に応じる可能性があります。」

 

想定外の反応に、記者達は息を呑む。

テロリストとの取引は、政府側の屈伏を意味し、テロリストを利する行為として国際社会から非難を受ける。テロリストの要求には応じないことが各国政府の基本姿勢であった。要求に応じず、テロ行為を許すと自国民から非難されるため、政府としては苦渋の選択を迫られることとなる。実情は、表向きは交渉に応じないとしつつも、秘密裡に取引しているのではないかと言われている。

しかし菊之丞は、明示的にテロリストとの取引の可能性を示唆した。記者は当然反応する。

 

「つまり、テロリストの要求を呑むということですか?国際社会との関係は?」

 

1つの質問が口火となり、政府の威信だの、テロ容認国家だの、喧喧囂囂と様々な非難が飛び交う。一度は菊之丞の気迫に圧倒された記者達も、弱腰の姿勢が見えると再び威勢を取り戻したようだ。

喧騒が最高潮に達した時、菊之丞は突然立ち上がり、頭を下げた。

 

「申し訳ない!今はリブラ、仙台エリア、テロリストと、多重の脅威に晒されている。我が政府も一定の戦力を有するが、3者と同時に戦うことは困難である。勝手な頼みで恐縮であるが、交渉に応じるなと言う前に、まずは記者諸君の声を仙台エリアに届け、翻意を促していただきたい!」

 

止まぬシャッターの嵐とは対照的に、記者達からのこれ以上の追及はなかった。敵は外に居るのであって、ここで菊之丞を叩くことは意味が無いどころか、記者自身のイメージが低下しかねないと判断したのだろうか。

続報があれば知らせるとだけ言い残し、菊之丞は会見場を後にした。

 

 

「菊之丞さんが、テロリストと取引すると発言するなんて・・・」

 

蓮太郎、延珠、聖天子の一行はリブラの出現地へ向かうタクシーの中で、菊之丞の会見の模様を見守っていた。

 

「いつもでしたら、テロリストには絶対屈しないと強硬な姿勢を取りそうですのに。」

「今回の騒動は流石に敵が多すぎる。あのジジイだって、勝算の無い戦いの確約をする程馬鹿じゃねーよ。」

 

勝算の無いという言葉に反応したのか、聖天子は気落ちしたように俯いた。その様子を気にしてか、蓮太郎は続ける。

 

「厳しい状況だからこそ、ジジイなりに味方を増やそうとしている。姿の見えないリトヴィンツェフとは今は交渉できねーが、仙台エリアと交渉することはできる。この会見でリトヴィンツェフの名を出すことで、『真の敵はリブラを操るリトヴィンツェフだ』という印象を世論に植え付けることができた。偏西風でリブラのウイルスが飛んでくる仙台エリアにとっても、リトヴィンツェフは当然敵になる。『敵の敵は味方』という理論ならば、東京エリアを攻撃する口実は無くなる。そんな狙いがあるんじゃねーかな。ジジイも本気でテロリストと取引する気はないだろ。」

「すごい、里見さん。戦闘だけではなく、政治の駆け引きにも長けてらっしゃるのですね。」

 

突然賛辞の眼差しを送られて、恥ずかしさを感じた蓮太郎は、軽く咳払いをした。

 

「まぁ小さい頃からジジイに連れ回されてたからな。アイツの考えそうなことが分かるだけだよ。」

 

東京エリア北端の殺風景な街並みを眺めながら、蓮太郎は小声で呟いた。

 

「まさか、俺を泳がせてリブラの件を解決させる気なんじゃ・・・?」

 

聖天子が聞き取れずに「え?」と返すとほぼ同時、タクシーの車体が大きく揺れた。爆発音と共に、車体の底が衝撃で吹き飛んでくる。蓮太郎は咄嗟の反応を見せ、聖天子と延珠に覆い被さる形で爆発とは逆方向に逃がした。

運転手は急ブレーキを踏み、タイヤの軋む音が聞こえる。横方向にスリップし、強烈な遠心力を感じた後に横転。

 

車体の動きが治まると、蓮太郎はゆっくりと顔を上げた。

周囲から十人程が駆け寄り、銃を構える音が聞こえた。

 

「里見蓮太郎、お前に国家元首誘拐の容疑が掛かっている。大人しく投降せよ!」

 

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