ブラック・ブレット8' 天子の銃弾   作:ねへほもん

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第2章⑥ 思惑の交錯

アンチ・バラニウム―――

 

防御の要というべき警棒を投げ捨てた誠二に対し、蓮太郎は尋ねる。

 

「一体どういうつもりだ?」

「なに、時間を無駄にしたくないだけだ。俺の攻撃はアンタに当たらねぇし、アンタの攻撃俺に当たらねぇ。このまま続けても埒があかねぇ。だったらお互い、余計な小道具は捨てて殴り合おうってだけだ。」

 

どうやら誠二は、拳だけの勝負を持ちかけているらしい。誠二が警棒を使わない一方で、蓮太郎は脚を使えないということだろうか。

 

「つまり俺は、アンタに蹴りを入れられないということでいいか?」

「あぁ、後アンタは義足で加速しているみたいだが、それも使わないでくれ。義手も同じだ。あくまで正々堂々、拳で語り合おうじゃねぇか。」

 

蓮太郎は敵の意図を測りかねていた。敵の発言を額面通り受け取れば良いのか、それとも、蓮太郎の脚技を警戒しているのか。

ここまで、天童式戦闘術は全て脚技しか使っていない。意図した訳ではなく、単純に多数の敵を巻き込める技を選んだらそうなっただけのこと。動きが大振りになり、着地の隙が生じがちな脚技は、1対1の戦闘にはむしろ不向きだ。

無駄なく対象に拳を命中させ、すぐに戻して体勢を立て直す。タイマンでこそ、拳技の真価が発揮される。蓮太郎に断る理由は無かった。

 

「いいぜ、乗ってやるよ。」

「ちょっと誠二、私はどうしたらいいのよ?」

 

隣でやり取りを見守っていた祥子が、不満そうに漏らした。

 

「別にお前を信用してない訳じゃない。ただ、どっちがより正義を名乗るに相応しいか、それを決めるためだけに、余計な争いは不要というだけだ。俺は民警風情に分からせたい。真に国家を護る力を有する者は、どちらかということをな。」

「分かったわ。誠二は一度言い出すと聞かないからね。」

 

祥子は振り返り、後方へ退く。

 

「負けたら、夕食無しだからね。」

「ふん、相変わらず手厳しいな。だが、」

 

誠二が呟くと、辺りの空気の流れが一変した。

 

「分かってもらえて嬉しい―――」

 

誠二が蓮太郎に向かって駆け出す。ここまでカウンター攻撃に徹していただけに、突然の変調に蓮太郎は虚を衝かれた。

 

誠二の動きは決して速くはない。義眼に頼らずとも、目で追えるレベルだ。だが、有無を言わさぬ威圧感が、速度以上の脅威を感じさせていた。

ピストルの弾丸は簡単に弾くであろう、軍隊ならではの装甲だろうか。

ズシン、ズシン、一歩一歩、重低音を響かせる足取りだろうか。

接近すればなお圧を増す、2メートルを超える巨体だろうか。

そのいずれでもない、幾多の修羅場を乗り越えてきた者のみが纏う風格だろうか。

誠二が近づくにつれ、蓮太郎は思わず身構えていた。

 

引き付けて、躱す―――

 

蓮太郎は短期決戦を目論んでいた。敵は自衛隊のロクヨン部隊の隊員、体格や口ぶりからして、武術には長けているはずだ。近接戦闘の絶対性を誇る天童式戦闘術を以てしても、敵の厚い防御を破れるかは分からない。ならば初撃、動きを見極められる前に決めるのが得策。

 

気付けば誠二は蓮太郎の目前まで迫っていた。右肘を軽く引き、一撃。当人にとっては軽いジャブかもしれないが、間近で見ると並々ならぬ重量感が感じられた。蓮太郎は予定通り、皮膚を僅かに掠めようかというタイミングで回避。

 

「天童式戦闘術一の型三番―――」

 

一度飛び退き、すかさず反撃。

 

「轆轤鹿伏鬼」

 

たちまち間合いを詰め、蓮太郎の義手と誠二の鎧が甲高い衝突音を上げた。

入ったか―――

 

「ふっ、型なんぞ、」

 

単なる右ストレートではない、捻りが加わった一撃。殴り飛ばすのではない。鎧を貫通し、衝撃を伝えるのだ。

 

「所詮は動きを効率化した技に過ぎねぇ。」

 

誠二が不敵にほくそ笑む一方で、蓮太郎の表情が揺れる。

いや、確かに一撃は入っている。感触に間違いは無い。ならば更に威力を高めようと、蓮太郎は捻りを加える。

 

「動きに無駄がない分、容易に筋が読める。」

 

突然、一瞬蓮太郎が無重力になった。

何が起きたのかと戸惑う間に、背中が地面に叩きつけられた。足を払われたようだが、これで終わるはずがない。

半ば本能的に二一式義眼を解放。敵の右腕の軌道が読めるや否や、顔面を左腕で庇った。

 

頼む、耐えてくれ―――

 

左腕に激痛が走ると、殴られた衝撃で腕と顔面が衝突。身体も少し弾き飛ばされた。だが、傷を確認する余裕はない。

弾き飛ばされた衝撃を活かし、素早く起き上がると、更なる追撃に備えて後ろに飛び退いた。

 

「あーあ、これも使いもんになんねぇな。」

 

おもむろに誠二が戦闘服を脱ぐと、中の金属板を投げ捨てた。誠二の素の姿を目の当たりにし、蓮太郎は息を呑んだ。

 

獣だ―――

 

2メートルを超える体長に見劣りせぬ、巨漢と呼ぶほかない体格でも、戦闘服の上からであれば納得できた。中に分厚い鎧を着ているのだろう、と。

だが実情は違った。装甲は薄く、全ては彼の肉体であった。人体とは思えない黒く濃い体毛の下には、幾重にも割れた筋肉質が浮かび上がっていた。

捨てられた金属板は一部が酷く陥没し、誠二の左下腹部も体毛が剥げ落ち、熱で擦れた皮膚には轆轤鹿伏鬼の跡がくっきりと残っている。だが、それだけだ。

 

「真正面から受け止められた」

 

明白過ぎる事実を前に、蓮太郎は言葉を失った。攻撃が敵の能力で回避されること、防御されることは今までにもあった。だが今回のように、真正面から会心の一撃を入れてもなお、何食わぬ顔で耐えられたことは無い。天童式戦闘術の敗北を知り、蓮太郎は内心酷く動揺した。

しかし、恐れを見せてはならない。目前に居るのは、打倒すべき敵なのだから。退路は無い。ただ敵に立ち向かうのみ。

 

「焔火扇」

「虎搏天成」

「閃空瀲艶―――!」

 

そう、立ち向かうほかなかった。そこに待ち受けるのが、破滅しか無かったとしても。

 

「アンタ、目が泳いでるぜ。」

「型を変えようと、クセは見えている。」

「もう、終わりか?」

 

ある時は腕を掴んで投げ飛ばされ、ある時は防御体勢を解放する反動のまま弾き飛ばされた。真正面からのぶつかり合いにおいて、獣と化した人間に付け入る隙は無かった。

 

真正面からの殴り合いなど、受けるべきでは無かったのだ―――

 

蓮太郎に自らを嘲る思考が芽生えた時、逆転の発想が働き始めていた。

 

真正面では突破できないのなら、敵の裏をかくしかない―――

 

蓮太郎の目に力が宿った。希望の萌芽とも、悲壮の覚悟とも取れる表情を浮かべ、幾度目とも知れぬ疾走を開始した。

 

「ほう、まだやる気か・・・」

 

誠二の三歩手前に迫った時、蓮太郎は右の義足を強く振り上げた。

 

踏み込み、飛び込んでくる―――

 

直感に従い、誠二は防御体制を取った。

 

「!?」

 

直後、誠二の視界を闇が覆う。それが砂粒であることに気付くには一瞬あれば足りたが、蓮太郎にとってもまた、その一瞬で事足りた。

 

「轆轤鹿伏鬼」

 

頭蓋骨を通じ、激しい痛みが誠二の脳内を駆け巡る。

が、それも一瞬のこと。痛みと共に、意識が遠のいていった。

 

「悪いな。だが、直接アンタに蹴り技を使った訳じゃない。」

 

昏倒した誠二に対し、届くか届かないか分からない弁解を始める。

そう、蓮太郎は「敵に蹴り技を使えない」というルールの下、地面を蹴り上げて誠二に砂を巻き上げたのだ。視界を奪った一瞬を利用し、筋肉では防げない部分、即ち顔面に対し、致命的な一打を叩き込んだのだ。

 

「いや、ズルいと言われてもいい。卑怯だと言われてもいい。アンタが反則負けだと言うなら俺の負けだ。だが、俺はここで死ぬ訳にはいかない。俺の目指すべき場所はリブラだ。本来敵対するべきでないアンタと、殺し合う理由は無いんだ。」

 

昏倒する誠二に対し、言葉は届かない。

これは俺の独白だ―――

蓮太郎がそう吐き捨てた時、

 

「いや、俺の負けだ。」

 

仰向けから起き上がる気配は見せないものの、誠二は僅かに意識を取り戻し、呟き始める。

 

「本来、戦場とはルールとは無縁の世界だ。生き残れば勝ち、死ねば敗北。分かりやすいほどに残酷なルールしか存在しない。また戦場では、必然的に自分より強いものと相まみえることがある。力で劣る者が生き残るために、知略を巡らせることだってある。アンタはルールの中で戦った。むしろ恥ずべきは、正々堂々の殴り合いなどと、青い幻想に浸った俺だったってことさ。」

「あぁ、アンタほどの武闘家は見たことがねぇ。見事に鍛え上げられた肉体、その肉体を余すことなく威力に変える武術。自身に揺るぎない自身を持ち、迷いなく一撃を叩き込む精神力。俺が勝ったのは、僅かばかりのずる賢さと運が味方しただけのことさ。」

「ガストレアが憎い。バラニウムが憎い。民警が憎い。今も昔も、この国を護れるのは我々自衛隊だけだ。呪われた子供たちや機械化に頼り切った民警どもでは、真の危機は乗り越えられない。今でもそう思っている。アンタのことだって、東京エリアの英雄ともてはやされてるだけのお調子野郎だと思っていた。力比べではひよっこだが、俺に一撃入れたその実力、評価してやろう。」

 

友情・・・と呼ぶべきか。拳と拳を交えた男の間でのみ伝わる、奇妙な連帯感が漂う中、蓮太郎は話題を切り替えた。

 

「そういえば、アンタらの装備は誰から貰ったもんなんだ?バラニウムを弾く素材、ということでいいんだよな?」

「あぁ、これはうちの部隊から支給されたもんだ。ロクヨン部隊のことをどれだけ知ってるかは知らねぇが、俺達は時として東京エリアに歯向かうイニシエーターと戦うことがある。奴らは大抵バラニウムで加工した武器を持っているから、護身用がてら持っておけって、皆に支給されている。」

 

敵は聖居内部にあり―――

 

蓮太郎の脳裏に直感が掠めた。

 

「寝起きのアンタにはわりぃが、俺は行かなきゃならねぇ。リブラを鎮めた暁には、味方同士として、アンタと正式にお手合わせ願いたい。」

「あぁ、東京エリアの未来は英雄に託すとするぜ・・・」

 

蓮太郎が手を差し伸べると、2人は暫く固い握手を交わした。

それが終わると、蓮太郎は踵を返し、立ち去っていった。

 

「誠二・・・晩飯、何が食べたい?」

「あぁ、晩飯抜きじゃなかったのか?」

「私の目には、あなたは負けてなかったからね。」

 

誠二が起き上がるまでの数時間、祥子は傍で見守り続けていた。

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