終末の果てに   作:二期!へやキャン!映画!


原作:ゆるキャン△
タグ:転生 クロスオーバー 少女終末旅行
ゆるキャン△と少女終末旅行のクロスオーバー。転生要素あり。

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終末の果てに

 富士山を望む本栖湖湖畔キャンプ場。シーズン中は多くのキャンパーでにぎわうここも、肌寒い十一月初頭の今となっては人気がなく、冷たい風と水音だけが静かに響いている。

 

 そんなキャンプ場に一人、少女が姿を見せた。

 

(貸し切り状態。シーズンオフ最高……!)

 

 心中でひそかに喜んでいる彼女の名前は志摩リン。小学生のような小さな体躯を暖かいケープで包み、艶のある黒髪はお団子にまとめられている。

 

 何度か深呼吸して冷たい冬の空気を吸い込む。そうしてひとしきりキャンプ場の静けさを独り占めすると、慣れた手付きでキャンプ設営を始めた。テントを張り、中に寝袋を設置し、フォールディングチェアに腰掛け、ハードカバーの本を開く。最後に暖かいカイロを握りしめれば準備完了だ。

 

 リンはソロでのキャンプを趣味としていた。アウトドア好きの祖父の影響で中学時代にキャンプを始め、高校生になった今でもシーズンオフの時期にこうして一人キャンプを嗜む。

 

 わざわざ寒い日に外へ出て、カイロであったまりながら本を読む。マッチポンプと感じながらも、リンは一人でゆったり過ごすキャンプがとても好きだった。

 

 ほとりに水がよせるさざめきの中、読書が進む。本のタイトルは『超古代文明Xの謎』。なんでも大昔にキノコ型の宇宙人が地球を訪れ、古代人は彼らの技術を取り入れ急速に発展し、階層型の大都市を作るに至った。しかしある時大きな戦争が起こり、古代人は絶滅。それからどうにか再興したのが今の人類だとか。

 

(なんじゃそりゃ)

 

 茶々を入れながら読んでいると、冷たい風が頬を撫でる。身が竦み、パラパラとページがめくれた。カイロの熱はすでになく、コンロの火だけでは暖になりえない。しかし焚き火をすると煙臭さや火の粉の問題が――

 

 しばしの葛藤の末、リンは重い腰を上げ、薪を探しに林へ向かう。

 

 木の湿け方や着火剤となる松ぼっくりの選び方などに注意は要るが、リンもすっかり慣れている。寒々しい木々の間をチョロチョロと動くリスを尻目に、手早く薪を集め終えた。

 

 テントのそばにそれらを運べば、後はナタでいい形に切りそろえるだけだ。

 

「貴様ら全員、刀のサビにしてやるぜ」

 

 ナタを構え、物言わぬ薪にタンカを切るリン。キャンプ場を独り占めしている開放感がはっちゃけさせていた。誰にも見られていないところで恥ずかしいノリになってしまうのは、リンに限らず誰にでもある一面だろう。

 

 しかし悲しいことに、キャンプ場はリンの貸し切りではなくなっていた。

 

「ぬぬっ、こやつできる! どうします親分!」

「こ、こらユー、静かに……」

「!?」

 

 リンのテンションに合わせた少女の声が二人分、背後から聞こえた。弾かれるように振り返るリン。

 

 そこに立っていたのは顔見知り、もといクラスメイトの二人。チトとユーリが立っていた。

 

 おさげにコート姿のチトは気まずげに目をそらし、まぶしいブロンドのユーリはきょとんとして、青い瞳を瞬いている。

 

「えーっと……邪魔してごめん、志摩さん。じゃ私たちはこれで」

「あれ、ちーちゃんの知り合い?」

「クラスメイトの名前くらい覚えろ。いいから、行くぞ」

「えー、せっかくだし一緒に――引っ張らないでよー」

 

 チトがユーリの手を強く引き、二人は離れていく。背中にはキャンプ道具と思しき大荷物が抱えられていて、彼女たちがここへキャンプをしにきたことが分かる。

 

 やけに冷静な頭で分析するリンには、自分の顔が真っ赤になっていることも分かった。焚き火はまだなのに耳まで顔が熱い。

 

「……っ!」

 

 顔を両手で押さえてしばし悶絶。

 

 焚き火をおこせたのは結局、日が落ちる直前にまでずれ込むのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 日が落ちた湖畔キャンプ場に街灯の光は届かず、分厚い雲が月を隠して、辺りには墨汁を満たしたような暗闇が広がる。その中に二つのテントがぼうっと照らし出されていた。

 

 そのうちの一つで読書に集中していたリンは、風に乗って聞こえた問答にふと顔を上げる。

 

「ひまー」

「……」

「ひーまー」

「……」

「ひ」

「うるせえ」

「……ごめん」

(結構ずばっと言うな、チトさん)

 

 声の主はもちろん、こんな季節にキャンプをしにきた物好き女子高生二人組、チトとユーリだ。

 

 二人はリンのテントから三十メートルほど離れた場所にテントを設営し、焚き火とランプを囲んでいた。退屈したユーリはときに大型犬のごとくテントの周りを駆け回り、ときにチトの背中によりかかる。チトは我関せずとばかり読書に集中し、思い出したように「うるさい」と一蹴する。

 

(なんで二人で来たんだろ)

 

 リンは自分の趣味が少数派だと理解していた。女子高生が一人でシーズンオフキャンプをするのは、変わっていると言われるかもしれない。

 

 それでもあの二人――チトとユーリよりかは普通だろう。

 

 仲良くおしゃべりするでもなく、協力し合うでもない。なのにわざわざ二人で来た意味が分からない。

 

「そんなにヒマなら薪くべて。火が弱くなってる」

「はーい。おっとこんなところにいい燃料が」

「今度本燃やしたらお前を燃やすぞ」

「ちぇー。いいじゃん、今は掃いて捨てるほどあるんだし」

「そういう問題じゃない」

 

 冷静な顔で脅しつつユーリをたしなめるチト。初めて見るクラスメイトの一面に、リンは感心と驚きを覚えた。

 

 チトとユーリは地元では有名な二人組だった。チトは休み時間でも電車やバスの待ち時間でも、ヒマさえあれば本を読み漁る読書好きの秀才として。ユーリは天真爛漫で誰とでも積極的に話せるいわゆるコミュ力おばけとして――そして最後に、画伯としてもだ。

 

 きっかけは中学時代の美術の授業だった。特に課題もなく自由に絵を描く時間、ユーリは奇妙な絵をキャンバスに描き出したのだ。

 

 絵は筆を叩きつけたようなタッチで、中央に二つの人影。軍服らしきものをまとった彼女たちを囲うように、目鼻口のあるキノコ、幾何学的な図形を背負う謎のオブジェ、破裂したパイプや倒壊するビル群などがひしめいている。

 

 同じクラスだったリンはそれを見たとき、背筋が寒くなって目をそらしたことを覚えている。まるで世界が終わったような灰色の下地に、奇怪なオブジェの数々。どこまでも救いがなくて寂しい絵だった。

 

 しかしリンとは反対に、感銘を受けた者もいる。それがたまたまどこかの偉い先生で、コンクールに出されたその絵を非常に高度な抽象画として絶賛。ユーリは画伯のあだ名をつけられることとなる。

 

 当然、絵の意図を問われることもあったらしい。何を描いた絵なのかと。その時「ちーちゃんが喜ぶと思ったから」と答えたことで、チトの名も知られる流れになった。

 

 チトは大の本好きなだけでなく、稀に見る成績優秀者だった。小説でも論文でも教科書でも浴びるように読む彼女は、テストはもちろん全国模試でも好成績を残しており、ユーリの言葉をきっかけに秀才として持ち上げられた。

 

 天真爛漫な天然の画伯と、クールで頭のいい秀才。話題性抜群の二人が凸凹コンビとして有名になるのに、時間はかからなかった。

 

「ちーちゃん、そろそろご飯にしようよ」

「さっき食べただろ。後でスープ作るからちょっと待て。今いいとこなの」

「えー。もう、読書中毒」

「あ?」

(仲は良い、のか?)

 

 人間関係に明るいとは言えないリンにとって、チトとユーリの仲は計り知れないところがあった。趣味も性格も合ってないように見えるのに、お互いそばにいることが当たり前のような、不思議な距離感。

 

「……まあいいや。トイレ行こ」

 

 といってもリンには関係のないことだ。

 

 クラスメイトたちの距離感を考えるより、今はトイレに行きたい。スープを飲みすぎたのだろう。

 

 本を閉じて立ち上がり、ランタン片手にトイレへ向かった。

 

「あっつ! なんだよもう」

「大丈夫?」

「一応冷やしてくる。火見ててくれ」

 

 その時風に吹かれた火の粉に当たり、同じくチトが立ち上がるのだが、リンの耳には届いていなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あ」

 

 用を済ませて個室を出ると、思わず声が漏れた。

 

 先程まで考えていた仲良し二人組の片割れ、チトが手洗い場で手を洗っている。チトはリンの方に振り返り、両者の視線が交錯した。

 

 リンはきょとんとして、一方のチトは気まずそうに眉値を下げる。

 

 その表情でリンは先程の黒歴史のことを思い出し、顔に熱が集まっていく。

 

「こ、こんばんは。寒いね」

「う、うん。そだね」

 

 沈黙。気まずさを誤魔化すための言葉でさらに気まずさが増してしまう。

 

 リンはチトの隣で手を洗い出した。その間、「キャンプ、好きなの?」「この時期はよく来るの?」などのセリフが脳裏をめぐるも、実際口に出すことはなかった。

 

 チトは水を止め、手の一部分をためつすがめつしている。それと同時にリンも水を止め、トイレを出るタイミングがピッタリ重なった。

 

 もしかしてこのまま湖畔まで一緒に行かなきゃダメなやつか、と戦慄するリン。一方、チトはあさっての方向をじっと見ていた。

 

 視線の先にはトイレの外にあるベンチ。

 

「……さすがにいないか」

「あの爆睡してた人?」

 

 ぽつりとチトがこぼしたのに、リンが聞き返す。どうやらチトもあの変わった光景を見ていたらしい。

 

 リンが昼頃にこのトイレ前を通りかかったとき、ベンチの上でいびきをかいて爆睡する少女を見かけたのだ。夕方にはまだ姿があったものの、さすがにもう帰ったのだろう。

 

 チトは苦笑している。

 

「絶対カゼひくよな、アレ」

「うん。今頃鼻でも垂らしてたりして」

 

 率直な思いを言ってみると、チトがくすりと笑い、しぜんと空気が軽くなった。

 

 今頃鼻を垂らしてくしゃみでもしてそうなあの女性には申し訳なく思うものの、湖畔までの道のりでまた気まずくなることはないだろう。チトにつられるように、リンも安堵の笑みを浮かべる。

 

 そうして踵を返す二人だったが――

 

「ぐすっ……」

「……」

 

 例の女性はすぐそばに居た。

 

 奇しくもリンの言ったとおり鼻水と、ついでに滝のような涙を垂れ流して、二人が振り返ったすぐそこに。

 

 振り返ればそこにいるホラーじみた展開と、周辺の暗さが手伝って、リンとチトは石像のように固まり――全力で駆け出した。

 

「待ってー!」

 

 背後からの涙声を聞く余裕ができたのは、リンのテントに二人が滑り込み、我に返ってからのことである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 トイレからより近かったリンのテントに逃げ込むと、泣いていた少女も追いつき、騒ぎを聞きつけたユーリも合流して、四人の少女が顔を合わせることになった。

 

 リンとチトは焚き火の明かりで冷静さを取り戻し、女の子は泣きながら事情を説明し始める。

 

「あははは、ドジだなぁ」

「ひどいよー!」

 

 ひとしきり女の子が語ると、ユーリは腹を抱えて笑った。女の子は涙目になっている。彼女には申し訳ないものの、リンも同意見だった。

 

 彼女は今日山梨に引っ越してきて、自転車で富士山を見に来た。そしてあのベンチで少し休憩をとろうとすると寝入ってしまい、気づけば真っ暗に。暗いのが怖くて動くに動けず困っていたらしい。

 

「もうちょっと後先考えて動かなきゃダメだよ」

「どの口が言うんだお前」

 

 したり顔のユーリにチトがすかさず突っ込む。

 

 合流してすぐはチトを庇うように女の子を見つめていたユーリだが、警戒の必要はないと判断したらしく、ぐいぐい距離を詰めている。その様子にますます「大型犬みたいだな」という印象がリンの中で強まった。

 

「……携帯とか持ってないの?」

「あっ、そうだ。スマホ!」

 

 リンの口出しで、スマホスマホとポケットを漁りだす女の子。

 

 しかし出てきたのはトランプ一組だった。たしかに形はスマホだ。

 

「ちょうどいいや。みんなでババ抜きやろう」

「やるかっ」

 

 すこん、とチトがユーリの頭をはたくと、腹の鳴る音が二つ聞こえてくる。一つは女の子、もう一つはユーリのものだった。

 

「カレーメン食べる?」

「「いいの!?」」

「一五〇〇円」

「十五回払いで……」

「ちーちゃん貸して」

「ウソだよ。……私もごはんまだだから、これ半文こしてくれる?」

 

 カレーメンは二つあるが、一つはリンの夕食だ。もう一つを腹ペコ組にあげることにすると、二人はぶんぶん首を縦に振った。

 

 一方、チトは呆れた声をあげる。

 

「ユー、お前さっき晩ごはん食べただろ」

「それはそれ、これはこれ!」

「まったく……うちのユーがごめん」

 

 もう食べたのかよ。心中でチトと同じく呆れるリンだったが、カレーメン一つくらい特に惜しくない。半分こする女の子がよければ問題ないだろう。

 

 女の子はチトの保護者じみた謝罪に、「私は全然大丈夫!」と満面の笑みを返した。

 

 水を入れた鍋をコンロにかけ、お湯を沸かしてカレーメンへ注ぐ。出来上がるまでの三分間でユーリと女の子はすっかり意気投合し、好きなカレーメンの銘柄を語り合いつつ、きらきらした視線をカレーメンに送っていた。その間にチトは「じゃ、私先に戻ってる」と自分のテントへ帰る。三分はあっという間に過ぎた。

 

「はふっはふはふ……ぷはぁ! 口の中火傷した! はい、ユーリちゃん!」

「ありがとーなでしこ。はふっはふはふ……」

 

 美味そうに食いやがる。

 

 半分食べたカップがユーリに渡り、リンは二人の食べっぷりをまざまざと見せつけられたわけだが、あんまり美味しそうな食べ方にしばし見とれていた。

 

 なでしこ、といつの間にか呼ばれていた女の子に「どうしたの?」と首をかしげられ、はっと我に返る。このままでは自分のカレーメンがのびてしまう。

 

 慌てて自分の分をすする。ちぢれ麺にコクのあるカレーが絡み、冷えた体にスパイスが染み渡るようだ。時折麺にからまったじゃがいもが口の中でほろりと崩れ、その甘みがカレーの旨味を引き立てている。

 

 ほう、と息をついて一言。

 

「おいしい……」

 

 思わず口をついて出た言葉だった。

 

 なお、その様子を見たなでしことユーリが「な、なんか色っぽいね」「うーん、エロい」と話していたことに、リンが気づくことはなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「これあげる」

「いいの!?」

「え、私も?」

 

 スープまで飲み干してしばらくぼうっと美味しさの余韻に浸っていたユーリは、おもむろにポケットから何かを取り出した。

 

 見ると、有名なブロック状の栄養食だ。一袋二本入りで二袋、それぞれなでしことリンに差し出している。

 

「私の大好物。カレーメンのお礼と、半分このお礼だよ」

「気にしなくていいのに。でもありがとう、いただきます!」

「ん、私も後で食べるね」

 

 すぐに開封して「美味しい!」と笑顔のなでしことは対照的に、そそくさとポケットにしまうリン。この食品は口の中がパッサパサになるだけでなく、見た目以上にお腹いっぱいになる。カレーメンを食べたばかりのリンには重かった。

 

 さて、なでしこがやはり美味しそうにそれを平らげたところで、本題に入る。

 

「それで、あなたどうするの?」

「うっ」

 

 なでしこがこの後どうするのか、何も決まっていない。

 

 リンが改めて聞くと、とたんになでしこは困り顔になる。スマホはないし、リンやユーリのを借りても新居の電話番号が分からない。一人で帰るには道中が暗すぎて怖い。

 

「私とちーちゃんで送ってこっか?」

「え?」

 

 リンも真剣に悩みだしたころ、ユーリはそう言った。

 

「暗いのって怖いよね。なんにも見えないし、聞こえないし。でも誰かと一緒なら大丈夫だよ」

「たしかにそれなら怖くないけど……でも……」

「どしたの?」

 

 こてん、と首をかしげるユーリの瞳はどこまでも真っ直ぐだった。冗談や気遣いではなく、本気で言っていることがリンにも分かった。

 

 ただ、なでしこの遠慮する気持ちも分かる。ここから南部町まで送ってもらうとすればそれなりに距離がある。そこまでお世話になるのは、と考えているのかもしれない。

 

「あっ!」

 

 さっきとは別の意味で悩みだしたなでしこだったが、唐突に明るい声を出す。

 

「お姉ちゃんの携帯の番号、知ってたよ、私!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 なでしこはリンのスマホを借り、姉に連絡した。期せずして賑やかになったソロキャンも、迎えが来ればいつもどおりに戻るだろう。

 

 「聞いてよ奥さん」「どしたの奥さん」などとやり取りしながら、なでしことユーリが談笑している。

 

 いわく、富士山を見に来たのに曇ってて全然見えなかったとなでしこ。その上寝過ごして暗い中に一人ぼっちとは、不幸とドジが重なったなでしこにリンも同情を禁じ得ない。

 

「おい、ユー。いつまで話してんだ」

 

 と、そこでチトがやってきた。さりげなくリンと視線を合わせ「うるさくして悪い」「大丈夫」とアイコンタクト。リンは自然とそうしていた自分に驚きつつ、焚き火に照らされた三人を見守る。

 

「あ、ちーちゃん。寂しくなっちゃった?」

「べ、別にそういうわけじゃないけど……あんまり話し込むと志摩さんに迷惑だろ」

「お固いんだから。じゃ、私もそろそろ戻ろうかな――おっ」

 

 立ち上がったユーリはふと湖畔を見やり、つられてリンもそちらを向く。

 

 きっと思っていたより長い時間経っていたのだろう。空を覆っていた雲は晴れ、やわらかな月明かりが湖畔を照らしている。なでしこが見に来た富士山の威容も、余すところなく見ることができた。

 

 リン、ユーリ、チト。三人揃って絶景を前に息を呑む。しかしなでしこは急におしゃべりを止めた三人に、首をかしげている。

 

「三人ともどうしたの?」

「アレ、見に来たんでしょ」

「アレ?」

 

 あれ、と指を指す。

 

 なでしこが振り返った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 リンはなでしこを迎えの車まで送り届けに行き、ほとりにはチトとユーリだけが残された。

 

 二人はフォールディングチェアに身を預け、ぼうっと富士山を眺めている。月と星に照らされた富士の霊峰は幻想的で、この世のものではないようだった。

 

 ぽつり、とチトが口を開く。

 

「なあ、ユー。覚えてるか」

「んー?」

「私たちは何で生きているのか。こうやってあてもなく旅をして、行き着く先に何があるのかって、私言っただろ」

「あー、言ったような、言ってないような……あれ? 前のこと思い出したの?」

「まあな」

 

 チトはユーと出会ったのをきっかけに、自分の記憶が欠落していることを自覚した。不思議なことに、生まれてから今までの記憶はきちんとそろっているのに、それよりも前のものを虫食い状態で覚えている。その記憶の中では、幼馴染のユーと同じように出会い、旅をしていたらしい。

 

 意識や記憶のない間、人は生きていると言えるのか。前の記憶から受け継いだ漠然とした不安があった。不安は成長に伴い大きくなっていき、高校生になるとついに我慢できないほどになっていた。

 

 だからチトは記憶の断片と同じような行動を試してみたのだ。凍えるような寒さの中、ユーと二人きりでランタンや焚き火に向かい、限られた水と食料をやりくりする。それがキャンプと呼ばれるアウトドア趣味と気づいたのは後になってからだった。

 

 結果としてチトの欠落は埋まり、不安はなくなった。

 

「ここが死後の世界だとしても……この景色を見るために、旅をしてたのかもな」

「詩人だねー。でもここは死後の世界じゃないよ」

「なんで?」

「だって寒いじゃん」

 

『ねえ知ってる? 死後の世界はあたたかいんだって』

『だったら私たちは、まだ生きてるってことだな』

『寒いね……』

 

 過去が脳裏にまたたいて、それに呼応するように、冷たい風が二人の間を吹き抜ける。震えながら「たしかに」とつぶやくチト。

 

 しばし感傷に浸る一方、ユーは気にせずはしゃいでいる。

 

「ねえねえ、ちーちゃん免許とってよ。バイトして相棒買ってさ、美味しいもの食べに行こう」

「相棒、って。アイツが売ってるわけないだろ」

「遅れてるなー、ちーちゃんは。今はつうはんで何でも――」

「買えるわけ――」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 暗く静かな世界に二人の声がとけていく。ただし前回とは違って、決して二人ぼっちではない。

 

 少し離れた場所のテントではソロキャン好きの少女が眠たげな顔で本を読み、ある車中の少女はキャンプ飯の味を思い出しつつ、姉から煙臭いと苦言をもらう。いつか二人が想像した、騒がしく豊かで暖かい世界が広がっている。

 

 長く静かな旅路を行くうち、二人は何もかも失ってきた。しかしようやく気を抜いて、お腹いっぱいになれる場所にたどり着いたのだ。

 

 一度終わりを迎えた後で。

 

 終末の果てに。



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