馬車に揺られること数時間、辺りの風景は街を出たばかりの頃とはかなり変わっていた。既に人の住んでいる気配は無くなり、舗装されていない山道がガタゴトと馬車を揺らしていた。
「......君の呼び方のことなんだけど」
「?」
馬車に揺られながら、僕はそうオトモに切り出した。
実は、オトモの名前はもう決めてある。僕がハンターになると決めた日からずっと考え続けてきた名前だ。
「君のこと、これから“もとき”って呼んでもいいかな?」
「にゃ......?」
「あー、うん。わかるよ。他の人がオトモにつける名前とは少し違うよね」
「にゃ」
「君は僕のオトモだ。でも、僕はオトモである前に相棒でありたいと考えているんだ。だから、もとき。変かな......?」
オトモ《もとき》はまっすぐこっちを見ると「にゃ!」と首を横に振った。
「ありがとう、もとき。これからもよろしくね。ん......雨?」
山道もちょうど折り返し、下り坂になってきたところで安定していた天候がいきなり崩れた。風は強く吹き始め、最初はポツポツとだった雨もすぐに雷雨へと変わってしまった。装備のおかげで視界はまだいいが、全身がびしょびしょになってしまい少し気持ちが悪い。あとどれくらいで村へ着くのかを聞きたいものだが、馬車を引いているのは獣人族で返事を期待できそうにもないし......。早く村につくことを祈りながら、笠の下から覗いた空は雲が渦巻くように不気味にうねっていた。
「あれは......?」
ふと、うねっている雲の中心に影を見た気がした。嵐の中を泳いでいるように見えたが......。そんな存在を僕は今までに聞いたことがない。僕はもっと「それ」の様子を観察していたかったが、状況がそれを許さなかった。
『アオォォォォォォォォン!!!』
雷雨の中に狼のような鳴き声が響き渡った。急いで前を見ると、青く光る狼がそこには居た。こっちには目もむけずに雷雲の中心を睨むその様子はとても力強くて、目を引き寄せられた。一気に横を通り過ぎるつもりなのか、馬車がスピードを上げる。近づいていくにつれて、青狼の姿も鮮明に浮かび上がってくる。青く光っているのはどうやら青狼ではなくその付近らしい。このピリピリする感じは......電気?
「うわっ!?」
そこまで考えたところで、僕は一瞬視界が真っ青になるとともに静電気のようなものを感じた。その次の瞬間、馬車が急に方向を変えて僕は荷台から投げ出された。ガーグァが静電気に驚いたのだ。僕は急いで馬車を引いていた獣人族に呼びかけるが、暴走したガーグァを制御するので精一杯なのか気づく様子もない。しかも、運の悪いことに投げ出された場所は青狼の体のすぐ下。いくら僕に関心を持っていないとはいえ、踏みつぶされただけでも大けがじゃすまないだろう。ぶっちゃけて言うと、もう体が強張ってしまって一歩も動けない。が、ここで動かなければそれこそ待っているのは死であろう。そして、これから先こんな状況は何回も来るはずなのだ、ここで止まる訳にはいかない。
「くそっ!」
僕は覚悟を決め、動き出した。体に力を入れて一気に足元から抜け出す。崖の下を見ると、ちょうど折り返してきた馬車が爆走してきている。考えている暇はない、僕は崖から荷台へと向かって飛び降りた。
空は青く澄み渡り、葉からは雫がしたたり落ちている。視界には紅葉が広がり、どこからか小鳥の声も聞こえてくる。そんなのどかなところにその村はあった。聞いていた通りの温泉街らしく、硫黄の臭いがほんのり漂い、村人の活気があふれている。僕は馬車の操縦者の獣人族にお礼を言うと、荷台から降りた。
「さぁ、もとき。ここが今日から暮らすことになる村だよ」
「にゃ!」
「とりあえず......村長さんのところに行くか」
村長さんへの挨拶を済ませ、簡単に村所属ハンターの登録を済ませると僕は案内された自宅のベッドに倒れ込んだ。ふかふかの布団に寝っ転がりながら僕は道中で見た光景を思い出す。村長さんによると、僕が見た青狼の名は雷狼竜《ジンオウガ》というらしい。雷雲の中心にいた何かの方も聞きたかったが、その話を聞いた村長さんは「まさか......」と言った後、すみませんがちょっと席を外しますね、とギルドの方へと入ってしまった。
結局、雷雲にいた方は何なのかわからなかったが、雷狼竜の方は少しわかった。雷光虫という虫を集めて電気を作り出し、それを使って攻撃してくるらしい。今思えば、あの時ほのかに青く光っていたのはそういうことだったのか......。今ではまだまともに闘うことすら難しいと思うが、いつか必ずその時が来るのだろう。その時僕は果たして......。
「にゃー」
そんなことを考えながらゴロゴロとベッドの上を転がっていると、もときが桶を持って寄ってきた。
そういえば、この村は温泉が有名なんだっけ。僕はよし、とベッドから飛び起きると桶に風呂道具を入れると、ギルドへと続く暖簾をくぐった。
ギルドは基本的にどの村にもある。が、その見た目や特色はその村々で様々だ。この村のギルドはなんと集会所内に温泉が引いてあるのだ。湯上りの牛乳から入りながらのお酒ももちろん楽しめるという豪華仕様。さらに言うと、入浴料は無料という嬉しい料金設定。
湯につかった瞬間、体の底から疲れが抜けていくような感覚に包まれた。少し暑いくらいの湯加減のお湯は疲れや緊張、悩みまでをもほぐしてくれるように感じる。もときも、気持ちよさそうにぷかぷかと浮いている。
「ねぇ、もとき。早速明日からクエスト受けてみようかな。最初は簡単なものから始めていこうね」
もときが、僕がこの先のハンター生活ができるのか悩んでいるのに気が付いていたのかはわからないが感謝をしなくてはならないな......。僕がもときの頭を軽くなでると、もときは気持ちよさそうに目を細めていた。