デモ行進当日。
僕の再三に渡る考え無しな行動のせいで警戒心をマックスにしたかっちゃんは、ガッチリと玄関のドアを締めバッチリ朝から監視の体制を整えていた。
「アノ……」
「なんだ」
「……ナンデモナイデス」
あの後一応僕も相談を受けた身、無責任に投げ出すのは気が引けたため譲歩を引き出そうと尽力はした。
時間を決めて遠くから見守るだとか、変装するだとか。全部却下されたけども。僕の変装テクを知らないなオラ。かっちゃんの真似なら得意だぞオラオラ。
「……お前、依頼人からあんな感謝されちゃ自分も何かやらなきゃとか思ってんだろ」
「うぐ」
全く持ってその通りだ。
僕はUAに身を寄せてから、何一つ成せてない。
衣食住を保証してもらい、かっちゃんという警備をつけ、学校にすら通わせて貰ってる身なのに何も返すものがないのだ。
「お前が今、一番やりたいことはなんなんだよ」
「一番やりたいこと?」
「デモ隊を見守るだとかはここに来てから出来たやりたいことだろうが。なんであの日、お前は窓から飛び降りてまでしてUAに助けを求めた」
かっちゃんとの久しぶりの再会を果たした、自殺紛いの大ジャンプ。
あれはそう、逃げるため。何故?何故かって───決まってる。
「オールマイトを、救うため」
オールマイトを、この歪んだ世界の法律によって罰せられそうになっている平和の象徴をこの手で救い出す。
それは、もう折れない。
こんな状況下でも個性OFAを継いでいないのは、ただ単にオールマイトを救うためだ。彼に安心して自白をさせないため。
死ぬ覚悟をしていたオールマイトにとって、いい迷惑かもしれない。
けれど、余計なお世話はヒーローの本質だ。僕は結局、僕がオールマイトに死んで欲しくないからこの選択をした。ただそれだけの自己満足。
「───じゃあ、てめぇはそれを死ぬ気で達成すればいいだろ。うちに居る理由なんぞそれで充分だ。別のことに目を向けてる暇、あんのかよ」
優先順位を考えろ、とその見た目とは裏腹に頭脳派なかっちゃんはそう言い放ちキッチンへと姿を消した。
……簡単に言うよなぁ、もう。
僕だって、そんな風に理性的に考えられたらどんなに良かったか。
困っている人を見ると考える前に勝手に身体が動いてしまうんだよ。
……それでも『無個性のくせに』と頭から否定せず背中を押してくれるその姿に、変わったなぁと独りごちる。何だかんだで前世と一番変わったのは目の前にいるこの幼馴染みなのかもしれない。
ニュースでは連日オールマイトについての答えのない妄想ばかりの議論が交わされるだけであまり有用性は無い。
かっちゃん特製のなんか黄色くて美味しい朝食を食べ終え(エッグベネディクトだクソがと罵声が聞こえた気がする。名前を聞いても分からない)、やる事も無しにぼーっとテレビを見る。
『オールマイトの逮捕後、犯罪発生率が急上昇しました。今や街の治安は個性発現の始まった超常黎明期頃にまで悪化したと言われています』
『大物敵の逮捕を受け、その座に成り代わろうとするものや志しを同じくする敵の暴動、組織だったヴィジランテ集団の一斉検挙を掲げた警察の目が無いうちにと行動し始めた新たな敵……。キリがありませんね』
『要のヴィジランテ集団の一斉検挙も、まだ目立った成果は得られていないようです。オールマイトという背骨を失った彼らは雲隠れをするかのように存在を消してしまいました』
『警察には一刻も早く街の治安回復を……』
ブチ、とテレビの電源が切れる。かっちゃんは無表情に手に持っていたリモコンを下ろした。
「……面白いかよ」
「全然」
街の治安が悪化したのはオールマイトの件もあるけれど、雲隠れしたヴィジランテ集団に善意の逮捕助力をする力が残ってないせいだ。話題に登らない程の細かい事件を地道に解決してきた彼らを逮捕せんと動く世間は、自分で自分の首を締めているのと同義だ。
「……治安がどんどん悪くなるね。UAはいつまで活動休止状態なの?」
「知らねぇ。イレイザーには何か考えがあるみてーだけどよ。詳しくは全くだ。
元々瀬戸際でどうにか耐えてたようなもんをオールマイトの件で決壊したんだ。人や国が変わるなりしねーといつか内戦状態になるかもな」
「内戦……」
そう、それ程までに治安は悪化しつつある。
犯罪発生率に対して全く足りていない警察、それに便乗するかのように増える犯罪者。個性発現前までは存在していた銃火器の取り締まりも、個性で何でも作ることの出来る今では形骸化した法律だ。
いつランドセルに通話端末ならぬ拳銃を忍ばせる親が出てきても可笑しくない状況なのだ。
「……」
僕は生きていないけど、前世のヒーローという職を国が認めたその前まではこのような荒れようだったのだろうか。
国が変われば、本当にこの混乱が全て無くなるのか。
……いや、ヴィジランテ集団の取り締まりが無くなるだけだ。犯罪数はヒーローの存在していた前世でも上昇傾向だった。個性使用の解禁とヒーローの容認が問題の根本的解決策では、きっとないのだろう。
「難しいね。みんな無個性になったら問題解決なのかな」
「バカ言え。そしたら武器が出てくるだけだ。人間が個性を持ってなかった時代だって、犯罪が無くなることは無かった」
「……そう、だね」
犯罪は無くならない。個性だって無かったことにはもう出来ない。
個性が無ければ銃を、銃が無ければ刃物を、刃が無ければ棒を、石を、歯を使うのが人間だ。肌の色が違うだけで争いを起こすような種族が争い無く過ごす未来は、永劫来ないのかもしれない。
その時、マンションの外が俄に騒がしくなった。
「……何?喧嘩?」
大通りに面しているとはいえ付近には閑静な住宅街のため、怒鳴り声に近い人の声など普段は聞こえない。
やべ、と顔を歪ませたかっちゃんに何かあるなとベランダから下を見やると、『異形型個性持ちの差別反対』等の看板を持ちながら歩くデモ行進の人だかりが。蛙吹さん達の姿もそこにあった。
「デモ隊ここも通るんだ!教えてよかっちゃん!」
「言ったらこうなるだろうが……クッソしくじった」
まぁベランダからとはいえ警察との距離はいつもよりも比べ物にならないほど近い。デモをベランダからじっと見つめる不審者に警察が万が一でも気付かないよう、万全を期すために僕には隠し通すつもりだったんだろう。隠せてないけど。
「……それよりなんか、様子が」
おかしい。
予定で聞いていたよりもデモ隊の人数がかなり多い。それなのに警察が2、3人しかいない。警護には相澤さんと、他にちらほらとのみ。明らかに人数不足だ。
声を張り上げて興奮している大人のうち数人は酒を手に持っていた。先ほどの怒鳴り声は彼らのようだ。
「……マナーもなにもねぇな」
「やばそうだね。相澤さんも流石に対応しきれてない……」
「いくらなんでも個性も武器も無しに群勢相手に1人はな」
相澤さんの得意とする戦法は一対多だ。しかしそれは個性や捕縛武器があってこそのものだし、相澤さんの個性は異形型には効果がない。警察が間近にいるあの状況下で飛び回ることも出来ない。
八方塞がりだ。
そう危惧していれば、すぐに恐れていたことが起こる。酒を片手にしたデモ隊の一人が警備隊に殴り掛かったのだ。
場がにわかに騒がしくなる。
『私達は身体が悪い訳じゃない。同情も配慮も差別もいらない、ただ普通の人間として生きたい』
そう涙ながらに語った蛙吹さん達。未来を広げたいがための、そのためのデモ活動なのだと。
けれどこのままだと、デモが中止になるどころか本当に逮捕者が出てしまう……!
「……まずいな、俺は加勢に向かう。
お前は動くなよ、良いな」
「……」
「動くなよ!」
返事を聞かず玄関から出ていくかっちゃん。
ガチャガチャ、ジャラリと普段聞こえない鎖のような音に違和感を覚え、玄関の扉を開けてみる。……あかない。
「……かっちゃんのやろー、外から南京錠掛けやがった……」
僕のことを何一つ信用していないかっちゃんは最後の手段として物理的な軟禁に打って出たようだ。
「……ばかっちゃん。出口は一つじゃないんだよ」
僕は先ほどの『動くなよ』に、返事をした覚えは無い。
物事の優先順位?自分の重要性?
わかってるよ、そんなこと。……それで?
目の前に助けを求めてる人がいるのに、助けない理由にはならない!
もし僕がここで捕まったとしても、大人しく部屋の中で守られたままじっとやり過ごす選択肢を取れば良かったなんて、微塵も後悔しないのが今からでも分かる。
行動しない安寧より、行動した末の逮捕なら僕は喜んで受け入れよう!
何より───
「オールマイトに、顔向け出来ないじゃないかッ!!」
僕はベランダに足をかけ、そのまま下へダイブした。
◆
ダン、と前世で散々実践してきた力の逃し方を応用しつつ確かに地面に着地する。
「……よしっ」
色々と危機一髪だった自殺紛い・窓から大ジャンプとは違い、ここは2階で地面は花壇用の柔らかい土だ。小さかった窓とは違い広いベランダのため落ち方も安定させることが出来る。変な着地をしてしまうような素人でも無いし、怪我なくマンションの一室から逃げ出す算段は付いていた。
足先に少しだけじんとした痛みを感じながら、すぐそこの騒ぎの元へ駆け出す。
上から眺めているより、事態はかなり切迫していた。
まず酒で暴れる大人の人数に対し取り押さえる側の警官の人数が全く足りておらず、数人が野放し状態だ。
大半のデモ隊はただただオロオロとするだけだが、中には暴動を止めようとする人も。しかし大混乱した現場で暴れる人もそれを止めようとする人もごちゃごちゃに見えるのか、一体誰をどう止めたら良いのか警察が全くわかっていない。
全く暴れていない関係の無い人すら手頃なところに居たら適当にパトカーへと投げ入れ始める始末だ。いくら場が混乱しているとはいえ、余りにもこれは酷い。
「は、なしてっ……!私はなにもしていないわ!」
「分かった分かった、とりあえず言い訳は署でね!」
聞こえてきたのは、取り押さえられそうになっている蛙吹さんの声。
相澤さんは酔っ払いに絡まれる万偶数さんを助けるのにいっぱいいっぱいで、蛙吹さんの方にまで意識がいっていない。
……かっちゃんは見える範囲にはまだいない!
迷うことなく警官から蛙吹さんを庇うようにして間に割って入った。
「僕の友達に何してるんですか!彼女は暴れていない、何をしたって言うんだ!」
「何なんだ君は!いきなり入ってこないでくれるかな!!」
「この子より先に捕まえるべき人が他にいるだろって話だ!!」
反対側からかっちゃんが走ってくるのが見えた。かっちゃんも僕を見つけたのだろう、警官と真っ向から対面している僕を見て顔色がさっと変わったのがわかった。
「はいはい、言い訳はだから署で聞くから、とりあえず車乗って!君もだよ、警察のお仕事の妨害するのは立派な犯罪だからね!」
「そんな、赤谷ちゃんは私をッ」
まずい……場の混乱に乗じてデモ隊全員逮捕でもし出すつもりか。
そんなことになればせっかくの個性使用を促す風が台無しになるどころかデモ隊全員に威力業務妨害の前科が付けられる可能性だって出てくる。
こんなことが起こらないように相澤さんを付けたのに、これじゃ全て水の泡に───!!
「ったく、忙しいってのに。おい、新人!こっち来い、手伝え!!」
不味い、何か策はと頭の中をぐるぐるさせていると、特徴的な紅白の髪をした男の子がやって来た。
……どくんと、心臓が跳ねる。
「こいつらうるさいから先に連れていけ。大型だしパトカーにあと数人入るだろ。ついでに応援呼んでこい」
「……わかりました。でも」
瞬間、パキッと音を立て彼の氷が辺り一面に広がる。
薄く広範囲に敷かれた氷は、酒を煽り暴れていた大人数人だけを確保し、身動きが出来ないようにしていた。
「うるさいの、この人達だけですよ」
「お、……おう」
余りの早業に、辺りがしんと静まりかえった。
警察の個性使用は、法的に認められている。
しかしここまで見事な個性の制御が出来るのは、相応に訓練を積んだからであろう。見るからに若く上司だろう警官に『新人』と呼ばれる彼には不釣り合いな程透けて見える研鑽の証。
……まさかここで前世での知り合いに出会うとは。
轟焦凍。
前世では学生時代からトップを張る実力者で、複雑な家庭環境に苦労した努力の人。
キロリと冷たい目を向ける轟くんに、ぞっと寒気がした。
そこに前世で向けられていた穏やかな温度感は一切存在せず、凍てつく視線に神経が麻痺しそうになる。
前世でのヒーロー仲間はみんな正義感が強い人ばかりだ。そしてその傾向は今世に置いても顕著な場合が多い。
ヒーローになったかっちゃんや相澤さん然り、僕を守ろうとした麗日さん、世論を変えようと立ち上がった蛙吹さん万偶数さん然り。
その人達がヒーローが悪という世界において警察やそれに準じた職を希望する可能性はとても高いだろう。目の前の彼のように。
酔っ払いに絡まれ腕に痣を作った万偶数さんも事情を聞くからと問答無用でパトカーに乗せられてしまった。
険しい表情を浮かべる相澤さんとかっちゃんを背に、僕と蛙吹さん、万偶数さんは轟くんの運転する車に乗り込む。
かつての同士と刃を交えなければならないのか、と正義が分散し混乱する世に心の中で唾を吐きかける。
パトカーに乗せられ小さく震える梅雨ちゃんの手を、安心させるようぎゅっと握った。
*
・個性使用許可証
警察官と自衛隊、一部個性の有用性が認められた医者や看護師等にのみ許可される個性の限定使用許可証。仕事に有用と判断された場合のみ使用許可の試験への参加資格が与えられる。
仕事以外での使用は認められない、警察組織と自衛隊以外は管理の効く半国営機関以外での使用は禁止(開業医や個人経営等)と色々制約が多い。
勝己が医大生なのはこの許可証狙いのため。
発行には個性制御のための厳しい訓練と試験があり、毎年その合格率は1割程度。