終わりからの始まり   作:神信陸

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10話 生きたい生き方

 オレに──オレたちにとって、ブレインという人物は絶対的とさえいえる人間だった。

 レーサーにとって。

 エンジェルにとって。

 ホットアイにとって。

 ミッドナイトにとって。

 オレ──コブラにとって。

 それは(ひとえ)に、オレたちのこれまでの生活環境から起因するものだろう。

 いや、誰にとってもそれは一緒か。

 親とか、兄姉とか、教師とか、なんだったら近所の大人とか。無力な子どもは否応なしに、周囲の大人に頼りながら──甘えながら、生きていくしかない。

 十年近く前に、拐われたオレたち五人が出会ったのは『楽園の塔』という場所だった。

 家族を殺されて、連れていかれたその場所で待っていたのは、奴隷としての人生だった。碌にメシも与えられず、一日に十数時間の肉体労働を強いられ、休みは数時間の睡眠時間程度。暴力を振るわれるのは極々普通で、当たり前の日常でしかなかった。やれ仕事が遅いだとか、出来が悪いだとか、気に食わないだとか、暇だからだとか。風呂になんて入れる筈もない、不衛生で劣悪で、最悪の環境。

 そんな環境から救い出してくれたのが、ブレインだった。

 それからの生活は、地獄の一言に尽きる。

 ただし、楽園の塔よりはずっとマシな地獄だ。

 ブレインがオレたちに目を付けた理由は、生まれ持っていた(らしい)高い魔力だ。だから、オレたちは魔法を覚えるために、血反吐を吐きながら修行に明け暮れた。

 殴られ、蹴られ、魔法をぶつけられ。

 そんな生活ではあったが、傷を負えば治療を施して貰えたし、温かい飯や寝床を与えられた──まだ、人間らしい生活を謳歌できた。

 だからブレインには感謝していたし、どんなことをやることになっても、信じて付いて行った。

 もう、周りの都合でいいように利用されないために。

 自由になるために。

 それが···。

 それなのに···。 

 

『正規ギルドに敗れる六魔などいらぬわ、クズが!』

 

「!」

 

 びくっ、とその声に反応して目を覚ます。

 それは勿論夢だったが、同時に現実──過去に実際に言われたことでもあった。

 ブレインに対する怒りとか、騙されていた事実への後悔とか、何にも変わっていない自分への情けなさとか。色んな感情が頭の中でせめぎ合って一瞬の内に意識が覚醒した。

 これといって見慣れない天井、強いて言うなら楽園の塔にいた時に押し込められていた牢を彷彿とさせる薄汚れた天井がオレの視界に入ったが、サラマンダーとの戦闘中に一度目にしていたので、ニルヴァーナの上に建ち並ぶ建造物のどれかの中だとは分かった。

 しかし何故こんな所にいるかは分からない。オレがサラマンダーに敗れ、そしてブレインに攻撃を受けたのは確かにニルヴァーナの上ではあったが、屋外だった。こんな場所ではない。

 状況の把握のため、起き上がり、周囲を探ってみようとしたところ、

 

「よう、エリック。起きたか」

 

 上体を起こして、真っ先に目に入ったのは一匹の蛇と三人の人物だった。

 キュベリオスと、エンジェル、レーサー、ホットアイの三人。

 正規ギルドの奴らに敗れた、楽園の塔からここまで共に生きてきた仲間たち。

 そちらとは反対の方向から、その声は投げ掛けられた。

 エリック、と。

 オレの本名を、言われた。

 振り返って見てみると、そこにいたのはあの男。ブレインを痛め付け、狂喜乱舞し、オレのことを──いや、きっとオレたちのことを被害者と呼んだ、あの男。

 あの時と同じ、それとも異なっているというべきか、その髪の色は黒。

 ブレインを除く六魔将軍(オラシオンセイス)のメンバー最後の一人、ミッドナイトを背負って、この建物の入り口付近に立っていた。

 その姿を目にして、敵という立ち位置にいるであろう人物を目の当たりにして、けれどオレは、別段戦おうという気持ちは湧かなかった。

 それは勝ち目がないという理解や恐怖とは別に、レーサーらにその意思がなさそうなことや、外傷が全くといって見られないミッドナイトを見て、凡その状況が掴めたというのが一因だろう。

 オレがここにいる理由、オレたちがここに揃っている理由。戦い、敗れたオレたちは、きっとコイツに運ばれたんだろう。

 背中──ブレインに撃たれた背中を含め、オレは身体に一切の異常を、つまりは痛みを、感じなかった。

 ブレインにやっていた、あの乱暴なやり方か、それとも別の手段を用いてか、オレの傷はコイツに治されたのだろう。そして、それはエンジェルやレーサー、ホットアイ、ミッドナイトも同様で、だからこそ、オレたち五人には、さしたる外傷がないのだろう。

 態々(わざわざ)傷を治してまで捕らえた理由は、最初は捕虜なのかとも思ったが、ならばこんな風に一ヶ所に集める必要はないし、拘束せずに野放しにしている筈もない。

 手荒な真似をされることはないのだろうと判断するのは容易だった。

 それに、あの言葉。

 被害者と、そうオレたちを称したその言葉が、どうにもオレの中で引っ掛かる。

 後ろ髪を引かれる思いが、立場は兎も角、個人として危険性を感じられない相手に牙を剥くことにあったのだ。

 それに──

 

「言っておくが、オレたちじゃねえぞ」

 

「ソイツは何故か、端から知っていたようダゾ」

 

 非難気な視線を向けると同時に、レーサーとエンジェルの口から弁明の言葉が放たれた。

 違うのか?

 ならば何故、コイツはオレの本名を知っている。

 端から知っていた?

 名前を。

 それ以外も。

 

「それについては話すよ。いや、話すことになるよ、かな。オレが語ろうとしていることが、そのまま答になるだけだからな」

 

 オレの傍らに畳んで置いてあった布。それを広げてその上にミッドナイトを寝かせながら、コイツはそう告げてきた。

 

「コイツ、ずっと寝てるけど睡眠聴取とかできる奴か?」

 

「できたりできなかったりだな。寝顔を見る限り多分聞こえてるな。まあリラックスできるような状況じゃないし当然か」

 

「そう」

 

 ならいいか、と呟いて、コイツは腰を下ろして壁にもたれ掛かった。膝を抱えて背中を壁に預けて、何ていうか、らしくない、というか、イメージと反する姿勢だった。顔に薄らと貼り付けていた微笑を消して、項垂れるその様は暗い雰囲気を醸し出しており、まるで、悪さをした子どもが怒られるのに怯えているような、そんな感じがした。

 全く以てイメージとそぐわない。

 五秒か、十秒か。それだけの沈黙の後にコイツは漸く口を開いたが、声を発するよりも早く、ホットアイが声を出した。

 

「それよりも先に名前を聞いてもいいデスカ?」

 

「は···?」

 

 まあ、確かに。雰囲気からこれから話すことの内容が只事ではないのは推し量れる。だというのに、そういえばオレたちはコイツの名前すらも知りはしない。興味が湧いたというのもあるが、こっちの本名を知られているというこの状況への不平等さみたいなものがあって、オレはホットアイに同調する。

 借りを返すようなものでもある。

 拘束されていないというだけで魔封石の(かせ)を着けられている訳でもない今、行動のみならず魔法の行使に至るまで制限はない。

 故に、オレの魔法が発動している。ホットアイの心の声が聴こえている。

 会話の中で自身の名を明かすことは何ら気負う必要のない、ハードルの低いものだ。それを切っ掛けに、少しでも話しやすいようにというホットアイの気遣いがオレには分かった。

 元来こういう奴だったが、ニルヴァーナの影響でか、その面が少し強くなったな。

 

「オレルスだ」

 

「オレルス···。変わった名前だな」

 

「そりゃファミリーネームだからな。ファーストネームとして捉えたら変だろうよ」

 

「いや、ファーストネームこそ言うべきだろ」

 

「そうか? 別に、ファーストネームで呼び合うような親密な間柄でもないだろう。一方はファミリーネームで呼んで──壁を作ってるくらいでちょうどいいだろ。そして、関係性的に壁を作るのはお前らの方が適当だ」

 

 妙な言い回しだった。

 しかしそれも、話を聞いた後なら確かに、と納得できることだった。

 全てを。

 オレルスの過去を。

 オレたちの過去を。

 その中でたった一度だけ起きた、ホンの少しでもタイミングが違えば狂っていた、そんな歯車が噛み合ったがためにできた、オレルスという加害者と、(オレルス曰くだが)オレたちという被害者の構図ができあがった出来事。

 

「オレが···オレが全部悪いんだよ······」

 

 その始まりは、懺悔にも似た、オレルスのそんな言葉から始まった。

 そして、オレルスはぽつりぽつりと、話していく。

 自身の生い立ちを、現在(いま)に至るまでの人生を──罪を。

 丁寧に、そしてダイジェストに。

 如何に自分が悪いかを、時に泣きそうな声色で、語っていく。

 全部。

 自身が諸悪の根源であると、余すことなく、語る。

 全部聞いて漸く繋がっていたと理解できるくらいの、遠い関係性の事柄まで、語っていく。

 複数回投げた(さい)が全て同じ目が出るくらいに、荒唐無稽な偶然の連鎖。それら全てを聞いて、オレが──オレたちが思ったことは、きっと同じだろう。

 

「お前、バカなんじゃないのカ?」

 

「いや、確実にそうだろ」

 

「だな」

 

「なんで···」

 

 なんでそんな、と溢して、オレルスはより深く沈み込む。

 チッ、むかつくぜ。

 今ので大体分かった。

 一つだけ疑問だった。何故こんな話をしたのか、それが分からなかったことだ。

 こうして数分話した程度の間柄だが、オレルスがそんな人並みな罪悪感や責任感を抱くような奴じゃないってのは普通に分かった。

 なのに何故、こうやってオレたちにしてきたこと、正確には、全ての事の発端が自分自身であると吐露したのか。

 それは恐らく、

 

「オレはもう良いように使われるのはごめんなんだよ。死にたいんなら一人で勝手に死ね」

 

 オレたちに殺されるようにと、謀ったのだろう。

 コイツは、自己嫌悪が度を越している。

 そして、ブレインへの想い。殺したい程の憎さと同時に抱く、殺すだけでは終わらせないという気持ち。

 コイツにとって、『死ぬ』ことがこれ以上の苦痛を感じなくなる、救いでしかないという認識をしているのは、理解できた。幾度となく、『死にたい』『もう終わりにしたい』と思ったことのあるオレも、死が必ずしも悪いものではないという認識は持っている。

 だからコイツは、オレルスは、そこに自分の意志が関与していない、恨まれるためにやったことで生まれた被害者ではなく、なるべくしてなった被害者に恨まれて、殺されて死にたいと願っているのだろう。

 だからどうせ、十中八九『悪い』なんて思ってないオレたちに対して、こんな話をしたんだ。

 

「つーか、そこまで遡ってお前を恨むんなら、いっそ何にもしなかった評議院のクソ共か、不可侵条約なんか無視してグリモアを恨んだ方がよっぽど正当性があるぜ」

 

「だゾ。第一、諸悪の根源がお前だってのは理解(わか)ったケド、お前が悪いとは思えないゾ」

 

 レーサーとエンジェルが──いや、ソーヤーとソラノがそう言ってオレルスをフォローする。微笑み続けるリチャードも同様だろう。判断が難しいが、起きることなく寝続けるあたり、マクベスも同意見なんだろうな。

 尤も、当のオレルスは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いていて、この状況が面白くなさそうだが。

 まあ、オレたちの怒りを買って殺されようなんて考えていたんなら、そりゃ不服か。

 とはいえ、そんなのは慣れっこか。一度深々と溜め息を吐いて、オレルスはすくっ、と立ち上がる。

 

「お前らは、これからどうするんだ?」

 

 オレたち四人──マクベスは寝ているため──は全員で顔を見合わせる

 どうするか、か。

 どうしたもんかな。

 もういい年だ。オレたち全員、誰かに頼らず、一人で生きていくことだって難しいことではない。ましてや五人いる。協力すれば、より一層難易度は低下するだろう。

 通常ならば。

 しかしオレたちは、これからは元と付くとはいえ、六魔将軍(オラシオンセイス)。バラム同盟、闇の三大勢力。色んな呼び方はあるが、要は裏の世界の元締めの一柱だ。

 世間一般、日々をのうのうと生きている民衆にまではそう広く伝わっていないだろうが、評議院に顔の割れているオレたちが平穏無事に過ごすというのは難しい。

 一ヶ所に長期間の滞在ができるということはないだろう。根無し草の放浪生活を余儀無くされる。

 その中で、必要になってくる物は当然出てくる。

 働くことすらままならないであろうオレたちは、そういう局面に当たった時にどうすればいい。

 最初は何事もなく済むかもしれない。

 けど最終的には、奪う、盗むといった手段を用いるかもしれない。

 それじゃあ結局、オレたちは変わってない。

 自分たちの意思でやっているだけ。その意思にしたって、ブレインと過ごしていく中で培われた思考パターンから生み出されたモノだ。

 別に償いだとか、清算だとか、ましてや改心しようだなんて想いはない。

 けれど、六魔将軍(オラシオンセイス)にいた時にやっていたことを繰り返しているようでは、ブレインの教えに従って生きている内は、結局オレたちは、ブレインの傀儡(かいらい)のままだ。

 そんな生き様のどこに自由がある。

 こんなことを言って、突き詰めていけば人間に自由なんてモノはなくなってしまうというのは分かっている。

 しかしそれでも。『生きたい生き方』というものはあるんだ。

 まあ、それが困難であること、そして何より、具体的にどういう生き方を望んでいるのかが自分でも分からないというのが目下の問題なのだが。

 

「もし当てが無いんだったらさ···」

 

 オレルスは、俯いていた頭を上げて、視線をオレたちに向ける。

 そして、命令するでもお願いするでもなく、オレたちに提言する。

 あくまでも、オレたちの意志を尊重し、そう言う。

 

「子どもの面倒を見る気はないか?」

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

『その六つを同時に破壊することで、ニルヴァーナは機能を停止する!』

 

 魔力を消耗しきっているためだろう。時々雑音(ノイズ)の走る念話(テレパシー)で、青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキは私たちにその情報を告げる。

 青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキ、イヴ、レン、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のリオン、シェリー。

 六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いで一時は戦闘不能になった彼らだったが、満身創痍の中協力して魔導爆撃艇(クリスティーナ)を無理矢理動かして、私たちのギルドに放たれたニルヴァーナの砲撃を防いでくれた。

 その上、最後の望みの綱であったジェラールも知りえなかったニルヴァーナの止め方を突き止めてくれたのだ。

 ニルヴァーナに生えた六本の足のような管。それが大地から魔力を吸収しており、それがニルヴァーナの動力源なのだと。故に、その魔力の制御をする魔水晶(ラクリマ)を破壊すれば、ニルヴァーナの魔力供給を停止させ、ニルヴァーナを止められるのだ。

 しかし、ただ破壊すればいいという問題ではない。一つ一つ破壊していっては他の魔水晶(ラクリマ)によって修復されるため、同時に破壊しなければならないのだ。

 だけど──可能なのだろうか?

 各魔水晶(ラクリマ)の位置関係から個人で複数の魔水晶(ラクリマ)を破壊するのは困難。それを考えると六人は必要だ。

 王の間で私たちにニルヴァーナの止め方を教えたリチャードの声。彼はミッドナイトが王の間の真下にいると言っていた。

 まだミッドナイトが高速で移動したという可能性はある。が、ミッドナイトは王の間から遠く離れた場所でエルザと戦っていたのだ。

 リンの言っていた可能性。

 別の誰か──恐らくブレインだろう──が騙した、という可能性。

 もしこれが真であったなら、まんまと誘い出されたナツ、グレイ、ルーシィ、ジュラは倒されたと考えた方がいいだろう。いや、最悪の場合は──。

 頭を振ってそこから先を考えるのは止める。

 

 ダメだ。人数が足りない。

 言い方は悪いが現在クリスティーナを動かしている五人には期待できないだろう。とても可能な状態(コンディション)じゃない。

 でもそうなら。

 エルザとジェラール、他に動ける人物は?

 仮に青い天馬(ブルーペガサス)の一夜が動けたとしてもまだ三人。半分足りない。

 もしナツたちが動けるような状況でなかったら──この時、念話に一人の人間が入り込んだ。

 味方ではない。

 その男は、ゼロと名乗り、私たちに最悪の情報を告げる。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)氷の造形魔導士、星霊魔導士を破壊した。ああ、あと猫もいたか。と、本筋からズレたなぁ。てめえら、六つの魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊するとかぬかしてたがそりゃ不可能だ。何故なら、オレの目の前にその内の一つがあるんだからなぁっ!』

 

 絶望。

 最早(もはや)そうとしか表現のしようがない。

 何とか残り半分の三人を揃えられても、全ての魔水晶(ラクリマ)を破壊するにはゼロという障害が立ちはだかっている。

 六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター。

 連戦の疲労はあったにしろ、ナツたちを倒した男。

 

 このままじゃ化猫の宿(ケット・シェルター)が──私たちのギルドが滅びる。




(この時点の)エリックのナツへの呼称が分からなくて取り敢えずサラマンダーにしましたが、ナツに変更した方が良いですかね?
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