あれから会話も無く家に戻った僕らの間は、まるで前世の僕らのようにギスギスとした険悪なムードが漂っていた。
今までどちらかが2人分用意していたごはんも完全別、掃除洗濯も各自で会話無し。かっちゃんの家にいる時間は縮まる所かむしろ延び、数日家を空けることすら出てきた。まるで家庭内別居だ。
唯一かっちゃんが口を開いていたのは「仕事行ってくる」と「護衛は付けた」のみ。仕事の概要は未だ一切洩らさない。
それがついに今日、それすらも無く無言で出ていった。
「気まずいのはわかるけど、あんまりだろ」
僕は歩み寄ろうと努力したのだ、一応。
でも話しかければ無視をされ、家事をやればもう結構とばかりに手にしていたものを奪われる。あんまりにもあんまりなその態度に、早々に僕は音を上げた。
「今日出かけるよって言おうと思ってたのに。もう知らないぞバカっちゃん」
何も言ってないし、護衛なんぞ全く考えてなんかないだろう。でも勝手にいなくなったかっちゃんが悪いんだからな。
……書き置きくらいは、残しておこうか。
「いやいや!今日行くところ別に危なくないし!!逆に安全だし!!」
これ幸i……心を鬼にして!
どうせいつも夜中に帰ってくるんだし、日中僕が居なくても気付かれまい。
そう判断して、僕は紺のスニーカーに足を通したのだった。
ヒーローを襲う敵。
その敵は一体なにが目的でそんなことをしているのだろう?
ヒーローの……反社会的勢力の排除?でもそれなら襲撃直後真っ先に警察に通報するはずだ。
あの時、かっちゃんはヒーローを保護・治癒していると言った。事件が表面化していないことを見ても、この件について警察は把握していない。
愉快犯?ならヒーローだけを狙う理由が弱い。一般人よりも戦闘慣れしている相手だ。前世でのマスキュラーのような、強い相手に勝つことに快楽を感じる類いの犯行だろうか。
……いや、それなら全員生きてる理由も分からない。殺さないのは一体何故だ。
……考えられるのは、前世にて似たようなことを繰り返していたヒーロー殺しステイン。
しかしステインには快楽殺人とは違う明確な目的意識があった。
この善悪入り乱れた世の中で、ヒーローのみ狙うのは彼の意思とは違うような気がする。何かがおかしい……。
と、考えに耽りながら到着したのは大学病院だ。半国営化されており、有用な個性を持つ医師や看護師達はその使用を許可されている。個性使用が許可されている機関の中では、一番一般人が立ち入りやすい場所でもあるだろう。
「えーと……確かエントランスホールに」
今回ここに来たのは僕に何か病気がある訳でも検査をする訳でもない。人に会いに来たのだ。
「君かい、緑谷さん」
キョロキョロと辺りを見渡していると、目線より下から懐かしい声が聞こえた。
「……ここでは赤谷でお願いします。
はじめまして、修善寺さん」
そこに居たのは修善寺治与───前世でリカバリーガールと呼ばれた人だ。
この大学病院の医師として名を馳せており、その有用な個性故にこの病院の外科手術の成功度は群を抜いている。
そして、UA設立から居る最も古いメンバーの一人だ。
ヒーロー活動というより、ヒーロー活動で傷付いたヒーロー達を治癒する専門。そのため世間に顔や名前を知られずに済んでいる。
外部から『狙われにくい』とされているヒーローだ。お仕事が忙しくて中々事務所に顔出しは出来ていないらしい。
「あぁそうだね、赤谷さん。初めまして、話は彼から聞いてるよ」
「はい、お世話になります」
関係者パスを渡され、普段はキーロックされている一般人は立ち入ることの出来ないエリアに入っていく。
リカバリーガールの個性は『癒し』。対象者の体力を使い治癒力の活性化を図る個性だ。
しかし病院に入院している患者の中にはその個性使用に耐えられないほど衰弱している人も山ほどいる。どうしても体力のある若い人の方が完治率が高くなるのだ。
隣のベッドのあいつは立ち所に治ったのに、なんで自分だけ……。
そんなストレスから病院側へと苦情がいくつか来たらしい。
今ではリカバリーガールの治癒に耐えられるとされる患者はこのキーロックされた別棟に隔離されるようになったという。
「……ま、気持ちもわかるがね。倒れたヒーローも匿いやすいってことさ」
「……そう、ですか」
「まぁ元々私の個性じゃ救えないような患者は沢山入院してるさね。───ここだよ」
迷路のような道を進んだ先には、病室が立ち並んでいるフロアが。
見た目は普通だが、看護師や他の医師は見当たらない。リカバリーガール一人で切り盛りしている病棟らしい。
「きっかり30分。それ以上は許可出来ないよ」
「充分です、ありがとうございます」
「なんの」
案内された病室の扉をそっと開くと、病院特有の消毒の匂いと薬品の匂い。
今日僕がこの病院に来たのは、他でもないこの病室にいる一人のヒーローに会うためだ。
ヒーロー襲撃事件。
かっちゃんが毎日のように遅くまで駆けずり回っても進展が無い所を見ると、おそらく難航している。
前世の記憶を持つ僕になら、決定的な証拠が無くともその手口から前世で似たような犯行をしていた犯人を割り出すことが出来るのでは無いかと踏んだのだった。
前世での僕らと今世での僕ら、記憶保持の有無に差はあれど志というか、心の根っこの部分に相違点は少ない。
勿論育った環境等で更生どころか犯罪とは無縁の生活を送る元敵なんかも存在するかもしれない。でも、可能性があるのなら。オールマイトのいない今、僕だけがそれを知っているのだから。
そして僕がその襲撃事件の被害者として知っている唯一のヒーロー……インゲニウム。
調子はもうだいぶ良さそうにしているものの、身体中に巻かれた包帯が痛々しい姿で彼は出迎えてくれた。
「初めまして、インゲニウムさん。僕が赤谷……いえ、緑谷出久です」
「あぁ、塚内さんと修善寺さんから話は聞いてるよ、よろしく。飯田天晴……インゲニウムだ。
それで、ご要件はなにかな?」
かっちゃんとの言い争いの際、かっちゃんの言い分も最もだと思っていた。
守られるだけで何もUAのために行動出来ていない自分。これじゃあ何の為にここに来たか分からないじゃないかと。
そのために一人、行動を起こすことに決めたのだった。
僕は、ヒーローになるためにここにいるんだからと。
「はい。襲われた時見た犯人の特徴とか教えて欲しいんです。覚えていること、なんでも」
「……塚内さんにも言ったけど、殆ど覚えていないんだ。一瞬だったし、まずマスクで人相もわからなかったし」
「マスク……そうですか。一瞬、とは?」
「言葉通り一瞬さ。
普通に道を歩いていたらいきなり後ろから腕を掴まれ、転がされた。相手の顔を見る前に突如腕に激痛が走って、そしたら」
包帯でぐるぐるになった両腕を見せてきた。
「……ターボ部分が全損した。まるで元から無かったかのように。もう右腕は治らないそうだ、左も元通りにはならない。
本当、何が起こったのか俺もまだよく分かっていないくらいだ。
ヒーローももう、廃業かな」
「そんなっ!修繕寺さんの個性ならっ……」「ダメらしい。普通の怪我は治癒出来る。でも治癒力を上げても骨組そのものが失われちゃ戻しようがないだろう?折れた骨をくっつけることは出来ても無い骨を生やすことは出来ない。そういうことだ。
痛みで意識を無くしかけた時、辛うじて見えたのは犯人の靴と黒い……靄のようなものだけ。だからごめんな、あんまり力になれそうにない」
彼が言うには、他の襲撃されたヒーローの証言も大体似たようなものらしい。
違うのは掴まれた箇所がそれぞれの個性の核となるような場所という点。触られた隙に何かをされたと考えるのが普通だが、手口が余りにも鮮やかで隙が無く、また人通りの少ない所での犯行のため目撃者もいない。捜査はかなり難航しているらしかった。
「貴重なお話ありがとうございました、インゲニウムさん。
あと、弟さんが心配していましたよ」
「……天哉が?」
「危ないことはして欲しくないし、反社会的かもしれないけれど。立派だと思うし、尊敬しているって弟さん、おっしゃってました。……早く連絡、取れると良いですね」
片腕でだってヒーローはやれる、なんて気休めは言えなかった。
だってそれを決めるのは僕じゃない。
襲われた恐怖だってあるだろう、もうヒーローなんてこりごりかもしれない。一生懸命に頑張ってきた人にさらに頑張れなんて、言えない。
「ありがとう。……正直、こんな腕でなんて家族に顔向けしたら良いか途方に暮れていたんだ。
俺、退院したら天哉と話すよ。機会をくれてありがとう、緑谷さん」
憂いの晴れた笑顔を見て、少しだけ救われた。にこりと笑い返し、病室を出る。
───犯人が、わかったかもしれない。
そっと電話可能なスペースへと移動し、塚内さんへと電話をかけた。
『……はい、もしもし。赤谷くん、この時間に電話ってことは彼と会えたかな?』
「はい、インゲニウムさんには会えました。修善寺さんへのアポ取りありがとうございました。
それで、話を聞いてヒーロー達を襲った犯人かもしれない人物に心当たりがあるんです。調べてください」
確証は無いんですけど、と頭を掻きながら言えば、少しの間を置いて塚内さんが驚いたような声をあげた。
『……凄いな、君は。僕らが一体どれだけ調べたと思っている?全く証拠も無かったと言うのに』
「心当たりのある個性を知っていたので。
死柄……いえ、志村転弧、若い男性です」
『……身体的特徴は』
「病的な細身でグレーの髪、赤い眼に不健康そうに皺だらけの顔をしています」
『ありがとう。調べてみるよ』
「よろしくお願いします」
電話を切る。
インゲニウムを襲ったのは、きっと死柄木弔で間違い無いだろう。
触れた部分が修復不可能な程に欠損するのは個性『崩壊』の特徴だ。
腕を掴まれて、と言っていたインゲニウムの証言とも合致する。そして黒い靄……おそらく、ワープゲートの個性を持つ黒霧。この二人はタッグを組んでいると見て良い。
この世界でも彼らは敵として動いている……。
しかし何故、ヒーローのみを狙う。
ヒーロー社会を憎がっていた前世とは違い、今世は警察社会だ。正義が憎いのなら、相手は警察でもおかしく無いはず。
……待て、前世死柄木のバックに居たのはオールフォーワンだ。今世もそうだとしたら?
オールフォーワン……警察組織の人間が、逮捕もせずただ傷付けるだけ傷付け放置するか……?
そんな敵紛いなこと、普通は有り得ない。
途端に、恐ろしい推測が頭をよぎった。
……オールフォーワンに、前世の記憶があったとしたら?
オールマイトを逮捕し、彼の大事にしているUA組織のヒーロー達を、歯痒い思いをする彼の目の前でいたぶりたいがためのパフォーマンスだったとしたら?
オールマイトに対する嫌がらせを生き甲斐にしているような愉快犯だ。有り得ない話じゃ、ない。
───オールマイトは『私ら以外に前世の記憶があるものがいないと思っていた』と言っていた。
あの不健康な骸骨のような見た目の影に、過去オールフォーワンとの戦闘がまた繰り返されていたとしたら。
神野の悪夢の続きを。
その時、互いに前世の記憶があると知るだろう。そしたら……。
そこまで考え、ぶんぶんと頭を振った。
憶測、全て憶測だ。証拠は何も無い。
例え死柄木とオールフォーワンが繋がっていたとしても、僕がやることは変わらない。
───オールマイトを、ヒーローを助け出すんだ。
修善寺さんに見送られ決意を新たに帰宅すると、焦ったような顔のかっちゃんがいた。
もう帰ってたんだ、今日は早いな。
「お前ッ!!出かけるなら護衛付けろよ!連絡しろって何度も言ってんだろうがッ」
「……ごめん」
……そもそも無言で出ていったかっちゃんだってどうなのさ。言わないけど。半分仕返しじみた行動だった自覚はある。
「お前がまた無茶やらかしたかと思ったじゃねーかッ!!
俺の、俺のせいで……」
「……かっちゃん?」
俯くかっちゃん。
なんだか様子がおかしい。
「……この間は、その……言い過ぎ……くそっ悪かったな!!」
「……ぶは、」
なんだそれ。思わず噴き出してしまう。
普通に謝ることすら出来ないのか、さすがだな。
「あぁ!!?なに笑ってんだよクソが!!」
「ふっ……な、なんでもない。
それにね、かっちゃんの言ってたこと確かになって僕思ったんだ」
「……相澤に聞いた。オールマイトの自決を止めるためにお前は木偶の坊のままなんだって」
「……」
「無個性のお前が何をどうやってオールマイトの後釜出来んのか、それは俺にはわかんねぇ。教えるつもりもねぇんだろうが」
「……うん、ごめんね」
罪悪感に近い色々な感情が混じり合って秘密を打ち明けてしまった前世。
あれがあったからかっちゃんに随分と助けられ、沢山迷惑もかけた。今回教える気は、今は無い。
「別に謝罪が欲しい訳じゃねぇ。
ただ、取り消す。お前はヒーローでも無く守られてばっかな奴じゃねえ。
……だから、あの時言ったのは、取り消す」
相澤さんは、説教でもしたのだろうか。
もしくはこの極限まで動いても何も証拠が掴めない現状に、『オールマイトのためになれていない自分』に嫌気がさしたのだろうか。
……馬鹿だなぁ。
「かっちゃん、確かに僕にはまだ力が無いし、守られてばかりだ。でも僕はオールマイトを助け出したいと思ってる。無個性の僕でも、何か出来ることがあると思うんだ。
無個性の僕がオールマイトの心を揺さぶることが出来たように、何か出来ること。
もし。もしさ、僕がそれを成せたら。
───いつか、僕を認めてほしいな」
にかっと笑い、かっちゃんをまっすぐに見やる。
僕にとっては複雑な人物に当たるかっちゃん。前世ではなんだかんだ言いながらも僕を助けてくれた。
……認めてくれていたんだと、思う。
だから、今世でも、いつか。
「……そこは守れ、だろうが。俺は護衛なんだからよ」
「いやぁ、あんまり頼ってばっかりじゃ悪いし」
「……それが仕事だ」
一瞬見とれたように固まったかっちゃんに、首を傾げながら。
───その強い意志を込めた瞳こそが昔勝己が出久に惚れた理由そのものなのだが、2人が自覚するのはまだ先の話だ。
「……っ?」
一応仲直り、になるのだろうか。
ほっとしていたら反応が遅れた。もす、と押し付けられたのは、どことなくオールマイトを彷彿させる黄色いリボンがピンと立った可愛らしい髪ゴムだった。
「……これは?」
「そのモサモサ髪を、その……どうにかした方がいいと思ってな。安心しろ、GPS付きだ」
「その一言のどこに安心要素が!!?」
「外すなよ、常に身につけてろ。何かあった時はリボンを解け、緊急通知がヒーローに行く」
「うひゃあ……」
「うひゃあじゃねぇ。毎度毎度勝手にうろちょろしやがって。俺が買い物してる間くらいじっとしてやがれ」
……買い物している間くらい?
その言葉に引っかかった。かっちゃんはここしばらくそんな時間は取れなかった筈だ。
「買い物?そんなの……って今日の?
仕事じゃ無かったんだ……?」
わざわざ僕のために髪ゴムを買ってきてくれたんだね、とくすりと笑う。かっちゃんは今更自分が失言した事に気付いたみたいで耳を赤くしていた。
……もう、悪かったよ。
仲直りのために色々考えて用意してくれたんだろ。それで帰宅したら僕が居なくて、さぞ肝が冷えただろう。
ごめんね。
「ありがとう、かっちゃん。大切にするね」
◆
その後、セキュリティ万全な特殊端末からならと実家に連絡する許可を貰った僕は、久しぶりにお母さんに電話をかけていた。
飯田くん達を間近で見て、まだ連絡一つ寄越さない娘をずっと心配しているだろうお母さんに一言大丈夫と言いたくなったのだ。
……泣いてないかな。
元気、かな。
「……もしもし、お母さん?」
『もしも……いいい出久!!?無事なのね!!?』
「うん、大丈夫。……まだ帰れそうにないけど、ごめんね。
僕、こっちで頑張ってるから。詳しくは、言えないけど」
『……事情はよくわからないけど、それはほんとうに大事な事なのね?』
「そう。僕がやらなきゃ、いけないんだ」『……わかったわ。警察から捜索願を出したらと勧められていたけれど、お母さん出久を信じる。
その代わり、これからもきちんと電話を寄越しなさい』
「ありがとう。わかったよ」
許された時間はここまで。束の間の親子の会話だった。
……やっぱりお母さんは強いや。
あんな夜逃げみたいに消えた娘が一体何をしているのか、絶対に心配していた筈だ。その理由を誰よりも知りたかった筈だ。
なのに無事なら良いと、涙を飲んでくれた。信じて待つと言ってくれた。
僕はそれに、報いなければ。
◆
「大変だよ弔、君の存在がバレた。しかも本名のほうでだ」
警察内部、とある会議室にて。
全田はかかってきた電話を切り、ため息混じりにそう零した。
あぁ、面倒なことになったなと。
「はぁ?戸籍の無い俺の本名知ってるのなんか先生くらいだ。外では死柄木で通ってる俺の情報なんて漏れようが無いだろ」
「……普通はそうだね」
全田はスマホの画面を消し、卓上の資料を手に取る。
そこには赤谷海雲───本名緑谷出久の無邪気に笑う写真がクリップで停められていた。
全田───オールフォーワンは違法の私設部隊を抱えていた。
その人員は無作為に選んだ敵予備軍達。前世の記憶を持って集めうる限りの悪を『正義』のハリボテの名の元に集結させたのだ。
その一人がここにいる彼、元志村転孤。
轟には私設部隊は解散させると嘯いたものの、そんな気はさらさら無かった。
「オールマイトの逮捕直前に出会ってたという緑谷出久……この子は取り逃してる。あちらに……ヒーローに取られたようだね。
そしてその後捜査の手が入った、誰も知らない筈の弔……。
……はは、オールマイト。君は本当に面白い置き土産を残してくれた」
ぐしゃり、と出久の写真を握りしめた。
なるほど、なるほどオールマイト。
逮捕された最後の最後になって大きな爆弾を残してくれたものだ。彼……いや、彼女が野放しになれば証拠など無くとも目を付けられるだろう。
───緑谷出久。
その子にも、記憶があるんだろう?オールマイト。
「邪魔物にはご退場願おうか。今回は正義の味方らしく、この世界のルールとやらに則って」
正義に扮した悪が、活動を始める。
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