「あ? ああ、てめえか」
レーサー、エンジェル、コブラ、ブレイン、ホットアイ、ミッドナイトが倒れたことで、オレは目覚めた。
ブレインの中に存在するもう一つの人格。
破壊衝動の権化にして破壊欲の塊。
全てを破壊して″無″にすることこそ至高であり──娯楽だ。
形ある物は全て破壊、破壊、破壊、オレが破壊する!
そこに理由などありはしない!
オレの本能がそうさせるんだ!
全てを破壊する。それこそがオレの
···まあ、今のところはそんなオレの個人的感情は置いておくか。
ブレインのこともあるが、一応はオレが六魔のマスターだからなぁ。
「散々うちのギルドを食い散らかしてくれたケジメは、とらせてもらうぜ」
一歩、二歩、三歩、歩を進めていき、彼我の距離を縮める。
眼前の敵は、動かない。
俯いて、肩を震わせる。
「おいおいどうしたぁ? おびえるようなタマじゃあねぇだろうてめえは」
距離は、既に一メートルを切っている。
互いに、攻撃は必中の間合い。
しかし、動かない。
「ああ? まさかマジでビビってんじゃねえだろうなぁ?」
「···せ···」
「あ?」
消え入ってしまいそうな小声。
しかし、その声質に恐れはない。あるのは、怒り。
ははっ! それでいい!
無抵抗な奴や嫌がるだけの奴よりも、抵抗する奴の方が破壊のしがいがあるってもんだ。
敵意があるってなら、
「さっさとぶっこわっ···」
「黙れ」
オレの頭よりやや低い位置にある、血に染まった白髪目掛けて突き出した右拳を、小首を
次いで、オレの意識が、追撃か、後退か、
反射による回避も抵抗も起きない刹那の一瞬の内に、片手で首を絞められ持ち上げられる。
「さっさと出せ。···ブレインを出せ」
こいつ、どんな握力してやがる。
薬指と小指は使わず──手加減していて、尚オレの首に激痛が走る。
「てめえを痛めつけても、苦しめても、辱めても、ブレインには何にも影響はないんだろう···? じゃあ、早くてめえは眠ってろ」
オレの首を絞める指に薬指が追加され、力がより一層強くなった。
単純な握力による痛みに加え、気道が抑えられたことによる息苦しさ、頸動脈を圧迫されて血の流れが止まる。
調子に乗るなよガキがッ!
オレはコイツの腕を折り、水月を蹴り付け、膝頭を踏み砕き、こめかみを掌底で打ち抜く。その、どれもが効かない。意に介さない。
ただただ無慈悲に、オレの首を絞める力が強くなっていくだけだ。
やばい、意識が飛ぶ。
このまま···
「このまま終われるかアッ!」
オレは人差し指を突き出してコイツの眼球を抉る。鍛えることで強度を上げられる骨や筋肉のような障壁のない、剥き出しになっている人体の急所の一つ。
そのまま
建物にぶつけられ、倒壊する瓦礫に潰されるが、この程度なら一切の痛痒を与えない。
それよりも酸素だ。多少咳込みながら空気を吸って肺に酸素を送り込む。息が整う頃には首の痛みが引いていた。
対してアイツは片目を失った。
油断があったのは事実だ。だが今の攻防で認識を改める。アイツは強い。
だが片目を失ったのなら死角が増え、眼球の痛みが動作に支障をきたす筈だ。
対してオレはほぼノーダメージ。現状はオレの方が優勢だ。
「とか、甘っちょろいこと考えてる···?」
「な···」
宛ら涙のように右目から血を流して、奴はオレの方に歩寄ってくる。その様子に、片目を失ったことによる動揺や、痛みを感じている様子はない。
オレを捉える残った左目に、宿る意志に変化はない。
いや、そんなことは問題なかった。何ならコイツには痛覚が全くなくて、動きが鈍ることがないという方が、まだマシだった。コイツのポテンシャルならそれくらいはまだ想定の範囲内だったからだ。
しかし、コイツは。
目から滴る血を手で拭うと、閉じていた右目を開いた。そのから覗くのはぐちゃぐちゃに潰れた眼球ではなく、真っ赤に充血しながらも、原型を止めた右眼球。
そして、目尻に残った血液を拭って、その時にまた右目を瞑って、開いたその時には、もう、完全に目は治っていた。
「さ、どっちが優勢なのかな?」
§§§
何も楽しくない。いや、別に楽しさは求めていないが、この現状はもっと求めていない。
アイツは、ブレインであって、ブレインじゃない。同じ肉体を用いているだけで──厳密には精神の変化が肉体にも影響を及ぼしているようなので異なるが──別人だ。
それで満足ができるってなら、その辺の目に付いた奴を適当に
復讐という大義名分を抱えながらも、満たそうとしている自己満足に、浸れないからだ。
ああ、ムカつく。
「えっ···?」
癖なのだろう。
俺は自分でも意識していない内に、髪の毛を指に巻き付けるようにして
俺の髪はそれほど長い訳ではないので、鏡等の道具を用いない場合は前髪くらいしか見えない(聞き流しているのが聞いていないということなら、聞き流しているならぬ見流しているので、見てはいない)。
しかし今、この時は髪を指に巻き付けていて、その行為を自覚したことで
白かったのだ。
「なんっ···!?」
驚愕もそこそこに、俺は
特殊な素材を使っている訳ではないので、当然ながら刃は銀色。なので、光さえあれば像が
ちょうど
平面とは異なるその形状から、刀身に映った俺の歪んだ像の毛髪は、果たして白いそれだった。
「······」
所々に付いた赤い染みが映える純白。
年老いたことに寄る白髪とは異なる、際立った秀麗な白銀。
そんな、凡そ俺の記憶とはかけ離れた色彩に、俺の毛髪は
何だこれ。
確かに俺の髪色は兄さんみたいな綺麗な黒じゃなかったけど、こんなに色素は薄くない。これじゃあまるでレムみたい──ああ、そうか。
どうりで、自分の覚えのあるそれとは違っており、ストレスによる老化ではと、戦々恐々とした気持ちがありながら好印象を抱いた訳だ。
レムに似ているのだ。そりゃ、好意的に捉えればベタ褒めする。
そのことに気付いたことで、一つの可能性に思い至った。
可能性、なんて言葉のせいで、高確率で外れそうな印象を受けるが、中々どうして、俺はこの仮説に確信ともいえる自信を持っている。色々と、後押し──もっといえばダメ押しとさえいえるだけの、判断材料があるからだ。
結論から言おう。
俺の仮説は正しかった。
寄った、ということか。疑問が解消されるとやっぱり気分が良い。
これでブレインを嬲れていたなら、歌でも一つ歌いたいような良い──最高の気分だったろうに、そこは所詮
そう都合良く物事は進まないな。
いや、本当に、都合良く進まない。
「可愛い」
まだ、別の人格かもしれないけれど、引っ込んだ可能性に、一縷の望みに掛けて、俺はさっきの奴をぶっ飛ばした方向に──ニルヴァーナの中央に向かった。
ああそういえば、さっき爆発してたな、とか、平和ボケした馬鹿共が向かっていったな、とか思いながら、不快感を覚えながら一歩一歩を緩慢な動きで進めていった。
そんな折、俺の視界の端に、一匹の蛇が入り込んだ。
毒々しい紫の鱗。
全長二メートルは超えるであろう長大の体躯。
開いた口から伸びる二叉の舌に覗く牙。
超絶可愛い生き物が、そこに居た。
「いや、待てよ···」
そういえば、なんだか見覚えがある気がする。どこで見たのだろうか。取り敢えず直近の記憶から手繰り寄せていこうと決めて、早々に思い出した。
いや、まあ見たのが数時間前なので、直近の記憶から振り返っていれば直ぐ思い出すのは当然だろう。
確か、エルザに噛み付いてたエリックのペットだ。
うわ、あの時はちょっとハイになって気付かなかったけど、こんな生き物がいたんだ。すげぇ可愛い。
あれ、でも何でこんなとこに一匹で居るんだろう?
エリックはどうした
「──って、考えるまでもないか。」
俺は『円』を使う。広範囲にオーラを広げたことで、立ち並ぶ建物によってここからは死角となっている場所で倒れている人物を知覚する。
距離は約二十メートル。体格からして、恐らくエリックだろう。
この蛇は、多分、エリックを守ろうとしている。
エリックの居る場所から直ぐそこまでの間の地面に、ちょっとした溝が続いているのが、注意してみると分かった。
蛇は視覚と聴覚が優れていない。そんな蛇がどういう手段を以て索敵しているかというと、それは優れた皮膚感覚と熱を感知するピット器官によってだ。
だから、俺の接近に気付いた。
エリックに近付かせまいと、ここまで来た。
そうと分かってみれば成る程、殺気をだだ漏れにしている。ちょっとショック。
あの蛇ちゃんのことを
「
どの道、ブレインが引っ込んだままなら意味ねえしな。