ウェンディ以外はどうでもいい、みたいな。
少なくとも私の中ではそんな感じです。
読者さんのイメージと反したらごめんなさい。
あと今回は長いです。
長い上に内容はちょっとアレです。
私たちは、王の間という(らしい)ニルヴァーナの中央に聳える一際高い塔の天辺に来た。
私以外にはウェンディと
(死人はいないが)犠牲を出しながらも、あと一人にまで減った
リチャード──ニルヴァーナの効力で改心した
任務の上でも止める必要はあったが、これが私とウェンディの所属しているギルド
しかし、どうにも腑に落ちない点がある。
だとしても、私たちより先にミッドナイトが王の間に居るという事はないだろう。
ならば何故、
ホットアイは、ニルヴァーナが
たった五人だけの
それならば
推測の域を出ない、降って湧いた疑念であったが、考えれば考える程、穴が消えていく。否定する根拠がなくなっていく。真実味を帯びていく。
しかしそうなら、ニルヴァーナはどうすれば止まる?
ニルヴァーナの行軍速度からすると、あと十五分もあれば
王の間に行って止められなかったら、私たちはその十五分の内にニルヴァーナの止め方を突き止め、実行しなければならない。
十五分。あまりにも短い。
生来の勘の良さからきたものだったのか、焦燥に駆られながら辿り着いた王の間には、果たして何もなかった。
何も。
少なくともニルヴァーナを
では次にどう動くか、私は直ぐ様思考を切り替える。
解らない事に頭を抱えるなんて時間の無駄。そんな事では十五分なんて、あっという間に過ぎてしまう。
自分でも意外な程に思考のシフトが速やかに行われた、その時、
「なんだ」
野蛮人共か、と出会い頭にその男は零した。
「ひっ!」
その容貌に、ウェンディが怯えた声を漏らす。
声にこそ出していないだけで、私たちは全員が似通った反応を表情に写し出している。
赤く染まっていたのだ。
微かに鼻腔に漂う臭いからして、恐らく血。
豪雨に降られた後かのように。
川や湖にでも落ちてきたかのように。
全身が真っ赤な血を浴びて、滴らせていた。
手から、服から、髪から。
色さえ除けば涙とも見紛う程に、顔さえも真っ赤に染まっている。
「······」
その男、名前は確かリンといったか。彼は結局、私たちを一瞥しただけで興味を失くしたように視線を外す。
正直、私はそれがありがたかった。
どんな事情があるのかは知らないけれど、私が知っている彼に関する情報は、高い戦闘能力を有すること。そして、相手が
前者は兎も角、後者は私の中で彼に対して危険人物の烙印を押すことになるには十分だった。
そんな人物には関わりたくないし、この場にウェンディが居るためその感情はより一層高い。
しかしここに居る全員がそう思う訳じゃない。
例えばそう、あの男の残虐性を直接目撃していない、聖十の称号を持つ男、ジュラ・ネェキスとか。
「どうしたんだその格好は?」
「あ? ゴミ掃除の結果汚れただけだ。百二十八人中たったの十三人とか、六魔傘下には救いようのある奴が少なかったよ」
「···? 残りの百十五人は···?」
「殺したが?」
「殺したって···」
「? 文字通りだよ。生命活動を停止させた。経歴から思考回路に至るまで、救う理由がなかったからな」
「人格の善悪が人を殺していい理由になるとでも思っているのか!?」
ジュラの猛々しい怒号が響く。
感情がダイレクトに反映されているような強面が、彼の筋骨隆々のその体躯と合わさって威圧感を醸し出す。
しかし、リンは一切動じない。
物ともせずに、私たちを一笑に
「はっ! お前らと同列とは心外だな。つうか、殺さなければ何をしてもいいと? だってお前らは、今回の一件において他の方法を検討するまでもなく、暴力で解決しようとしただろう。事情を
「まるで自分は違うみたいな物言いだな」
「ああ、違うよ。オレはちゃんと、話しをして──選別をしてから殺した。正しくは、傷付けた。けど、お前らは違うよなあ。闇ギルドだからって『悪人』と決めつけて掛かって暴力に打って出た。アイツらは、被害者だというのに」
「被害者···?」
その、
その一言に、リンは過敏に反応し、おもむろに視線を下げる。
見下していたような態度が、愛想を尽かしたようなものとなった。
「はぁ···。呆れて物も言えないな。お前らは『悪人』と『悪役』の違いすらも知らないのか。悪事を犯す奴皆が皆『悪人』とでも思ってんのかよ」
んなわけねえだろ、とリンは私たちを見下して笑い飛ばす。
「そりゃ数はホンの一握りさ。割合にして二割強ってくらい。オレの知る限りだから必ずしもそうだと言い切れないが、全体的に見てもそんなもんだろうさ。『家族が人質に捕られた』『身近な人物が重病で正規の手段じゃ治せない』『一歳、二歳とかからその環境が日常だった』。そういった『そうせざるをえなかった奴』ってのは確かに居るんだよ。それとも何か? 『だからって人を殺して良い理由にはならないよ』とでも説くのか? だったらそんな綺麗事をぺちゃくちゃ話して陶酔してるソイツには教えてやるよ。それは言い方を変えてるだけで『君や君の身の回りの、ホンの数人を生かす為に数十人数百人が傷付くなんて馬鹿げてるよ。他の大多数の為に死んでくれ』そう言ってるだけのことなんだぜ」
「······」
私は、彼のその
恐らく、ここに居る全員がそうだ。
強いて言うなら、私は言い返すつもりすらも、
何故なら、酷く暴論で、屁理屈染みた重箱の隅をつつくような弁舌ではあったけれど、正しかったからだ。
想像してしまった。
ウェンディに何かがあって、誰かを殺すことで、ウェンディが助かるのなら。
私はきっと、躊躇はしても、決断する。
ウェンディのために。
人の命を奪うことを。
その数に問わず。
「とかなんとか、説教染みたことを言ってはいるけど、別に聞き流してくれて構わないぜ。オレはな、誰が死んだか──傷付いたかにのみ重きを置くから、誰が、何で、何人を殺したかには毛程も興味がないんだよ。ああいや、理由は殺すか否かの判断基準だからそうでもないか」
思い出したかのように付け足した最後の一文だけはどうでもよさそうにして、リンは少なくとも、私たちを見下すような態度は消して語った。
さっきまでの問答の殆どを否定するようなことを。
あの暴論を、行きすぎた正論を、自分自身で、一蹴した。
「第一、オレの行動理念の大半はお前らと同じだぜ。自分にとって大切なものがあって、それ以外は
不気味だ。この男は一体何を考えている?
さっきからのこの物言い。一体何を知っているの?
「さあ、オレは一体何を知っているんだろうな。尤も、オレから言わせてもらえばオレが知っているんじゃなく、お前らが知らなすぎるだけなんだが。羨ましいよ、知らないというのは良い身分だ。知ってるからこそ、オレはブレインを憎む。知らないから、お前らは敵意こそ向け、憎みはしない。ドイツもコイツも、全部知りゃあぶちギレそうなものなのにさあ。グレイとリオン、エルザあたりは特に」
「どういうことだ」
「疑問が生じて、
謝る気なんて、微塵もなさそうな、上っ面ですらない謝罪の言葉を聞き流して、私はグレイの表情を窺ってみる。
一瞬の、動揺したような表情を経て、その顔色は憤怒に染め上げられる。
ウル、という人物と、何らかの関わりがある、否、あったのだろうか。
「あっはは、その
その表情は、怒りに満ち満ちていて。
人間らしさに溢れていた。
全てを見透かすような化物染みた雰囲気が消えた。
今、そこにあるのは
「ああ、眼球を抉りたい。内臓を磨り潰したい。火攻め水攻めも一興かな。いっそ身体の末端から微塵切りにしていくのもいいかもしれない。筋繊維の一本一本に至るまで丁寧に剥いでいくのもありかもな。それとも一切の道具を使わずに四肢を
度が過ぎた、人間らしさの塊ともいえる程の強大な悪意。
憤怒。憎悪。殺意。遺恨。害意。私怨。怨嗟。賊心。物恨。怨念。醜悪。毒心。
自己の利益を何よりも優先し、他の全てを切り捨てる、利己的な思想、独善的な思考、自己中心的な人格。
人の誰しもの心の奥底に存在する、底のない悪意の源泉を──彼は
「オレは、最低最悪のゴミクズ野郎だから、敵に関しては信念も信条も捻じ曲げるし棚上げにすることもしばしばだ。良いだけの人間はいない。悪いだけの人間はいない。どの方向から見ても同じ性格の奴はいないし、どの時点でも同じ性格の奴もいない。仮に、仮の仮に、億千に一つの可能性としてブレインが家族や友人の命を救うために、今の環境に身を置くことなっているんだとしても──関係ない」
どうでもいい、とリンは切り捨てる。
「コブラたちは確かに被害者だ。加害者にさせられたという、被害を受けた。けれどそれはイコールで、力を得たということだ。略奪者に──勝利者になったということだ。どれだけ詭弁を重ねようと、結局のところ弱肉強食は世の節理だ。弱い奴は搾取されるしかない。オレみたいな一部の第三者はコブラたちに、可哀想なんて『同情』こそしないけど『不幸』だとは思う。けど、当人たちはどうなんだろうな」
そこで、リンの声色に変化が訪れる。
先ほどまでのが、ぶつけどころを見失って垂れ流しにした悪意であれば、今あるのは、明確な対象に向けた──眼前の私たちに向けた怒りが、見え隠れしだした。
「どんな不幸な状況にあっても、そいつが平気な顔をしているなら手を出すべきじゃない。わざわざ声をかけて、『お前は不幸なんだよ』と教えることに、どんな意味があるんだ? そいつ自身が不幸を楽しんでいるなら、周りの人間が何かするのは、余計なお節介ですらない。ただの自己満だ」
確かに、その通りだと、私は素直に思った。
第三者から見て、その状況がどれだけ不幸で、可哀想であったとしても、当事者の望みを無視して助けようと、否、関わろうとするのは、単なる、自身の都合でしかない。
自身を省みない自己犠牲の精神ではなく。
他者の都合を省みない自己満足。
一歩間違えれば『悪』と取られる、その生き方が、きっと『正義』なのだろう。
そういう意味では、正義と悪に、違いはあるのだろうか。
「性格は環境に合わせて最適化されていく。自己嫌悪は、度が過ぎれば自身をも殺しかねないから、脳が自己防衛に暗示を掛けるからだ。過酷な環境下で育った人間が
ああ、なるほど、そういうことか。
私は、正直なところ自分が善人だとは思っていない。
物事に優先順位を付け、上位のもののために下位のものを切り捨てるのを、きっと私は
ここより上位のもの同士では優劣を付けず、切り捨てることはしない、というボーダーラインを作ったとして、私が自覚する限りにおいてそこに居るのはウェンディのみである。
必要とあれば、法も規則も、私にとっては、敵でしかない。
それと似た行動なのだろう。
「ははっ!
そしてリンは、無造作に、唐突に、そして平然と、自身の左腕を
傷の断面は勿論、飛んでいった腕からも止めどなく鮮血が流れ出る。
しかし当の本人は意に介さず、声一つ漏らさずに、地面に転がる
何の前触れもなく、気が付いたらそこにあったとしか表現のしようがないくらいに、いつの間にか彼は左腕を握っていた。
そのまま彼は持っている左腕の断面を傷口に押し当てる。
そして左腕から手を放すも、落下することはない。
血管や骨、筋肉に神経さえもがこの一瞬で繋がったとでもいうのか、彼はたった今、
「見ての通り、これがオレの能力。
血液だって身体の一部なんだぜ、と言って、彼は
蛇口から水が流れているように、際限なく血がドボドボと流れ出している。
「オレは、かな~り性根の捻じ曲がったお人好しだから、趣味なんだよ。コブラたちみたいのに手を差し伸べて希望を与えるのが──お前らみたいな世の中の汚い面を知りもせずに綺麗事を謳う奴らに、現実の残酷さを説いて絶望させるのが。言ったろ? オレは最低最悪のゴミクズ野郎だ、って」
「一体何を言って···」
「だいたいさぁ、オレが人殺しなんて大それたこと、できる訳ないだろう? そもそもとして、オレは復讐肯定派だけど、殺人反対派だしな。だって死は救いだろ? 痛い思いも苦しい思いも辛い思いも悲しい思いも一切感じなくなる。残酷で不条理で理不尽な世の中からの解放だ。だからオレはブレインに、天寿を全うして欲しいと、理想を言えば死なないでほしいと、きっと誰よりも願っているぜ。一万分の一秒も絶えることなく『死にたい』と願わせて、な。オレに人を
そしてリンは、笑う。
高らかに笑う。
腹を抱えて、口元を抑えて、何度も何度も、愉快気に笑う──見かけ上は。
いっそ大爆笑しているように見えるけれど、聞こえる笑い声はその実、酷く不自然で聞いていて痛々しい、渇いた笑い。
「だったら···」
笑っている時の声音を残した震えた声で、リンは語る。
「だったらなんで、あの人が死んで、オレは怒ってんだろ···。悲しんでんだろ···」
喋っている様を、間違いなく見ていたというのに、誰が話しているのか分からなくなりかけた程に、震えた、弱々しい声。
先の弁舌を披露した人間と同一人物だとはとても思えない、今にも泣き出してしまいそうな
その二点から窺える情緒の不安定さからくる気味の悪さを覚える反面、あまりの弱さに、無意識に警戒のレベルが下がった── 一瞬だけ。
目元を擦っていたその手をどかして見えた顔は、またもや人が変わったような、飄々とした表情を浮かべていた。
「ちょっと喋り過ぎたかな。ま、こんな感じだよ、オレの本音っつうか本性は。そうだな、『夢は努力すれば必ず叶う』と言うけれど、『夢は努力すれば叶うこともあれば叶わないこともある』と思っている、って感じかな。虫唾を走らせながら綺麗事に付き合う、っつうか」
「何で···」
「ん?」
「だったら何で、あんな話をしたの···?」
「言ったろ、趣味だって。それに、同類のアイツらが一方的に悪者にされるのを、見過ごせる筈がないだろう···」
同類。
感情の読めない、凛とした姿勢が、その言葉を発した一瞬だけだが揺らいだのを、私は何となく感じた。つまりは、ただの直感だ。
根拠がない、曖昧な情報。
強いて言うなら違和感程度のそれを、しかし私は無視した。
気にするべくもない
長かった問答──というよりはリンの一方的な詰問に終わりが見えてきた、その時。
頭の中に声が響いた。
『皆さん聞こえますか? 私デス。ホットアイデス』
「リチャード殿!? 無事なのか!?」
『残念ながら無事ではありませんデス』
念話を使い、私たちに声を飛ばしている主であるホットアイ──リチャードは、ミッドナイトに敵わなかった、と告げる。
次いで、ミッドナイトの打倒を打診する。
『奴を倒せばニルヴァーナへの魔力供給が止まり──この都市は停止するハズ』
「生体リンク魔法で動いてやがったのか」
ニルヴァーナの止め方が判明し希望を見いだしたウェンディ、強い奴と戦えると、何故か熱くなっているナツ、ナツ程ではないにしろ、戦意を高めるジュラやグレイ。
三者三様の反応を示す中、リチャードが最後に言葉を紡ぐ。
『六つの祈りは残り一つとなりマシタ。必ず勝って······ニルヴァーナを···止めるのデスヨ···』
一瞬ノイズが走り、念話が途切れた。
「しゃあっ! んじゃあさっさと居眠りヤロォぶっ倒してこれ止めんぞぉっ!」
「ちょっとナツ···」
戦意を昂らせ、叫ぶナツを、ルーシィが
挙動不審でチラチラと向ける視線の先に居るのは、リン。
あの弁舌を聞いて、当人の前であの態度を取るのは、勇敢なのか、
「人の顔色窺ってんなよ。別に好きにすればいいさ。自分の都合を優先するために、他人の都合を捻じ曲げるなんて世の常だろうが。オレが気に食わないのは事後処理くらいだ。ボコって放置するお前らの性根くらいだ。子どもの躾と同じだよ。まさか、子どもが何か悪いことして、罰として殴って終了なんてことはないだろう? 手を上げたんなら納得できるだけの理由を説明する。殴って誰も彼もが改心する訳じゃない──話せば分かるって、そういう意味だろ?」
「あ···ああ。そうだな」
「あっはは、何その反応。オレが
嘆息して、世間話でもしているかのような自然な流れで、彼は嫌いといった。
そしてこれ以上その話を掘り下げる気はないと、態度で示すかのように、私たちに早く行くようにと促す。
「ちょっと待ちなさい。ウェンディ」
「え? 何、シャルル?」
彼の催促を受け取って、早急にミッドナイトの下へ向かおうと動くジュラたちに着いて行こうとしたウェンディを、私は引き留めた。
理由は二つ。
一つは行っても意味があまりないため。
私もウェンディも、戦闘能力という観点で見た時、その実力は皆無といって差し支えない。
付いて行ったところで、足手纏いになる可能性が高い。
それで誰かが傷付くのは気分が悪いし、ウェンディもまた望まないだろう。
ではどう動くかとすると、決まっている。
「私たちはジェラールを探すわよ」
「ジェラールを? どうして?」
「ははっ!」
笑い声がした。
「何?」
私は即座に睨み付ける。
その視線の先に居る男は、私の態度など一切気にせず、笑ってみせる。
「別に、感心しただけさ。そうだ、信じるな──疑え」
気持ちが悪い。
私は素直にそう思った。
「声帯模写ってやつだよ。たかが身体操作法に長けているだけで可能なこと、魔法を使えば容易にできる」
私の脳裏を掠めた一つの可能性。
それが正解であると示唆するように、男は語る。
諭すように。促すように。見下すように。
「正直なところ、さっきオレが言った仮説が正しい保証はないし、自信もない。ただ、その可能性があるってだけだ。まあ、オレからすればどっちでもいいんだけど。ホットアイだったら保護して、ブレインだったら···まあ、言うまでもないか」
話に交じって悪かった、と言って、リンは私たちに背を向ける。
そして彼は、どこかに向かって歩を進める。
ああいや、どこに行くかはさっき言っていたか。
「あのっ!」
「ん?」
「ちょっとウェンディ!?」
何を思ったのか、ウェンディがリンを引き止めた。
「助けてくださいっ!」
勢いよく、綺麗な九十度の角度のお辞儀をして、ウェンディは懇願した。
本当に、何を思って、何を考えてそんな結論に至ったのか、全く以て分からない。
それはリンも同様なようで、
「は?」
と、きっと演技とか建前とかじゃない、素の、本音のところで困惑して、ビックリするくらい似合わない間の抜けた顔を見せる。
「ん? えっ? うん···いや···えぇ···」
困惑している、というよりは当惑しているという方が適当か。
対応に困っている、のではなく、状況を飲み込めなくて
「えっと···どうした···? 頭ぶつけた···? それとも色々言い過ぎたかな···? えっと···ごめんね···。ちょっと内容的に子どもに聞かせる話じゃなかったね。ごめんね」
何だかもう、完全に別人同然だった。
馬鹿にしている何て様子は、微塵も見受けられなかった。
本気で慌てふためいて、心配しているようだ。
そしてあまつさえ、謝罪さえもした。
さっきまでは人を煽っては馬鹿にしては見下しては、散々正論で殴っても悪びれもしなかった人物が、だ。
「何考えてるのよウェンディ!?」
「えっ? だってナツさんたち怪我するかもしれないし、だけど私もう魔力あんまり残ってないから···」
「あ···ああ、そういうことか。でっ、でもダメだぞ。ほら、オレ危険人物。極力関わっちゃいけないよ···じゃない。オレ何かに関わると碌なことないぞ」
多分、ギリギリアウトな段階で、体裁を保つのに言い直すリン。
睨みを利かせて凄んでいるけれど、怖くなければ警戒する気が湧きもしない。
そんな空気を感じ取ったのだろう。
リンは諦めたように頭を抱える。
「はぁ~。何だろう。毒気が抜かれた。ウェンディつったな、一応謝りはするよ。ごめん、嫌だ。けどまあ変わりに白猫、シャルルだったか? お前に一つ
何の気遣いか、
「お前、疑ったんじゃなくて
「···覚えておくわ」
お喋りに時間を割きすぎてしまった。
時間はもうあまり残ってない。
私は説明を最小限にして、ウェンディに匂いを追ってジェラールを探してもらい、そのウェンディを抱えて空を飛んだ。
§§§
多重人格。
正式名称
人格とは。
意識とは。
人間とは。
言ってしまえば、記憶──知識と経験の積み重ねでしかない。
何かを思い。
何かを感じ。
何かを大切にする。
それらから生じる行動原理こそが、その人物のアイデンティティであり、つまりは、人を人たらしめる『
だったら、先天的にしろ、後天的にしろ、自発的な現象にしろ、相互が認知していようと──同じ肉体で生きる者同士であろうと、それは、別人だ。
「···ッ」
俺が···。
「···ッ···!」
俺たちが···!
「憎んでいるのは、テメェじゃねえええええぇぇぇっっっッッッ!!!」