終わりからの始まり   作:神信陸

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7話 遠慮なくやっても問題ないな

 ニルヴァーナを手に入れる為に、オレたちは今日ここに来た。

 しかし、そんなオレたちを食い止める為に、徒党を組んだ正規ギルドの連中が立てた作戦をエンジェルの星霊 ジェミニによって把握し、作戦の核である魔導爆撃艇を破壊し、聖十のジュラを一早く潰した。

 残りの連中は所詮有象無象。

 そうブレインは言っていた。

 実際その言う通りで、残りの中で最強であろう妖精女王(ティターニア)でさえ、多少苦戦はしたものの全力を出すまでもなく倒すことができた。

 ここまでは予定通りで予定調和だった。

 

 しかし、たった一人だけ倒れない男がいた。

 オレだけでなく、エンジェル、ホットアイ、レーサーとの四人がかりでもだ。

 見方によっては防戦一方だったのかもしれないが、アイツの"動き"が聞こえたオレにはよく分かった。

 あの男は、攻撃する気がなかった(・・・・・・・・・・)

 やり合ってる最中、チラチラとブレインの方に視線を向けて、何かしら考えて、集中してないなんてもんじゃねえ。

 その上で、全ての攻撃が躱され、流され、防がれた。

 それこそ相手にしていないと、言外に込められてる様な立ち回りだった。

 

 そんな状況に苛立ってか、ブレインが一言言葉(ことば)を漏らした時、一瞬動きが止まり、その隙を逃さずオレは全力で蹴り飛ばした。

 飛んでいって何度かバウンドした先にはブレインがおり、(うつぶ)せに倒れた奴の頭を、ブレインは力強く踏み潰し、踏み躙った。

 文字通りに見下して、ククク、と嗤いながら。

 そして(とど)めを刺すのに、その先端で貫こうとしたのか右手に握る杖を振り(かざ)したその時──

 

「あああっ!」

 

 何か硬い物が砕けたような音と水が吹き出したような音が共に聞こえた次の瞬間、苦悶の悲鳴を上げながらブレインが倒れた。

 何が起こった?

 突然の出来事に困惑してる中、男が立ち上がったのを視界に捉え、オレは目を疑った。

 ついさっきの戦ってる時には黒かった髪が、何時の間にか白銀へと染まっていたのだ。

 それこそ一瞬、別人と錯覚してしまったくらいに。

 しかしこの事は然程(さほど)驚いたことではない。

 急激な変化とはいっても所詮は髪色が変わった程度の事であるし、未だブレインの事を脳が処理しきれていなかった為に、気に止める様な事ではなかったからだ。

 しかしそんな思考が、一瞬で全て塗り潰される。

 

 白銀の髪の男がポイッ、と右手に持っていたそれを放り捨てる。

 それこそゴミを捨てるような感じで。

 しかしそれは、赤い飛沫(ひまつ)を僅かに上げながら地面に落ちていくそれは、肉片だ。

 

 思わずブレインの方に目を向けて、つまりは視線を落として漸く気付く。

 赤い──血溜まりがそこにはあり、その上でブレインは足首を押さえて蹲っていることに。

 その足首の先には何もない。

 あるべき筈の足があるのは、ブレインの傍らだ。

 つまり。

 つまり、この男は、ブレインの足を握り潰したということか。握力のみで。

 ピチョン、ピチョン、と奴の手から垂れ落ちていく血の(したた)る音に、恐怖を覚えた。

 

 オレたちは闇ギルドだ。

 それもバラム同盟──闇の三大勢力に数えられる、六魔将軍(オラシオンセイス)だ。

 それ故に、高尚な倫理観や道徳心なんて持ち合わせていない。

 いないが、それでも仲間がやられて助けに入らない程ではない。

 だからオレは、ブレインを助けようと、男への攻撃の予備動作に入った直後、

 

「あはっ」

 

 笑い声が響いた。

 

「あはっ!「あははは!「ははははっ!」

 

 それは哄笑であり、嘲笑であり、憫笑(びんしょう)であった。

 化物の如く──大きく笑う。

 呵々大笑。

 

「ははは!「ははっはははっ!「ははははっははは!「っはははは!「あっはははは!「あははははははははは!」

 

 散々笑って、まるで満足したように笑いが止んで、何事もないかのように、奴はブレインを蹴り上げた。

 その蹴りは予備動作(タメ)がなかったので、攻撃の動き出し(初動)を察知するのが遅れる一撃だったのに、自身より一回り大きな体躯を誇るブレインを、十メートル近くも浮かせる。

 その為に、オレが──いや、この場の全員がその事に気付いたのは、既にブレインが落下を始めた時であり──地面に叩き落とされ、砂埃のみならず砕けた岩石の欠片が四散する、その時だった。

 いや、それだけじゃない。

 オレが見たあの色、そして聞こえた音、確実に、血や臓物までも飛んでいる。

 その予想は当たっており、砂埃が晴れて漸く拝めたブレインは所々痙攣し、片腕はありえない方向に曲がっており、血反吐を吐いている。

 そんな痛々しい見た目となっていようと関係ないとでも言うかのように、跳躍していた男はブレインの顔面を落下点に着地した。

 約十メートルの高さからの落下のエネルギーを乗せた蹴りの威力は当然高く、足が退けられて見えたブレインの顔は、明らかに骨が陥没している。

 それでも尚、ブレインへの猛攻は──この惨劇は続く。

 

 闇ギルドの一員だが···いや、だろうが、この状況は、目を反らしたくなる。

 ここまでの惨状は見たことはないし、起こしたこともない。

 殺しとか、拷問とか、そんな次元じゃない。

 一方的な蹂躙。

 蟲の共食い···違う、人が虫を玩具の様に弄んで遊ぶ様に、人が人を弄んで──嗤ってる。

 

「はははははははは!「ははは!「あっはははははは!「ははっははっはははは!「はははははっははははははははははははあはははっはははははははははははははは!」

 

 動くことができなくなって息を呑んだその時、すっかりボロ雑巾(さなが)らとなったブレインが、飛ばされた勢いで滑り、オレの足下で止まる。

 生きているのが不思議で仕方ない程の無残の状態だ。

 

「ぁ···ぇぇ···」

 

 酷く小さな声で、まともに声も出せない状態のブレインが、何かを言った。

 なんと言おうとしたかは、考えるまでもなくわかる。

 助けを乞うたのだ。

 しかし、どうすればいい。

 これだけの残虐性、精神のみならず実力まで化物のコイツと戦えと?

 無理だ。

 呆気なく殺される。

 だってずっと聴こえるんだ。

 ブレインを殺さない様にと、殺したらダメだと、何度も何度も心の中で繰り返す奥底で、殺す殺すと呪詛の様にハウリングする声が。

 チンピラがなんの覚悟もなく大口叩いてるだけなのとは訳が違う。

 殺したいという気持ちを上回る程の殺すだけじゃダメだ(・・・・・・・・・)という憎悪が渦巻いているのが。

 ブレインが今尚生きているのは、あくまでも生かされているだけでしかない。

 下手に割って入ろうモノなら先ず間違いなく死ぬ。

 唯一の希望があるとするならああやって(なぶ)られることなく殺される可能性があるということだろうか。

 どういう訳だかブレイン以外には興味は一切無いようだからな。

 

 そうやって自己完結なり現実逃避なりしてないと、とてもじゃないが狂ってしまいそうだ。

 だって今オレの直ぐそこにブレインが居るんだから、当然そのブレインを追って、奴は一歩一歩近付いてくるんだから。

 ブレインの怯える様に愉悦でも覚えてるのか、一歩一歩踏み締めて、ゆっくり、ゆっくりと。

 いや、実際はどうなのだろうか。

 さっきから時間の感覚が変だ。

 オレはもうずっと前に視線を前に向けようとしているのに、まだ下を向いてる。

 それに、体感ではもう何十分も経ってるように感じる。

 それこそ一瞬が何秒にも何分にも感じるように、全てが、自分の動きさえもスローモーションに感じる。

 その事にやっと気付いた時は、とうとう頭が上がった時で、オレは奴と目が合った。

 真っ正面から見られ、認識された。

 視界に入っているだけの、風景となんら変わりない存在としてでなく、一個人として認識された。

 

「あ···あああっ!」

 

 オレはプレッシャーに耐えられず、無意識に前に飛び出した。

 逃げるという選択肢を取らなかったのはプライドか、それともオレは自分が思っている以上に仲間思いな奴だったからなのか。

 どっちだろうとこうなってしまってはもう関係ない。

 今さら回避行動に打って出るくらいならこのままタックルする方がいいだろう。

 どの道一秒も経ったなら死んでいるだろうが。

 ならせめて、一矢報いてやろうと、奮起して、全力で突進する。

 

「ああああああ!」

 

 なりふり構わず。

 無策で。

 ただただ全力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着けよ。そうカッカすんな、被害者」

 

 いっそ運良く押し倒すことが出来て、これまた運良くこの男が思い切り頭をぶつけて戦闘不能になってくれないかな、とか考えてみたりして──。

 そこまでは覚えている。

 しかしそこから先の現在までに何が起こったか全く以てわからない。

 記憶と意識が断絶されているかの様に、気が付いた時には今の状況で、折り畳まれていた。

 折り畳まれている。

 妙な話だが、折り畳まれているというのが最も適している状況だろう。

 両手は後ろに回されて押さえ付けられ、膝や腰などは正常な方向に折り曲げて取り押さえられて背中に乗られており、首回り以外が全く以て可動しない。

 これだけの芸当を一瞬で、されている最中にも気付かない手際でやったのか。

 それこそ反射的な防衛が一切機能していない、抵抗することもなくされるがままに。

 

「頼むから邪魔しないでくれよ。こちとら、その後は三日三晩寝込んじまうくらいに、全身全霊を以て今の全エネルギーを余すことなくそこのクソ野郎に生きたままぶつけたいんだよ。余計な事はさせないでくれ」

 

 可能な限り首を曲げて上向かせて視認したその顔は笑っていた。

 さっきから浮かべていた凄惨な笑みは鳴りを潜めており、その笑顔は酷く朗らかで柔らかだ。

 そうして男は、諭す様な口調で頼むと言った。

 言って、悪意が一欠片も見えない満面の笑みを浮かべて、ヒョイッ、と身軽にオレの背中から飛び降りて、平然と背を向けてブレインの方に向かって行く。

 歩調を早めたのか、それとも先程のはやはり時間感覚が狂っていたのか、今度はあっという間にブレインの直ぐ側に到達する。

 オレはその間、ずっと動けないでいた。

 もう拘束は解けて自由に動けるというのに、動こうとする意思すら湧きはしない。

 ただただ呆然としている。

 だって──

 

「ありゃ」

 

 およそこの場に似つかわしくない能天気な声がする。

 

「こいつ、死んでら」

 

 さっきまでの人間離れした威力とは違う、反応を窺う様な軽い蹴りを幾度も浴びせながら男は言う。

 気軽そうに。

 何でもなさそうに。

 人を殺したことは勿論、死なせてしまったことにさえ、何も思ってなさそうだ。

 そして続けてこう言う。

 それすらも、何でもなさそうに。

 

「ま、生き返らせりゃいいか」

 

 ここで初めて、男は自身の力を表に出す。

 異常な力とはいえ、あくまでも身体能力の延長線上のものとは違う、異能の力を。

 全身からオーラを吹き出す。

 死者蘇生の能力者なのか?

 いや、念能力の性質上、最低でも一人の命を使わなきゃそんなこと──人?

 居るじゃないか、ここには。

 それこそ十人以上も。

 この場の何人かの命と引き換えというのなら、代償としては十分だろう。

 等価交換は、成り立つ。

 

 しかしそんなオレの予想は、掠りさえもせず、奴は能力を発動する。

 この現象が奴の能力によるのならば、だが。

 血が、奴の近くに集まっていく。

 血液のみでなく、辺りに散乱している肉片も臓物も骨も、全てが動き、集まっていく。

 集まり、戻っていく。

 ブレインの身体に。

 血や骨や臓物が次々と患部より体内に入り込んでいき、元通りに戻っていくように肉片が張り付いて見かけ上は治っていく。

 歪な形だった腕や顔は無理矢理その形にされているようにして、治っていく。

 

「気になる?」

 

 その現象への疑問を見抜いたのか、奴はぐるりと首を後ろに回して聞いてくる。

 オレに対して問うてくるのは奴にとってこの場にいる他の人物は全て認識していないからなのだろうか。

 正直、周囲にそれだけの興味関心しか向けてなかったとて、納得できる。

 

「別にそこまで凄いことはしてないよ。ハイレベルなジグソーパズルみたいなモンさ。隠すようなことでもないから言うけど単なる『死体を操る能力』さ。それで吹っ飛んだ部分を元々の形にしてるだけ。全部終わったら心臓とかも動かせば蘇生完了」

 

 こんな風にね、と言って締められて十数秒後、ブレインが目を開いた。

 ブレインが真っ先に捉えたのは奴だったのだろう。

 情けない声を上げて地を這って距離をとる。

 本当に、死者が蘇った。

 

「お~、初めてやったけど出来るモンなんだな。良かった良かった」

 

 本当に良かった、と言って、奴の顔にまたしても、凄惨が笑みが浮かぶ。

 

「これなら、遠慮なくやっても問題ないな」

 

 有言実行、ということか、さっきまでと違って今度はオーラを身に纏って攻撃体勢をとる。

 殺してしまっても大丈夫と知って、唯一の理性が外れたということか。

 死なない様にと嬲られて、死んだとしても蘇る。

 それは(まさ)しく等活地獄(さなが)らだ。

 ブレインにとっての本当の地獄が始まる、その時。

 

 ブレインと奴の中間地点の辺りから、樹木が飛び出す。

 針山の如く、大量の鋭く尖った先端が奴に向かって伸び進むも、奴は素早く飛び退いて回避する。

 誰の仕業かを考える間もなく、あの樹を生み出した人物が現れる。

 恐らく、とかじゃなく、先ず間違いないだろう。

 何を隠そう、樹の中から登場したのだから。

 

「ん? 懐かしい顔だけど···こう言った方が適当かな。初めまして」

 

「顔が見えているのかね?」

 

「いや、ただ単に雰囲気作りで言っただけさ。見えちゃいないよ、そんな格好されちゃあね」

 

 声音からして男なのだろうその人物は、フードを目深かに被り、全身をマントで覆ってる為、顔や体格が判別できない格好である。

 知り合いなのか初対面なのか、よく分からない挨拶を互いに交わして話を進める。

 双方共にオレの魔力じゃ干渉できない程の実力者のようで、読心が通じない。

 奴の方はさっきまで聴こえていたが、オーラを纏ってから聴こえなくなっていたことに、オレは今さらながら気付いた。

 

「で、なんの用? 今ちょっと立て込んでるから後にしてほしいんだけど」

 

「何、簡単な話だよ。それ以上は止めろ。データの収集ができん」

 

「あっはは。そりゃ簡単だ。けど、やると思うのか? そりゃ出来るけどやらない事だぜ」

 

「やらない? 本当に?」

 

「いや、嘘だよ。うそうそ、詐欺と言ってもいいね。これでも()と立場は(わきま)えてる方さ。ついでに言うならお前とアイツの顔を立ててやる。良かったな、クソ野郎。この場限りは見逃してもらえて。けど、分かってるよな」

 

「ああ、次は邪魔しないさ。約束する」

 

「そう、ならいいさ」

 

 それだけのやり取りを終えて。

 男は樹の中へと姿を消して大地に引っ込んでいき、やがてヒビ割れた地面のみが残った。

 

「はは」

 

 それを見届けて、奴は笑う。

 何度目だろうかと思うくらいに、いい加減くどくてしつこい。

 そして奴は地面を踏み込んだ。

 男が残していったものよりも大きく大地に穴が開き、ヒビ割れて砂利や砂埃が巻き散る。

 今は位置関係的に奴の顔は拝むことができないので、その心情を窺う事ができないが、その行動は八つ当たりの様な意味合いがあったのだろう。

 奴は踵を返すとこの開けた場所の端にある樹に背中を預けて座り込む。

 眠ったのか、そしてあの変化は変身の類だったのか、白銀の髪が黒く戻っていく。

 何がなんだかわからないが、一時的に脅威は去ったということでいいだろうか。




終物語(リビングデッド・ドール)
 生命活動が行われていない生命体を操る能力。自身でも操っているものでもいいので対象に触れることで発動する。

名前の由来
終物語:西尾 維新先生の作品より。
作中で云われる『終わり始まる物語』から終わり=死で、死んでることが能力発動の条件なため。

リビングデッド・ドール:特になし。
多分その元ネタはアメリカのリビングデッド・ドールズなんでしょうけど、なんとなくホラー人形のイメージとして『リビングデッド・ドール』があったので。
イカルゴの能力ではないと思うんですけどね~。死体と遊ぶな子供たち(リビングデッドドールズ)ですし。


 これから念能力が登場した回はその回の後書きで上記の様に解説を行います。
 といっても作中で出てきた範囲のみ、という前提の上ですが。
 実際終物語(リビングデッド・ドール)もあれで全容を明かした訳じゃないですし。
 そんな訳で白髪への変化はまた後程。
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