指名手配犯ヒーローズ   作:詩亞呂

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Wanted Hero

 

 

大きな事件も無く平和な日常が過ぎたある日。

 

「おはよぉ、かっちゃん」

「おう」

 

身元が割れたせいなのか、あれからヒーローが襲撃されることが無くなった。まだ死柄木の足取りは掴めないままだが、ここまであからさまなら黒だったと見ていいだろう。

あとの搜索はそれに優れた個性持ちと警察内通者達とに任せてくれと、かっちゃんの仕事は一旦の終了を迎えた。

ようやくかっちゃんの目元の隈も消え、ほんの少しイライラも収まったようだ。寝不足によるストレスもあり怒りやすくなっていたようだったし、睡眠は大切だ。

 

「あれ、かっちゃん大学は?」

「休講。お前は」

「創立記念日」

 

珍しく平日に2人の休みが重なったようだ。

なんとなく特別な感じのする食卓に付き、いつもより少し遅めの朝食を取る。

日課となっているニュース番組を惰性で付け味噌汁を口に運んでいると、耳の端からとんでもない情報が飛んで来た。

 

 

『───次のニュースです。

コードネームオールマイトを名乗る個性不正使用の罪で逮捕された八木俊典が、警察の調べで戸籍上無個性だったと判明しました。現段階で発動系個性所持の有無を科学的に調べる手段は存在していないため、───』

 

思わずかっちゃんの服を掴む。

そうだ、彼は元々無個性で僕と同じく譲渡された人間。

今持っている個性を見破られる……それこそラグドールの強化版のような個性持ちが警察側にいなければ誰もオールマイトの個性持ちを立証出来ない。

科学的に全人類の個性数値を知る手段が確立されたのは、オールマイトと手を組んだ天才科学者の生み出したサポートアイテムの副産物だ。この世界には現存しない。

 

今の技術で可能なのは個性の有る無しを足の骨から推測すること、発動型の発動時の個性数値を瞬間的に計測すること、それだけだ。発動は本人の意思でのみ引き起こされるため、通常時をいくら調べたところで変わらない。

例え人間離れしたパワーを持っていたとしても、それを個性だと言い切ることはこの世界では不可能なのだ。

 

「これだ……これだよ、かっちゃん!」

ここから反撃が出来る。

オールマイトを無罪で釈放……とまではいかなくとも軽犯罪にすら持っていくことが出来るかもしれない!

 

「相澤と塚内が動いてたのは、これだったのか。……中々やるじゃねぇか」

珍しく上機嫌に相手を褒めるかっちゃん。

どうやらかっちゃんにも知らされていなかったことのようだ。嬉しさ半分で

「相澤さん達も劣らず秘密主義じゃないか」

と零せば、

 

「当たり前だろ。警察側にも漏れたらヤバイ情報を扱う守秘義務ってのがあるんだ。俺ら一般人に漏らしちゃなんねぇ情報、ヒーローには横流ししたい情報、それを精査してスパイやって貰ってんだから」

「う……」

確かにそれもそうだ。

戸籍の情報なんてデリケートな情報、迂闊に扱えば諸刃の剣だ。

 

そんな話をしていた時、かっちゃんのつうしん相澤さんからの電話が来た。オールマイトの件だろう、ハンズフリーにして貰う。

 

『お前ら、すぐ事務所に来い』

「オールマイトの件だろ、ニュース見たぞ」『違う。いや……まぁそれもあるが。

緑谷、お前の事だ』

 

……僕?

 

 

 

 

言われるがまま事務所に集まれば、深刻な表情の相澤さんが鎮座していた。

オールマイト奪還に大きく近付いたというのに、なんて表情だ。何かしら想定外の出来事があったのだと、知らずにこちらの表情も固くなる。

 

「オールマイトの無個性が証明できたと、今朝塚内さんから電話があった。お前らもニュース見ただろう」

「はい、良いニュース……ですよね……?」

「それだけならな。

───緑谷、お前は行方不明者として全国に顔と名前が公開されることになった。もう計画を止められる段階では無く、決定事項らしい」

 

「……は?」

僕が、行方不明者……?

確かにこの前お母さんに連絡した時、捜索願を勧められたと言っていた。しかし、信じて待つと言ってくれたのだ。お母さんが暴走したとは、どうしても考えにくい。

 

「警察側も必死だ。オールマイトは無個性と判明し誤認逮捕説すら浮上しつつあり、力を入れているヴィジランテやヒーローの検挙もヒーロー側が活動を縮小したせいで中々捕まらない。

内部じゃもう対ヒーロー捜査を減員しつつあるんだそうだ 」

「じゃあなんで僕が……」

「だからだよ。

後がない奴らは最後の手がかりのお前をどうにかして捕まえたいんだろう。しかしお前に前科も個性も無いせいで逮捕は不可能。

犯罪者として晒し首には出来ない。なら行方不明者として晒しちまえって魂胆らしい。

かなりの警察上部でしか回っていなかった話らしく、対応が遅れたと塚内さんから詫びの伝言だ」

 

じゃあなんだ。

お母さんの許可も得ず、勝手に僕を行方不明者に仕立て上げて目撃情報を募り僕を手に入れようとしてるってことか。

……なんだ、それ。

正義の皮を被っただけの、ただの敵じゃないか。やってることは誘拐犯と、さほど変わりが無いじゃないか……ッ!!?

 

嫌な予感がする。

警察上部……まさか。

 

「それって……全田っていう幹部の発案だったりしますか」

「……良く分かったな。そうだ」

 

 

───やっぱり。

全田……いや、オールフォーワンはおそらく前世の記憶を持っている。

そして秘匿されていた死柄木の存在をオールマイトがいないにも関わらず探し当てられたことによって、おそらくオールフォーワンも僕の存在に気付いた。

だから奴は邪魔な僕を消そうとしているんだ。

 

「……それじゃ僕がここにいるの、まずいじゃないですか。最悪事務所もバレてUA自体が……」

「どうせお前が捕まればジ・エンドだ。警察にとっても俺達にとってもお前は最後の希望なんだよ。大人しく守られてろ」

「そんなっ……」

 

どうしようどうしよう。学校なんて行けない。外にも出れない。

行方不明者なんて言って、扱いは犯罪者のそれだ。相手もきっと本気で搜索にかかる。

そんなの、勝ち目なんか……っ。

 

「落ち着け、行方不明者の捜索なんて数ヶ月もすれば世間から忘れられる。

警察からの追手はあるだろうが、そんなもん今までと変わらんだろうが」

「でも……!」

コソコソと世間から隠れるような生活をしなければならないのか?何も悪いことなんてしていないのに!

活動を自粛せざるを得なかったヒーロー達だってそうだ、なんで、なんでなんで───!

 

 

「落ち着けよ」

ぱんっと軽く背中を叩かれ、はっと我に返った。

「かっちゃ……」

「目的を忘れんな。お前の一番やりたいことはなんだ」

「……おーる、まいとを、」

「助けるんだろ。多少のハンデがなんだ、オールマイトの件に関しては間違い無く前進してる。オールマイトが釈放されればお前は晴れて用済みだ」

 

言外に、それまでは耐えて見せろと発破をかけてくれたように感じた。

……励まして、くれてるのかな。

 

まるで珍しいものを見たかのように相澤さんは目を丸くし、こほんと軽く咳払いした。

 

「まぁそういうこった。

それがUA構成員として、反社会的勢力UAヒーローとして生きていくって事だ。受け入れろ」

 

 

 

 

 

『次のニュースです。〇月〇日から行方が分からないとされている緑谷出久さんの大捜索に警察が乗り出しました。緑谷出久さんは珍しい無個性の少女で、その珍しさに目をつけられたのではと言われています。

警察は彼女の目撃情報を随時受け付けています、電話番号は ───』

「……あほらし」

 

僕の名前と顔が全国に掲載されたのは、塚内さんからの忠告からたった2日後だった。

名前を偽っていたとはいえ顔はそのまま僕だ。同じ学校に通っていた人はすぐに気付くだろう。幸いなのは出回った写真が中学の卒業アルバムだったくらいか。無個性なことすら大公開されてしまった。

2年以上前の写真のため、麗日さんの手入れが入っていない頃のそれはオタクちっくな男っぽさに磨きがかかっている。え、これ女子?ってな具合だ。身体の二次性徴もまだだったから、胸もまな板でますます男子。

 

そして意外なことに制限付きではあるものの学校には行き続けている。テレビ離れの進む現代で、自分の見たいニュースをピックアップ出来る今ネットの行方不明者欄をわざわざ読み漁る若者は少ないだろうとの相澤さんの考えだったけれど、それが的中した形だ。

まずそもそもクラスメイトが偽名で生活しているとは考えないだろうし、通報前に僕に聞くだろう。

逆にコソコソと休み出したら、それこそ因果関係を疑われる要因になるとのお言葉だ。

 

一番困ったのは、善意の一般人達。

僕の目撃情報はとんちんかんなものからかなり的を得たものまで様々な情報が警察に集まっているらしく、その情報を元に虱潰しに捜索中だそうだ。

捜索範囲に僕の生活スペースが含まれている時は情報を前流ししてもらい、引きこもる。最近は頬に散ったそばかすを化粧で隠し、メガネかマスクで変装なんてこともしばしばだ。

 

……こんなにも早く化粧が必要になるなんてなぁ。

人間、必要に迫られればあんなに悩んでいたのが嘘のように吹っ切れるものだ。麗日さん曰く僕は『化粧映え』する顔立ちだったようで、ぱっと見ただけでは世に写真が出回っている緑谷出久と気付けない程垢抜けたそうだ。

こんな色気も何も無い理由で綺麗といわれても、微塵も嬉しくないけれど。

 

 

 

「───はぁッ!?犯人見つかったんじゃねーのかよ!!」

『〜〜……』

「……あぁ、あぁ。わかった、すぐ行く」

 

ぼんやりと宙を漂っていた思考を現実に戻したのは、かっちゃんの怒鳴り声だった。

「な、何……?」

「……ヒーローの襲撃が、再開したらしい。1人重症で運ばれた。現場にまだ痕跡があるかもしれない、行ってくる」

 

……一体どこまでやれば気が済むの、オールフォーワン。

僕の事といいヒーローの事といい、本格的にオールマイトを潰す気らしい。しかしこちらには国家権力に相当するような力も人脈も無い。八方塞がりもいいところだ。

 

「……現場にはなにも残ってないのが常なんでしょ?今わざわざかっちゃんが動かなきゃならない理由って何だよ」

 

こんな状況下だ。万が一死柄木達が現場に残っていて対面したとしたら、顔が割れていないかっちゃんすらも被害対象になり得る。今動くのはあまりにもデメリットが多い。

 

「……退院したばっかのインゲニウムが、重症のヒーローを逃がし一人で交戦してる。現場から今一番近いのが、俺なんだよッ」

 

───そうか……生きて、いるのか

 

───兄さんのやろうとしていることは……俺は立派だと思うし、尊敬しているよ

 

 

───俺、退院したら天哉と話すよ。機会をくれてありがとう

 

 

……駄目だ。駄目だ!

こんなの罠に決まってる、きっとかっちゃんも分かってる!ヒーローを人質に、僕の存在を炙りだそうとしているだけだ、かっちゃんが飛び込む必要なんて無い!!

───ッッでも!!

 

「行くしかねぇだろ。……ヒーローなんだから」

 

 

そう飛び出していくかっちゃんに、僕は何も言えなかった。

 

……その日かっちゃんが帰宅することは無く、漸く来た電話は『爆豪が重症で病院に運ばれた』という事後連絡だけだった。

 

僕は、また。

なにも、何も出来なかった。

 

ただの木偶の坊だ。

 

 

 

 

 

 

 

かっちゃんの情報が、敵にバレた。

オールフォーワンのことだ、かっちゃんがこちら側に居ると知れば僕も自ずと近くにいるのではと考えるだろう。元々幼馴染みなのは出回った情報だし、マンションに追手が来るのも既に時間の問題だ。

 

リカバリーガールによれば、かっちゃんの存在も個性も知らなかった相手は警戒してあまり必要以上に踏み込んで来なかったおかげで命にも個性にも別状は無いそうだ。

……しかし、それまで耐えていたインゲニウムは前と比べ物にならないほどの怪我を負い危険な状態、らしい。

 

……僕のせいで……!

 

インゲニウムを、ヒーローをダシに使われた。かっちゃんだって生かして泳がせた方が僕の動きがわかりやすいからだろう。完全に後手に回ってしまっている。

 

『緑谷、なるべく早めに事務所に向かえ』

「相澤さ……」

 

いつの間にか、僕は電話を取っていたらしい。コール音が聞こえなかった。

『もう聞いただろう、爆豪が怪我をした。今お前を護衛出来る人材が少ない。爆豪が退院するまで暫く事務所から学校に通え』

「そ……れは」

 

塚内さんに死柄木を調べろとは言ったものの、まだUAは警察組織とヒーロー襲撃犯との関連性には気付いていない。言えば必ず理由を問われるため、上手い言い訳の思いつかない僕はそれを打ち明けられない。

だから相澤さんはまだ、今のこの状況の差し迫り具合が分からないのだ。

 

……でも、このままこの部屋に引きこもっていてもいずれ見つかる。

 

「わかり、ました」

 

ここで腐っててどうする。

僕は戦うんだ。守ってくれていたかっちゃんは今傍にいない。なら、僕が。

机の上に置かれた黄色のリボンを力強く握り、乱雑に顔を覆っていた髪をぎゅっと後ろに一括りにする。

荷物はあの日、窓から飛び降りたあの時と同じだ。スクールバッグに入るだけの荷物と自分、それだけ。

でもあの時の僕と今の僕は違う。

 

鏡に映った自分がよし、と喝を入れる。意志の強い瞳が自分を見ていた。

 

「正念場だぞ、緑谷出久」

僕は、ヒーローになる。

 

 

 

 

 

 

僕が事務所に身を寄せて3日目。

ついに恐れていたことが起きた。

 

「まずいぞ緑谷……ここにお前がいる目撃情報がついに出た。近々警察が来る」

 

塚内さんからの電話内容を苦々しげにこちらに告げる相澤さん。

仕方が無いだろう、元々この事務所への出入りに気を使っていたことはあまり無かった。寂れたビルに若い僕らが頻繁に出入りしているのは近隣住民から見たらそれなりに目立つ存在だった事だろうし。

 

逃げることをやめ戦う覚悟が出来ていた僕には想定内の出来事だ。ビジョンは既にある。

 

「この場所に警察が立ち入ったらやばいですか」

「……やばい、どころじゃないな。機密資料は分散させてはあるものの、この事務所内にもいくつかはある。PCの履歴を辿られればこちら側のヒーローの居場所も全部バレる。UAが終わる」

「……それは。僕、ここから出たほうが」

「やめておけ、……もう遅い」

 

……遅い?とオウム返しに首を傾げれば、窓の外がにわかに騒がしくなった。

「……え、もしかして」

「塚内は数日前から上の指示で地方に出向させられた。……情報の伝達が遅くなってすまないと」

 

かっちゃんに続いて塚内さんまで!

そっと窓から外を見ると、警察車両と野次馬、テレビ局すら集まり始めていた。

どんどんと増えていく人に、軽くパニックになる。警察はまだしもテレビ局!?

 

「な、なんでこんな……って、テレビ!」

 

乱暴に事務所のテレビを付ければ、今僕らのいる寂れたビルを全面に生中継が始まっていた。

 

『───こちらのビルに、先月から行方不明の緑谷出久さんがヤクザのような男に連れていかれるのを見たという目撃情報がありました。

ビルの中には3階に警備会社が入ってはいますが人影は薄く、空いたスペースに違法組織が占拠しているものと思われます。

それと同時に当テレビ局に脅しめいた脅迫文が届きました。捜査の中止をしなければ彼女の命は無いとの書面に、厳戒態勢の中今突入舞台が準備を進めています。近隣住民の方は万が一を考え避難を───』

 

「き、脅迫文……!?」

「……警察の自作自演だろうな。騒ぎを大きくしたいんだろう」

 

……あわよくば事務所内にいるヒーローも一斉に、ってとこか。全く考えることが敵みたいだ。前世敵だけども!

的確に逃げ道を塞がれていく感覚に目眩がある。

 

「緑谷は包囲される前に裏口から出ろ」

「はぁっ!!?相澤さんは!!」

「内部資料とPCの証拠隠滅をしてから行く。大丈夫だ」

 

大丈夫じゃない。一体僕のためにどれだけの人を犠牲にすればいいんだ。

もう外は人が数え切れない程集まり、包囲もされているだろう。冷静を装っている相澤さんだけど、この状況下で僕も相澤さんも逃げ果せるのはほぼ不可能。

───なら。

 

「相澤さんは、隠れててください」

 

部屋の隅に積まれたダンボールの中から備品の拡声器を取り出した。

あー、あー。うん、使える。

 

「……?一体何をするつもりだ、緑谷」

「僕、ずっとずっとオールマイトを助けるために考えてました。

僕には力も、人脈も、カリスマ性も何も無い。

でも、それでも僕は最高のヒーローになりたいんだ」

 

 

僕は相澤さんの制止を振り切り窓を大きく開けた。

 

 

 

突如ガラッとそう高くもないビルの窓が空き、視線が僕に集中したのが分かる。

あは、あの警察のぽかん顔。なんで今突入しようとしてたのに人質が出てくるのって顔だ。

 

僕は身を乗り出すようにして高らかに叫んだ。

 

「私は緑谷出久!

訳あってこの警備会社の事務所の方に保護して頂いていました!

脅迫されてもいませんので人質でもありませんし行方不明者でも無い。親にも連絡はしていましたのでそんな言われを受ける筋合いは無い!!」

 

そこでマスコミを含めた野次馬がざわついた。一体どう言うことだと疑念の声が上がる。

ここまで僕は本当のことしか言っていないのだ。警察諸君は良くおわかりだろう。

 

『ご覧下さい!人質とされていた少女が現れました!!犯人を庇っているのでしょうか───』

「おい警察!」

「脅されてんだろ」

「親に連絡してたんかよ」

「学生を警備会社が保護とか何事w」

 

現場が混沌とし、警察の判断が鈍る。そして僕の声に様々な憶測が生まれる。それで良い。

喧騒を遮る。

 

「なぜ私が保護して貰っていたのか、それはオールマイト逮捕から始まります」

 

ただの行方不明者事件にオールマイトとの関連性?とマスコミが食いつく。場が俄に静かになる。

ここから始まるのは、この数日間僕が作り上げた嘘と本当が入り交じる物語。

 

 

「私はオールマイト逮捕直前にたわいもない事件の被害者として、彼を見ていました。

その後警察が私と話をしたがっていることを知った。

───話すことなんてない、私はただ彼に助けられ、ほんの少し声をかけただけなのだから。有力な情報なんて持っているはずもないただの目撃者に血眼になって追ってくる警察に疑問を抱きました」

 

 

「不思議でした。

何故無個性と判明したはずの八木俊典さんを個性使用の罪で逮捕、拘束し続けているのか。

オールマイトの姿を見た警官が居たというのは本当なのでしょう、誤認逮捕には気を使っていたはずです。 しかし戸籍は無個性……。

であるならば、真実は一つ。

───彼は無個性のままヒーロー活動をしていた!!」

 

 

ざわ、と喧騒が大きくなる。

嘘はほんの少しの真実でとたんに不明瞭なものになる。オールマイトはワンフォーオールという個性を持ってたし、僕だって警察に疑問があって逃げ出した訳じゃない。

けれど世間的にオールマイトは無個性だと発表されているのだ、指名手配犯呼ばわりされているヒーロー達に代わって、僕も敵らしく世論を欺いてやる。

 

これが、今僕に出来る僕を守ってくれていた人を守るためのヒーローとしての在り方だ。

 

 

「彼がしたことは個性不使用で人助けをし、個性不使用で犯人逮捕に助力した!

なら彼の罪状は多少の器物破損。その勇気ある行動は讃えられこそすれ、犯罪者呼ばわりされる言われはない!

なのに私はオールマイトの個性使用逮捕のため有りもしない証言をと警察官に追われました。無いものをあるとは言えません、次に冤罪を被せられるのは私かもしれない。その間違った情報で敵から逆恨みされるかもしれない。

だから民間の警備会社に身を寄せていました」

 

デタラメ、詐称、嘘八百だ。

でも辻褄は合う。梅雨ちゃん達の件でもきちんと警備会社として働いてみせた実績がある。相談者達の傍に、僕がいた裏付けも取れる。

何も事情を知らない人から見れば親にもきちんと連絡を取り身の安全のため隠れて暮らす少女と、オールマイトの刑確定のため無関係な未成年すら見世物にしようとする警察の図だ。

 

 

「言わせて欲しい!

功績や結果が変わらないのに個性を使った使わないで何故罪の重さが変わる!?今の法じゃ人助けは罪?そんなのおかしい。個性を使ったら犯罪?何故!犯罪なのは個性を悪用することであって個性使用そのものじゃない。

 

個性とは元々備わった、君たち自身の力だッッ!!」

 

 

 

───しん、と辺りは静まり返る。

今にも突入しようとしていた重装備の警察部隊は力無く武器を下ろし、うるさかったマスコミやサイレンの音もいつの間にか聞き入るように静かだった。

ビリビリと熱を持った拡声器は熱く、じわりと涙腺が緩む。

 

 

「個性の民間使用を……ヒーローを肯定するばかりが世論ではないでしょう。無論規制や統率は必要です。

けれど、無実の人間の罪を作り上げることに躍起になり突入部隊まで出すのはいかがなものかと思います。

私は行方不明者扱いの取り下げを要求しま す。警察の皆様、お帰りください」

 

 

 

 

───その演説は生放送で途切れることなく放映され、暫くお茶の間を賑わせた。

警察から母親への謝罪はあったものの、今の法のあり方や警察への不信感、そしてオールマイトの扱いと物議を呼ぶ結果となる。

 

こうして緑谷出久という力無き力有るヒーローが、一夜にして世論を一気に傾けることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───数ヶ月後。

個性使用の証拠不十分として八木俊典が罰金刑で釈放されたことが大々的に発表された。

 

これでナチュラルボーンヒーローオールマイトの復活だと声高に叫ぶ者、いやいや警察からのマークが外れた訳じゃない、活動は縮小するだろうと持論を振りかざす者、様々だ。

 

しかし追い詰められていた状況が一転、オールマイトの個性使用を認める証拠も僕の確保の計画も失敗に終わり、ヒーロー側の全面勝利に終わったのだ。残された爪痕は決して小さくなかったが、限られた時間の中では一番良い結果になったと思う。

 

ピンポーン

 

かっちゃんも無事退院し、荷物の整理をしていた所おもむろにチャイムが鳴った。

……宅配?と玄関に向かえば、予想外の人物がそこにいた。

 

 

「「オールマイトっ!!?」」

「やぁ、緑谷しょうね……少女。爆豪少年も久しぶり。2人で住んでるってマジなんだね。おじさんちょっとびっくり」

 

 

何故か話題の中心であるトゥルーフォームのオールマイトが唐突にマンションを訪れてきたのだった。

無事を喜ぶ電話をし、それでも今はマスコミや警察からの監視が激しいから外で会うのは控えようと決めたばかり。

 

「一応そうですけどオールマイトはおじさんじゃないです!」

「ただの護衛だ」

 

あれから色々あった。

僕の顔は下手なヒーローよりも世間に知れ渡り、高校でも賞賛と同じくらい批判も多く、日常生活を送ることが難しくなってしまった。

そして報道陣各位に晒されてしまったUA事務所も、このまま話題に晒されていればボロが出るのも時間の問題だ。

お母さんにも了承を得て、飽き性な国民達が僕を放っておいてくれるまで事務所共々引越しだ。せっかく仲良くなった麗日さんと離れるのは悲しいが、珍しくかっちゃんから連絡先を交換するお許しも頂けたことだしあまり気にしていない。

かっちゃんの通学がかなり不便になってしまうのだけが申し訳ないが、本人はあまり気にしていないようだ。

 

部屋の中はダンボールがいくつも転がっていて、殺風景になりつつある。

 

 

「そうか……。あぁ、なんでこんな時に会いに来たか、だったね。これだけは君に直接言いたくて、相澤くんに無理言ったんだ」

 

とりあえず玄関先でというのもとオールマイトを引越し準備でダンボールだらけになった部屋に通す。

僕の役目になりつつあるお茶を淹れ3人分テーブルに置いた。

 

「それで、直接言いたい事とは?」

「あぁ。君は、私を助けるために個性も使わず言葉だけで世間の風向きを変えてみせた。私には出来なかったことだ」

 

……それはただの僕の自己満足でしかない。それに付随して価値のようなものが付いただけだ。オールマイトが当初望んでいたものとは違う。

 

「ありがとう」

「……え」

「私は言ったね、UAを、ヒーローを頼むと」

 

にこり、と暗く窪んだ眼窩の奥で光る蒼の瞳は酷く優しい色をしていた。

 

「元々私と塚内くんが立ち上げたこのUAは、一般市民がヒーロー活動をすることで世間の風向きを変え、個性使用についての規制緩和を訴えるためのものだったんだ」

 

曰く、ヒーローという職業を認めさせることもそうだが、その前にまず国の重要機関のみが個性使用を認められている現状をどうにかしなければと思ったらしい。

現在敷かれている規制は規制では無く差別に近い。元々持っているものを雁字搦めに規制し、個性をまるで武力のように扱う。

違うだろう。

個性とはもっと、人々の生活に寄り添えるものだろう。その名前の通りただの個性を、まるで使うことが悪かのように扱うのは違うだろうと。

 

「しかし我々が派手に活躍すればするほど闇もまたざわめいた。確かに私のようなヒーローを支持する人々も現れたが、私に感化された犯罪者、名声が欲しいだけの強欲者もまた現れた。

……正直、自分のやっていることは本当に正しいのか分からなくなっていた」

「そんなことっ」

「わかってる。確かにUAヒーローが現れてからの犯罪発生率は減っていた。けどね、少女。

 

……どうせヒーローがどうにかしてくれると、みんな思考が停滞していたんだ」

 

 

本当は居てはいけないはずのヒーローだけど、彼らがいるから治安が良い。

そんな国の在り方に疑問は持てど、自分に危機が迫らないから真剣に考えることを放棄し、仮初の安寧に甘えてしまう。

 

「考え、変わることはとても難しい。苦しい。力が必要だ。

私はその着火材になるつもりが、ただ皆に甘い汁を与えるだけの存在になっていた」

 

 

そう言われ、身が竦んだ。

確かにそうだ。僕だってこんな状況下に置かれなかったら、国を、法律をどうこうしようなんて気にならなかった。

だって1人1人の声は凄く小さく、弱い。

 

「私が逮捕された後、個性緩和を求めるデモが起きたと知った。……正直悔しかったなぁ。私の存在が消えてから、ようやくかってね」

 

梅雨ちゃん達は言っていた。

オールマイトがいなくなった今、自分の身は自分で守りたい。そう思ったと。

 

 

「私はもういなくて良い存在なんだと、そのまま犯罪者として死んでいく覚悟がその時の私にはあった」

 

ギ、と静かに隣に座っていたかっちゃんが不自然に動きを止めた。

……当たり前だろう。

僕らはオールマイトは生きることを諦めてしまうかもしれない、という体でここまでやってきた。実際に本人の口から死ぬつもりだったと聞かされるのとではショックが段違いだ。

 

「そんな中、君が……緑谷少女が個性も使わず何かやろうとしているらしいと、塚内くんから言われた。

一体何を、と思えばあの生中継の演説!見たよ、録画だったけどね。凄く、凄く嬉しかった」

 

オールマイトはHAHAHA!!とここに来て初めて快活に笑った。独特のアメリカンな笑い声に、少しだけ光るものが混ざる。

 

「私の一番訴えたかったことを君が言ってくれた。私と違い、個性も使わず言葉だけで世間の風向きを変えたんだ。

あの場で1人、無個性で力の無いはずの君の言葉が。

あの場で君は、誰よりもヒーローだった。

 

ありがとう、緑谷少女。

───これから、一緒に頑張ろうな」

 

「おーるま、いとっ……」

 

ボロボロと溢れてくる涙で前が見えなくなる。

オールマイトも、たくさん悩んでもがいていた。どこか晴れ晴れとした様子の彼に、もう死の気配は微塵も感じられない。

その泣き虫なおそうって言ったじゃないかと笑われる。

……今日のは嬉し泣きだ、許してよオールマイト。

 

「さぁ、私達の活動はここからが正念場だ。爆豪少年、緑谷少女。覚悟はいいかな?きっとつらい場面もあるだろう」

「それこそ今更だぜ」

「上等です!」

「即答……そう来てくれると思ったぜ。

君たちはもっともっと強くなる。現状に満足するな、更に向こうへ、Plus ultraだ!」

 

 

 

課題はまだまだ山積み。ようやく入り口の蜃気楼がうっすらと見えてきた程度だ。しかしその最初の1歩をこの時、僕緑谷出久は確かに歩みはじめたんだ。

 

僕が最高のヒーローになるまでの、最高の物語の第1歩を。

 

 

End

 




後書き。

まずは最後まで見てくださった方に感謝を。
この作品は中々重苦しいテーマなせいもありあまり閲覧数も伸びなかった経緯があります。でも個人的には結構お気に入りの1作なので、加筆修正し短期連載させて頂きました。

感想でも突っ込まれましたが去年の夏頃完成させたものなので、解放軍ネタが入れられなかったのが勿体ない所です。続編……いつか書けたらいいなぁ。

それでは!

追伸。
もう1つの連載放置ごめんなさい。書きます、書きますヨ……。

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