エルドリッチの神喰らいを待ち続ける
神喰らいの守り手たちが、その使命を果たした証
人の内にある最も重いもの。人の澱み
それはどんな深みにも沈み
故にいつか、世界の枷になるという
世界の果て、そのまた果て。大樹の頂点へと押し上げられたその場所には、無数の、あらゆる武器が突き刺さっていた。
その世界が変わるきっかけとなった場所。
最初の火の炉だ。
皆既日食が起こっていた。
そして、太陽を隠すための“陰の太陽”がその姿を浮き彫りにしていた。
だが、もはやその陰の太陽―――継ぎ火は、消えていた。
故に、世界の真実が見えていた。
予言曰く、“火は陰り、王たちに玉座なし”と。
継ぎ火が消え、王たちは鐘によって目覚めた。
しかし、彼らは玉座を捨てた。
あるものは遠い先の時代を垣間見た。全てが闇に沈み、それでもなおあり続けるために、遥かな苦行と知りながら人を神を食い始めたのだ。
騎士によって召喚された火防女が、ゆっくりとその姿をあらわした。
黒衣に、闇を湛えた頭冠をかぶったその姿は、どこか悲しげであった。
火防女は、螺旋状を描く剣が辛うじて繋ぎとめている最初の火へと歩み寄った。そして、手を伸ばすと、最初の火を手のひらに移した。手のひらにすっぽりと収まってしまうほどの小さく、か弱い火。彼女たち火防女が守るべき、最初の火の最後の姿だった。
「はじまりの火が、消えていきます」
騎士は、女が最初の火を看取るところを見ていた。
永遠に変わらぬものなどない。それは、どんなものだって同じなのだ。
これでよかったのだろうか。神々が、人々が、生命を削って守ってきた火を絶やしてしまっても。
よかったのだろう。これで、世界から火が失われる。待っているのは暗闇だけ。そしてその闇は、必ずしも人間にとって、いいものではない。それをロンドールという国は知っていた。闇はもはや姿を変え、人間さえも蝕むようになっていたのだと。故に、呪いというソウルを無限に引き受け続ける亡者の王の手で、永久に燃える火を作ろうとしたのだ。そのもくろみは、もはや叶うことがないだろう。
世界が暗くなっていく。偽りの太陽の後ろにある太陽の輪郭さえぼけていき、地平線さえ見えなくなっていた。
手を伸ばせばすぐに届く距離にいる女の後姿さえも徐々に見えなくなっていく。
「すぐに暗闇が訪れるでしょう」
騎士は、武器をゆっくりと鞘に納めた。もはや、武器など、役には立たないのだから。
「そして、いつかきっと暗闇に、小さな火たちが現れます」
火防女は、未来を垣間見ているのだろうか。火の失われた世界その片鱗を宿した瞳を宿したせいなのか。
「王たちの継いだ残り火が」
そうかと騎士は答えた。変わらぬものなど無い。永遠の暗闇もまた、存在しない。そうやって、世界は何度も何度も同じことを繰り返しているのかもしれない。
もはや、女の姿は見えなかった。
太陽が消え去った。世界を偽り続けていた、陰の太陽も、また。
そして、全ての光が消えた。
「灰の方、まだ私の声が、聞こえてらっしゃいますか?」
だが、やがて火は消え、暗闇だけが残る。
予言はそう言った。
世界に再び火が灯った。
過去、多くの王たちが戦ってきた。国のため、家族のため、名誉のため………彼らの継いだ、ほんの微かな火たちが、人間性という闇に火を灯したのだ。人間性は、多様に姿を変えるもの。虫に、岩に、火にも、木にも、そして、時に人間を竜にも変える。そのいずれかが、火を灯した。
世界が、再び光に包まれた。
だが、光をよしとしなかったものもいる。
人間性―――姿を変え、黒い精、“人の澱み”と称される力を宿した、不死たちだ。
彼らは力が失われた世界において、唯一、力のある存在となった。人間性がついには虫になり、その神秘の力を発露するようになった頃、彼らは、闇の力さえ失っていた。人間の中にある最も重いものは、人間を離れ、人間の中には、その名残だけが残った。かつて人間がもっていた、呪いを―――死を、暗い穴へと沈める力など、もはや存在しなくなっていた。彼らは不死性を失い、しかし、形状を大きく変えていた。
彼らは神に限りなく近い存在だったが、不死の成れの果て故に、赤子を作れぬ。
彼らはついに見つけた。人間という矮小な種族こそが、赤子を作るに相応しい母胎になることを。
彼らの姿を見た人間は、彼らのことをこう呼んだ。
――――上位者。
『虫』
連盟の狩人が、狩りの成就に見出す百足の類
連盟以外、誰の目にも見えぬそれは 汚物の内に隠れ蠢く、人の淀みの根源であるという
それを見つけ踏み潰すことが、彼らの使命なのだ
おそらく慈悲はあるのだろう 願うものにだけそれは見え、尽きぬ使命を与えるのだ