爆撃を受けた廃屋は、天井が若干崩れ、砂埃が舞い落ちるものの、まだその原型を留めていた。ロクヨンに追いつかれたのだろうか、しかし、どうしてこの場所が。蓮太郎の脳内で複数の疑問が浮かび上がる。
恐らくロケットランチャーによる攻撃だろう。このまま留まっていては、再度爆撃を受ける可能性が高い。事実、思考の最中に2回目の弾頭が飛来し、爆音が轟く。しかし何故だろう、直接には爆発の影響は受けていない。
この建物のドアは2つ。2発の爆撃は、共に右のドアの付近に着弾している。蓮太郎達がドアの付近に居ると勘違いしたのか。
いや、違う―――
「蓮太郎!早く出ないと生き埋めにされてしまうぞ!」
「落ち着け延珠。慌てて飛び出したら、それこそ奴らの思う壺だ!どうやってこの建物を突き止めたかは知らねぇが、奴らはまだ俺達の正確な場所までは分かっちゃいねぇ。」
誘っているんだ。
片方のドアの付近を爆撃すれば、もう一方のドアから逃げ出してくるはず。そこを一斉銃撃で狙えば、蓮太郎達を蜂の巣にすることができる。
間もなく3発目の爆撃が行われるだろう。待つ一方では、いつ廃屋の脆い構造が崩れるか分からないし、奴らに正確な居場所を特定されかねない。
猶予は無い。
蓮太郎は延珠に耳打ちし、お互いが持ち場に着く。聖天子は奥の部屋に下がり、机の下に身を隠した。
予想通り、右のドア付近に3発目が飛来。多少の延焼は見られるものの、脱出は可能と判断し、蓮太郎が右から飛び出す。
4人の兵士は意表を衝かれた。
待ち伏せる入口と逆方向から、扉の開く気配がすると思えば硝煙に紛れて人が駆け寄ってくる。作戦が読まれたことに舌を巻きつつも、機関銃を構え直す。
銃口を左方向に向け、一斉銃撃。
一方の蓮太郎は、兵士の右人差し指を凝視していた。銃口が向き、引き金に力が加わるタイミングと同時に、トリガー。右足を強く踏み込み、義足の射出力を利用する形で跳躍。
「!?」
鳥に劣らぬ高度、獣に劣らぬ迫力。兵士の視界から一瞬蓮太郎が消失した。跳び上がったと分かっても、機関銃の重量では、素早く空中の敵に照準を定めることは困難。徐々に的を上部に向けていくも、蓮太郎は悉く回避する。
ここで兵士達に、1つの疑問がよぎる。
「敵は、20mの間合いを如何に詰めてくるのだろうか?」
兵士達が一方の扉の前で待ち伏せていたのは、もう一方に爆撃を浴びせて逆方向におびき寄せたことに加え、例え裏を掻かれても、今のように銃口を向け直せば対応可能という自信があったからだ。
事実、蓮太郎との距離は未だ20m程度ある。常人の跳躍力で一気に詰められる距離ではない。だが、「新人類想像計画」の強化兵士であれば、どうだろう。兵士達は警戒を強める。
だが、結果として、兵士達は二度舌を巻くこととなる。
背後で扉の開く音がした。
その後、小動物が駆け寄るような小さな足音。
振り返るのみでは、眼前に迫る存在の姿を捉えるのが精一杯であった。
「う---!りゃ-----!!!」
兎のガストレア因子などと、侮るなかれ。肉食獣が獲物を捉える勢いで、顔面に鋭く右蹴りが直撃。先頭の兵士が倒れる勢いで、後続の兵士達も将棋倒しになる。追撃の踵落としがダメ押しとなり、4人の兵士は意識を失っていた。
一方の蓮太郎は先ほどロケットランチャーを撃ってきた兵士を軽々と撃破し、残りは2人のみ。先程蓮太郎の攻撃を退けた、リーダー格の2人だろう。警棒を引き抜き、X字に構えて臨戦態勢に入っている。だが蓮太郎は、戦闘の構えを取る代わりに2人に呼び掛けた。
「まぁ待て。俺達とアンタらは本来敵ではないはずだ。誤解を解くため話をしよう。ロクヨン部隊の2人・・・だろ?」
「ほぉ、所属まで知られているとは。反逆者と話すつもりはなかったが、少し位話を聞いてやろう。」
「全く、アンタはお人良しなんだから。あんな奴さっさと倒しちゃえばいいのに。しょーがないわね。」
ヘルメットを外すと、1組の男女の顔が現れた。一糸乱れぬ連携の取れた動き、親しい話し方を見ると、夫婦だろうか。
「俺は聖天子様に依頼され、リブラを止めるべく、それを操っていると思われるリトヴィンツェフを追ってここまで来た。」
「俺は上官から、誘拐された聖天子様をお前から奪回するよう指令を受けている。」
「アンタの都合の良い説明を真に受けている場合ではないの。さっさと聖天子様を渡しなさい。」
「別に全部信じてくれるとは思っちゃいねぇ。ただ、おかしいとは思わねぇか?警備が厳重なはずの聖居で、俺と延珠の2人だけで聖天子様を誘拐できるはずが無い。例え出来たとしても、今みたいに目を離していれば、聖天子様が逃げる機会はあるはずだろ?」
「・・・・・」
脳裏に残る違和感を指摘されたのか。2人は沈黙した。その後、男の方が口を開く。
「ふん、確かに筋は通ってるな。だが、俺達は軍人だ。そう簡単に上官の命に逆らうことはできない。それに、」
ヘルメット越しの無機質な印象しか無かった顔面が、今では興奮に震えて紅潮し、1人の漢の顔となっている。
「俺はアンタら民警が大っ嫌いだ!イニシエーターだの、バラニウムだのに頼っていい気になってる連中に過ぎねぇ。アンタらは金のためにしか動かねぇ。今も昔も、最後に国家を護るのは、ある時は泥水を啜り、ある時は毒に侵され、それでも常に国家第一で尽くしてきた、我々自衛隊であるということを、思い知らせてやる!陸上自衛隊第六十四番隊、軍曹折原誠二!」
「同じく第六十四番隊、軍曹折原祥子!
「「いざ尋常に・・・参る!」」
交渉は決裂したが、蓮太郎に失望の色は無かった。
言葉では理解できても、心の底から納得することは出来ない。拳と拳によってでしか、想いを伝えられない不器用な者達。蓮太郎もまた、彼らの理念に相通ずるものを感じていた。国賊か、誘拐犯か、軍人か、国家の英雄か。そんな立場を超え、ただ武人と武人がぶつかり合うだけの舞台が、そこにはあった。
折原夫妻がまたヘルメットで顔面を覆い、2本の警棒を構える。タイミングを図ったかのように、同時に蓮太郎目掛けて一直線に駆け出す。
「疾い・・・!」
あくまでも常人レベルだが、完全武装状態で、己の鍛え抜いた肉体のみで、ここまでの速さを出せるものかと蓮太郎は瞠目した。一歩一歩の重み、舞い上がる土煙の濃さからも、彼らの武装の重みが察せられる。
正面衝突では前回同様、バラニウムに反発する警棒に弾き返されてしまう。彼らに一撃を叩き込むためには、ギリギリまで引き付け、躱し、回り込むのみ。
2人が間近に迫り、片方の警棒を振り上げ、もう一方は防御のため、身体の前に構えていた。
まだだ。2本の警棒が最高点に達する。
まだだ。2本の腕が振り下ろされる。
まだだ。警棒が眼前に迫ろうとも、蓮太郎の義眼は命中時点を百分の一秒単位で算出していた。右足の義足のカートリッジを解放し、構える。
今だ!残り5センチ。命中は確実と思われた所で、蓮太郎が、"消えた"。
「―――『隠禅・空蝉翔』」
蝉が抜け殻を残して飛び立つように、振り下ろした警棒は手応えなく、蓮太郎の残像をただ薙ぐのみ。瞬時に二歩を踏み出し、蓮太郎が折原夫妻の背後を取り、右足を勢いよく後ろに蹴り上げて、一撃。前方への推進力が、後ろ蹴りの威力を高め、後ろに蹴り上げた反発力が、更に前方への推進力を高める。一撃入れるや否や、敵から間合いを取って立て直す、攻防兼用の秘技が、誠二の背後を捉えた。
「はあぁぁぁ!!!」
延珠もまた、素早く祥子の背後を捉え、蹴りを一発お見舞いした。どちらもまともに入れば脊柱をカチ割り、立ち上がれなくする一撃。蓮太郎と延珠は間合いの外から様子を伺った。
「ふん、やるじゃないか・・・」
口調とは裏腹に、何事も無いかのように振り返る夫妻。蹴りの感触を振り返ると、先程倒した5人に兵士同様、鎧にもバラニウムを弾く素材が用いられているらしい。後は2人の鍛錬の賜物だろう。肉厚の背筋もまた、致命的な一打となることを阻んだに違いない。
夫妻が反撃に転じる。誠二は蓮太郎に、祥子は延珠に襲い掛かる。二本に警棒を交互に振り下ろす攻撃は隙が無いものの、一発当たりの威力は落ちてしまう。
蓮太郎は右手の義手によるガード、延珠は小さな体躯を活かした回避を中心に攻撃を捌く。しかし蓮太郎側の反撃も、敵の重装備と肉体に吸収されるため、決定打とはならない。
見かけ上は目にも止まらぬ攻防であるが、実際にはジリジリとした地道な削り合いが続くのみで、双方に焦りの色が窺える。
業を煮やした誠二が、突然警棒を捨てて呼び掛けた。
「なぁアンタ、このままじゃ埒があかねぇ。漢なら拳で決着、付けようぜ。」