父を追うもの   作:マロ2338

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第四話 襲い来る死

 痛い、痛い、痛い。腕が折れている。早くキャンプに戻らないと......。いつあいつが追ってくるかもわからない。僕は辛うじて動く左手で救難届の証としてギルドから支給されている赤い信煙弾を打ち上げた。

 

 

 

 『ホギャァァァァァァ!!!』という咆哮の後、一瞬だけ見えた紅に光るもの。僕は訳も分からないままその場に立ち尽くしながら、《それ》が何であるかを見極めようとしていた。

 

「大丈夫、危険な大型モンスターは確認されていなかったはず......きっと鳥か何かだ......」

 

そう自分に言い聞かせながらも、今何かイレギュラーなことが起きているということは僕自身が一番よくわかっていた。自分を落ち着かせるように背中の太刀へ触れながらも視線はまっすぐ祠の方へ。村へ来たときのあの経験が生きているのだろう、怖くはあったが不思議と冷静に考えることができていた。どれくらいの時間が過ぎたのだろう、或いは自分がそう感じていただけで実際は数秒しか経っていなかったのかもしれない。あの咆哮以来動きの無い、奴に対して僕は油断をしてしまった。それが今回の狩りの、最初で最大のミスであった。

 

(今なら、逃げられるか?吊り橋の先は狭い岩場だ。大型のモンスターは入ってこれないはずだ)

 

「走れもとき!」

 

僕はもときにそう言いながら一気に吊り橋を駆け抜けるべく、後ろを向いて走り始めた。.....幼いころに聞いたことがある。捕食者の中には獲物が背中を見せた時にだけ襲い掛かる狡猾な奴もいると。奴はその類だったのだろう。最初に咆哮を上げて獲物の冷静さを失わせ、逃げようと背中を見せた瞬間に襲い掛かる随分と賢い捕食者だ。

 

ヒュルルッ

 

風を切り裂くような鋭く素早い音が背後から聞こえた。と、共に僕はもときに背後から飛び付かれ、吊り橋の上で前のめりに倒れ込んだ。ドドドッと、目の前に鈍く光る黒い棘が突き刺さる。もときに倒されていなかったら今頃あの棘に身体を貫かれていたのだろう。もときに感謝する間もなく、背後からは奴の跳び寄ってくる足音が聞こえてくる。「早く逃げねば」起き上がる前に、棘の刺さった部分から吊り橋が崩れて僕は崖下へ投げ出された。

 

 

 

 吊り橋の下が川で助かった。川の流れで全身を揉みくちゃにされて利き腕を折ってしまったが、命があるだけまだマシだ。横を見るともときが心配そうにこちらを覗き込んでいる。良かった、もときに怪我はなさそうだ。

 

「ありがとうもとき、また君のおかげで助かったよ」

 

安心させるように頭をなでながら、僕はできるだけ明るい声を出す。もときにもそれが空元気だとわかっているのか、「にゃぁ......」と悲しそうな声を出した。ひとまず、まだポーチに入っていた応急薬を飲んで体力の回復に努めながらこの後のことを考える。まずは、ベースキャンプへと帰らなくてはいけないだろう。あそこなら小型含めモンスターの入ってこれない場所に設置されているから安全なはずだ。少し回復した体力を振り絞りながら立ち上がろうとするも、足が震えてうまく動けない。こういう時には派遣されているアイルーが助けてくれるはずだが......本当に命の危機が迫っているときにしか助けに来ないのか?例えば、大型モンスターの前で気を失うとか......。いや、今はそんなことどうでもいい。逃げるのが先決だ。確かギルドから支給されていたあれが......

 

「あった。これだ」

 

赤い信煙弾。緊急事態に陥り、自分だけでは解決できないという状況になった場合にのみ使用が許されるという、救援要請を出すためのものだ。僕は震える左手を使ってそれを打ち上げる。これで救援要請は出せたはずだ。それと同時に奴に自分の居場所を教えたことになるが......。そうこうしながら座り込んでいるうちに応急薬の効果が出てきたのか、だいぶ動きやすくなってきた。もう一瓶応急薬を飲み、携帯食料を噛み砕く。

 

「さ、行くよ、もとき。ここから逃げなくちゃ」

 

まだ心配そうにこちらを見上げるもときに笑いかけながら僕は立ち上がる。うん、大丈夫。腕はまだかなり痛むが動けないほどではない。応急薬の効果ってすごいな......。ポーチの中からマップを取り出して周囲の景色と落ちた場所、川の流れから大体の現在地に目星を付ける。

 

「開けた場所よりも一回森の中を経由して遠回りした方が安全そうだな......」

 

現在地からベースキャンプへのルートを大まかに決めてマップをポーチにしまう。道中の敵も今のこの状態だとまともに相手をできるわけがない。とにかく隠れて、逃げて、ベースキャンプへと帰るのだ。

 

「嘘でしょ......?」

 

ふと僕たちを影が覆った。空を見上げると、漆黒の体毛で全身を包まれている飛竜種。父さんの狩人手帳にも書いてあった、迅竜《ナルガクルガ》。奴の姿がそこにはあった。


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