父を追うもの   作:マロ2338

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第五話 死闘の果てに

「嘘でしょ......?」

 

ふと僕たちを影が覆った。空を見上げると、漆黒の体毛で全身を包まれている飛竜種。父さんの狩人手帳にも書いてあった、迅竜《ナルガクルガ》。奴の姿がそこにはあった......

 

 

 

 ナルガクルガがしっかりと僕のことを見据えたのが分かった。大丈夫、モンスターは着地に少し時間がかかる。まだ逃げる時間はある......!僕は、マップを見て決めたルートの方へ走り出し、もときもそれに続いた。今度はさっきのようなミスはしない。僕は逃げながらも背後を確認し、敵の姿を見失わないようにする。そんな中僕が見たのは信じられない光景だった。

 

「なっ......!?早すぎる!!」

 

ものすごい勢いでナルガクルガが急降下して来たのだ。羽ばたくのをやめて重力に身を任せ、強靭な腕と皮膜を着地する直前だけ広げて衝撃を殺す。音もあまり立てずに着地するその姿は、まさに隠れて狩りをする者にふさわしいものだった。ナルガクルガが着地した今、迂闊に背中を向けることは得策ではないだろう。さっきのように棘が飛んでくるに違いない。僕は左手で太刀の柄を掴みながらナルガクルガの方へ向き直った。紅く煌々と光るその両眼からは確たる殺意が感じられる。軽く息を吐きながら僕のことを睨むその姿は、餓えた獣のそれだった。先ほど僕のことを仕留めそこなったのだ。きっと、次からの攻撃は容赦なく確実に僕のことを殺しに来るだろう。一瞬の隙も油断も許されない。対するナルガクルガの方も、僕が武器を持っているのが分かるのか攻撃をするタイミングを伺っているようだった。

 

(チャンスは状況が膠着している今しかない!)

 

まだナルガクルガは僕の実力が分からずに出方を伺っている。つまり、僕のことを警戒しているのだ。これがただの餌だと認識されたが最後、僕が何をしようと怯まず攻撃を仕掛けてくるだろう。まだナルガクルガが警戒している今、そこに逃げる隙がある。

 

(だけど、どうすればこの状況を打破できる!?)

 

考えろ、考えるんだ僕。今持っている物で何ができる......!?こうして考えている間にもナルガクルガはじりじりと距離を詰め、僕もそれに合わせて後ずさりしている。僕が何の抵抗手段も持たない只の餌だと認定されるのにも、もうそんなに時間はいらないだろう。そんな中ふと、背中に固いものが当たった。後ずさっているうちに、とうとう木までたどり着いてしまったらしい。僕は緊迫した状況の中一つだけ、この状況を打破できるのかもわからない策を思いついた。

 

「......はは、やるしかないよな」

 

成功するかわからない。そもそも成功してもその後どうすればいいかもわからない。ただ一つだけわかるのは今ここで動かなければ確実に死ぬということだけだ。それならば、やるしか方法はないだろう。

 

「もとき、先に森の中へ行って。大丈夫、僕も後から必ず向かうから」

 

もときは嫌だというようにこちらを見たが、僕の表情を見て察したのか森の中へ駆けていった。一方ナルガクルガも獲物のうち一匹が逃げ出したのだ。その結果......

 

「やっぱり、来るよね!!」

 

僕だけでも逃がすまいと一気に攻撃を仕掛けてくる。大丈夫、ここまでは想像通りだ。問題は次だ。一体どちらから攻撃が来る?ナルガクルガは獲物を仕留める際、横へ回り込んでから攻撃を仕掛ける習性があると聞いたことがある。右か、それとも左か。もし逃げる方向を誤れば僕の体はあの屈強な腕とその先についている鋭い爪によって八つ裂きにされるであろう。もはや策でも何でもない、ただの運だ。僕は、この命を左から攻撃が来るということに懸けた。背後の木を軸にナルガクルガから見て右方向へ回る。

 

「外した!?」

 

僕が木を軸にして回ったその目の前に、回り込んできたナルガクルガの姿があった。右腕が猛スピードで僕の身体目掛けて迫ってくる。もう、ここまでなのかと覚悟を決めた時だった。ナルガクルガの眼が何かを捉え、突如後ずさった。僕の背後から何かが飛んできているのを見つけたのだ。投げ込まれた方を睨みながら低く唸るナルガクルガに向けてもう一つ、またもう一つと飛んでくる。投げ込まれた物が石なのだと理解した僕は木の影を使いながら、後方へ一気に駆けだした。少し遅れてナルガクルガも投げ込まれた物の正体に気が付いたのであろう、咆哮を上げて飛び掛かってくる。獲物を仕留める直前で邪魔されて怒っているナルガクルガの眼はさっきよりも一層紅く染まっていた。

 

 

 

 森の中を駆け回りながら、僕は次の策を考えていた。さっき見たマップによると、この森もすぐに抜けて開けた場所へ出てしまう。もしそうなれば、今木の影を使ってぎりぎり逃げ延びている僕は確実に捕まってしまうだろう。森の中だからこそ、俊敏性の高いナルガクルガとはいえ小さくて素早い僕を捕まえるのに苦労しているのだ。そろそろ森を抜けてしまう。僕の体力ももうない。ナルガクルガもすぐ後ろに迫ってきている。おそらく、次の作戦で僕の生死が決まってしまうだろう。さっきはもときが咄嗟に石を投げて助けてくれたが、また上手くいくとは思えない。なんとか、なんとか逃げ切らなければ......。

 

(あれ、なんで僕は逃げることしか考えていないんだ......?)

 

ふとそんな考えが脳裏をよぎった。僕はハンターじゃないのか。なぜモンスターに背を向けて逃げ回っている?背中に装備している太刀は飾りか?違うだろう、僕は何のためにハンターへなって何を目指しているのか。上級ハンターになって父さんを探すんじゃなかったのか?ならばここで立ち向かわないでどうするんだ。もときは自分が狙われる危険を冒しても僕を助けてくれたんだぞ!?

 走り回って切れ切れの息を整えるために浅く速い呼吸をする。右腕は上げようと力を入れるだけで激痛が走る。ならば左腕だけで闘うしかない。タイミングは森を抜けた瞬間、チャンスは一回。訓練所で剣の振り方は嫌というほど身に着けてきたんだ。大丈夫、今度はやれる。いや、やるんだ!

 

ヒュン

 

森を抜けると同時に振り返り、ナルガクルガの姿を捉えて太刀を振り抜く。片腕とは思えないほどスムーズに身体を動かすことができた。狙いは頭、片腕なので恐らく致命傷まではいかないが大きなダメージを与えることができるであろう渾身の一撃。俊敏さを高め、隠密性を高めるために柔らかく柔軟に進化してきたその皮膚へは、刃も通りやすいはずだ。大きなダメージを与えれば回復のために一度身を引いてくれることも期待できる。

 

(いける......!)

 

狙いは完璧だった。スピードも申し分ない。だがしかし、ナルガクルガの方が一枚上手だった。こちらの反撃を読んでいたのか一瞬飛びずさって躱した後、さらに反動をつけてこちらへ飛び掛かってくる。文字通り最後の一撃を振り切った僕にはもう反撃の手段など残されていなかった。

 

 

 

「にゃあ!!!」「もとき!?」

 

今度こそダメかと思われたその時、木の陰からもときが飛び出してきた。その勢いのままにナルガクルガへと飛び掛かるが、振りかざしていた左腕を正面から喰らって木に叩きつけられてしまい、鳴き声とも息の音ともわからない鈍い声を発して動かなくなってしまった。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

もときへ思い切り左腕を振るった状態でナルガクルガは僕の前に着地している。そのナルガクルガの左眼を目掛けて僕は下から太刀を振り上げた。


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